« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

かに料理 瑞穂甲羅本店で「潮騒」を賞味

Cimg2322

 英語会話グループのTOPICSで、Mさんが瑞穂甲羅本店のお値打ちイベントについて話しました。9月21日から月末まで「超還元特別イベント」として、通常4200円(税込み)の料理を2100円で提供するということでした。Mさんは、家族で一度行き、ボランティアグループでもう一度行ったと言いました。

 それで私も食べてみたいと思い、29日の予約をしました。

 この店の存在はできたときに知っていましたが、行ったことはありませんでした。それでとても楽しみでした。

 地下鉄名城線の瑞穂運動場東駅3番出口から右に曲がって瑞穂運動場の方に少し行ったところに店がありました。③出口は改札口からはとても距離がありました。

 予約の時刻より少し早く着いたのでフロントへ行くと、すぐに案内をしてくれました。私はテーブル席がたくさんあるのを予想していましたが、和室の個室になっていました。

 掘りごたつのようなものがあり、足を入れて腰掛けることができるのでとても楽でした。テーブルの上には、すでに幾つかの料理がセットされていました。

 ズワイガニの刺身、ゆでたカニの足など、蟹サラダ、なぜかたった一つエビがありました。蟹の刺身は初めて食べましたが、柔らかくてとろっとしていてワサビ醤油で食べるとおいしかったです。

 他に、サービスとして、セイロに入った蟹シュウマイが出ました。薄味で味はよかったです。蟹茶碗蒸しも出ましたがこれもよい味でした。

 もう一つ初めて食べたのはカニのてんぷらでした。最初運ばれてきたときに、大きなエビのてんぷらのように見えましたが甲羅を取った蟹の身をてんぷらにしたものでした。天麩羅はカボチャやナスもありました。

 ご飯として、最後にカニ雑炊が出ましたが、カニの出汁で薄味でとても美味でした。漬物も3種類ついていました。

 デザートは、オレンジの皮の上にオレンジのシャーベットが載っていました。これも珍しかったです。

 制限時間は90分でしたが、ゆっくりと味わいながら食べても十分でした。最後にアンケートに答えるのが条件なのでアンケートを出しました。

 ちょっとした小グループの会食をするにもレストランだと思いました。

 

Cimg2321

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

知り合いのAETから聞いた話―信じられないような生徒の状態―

 知人のAET(Asistant English Teacher)が9月の新学期から名古屋市外の市に勤め、中学校と小学校で英語を教えている。

 AETは中学校の1年生を教え始めて生徒の状態に非常に驚いたそうである。どのクラスにも以前は問題児と呼ばれていた大変な生徒がいるというのだ。

 例えば、

 ・授業中に机の上に上って立つ。

 ・大きな声で喚きちらす。

 ・先生に向かって、「お前、キモイ」と言う。

 ・壁やロッカーやガラス窓などをがんがん叩く。

 ・「英語は分からん」と言って勉強しない。

 ・お辞儀をしない。

 ・教員室に出入りする時挨拶をしない。

 ・指に刺青をしている。(2,3年生)

 ・校内で喫煙する。

 ・音楽プレイヤーで授業中にスピーカーで聴いている。

 ・2階から下を歩いている教師に傘を落とす。(2,3年生)

 ・突然服やズボンを脱ぐ。

 ・所構わず歯で噛む。

 全校や学年規模の集会をするときには、問題を起こすとその生徒を別室に連れて行き留置くのだそうだ。

 授業中の生徒のとんでもない行為に対して一緒にいる日本人英語教師は放置して何もしないそうだ。

 中学校が荒れ始めたのは、もう随分昔の話で30年以上にはなると思う。それが高等学校にも広がり、小学校に降りてきて、学級崩壊と言われるようになったのは1995年ごろだったと思う。

 今や幼稚園にも大変な子供がいるし、親もモンスターペアレントなどというのが出現した。

 おそらく荒れる子どもの家庭はさまざまな問題を抱えているのであろう。教職を離れて15年にもなるので現在の学校現場のことは想像もできないが、聞いただけで想像を絶する大変なことだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月28日 (水)

カタツムリの糞で虹を描きたい―探偵ナイトスクープから

 関西テレビが作る「探偵ナイトスクープ」は、大好きな番組の一つでです。この地方では、メーテレが深夜に放送しています。

 今秋の金曜に放送された中で、「カタツムリの糞で虹を描きたい」というトピックは大変面白かったです。依頼者は、荒川真奈美さんという25歳の女性でした。

 何でもカタツムリは食べたものと同じ色の糞をするというのを知って、それなら虹の七色の食べ物を与えて糞をさせれば虹が描けるのではないかという発想でしたた。

 松村探偵が担当し、依頼者の荒川さんと一緒に関西の箕面公園に行きカタツムリを採集しました。

 そのカタツムリに、ニンジンを与えニンジンの色の糞が出るかを確かめました。食べてから糞をするまでには時間がかかります。それに、虹の七色を作るには青色のように何を食べさせたらよいか分からないものがあります。

 そこで西宮貝類館の大谷洋子学芸員にアドバイスを受けました。それによるとカタツムリはティシュペーパーもよく食べるというのです。ティッシュに絵の具で色をつけて食べさせたらよいだろうということでした。カタツムリに害はないと言いいました。

 ティッシュを七色の絵の具で染めてカタツムリに食べさせたところ、カタツムリは見事に食べました。そして、糞をするところをビデオカメラに収めました。

 私は、その映像を見て大変驚きました。カタツムリの肛門は人間なら首の上辺りの角の後ににあるのです。そこから見事に食べたティッシュと同じ色の細いラーメン状の糞が出てきました。

 依頼者は、その糞を使って、画用紙に虹の絵を描きました。大成功でした。

 太谷学芸員の説明では、カタツムリには色を分解する機能がないので食べた物の色をそのまま糞として出すのだそうです。

 大変面白い実験でした。これは小学校の理科に取り入れてやってみると子どもたちも理科に興味を増すだろうと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月27日 (火)

昭和男爵コーラス&スイート・ポテトのジョイント・コンサートへどうぞ

 10月15日(土)と16日(日)に昭和生涯教育センターで昭和生涯教育センター祭りが開催されます。私が所属する昭和男爵コーラスは、女声コーラスのスイート・ポテトと共に、15日(土)の午前10時半から11時40分ぐらいの間ジョイント・コンサートを致します。

 10時半から11時までは、スイート・ポテトが出演し、その後11時ごろから昭和男爵コーラスが出演します。

 スイート・ポテトは昭和社会教育センターができた頃からのグループで30年近い歴史をもっています。

 それに対して昭和男爵コーラスは、5年前に昭和生涯学習センターの主催講座、50歳からの男声コーラス隊をベースに有志で結成しました。

 早くも5年目になる訳ですが、団員の大半はコーラスが初めてという人でした。この間入れ替わりはありましたが、指揮者の加藤佳代子先生の熱心な指導で少しずつ声が出るようになり、ハーモニーも向上してきました。

 今年は、これまでの最高の音を出せると自負しております。多くの皆さんに是非聴きに来て頂きたいと願っております。

 曲目は、知床旅情(森繁久弥作詞作曲)、海(小学唱歌)、山の煙、夕焼けこやけ(童謡)、東京ブギウギの5曲です。

 知床旅情と山の煙は2部合唱ですがとてもきれいなメロディです。海と夕焼け小焼けは男声コーラス向けに編曲した3ぶ合唱でアカペラで歌います。東京ブギウギも3部合唱です。

 なお、男声コーラスをやってみたいという人を募集しております。年齢と経験は不問です。練習場所は、昭和学習センターで第2金曜と第4金曜日の午後6時半からです。その他に自主練習もあります。

 テナー、バス、バリトンなどに分かれて合唱するのは、大変楽しいし、健康にもlよいと思います。たくさんの人に参加して頂けたら嬉しいです。

 2010年12月、芸文アートブラザ・クリスマスコンサートに出演

Photo

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月26日 (月)

日本舞踊 稲垣流 豊美会を観賞

 9月23日の秋分の日に東新町の中電ホールで「第61回日本舞踊 稲垣流 豊美会」の発表会が開催されました。

 お嬢さんが名取で出演されるというので、Sさんから入場券を頂きました。私は、日本舞踊にはほとんど縁がないので楽しみにしていました。

 当日は、知人のTさんの出展した絵も見たかったので早めに家を出ました。ゆっくりと絵画展を見て、ゆっくりと歩いて行ったのですが、開場時刻の11時より早く着きました。でも、すでに開場していました。

 錦通り側の入り口から入ると、きれいな花がたくさん贈られていました。中には歌舞伎俳優の中村亀次郎さんらのものもありました。

 ホールに入ると半分ぐらいは人が入っていました。真ん中の通路の上に席が取れました。写真を写すにはよいと思いました。念のため写真をとってもよいか聞きに行きましたらフラッシュなしならよいと言いました。

 開始時刻の11時半、幕が開くと、おめでたい「寿三番叟」が踊られました。プログラムは3部に分かれていて、第1部は歌謡の部でした。

 後でSさんに聞いて分かったのですが、60回の昨年は古典を中心に大大的にやったそうです。今年は歌謡の踊りを習っている人の要望で歌謡を中心にしたのだということでした。第2部に古典・民謡があり、第3部はまた歌謡でした。

 演歌の踊りが踊られましたが、中には4歳の男の子のMONKEY MAGICという今風のものもありました。孫悟空に扮した踊りが大変可愛かったです。

 後半は、美空ひばり特集で、ひばりの有名な曲が踊られました。私の好きな、川の流れのように、悲しい酒、乱れ髪などもありました。

 みなさん、鬘を被りゴージャスなi衣装で上手に踊られました。

 第2部の古典・民謡の部は、故山路曜生先生を偲んでーということで、「風謡帖」というのが演じられました。

 荒磯(相川音頭)、水灯(よへほ節)、月の砧(麦屋節ー山路道子賛助出演)、時雨(さんさ時雨)、夜桜(五万石―山路記子特別出演)でした。

 途中食事に出て、4番の宝船の時に戻りました。第2部は、毎回幕がおろされセットが取り替えられました。槍を持って踊る長唄・槍さび、おめでたい長唄・鶴亀の次に、長唄・菊づくしというのがあり6歳と5歳の子どもが踊り可愛かったです。

 大和楽・あやめは男と女の恋の物語らしく、あやめ池のゼットでの愛の踊りで色気がありました。

 Sさんのお嬢さんは、筝曲松上の鶴を踊られました。真っ黒い裾模様の衣装で、舞台中央でほとんど動き回りませんでした。扇子を上手に扱って艶やかでまるでテレビで見た祇園の芸妓のお座敷のようでした。

 清元・青海波も次の能舞台のような背景の長唄・松の寿もとても素敵でした。最後は稲垣友紀子家元の踊りで、江戸の町を背景に大和楽・扇売りでさすがに家元という踊りでした。

