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2011年6月 7日 (火)

毎日新聞「近見遠見」で紹介された原発問題わかりやすい講義②

(2)原子力利用をめぐる二つの不幸

 1930年代に発見された核エネルギーは「第2の火の発見」と呼ばれた。このエネルギーは巨大であると同時に、強烈な放射能がつきものであった。だから放射能対策の研究なしに核利用に手をつけることが非常に危険であることは最初から分かっていた。

 核利用には不幸なことがふたつあった。一つは、最初の実用化が核兵器であったことだ。

 第二次世界大戦のときに、ドイツが核爆弾を作るというので、それに対抗してアメリカも急遽核爆弾の研究を始めた。ドイツは成功しないうちに敗戦したが、アメリカは1945年7月に最初の原爆実験に成功した。 

 アメリカは、折角造った核兵器の威力を世界に示さないままでは、戦後世界でアメリカの威力を発揮できない。そういう政治的打算から、日本の敗北は必至という情勢の中で、原爆を落としたのだ。

 原爆は2種類あり、広島に落としたのがウラン型、長崎に落としたのがプルトニウム型であった。

 pout〔核利用が無差別大量殺戮兵器から始まったということは、これ以上の不幸な出来事はない。しかも、日本人を犠牲にして、2種類の原爆の効果を実験したのだ。何と言う非人道な行為であろうか〕

 第二の不幸は何か。核エネルギーを経済的なエネルギーとして使おうと考えたのだが、災害の危険が絶対にない、放射能の心配がないというところまで研究をして実用化をするというのが本当にやり方なのだがそうではなかった。

 この開発も戦争と結びついて始まったのだ。

 アメリカの海軍が原子炉を潜水艦に積んで動力とし地球を走り回ることを考えた。開発は超スピードで行われ、1954年に第一号のノーチラス号が進水して活動を始めたのだ。

 もともと軍用なので安全は二の次であった。それを民間に転用し始めたのだ。だから、安全性を十分に考えないままあわててつくった原子炉の弱点が今の原子力発電にもそのまま残っているのだ。

 このアメリカ海軍が開発した「軽水炉」という原発がアメリカから日本に持ち込まれて使われているのである。

 happy02〔福島原発の原子炉はアメリカのGEのものだが、携わった研究者自身が安全ではないと辞めたことは以前にも書きました。その欠点が今度の事故であらわになったのです。〕

          ―つづく―

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コメント

仰るとおりです。その点は明日のblogで紹介します。使用済み核燃料が大変な問題なのです。

投稿: らら | 2011年6月 7日 (火) 11時36分

原発の危険性と言うと一般的には今回の福島原発の事故のように原発そのものが自然災害等の原因で機能不全に陥り、危険な放射能廃棄物を広範囲にまき散らすことを意味しますが、河野 太郎氏が専ら主張する核燃サイクルの不完全性とそれに伴うリスクまで考える人はまだまだ少数派だと思います。
この点は実は大変重要なことです。なぜなら狭義の安全性だけなら、原発そのものの安全性が確保されれば、稼働させまた新規に作れという結論になるからです。どうもこのへんのことが整理されないまま原発の安全性が議論されているように思えます。

投稿: Toshi | 2011年6月 7日 (火) 10時17分

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