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2011年10月24日 (月)

不思議な習い性

 長年同じことを続けていると、それが習慣というか、癖になることがよくある。最近感じていることは、トイレの便座のスイッチに関することである。

 30代の終わり頃に、イボ痔で野垣病院に入院したことがあるが、そのとき、病院のトイレは、その頃まだ珍しかったシャワートイレ(Inax)であった。入院中にそれを使って快適であったので、退院後我が家にも取り入れた。まだ高くて、確か100000円ぐらいだったと思う。

 まだ、友人、知人の家にもそういう設備はなかった。贅沢だと思ったが、痔になるのは嫌なので思い切って設置したのであった。でも、痔に対する効果はなかったのか、その後40代に今度は痔ろうになり入院する羽目となった。それでも電動便座は使い続けてきた。気持ちがいいからである。

 今度電動便座をTOTOのAPRICOTに変えた。そこで奇妙な体験をしたのた。

 それは、シャワーのスイッチを押す時におきた。現在のスイッチは、リモコン式で真正面の壁に設置されている。ところがスイッチを押す手は右下に行ってしまうのだ。これまではスイッチがずっと便座の右横についていたので自然に手がそちらに伸びてしまうのだと知った。

 習い性とは恐ろしいもので、設置してから20日ほどになるというのに、未だに右手が従来の場所に動くのである。

 よく、腕や足を失った人は、その感覚がいつまでも残ると聞くが、似たようなことであろうか。

 通勤電車で乗る場所がいつも同じになるとか、継続的な勉強などの会合で座る場所はいつも同じ場所になるとかそういうことはごく普通に起きる。例えば、英会話の授業での座る場所、マジックの例会での座る場所・・・など固定化されてくるのだ。

 何かをする習慣でもそうだ。よく、日記は三日坊主になる人が多いといわれるが、三日坊主にしないためには最低でも1週間か10日ぐらい続けるとよいと聞く。このblogでも同じである。最初頑張って続けているうちに習慣となってしまったのだ。

 学生なら勉強がそうであろう。習慣化することが続ける上で大事なのだ。人間の脳はそのように状況に対して対応するように変化し固定されるように思う。

 トイレのスイッチを押す動作の切り替えは何時のことであろうか。

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コメント

一番抵抗があるのが、和式便所です。しゃがむことができなくなりました。最近は、電動便座を備えた店もあり、例えば、イオンとかホテルとか・・・。成るべくそういうところで用を足すことにしています。

投稿: らら | 2011年10月25日 (火) 07時13分

私もウォシュレットを30年近く使っていますが、ウォッシュレットの無い所で用を足すのをためらうようになってしまっている自分に気が付きました。特に大の場合は絶対に出来ないのです。
ウォッシュレットによって野性が1つ失われたと感じます。Custom is second natureのマイナス版です。

投稿: maron | 2011年10月25日 (火) 04時04分

よいことを教えて頂きました。プロとアマの処し方に違いあるということ、確かにそういう面があると思います。体が覚えるということがありますが、無意識の意識が働くまでにしないといけないということかと思います。

投稿: らら | 2011年10月24日 (月) 20時31分

英語でも確かCustom is second nature.という
有名な格言があります。たまたまこのことについての
適切な解説が見つかりましたので引用します。
「習慣は第二の天性である」となぜ言われるのか
習慣は、生まれつきのの天性とは違い、後天的に自分の意志で習得するものだからです。習慣はたゆみない反復によってこそ、自分のものにすることができる。その「習慣化」に徹底して努力しているのがプロである。それでは、プロとアマの違いは、プロは習慣を「こうなろう」と、主体的に自分の意志で身につける。だがアマは「こうなりたい」という意志が薄く、主体性がない。成り行き任せで、いつまでたっても習慣は身につかない。プロは困難に遭っても考えることをやめない。忍耐強く解決の糸口を探ろうとする。そこに思考様式の習慣がある。すべてを習慣化させることを身につければ、我々は何事をも為すことができる。(後略)まさにそのとおりで、これまでの人生でやろうと決めたことはもっと徹底してやればよかったと反省することばかりです。プロを目指さないまでも、人並み以上の反復訓練で人並み以上には何事もできたはずですが、、。まだ残された時間はあるので
反復訓練を肝に銘じたいと思います。


投稿: Toshi | 2011年10月24日 (月) 09時02分

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