 第3部は、また歌謡曲でした。かなりのお年の方も踊られました。7番の雪の浜町河岸という長唄のような踊りが素敵でした。時刻が5時になろうとしていました。次の予定があったのでホールを出ました。

 日本舞踊にもいろいろの流派があると思いますが、和服を着て鬘をつけて踊り、小道具に扇子、傘、長いストールなどを使って踊ることや、動きがスローであることなどは共通しているのだろうと思います。

 扇子の動かし方、足運び、腰の落とし方、肩の落とし方、手の動き、首の動き、など優雅で細やかでしなやかでとてもいいものです。同じくスローな動きの踊りとしてタイ、ベトナム、カンボジアなどの踊りを見たことがありますが、やはり日本舞踊は音楽と言い、歌と言い、動きと言い、洗練された独特のものです。この文化を大切に受け継いでいって欲しいと思いました。

上手な人は、私のようなド素人が見ても立ち姿、足運び、手の動きなどをみれば違いが分かると感じました。

 次は、上演中の観客の態度について感じたことです。

 カメラのフラッシュを使う人は少なくてよかったと思います。でも、上演中に話す声が多く、ひどい時には会場中からザワザワと聞こえていました。また、上演中に席を立ったり動き回る人も多く見られました。それから知人の席を確保したまま長い時間空席に状態にしてあるところも多く見られました。

 こうしたことは民謡の発表会でも同じです。洋楽のコンサートやバレーの発表会などでは決して見られないことです。クラッシック音楽の場合咳一つするにもとても気を使います。

 若い人が行くロックなどのコンサートは観客が一緒になって動くのが当たり前なのでよいでしょうが、邦楽の場合はクラッシックのようにもう少し集中して欲しいと思います。

松上の鶴

 

Cimg2291

扇子売り(家元)

Cimg2315

あやめ

Photo

 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年9月25日 (日)

素晴らしい!!福島から来た武藤類子さんの9.19脱原発集会での訴え

 おけらさんの21日のblogに、福島県の「ハイロアクション福島」武藤類子さんが「9.19さようなら原発」東京集会で訴えられたメッセージが紹介してありました。

 読み始めてその素晴らしさに引き込まれました。福島県から来た原発事故の被害を身を持って体験されたからこその訴えだと感じました。それで是非多くの人に知ってもらいたいと思い転載させていただきました。

 ハイロアクション武藤類子さんの訴え

 みなさんこんにちは。福島から参りました。

 今日は、福島県内から、また、避難先から何台ものバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に参りました。初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。
福島で起きた原発事故の悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声を
あげようと、声をかけ合いさそい合ってこの集会にやってきました。
 はじめに申し上げたい事があります。

 3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆる事に取り組んできたみなさんひとりひとりを、深く尊敬いたします。

 それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。

 そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子供たち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心からあやまりたいと思います。本当にごめんなさい。

 皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。そのむこうを深い山々がふちどっています。山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。

 3.11・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちは
ヒバクシャとなりました。

 大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。

 すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。 

 毎日、毎日、否応無くせまられる決断。
逃げる、逃げない?食べる、食べない?洗濯物を外に干す、干さない?子ども
にマスクをさせる、させない?畑をたがやす、たがやさない?なにかに物申す、
だまる?様々な苦渋の選択がありました。

 そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、

 ・真実は隠されるのだ

 ・国は国民を守らないのだ

 ・事故はいまだに終わらないのだ

 ・福島県民は核の実験材料にされるのだ

 ・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ

 ・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ

 ・私たちは棄てられたのだ

 私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。

 でも口をついて出てくる言葉は、「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

 福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。

 ・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・

 ・自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・

 ・大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けよ
うと、労働者たちが・・・

 ・土を汚された絶望の中から農民たちが・・・

 ・放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・

 ・ひとりひとりの市民が・・・ 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。

 私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。

 私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。

 私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに注目してくださ
い。政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。

 そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。私たちを助けてください。どうか福島を忘れないでください。

 もうひとつ、お話したいことがあります。

 それは私たち自身の生き方・暮らし方です。 私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を、想像しなければなりません。便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っている事に思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。 

 人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。 私はこの地球という美しい星と調和したまっとうな生き物として生きたいです。 ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。

 どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。誰にも明確な答えはわかりません。
できうることは、誰かが決めた事に従うのではなく、ひとりひとりが、本当に本当に本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょう

 私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。 そして、つながること。原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。


 たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。怒りと涙を許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。

  私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、
道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがら
かに生き延びていきましょう。

        Tags:#さよなら原発#ハイロアクション#武藤

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月24日 (土)

NHK・Eテレ―原発事故への道程「前編 置き去りにされた慎重論」―

 9月18日の放送されたNHK・Eテレ「原発事故への道程―前編  置き去りにされた慎重論」を録画しておいて見た。

 元通産省官僚の島村氏が主宰した「島村原子力政策研究会」で語られた20本にも上る録音テープをもとにして作られものである。

 この番組を見ると、原子力発電が政治主導で行われたことがよく分かる。原子力関係の科学者たちが、戦後GHQによって禁じられていた原子力研究を再開し始めた。日本は敗戦により原子力研究が欧米に比べて遅れていたのだ。しかし、科学者たちの研究には思うように予算がつかなかった。

 ところが、それに対して政治家は原子炉の導入を決め、そのために巨額の予算をつけた。それを行ったのが大勲位中曽根康弘であった。

 湯川博士は、基礎研究から始めるべきだと言ったのだが、そんなことは無視されどんどんと原子力導入が進められていった。

 そこへ目をつけたのが商社で、三井、三菱、住友、日立などが遅れてはならないと参入してきた。原子力のことなど何も分かっていないのにである。それは原子力には大きな予算が付くので大きな利益が見込めるからであった。

 政府にあって原子力導入を推進したのは通産大臣の正力松太郎であった。彼は読売新聞社主の時代にすでに原子力導入の大キャンペーンを張っていたのだ。そして大臣になり、先頭に立って原子力行政の旗を振ったのである。

 最初アメリカから研究実験の原子炉が導入された。原子力については何も分からないので技術導入であった。

 つづいてイギリスからコストが安いという理由で原子炉が導入されたが、これは大変な見込み違いでコストが嵩むことが分かった。通産官僚がそれを正力大臣に指摘したが、軽く一蹴されて導入が決まった。導入後も耐震対策が全くないなどの欠陥が露呈した。これが東海原子力発電所である。

 そのころアメリカでは、軽水炉がコストがかからないということで作られていた。福島第一発電所にはそれを導入することになった。

 建設場所は、海面からもともと30mもあった大地をわざわざ10mまで低くして建設された。建設は完全な請負であった。そのために予備電力を発電するところが地下に造られてしまった。それが今回の炉心溶融の原因につながったのである。

 この番組を見て、日本の原子力発電は、基礎研究も何もなく、原子炉についての知識も技術もなく、ただ政治の要請で闇雲に導入されて進められたことが分かる。

 さらに、安全性については、数々の不安がありながら、それを言うことはタブーとされて、ただ安全だという宣伝が大々的になされ、安全神話が形成されたのだ。

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月23日 (金)

霞ヶ関が政策を決めるというのはこういうことなのか!

 一昨日のblogで鉢呂経済産業大臣の辞任について取り上げた。ニュース・コメンタリーを見て、東京新聞の長谷川幸洋記者が電話インタヴューに答えている中で大変重要な発言をしているのを知った。

 それは、霞ヶ関の官僚がどのようにして政策を決定しているかということであった。

 各省庁にはさまざまな諮問機関が設置されている。例えば、経済産業省の総合エネルギー調査会もその一つである。何とか審議会というのもその類だと思う。

 鉢呂元大臣は、総合エネルギー調査会の人選が12:3で圧倒的に原発推進派から選ばれているのを知って、公平性を保つために脱原発派の委員の数を増やそうとした。それが霞ヶ関官僚の反発(つまりは背後にある経団連などのもっと大きな力)を買ったというのだ。

 その文脈の中で、長谷川記者は、このようなことは霞ヶ関では当たり前のことだと指摘した。だから今回その一つがはっきりと示されたことは大事なことであると言うのだ。

 長谷川記者によると、この手の会では常に政策推進に賛成派が圧倒的に人選され、反対派はつけたしだという。しかも、会合を開く日時を反対派が出席しにくい日を選ぶという姑息なことまで平気でやるのだそうだ。

 結局、○○審議会とか調査会・・・・とかいう諮問機関は、体よくお墨付きをもらうための飾りの機関にしか過ぎないのだ。全ては官僚の思うままに決められるのだ。だからヤラセがあっても少しも不思議ではないのだ。みんな自作自演なのだ。

 霞ヶ関官僚の力がそんなにも強く、政治家でも太刀打ちができないということを初めて知った。

 そうしてみると、国会ではどうでもよいような質問と答弁ばかりが繰り返されているのも納得である。政治家は大事なことは官僚に握られているから、やることがないので何かやっているように取り繕っているのだ。

 民主党が政治主導と言いながら、いつのまにか官僚に骨抜きにされてしまった。自民党・公明党はもともと政治主導など考えたこともなかった。

 災害救援や復興、原発問題など重要な喫緊の問題が遅々として進まないのも官僚頼みにも理由がありそうだ。

 売れっ子解説者の池上彰さん、こういう大事なことを説明してもらいたいですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月22日 (木)

マスコミが報じない「さようなら原発東京集会」

 先の敬老の日(19日)に、東京や名古屋や福岡など多くの都市で「さようなら原発」集会が開かれました。この集会は大江健三郎しや落合惠子氏などの文化人の呼びかけで行われたものでした。

 朝日新聞では、名古屋のデモの様子が一面に写真と共に簡単に紹介されただけでした。NHKはニュースでちょっと触れただけだったそうです。

 「おけらの いつかは青空 脱原発」を見ましたら、自身の参加レポが書いてありました。山手線の混雑は大変だったことがわかります。

 主催者発表で6万人(警視庁は3万人)の集会は最近にはない盛り上がりだったことが分かります。朝日新聞は21日の社説でそのことに触れました。

 私は、スポーツ報知が割合よく伝えたことを知ってそれをblogにしたのですが、おけらさんのblogに詳しく出たのでそれを転載させていただくことにしました。

 明治公園6万人集会に行く

 2011. 9.19 さようなら原発5万人集会@明治公園に
おけらは行ってきました。
 6万人を超える人々が明治公園に集まるということの
具体的な恐ろしさを知らず、おけらは、千駄ヶ谷の駅に1時18分位前にホームを降り立ちました。
 友人たちと1時に駅前集合だったから、まだ18分もある、と思って余裕でしたが・・。
 そこで・・・先頭の電車のドア(つまり東京方面寄り)から降りたために、とんでもないことになりました。
 人、人、人。改札口に通じる階段までさえ、気分として「天文学的な距離・時間」だった!まして千駄ヶ谷駅改札口までなんていつ着くことやら!
 みんなの目印になる旗をおけらはリュックに入れていたし、配布したかったチラシも合計500枚(これが重かった!)も紙バックに入れていたから、焦りに焦ってはいたけれど、まるで満員電車みたいなホームでは身動きも取れず・・。
 
