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2011年5月14日 (土)

憲法9条を守る活動を貫いた旧友の遺稿―⑧―

(9) 戦争をもっと早く終わらせることはできなかったのか

 ところで、それより以前に戦争を終わらせることはできなかっただろうか?出来たという主張もあります。

 44年6月、「マリアナ沖海戦」がありました。この戦いで連合艦隊は壊滅的な敗北を受けました。戦闘能力を失ったのです。

 →兵器の差だけでなく、技量の差も大きかった。戦闘機の操縦についても、空母からの発艦はできても着艦はできないという低下した技量になっていた。

 米軍機の墜落3期に対し、撃墜された数は200機以上だった。「マリアナ沖の七面鳥狩り」と言われるほどの惨敗であった。

 一方、中国戦線は泥沼状態でした。見通しはまったくなかったのです。直後に、近衛文麿が昭和天皇に「降伏の上奏」をしたと言われています。但し、国民のことを思ってのことではなく、内乱(革命)が起こって「天皇制が崩壊」することを怖れたということです。しかし、天皇は拒絶したのです。

→「サイパン戦以来、海軍当局は連合艦隊はすでに無力化せりといい、陸軍当局もまた戦局全体として好転の見込みなしというに一致せる者の如し。即ち、敗戦必死なりとは陸海軍当局の斉しく到達せる結論にして、只今日これを公言する勇気なしという現状なり」(近衛日記)

 もし、この時降伏していたらその後の「沖縄戦」は無かったし、「東京大空襲」もなかったし、「広島・長崎への原爆投下」も無かったのです。太平洋戦争での死者のうち、大部分はこの海戦以後です。

 これでも、戦前・戦中の時代が良かったという人がいるのです。事実を知らない人が多いのです。こんな国に絶対に戻してはなりません。

ーつづく―

 

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