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2011年11月19日 (土)

名古屋市事業仕分け―女性会館を残せーその③

 名古屋市の事業仕分けで女性会館が「廃止」となったのを受けて、仕分けの声を聞く会の2回目が開かれた。参加者は、私以外はみな女性であった。

 今回は、参加者全員に発言が求められた。中には事業仕分けを傍聴に行った人も何人かいた。その人たちの話では、事業仕分けをした部屋は、一つの部屋を2つに仕切ってやったのだそうだ。それでマイクを使って喋る、それぞれの仕分けの声が交錯してとてもやかましくて傍聴人には聞こえなかったという。

 これをみても、事業仕分けが如何に杜撰(ずさん)なものであったかが改めてわかった。

 また、報道カメラも女性会館の仕分け時間にはいなくなり、傍聴者も半減したのだという。

 そもそも女性会館は、革新市長といわれた教育や福祉に熱心であった本山市長の時に実現したのだという。当時は女性の地位がまだ低くかったし、女性が活動しようにも集まるところがなく、銀行とかいろいろなところを探して歩いたのだそうだ。

 それで婦人運動関係者が集まって女性会館の建設の請願をし、それから5年後の昭和53年に開館の運びとなった。主婦など女性が活動しやすいように、東別院の近くの交通の便がよいところに建てられた。また、託児室がある女性会館は全国の先駆けである。

 それほどにも苦労をして建設され、その後33年にわたり、女性を中心とする活動に使われ、社会教育の一環としても大きな役割を果たしてきた。その女性会館が、たった1時間の、しかも、騒々しい中でのいい加減な議論で「廃止」とされたのはどうにも納得ができないと話された。全く誰が聞いてもおかしな話である。

 建設までに5年、廃止に1時間!!

 女性会館を利用している「コトバの会」という、外国人に日本語を教える優秀なグループがある。そのグループでは、すでに署名活動を始めた。今日、仕分けの声を聞く会で女性会館に行った時、ロビーで学習者の台湾人のYさんに会った。彼女は、署名用紙を持っていて私に署名をしてくれと言ったので協力した。

 コトバの会では、中日新聞、朝日新聞にも投書をし、どちらも採用された。

 参会者の中に、広島とか長崎とか各地の女性会館を見てきた人がいて、名古屋の女性会館が先進的であると話していた。

 なお、この日も活動の名称は、過半数が「女性会館を守る会」がよいとした。

 次は、事業仕分けの論点について資料を掲載する

           ―つづく―

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