 となりの男の子たちが「信濃町まで電車で行って、歩こうか?」と言っているのを聞いて、そうか、その手だ・・しかし、電車に乗りたくても、到着する電車ごとに人を押し出すだけ。ドアまで近づけない。
 グズグズしているうちに、ますますホームは人で溢れ返り、身の危険さえ感じるほど。
 
 もう、1時をすぎそう・・仕方ない逆方向の代々木方面の電車なら乗れそうだ!と
一駅戻る決断をして、乗客をあらかた下ろし空いた電車に無理やり飛び乗り
きれいな?涼しい空気を吸いながら、代々木まで。
 そして、タクシーで千駄ヶ谷駅前交番前のみなさんのところへ。運転手さんは「何かあるんですか?」と悠長なお言葉。ちゃんと話して差し上げました。
 その間、やはりホームで立ち往生している友人たちとは携帯で連絡しあったので、「気が気ではない」状態はなかったのは「ケータイ様」のおかげです。
 
 今まで集会にはたくさん参加したし、明治公園でも何回も集ったけれど、千駄ヶ谷のホームの上で身の危険を感じたことなんて皆無。
 実際、駅員さんが興奮気味に「電車が来ます、危険ですから気をつけて・・」なんて
言っていたくらいで、幸い誰も落ちて電車に轢かれることがなかったのが不思議なくらい。
 それだけをお伝えしただけでも、今回の歴史的な集会ぶりがお分かりいただけますね。
 他の人のblogにある当日の写真などが紹介されています
いろいろな方が9.19を表現しています。
千駄ヶ谷駅がどんなに危機的な状況だったか
森住卓さんのカメラがとらえています。
おけらのみていた風景に似ていますが、もう少しおけらは後だったかも。
-----------------------
原発反対9.19集会 千駄ヶ谷駅: 森住卓のフォトブログ

http://mphoto.sblo.jp/
千駄ヶ谷駅ホームは、人があふれ、ホームから人がこぼれんばかりでした
http://animshionchiaki.cocolog-nifty.com/blog/

◎コメント部分に注目
ウソつくな!ボケが!

http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/636.html

JR千駄ヶ谷駅がヤバい
http://twitpic.com/6n6lw0
http://twitter.com/#!/saruchokan
http://twitter.com/#!/AI_TKY
http://twitter.com/#!/vowsbar

脱原発パレードに参加
http://rikotoko.jugem.jp/?eid=1193
さようなら原発集会に参加してきました
http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/201109190001/
脱原発5万人集会の中の、ひとり
http://shibutoes.exblog.jp/13635013
福山知佐子のブログ
http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/
9.19原発いらないデモ参加報告とNHKの醜悪な報道姿勢を 問う!
http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1200.html
飲酒欲求と…9.19脱原発1000万人アクション
http://blog.livedoor.jp/yumewokanaeru40/
志村建世のブログ
http://pub.ne.jp/shimura/?entry_id=3899266
とにかく人だらけで尋常ではありませんでした
http://izumi.seikatsusha.net/index.php?case=6&action=1&cate=all&id=1316428758
「マグロが食べたい」
http://tanikomi.blog45.fc2.com/blog-date-20110919.html

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年9月21日 (水)

川崎会 民謡と端唄の会

 妹が行けなくなったからと、川崎会 第57回民謡と端唄の会の整理券をくれたので聴きに行きました。

 この会の民謡は昨年Hさんに券を貰って行ったので2度目です。とても大きな会のようで、愛知県芸術劇場大ホールで開催されました。

 11時少し前に行きましたが、2階席はいい場所がたくさん空いていましたので、正面の4列目の通路側に座りました。

 司会がプログラムの代金は全て東日本地震災害の救援に寄付すると言ったので求めに行きましたが、売り切れていました。それでどんな曲が歌われたのかは覚えていません。

 帰るときに、受付でプログラムを見せてもらい、名取→準師範→師範→特別出演→準教授→教授の順にやったようだということが分かりました。名取と教授などの違いを質問をしたのですが、要領を得ない答えで分かりませんでした。茶道や華道や舞踊と同じでヒエラルキーになっているのだと思いました。

  私は、2時ごろに出ましたので、準教授と教授は聴きませんでした。もし、事前に分かっていればゆっくりと出かけ、上手な人が出演する後半が聴けたのにと思いました。

 オープニングは60名ほどの大合奏でした。途中民謡踊りもあり、合奏もありました。始めの方はなぜか高齢の男性が続きました。準師範辺りから若い女性もたくさん出ました。

 中には歌詞を忘れた人もいましたが、ご愛嬌です。みなさん一定のレベルの人ばかりなのでいろいろな地方の民謡を楽しく聴くことができました。

 1時15分頃から、特別出演の川崎千恵子さんが三味線の上手な人と共演をしました。秋田三代節、津軽じょんがら節、たんと節の3曲でした。三味線の曲引きは見事でした。

 写真を撮る人はフラッシュを使わないでと注意があったので少なかったのはよかったです。ただ、席を取ったまま長い間どこかに行っている人が多いのには驚きました。また、歌っているときに、大きな声で話をする人も見られ残念でした。

 観客は敬老の日と関係がないと思うのですが、圧倒的に高齢者でした。それで思うのは、私は整理券を2枚貰ったので、1枚を誰かに上げようと、いろんな人に聞いたのですがみんな首を横に振りました。ああ、民謡は人気がないのだ・・・と感じました。

 聴きに行けば、楽しい民謡だと思うのですが、日本の生活の中から生まれた音楽に関心が薄いのは残念だと思いました。

 民謡の流派もいろいろとあるようですが、何がどう違うのだろうと疑問が生じました。

 

Cimg2206

Cimg2207

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月20日 (火)

鉢呂経済産業大臣辞任は原発推進勢力の画策だ

 鉢呂経済産業大臣が辞任に追い込まれたことへの疑問を先回書いたが、やはり背後には想像通りのことがあったようだ。

 「おけらの いつかは青空 脱原発」(18日)に東京新聞の記事が紹介されていた。

 

ニュース・コメンタリー (2011年09月17日)
鉢呂大臣の辞任は脱原発人事の発動直前だった
インタビュー:長谷川幸洋氏(東京新聞論説委員)
 「死の街」、「放射能をつけちゃうぞ」などの発言の責任を取り、就任9日目の9月11日に辞任した鉢呂吉雄前経産相は、脱原発政策を実行に移すための人事を発表する直前だったことが、東京新聞論説委員の長谷川幸洋氏の取材でわかった。
 長谷川氏は、鉢呂氏が辞任した翌日の12日に鉢呂氏に単独でインタビュー取材した。鉢呂氏はこれからの日本のエネルギー政策を決める総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の委員に多数の脱原発派を送り込むことを決め、既に事務方に指示していたことを明かしたという。 長谷川氏によると、鉢呂氏は現在の委員構成が15人のうち12人が原発推進派で占められていたため、これでは福島後の議論は期待できないと考え、新たに9~10人の反原発・脱原発派の委員を追加任命する意向だった。その委員候補リストまで事務方に渡していたという。
 長谷川氏は「人事は官僚にとって最大の権力の源泉。そこに介入されることは、官僚がもっともいやがること」「鉢呂氏は虎の尾を踏んだ」と経産官僚による辞任工作あったとの見方を示すが、具体的にどのような経緯で辞任に至ったかについては、取材中という。
 長谷川氏はまた、鉢呂氏には「放射能をつけちゃうぞ発言」をした覚えはなく、その時の映像や録音テープも存在しないとみられることから、かなりの歪曲があった可能性もあると指摘している。
 政治と官僚の関係を長年ウオッチしてきた東京新聞の長谷川幸洋氏に、鉢呂氏辞任の裏面を聞いた。
 詳しくは、以下のURLをクリックして動画を見てください。20分ほどです。
  経済産業省の官僚が6月頃に決めたエネルギー調査会のメンバーは、15人のうち12人が原発賛成派でたった3人が原発反対という人選であった。それを鉢呂大臣はせめて五分五分にしようということで人選を改め、発表寸前になっていたというのだ。
 これではエネルギー調査会もお手盛りでやらせではないか。霞ヶ関の官僚のやることは、何とえげつないことか、憤りが収まらない。これまでの重要な政策も全てお手盛りのやらせで決められていたことが分かる。こんなことを許してはならない。鉢呂氏は辞めてはいけなかったのだ。
 後を引き継いだ枝野大臣はどう出るか注目である。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年9月19日 (月)

今夏の節電対策から見えてきたもの

 福島第一原発事故で電力不足が叫ばれ、その対策として全国的に節電が求められた。それが効を奏して終わってみれば20%の節電に成功したと言われる。

 我が中部電力管内でも、毎日の電力需要予想は大体88%が多かった。東京電力管内でも黄信号が灯ったのは3日だけであったという。

 20%の節電は、自動車産業などの工場が土日に稼動したことや、商店や公共の場所での節電、そして一般家庭でも節電に協力したことで達成された。

 大都会の夜は以前に比べて暗くなったが、それでも欧米に比べると明るいといわれる。電力消費は高度成長の頃からだと思うのだが、どんどん使うことを奨励され、バブルの頃には無駄遣いは当たり前になっていた。

 その後経済がダウンしながらも電力は使いたいだけ使うということが続いた。そして、突然の東北大地震と大津波と福島第一原発大事故で様相は一変した。

 あの大災害以後、連帯を示す言葉として、「絆」が登場し全国だけでなく、世界に広がった。英語でもkizunaで通用するようになったのだ。

 日本人の特性なのか「絆」は見事に発揮されて、国を挙げて節電をするようになった。

 節電で見えてきたものの一つは、今まで如何に電力を無駄に使ってきていたかということであり、電力使用を抑えることが可能であるということである。節電を進める中で、いろいろな節電グッズやアイディアが生まれたし、企業でもさまざまな工夫が生まれた。

 電気製品にしても、全ての製品で以前の物より節電ができるようになった。タイミングよくLED電球の普及も始まった。懐中電灯でも手回し発電のものが現れている。

 3.11前は、エコロジーとかCO2削減とか地球温暖化対策が叫ばれていたが、図らずもそれが進むことになったのは皮肉である。

 見えてきたことのもう一つは、これまで原子力発電がオールマイティの電力供給源とされ、54基の既存の原発の他に3基が建設中で、さらに11基が計画されていたのが、原子力発電神話が崩壊し、原発の恐ろしさが誰の眼にも明らかになり、脱原発の方向が出てきたことである。

