« 傲慢なアメリカをはからずも暴露 | トップページ | 想像を絶する東北地方大地震の被害 »

2011年3月12日 (土)

心痛む東北地方太平洋沖大地震

 11日の午後三時前に東北地方で起きた大地震は、マグニチュード8.8で観測史上最大の大地震となりました。地震による大津波もかつてないものでした。テレビで津波の様子が逐一放送されましたが、見るたびに心が痛みました。

亡くなられた方々に心からご冥福をお祈りします。また、大変な被害を受けられた方々にはお見舞いを申し上げます。申し訳ないのですが今はそれしか言葉が見つかりません。

 東海大地震が想定される地域に住む者として、いずれは我が身にも災害が襲うのかどうかはわかりませんが、こういうことが起きるたびに、人の身に起きる無情さを思わずにはいられません。

 私は最初地震が起きたことを知りませんでした。その時刻新瑞橋イオンのKALDIという輸入品を売る店にいて、半額のコーヒーを買うために、天井までいろんな品物が積まれた狭い店内にいました。

 その時列に並んでいた女性が、「東北で地震があったのよ。マグニチュード7だって。ここで起きたらどうなるの?」と、高く積まれた葡萄酒の瓶を見ながらはなしていました。

 それを聞いて、私は、「おとついぐらいから東北地方で地震が起きているが、またあったのだな。」と思いました。店の中では全く揺れを感じませんでしたし、イオンの中も誰一人地震があったことなど知らない様子でした。

 家に帰って、そのまま他のことをやっていました。妻も地震のことは何も言いませんでした。

 4時半ごろになって、イオンでの会話を思い出し、妻に「東北で地震があったんだって。」と言い、NHKテレビをつけてみました。すると、テレビは盛んにこの地方の津波の警報を流していました。 他のチャンネルはどうかと思ってメ―テレをつけて見たら、津波で船が流されて横倒しになった八戸港の映像を映しでいました。まもなく管首相が地震について話す映像が隅っこに映りました。

 やっと東北地方で大きな地震があり、大津波が発生したことを知りました。それからずっとテレビを見ていました。そのうちに名古屋でも千種区は震度4だったとテロップが流れました。妻は全然気がつかなかったと言いました。

 その日は、コーラスの練習日で早く出かけるので、早めに食事をしましたが、大津波や地震の惨状を見ながらの食事は申し訳ない気がしました。こんな日にコーラスの練習をしていいのかと思いながら出かけました。

 コーラスに行くと、自主練習の後の休憩で地震の話になりました。他の人は口々に地震で家が揺れて大変だったと話していました。私は、名古屋でも地震があったことを聞いて驚きました。ピアニストの先生は、ちょうどその時に金山の高層ホテルの17階にいて揺れがひどいのでとても怖かったと話しました。「こんな経験は初めて。」とも言いました。

 携帯を取り出したら娘からCメールが入っていて、「東京は地震があったけどだ丈夫だからね」と書いてありました。mailの時刻は15時10分になっていました。私は気がつかなかったことを悔やみました。

 家に帰ってから再度妻に聞くと、「そう言えば料理を作っている時頭がくらくらして変だなあと思ったわ。地震だったのね。」と言いました。NHKでは、相変わらず地震のニュースを流していました。東京の娘に電話をしましたが回線が混んでいてなかなか繋がらず20分ぐらいしてやっと繋がりました。婿が足止めを食って家に帰れないと言っていました。

 9時のニュースで各地の惨状を知りましたが、その大きさ、酷さに驚くばかりでした。被害は想像以上に広がるだろうと思いました。「明日の新聞は地震一色だろうね。」と妻が言いました。いったいどのくらいの被害になるのか想像もつきませんでしたが、できるだけ犠牲者や被害が少ないことを祈りました。

 朝起きてこのblogを書き、テレビをつけたら、3時59分に新潟沖を震源とする地震があったことを報じていました。この地方も震度1だと出ましたが、気がつきませんでした。

 たった今、緊急地震速報が出ました。相変わらず次々に地震が起きているので心配です。こんなことはかつてなかったことです。

 

|

« 傲慢なアメリカをはからずも暴露 | トップページ | 想像を絶する東北地方大地震の被害 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

地震発生の日はテレビを見ていてもどのくらいの被害か分かりませんでしたが、次に日になって詳しい状況が判明するに従い大変なことであることが分かりました。特に大津波の凄さは想像を越えるものでした。

投稿: らら | 2011年3月12日 (土) 19時50分

地震を肌で感じましたのは3月11日の午後2時46分ごろでした。東区ですから千種区の隣ですから震度は4か3位のゆれでした。ゆっさゆっさと気持ちの悪いゆれ方でした。横揺れで隣にたまたま夫が居て話をしていましたので、「これって地震だよね!気持ちの悪いゆれかただね。」と天井からつるされている電気の傘がゆらゆらと大きく揺れていたので地震だったと二人でテレビを見たら国会の審議もすぐに中断して、菅直人総理が危機管理室に移動して福井県の原発漏れがないかをチェックしにいきました。と報じていました。
東海沖大震災が騒がれているおりもおりなのに怖いなと思いながら夜までテレビを見ていました。

投稿: kaori | 2011年3月12日 (土) 11時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 心痛む東北地方太平洋沖大地震:

« 傲慢なアメリカをはからずも暴露 | トップページ | 想像を絶する東北地方大地震の被害 »