2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 誰でもできるカードマジックを始めて1年 | トップページ | 有料老人ホーム慰問演奏をして思ったこと »

2011年8月15日 (月)

66回目の終戦の日に

 この前にも書きましたように、私は、NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」で、最後に陽子先生が担任した子ともたちと同じ年頃だと思います。

 戦争中は、小国民教育が行き届いていて、私たちは、「天皇」というときに、「天皇陛下」と言わなければならず、そのときには直立不動の姿勢で言うことを植えつけられていました。

 学校の正門の脇に奉安殿がありましたが、畏れ多くて近づいてはいけないことになっていました。

 私は、家で取っていた朝日新聞を子どもの頃から読んでいました。あの大本営発表を信じ、戦果を喜んでいました。

 陽子先生の安曇野の有明国民学校では、竹槍の練習をしていましたが、竹槍練習をやった記憶はありません。高学年生たちは、木剣や竹刀などを使う練習をしていたように思いますが。

 私は、運動神経が鈍くて、今にして思うととても軍人にはなれなかったと思うのですが、当時は将来は海軍士官になりたいと憧れていました。親友の前田君の兄が海軍士官で紺の制服に短剣を挿している写真があり、それを見ていつもカッコウ良いと思っていました。

 両親にも、将来結婚する時には、海軍士官として結婚すると話していたくらいです。

 私は、「のらくろ」という漫画を近所の友人から借りて読んでいましたが、その中でのらくろが高いところにある板を渡る訓練の場面がありました。それを見て自分にはとてもできないと思っていました。でも、軍人になるつもりでいました。怖いもの知らずなのですね。

 4年生のときに終戦になり、それから66年。幸い一度も軍隊に行くことはありませんでした。日本は平和憲法をもち徴兵制度を廃止して、建前としては軍隊もなくなったからです。

 これは私にはとてもありがたいことでした。もし、もう7年くらい早く生まれていたら、きっと戦争に駆り出されていたからです。そうなると私のような者は毎日上官のピンタを食らったに違いありません。

 この66年の間に、世界では、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争、中東戦争、アフリカでの多くの民族戦争、コソボ戦争・・・・枚挙に暇がないくらいの戦争が行われました。

 人びとは平和を願っていても、戦争に巻き込まれます。そして罪もない人びとが犠牲になり傷病をおったり死んだりします。街が破壊され、生活や文化が失われます。人間はどうして愚かなのかと思います。どうしてこれまでの戦争の歴史から学ばないのかと思います。

 各国は、軍事力を増強するために相変わらず多額の軍事関係の出費をしています。中国も航空母艦を持つようになりました。

 兵器や爆弾もますます破壊的になりました。もし、その金を文化的な建設的な方面で使うならどんなにか人間の暮らしがよくなるだろうと思うのですが、それができないことを悲しく思います。

 私は、これからも平和を願って行きたいと思います。ひとりの声は小さくても世界中で声を上げる人が増えて行くことが大事だと思うのです。

 

« 誰でもできるカードマジックを始めて1年 | トップページ | 有料老人ホーム慰問演奏をして思ったこと »

戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

神国日本は絶対に戦争に負けることはないという神話を信じこまされました。原子力安全神話と重なるところがあるというご指摘、その通りですね。

最近、半藤 一利著の「あの戦争と日本人」という本を読みました。彼は昭和5年生まれで大学を卒業後文藝春秋社に入社、編集長、役員を経て作家として独立
して現在も活躍されている人です。日本が日中戦争から太平戦争へ突入していく時代に、彼は幼少期から少年時代を過ごし、戦争の時代を体験していること、また昭和30年代、仕事でその当時、実戦に参加した多くの高級軍人にインタービューをして真実に近い情報を入手していること、こうした個人体験を背景に庶民目線で日本が何故、無謀な戦争に突き進んでいったかを、若い編集者からの質問に答えるような形で話を進めていきます。とても分かりやすくリアリティーがあります。またこの種の本にありがちな偏った歴史観に基づく言説は一切なく一気に読みとおすことができました。昭和の指導者達は日露戦争の勝利に奢ってしましい、日本のおかれた客観的な状況を冷徹に分析することなく最後は無敵皇軍の神話を吹聴し、またメディアもこれを煽り、国民もそれを疑いもなく信じてしまい、最後は悲劇的な敗戦を迎えることになったという件は、今回の原発事故にいたる経緯とあまりにも似ているように思えました。日本人の精神構造は今も昔も根本的にはあまり変わりがないということでしょうか。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 66回目の終戦の日に:

« 誰でもできるカードマジックを始めて1年 | トップページ | 有料老人ホーム慰問演奏をして思ったこと »