 そこでそれに代わるもエネルギー源として、再生可能エネルギーが俄かに注目されるようになったことだ。これは不幸中の幸いと言うべきである。

 サンデーモーニングで、岸井コメンテーターが指摘していたように、日本は資源やエネルギーがない国と言われてきたが、実はそうではなく実に豊かな資源やエネルギー源を持つ国だとわかったことだことだ。

 これまでは大企業が儲かる原発優先で日本の電力事業が進められ、再生可能画練りぎーについては、例えば風力発電の試験的に作られたがコストがかかりすぎるとか不安定だとかいう理由をつけて葬り去られてきたのだ。

 世界を見ると、ドイツのように太陽光発電を進めているところがあるし、ニュージーランドでも地熱発電が進められている。中国でさえ風力発電が推進されている。

 他にもバイオとか小量水力とか波浪とかいろいろなものが可能なのだ。

 例えば、小川など僅かな水力で発電する技術は日本にあるのに、河川法によって大きな河川と同じ扱いを受けて、発電設備を設置するのに大変煩雑な手続きが必要だということがネックになっているという。

 日本は山国で、中小河川はそれこそ無数にあるし、流れも急である。小さな発電設備を作れば、地域の電力を賄えると言われる。地熱、波浪しかりである。

 これまで意図的に無視されてきた再生可能エネルギーに眼を向ければ日本は大きなエネルギー資源を持っていることがはっきりしたのだ。

 これからも節電には心がけながら、再生可能エネルギーの可能性を日本の技術力で追究してあの大災害からの復興を果たしたいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月18日 (日)

AJU主催のウェルフェア・コンサート「シルクロード喜多郎」

 私が所属する英語会話クラブに、AJU(愛と自立の運動)に勤めているSさんがいて今回のコンサートを紹介してくれました。

 AJU自立の家ウェルフェア・コンサート「シルクロード喜多郎」が愛知芸術劇場コンサートホールで15日の夜開かれました。今回は、20回目という節目ののコンサートということでした。

 出演は、喜多郎とそのグループ、ゲストが宗次郎と転輪太鼓のグループでした。喜多郎のグループは、シンセサイザーが喜多郎の他に2人、バイオリン1人とパーカッションが1人でした。

 ステージには、それぞれの楽器と太鼓が設営され、両脇には4つのスピーカーを積んだものが1基ずつ置いてありました。

 私と英語クラブのKさん、Mさんは上手のスピーカーのまん前でした。会場はステージの正面の座席も含めて満員でした。喜多郎と宗次郎の人気をうかがわせました。

 喜多郎と宗次郎はNHKのシルクロードでは一緒に仕事をしたことがあるそうですが、コンサートは初めてで、喜多郎が宗次郎に呼びかけたのだと言っていました。

 定刻の直前にアナウンスがあり、三笠宮家の寛仁殿下のお子さん(女性)が臨席されるとのことで全員が起立をしてお迎えしました。

 プログラムは、砂漠の風を思わせるサウンドから始まり、異国情緒のある曲Wind & Wavegaが演奏されました。とても長い曲でした。

 次のCaravan Saryも風の音から始まりました。

 Titata、  Heaven & Earth、  Mercury、  飛天、  恋慕と、約1時間20分ほど演奏されました。

 喜多郎は笛、ギター、太鼓も使って身振り手振り宜しく演奏をしました。パーカッションの若い女性は、太鼓やティンパニーや鉄琴いろいろなリズム楽器を取り替えて奮闘していました。

 15分の休憩の後、シルクロードのテーマの演奏がありました。説明では、シルクロードの曲を6曲も作曲しているということでした。

 その後、オカリナ奏者の宗次郎が登場しました。まず、大黄河が演奏されました。バックは喜多郎を除いた喜多郎のグループが担当しました。

 次に、宗次郎が茨城県の本拠地で木立から見える冬の空をイメージして作曲したという「天空のオリオン」でした。

 それからプログラムにはない喜多郎の曲を宗次郎のオカリナと共に喜多郎も入って演奏しました。

 オカリナはいろいろあるそうですがそれを取り替えながらの演奏でした。

 驚いたのは、喜多郎は楽譜なして演奏したことです。バイオリンとパーカッション以外は楽譜がないようでした。

 最後に転輪太鼓のメンバー6人による勇壮な和太鼓でした。掛け声とパホーマンスの他にほら貝や横笛を交えた演奏もありました。 

 リクエストは、喜多郎が小さい太鼓を叩いて転輪太鼓に加わって演奏しました。

 休憩も含めて2時間半、喜多郎サウンドとオカリナと和太鼓に酔いしれた時間でした。

 ―喜多郎―

Heven & Earth

http://www.youtube.com/watch?v=EtvFr1XwBw0

シルクロードのテーマ

http://www.youtube.com/watch?v=fOzyJKUk7eQ&feature=relmfu

恋慕

http://www.youtube.com/watch?v=VVdBzcgmvg8&feature=related

Mercury

http://www.youtube.com/watch?v=VVdBzcgmvg8&feature=related

―宗次郎―

大黄河

http://www.youtube.com/watch?v=Rd2A2nDGqA4&feature=related

天空のオリオン

http://www.youtube.com/watch?v=iK2_g593Jl0

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月17日 (土)

国民を愚弄する鉢呂経済産業相の辞任騒ぎ

 野田内閣が発足してたった6日で、鉢呂経済産業相が失言をして辞任に追い込まれた。

 「死のまち」となったという発言が端緒となり、その上に記者に対する「放射能つけちゃうぞ」という仕草が決定打となった。

 それについて、15日の朝日新聞朝刊「社説余滴」で大野博人オピニオン編集長が、「何ともグロテスクな辞任騒ぎ」と題して小論を書いている。

 「政治がこんなことにエネルギーと時間を費やしていると、肝腎な問題が後回しになる、からではない。政治が肝腎な問題を後回しにしたくて、こんなことにエネルギーと時間を費やし、メディアがそれを助長したように見えるからだ。」

 私もその通りだと思う。永田町の連中は迅速にやらなければならない幾つかの問題をそっちのけにして、どうでもよいようなことばかりを議論しているようだ。それをメディアも読者や視聴者受けを狙ってか、面白おかしく取り上げて騒ぎを大きくしているのだ。

 死のまちを海外メディアはゴーストタウンと英訳したそうだ。福島第一原発の事故によって意に反して住めなくなり、無人化した地域は、日本語で強く表現すれば”死のまち”ということになろう。そうさせた者は誰か?それが大事であって、死のまちという表現を使ったことがとんでもない罪悪のように指弾するのは的はずれである。

 やらなければいけないのは死のまち状態にした者の責任をはっきりとし、その状態からどうしたら一日も早く抜け出られるのか、いったい何時から住めるようになるのかを考えることだ。

 「おけらの  いつかは青空 脱原発」(9月15日)によると、今年の5月16日の参議院行政監視委員会で細川大臣が「Jヴィレッジから福島原発に行く間、 本当に町全体が死の町の印象を受けました。」 と下記のように発言している。

 今、石橋委員の方からお話がありましたように、私は五月の七日にJヴィレッジとそれから福島第一原発の方に行ってまいりました。

 Jヴィレッジから福島原発に行く間、これマイクロバスで行きましたけれども、その間、人が一人も見えない、いない、牛が放牧をされて、主のいない牛が、何というか、漂っているといいますか、そんな風景を見まして、本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました。

 それに対して、国会では誰も問題にしなかったのだ。マスコミも勿論取り上げていない。それが、今回は問題になったのだ。これを見てもマスコミも永田町もいい加減なものだということがよく分かる。

 では、なぜ鉢呂大臣が辞任に追い込まれたのか。理由は二つあると思う。

 一つは、鉢呂氏に脱原発の傾向があるということだ。それで自民党も経済界も辞めさせようとしたようだ。

 もう一つは、大野氏の指摘のように、大事なことは後回しにして、政争に明け暮れることを優先しているということだ。

 自民党・公明党などは国会を延長せよと息巻いているが、国会で論議されていることは、手続き論とか首相などに対する姿勢などの質問で、第3次補正予算にしても、原発対策にしても、投げ出されたままのようだ。

 大野オピニオン編集長は、「メディアが問題にし、政治家が反応し、それをまたメディアが取り上げ、その度に騒動が肥大化、深刻化し、肝腎の問題は置き去りになる。そして閣僚の首が飛んで終わりになる。」と述べている。

 メディアの中でも特に、週刊誌はひどい。民主党のやることなすことをこき下ろすことばかりしている。

 自民党・公明党も相変わらず解散総選挙のことしか念頭にないようだ。両党とも強固な対決姿勢に変わったと朝日新聞は伝えている。

 サンデーモーニングでは、毎日新聞の岸井氏が今の永田町の変わらない程度の悪さを嘆いていたが、全く嫌になる。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年9月16日 (金)

超低金利に驚く―この経済不安定時代になにがいいのか―

 築40年以上の我が家の浴室などをリフォームすることになって契約をした。前金が必要なので、郵便定期預金を解約した。最初金利が1年で0.4%であったのが、年々減ってきたそうで、200万円を解約した時には、利子はたった87円であった。

 87円というのは、今年の1月から9月までの分である。余りの低金利に我が眼を疑った。これでは利子がないのと同じである。聞いてみると普通預金は無利子だそうである。

 定期預金なら多少はましかと思って預けておいたのだが、今にして思えば大変な間違いであったようだ。

 幸い、この10年ぐらいはデフレなので低金利でも目減りは僅かである。思えば郵便局の定額預金が10年で倍になった時代が懐かしい。

 私の知り合いで、リーマンショック以前に退職金を投資信託にした人がいるが、あの金融ショックで元手を減らしてしまったそうだ。

 人のことは言えなくて、私も、リーマンショックの直前に銀行と相談して、保険の一種に入ったが、3年で元が取れるはずが、元を取るどころか、逆に25%ほど目減りしてしまった。

 そういうことがあるから、何がいいか分からない。元が残っただけでもいいと考えるべきかも知れない。

 株はこのところEUの経済危機が叫ばれて、大変不安定で、日経平均は昨日最低を記録した。ニューヨークのダウも大きく上げたり下げたりで大変に不安定である。

 松坂屋美術館に行きたいがために買って持っている株が値下がりで含み損が増えるばかりだし、イオンのラウンジを使いたいために知人の勧めで買ったイオン株も同じく大損している。優待などを当てにして買ったのが大はずれであったのだ。

 8月に出たある週刊誌によると、9月に日本に経済の大危機がやって来ると書いてあったが、9月の市場の様子を見る限りその予言が当たりそうである。

 日本の経済は借金が増えるばかりで少しもよくないはずなのに、為替は対ドル、対ユーロで円高に向かったままだ。数年前にイタリア旅行をしたとき、1ユーロ165円であったのが嘘みたいに今や105円になってしまった。

 それでもあの藤巻健史氏は、円安になると言い張っているが・・・。

 こうなると年金生活者としては、デフレが続くことが望ましい。経済評論家の荻原博子氏が言うように、なけなしの現金をそのままキープするのがよいのかもしれない。

 

