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2011年3月27日 (日)

合唱曲「海」の楽譜をもらって思うこと

 25日に昭和男爵コーラスの練習があり、新しい楽譜を貰いました。私たちのコーラスグループは、3月3日の市民会館での「シニアコーラス交歓発表会」が年度の終わりになっています。それが終わると、次に向けて新しい曲の練習を始めるのです。

 たまたま私たちのコーラスグループがスタートしたときに、第1回のシニアコーラス交歓発表会が開かれ、それに参加したのでそういう区切りになりました。

 先日「東京ブギウギ」の楽譜をもらいましたので、今回は2枚目と3枚目になります。貰った楽譜は、小学唱歌の「海」と童謡の「夕やけ」でした。

 「海」は昭和男爵コーラスが始まったときの最初に歌った曲でもありますが、今回は男声3部の合唱でアカペラで歌うことになっています。

 私は、この「海」という歌には忘れられない思い出があります。実は小学校5年のときに合唱団に選ばれて、「鯉のぼり」と共に歌ったのです。どこで歌ったのか記憶は定かではありませんが、多分、市内の小学校の代表が集まって歌ったのだと思います。戦後2年目のことでした。

 音楽と図画は万年「良」(そのころは秀、優、良、可で評価)の私がどうして選ばれたのかは分かりません。

 指導をしたのは、玉置という男の先生で、ピアノが弾けました。「『干し網浜に高くして、』のところは、高くだからクレッセンドをして、『カモメは低く波に飛ぶ』のところは、低く弱く歌って」という指導や、「『見よ、昼の海・・・』は強く歌う」と言われたことだけは今でも覚えています。

 そして、考えてみれば、当時は男女別学でしたから、私が参加した最初の男声合唱団ということになります。ですから、小学校の子どものとき男声合唱に加わり、今また高齢になって男声合唱に加わっていることになります。偶然とは言え面白いことです。

 ところで、「海」の楽譜の階名読みの練習を録音したのを復習のために聴いて思ったことがあります。

 それは、この歌を歌うとき、東日本大震災の大津波の鎮魂の気持ちを込めて歌いたいという思いです。

 松原遠く 消ゆるところ しらほの波は浮かぶ

 干し網浜に高くして カモメは低く波に飛ぶ

 見よ 昼の海 見よ 昼の海

 島山闇に しるき辺り 漁火ひかり 淡し

 寄る波岸に ゆるくして 浦風軽ろく 砂子ふく

 見よ 夜の海 見よ 夜の海

 私は、この歌を歌うとき、いつもその情景が脳裏に浮かびます。それは私が南紀州の海岸で育ったからです。紀州は三陸地方とともにリアス式海岸で知られています。白砂青松のとても美しいところです。大人になるまで折につけそのきれいな浜辺に行っていました。

 今度の大地震に伴う大津波で、三陸地方の美しい海岸線は400kmにもわたって被害を受け、街が消滅し、2万人とも3万人ともいわれる人びとが今も行方不明です。漁火も見られなくなりました。

 海は、天気がよい日には、何事もなかったように穏やかに青く光るでしょう。でも、海を恨むことはできない。海を憎むこともできない。海には罪はないのですから。海は今も海です。

 ただ、海に向かって嘆くことはできます。悲しむことはできます。泣くこともできます。

 私は、この「海」の歌詞に書かれた美しい海とともに、これからはあの凄惨な津波の跡の光景も思い浮かべて歌いたいと思います。鎮魂の思いを込めて。

 

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