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2011年5月 3日 (火)

憲法9条を守る活動を貫いた旧友の遺稿

 今日は「憲法記念日」です。私が小学校の6年のとき1947年5月3日に新憲法が施行されました。私たちは、学校で「新しい憲法のはなし」という小冊子をもらい、高等学校まで行進をしたことを覚えています。

 後に日本体育大学教授になられた担任の正木健雄先生が、友人の谷田先生、水本先生たちと高校の運動場で、「民主主義ってなんだろう?」という議論をしておられたのを思い出します。高等学校を出たばかりで代用教員であったのでまだ理解をしてなかったのでしょう。

 その当時は、民主主義とか基本的人権が注目されていて戦争放棄についてはそれほどではなかったように思います。

 それから64年、日本は自衛隊は存在するものの、直接他国との交戦をすることはなく平和を享受してきました。しかし、自民党政権の時には憲法を改悪しようという動きがたびたび起こりました。

 そんな中で「憲法9条の会」が結成され、その運動が全国に広がりました。著名な賛同者の中には、故井上ひさし氏やノーベル賞作家の大江健三郎氏、三木元首相夫人の三木睦子氏、作家の澤地久枝氏などがいます。

 旧友の野崎良彦君は、憲法九条の会名古屋南区支部の中で亡くなるまでその活動に心血を注いできました。彼は私と大学が同じで、若いときに同じ学校で10年間教鞭を執りました。

 彼が亡くなる前にあちらこちらで憲法九条の話をした原稿を奥さんからもらってありました。亡くなってから早や2年半ということですが、奥さんから許しを得て私のblogに載せることにしました。

以下が遺稿です。

 8月15日(※平2007年か)のNHkの「憲法」についての討論番組の中で、こんな若者の意見が出されたということです。

 曰く、戦争があれば、今の非人間的な生活が変わるかもしれない。今のまま死んでも誰にも見向きもされないが、戦死すれば「英雄」になれるし、名誉は与えられるし・・・・・とのこと。

 じゃあ、兵士の半分以上が「餓死」するような事態になりたいのか、空中に放り上げて落ちて来る「赤ちゃん」を銃剣で刺し殺すことをしたいのっか、村人を集め、生きたまま井戸の中に投げ込み、上から土を被せて踏みつける、そんな行為が「英雄」なのか。

 アジアで2千万人の人を殺したが、殺された人の気持ちが分かるのかなどなど・・・・・、これ本当の話です。

 戦争の実態を知らない若者が増えているおすですが、そんな人たちに正確なことを知ってほしい、そんなことで時間をいただいて体験話などをさせていただきたいと思います。

1.憲法、とりわけ「9条」について・・・・・「新しい憲法のはなし」をもとに

 私は、小学校の教師でした。高学年の社会科で憲法のことを教えるのですが、「日本国憲法」については、次の3つの特徴があることを教えるように言われていたものです。また、そう教えてきました。

 一つは「国民主権」ということです。国の主人公は一人ひとりの国民であるということです。当時は「主権在民」と言っていました。

 二つ目は、「基本的人権の尊重」ということです。「生存権」とも言っていますが、誰もが幸せになる権利を持っているというものです。

 三つ目は、私たちの先輩が世界ではじめての決まりを盛り込んだことです。「平和主義」とも呼ばれています。

 簡単に言うと、これからの日本は絶対に戦争をしないこと、そのために戦争に必要な武器は一切持たない。「9条1項」・「9条2項」と呼ばれています。(資料 憲法前文と第9条)

 ―つづく―

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