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年9月15日 (木)

第2回ブランチコンサート「バッハ、その荘厳な響き」を聴く

 名古屋が生んだオルガニスト吉田文さんのブランチコンサートに行きました。開催されたのは、9月14日(水)の午前でした。

 この日は、地下鉄の乗り継ぎが全て順調で9時50分ごろには会場入り口に到着しました。それで私より前に並んでいる人は20名ほどでした。開場が10時15分なのでそれまで立っていました。本を持って行ったのに気温が高いので読む気になれませんでした。

 しばらくすると、知人のYさんとFさんが来ましたが、何とYさんはチケットを家に忘れてきたと言いました。それで当日券売り場に行って訳を話したら代わりの券をもらえたのでほっとしていました。

 開場すると、すぐ2階の正面に行きました。一番だと思って行ったら2人来ていました。それでも一列目の中央付近に席を取ることができました。Hさんが後から来るので隣にとっておきました。隣に座っていた男性が、「私は、コンサートホールのいろいろな場所を試しましたが、正面のこの席がいちばんいいと分かりました。」と話しかけてきました。

 FさんとYさんも今回は2階に来ました。やはりパイプオルガンは2階席の方がいいのです。 同級生のTさん夫妻も来ると言ってましたが、下の席にいるのか見当たりませんでした。

 10時30分になると、オルガン奏者の吉田さんがピンクの模様の上着を来て出てきました。ブランチコンサートは時間が短いので、プレ・コンサートとして演奏をするのでした。曲はJ.S.バッハの幻想曲ハ短調でした。何度も聴いたことがある曲ですがとてもいい曲です。その後、リチャード・ロジャースのエーデル・ワイスが演奏されました。私の大好きな曲でした。

 10時45分に開演され、まず、トーマス・マイヤーさんがこのコンサートのために作曲をしたファンファーレが鳴り響きました。

 次に、J.S.バッハの小フーガト短調が演奏されました。これも素敵な曲でした。演奏の前か後にに吉田さんがマイクを持って話をされるのですが、コンサートホールのマイクとスピーカーはどういう訳かよくないので、言葉が聞き取れないことが多いのです。どの演奏会でも同じでとても残念です。

 その後、リクエスト曲が2曲演奏されました。

 ラテンのボサノバの”イパネバの娘”とタンゴの”真珠採り”でした。これらのタイプの違う有名なポピュラーミュージックをパイプオルガンで聴くというのも格別な楽しみがありました。タンゴは最初はタンゴのリズムではないイントロからタンゴのリズムに変わりました。

 最後の20分は、J.S.バッハの「バイオリンソナタ第2番イ短調」をトーマス・マイヤーさんがオルガンソロのために編曲したものでした。吉田さんが説明したように、バッハがオルガン曲として作曲したような味わいがありました。

 1.重々しく 2.フーガ 3.アンダンテ 4.アレグロ

で、アンダンテは割合単純な音でしたが、アレグロで一気にオルガンを全開させる感じで素敵でした。最後は小さくきれいな音で終わりました。

 バッハというのは小川という意味だそうですが、ベートーベンは「小川ではなくて、大海だ」と評したと吉田さんが話していました。多分8代将軍吉宗の頃の人だと思うのですが、素晴らしい曲をいっぱい残したバッハはすごいと改めて思いました。

 第3回のブランチコンサートは、2012年1月11日の「楽しいニューイヤーコンサート」です。「リクエスト曲をサプライズとパイプオルガンの魅力を詰め込んだ演奏会にしたい」そうです。

 午後は、松坂屋美術館の「川合玉堂展」に行き、音楽と絵画の芸術の秋を堪能した1日でした。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月14日 (水)

楽しかった「輝かしい古楽の祭典」コンサート

 コーラスの指揮者K先生の紹介で「輝かしい古楽の祭典」というコンサートがあることを知りました。主宰は東海バロックプロジェクトでその第一回の公演でした。

 会場は、長久手町文化の家森のホールでした。地下鉄藤が丘で降りてリニモに乗り換え1区のはなみずき通り駅で降りました。

 駅にある地図を見て概略の場所を頭に入れましたが、改札口を出ても案内板はありませんでした。やっと交差点のところに案内板を見つけました。暑い日差しの中を歩いていき、途中で尋ねてやっと文化の家に着きました。

 初めての場所なので早めに出かけましたから14時過ぎに着きました。開場まで25分ぐらい並んで中に入りました。一段高い正面の真ん中辺に場所を取ることができました。コーラスのKさんの姿を見たので声をかけ隣に呼びました。

 ホールはチョコレート色で舞台の前に1階席があり、そこから回りに徐々に高くなって座席があり、とても素敵なホールでした。休憩の時に一番高いバルコニーに行って見ましたら、2列の座席があり、そこからはすり鉢の底のように下が見えました。

 コンサートは、バロック美術についてのトークがあり、映像を写しながら説明がありました。講師は愛知産業大学造形学研究科の杉山準教授でした。

 このコンサートでは、他にもそれぞれの曲の演奏の前に、作曲家の画像が映され、曲や作曲家についての解説があったので大変よかったと思います。特に、セバスチャン・バッハの鬘なしの画像は初めて見ました。その他にも演奏曲とか歌の時には歌詞の一部が映されたのでよかったです。

 休憩時間の時に、チェンバロのチューニングが行われましたが、休憩が終わってもまだ続いていました。その間にチェンバロのチューニングの様子が映されて、説明がありました。それもとてもよい企画でした。チェンバロのチューニングは大変だということがよく分かりました。

 演奏はバラエティに富んでいました。小さなオーケストラは、15人前後でした。歌手はメゾソプラノ、ソプラノ、バリトン、テナーの4人。他にリコーダーと横笛のフラウト・トラヴェルソ、トロンボーンの先祖のサクバットがありました。チェンバロ協奏曲の奏者は戸崎廣乃という人でした。演奏は勿論のこと、バロック時代の女性のようなふくよかな腕が印象的でした。

 休憩も含めて2時間半余りの間に、バロックのさまざまな演奏形式や楽器を楽しむことができとても幸せな午後でした。これが第1回ということなので、今後を期待したいと思いました。

 演奏曲目は、

 ・コンチェルト・クロッソ 「アラ・ルスチカ」ト長調 ヴィバルディ

 ・トランペット協奏曲 ニ長調 G.トレッリ

 ・リコーダーとフラウト・トラヴェルソのための協奏曲 テレマン

 ・マニフィカート 聖母マリアのカンティクム シュッツ

 ・クリスマス・オラトリオ 大いなる主、おお、強き王 J.S バッハ

 ・チェンバロ協奏曲 ニ短調 J.S.バッハ

 ・オペラ セルセより 私の愛するプラタナス ヘンデル

 ・オペラ リナルドより このような罠にかかっては ヘンデル

 アンコールは、J.S.バッハのカンタータ コラールを全員で。

Photo

 

  

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月13日 (火)

スーパーのタイムサービス

 先週の火曜日に新瑞橋のイオンに行った。エスカレーターで2階に上がると、マイクで「タイムサービス。半額セール・・・」と叫んでいた。よく聞いてみると、タイムサービスは3時から3時半までだという。時刻はすでに3時20分になっていた。

 どの品物が半額になるのか店員に尋ねたら、クリアランスセールの張り紙のものだという。見ると安くなったら買おうと思っていた半パンツもあった。先日、1000円で買ったシャツも半額だという。なんか損をした気分だ。

 とに角時間がないので、大急ぎでウォーキング用の半パンツを2枚と、先日買ったシャツと同類のシャツを2枚選んだ。どうすればよいのか尋ねたら、そこにいる店員に半額シールを貼ってもらってレジに持っていくのだと言った。

 レジで支払うと1枚の半パンツは500円だったらしく、250円になった。これで来年からも夏のウオーキングのパンツは大丈夫だ。

 1000円で買ったシャツにしても元はもっと高かったのを値を下げて売っていたのだ。それで買ったのであったが、ここまで待つべきであったと思った。

 でも、タイムセールは何時あるのか分からないと駄目だ。そこで次の日に行った時、たまたまそこにタイムセールでマイクを握ったいた店員がいたので聞いてみた。

 チラシ広告で予告をするのかと尋ねたら、予告なしだと言った。それでは運だねと言ったら、そうだと答えた。ただ、タイムセールは、火曜日と土日にやるのこと、午前中に1回、午後に2回やると教えてくれた。

 ということは、ちょくちょく店に行っている人はタイムセールに遭う確率が高い訳だ。なるほどと思った。

 昨日タイムセールの品は元の値段に戻っていたが、きっと売りつくすためにまたやるのだろうと思った。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月12日 (月)

9.11と3.11からの共通の教訓はあるのか

 サンデーモーニングの特番で「9.11と3.11から引き出せるもの」というようなことをやっていた。共に11日という因縁みたいなものがあるということのようだ。それに9.11から10年、3.11から半年という因縁もあるということだ。

 9.11から早くも10年の時間が流れたが、あの時の衝撃的な映像が繰り返し流されるので、その度に鮮明に思い出す。3.11はついこの間のことだし、こちらは記憶に生々しい。

 しかし、9.11と3.11に何か共通するものがあるのか?

 9.11は人為的なものであり、3.11は自然の破壊力がもたらしたものである。でも、 コメンテーターは、さすがにうまく探し出していた。

 寺島氏は、どちらも「将来に対する不安と恐怖」だと述べた。9.11の時には、それ以後どうなるのか不安と恐怖にかられて、ブッシュなどネオ・原理主義派が、イラク戦争やアフガニスタン侵攻を行ったというのだ。

 3.11では日本の人びとは福島第一原発の事故もあり、これからどうなるのかという不安と恐怖を抱いているという。

 涌井氏は、世界文明の転換点に来ているのだと言った。それも一理あるかも知れない。世界文明をどう転換させるのかが問われることになる。

 21世紀まで来て、人類は相変わらず争い、利権を巡って、或いはグローバルな金儲けを狙って経済を不安定にしている連中がいる。科学や文化の進歩によって人間は賢くなるどころか愚かになっていくように見える。

 世界の気候の変動によって、アフリカや中国などに大干ばつが起き、他方、日本やヨーロッパなどのように大豪雨が起きるところも増えている。これも元はといえば人間によるエネルギーの過剰使用が原因である。

 大地震はこれは避けようがない。しかし、それへの備えで被害を少なくすることはできる。ところが、今回の東日本大震災では、大津波への過小評価と原子力発電の安全神話によってとんでもない大災害をもたらした。

 寺島氏が指摘するように、将来への不安と恐怖をもたらしたというのも当たっているかもしれない。

 日本人は勿論のこと、世界の人類が、この辺で涌井氏が言っていたように「理性と知性」を働かせて、ブッダの言葉で言えば、「智慧」を働かせて、賢くならなければならない。

 経済成長率に惑わされることなく、本当の豊かさとは何か、幸せとは何かを考えて、自己の利益追求は度外視して、みんなのために何がよいのかを考える時だと思う。

 政治家にはいい加減に党利党略の政争をやめて真剣に政治に立ち向かって新しい政治をつくり出してもらいたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月11日 (日)

5万人収容のサッカー場に観客はチラホラ

 オリンピック出場を目指す女子サッカーは、なでしこジャパンが順当にロンドンオリンピックの出場権を手にした。

 惜しかったのは対北朝鮮戦で、せっかく相手のオウンゴールで点を取ったのに、3分のロスタイムでまさかの鮮やかなシュートを浴びた。勝負は何事も下駄を履くまで分からないというが、本当にその通りであった。

 ところでサッカーの予選は、中国の山東省済南にある5万人収容の大サッカー場で開催されている。でも、観客は?というとチラホラでざっと見た限りでは、99%は空席という感じである。

 ただ、中国が出場する時には、さすがにかなりの席が埋まっていた。それにしても勝手なものである。もし、日本で開催していたら・・・・なでしこジャパンが出る試合は満席であるのは当然として、他国の試合でもそこそこ観客が入ったのではないかと思われる。

 開催国は、どのようにして決めるのか、多分順番なのだと思うのだが、それにしてももったいないことである。国際サッカー連盟はもう少し採算のことを考えなかったのであろうか?

