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2011年3月25日 (金)

焼け跡から立ち上がった日本―大震災・大津波復興も必ず―

 日本は1945年の終戦のとき、国内の都市という都市はほとんどアメリカのB29爆撃機や艦載機などの日夜を分かたぬ波状攻撃で焼かれ、破壊され、地上に残ったのは瓦礫の山だけであった。

 あのとき、東北の各都市も爆撃を受けた。私が住んでいたのは紀州であったが、田舎の小さな街も爆撃でかなりの部分が焼失した。その上アメリカは、戦争を終わらせるという大義名目で広島と長崎に原子爆弾を落とし二つの都市は一瞬にして焦土と化した。

 爆撃を受けた都市は全てを失い、何十万人という人命が犠牲となった。また、太平洋戦争では軍人を始め300万人以上の人が命を失った。

 おまけに、1部の地域では、東海地震や南海地震という大地震が発生した。我が街も地震によって大火災が起きて広範な地域が焼失した。

 あの頃「焼け野原」とか「焼け跡」というコトバが広く使われた。多くの「戦争孤児」が生じた。

 東北地方の大津波で消失した街をテレビで見ると、何度見ても言葉で言いようのないむごさである。66年前は戦争という人災であったが、今回は大自然の暴威であった。(原子力発電所の事故は人災だと思うのだが)

 大津波で押し流されて何もなくなった多くの街だが、私たち日本人はあの戦争の焼け跡から立ち上がって、戦後の復興を見事に成し遂げ、その上世界第2の経済大国にまで(今は第3位だが)なったのだ。

 それに戦後は、日本中が何もかも失ってしまったのだが、今回は被災地域以外は残っている。だからみんなが力を合わせれば必ず復興できるのだ。戦後にも福井、新潟、宮城、阪神淡路など多くの大地震を経験し、その悲劇から立ち直ってきた。

 東北地方の被災された人たちは、しばらくすると復興への取り組みを開始されると思う。どうか希望を持って着実に進んでいただきたいと思う。オバマ大統領の言葉を借りれば、Yes You Can! Yes We Can!である。

 

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コメント

今朝の朝日新聞によりますと、テロ攻撃の場合は東伝は免責になるが、今回は東電に賠償責任があると政府は言っているようです。
 レベルが6に上がったので、スリーマイルを抜いてしまいました。外国人がどんどんと国外退去しているのも無理もないかも知れませんが、私たちは逃げられません。

報道では福島原発事故の国際評価の災害レベルがレベル6にあがったそうです。具体的に目に見えないので呑気なことを言っておれますが、チェルノブイリがレベル7ですのでその一歩手前ということで、底知れぬ恐ろしさを感じます。
今回は想定外の大津波により、原発が壊滅的な損傷を
受け、制御不可能になっていますが、テロによる攻撃でこのような事態に陥ることも想定外なのでしょうか。そんな議論は後にして、ただただ放射能漏れの
封じ込めが何とか成功するよう祈るばかりです。

今朝の新聞によると、政府も復興に向けて動き出すようです。未曾有の大災害ですから、しっかりと援助をして、被災者の皆さんが立ち直れるようにと願っております。

昭和20年8月15日に太平洋戦争が終わり、私は幼くて余り記憶にありませんが、小学校に入学した頃給食に牛乳が脱脂粉乳で現在の牛乳とは比べ物にならないまずい飲み物だったことは、記憶の中に残っております。その頃は遠い地での広島長崎の原爆というものも、小学生の私の記憶にはありませんでした。今になって多くの犠牲者の悲惨さが色々な形で伝わってきたり、身近な人とのお付き合いの語りのなかでその恐ろしさを感じております。東北・関東の被災者の方々が一日も早くまともな生活を取り戻されますように・・・

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