2024年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 名古屋オルガンの秋2011・ オルガンソロ 「和の響き」 | トップページ | Nyの若者デモ―ウオール街を占拠せよ―にエール!  »

2011年10月 5日 (水)

半田岩滑の彼岸花

 先日の朝日新聞夕刊に半田岩滑の矢勝川土手に咲く彼岸花が見ごろだと出ていた。そこへUさんのemailに先月末に岩滑へ彼岸花を見に行って来たと書いてあった。天気がよいので無性に行きたくなって3日の午後に思い切って出かけた。

 産業道路を通って大野→半田線の道路をとって走った。南知多道路半田インターを過ぎた辺りで道が怪しくなった。カーナビに新美南吉記念館と入れて検索したら3つあった。新聞に南吉記念館の周辺だと書いてあったのを思い出したのだ。

 カーナビの案内に従って走ったが、何故か同じところを一周し、狭い三叉路に出て音声案内がストップした。困っていたら、車を出そうとしている人がいたので尋ねた。とても親切な人で丁寧に応対をしてくれ、さらに自信がないからと通りかかった人にも尋ねてくれた。でも、分からなかったらしく、おおよその方角を教えてもらった。

 その方角へ行くと、また同じところへ導くので、自分の感で大通りまで出た。するとカーナビは正しく導き出した。それで先ほどは細い道路が入り組んでいたのでカーナビが混乱したのだと思った。

 広い道路に新美南吉記念館の案内が立っていたのでそれを頼りに走ったら、左手に車がいっぱい駐車しているところがあった。前方に彼岸花が群生しているのが望見できた。

 その駐車場に入ろうとしたら、私の前の車で”満車”になった。係りの人が邪魔だからそのまま行けと言った。仕方なく少し進んで、ふと右手を見ると大きな空き地があった。そこへ止めようとして見ると、立て札に「ここは○○の駐車場だから停めないように」と書いてあった。

 がっかりして前方をみると、土手の近くに車がたくさん停めてあるのが見えた。駄目もとで行くと、男の人が親切に、ここが空いていると手で合図してくれた。そこに駐車できほっとした。道路に出て行くと、右手から車が一台こちらに向かって来たので手で空いているところを教えてあげた。

 川の南面の土手には一面に彼岸花が咲いていた。でも、最盛期を過ぎて花びらが褪せ始めているのもあった。よいアングルを探し写真を撮っていった。土手の上の道路に上がり上から下を見ると、下から上を見たよりもきれいに見えた。川の側の土手の上にも2列になって彼岸花が咲いていた。全体は500mぐらいあるだろうか?駐車場の近くは見に来た人がたくさんいた。

 テントを張った広場があり、そこで若干の品物を販売していた。まんじゅうクッキーもあった。産物を売っているコーナーもあった。殻つきピーナツを売っていたので聞くと中国産だと言った。それでもいいかと思って一杯300円で買った。地元のサトイモも200円で売っていたのでそれも買った。

 傍にベージュ色の彼岸花や黄色の彼岸花が咲いているところがあった。黄色の花ははじめて見た。

 岩滑の彼岸花は全部で200万本あると新聞に出ていた。地元の人が世話をしているのだそうだ。これは、新美南吉の童話「ごんぎつね」に、ゴンがいたずらをした兵十の母親が死んだのでゴンは葬列を見に行く。そして堤防の堤に身を伏せて見ていると葬列がやって来る。その場面に彼岸花が出て来るのである。それにちなんだものだ。

 彼岸花は、曼珠沙華というきれいな名前もある。天声人語によると、「ハシラズハナシラズ」とも言うそうだ。茎がするすると伸びて花が咲き、花が終わると葉が伸びて来るからだ。

 昨年にも書いたが、彼岸花の赤が毒毒しいので子どもの頃は嫌いであった。しかし、年を取ると好きになった。何時だったか野間の大坊の近くの道端に彼岸花の列があるのを見て何ときれいだろうと思ったことがある。

 暑さ寒さも彼岸までというが、今年はまさにその通りであった。そして、彼岸が来ると彼岸花はするすると茎を伸ばし花を咲かせたのだ。

Cimg2340

Cimg2339

Cimg2351

Cimg2361

Cimg2363

« 名古屋オルガンの秋2011・ オルガンソロ 「和の響き」 | トップページ | Nyの若者デモ―ウオール街を占拠せよ―にエール!  »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

私の子どものころは、かぶれるとか毒があると言うのでこの花を敬遠していました。遊ぶことはありませんでした。

小さい頃に曼珠沙華は何処にも咲いていて、花の付け根の近くでジャバラといいましょうか、交互に3カ所くらい折って茎を持つと丁度、花が垂れて提灯の様で「キツネの嫁入り」と言って遊びました。
死人花とも呼ばれましたが、花が美しく私は大好きでした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 半田岩滑の彼岸花:

« 名古屋オルガンの秋2011・ オルガンソロ 「和の響き」 | トップページ | Nyの若者デモ―ウオール街を占拠せよ―にエール!  »