 中国では女子サッカーはまだ余り人気がないのだという。実際、中国にいる中国人の友人に聞いたところでも、関心は全くないと言った。テレビで放映されてはいるようだが、中国での人気はないようだ。

 なでしこジャパンのように大活躍をしないと人気が出ないのであろう。それにしても中国政府はメンツにかけて観客を動員しないのはどういうことだろう。

 せっかく各国の選手たちが懸命にゲームをしているのだから中国の人たちも見に行って欲しかった。観客ほぼゼロは本当に残念である。

【画像】なでしこジャパン/FIFA女子ワールドカップ・ドイツ 2011

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月10日 (土)

ショートテールの白猫ちゃん―その後の白猫―

 我が家の近辺にいる確認できている4匹の白猫は、長い尻尾の猫が2匹(その内1匹が多分母親猫)、半長の尻尾の猫が1匹、短い尻尾の猫が1匹である。もう1匹いるはずなのだが定かではない。

 この中で体格が一番小さいのが尻尾の短い猫だ。私はショートテールの白猫と呼んでいる。この白猫は一番人懐こい。それでおそらく子猫が成長したのだろうと思うのだが定かではない。

 その次に警戒心が少ないのが半長の尻尾の猫である。でも、この猫は一定の距離を保っていて近づくとゆっくりと逃げて行く。

 朝、ウオーキングに行く時に、ポケットにキビナゴを2匹入れて行く。いつもその辺にいるとは限らないので見たときにキビナゴをやるために持って出るのだ。

 尻尾の短い白猫は、だんだんと馴れて来た。最初の頃は、近くに行ってキビナゴを見せてから、投げてやっていた。その内に少しずつ近くまで寄れるようになってきた。

 そしていつの頃からか、私を見るとこちらに来るようになった。それからキビナゴを1匹やると私の周りを回って身体を擦り付けるようになった。そうなるととても可愛く嬉しい。

 数日前から、夜に家のドアを開けるとそこに待っているようにもなった。キビナゴを食べ終わると寝そべったり、腹を見せて無警戒に身体を捩ったりもする。

 昨日の朝のことだ。私がウオーキングから帰って来ると他所の駐車場に白猫が1匹いた。近寄って確かめると母猫であった。家の前の駐車場まで来ると別の白猫がいた。

 ショートテールの白猫はどこにいるのかと探したら、向こうの道路の方からこちらにやって来る白猫がいた。見るとショートテールであった。家の前まで来たのでポケットからキビナゴを出して1匹やった。

 辺りを見回しながら食べ終わると、私の周りを回って身体を擦り付けた。それを何度も繰り返した。残りの1匹のキビナゴをやった。近くに母親猫が来ていて欲しそうに見ていた。

 食べ終わったらまた身体を擦り付けてきた。その動作が何とも可愛い。

 家に入ろうとすると付いてきたので、冷蔵庫から煮干を出して持って行ってやった。小さいのを2つほど食べたら腹を見せて寝転んだりし始めた。母親猫は遠くで見ていた。その猫にやろうと近寄ったら逃げて行った。

 ショートテールの白猫は、私を覚えてしまったようである。

 私は、犬は好きだが猫は好きではない。理由はなつかないからだ。でも、なつけば可愛いものである。妻は野良猫に相手にならないようにと言うが、キビナゴ2匹程度である。許せよと言いたい。

Cimg2144

Cimg2143

Cimg2150

Cimg2148

Cimg2145

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 9日 (金)

席を譲る形、道を塞ぐ形

 先日夕方、上前津の鶴舞線ホームで電車を待っちました。私が並んだときには前に6人ほどの若い女性が並んでいました。

 程なく電車が来ました。前の人から順に乗りました。そのとき、席が空いているにも関わらず、一人の女性が反対側出口のポール際に立ちました。他の人たちは席を埋めて座りました。

 でも、7人掛けの席に両側とも6人座っていました。私は、3区なのでそのまま立っていました。そのとき思ったのですが、私より先に乗った女性は、年寄りの私のことを思って座らずに立ったのかも知れないと。

 そんなことを考えていると、右側の中央に座っていた若い女性が立ってポール際に行きました。周りで立っているのは、私と件の女性だけです。それで私はきっと私に席を譲るために立って行ったのだと思いました。

 しばらくどうしようか迷いましたが、もし、そうだとすると座らないのは申し訳ないと思い、空けてくれた席に座りました。

 そして、考えました。今の若い女性にも気がきく人がいるのだなあ、それに席の譲り方にもいろいろなやり方があるのだと思いました。さりげなく席を譲る・・・・とても気がきくやり方です。

 残念であったのは、7人掛けの席に6人で座っていたことです。ひとりの女性だけが気をきかして席をあけてくれたのですが、みんなが詰めて座ればみんなが座れたのです。

 2人の若い女性は私より先まで行くらしく、私が降りるときもポール際に立っていました。私は、とても嬉しい気分で電車を降りました。

 

 別の日、電車が桜山の駅につき、階段を上って改札口に向かいました。すると階段の上のほうに男の私立高校生が10人ぐらい階段に広がって座ったり立ったりして喋っていました。電車に乗る人は急いでいるのに迂回して階段を降りていました。私も彼らの横を大きく回って上りました。

 話をするのならプラットフォームに降りて邪魔にならない所ですればよいのに、人が昇降する場所を占拠して平気で喋っていてどこうともしないのです。それを見てとても残念に思いました。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月 8日 (木)

NHKスペシャル 脳は甦る―脳卒中・リハビリ革命を見て

 4日のNHKスペシャル「脳は甦る―脳卒中・リハビリ革命」を録画しておいて見た。リポーターは、自らも脳卒中でリハビリ経験を持つ、元NHK解説委員の藤田太寅さん。

 鹿児島大学医学部の川平教授が、脳卒中の画期的なリハビリ法を開発して大きな反響を呼んでいるというので、霧島にあるリハビリセンターを訪ねた。

 藤田さんは左手の親指と人差指で輪を作ることができない。川平教授が人差指のマッサージを1分余りすると輪ができるようになった。信じられないような成果だ。

 川平教授は、アメリカの国立衛生研究所に留学中から脳卒中のリハビリ法の研究に取り組み、10年余りかかって少しずつ開発したものだという。

 脳卒中によって、脳の指令が腕や指まで届かなくなったり、弱かったりするので手の筋肉を動かせないということが起こる。脳には新しい回路を作って何とか伝えようとする機能があるというのだが、それを上手に刺激して手助けしてやらなければ手の筋肉は麻痺したままになる。 川平教授は、その刺激とマッサージの方法を開発したのだ。

 脳卒中の後リハビリをしても、6ヶ月するとそれ以後は回復が期待できないといのが半ば常識であったのだが、それを覆す画期的なリハビリ法である。

 手や指を動かせないときは、脳全体が働いているが、動くようになると必要な部分だけが働くようになるということが頭に被る器械(光トポロジーか?)で確かめられた。

 川平教授のリハビリ法は全国の関係者から注目されて講習会に集まって来るという。いくら勝れた方法でも、ひとりの人間が担当できる患者数は限られるから全国に広まるのが待たれる。

 ところが川平教授のリハビリ法も万能ではなく、非常に重症の人や何年も経過した人などで効果が現れない人もいる。そんな人の機能を回復させる別の方法が研究されているというのだ。

 それは脳科学の力を借りるもので、手を動かすときに使われる脳波と同じものを脳波測定の器械を使った訓練によって出せるようにし、手の機能を回復させるという研究である。この訓練によって6年も手指の機能を失っていた人の機能が回復しつつあるというレポートがあったが、この研究はまだ途上であるという。

 次に、リハビリを行う時に周りの人がとるべき大事なことが紹介された。アメリカのUCLAのブルース・ロブキン教授の研究である。それは「褒める」ことでリハビリの効果が高まるというものである。

 褒めると、脳の報酬系が刺激されドーパミンが放出される。それが脳を活性化させるというのだ。例えば、歩行訓練をして前日より改善されたらすぐ褒めてあげるのがよいという。

 これに関連してカルフォルニア工科大学の下条教授は、褒めるに当たって大事な点が2つあるという。それは、

  ・改善点を具体的に挙げて、良くなったら褒めること。

  ・その場ですぐに褒めること。

 である。

 この褒める効果は何もリハビリだけではなく、教育や躾けの場でも使えるだろう。

  また、カンザス大学のキャサリーン・シェングスコン準教授の研究によると、リハビリをしてすぐ寝ると効果があがるということがわかったそうだ。年寄りでも脳卒中になると、睡眠紡錘波という脳波がよくでるようになり、リハビリ効果を高めるのだという。これなど勉強してすぐ寝ると効果があるというのと同じだ。

 結論として、脳には失ったものを回復させる力が備わっていてそれを如何にうまく引き出していくかが大事だということである。脳科学の進歩によって脳卒中からの回復にも希望が出てきたということである。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年9月 7日 (水)

仙崖義梵の言葉と絵に出会う

 録画しておいた「目からウロコ 骨董塾」という番組を見ていましたら、「書画」部門に江戸時代の仙崖義梵という僧侶で画家の絵が取り上げられていました。

 仙崖の絵の一つはどこかで見たことがあるような気もしましたが、思い出せませんでした。とても親しみやすい飄逸とした絵です。

 仙崖の絵の中でも特に有名な「指月布袋図」や「きゃふん」や「○△□図」「これくうて茶のめ」などが紹介されていました。

 仙崖は臨済宗の高僧だそうですから、上記の絵も禅の公案のような絵です。それだけに見る人によっていろいろな解釈がなされているという話でした。どんな絵でも、見る人によって思うところや感じるところが違うわけですから、それでよいのだと思います。

