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2011年11月25日 (金)

猫の認識・思考・判断はどうなっているのだろう?

 近所に白い野良猫が5匹ほどいて、その様子についてこれまで3度書いたと思う。彼らのうち3匹がだんだんと馴れて来た。一番馴れたのは以前にも書いた尻尾が短いオス猫である。その連れ合いかどうかは不明だが、尾が太くて長くて立派な雌猫も大分馴れて来た。もう一匹メス猫の子供がいるがそれもかなり馴れて来た。

 彼らと接触しているうちに、いったい猫はどのようにして認識・思考・判断をしているのだろうという疑問が湧いてきた。

 例えば、尻尾の短い白猫は、私が朝ウオーキングに出かけて帰って来ると、入り口の壁の柱の上にシーサーのように座っていて、遠くからでも私の姿を見つけるとそこから降りて迎えに来る。この行為は毎日と言うわけではないがかなりの頻度である。

 この行為をするとき、猫は、脳の中でなんらかの思考をし、認識をし、判断をしているはずである。

 まず、第一に、猫は私をどう認識しているかは分からないが、他の人と区別をしていることは確かである。私の妻が出て行くと逃げて行くからである。私は、最初の頃ウオーキングの帽子や服装を変えないほうがよいと思っていたが、それは大丈夫であることが分かってきた。帽子がなくても、服を変えても間違いなく「私」を識別してくれるからだ。

 そのとき猫の脳の中では「ああ、このおっさんはいつもキビナゴをくれる人だな。この人は大丈夫だ。信用してよい。」と考えをめぐらしOKの判断をしていると思うのだ。

 シーサーのように柱の上に寝そべって待つときも、「ああ、おっさんはどこかへ歩いて行った。でも、そのうちきっと帰って来るはずだ。だから、ここで待っていよう。」と、思考をして、待つという判断をしていると考えられる。

 遠くに私の姿を見つけると、まず姿から私を認識し(猫は結構視力がいいと分かった)「あ、あそこに来るのはおっさんだな。確かにそうだ。よし、ここから降りて迎えに行ってやろう。」などと考えて、判断を下しているはずだ。

 私が近寄って行くと、体をすりよせてくる。「おっさんにこうして甘えておけばきっとキビナゴをくれるはずだ。」と思ってかどうかは定かではないが、多分そうだろうと推察できる。もっとも、最近はキビナゴではなくて、安い煮干にしたのだが。

 猫が認識・思考・判断をするとき、猫が何らかの言語を使っていると私は思うのだ。言語を使っていないとすればイメージだけでの認識・思考・判断ということになるが、それでは正確にはできないだろうと考える。

 猫の行為を見ていると、かなり正確で緻密な行為をしている。それは言語なしには行えないのではないかと思うのだ。

 「認識・思考・判断は言語によってなされる」というのが私の仮説である。それは人間だけの特有のものではないのだ。

 蛇足だが、人間の言語をコミュニケーションの手段と考える人が多いようだが、私は言語は認識・思考・判断に不可欠であると考えている。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私も犬派で猫はなつかないから大嫌いでした。でも、今回は不思議になついてきたので可愛がっています。増田氏が言うとおり、猫は、なかなか利口です。つかず離れずです。

実は私の家にも、かれこれ10年も前からよくなついた野良猫がいます。数年前に避妊の手術をして、この猫だけは、飼い猫と同じように可愛がってやろうと決めています。今日のブログ氏とまったく同じ猫の習性なので合点がいきました。すなわち私ども家人の行動を毎日つぶさに観察して餌を求めに来るからです。
その合理的な動きにいつも感心しています。
そう言えば昨日の中日新聞の紙つぶてに元岩手県知事
の増田 寛也氏が猫について共感すべきことを書いていますので引用します。私が犬派から猫派に転向したのは知事公舎の時代。庭に現れた何匹かの猫と遊んで
いるうちに、あっさりと転向した。猫は人間と微妙な
距離感を保つ。猫なで声でじゃれついてきたり、何とも素っ気なかったり。(中略)もちろん、人間への忠誠心では犬が上だ、北海道で三歳の幼児に寄り添い命を守った犬には心が温まった。猫も負けてはいられない。どこかに人の命を守る猫はいないだろうか。

私に擦り寄って来る時に鳴きます。抱いてやろうと思うのですが、足でひっかかれるのでまだ出来ていません。結構気が強い猫です。

面白い観察です。ところで鳴き声はどうですか。
抱いて頭を撫でてやったらどうですか。あまえて泣くようになるのではないでしょうか。
 私の家にもたくさんの野良猫がいますが、なかなか慣れてはくれません。

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