 冒頭で、仙崖の次の言葉が紹介されましたが、この言葉が私の心を打ちました。

 「世画に法あり 崖画に法なし 仏云う 法はもとより 無法を法とす」

 世間で描かれる絵画には、やかましい決まりがあるが、自分の絵にはそんなものは何もない。仏もいうではないか、法はもともと 無法が法なのだということです。

 自由奔放に己の意のままに筆を動かし、世間体など気にしないというのが本心だと思います。とらわれを無くするということは釈迦の教えの根本です。それを絵に表したのだと思います。

 禅の公案である大きな○の横に「これをくふて茶をのめ」という絵がありますが、「公案などあれこれ考えて解釈してみたところでどうなるものでもない。そんなものは茶菓子の代わりにしてお茶でものんだらどうじゃ。」と言っているのだと思うのです。

 「指月布袋図」もそうです。布袋さんが空に向けて指をさしていて、隣に子供がいます。賛には「お月さま幾つ 十三七つ」とあります。解説では、布袋の指が経典であり、指している月(月は描かれていませんが)が法だということです。人びとは経典にばかり注目して、法を忘れている。しかし、法はそれぞれの心の中にあるのだというのです。

 仙崖はこんなことも言っているそうです。

 「世画は美女の如し 人の笑うを憎む。 崖画は戯者の如し 人の笑うを愛す」

 仙崖の画は飄々としていて、微笑ましくなる作品です。思わず噴出したくなるような画もあります。

 「切れ縄に 口はなけれど 朧月」という賛がある画がそれです。男の人が道に落ちている縄を蛇だと勘違いして驚いているのを後で見ている人が笑っている画です。先入観が人の心を邪魔していることを指摘しているのだろうという解説でした。

 調べてみますと、仙崖は狂歌もよくしたそうで、新任の家老の悪政を批判して

  よかろうと思う家老はわるかろう もとの家老はやはりよかろう

と詠んだそうですが、何やら今の政界にも通じそうな歌です。

 仙崖の画がどんなに人びとに愛されたかを示すエピソードを自分で詠んだ狂歌があります。

  うらめしや わが隠れ家は雪隠か 来る人ごとに紙置いていく

 仙崖の画のコレクションは、東京の出光美術館にあるそうなので一度見てみたいと思いました。

Photo

2

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 6日 (火)

節電の夏―エアコン設定温度28に慣れる

 9月に入り、あと20日もすると彼岸だ。彼岸過ぎれば涼しくなると思われるのであとしばらくの辛抱である。

 今年の夏も暑かったが、福島第一原発事故により節電が叫ばれたので、何だか節電に協力をしなければ”非国民”(今どきこんな言い方はないか・・・)と言われそうで節電に心がけた。

 節電と言っても、我が家でやれることは、エアコンと照明をこまめに消すぐらいしかない。

 エアコンは極力使わないようにし、2台ある扇風機を動員して使用した。

 エアコンを使うときには、設定温度を推奨の28度にした。我が家のメーンのエアコンは、パナソニックの旧型お掃除くんと、もう一つ寝る時に使っているのが、三菱の霧が峰である。

 パナソニックのお掃除くんは大変効力がよくて、8畳のリビングと吹き抜けみたいになっている玄関とダイニングキッチンまでをカバーしてくれる勝れものである。

 夕食時などは、エアコンをつけるのだが、扇風機でダイニングキッチンまで風を送っている。それでも28度に慣れたせいか今年はそれで十分である。昨年までは、27度か26度にしていたのが嘘みたいである。

 それに扇風機だけのことが多いのだが、それも我慢できるようになった。人間の慣れは大したものだと感心する。

 夜寝るときには、霧が峰のエアコンをつけるのだが、こちらは寝ている間に汗をかく。28度だとちょっと暑い感じなのだ。部屋が狭いのに何となくエアコンの利きが悪いようだ。でも、寝ているときは寒くてはいけないのでそれでよしとしている。もちろん、タイマーを使って切れるように設定して寝ている。

 照明はリビングの蛍光灯を4つから2つに減らして使用している。白熱灯をやめてLEDに取り替えた。後はできるだけスイッチをこまめに切るようにしている。

 テレビはもともとニュース以外は余り見ないので、節電には関係がない。

 そうそう、郵便局から成約のおまけとして冷蔵庫の内部に張るビニールシートをもらったが、これは重宝している。冷蔵庫の扉を開けてもビニールシートが冷気を保存してくれているので助かる。

 家にいるときの暑さへの対処法としては、水分の補給と水で顔を洗い、濡れタオルで時々身体の汗をぬぐうことである。今年の夏は、間が悪いことに給湯機が故障してシャワーが使えないのだ。

 でも、暑さも後20日ほどだ。今年は彼岸花が咲くのが待ち遠しいなあ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月 5日 (月)

紀伊半島に大きな被害をもたらした台風12号

 台風12号は、非常にゆっくりしたスピードで日本に近づき、四国、中国地方を横断したので、日本全国に雨による大きな被害をもたらした。

 死者3名、行く方不明13名、避難勧告・指示が50万人に出された。河川の氾濫や土砂崩れなどで倒壊した家屋もあり、冠水したところも多くあった。と、4日の午前中に書きましたが、夜7時のNHKニュースでは、死者17名、行く方不明54名と報道されました。niftyニュースでは、死者18名と出ていました。

 5日朝刊では、死亡24名、行く方不明54名と死亡が大きく増えていた。

 まだまだ被害は増える一方だということです。恐るべき台風だった。

 日本には夏から秋にかけて毎年台風が襲うが、その度にどこか新しい場所に被害が出る。災害大国としてお決まりの台風には注意を払いできる限りの対策を採っているはずなのだが、それにも関わらずである。

 いつも被害のニュースを聞くたびに、「ああ、また新たな場所で被害が出たのか」と心が痛む。

 今度の台風でも、想定外の大雨(最高で1800mmという)が長く続き、川が溢れ、地盤が弱くなったのが大きな災害の原因だ。「こんな大雨はこれまでに経験したことがありません。」とあちこちでしているニュースが流れた。

 災害は、思わぬところで、思わぬときに大きな被害となって起こる。災害日本の宿命と言ってしまえばそれまでだが、どうしようもないのであろうか。

 名古屋は、どういう訳か雨がほとんど降らず、強い風が時々吹いた程度で済んだ。幸運であったとしか言いようがない。翌日は一日中の雨であったがこのくらいは仕方がない。

 台風12号の大雨による被害は、紀伊半島の各地で大きかった。田辺市や私の育った新宮市熊野川の氾濫状況も何度か報じられた。

 私が高校生の頃、台風で熊野川の水位が上がり、熊野大橋の橋脚が見えなくなりほぼ道のところまで水が来た。それを友人と一緒に見に行き、写真に写した。幸い橋は無事であった。今回はそのときよりもっとひどかったようだ。

 熊野大橋の橋の上まで水が流れて流木が残されていた。また、それ以前に市内に水が流れ込み広範囲にわたって冠水したという。私の経験したのとははるかにひどい被害である。

 紀勢線の1部の鉄橋が破壊されたし、各所で寸断されたそうだ。自動車がひっくり返った映像も放送された。あの忌まわしい東北三陸沿岸の大津波のようである。

 日本は3.11の東日本大震災で東北の海岸は壊滅したが、今度は情け容赦もなく台風日本の南の方を襲った。東日本大震災の津波被害は世界的に関心が持たれ救援対策がなされているが、今回のような個々の台風被害にはどういう救援対策がされるのかと思う。

 家をなくしたり、命を奪われたり、田畑が冠水して収穫ができなくなったり・・・ということは、同じなのだから、地震なみの救援がされるのであろうか?これまでも新聞やテレビでは報道されたことを知らないので、運が悪かったということになるのであろうか。

 被害を受けられた気の毒な方々には何らかの救援がされることを願っている。

【台風12号】避難勧告・指示は46万人に 14万世帯で停電

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 4日 (日)

TAMC会長坂本圭史氏の講演「趣味と人生 人生にリセットはない」―⑤―

 最後に趣味について話されました。趣味を持たない人は老化が速いから、何でもよいから趣味を持ち、好きなことに打ち込むことが大切だということです。

 先生の講演を聞くために集まった人たちは、みなさんマジックという趣味を持つか、マジックに関心がある人たちばかりです。きっと老化も遅いに違いありません。

 ここからは先生の御趣味の一つであるマジックについてお話をされました。趣味としての「マジック」のメリットは、「人に夢と感動を与えること」だと言われました。この言葉が印象に残りました。

 このデジタルの時代、SGなどのテクニックを使ったり、マイコンを使って驚くようなトリックができるようになりました。しかしながら、アナログなマジックも今でも人びとを不思議がらせることができます。

 マジックには、国境がなく、時の古今、洋の東西を越えて人びとに夢を与え、感動を与えます。マジックとユーモアはいつの日も人生の潤滑油だと言えると話されました。

 マジックには、「演じる」、「見る」、「創る」、「コレクション」、「探求する」、「交わる」という楽しみ方があります。それが魅力だと言われました。坂本先生は、その全てをカバーしておられます。先生はトランプ1500種、シンプル300種のコレクターとしても知られております。

 それほどではなくても、マジックをやる人は、大小さまざまな道具類をたくさん持つようになります。

 演じるだけでなく、自分で改良を加えたり、新しいマジックを作り出す人もいます。

 よく手先が器用でないから・・・・という人がいますが、一般的には演じるにあたっては、物凄いテクニックは要らないと話されました。

 マジックを演じる手順には、どこかに相手の注意力の盲点に飛び込むところがあると言われました。メンタルなものや錯覚を活用することも大事だということです。

 実際に身の回りにある物を使って実演を交えて話されました。例えば、有名な人体浮揚ですが、ケント紙大の板の上にその模型を作ったのを示しながら、「私はこういうイリュージョンはやりませんが、このように持ち運びができるものでやることがあります。」と言って、その原理を説明されました。

 これもよくある類の絵ですが、可愛い女の子がひっくり返すと老婆になる絵を見せて面白く話されました。

 マジックに関して、心に残ったのは、

 人にマジックを見せようと思うなら、例えば3つ見せようと思うのなら10ぐらいは知っていないといけないということです。3つ見せるのに、3つしか知らないのでは駄目だというのです。

 もう一つは、シルクやロープなどを演じる時に、「解いた」ではなく「解けた」ように演じることが大事だということです。自然にということなのでしょう。

 那谷寺の住職から聞いた言葉を紹介されたので、書き留めておきます。

 ボケない 5か条

 1.仲間がいて、気持ちの若い人

 2.人の世話をよくし、感謝のできる人

 3.ものをよく読み、よく書く人

 4.よく笑い、感動を忘れない人

 5.しゅみの楽しみを持ち、旅の好きな人

 

 「やり直しがきかない人生! 悔いのないよう1日1日を大切に生きよう」と結ばれました。

2

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 3日 (土)

民主党野田内閣が発足したが・・・何の期待もない

 2日午後、民主党3人目の野田首相が組閣する内閣がスタートした。しかし、これまでの民主党内閣のやってきたことからみて何の期待も抱くことはない。

 石原自民党幹事長は、「まず党内問題をきちんとして、そしてやりたいことを決めてからもって来て欲しい。」と言ったが、あながち嫌がらせばかりとは言えない側面がある。

 夕方のメーテレでは、法政大学教授が同じような指摘をしていた。ねじれは、国会だけでなく、民主党内にもあると。

 そうしたことを予期してか、幹事長に75歳の見るからにオジン臭い輿石参議院議員会長を頼み込んでなってもらった。小沢氏との融合を図るためだそうだ。

 内閣の大臣を見ると、自民党の総務会長が、「まるで自民党時代の派閥均衡内閣だ。」と評したように、民主党内のバランスをとった内閣である。それについてはメーテレニュースでもコメンテーターが同じ評をしていた。素人が見てもバランスをとったことは見え見えである。

 それで野田首相が言うように、金魚の真似はできないが、泥臭くドゼウのように地道に山積した課題をこなしていこうということなのであろう。

 それはそれでよしとしよう。野田首相は、やった業績を見て○○内閣というキャッチフレーズを後から国民につけてもらいたいと言ったが、果たしてどんなキャッチフレーズがつけられるのか見ものである。

 それにしても、小沢氏の存在は、民主党の獅子身中の虫である。というか、癌細胞かも知れない。どうして民主党政権のために協力できないのか、いったい3.11の東日本大震災の後、何をしたというのであろうか?

 聞こえてきたのは、派閥の120人をバックに、怨念の敵菅首相をひきずりおろそうということだけあった。120人もの議員を動かして災害復旧や原発事故の後始末については何もしなかったではないか。

 今度の野田内閣でも、背後には小沢氏がいて、大臣たちは、後を振り返りながら、(小沢氏の顔色を伺いながら)やるような人たちばかりであるとメーテレのコメンテーターは指摘していた。

 野田首相については、何も知られていないので、どんな政権運営をするのかは全く未知数である。オバマ大統領のように演説はうまいらしいが、それも聞いたことがないからわからないし、演説がうまいから良い政治ができるとは限らない。

 だから、全くの「期待なし内閣」なのだ。

 そうは言っても、震災復興予算、円高対策、増税と社会福祉問題、再生可能エネルギー利用や原発問題、外交問題・・・・等、すぐにやらなければならない課題が山積している。

 今度もまた、すぐに辞めろコールがおきないように、そして何としてでも国民の側に立った政治を進めて欲しい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年9月 2日 (金)

TAMC会長坂本圭史氏の講演「趣味と人生 人生にリセットはない」―④―

 第3期 収穫期の人生をどう過ごすか?ということで、人間は一生学び続けることが大切と話されました。

 その通りだと思います。何を学ぶかは人それぞれだと思います。定年後大学に入り直す人や、留学をする人もいますが、そんなことでなくても趣味深めるとか新たな趣味を広げるとかしている人はたくさんいます。

 我がマジッククラブにも、新しくマジックを始めた人がたくさんいます。

 それには健康が大事ですが、先生は、健康管理は自分の責任だと言われました。私も、始めのころのblogに書いてあるように私流の健康管理をしています。自分流の健康管理を工夫してやるのがよいように思います。

 次に、先生は、人生は競争の連続であると話されました。競争は大切であり、競争がないものは衰えるということです。先生は、流通業界におられたので、とりわけ競争について感じるところが多かったのではないかと思います。

 競争とは、優勝劣敗であり、弱肉強食ではないということで、勝れた者と劣ったのができるのはどんな世界でも避けられないものです。

 そこで私は、優者は劣者を思いやる気持ちを持つことが大事だと思います。先生が弱肉強食ではないと言われるのもそういうことを含んでいるのではないかと思いました。

 いつの頃からか小学校では、徒競走のときに一列でゴールインするとか、学芸会では主役を作らないとかいうことが広がりました。考えてみれば、こうしたことは悪平等であり、人の世の摂理に反することかも知れません。

 私が子どもの頃、大叔父に「上見て励め、下見て暮らせ」とよく言われましたが、自分が劣っていることを優勝劣敗の世の中のせいにするのではなく、足りないところは努力をすることが大事だいうことなのだと思います。

 先生のお話しの中で、特に大事だと思ったのは、次のことでした。

 人間関係は無形であるが、貴重な財産ということです。人との出会いはいろいろありますが、人生に大きく影響するという話です。

 坂本先生の場合、TAMCには90名もの会員がいて、そのメンバーたるや各界で一流の人たちばかりですから、その人間関係は想像がつかないくらい素晴らしいものlだろうと推察されます。

 現役時代も、イトーヨーカ堂の役員でしたから、その人脈も凄いのだろうと思われます。

 さらに退職後は、流通問題評論家とアマチュアマジシャンとして、全国を飛び回っておられ、毎日新たな人とのつながりを作っておられます。

 そうした経験を通して、Know Howではなくて、「Know Who」が大事だと言われました。多くの人と知り合いつながることがその後の人生を豊かにする源であるということだと思います。

 ―つづく―

  

Cimg1906

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月 1日 (木)

TAMC会長坂本圭史氏の講演「趣味と人生 人生にリセットはない」―③―

Cimg1905

 熟年者老化防止の10か条として、次のことを挙げておられます。

1.「どうせ」「今さら」「もう」と言わないこと。

 「やっと」「これから」「せっかく」と考えること!

 私も、カードマジックを覚える決心をしたとき、「この年だからもう無理」と考えていました。新しいものを覚えるときにも「どうせこの歳だから・・・」とか、「今さら覚えたって・・・」などと諦めの言い訳が出てきます。それがいけないということなのです。

 何かに挑戦する心を持って、「やっとやれる時間ができた」とか「これからどんどんやるぞ」とか「せっかくのチャンスだから・・・」などと積極的にトライすることが大事だということです。

 これは頭では分かっているつもりでもなかなかできないことです。世の中には、90歳で中国語の勉強を始めた人とか、80歳から絵を勉強してものにした人などがいるのですから、幾つになっても挑戦が大事ということですね。

2.清く、正しく、美しく、死ぬまでオシャレを忘れないこと!

 私は、40年余り前に子どもの卒業文集に、同じ言葉を書いた覚えがあります。とても好きな言葉でした。

 坂本先生は、なかなかオシャレで、帽子もハンチングではなく、ベージュのマリーン・キャップという洒落た帽子に、カジュアルなジャケットを着ておられました。ところが夕食のときからは、模様入りの青いシャツに変えられました。オシャレにも気を使っておられることがわかりました。

3.怒るな、転ぶな、風邪引くな!

 感情的に決してならない。ストレスは最もいけない。怒りたくなったら10数えてから、改めて対応を考える。意外に怒らなくて済むことが多いということでした。

 私は、結構怒りやすいので気をつけなければと自戒を致しました。先生は、温厚そうな物腰でいらっしゃいました。

 風邪引くなということですが、この日生憎風邪を引いていて、その上部屋のクーラーが寒過ぎて風邪を悪化させてしまいました。

高齢になって転ぶと大変なことになるということは、私の知人たちからも実際に起きた事故を何例も聞きました。ちょっとしたことで転び、それが重傷になるのです。

4.義理と人情を大切にすること。褒めることには精を出す。そして人からは「また会いたい」と思わせること。

 5つ教えて、3つ褒め、あとはゆったりと悠然として、ニコニコしながら守りに努めることだそうです。

 私の友人に、褒めることの上手というかいつも褒めている人がいます。確かに褒められると悪い気はしません。というか、気持ちがよくなります。やはり褒め上手になることが大事だと思いますが、性格もあり、改めるには努力が要りますね。

5.行動も、言葉も、素直にすること。

 やるべきことは、程ほどに進んでやる。極端な待ちの姿勢をとらない。

 憎まれ口を言わない。同情を誘う言葉も、期待してはいけない。

 「素直にする」というのが分かりにくいのですが、動かなければならないときにはサッと動くということでしょうか。褒めることとの対比で憎まれるような言葉は慎んだ方がよいようです。

6.楽しいことは優先させる。悲しいことは後回しにすること。

 誰でも楽しいことをやりたいですね。できればこの世は楽しいことばかりだとよいとさえ思います。悲しいことは後回しにするというのがちょっと分かりにくいですね。

7.やり甲斐、生き甲斐の意識を常に持つ。何でもよいから趣味を持つこと。

 「早く死にたい・・・・」と言葉はタブー。「昔は良かった・・・・」も相手を傷つける。4000年前のエジプトの壁画にも「昔は良かった・・・」と書かれていると話されました。

 今のところ早く死にたいとは思いませんが、とても嫌な事があると早く死んだ方がましだと思うこともあります。でも、どこまで生きるのかは、「寿命」だと思っています。「天命」に任せておくしかないと私は考えております。

 趣味を持って、そこにやり甲斐や生き甲斐を見つけることは大事だとその通りだと思います。私は、40歳になってから将来に備えて趣味を作ってきました。アマチュア無線とか釣りとか書道とかマジックとか・・・・。けれどもホビーの王様と言われた無線や釣りや書道も趣味からはずれてしまいました。

 現在残っているのは、英語会話です。60歳後半で始めたのがカラオケで、70歳になって復活したのはマジックです。新しく始めたのは男声コーラスです。 

8.感動を感じなくなったら、人生はお終い。

 月を見ては感動し、花を見ては感動し、観劇・音楽・旅行など、身体を無理せず、可能な限り、しげしげと行くこと。テレビ、カラオケなどを通して、好きな感動に浸ること。映画、ドラマの話題作は必ず見る。スポーツにも感動を求めて、機会があれば観戦に行くように努めること。

 ここでは読書には触れられていませんが、当然読書も入ってくると思います。また、「好奇心」を持ち続けることも感動と共に大事であろうと思います。

 感動する心は、脳にもよい影響をすると言われています。自分の関心の高い方面で感動する機会を多く持つことがよいのではないかと思います。

9.頭と手足は、無理をせず使うこと。使っていれば潤滑油になる。

10.食事は八分目。お酒はほどほどに・・・・。野菜を極力、摂取すること。

 ビラ・マリーンの食事は、栄養バランスをよく考えて作られていました。おなかはくちくなりましたが、体重は減っていました。家に帰ったらまた増えてしまいました。

 酒は・・・・・耳の痛いところです。

 先生は、次のように結んでいらっしゃいます。

 こう言っている私も、正直なところ、できていない事だらけです。しかし、これらの項目を目標にしていきていることだけは、確かです。

 

  ―つづく―

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »