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2011年3月

2011年3月31日 (木)

地下鉄ターミナル徳重に行ってきた

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 名古屋市の地下鉄桜通線の野並から徳重までが3月27日に開通しました。コーラス仲間のKさんは、その初日に地下鉄で練習に来ました。「とっても便利になった。」と話していました。

 徳重と言えば、私が就職した頃は僻地と言われていたところです。確か名鉄鳴海駅からバスが出ていたと思うのですが、行ったことはないので違っているかも知れません。

 その後住宅が次々に建ち、立派な道路ができ、車で出かけることができるようになりました。それでたまに徳重にあるレストランに行ったことがあります。

 桜山からは10駅目で、所要時間は20分余りだと思います。それで30日にウオーキングを兼ねて徳重まで行ってみました。車内は空いていました。本を持って行って読みました。

 終点徳重駅に着きましたら、プラットホームには開閉装置が設置されていました。名古屋の地下鉄も少しずつ設置箇所を増やして行くということです。

 改札口を出ると方向音痴なので、傍にあった案内の地図を見ました。私のほかにも何人かの人が見ていました。概略が分かったので、①出口に向かって歩いていきました。まるでトンネルのように長い通路で、その終端にエレベーターがあるのですが、私は歩くことが目的なので階段を上りました。ところが、その階段がまた幾つにも折れ曲がっていて長いのです。

 やっとのことで地上に出ましたが、これから夏になると大変だろうと思いました。また、身体障害者や高齢者にも大変だと思います。

 出たところにJAみどりと道を隔てて、新しく進出したピアゴがありました。それでピアゴを覗きました。

 ラスクの専門店、たい焼きの専門店、ハーブティの専門店などが目に付きました。たい焼き店には行列ができていましたが、1個200円もするのです。買いませんでした。

 結局、新瑞橋イオンを比べて別段安くもないので何も買わずに店を出ました。徳重にあったレストランは残念ながらどちらの方角か分かりませんでした。

 私の提案ですが、徳重駅周辺の店が協力して地図を作り駅などで無料で配るようにするとよいと思います。是非、一考していただきたいものです。

 

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2011年3月30日 (水)

予断を許さない福島第一原子力発電所事故

 東北地方・関東大震災が起きてから早くも12日たった。その間地震と大津波で壊滅的ダメージを受けた福島第一原子力発電所の状況はますます悪くなっている。

 地下に溜まった放射能汚染水が坑道にも満水となり、それをどう処理するかが喫緊の課題であるが、どこも満水で汚染した水の持って行き場がないようである。

 現場で働いている人たちは、被爆をしながら献身的に応急処理をやっているのであろう。頭が下がるが、その人たちの苦労の様子が少しも伝わって来ないのがもどかしい。

 大前研一氏によると、東京電力は腐っているという。経営陣には原子力に詳しい者がいないし、原子力関係は冷や飯組なのだそうだ。その上工事は全て下請け会社に投げておき、そのくせ威張っているのだという。

 また、経済産業省は原発を推進する立場である。そこに保安院があるというのもおかしな話であるが、その保安院にも専門家がいないのだと大前氏は指摘する。

 いつもテレビのブリーフィングに出て来る人は、原発については何もl知らない人だそうだ。

 NHKなどのテレビに出て来るコメンテーターの大学教授たちも、狭い専門の知識があるだけで、原子力発電の現場や全体像は分かっていないのだという。

 大前氏が19日の解説で指摘していた地下に水が溜まっているという推測はまさに当たっていた。

 彼は、今回の事故は世界的な問題だから、アメリカやイギリスやEUなどの原子力の専門家を集めて叡智を絞るべきだと言っている。

 Wikipediaで調べたら、彼は、新自由主義の経済を唱え、竹中平蔵氏と共に橋本大阪府知事のブレーンらしい。

 私は、新自由主義には反対をしてきたし、今も反対であるが、こと今回の事故に関しては彼の指摘するところは傾聴に値すると思う。

 再度、動画のアドレスを掲載するので、それを見て自分で判断してもらいたい。

◆最新動画(youtube)(3月19日収録)
>  『地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後』 
>  → http://vil.forcast.jp/c/aodra4216u6yjWab

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2011年3月29日 (火)

コンサートのはしご②―ミルテの会コンサートⅣ―

 午後にポピュラーのコンサートを聴いて、その後すぐに5時からのクラッシクのコンサートの行きました。

 Myrte(ミルテ)の会コンサートは、熱田文化小劇場で開かれました。小劇場入り口の階段で昭和男爵コーラスのSさんとAさんに会いました。

 入り口で立派なプログラムをくれました。無料なのに・・・・と思いました。熱田文化小劇場も初めてでした。入って行くと座席は空いていたので、私たちは中央の舞台近くに座りました。

 開演間際に男爵コーラスのKさんとKさんが来ました。そして私たちの席の後ろに座りました。

 定刻の17時きっかりに始まりました。このコンサートをプロデュースした私たちのグループの指揮者のK先生が出て来て、東北地方大震災の後なのにコンサートを開くわけを話してみんなで黙祷を捧げました。

 プログラムは盛りだくさんでした。それぞれが熱演をされました。倉田さんは声量が豊かと感じました。塚原さんは繊細さが感じられました。浅野さんは、カルメンになって舞台をおりてきて男性を誘惑しながら歌いました。私も彼女に見つめられて男性ホルモンが溢れました。

 ピアノソロもそれぞれ情感豊かに馴染みに曲を演奏して楽しませていただきました。

 ミルテの会は名古屋音楽大学12期卒業生を中心に2005年に結成した会だそうです。会の名の由来は、Myrteはドイツ語で、日本語では銀梅花と呼ばれる優しい花で、その花を集めたブーケのように一人ひとりの演奏を花束にして幸せを届けたいということだそうです。

 こんな贅沢なコンサートを無料で提供していることに頭が下がりました。残念に思ったのは、せっかくのコンサートなのに観客が少ないことでした。本当にもったいないことでした。以下にプログラムを紹介しておきます。

 

○第一部

   ソプラノ独唱 倉田順子  ピアノ 板倉篤子

 ローレライ(リスト) ざんげの歌(ベートーベン) 勿忘草(クルチス)

 ピアノ連弾 長江綾と板倉篤子(師弟共演)

 子どもの遊び(ビゼー) 1,2,4,12

   ソプラノ独唱 塚原佳奈  ピアノ 冨田美世

 音楽の夜会(ロッシーニ) 3,4,5

   ピアノ独奏 板倉篤子

 無言歌より 春の歌(メンデルスゾーン) バラード第3番作品47(ショパン) 

 第2部

   ピアノ独奏 長江綾

 ソナタ第3番変ロ短調 作品58(ショパン)

   ピアノ独奏 相馬和子

 謝肉祭全曲(シューマン)

 

 その後はがらりと変わって、ヒロインたちの物語~オペラのアリアの饗宴~と題して、アリアでした。

   ソプラノ独唱 倉田順子 ピアノ 板倉篤子

 オペラ『運命の力』(ヴェルディ)より レオノーラのアリア 

   メゾソプラノ独唱 浅野淑子 ピアノ 板倉篤子

 オペラ『カルメン(ビゼー)』から カルメンのアリア ハバネラ 

   ソプラノ独唱 塚原佳奈 ピアノ 冨田美世

 カルメンから 間奏曲(ピアノ) 第三幕への

 ミカエルのアリア 何を恐れることがありましょう

   ソプラノ独唱 倉田順子 ピアノ 板倉篤子

 オペラ『タンホイザー(ワーグナー)』より 歌の殿堂のアリア おごそかなこの広 間よ

   メゾソプラノ独唱 浅野淑子 ピアノ板倉篤子

 オペラ『サムソンとデリラ』(サンサーンス)より デリラのアリア 私の心はあなたの声に花開く

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2011年3月28日 (月)

感動!目からうろこ―大前研一氏の福島原発事故解説―

 ◆最新動画(youtube)(3月19日収録)
 『地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後』 

               解説 大前研一

 今日、首都圏の友人から是非見て欲しいと、大前研一氏の3月19日の動画サイトのアドレスが送ってきました。

 すぐに見ました。とても分かりやすい福島原発事故の解説です。今終わりの部分を見ながらこのお勧めを書いています。

 緊急にこのblogをアップロードすることにしたのは、3月19日の解説ですが、広範囲にカバーをしていることと、福島原発の事故の本質を見事についた解説であるからです。

 1時間15分の解説を原稿も見ないで話していることにも感動です。

 是非、是非ご覧になってください!!

 ◆最新動画(youtube)(3月19日収録)
 『地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後』 
 → http://vil.forcast.jp/c/aodra4216u6yjWab

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コンサートのはしご―エバーグリーンズ&ファミリーコーラスとミルテの会と

 27日は、午後1時半からジャズとラテンのオーケストラとコーラスを観賞し、夕方からは、クラッシックの声楽とピアノを観賞しました。同じ日に二つのコンサートを見たのは人生ではじめてのことでした。

 先ず、ジャズとラテンのオーケストラとコーラスについて書きます。

 このコンサートは、名古屋市の中区役所ホールで開かれました。私は中区役所のホールに行くのは初めてでした。区役所の地下にレストラン街があるのは知っていましたが、ホールがあるのは知らなかったのです。定員400名ぐらいの立派なホールでした。

 ジャズバンドは、エバーグリーンズオーケストラで、一人の若いトロンボーンの女性とピアノとキーボードの女性以外はかなり年配の男性でした。

 トランペット4本、トロンボーン5本、テナーサックス3本、アルトサックス2本、バリトンサックス1本、ドラムス、パーカッション、ベース各1、ピアノもしくはキーボードという構成でした。

 コーラスは、ファミリーコーラスといい、こちらもかなりの高齢のグループでした。女性が11人、男性が10人でした。

 どちらも中区の伊勢山中学校のOBが中心で結成されたみたいです。エバーグリーンズの方は結成49年と言いますからその歴史は素晴らしいものです。ファミリーコーラスは結成15年ということでした。

 このジョイントコンサートは無料で、中区役所ホールは満席でした。エバーグリーンズの演奏はさすがに49年のキャリアがあるだけに堂に入ったものでした。ソロ演奏の時には楽譜を持って出て来るというのがご愛嬌でしたが。

 曲目はお馴染みの曲ばかりでリラックスした聴くことができました 。身体が自然にリズムに乗って動き、とても楽しく聞くことができました。

 ムーンライトセレナーデ  セントルイスブルース サボイでストンプ

 A列車で行こう  ピーナツベンダー  フライミー・ツウ・ザ・ムーン

 スターダスト  オールオフミー  ピンクパンサーのテーマ

 アメリアッチ・メドレー  ウイザウト・ユウ  シボネー  キエンセラ

 コーラスは、

 ライラックの丘  コーヒールンバ  キエレメ・ムーチョ 

 べサメムーチョ  ラストダンスは私と  サントワ・マミー

 べサメムーチョから後は、エバーグリーンズの8名のコンボが加わっての演奏でした。越路吹雪のシャンソン以外は、すべてもとの言語で歌われました。私がカラオケで歌う曲がたくさんはいっていたので飛び入りで歌いたいくらいでした。このグループは月に1回練習をしているそうで、楽しんで歌っているという感じでした。

 エバーグリーンズ・オーケストラはジャズよりもラテンの方が得意なようでした。両方で2時間丁度でとても楽しい演奏でした。 

 =次は、クラッシックコンサート=

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2011年3月27日 (日)

合唱曲「海」の楽譜をもらって思うこと

 25日に昭和男爵コーラスの練習があり、新しい楽譜を貰いました。私たちのコーラスグループは、3月3日の市民会館での「シニアコーラス交歓発表会」が年度の終わりになっています。それが終わると、次に向けて新しい曲の練習を始めるのです。

 たまたま私たちのコーラスグループがスタートしたときに、第1回のシニアコーラス交歓発表会が開かれ、それに参加したのでそういう区切りになりました。

 先日「東京ブギウギ」の楽譜をもらいましたので、今回は2枚目と3枚目になります。貰った楽譜は、小学唱歌の「海」と童謡の「夕やけ」でした。

 「海」は昭和男爵コーラスが始まったときの最初に歌った曲でもありますが、今回は男声3部の合唱でアカペラで歌うことになっています。

 私は、この「海」という歌には忘れられない思い出があります。実は小学校5年のときに合唱団に選ばれて、「鯉のぼり」と共に歌ったのです。どこで歌ったのか記憶は定かではありませんが、多分、市内の小学校の代表が集まって歌ったのだと思います。戦後2年目のことでした。

 音楽と図画は万年「良」(そのころは秀、優、良、可で評価)の私がどうして選ばれたのかは分かりません。

 指導をしたのは、玉置という男の先生で、ピアノが弾けました。「『干し網浜に高くして、』のところは、高くだからクレッセンドをして、『カモメは低く波に飛ぶ』のところは、低く弱く歌って」という指導や、「『見よ、昼の海・・・』は強く歌う」と言われたことだけは今でも覚えています。

 そして、考えてみれば、当時は男女別学でしたから、私が参加した最初の男声合唱団ということになります。ですから、小学校の子どものとき男声合唱に加わり、今また高齢になって男声合唱に加わっていることになります。偶然とは言え面白いことです。

 ところで、「海」の楽譜の階名読みの練習を録音したのを復習のために聴いて思ったことがあります。

 それは、この歌を歌うとき、東日本大震災の大津波の鎮魂の気持ちを込めて歌いたいという思いです。

 松原遠く 消ゆるところ しらほの波は浮かぶ

 干し網浜に高くして カモメは低く波に飛ぶ

 見よ 昼の海 見よ 昼の海

 島山闇に しるき辺り 漁火ひかり 淡し

 寄る波岸に ゆるくして 浦風軽ろく 砂子ふく

 見よ 夜の海 見よ 夜の海

 私は、この歌を歌うとき、いつもその情景が脳裏に浮かびます。それは私が南紀州の海岸で育ったからです。紀州は三陸地方とともにリアス式海岸で知られています。白砂青松のとても美しいところです。大人になるまで折につけそのきれいな浜辺に行っていました。

 今度の大地震に伴う大津波で、三陸地方の美しい海岸線は400kmにもわたって被害を受け、街が消滅し、2万人とも3万人ともいわれる人びとが今も行方不明です。漁火も見られなくなりました。

 海は、天気がよい日には、何事もなかったように穏やかに青く光るでしょう。でも、海を恨むことはできない。海を憎むこともできない。海には罪はないのですから。海は今も海です。

 ただ、海に向かって嘆くことはできます。悲しむことはできます。泣くこともできます。

 私は、この「海」の歌詞に書かれた美しい海とともに、これからはあの凄惨な津波の跡の光景も思い浮かべて歌いたいと思います。鎮魂の思いを込めて。

 

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2011年3月26日 (土)

連続テレビ小説「てっぱん」が終わったが

 NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」が終わりました。今回は、大阪の制作でしたが、前回の東京制作の「ゲゲゲの女房」が意外によっかったので、余り面白くはありませんでした。

 タイトル画面に出て来る変なダンス・・・あれはよい評判だとどこかで見ましたが、私には少しもよいとは思われませんでした。

 キャストに冨司純子の祖母初音、滝本美織の孫娘あかりを配したのは顔も似ていましたし、よかったと思います。冨司は気が強い祖母役をうまく演じていました。滝本と共に主役と言っていいでしょう。

 私が好きだったのは、安田成美です。控えめで物分りがよいお母さん役にぴったりでした。

 ストーリーとしては、あかりの祖母初音が娘のトランペットを尾道の港に捨てるところからはじまるというのはおもしろかったです。それが次第にうちとけあっていくというのはよかったと思います。

 あかりが最後まで自分の母のことを「ちはるさん」と呼んでお母さんと言わなかったのは不自然です。

 不自然と言えば、「てっぱん」で描かれた恋愛関係がなんとも不自然でした。鉄兄を慕っていたあかりの親友の加奈の恋がいつの間にか消えてしまいました。京野ことみが演じた妊婦「のぞみ」に、子連れ下宿人中岡がいきなり同棲を申し込んだのも変ですし、同じことはあかりの兄の欽兄が相手の気持ちも確かめずに結婚を申し込んだのもおかしいです。

  だいたい結婚を前提とする場合それまでにお互いの気持ちを確かめ合うプロセスがあるはずです。

 同じことは、長距離ランナーの滝沢君とあかりの間にも言えます。ランドリーでいきなり「俺と一緒に来てくれ。」と言ったり、「誕生日にお前を迎えに来るから。」というのは変です。誕生日にあかりが返事代わりに荷物をまとめ始めますがそれもおかしい。尾道の両親に何も言わずに自分ひとりで決めて福岡にいくつもりだったのでしょうか。その上、滝沢の申し入れをあっさりホゴにしてしまったのも真に変です。

 ついでに言いますと、てっぱんのキャスト紹介には京野ことみとその役の小早川のぞみがどこにも出てきません。後半の大事なキャストの筈なのですが。

 田中荘の下宿人が一気に出て行ってしまうという設定もおかしなものです。

 ドラマを見ていていつも気になるのは、金のことです。尾道から欽兄が何度も大阪に出てきますが、たかが生命保険一件のためにそんな旅費を会社は出すのでしょうか?両親が何度か出てきましたが、その費用も馬鹿にはなりません。

 絵描きの下宿人がどうやって生活費を稼いでいたのかも不明です。ただ、あの俳優神戸浩は独特のキャラクターがあって得がたい人物でした。

 ドラマは作者が全てを創造するのでしょうが、不自然さが目に付くと気になります。やはり、自然に、あるようなことを描いて欲しいと思います。

 「てっぱん」は、他人に育てられた主人公に、同じような境遇になるだろうのぞみ、母を知らない絵描き、娘を失った初など似たような運命をもつ人が織り成すドラマというのが根底にあったようです。

 関西系ドラマの傾向として、いろんな人が絡み合って、賑やかに生活する様子が特徴です。その点は現実の生活では希薄であったり、失われたもので羨ましく思います。

瀧本美織(村上あかり 役)

安田成美(母・真知子 役)

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2011年3月25日 (金)

焼け跡から立ち上がった日本―大震災・大津波復興も必ず―

 日本は1945年の終戦のとき、国内の都市という都市はほとんどアメリカのB29爆撃機や艦載機などの日夜を分かたぬ波状攻撃で焼かれ、破壊され、地上に残ったのは瓦礫の山だけであった。

 あのとき、東北の各都市も爆撃を受けた。私が住んでいたのは紀州であったが、田舎の小さな街も爆撃でかなりの部分が焼失した。その上アメリカは、戦争を終わらせるという大義名目で広島と長崎に原子爆弾を落とし二つの都市は一瞬にして焦土と化した。

 爆撃を受けた都市は全てを失い、何十万人という人命が犠牲となった。また、太平洋戦争では軍人を始め300万人以上の人が命を失った。

 おまけに、1部の地域では、東海地震や南海地震という大地震が発生した。我が街も地震によって大火災が起きて広範な地域が焼失した。

 あの頃「焼け野原」とか「焼け跡」というコトバが広く使われた。多くの「戦争孤児」が生じた。

 東北地方の大津波で消失した街をテレビで見ると、何度見ても言葉で言いようのないむごさである。66年前は戦争という人災であったが、今回は大自然の暴威であった。(原子力発電所の事故は人災だと思うのだが)

 大津波で押し流されて何もなくなった多くの街だが、私たち日本人はあの戦争の焼け跡から立ち上がって、戦後の復興を見事に成し遂げ、その上世界第2の経済大国にまで(今は第3位だが)なったのだ。

 それに戦後は、日本中が何もかも失ってしまったのだが、今回は被災地域以外は残っている。だからみんなが力を合わせれば必ず復興できるのだ。戦後にも福井、新潟、宮城、阪神淡路など多くの大地震を経験し、その悲劇から立ち直ってきた。

 東北地方の被災された人たちは、しばらくすると復興への取り組みを開始されると思う。どうか希望を持って着実に進んでいただきたいと思う。オバマ大統領の言葉を借りれば、Yes You Can! Yes We Can!である。

 

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2011年3月24日 (木)

減税日本からド素人議長―名古屋市議会―

 先ごろ行われたリコールによる名古屋市議会議員選挙では、河村市長のチルドレンたちがこぞって当選を果たした。28名を獲得して市議会の第一党に躍り出た。

 河村市長の獲得票数66万票から見ると当然の帰結であったのかもしれないが、それにしても、我が昭和区からは現職の自民党と共産党を蹴飛ばして2名当選であった。

 恐るべし、市民のパワーと言うべきか、それともそれほど多くの無知の市民がいるということなのか、いずれにせよ河村市長の術中にまんまとはまってしまったのだ。

 こういうことが起きるということは、それなりに今の政治への不信感や閉塞感が広く深く浸透していることの証左でもある。

 第一党になった減税日本では、市議会経験者はたった一人である。いわばド素人の集まりなのだが、それでも市議会第一党なので市議会議長を出すことになった。

 党内で選挙をした結果、昭和区選出の中村孝太郎議員が議長候補になった。呉服店を経営するいわば商人である。河村市長の主張する3本柱を唱えるだけで市長の傘のご威光で当選を果たし、さらに人も羨む市議会議長にご栄進である。

 市議会議長といえば、これまでは自民党や民主党なのが取り合いをして譲らなかったのだが、今度ばかりはなぜか知らないがすんなりと減税日本に決まった。

 中村議員は、議長公用車を使わないと言うし、手当て800万円も返上すると言っている。言うやよし!である。その点は、「あっぱれ!」と褒めておこう。

 問題は、ド素人に議会の運営ができるのかということである。多少は議員として経験を積み、議会についての知識も必要だと思うのだが、何せド素人の集まりだからなんともしがたいのだろう。この上はしっかりと勉強をしてもらって名古屋市民の方を向いて議会を運営してもらいたい。

 河村市長の言いなりにならないで、言うべきときはきちんとものを言って貰いたい。減税と言いながら、福祉を切り捨てたり、名古屋城本丸御殿や名古屋港の埠頭建設など、不要不急の工事にない金をはたこうとしている。減税日本への一番の心配は、本当に名古屋と名古屋市民のためになることをやるのかどうかである。これからそれが問われるのだ。

 上記のblogを公開したのだが、今朝になって新しいニュースが入ってきた。自民党議員団が土壇場になってド素人が議長になるのはまずいと騒ぎ出し、対立候補を出すことにしたというのだ。 

 なぜ、今になってと思うが、史上初の選挙だというからそれもよいのではないか。私の予想では、公明党が減税日本に擦り寄って、結局中村議長誕生となるだろう。

予想通りの結果  減税と公明で40票らしい。

 

 

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2011年3月23日 (水)

研究者の想定をも超えていた大津波

 あの東北・関東大震災から早くも13日が過ぎました。死体が見つかっても身元が特定できたのは僅かだと聞きます。行方不明者数は17000人余りと言われますが、これからまだまだ増えるだろうとテレビでは報じており、聞くたびに胸が痛みます。

 テレビの画像を見ますと、建物の上に自動車が載ったまま残されていたり、電柱の傍で逆立ちしていたり、考えられないような映像を見ます。自動車を運転していた人はどうしたのだろうと思います。無事に逃げられたのならいいのですが。

 21日のNHKクローズアップ現代で、岩手県の釜石市だったと思うのですが、ハザードマップが役に立たなかったことを取り上げていました。市では岩手大学の津波研究者の作ったハザードマップを元に4億円余りの避難施設を造りました。住民は避難訓練もしていたようですが、その施設に避難した人が20数人亡くなったと言っていました。

 生き残った人も3階まで来た水に辛うじて天井辺で口を出して息をしていたと言いました。津波は、ハザードマップの想定区域のはるか奥まで押し寄せたのです。

 同様のことは、宮城県石巻市でも起こりました。指定避難所が津波に崩壊し避難していたお年寄りなど40人のうち37人が亡くなったと新聞に書いてありました。

 こういうことは他の市町村でもたくさんあったに違いありません。何しろ、津波によって根こそぎ持っていかれたのですから。テレビの映像を通して間接的に見るだけでも想像を絶する光景です。

 なまじっか被害区域が想定されていたので、それ以上の津波に対応できなかったのでしょうか?いずれ今回の大津波が詳細に分析されることだろうと思います。

 幸い今回は地震がおきませんでしたが、想定されている東南海大地震では、今度の大地震と大津波の教訓から学ぶことが多いと思います。現状では、海岸近くの街を守ることは難しいでしょう。だからどう逃げるかを考える必要があると思います。ただ、原子力発電所は海辺にありますから、その被害だけは何としても食い止めてもらいたいと思います。

 地震発生から9日目に奇跡的に救出したおばあさんと孫がいました。いつの地震でも必ずこうした奇跡の生存者がいるのが不思議です。でも、大きな力を与えてくれます。

 行方不明の人びとが少しでも早くひとりでも多く見つかることを祈っております。

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2011年3月22日 (火)

スーパーなどのきめこまかいサービスを望む

 東北・関東大震災の後スーパーなどの小売店の棚から姿を消した商品がいろいろある。中でも電池はいまだにいつ入荷するか未定だと言う。単一乾電池の買い置きがないので困ってしまった。

 今日も大型電気店やスーパーを回ったのだがやはりどこにもない。そこで気がついたのだが、どこの店にも売り切れ商品のことを店の入り口に書いてあるところがないことだ。

 あちこち探して棚まで行ってやっとその品物が売り切れとか入荷未定とかが分かるのだ。

 昨日もマックスバリューに行ってガスボンベを探した。どこにも見つからないので、店員に尋ねたら店員もあるはずのところにないので探した挙句、「申し訳ありません。売り切れです。」と言った。

 エイデンに行って単一電池を探したときも棚まで行ってやっと張り紙がしてあった。店員に尋ねたら入荷は未定だと言う。

 イオンも同じである。その棚まで行かないと分からないし、棚まで行っても張り紙すらないものもある。

 エイデンは、決算セールで景品を配っている。イオン新瑞橋は開店1周年で、入り口に大きな木の絵を描き、葉っぱに店員一人ひとりのお客様サービスの言葉を書いてある。

 私に言わせれば、品物lを配ったり、店員の決意の言葉を貼るのもよいが、本当のサービスとはお客に不便をかけないことだと思うのだ。

 入り口に、品切れ状況や入荷の予定の一覧表を貼っておいてくれれば、わざわざ売り場の棚まで行く手間が省けるはずだ。 イオンの場合、混雑した日にセルフレジで幼い子どもにスキャンを控えさせることや、列が分かるように床に線を引くことを提案したが、未だに改善されていない。

 エイデンは、エスカレーターが動いているので入り口まで行ったら、「本日臨時休業」と書いて貼ってあった。なぜ、エスカレーターの手前に「臨時休業」のお知らせを貼らないのであろうか。客に無駄足を踏ませて平気なのだ。

 客の気持ちを考えてきめ細かいサービスをしてもらいたいものだ。

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2011年3月21日 (月)

参加者が少なかった学年末日本語教室とパーティ―その訳―

 19日土曜日に、愛知国際プラザの日本語教室のポットラックパーティがありました。

 午前中は私の参加しているクラスがありました。でも、学習者の欠席が多くて、5人のボランティアは一人も担当している学習者が来ませんでした。私もそのうちのひとりでした。

 聞いてみましたら、どうやら本国へ真偽のほどはわかりませんが帰った人が多いらしいということでした。

 午後から開かれたポットラックパーティにはボランティアや参加者がそれぞれ食べ物や飲み物を持ち寄りました。

 テーブルの上にはそれぞれの心づくしの品が並びました。私は妻に頼んで揚げ寿司を持っていきましたが、今年は意外にも揚げ寿司が多くありました。もちろんちらし寿司や巻き寿司や天ムスやサンドイッチなどもありました。

 韓国の人はチジミを作ってきましたし、中国の人は水餃子を作ってきた人がいました。

 一番目を引いたのは、チョコレートを専用の電気ミキサーでどろどろにして、イチゴやバナナやマシュマロにつけて食べるというものでした。

 立食での食事の後は、恒例のそれぞれのクラスが用意したゲームを楽しみました。

 せっかくの楽しいパーティでしたが、参加者は例年より少ないのが残念でした。震災後の福島原子力発電所の事故で、各国が避難を勧告しているのが影響したのでしょう。

 次の日の天声人語には、「銀座や表参道辺りでも外国人を見かけるのが少なくなった。観光客ばかりか、出張者や留学生、外交官までもが日本脱出を急いでいるらしい。」と書いていました。

 一日も早く福島原子力発電所の対策が功を奏し安心して生活できるようにと願うばかりです。

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2011年3月20日 (日)

夏を越したシクラメン ―今が盛りのとやっと咲いたのと

 夏を越したシクラメンについては昨年の11月28日のblogに書きました。そのときは、赤いシクラメンがやっと数輪の花をつけ始めたところで、これからどのぐらい花をつけるのか心配をしていました。このシクラメンは、その後順調に花を出して行き、今では一杯の花を咲かせています。

 もう一つ白のシクラメンも夏を越したのですが、こちらは小さい葉っぱばかりどんどん増えて行きましたが、花は全くつけませんでした。ところが2月の終わり頃に白い小さな花を一輪咲かせ、その脇にもう一つつぼみが出てきました。

 以前にも書いたのですが、シクラメンの夏越しには毎年失敗していました。これまで20数年間毎年シクラメンを育ててきましたが、夏を越したのは今回がはじめてです。それだけにとっても嬉しいのです。

 毎年、シクラメンを4月の終わりから5月の始めまで咲かせています。今年もそうなるとよいと思っています。問題はその後で、今年の夏を越してくれるのかどうか心配です。昨年は鉢は土も換えずそのまま使いました。今年は鉢や土を換えて植え替えをしてみようと思っています。

 何しろ私が買うシクラメンは、一鉢350円程度の一番安いシクラメンです。でも、それを上手に育ててたくさんの花をつけてくれるのを楽しみにしているのです。花の方は安いシクラメンでも大丈夫だと経験的に知りました。

 今2輪の花をつけている白い方のシクラメンはこれからどうなるのか楽しみです。

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2011年3月19日 (土)

福島第一原発事故へのいくつかの疑問

 東北・関東大震災により福島原子力発電所では「想定外」と言われる大事故が発生した。6個ある原子力発電炉のうち、第一号から第4号までが制御不能になり、大3号、第4号では建屋がふっとんでしまった。そもそも想定外というのは極めて無責任な言い方である。責任逃れと言われても仕方がない。

 東京電力や政府は、その対策に大童である。17日には自衛隊のヘリコプターから4回にわたり7.5トンの水を投下したり、自衛隊消防車5台で30トンの水を注入した。

 それでも放射能のレベルはそれほど下がらず相変わらず危険な状態が続いている。

 それで、18日にも11台の消防車と米軍車両まで借りて数十トンの水を注入したということである。さらに18日午後には、やっと送電線を発電所に結合すると言われている。

 地震発生から1週間が経過したが、その間テレビや新聞報道をずっと注目して、はらはらしながら、何とか最悪の状態にならないようにと祈りながら、見てきた。

  私のオーストラリアの知人は毎日心配してemailをくれ、いつでも避難して来るようにと勧めてくれている。日本人は簡単には逃げられない。何とかこれ以上悪くならないようにと関係者の必死の努力に感謝し期待をするのみである。

 ところで一連の経過を見ていて、素人として、何もできない傍観者として幾つかの疑問がある。

 原子力発電所の建設に当たっては当初から反対の声や危険性を危惧する声が多くあった。それに対して政府や関係者は安全だと言い続けてきた。

 「安全神話」である。万一の場合には、「原子炉を停める」「冷やす」「放射能を閉じ込める」ことで可能だから心配することはないと言ったのだ。しかし、神話は見事にくつがえされた。

 確かに地震で原子炉は停止した。しかし、「冷やすこと」はできなくなった。それは、冷やすのに必要な電気が停まったからである。その上予備の発電装置も動かなくなった。バッテリーはすぐになくなった。

 仕方なく何とかして水を撒くという手段に出たのだが、成功したとはいえない状況である。

 片隅の報道によると、福島第一原発の第一号炉の建設に携わったGEの技術者が安全対策が不備なことを指摘したが、費用がかかるということで取り上げられなかったので退職したというのだ。

 もう一つは、IAEAの検査で2002年ごろだったか安全面での指摘がされていたと朝日新聞に出ていた。

 さらに友人からのmailで、共産党の志位委員長が2007年のチリ地震での津波被害から東京電力に津波への安全対策を強化することを提案したが、東電は受け入れなかったことを知った。

 この三つのことから出る疑問は、どうして分かっている安全面の不備を正す対策を採らなかったのかということである。

 素人の考えでも、地震や津波等による停電への対策がなかったのではないかと想像きる。また、その場合に非常用の電源が動かなくなることを想定しての十分な対策もしていなかったように思われる。

 こうしたことは、原子力発電は安全であるという過信から生じたものと言えよう。

 原子力発電のような放射能を発生する装置には、考えられるだけの何重ものバックアップが用意されてあるべきであった。それがもし、多額の費用がかかるからとか、こんなにはひどくはなるまいといった安易な想定で、十二分なバックアップシステムが作られていなかったとすると、人災としか言いようがない恐ろしいことである。

 次の疑問は、送電線が回復したとして、果たして地震と津波でストップした装置がうまく稼動するかということである。水を送ったり循環させたりすることや原子炉の監視ができるのであろうか?

 更なる疑問は、フランス政府やアメリカ政府が指摘しているように放射能の拡散が、政府の発表以上にひどいのではないかということである。諸外国は、アメリカ、フランスのように在日の自国民を避難させようとチャーター機を送ってきたとか即時の避難勧告をしているのだ。アメリカなどの会社は既に東京から撤退したところもある。

 

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2011年3月18日 (金)

買占め?単一乾電池が売り場から消えた

東京にいる娘から14日の朝早くemailが入った。見ると「単一乾電池を8個送って。」という依頼であった。

 たかが乾電池と思いながら、昼前にイオンに行った。1階の乾電池を売っているところに行ったが、単一乾電池だけは売り切れである。念のため2階にある電気売り場に行った。やはりない。店員に聞いたら、「お客さんが東京に送るといって大量に買われました。」と言った。私は「エッツ?」と驚いた。続けて店員は言った。「エイデンに行ってもないとお客さんが言ってました。懐中電灯も品切れだそうです。この店内にもどこにもありません。」イオンは乾電池をあちらこちらに置いているのだが、どこにもないのだというのだ。

 家に帰ってから改めて乾電池を売っている店を回った。西友も、マックスバリューもドラッグストアもプロステーションも百円ショップも・・・・・どこに行っても、単一乾電池だけは売り切れであった。

 これだけ徹底してないというのは、東京での需要を見越して誰か目先の聞く業者が大量に買い集めたのかも知れないと思った。

 それにしても東京地方で計画的停電をやるというだけであっという間に単一乾電池がなくなるとは!大変な驚きである。

夕方妹から電話があり話した。そのときに神奈川県にいる義妹から電話があってやはり単一乾電池を送って欲しいと言ったそうだ。関東に親戚がある人はみな同じような注文を受けたに違いない。

 もう一つ驚いたことがある。13日に娘から電話があり、どこへ行っても食料が売り切れていると言ったのだ。パン、卵など必需品が売り切れで、ふだん人があまり人が行かないような店まで行列ができていると言った。東北・関東大震災の影響が凄いと思った。

 次の日のテレビニュースでも新聞の朝刊でも、買占めと物流の悪さで品物不足だと報じていた。

 名古屋のスーパーはまだ電池以外の品物は普段どおりにあるようだ。娘がティッシュペーパーも送って欲しいと言ったが、クロネコで聞くと、二セット送るのに630円、3セット送るのに840円もかかると言った。どうしても欲しいというので送ったが送料が見積もりより高く1060円もかかった。

 送るのはいいとして、輸送はうまく行くのであろうかと心配になった。その点についていつ向こうにつくかはわからないがそれでもよいかと念をおされた。

 名古屋で地震の影響が現れるのは電池と懐中電灯の次は何だろうか?

  17日に、妻が買い物から帰ってきて、「トイレットペーパーとかレトルト食品とかインスタント食品などはなくなっていたわ。」と話した。同じ日の朝刊でも品物がなくなったことを報じていたし、NHKテレビでも何もない東京のスーパーの棚を映していた。枝野官房長官は、買占めには法的措置も検討していると言ったらしい。

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2011年3月17日 (木)

誇るべき大災害後の日本人の節度ある態度

     桜待つ 心いまだ晴れやらず

     激震被災者の あるを思えば

 16日の朝日新聞朝刊「ザ・コラム」に、山中季広ニューヨーク支局長が「立ち向かう姿に賛嘆のまなざし」と題して書いていました。

 それによりますと、世界各国から東北・関東大震災とそれに伴う大津波に対処した日本人の行動を賞賛しているというのです。同じような記事は3日ほど前の日経新聞にも、囲みの記事として紹介されていました。

 朝日の記事から拾いますと、まず、インドのビジネスライン紙は出張で宇都宮にいてはじめて地震に遭遇したビジネスマンの話を紹介しています。

「日本人は誰もパニックに陥らなかった。動揺する外国人を机に下にもぐらせ、避難場所へ手際よく誘導してくれた。地震にここまで冷静に対処できる国は日本しかない。」と讃えたそうです。

 これと同じことを私が教えている中国人から聞きました。「日本語学校で授業中に(今回の)地震があり非常に驚いたが、先生は悠然として、落ち着くように話して机の下に入るように言った。」というのです。

 中国の環球時報も、「数百人が広場に避難したが、毛布やビスケットが与えられ、男性が女性を助けていた。3時間後に人がいなくなったとき、ゴミ1つ落ちていなかった。日本人の冷静さに世界が感慨を覚えている。」と報じたそうです。

 中国の救援隊は大船渡市に入ったと思うのですが、きっと多くのことを学んで帰るのではないかと思います。

 もう少し、拾います。「各国の報道陣が驚きの視線で報じているのが、甚大な被害を受けながら日本の人びとが、少しも節度を失わないことである。進んで食べ物を分け合う被災者の姿に感じ入り、怒号も喧嘩も起きない避難所の静けさに心を動かされているのだ。そのひとりニューヨーク・タイムズのニコラス・クリストフ元東京支局長は阪神大震災をのとき、『店という店のガラスが割れ、商品がすぐそこに見えているのに誰も盗もうとはしない。救援物資を待つ列が長くても奪い合いすらおきない。』と感心しているそうです。

 他の国では、アメリカでさえ店の品物を奪ったり、ハイチなどでは救援物資を争って取り合う姿が映し出されていましたが、日本の映像では見ることがありません。秩序正しく、避難所生活を送っている様子が見られます。 

 今回の地震でも、誰かが救援物資を大量に盗んだところもあるようですが、多分少ない例だろうと思います。

 ところで、もう一つ紹介されている海外メディアが注目していることがあります。それは、「日本では、被災地であからさまな便乗値上げが横行しないことだ。水や米が地震前と同じ価格で売られ、しかも、人びとは我慢強く、店の前に何時間でも行列をして待っている。」といい、ハーバード大の有名なマイケル・サンダー教授の「日本以外では考えられないことです。いくら街が廃墟になっても、人びとは自制心を緩めず、わが街のために結束しています。被災後の市民の振る舞いには胸を打たれました。」というコメントを添えています。

 私は、ザ・コラムや日経の囲み記事を読んで、とても嬉しくなりました。江戸時代や明治の始めに日本に来た外国人が伝えた日本人のよい面が、危機的状況の中でまた見られたのです。

 どんなに悲惨な状況におかれても、秩序を失わず、忍耐をして、助け合って切り抜けようという日本人のよい面がはっきりと示され、それが外国の目から評価されていることに誇りを持ちたいと思います。

 16日の朝日新聞夕刊から追加です。

 イギリスのインディペンデント・オン・サンデー紙が13日、一面トップに、がんばれ日本、がんばれ東北、Don't Give up Japan、  Don't Give up Tohoku というエールを掲載しました。

 きっかけは、被災したお笑い芸人ザ・サンドイッチマンの伊達みきおさんが書いたblogだそうです。blogを読んだ編集長が感動をしたのだそうです。そのblogはつぎのものです。

 「全てのお店は閉まっています。信号もありません。でもね、お互いちゃんと助け合って順番を譲り合ったりしています。だから変な事故とか争いがありません。みんなスゴイです。

 戦後俺たちのじいちゃんやばあちゃんは日本を復活させた。世界には奇跡といわれた日本の復興。必ず復興します!東北をなめるな!」

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2011年3月15日 (火)

新手のワールドインベストメントがらみの振り込め詐欺―デジタルコミュニケーションにご注意

 先日、デジタルコミュニケーションズという会社から文書が9枚送られてきました。

 一枚目は、写真のような代表取締役宮元宣幸挨拶、

 2枚目は、旧ジャパンレアアーツ、旧デジタルチェック株主様へのご案内

 3枚目は、同上株主様へのお詫び

 4枚目以降は、平成22年12月8日開催の役員会、臨時株主総会での決議。

 社印や社長印が押してあり、3枚目までは、社の公用箋の感じの如何にも信用できそうな立派な印刷物である。

 会社の所在地は、東京都港区浜松町2-13-14 第二日化ビル3階

 TEl:03-3945-4458

 要するに、デジタルチェックという会社は1億円の不良債権を出したので買い取ったから、株券は無効である。それで登録をしなおすようにということである。連絡先は上記の電話番号になっている。

 この文書を受け取って私は、不審に思った。それでインターネットで調べたが分からないので、三井中央信託銀行の信託代行部(0120-78-2031)に問合せの電話をした。

 すると、株式会社デジタルチェック存在するというのだ。そして、同じような問い合わせがいくつかあったこと、株式デジタルチェックは困っていると言った。また、株式会社デジタルコミュニケーションという会社は存在しないとも言った。

 私は、株式会社デジタルチェックに電話をした。会社は存在していた。そして同じような問い合わせがいくつかあったと言った。ある人は上記の電話番号に電話をしたら、100万円振り込んで株数を増やすようにと言われたそうだ。

 インターネットで調べると株式会社デジタルコミュニケーションという名前の会社は存在するが、住所も電話番号も全く違う同名の会社である。つまり、如何にももっともらしい名前の会社を名乗り、新手の振り込め詐欺を企んでいるのだ。

 その元となっている名簿は、ワールドインベストメントから流れ出たものである。先回blogに載せた詐欺と同じ種類のものである。

 くれぐれも気を付けて欲しい。

 今朝急いでこのblogを載せてよかったと思っています。図らずも、今朝ペンネーム正敬さんから頂いたコメントに、そっくりの詐欺が書かれていました。それを下記に転載させていただきます。

 ㈱ナノ・テクニカから郵便が来ました。
H21/5 旧アイディテクニカとナノ・テクニカが合併したとの事。アイディテクニカとは、サクセスジャパンが未公開株として扱っていたものです。旧アイディテクニカ株を持っておれば、ナノ・テクニカの株に交換するので連絡を下さいとのこと。その時、単元株数に満たなければ追加金が必要との事。最終年度期末配当があるとも。
 さらに、H23/5 ㈱ナノ・テクニカと㈱メトリクスインターナショナルが合併し、H24/6 マザーズ上場で準備中とのこと。
 このような話を聞いたことがあるでしょうか。
 単元株未満なのでどうするか悩んでいます。
 うさんくさい内容のようにも思えるのですが。

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2011年3月14日 (月)

空前絶後の津波大災害―与野党協力して事に当たれ―

 マグニチュード8.8という地震観測史上最大規模の東北・関東地方大地震だが、何と言っても耳目を驚かせたのは、物凄いスケールの津波の破壊力と被害の大きさであった。

 サンデーモーニングを見たが、地震発生からの様子をコンパクトにまとめて見せてくれ、地震予知会長などの解説が適切であったのでよくわかった。

 それによると三陸海岸地方で大きな津波があったのは、西暦804年とかで「続日本紀」にその記述があるという。それによると津波は海岸線から随分遠くまで入ってきたらしいが、その教訓が言い伝えられていなかったという。

 今回の津波は高さが最大で10mにも達し、宮城空港が水没したり、農村地方でも田んぼや畑が津波に覆いつくされてしまったが、全て想定外の大きさであったのだ。

 津波がまるで怪物の大きな舌のようにそれに触れた物を一瞬のうちに破壊し呑み込んでいくシーンはテレビで何度見ても恐ろしい。もし、目の前で見たのならそれこそPTSDになるかもしれないと思ったほどだ。

 津波の後の瓦礫の山をどう整理するのか、多分そのために10万人規模の自衛隊を投入することになったのだと思うのだが、本当に大変である。

 サンデーモーニングでは、大きな現地救援対策本部を作って効率よく対処すべきだと提言していた。

 諸外国も機敏に反応して早速救援隊を派遣してくれた。アメリカは原子力航空母艦を派遣したが、三陸沖に停留して基地とするのは賢明である。中国政府も初めて救援隊を派遣してくれるのだと言う。

 とにかくまだ寒い時期だし、食糧や水も欠乏しているし、未曾有の困難の中にあるのだから一刻も早い救援が望まれるのだ。

 岸井氏は、政治の争いは中止をして各党が一致協力してこの大災害に当たらなければならないと指摘していたが全く同感である。菅がどうの、解散せよ、予算は通さないぞ・・・・などと言っている場合ではないのだ。この際は一時休戦をして目前の難事に対処すべきである。

 岸井氏は、政争が起きて政治が混乱すると、必ず大災害がおきたというジンクスのようなものが過去の日本にあるとも指摘した。本当かどうかは検証してみなければ何ともいえないが、今回の大災害が政治の混乱を救ってくれるのなら不幸中の幸いであるといえよう。とにかく、争いは横に置いて与野党がこの難関突破に全力を挙げて欲しい。

 これまで建造物より人を、ということで、土建業者などは不平を唱えていたが、こう言っては咎めを受けるかも知れないが、道路修復や家の建築など、建築・土建業界には天から仕事が降ってきたようなものだ。

 三陸の漁業は壊滅的打撃を受けたが、これはどう立て直すのであろうか。政府が援助する必要があろう。

 田畑に海水をかぶった農家も大変だし、小売業なのどの商店やレストランなどの自営業も事業再開に困っているであろう。

 地震と津波の被害の当面の救援の次にやらなければならないことにも目を配って政治は力を尽くす必要がある。再び言いたい。政治休戦をして事に当たれと。

東北地方太平洋沖地震写真05

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2011年3月13日 (日)

想像を絶する東北地方大地震の被害

 私が昨日のblogで東北地方太平洋沖地震について書いたときは、まだ地震発生の当日のテレビの情報に基づいており、したがって随分のんびりしたblogであったことを恥じます。

 地震の翌日、夜が明けて明るくなるに連れて地震の報道がより詳しいものに変わりました。淡路阪神大震災のときもそうでしたが、最初は被害についてはほとんど分かりませんでした。1日ほど過ぎてやっと被害が大変であることが分かりました。

 今回も同じです。地震発生第二日になって、それまで分からなかった地域の被害も明らかになり始めて少しずつ被害の大きさが分かってきました。

 私は、昼間は用があったのでテレビや新聞を夕方まで見ることができませんでした。夕方帰宅して夕刊やテレビを見て被害の甚大さに言葉が浮かびませんでした。

 想像を絶するとは正にこのことでした。夕刊の写真やテレビの画面からは実に悲惨な光景が映し出されました。大津波によって幾つかの町が壊滅していました。大津波の様子はこれまでの津波の知識を覆すすざましいもので何とも表現ができません。

 被害を受けた方々はこれからどうしたらいいのか茫然自失ではないかと思われます。日本政府も国家予算が成立しないときに大災害が起こり、その対処に困っているようです。

  気仙沼、陸前高田、大船渡など幾つかの漁業の町が壊滅しました。また、農業地帯も津波に襲われて全滅したところも見られました。漁業の建て直し、農業の建て直しも大変だと思います。病院などの施設も多く失われたと思います。

 さらに大変なのは、福島第一原子力発電所で爆発事故があったことです。今のところ詳しいことは分かっていません。たた言えることは、原子力発電の危険性が証明されたことです。どう対応するのかも不明ですが住民のみなさんの健康に影響がないことを祈るのみです。

 被害を受けた地域に、自衛隊や格都道府県からの支援隊も送られていますがこの史上最大の大地震に国家を挙げて立ち向かって欲しいと思います。この際、与党も野党も政局から離れて真剣に国家的大災害に対処して欲しいと切望します。どこかの週刊誌が菅総理の寿命が延びたなどと書くかもしれませんがそんな問題ではないと思います。

 私たちには何がしかの義捐金をおくるくらいのことぐらいしかできません。災害を受けられた方々には、くれぐれも健康に気を付けて頑張っていただきたいと思います。

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2011年3月12日 (土)

心痛む東北地方太平洋沖大地震

 11日の午後三時前に東北地方で起きた大地震は、マグニチュード8.8で観測史上最大の大地震となりました。地震による大津波もかつてないものでした。テレビで津波の様子が逐一放送されましたが、見るたびに心が痛みました。

亡くなられた方々に心からご冥福をお祈りします。また、大変な被害を受けられた方々にはお見舞いを申し上げます。申し訳ないのですが今はそれしか言葉が見つかりません。

 東海大地震が想定される地域に住む者として、いずれは我が身にも災害が襲うのかどうかはわかりませんが、こういうことが起きるたびに、人の身に起きる無情さを思わずにはいられません。

 私は最初地震が起きたことを知りませんでした。その時刻新瑞橋イオンのKALDIという輸入品を売る店にいて、半額のコーヒーを買うために、天井までいろんな品物が積まれた狭い店内にいました。

 その時列に並んでいた女性が、「東北で地震があったのよ。マグニチュード7だって。ここで起きたらどうなるの?」と、高く積まれた葡萄酒の瓶を見ながらはなしていました。

 それを聞いて、私は、「おとついぐらいから東北地方で地震が起きているが、またあったのだな。」と思いました。店の中では全く揺れを感じませんでしたし、イオンの中も誰一人地震があったことなど知らない様子でした。

 家に帰って、そのまま他のことをやっていました。妻も地震のことは何も言いませんでした。

 4時半ごろになって、イオンでの会話を思い出し、妻に「東北で地震があったんだって。」と言い、NHKテレビをつけてみました。すると、テレビは盛んにこの地方の津波の警報を流していました。 他のチャンネルはどうかと思ってメ―テレをつけて見たら、津波で船が流されて横倒しになった八戸港の映像を映しでいました。まもなく管首相が地震について話す映像が隅っこに映りました。

 やっと東北地方で大きな地震があり、大津波が発生したことを知りました。それからずっとテレビを見ていました。そのうちに名古屋でも千種区は震度4だったとテロップが流れました。妻は全然気がつかなかったと言いました。

 その日は、コーラスの練習日で早く出かけるので、早めに食事をしましたが、大津波や地震の惨状を見ながらの食事は申し訳ない気がしました。こんな日にコーラスの練習をしていいのかと思いながら出かけました。

 コーラスに行くと、自主練習の後の休憩で地震の話になりました。他の人は口々に地震で家が揺れて大変だったと話していました。私は、名古屋でも地震があったことを聞いて驚きました。ピアニストの先生は、ちょうどその時に金山の高層ホテルの17階にいて揺れがひどいのでとても怖かったと話しました。「こんな経験は初めて。」とも言いました。

 携帯を取り出したら娘からCメールが入っていて、「東京は地震があったけどだ丈夫だからね」と書いてありました。mailの時刻は15時10分になっていました。私は気がつかなかったことを悔やみました。

 家に帰ってから再度妻に聞くと、「そう言えば料理を作っている時頭がくらくらして変だなあと思ったわ。地震だったのね。」と言いました。NHKでは、相変わらず地震のニュースを流していました。東京の娘に電話をしましたが回線が混んでいてなかなか繋がらず20分ぐらいしてやっと繋がりました。婿が足止めを食って家に帰れないと言っていました。

 9時のニュースで各地の惨状を知りましたが、その大きさ、酷さに驚くばかりでした。被害は想像以上に広がるだろうと思いました。「明日の新聞は地震一色だろうね。」と妻が言いました。いったいどのくらいの被害になるのか想像もつきませんでしたが、できるだけ犠牲者や被害が少ないことを祈りました。

 朝起きてこのblogを書き、テレビをつけたら、3時59分に新潟沖を震源とする地震があったことを報じていました。この地方も震度1だと出ましたが、気がつきませんでした。

 たった今、緊急地震速報が出ました。相変わらず次々に地震が起きているので心配です。こんなことはかつてなかったことです。

 

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2011年3月11日 (金)

傲慢なアメリカをはからずも暴露

 米国務省のメア日本部長が大学生を前に、沖縄県民を「ごまかしとゆすりの名人」とか「沖縄の人々は怠惰すぎてゴーヤも作れない」などと発言した。この問題で、沖縄県民の怒りを買ったが、それは沖縄県民ならずとも、日本人全体が侮辱されたのと同じである。

 朝日新聞に掲載されたメア部長の要旨を読むと、日米安保について発言の前半では「日本に有利、」アメリカに不利」と言いながら、最後の方で、「憲法9条を変えるべきだとは思わない。在日米軍が不要になり、アメリカにとって悪いからだ。憲法が変われば米国は日本の国土を米国の国益のために使えなくなる。日本政府が支払う高価な受入国支援(思いやり予算のことだろう)米国の利益だ。我々は日本でとてもいい取引をしている。」と述べている。矛盾した発言だが、後の方が彼の本音であり、アメリカの本音であることを思わず暴露している。

 沖縄県民、ひいては日本国民を馬鹿にした発言が非難されるべきで、それに対して沖縄県議会や22の市町村が抗議の決議をしたのは当然のことであった。

 仲井間沖縄県知事は、感情の問題になっていると言ったがそれも理解できる。許すべからざることである。

 アメリカ政府は、訪日したキャンベル国務次官補を通して謝罪し、メア日本部長を更迭した。それについてNHKニュースでは、「異例のこと」と表現したが、「異例」という言い方は適切ではない。「当然の」というべきであった。

 アメリカはキャンベル国務次官補の謝罪で済ませようとしているが、少なくともクリントン国務長官が謝罪すべきであろう。日本もなめられたものである。

 それもこれも民主党政権のひ弱な態度がアメリカの日本軽視を引き出したのだといえる。クリントン国務長官1人に対して4人も日本の外相が代わったというのではコケにされても仕方がない。

 メア部長は、はからずもアメリカが安保条約によって日本に駐留することのメリットを吐露したが、これまでの自民党政権がずっとアメリカの言いなりになってアメリカに莫大な利益をもたらしてきたことを証言したものである。その責任は、現政権の民主党だけでなく、自民党・公明党にもあるのだ。そのことを忘れてはならない。

 日本とアメリカが真に対等であるならば、今回のような事態はおきなかったはずである。それを許したのはアメリカ追従の政府にあるのだ。

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2011年3月10日 (木)

再び10%恒久減税について―その陰で大損をするのでは?

 河村市長は、減税日本を全国に広げるために、東京や静岡など各地で次の統一選挙での公認候補や推薦候補を増やしていると言う。

 彼が言う減税については、いろいろな意見が出されており、必ずしも多数に賛成されている訳ではない。

 それは、例えば名古屋市の場合、地方交付税交付団体に転落してしまったのに減税をするのはおかしいという意見である。他の市町村が収めた税金から金を貰うのは理屈に合わないことである。

 その点では、神野直彦東大名誉教授の次のコメントが正鵠を得ていると思う。

 「自分のところの税金は安くする一方、他の地域で取った税金は地方交付税の形で受け取りますというのは虫のいい話ではないか。」(朝日新聞7日)

 もう一つは、住民サービスが低下する問題である。これについては、先日も指摘したが、大半の住民にとって10%減税の恩恵がないか、あっても微々たるものなのだ。それより保育所の待機児童をなくす方策とか病院医療を維持してもらうとか介護施設がますます不足して来る中で特別擁護老人ホームを増やすとか、養護施設への補助金を減らさないとか・・・・・そちらの方が大事なのだ。

 片方で数千円減税した貰っても他方で何万円も損をしていることに気づかなけらばならない。その点でも、先の神野名誉教授は、次のようにコメントしている。

 「減税ありきではなく、住民に必要なサービスをまず先に決め、それに必要な財源をどう効率的に使うかを決めるのが順序である。」

 更には、子供たちに負担を残すことになるのではないかという危惧もある。名古屋市の市債残高は1兆8千億円にもなるという。(私も市債を買ってその一部に貢献している?が。)河村市長は、行政改革をして減税分を浮かせると言っているが、その実は福祉予算の削減であり、市有地の売却であり、病院施設の民間移転である。

 先日我が家の近くのスーパーの前で、民主党を離党し減税日本に走った佐藤夕子衆議院議員が応援演説をしていた。私はじっと聞いた。どんな主張をするのか確かめたかったからだ。立ち止まって聞いていたのは私だけであったが。

 彼女が政策として話したことは、河村氏がいう、3つのスローガンだけであった。いわく、10%減税、議員報酬半減、地域委員会の全市設置である。それ以外は何をやっても自由だとも言った。しかし、そんなことは信用できない。河村チルドレンとして盲従することは目に見えている。

 減税を叫ぶ人たちのやることは、新自由主義ではないのか?小泉、ブッシュが叫んだ自己責任、小さな政府、その結果の利潤追求容認経済政策とどう違うのか。弱肉強食が広がり、格差が拡大し、世の中がすさむことになりはしないか?それを怖れるのである。

下記は首都圏に住む友人からのmail

 「私は河村たかしという人がどんな方であるか、名古屋市政がどうなっているのか、よく知りませんが、テレビで観る限りでは、市長選に当選した日に水をかぶってみせるとかのとんでもないパーフォーマンス屋で、これは信頼できない男であると思いました。

 しかしこれは表面的なことで、彼のスローガンは、10%減税、議員報酬を半額にする、議会定数の半減といったワンフレーズポリティックスで、しかも裏には小沢一郎が控える恐るべき政治屋です。


 名古屋市民はこの辺のことを見抜いてほしいと願っています。」

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2011年3月 9日 (水)

政局がらみの国会にはうんざり―一億総うつ病になるよ―

 前原外相が辞任し、次は、細川厚生労働相が「主婦年金救済問題」で問責のターゲットとなった。その次は、閣僚任命責任で菅首相を対象とし、菅政権を退陣に追い込むのが自民党など野党の狙いだという。

 参議院での野党の優位というねじれを武器に予算関連法案を阻止することにより衆議院解散を勝ち取ろうという戦略である。

 民主党の党内は争いが絶えず、お互いに足を引っ張り合っているし、与党と野党の接点を探そうという動きも見られず、このままでは政府機能停止とか金利の上昇を招くことになると言われている。

 月曜日から始まった株式市場も前原辞任などの動きに反応して188円もの値下がりをした。

 前に経団連会長が「給料泥棒だ」と言ったが、まさにその通りである。この国をどうしようかというビジョンもなく、ただ相手の失点を探し、それをあげつらっているだけで、一つひとつの緊急の課題に取り組む姿勢は全く見られない。

 国会というところは、国民のために法案を審議するのだが、それなのに与党も野党も真面目に真剣に議論しようという気がなく、いわんや局面を打開して前に進めようという発想もない。ただ攻撃と誹謗をくりかえしているに過ぎない、非常に幼稚で低劣な政治家ばかりになってしまった。

 仮に、解散、総選挙があったとして、おそらくどこの党も過半数を取れないであろう。自民党・公明党すら両党で過半数は無理ではないか。そうなれば政権をとったとしてもまた運営に苦しむことになる。そうすると今と同じように誹謗しあい、足の取り合いに終始し、肝腎の法案の審議などそっちのけの状態が続くであろう。

 我々一般国民は、先行き暗雲が晴れそうもないので毎日が憂鬱である。新聞やテレビのニュースを見ても気分が暗くなるだけである。そこへ週刊誌がさらに煽るからますます気分が落ち込むのだ。

 これでは一億総うつ病になりかねない。高給を食む議員さんたち、何とか賢明な方途を探ってもらえないものか。給料泥棒と言われて恥ずかしくないのか!

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2011年3月 8日 (火)

前原外相の辞任―菅政権臨終間近?

 前原外務大臣が外国人献金問題で自ら辞任をした。菅内閣の重要閣僚であり、外交日程が目白押しの中での辞任である。潔いといえば確かに潔いが、自民党政権時代にも似たようなことがあったのに辞任をしなかった例があるという。

 要は時の力のバランスで決まるのであり、菅内閣や民主党ががたがただから守りきれなかったということであろう。

 朝日新聞が、2日間にわたって載せた記事によると、献金をした京都市在住の在日韓国人は、前原氏とは中学校の頃からの知り合いでながいつきあいだという。献金の額は1年5万円で、5年間で25万円だという。それによって韓国をどうしようという気持ちは全くなかったようだ。

 自分の献金が結果的に前原外相の辞任にまでなったことで涙をながしたということだ。

  政治献金ではもっと多額でも何とか言い逃れをしたり、誤魔化したりして逃げ切ってしまうことがこれまで多かった。今回は外務大臣という職責から辞任に追い込まれたのであろうが、何かすっきりしないものがある。

 以前から言われていることだが、政治家への献金は個人献金に限るとか、1件幾らという上限を定めるとか、使途を1円まで明らかにするとか、完全にガラス張りにすべきである。

 さらに政党交付金は廃止をすべきである。

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2011年3月 7日 (月)

スーパーのセルフレジを幼児に使わせる若い親

 新瑞橋にイオンモールができてから殆ど毎日行く。株主優待(100株)でラウンジでコーヒーなどが飲めるからである。

 ラウンジでは持参した本を読んだり、備え付けの新聞を読んだりする。その後、店内を1周して帰るのだが、安いものを見つけるとつい買ってしまうことが多いので、ほぼ行くたびに何かしらを買うことになる。

 頻繁に行っていると、商品の価格の変動や安売りなどがよくわかる。そういう情報も面白い。

 割引の日や日曜日などは物凄く混雑をするようになった。開店してもうすぐ1周年になるので店の存在が多くの人に知られるようになったのだ。

 この土曜日と日曜日は、イオンがサティとジャスコを統合して3月からイオンになるので特別に5%割引を実施した。そのため店内は大変な混雑振りであった。

 私は買い物をして支払いをするときには、イオンカードのワオンで払うのだが、いつもセルフレジを利用している。理由は、セルフレジで支払いをするとその分サービスポイントが加算されることがあるからだ。

 1回のポイントは僅かでも塵も積もれば何とやら・・・・という、お金のある人から見たら何ともミミッチイ考えからである。ミミッチイには違いないが、店もそういうシステムを作っているということは、単に人件費の節約のためだけではないと思うのだ。

 それはいいとして、混雑する日にはセルフレジの前にも長い列ができる。仕方がないから並んで順番を待つのだが、そのときいつも目にするのが、若い母親が2歳か3歳ぐらいの子どもに商品のスキャンをさせている場面である。

 こういう日には私は例外として、だいたいみなさんは大量の買い物をしている。それを小さな子どもにやらせているのだ。小学校の子どもでもうまくやれないときもあるのに、幼児にやらせて時間がかかっても平気なのだ。列を作って待っている人の気持ちなど全く考えていない。

 また、店も店である。そういう幼児のために踏み台を用意しているのだ。背が届かないので台の上にのってスキャンをしている。

 日によって、時間によって客が少ないときがあるからそういう時は子どもにやらせてもよいと思うのだが、客で混雑しているときにはやらせてはいけないし、店も禁止をすべきである。

 きっと若い母親は子どもにも体験させるのがよい教育だ思っているのだろう。しかし、子どもには「今日は待っているお客さんが多いからお母さんがやるね。」と言って言い聞かせるのが本当の教育なのだ。TPOをわきまえさせることが大事である。TPOや他人への思いやりを自分の中に育ててこなかった親がいることは残念だある。

 

 

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2011年3月 6日 (日)

河村市長翼賛議会でいいのか?

 河村市長主導で名古屋市議会のリコールが成立し、市議会議員の選挙が始まった。目立つのは、河村市長を党首とする「減税日本」の候補者の多さである。河村市長が得た66万票をそっくり貰えば市議会の過半数を制することができるというので多いところでは3人、大体は2人が立候補している。

 新聞によると、既成政党の候補者は軒並みに吹き倒されるのではないかという。それで河村市長に擦り寄っている候補者や政党まで現れたらしい。

 一方、市長派の候補者は意気軒昂であるそうだ。しかし、彼らは単純に市長の言いなりになっているだけである。第一公認自体が市長に服従する誓約書を入れさせられたのだと言われている。

 市長や候補者のスローガンは、10%減税であり、市議会議員の報酬を半額にすることと市議会定員の半数削減である。それ以外には何をやりたいのかは明確にはしていない。

 市長には、大村愛知県知事との提携で中京都構想というのがあるらしいが、詳細は不明である。

 簡単に言えば分かりやすいスローガンだけでる。

 それに減税日本の候補者は、河村市長を真似て自転車に幟をたてて遊説をしている人が多いらしい。

 私は、河村市長が唱える市議会議員の報酬を削減することには異論はない。しかし、減税10%には、以前にも書いたが疑問を持つ。

 毎日新聞や読売新聞によると、来年度の市の予算は、減税がなかったので福祉関係に振り向けられることができたという。つまり減税があればどうなっていたか分からないとうことなのだ。おそらくは福祉関係の予算は削られたであろうということである。

 実際、名古屋市の市立病院は城西病院が民間に譲渡、緑市民病院が指定業者に委託され、病床が減床されたり産科がなくなったところもあるといわれる。

 高齢化が進む今、医療関係の公的サービスの低下は由々しき問題である。これも前に指摘したことだが、保育所が減らされるなど市民が必要としているサービスが削られていると聞く。

 10%減税にしても、くどいようだが、私のような小額の税金しか納められない者や税金を納められない貧乏人には全く無縁なのだ。恩恵を受けるのは高額納税者だけでそのひとたちだけは有難いということなのだ。

 貧乏人にとっては、市民サービスこそが必要なのだ。しかし、河村市長が唱える政策や構造改革によれば必要なサービスはどんどんと削られるであろう。もし、河村市長支持派の議員が市議会の大半を占めることになれば翼賛市議会となり、市民にとっては大変なことになるかもしれない。

 朝日新聞の「声」欄には、もしそうなったら次の選挙では落選させればよいという投書が出ていたが、それでは遅すぎると思うのだ。向こう4年間改選がないから、その間にやりたいこをやるかもしれないのだ。そのときしまったと思っても遅いのだ。

 だから、市議会議員選挙に当たっては、翼賛議員ばかりにならないように、よく考えて投票をすることが大事だと思う。名古屋市の市民は、熟慮をして納得のいく投票をして欲しい。

 河村市長は民主主義だと言っているが、本当に民主主義なのか、今一度頭を冷やして考えることが大事である。

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2011年3月 5日 (土)

ツイッターのこと―まだ覗いたこともないのです―

 2日朝のNHKニュースを見ていましたら、災害のときにツイッターが大変に有効であると言っていました。

 ツイッターというものがあることはそれが日本でも始まったときから知っていました。アメリカのオバマ大統領や日本の鳩山元首相もツイッターを活用していることも有名です。しかし、見てみようとか覗いてみようという気は起こりませんでした。

 だいたい私は、携帯電話が苦手で受信以外はほとんど使ったことがないのです。ましてや携帯電話でWEBを見たりすることは全くありません。携帯の使用料は最低にしてあります。

 インターネットに接続したければパソコンがあれば十分です。emailもほとんどパソコンでやっています。

 ところが、HNKのニュースによると、いざというときにはツイッターが大変に有効であるというのです。例として、昨年暮れから元旦にかけての鳥取の大雪による道路大停滞のときのことを取り上げていました。ツイッターでいろいろな情報がよせられ役に立ったようです。

 鳥取県では、そのときのことを教訓にして災害用ツイッターサイトを立ち上げたということです。

 地震や台風などの災害にもツイッターが頼りになるようです。大統領も総理大臣もすなるツイッターを私もしてみむと・・・・・。そうならば私もツイッターを使えるようにしておかなければと思いました。

  

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2011年3月 4日 (金)

第3回シニアコーラス交歓発表会を終えて

 3月3日の雛の日に恒例となりつつある3回目の「シニアコーラス交歓発表会」が開催されました。

 主催は財団法人名古屋市文化振興事業団で、今年は中京大学文化市民会館オーロラホールで開かれました。

 この事業は3年前にスタートしたのですが、当初はたしか16グループぐらいでした。それが3年目の今年は26グループにもなり、13時に開演して17時45分頃に終了しました。

 市民会館は名古屋市ですが、参加のコーラスグループは愛知県下の各地から集まりました。

 私が所属する昭和男爵コーラスは3回連続参加ですが、同じ昭和生涯教育センターで活躍する女声コーラスのスイートポテトも、今年が2回目の参加でした。

 なにしろ参加チームが多いので、1チームの出演時間は8分以内ということになっています。私たち昭和男爵コーラスでは真面目に8分以内を守りましたが、中には時間オーバーするグループも見られました。それでも時間調整がうまくいったのか順調に進んだのはよかったと思います。

 昭和男爵コーラスは、夜明けの歌、雪の降る街、そして振りを付けて世界で1つの花を歌いました。私たちは16時43分からの出演でした。舞台に上がると会場には人影がパラパラと見られただけでがっかりしました。

 15時ごろまで会場で他のグループのコーラスを聞きましたが、そのときは大ホールの1階は満席でした。それがせいぜい230人ぐらいに減っていたのです。

 それでも一生懸命にやりました。僅かに残っている人たちからは熱い拍手をいただけました。

 私たちの後のグループには熱演したグループばかりで観客が少ないのは本当に残念でした。最後の加木屋混声合唱団ポポロなどは電飾と大きな巻物の絵を用意して熱演しましたが、観客が少ないので気の毒でした。

 私たちは、15時以降は出演を終えるまで見ることができませんでしたが、15番ぐらいまでは、観客も多かったようです。

 この辺は来年度も続けるのなら何とか工夫をしてもらいたいと思いました。

 改善すべき点はいろいろとありますが、多くのグループが参加して日頃の練習の成果を聞きあうのはとてもよいことだと思います。

 参加者は高齢者に限られています。850名余りの参加者のほとんどは女性ですが、今年は男声コーラスも6グループ参加しました。とにかく高齢者がコーラスに参加して楽しんでいるのは素晴らしいことです。そういう意味で、主催者の名古屋市文化振興事業団にも拍手を送りたいと思います。

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2011年3月 3日 (木)

断末魔の民主党と議員にあるまじき身勝手な行動―民主党小沢16人衆―

 今年度予算が衆議院を通過した際、民主党の会派を離脱した小沢チルドレンの16人衆が採決を欠席した。それについては、マスコミ各紙も厳しく批判をしている。

 彼らは、比例区とはいえ民主党で衆議院議員に選ばれたのだ。いくら会派を離脱したとはいえ、最も大事な予算案については採決に参加して賛成をすべきであった。

 彼らの言い分は、菅首相らがマニュフェストを放棄したから、そんな連中のやることには賛成できないということであった。また、おそらくは彼ら16人が欠席しても予算案は衆議院を通過するのだから、どうということはないということであったのだろう。

 しかし、予算案はそれほど軽いものであろうか?来年度の国の仕事を執行する元になる金の使途を決める最も大事な法案であるのだ。軽々しく扱ってもらっては困るのだ。

 彼らの行動を黙認した(或いは暗黙裡にそそのかした)小沢氏も小沢氏だが、彼らの行動に対し「厳重注意」だけですました民主党執行部も情けない。一説では、厳しく処分すると彼らが離党し、民主党が瓦解するからだと言われている。

 しかし、民主党は既に壊れ始めているのだ。週刊誌によると、小沢氏は倒閣運動を始めたという。同じ党内にあって倒閣とは何とも開いた口が塞がらないあきれた行動である。

 もともと民主党は寄り合い世帯でいつかはこうなるとは多くの人から指摘されていたことである。

 この際、やぶれかぶれ解散でも何でもよいから、思い切ったことをやって国民の信を問うた方がよい。

 16人衆は勿論落選する、と言うか民主党からは公認はもらえないだろう。小沢氏は、彼らを引き連れて新党を作ると言われている。壊し屋小沢の面目躍如である。

 今総選挙をやればどこの党も過半数を制することはできないであろうから、連立の動きが出るのかそれとも野合をするのか、いずれにしても新しい動きが出るはずだ。

 前回の総選挙で民主党に期待した国民がこけにされたのだ。今度こそは、人物や政策をよく吟味して馬鹿を見ないように賢い選挙をすることが大事であろう。

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2011年3月 2日 (水)

瑞穂小トワイライトスクールでマジックボランティア

 2月28日(月)に、所属する名古屋華マジカルグループからIさんと2人で、瑞穂小トワイライトスクールにボランティアでマジックを見せに行きました。

 あいにく前の晩から降り続く雨が上がらないので車で行きました。2時20分ぐらいに着きましたが、ちょうど授業の終わる頃でした。

 準備をしながらしばらく待っていると子供たちが入ってきました。低学年のせいかとても元気がよくて片時もじっとしていなくて動き回っていました。その子たちの1部の子が相撲を始めたので、手で押す相撲を教えましたら喜んでやっていました。

 3時過ぎに廊下で担当の先生が号令をかけて、一年生から順に入ってきました。1年生は12名、2年生は11名、3年生が7名でした。

 床の上に座りましたが、先ほどとは打って変わってとても静かでお行儀がよいのでびっくりしました。最後までそうだといいのだが・・・と思ったことです。

 始めに、マジックを見るとき気をつけることを4つほど話しました。そして私から演技を開始しました。

 新聞を使った円くきったのに四角くなるマジック、三角錐、三本ロープが1本になるマジックは紙に描いたロープも同じように変わるのでびっくりしていました。バナナの絵がリンゴの絵に変わるマジック、兎年にちなんで兎とシルクハットをやりましたが、これは一番受けていました。最後に2人出て来てもらってリングはずしをやりました。たっぷりと30分余り演じました。子どもたちは静かに真剣に見てくれたのでとてもやりやすかったです。

 トリはIさんがお得意のシルクを毛花のマジックや筒から出すマジックや大きなバネ毬を出すマジックや長いシルクを出すとても華麗なマジックを見せて締めくくりました。

 雨はいつの間にか上がって青空が見えていました。

 

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2011年3月 1日 (火)

入学試験問題投稿事件

 京都大学の入学試験で、試験の問題をインターネットのYahoo知恵袋の掲示板に送り、解答を教えてくれるように頼んだ事件がニュースで大きく取り上げられている。

 類似の投稿は、同志社大学、早稲田大学、立教大学の入学試験でも起きている。いずれも投稿者はaicezukiというIDだという。

 京都大学当局の説明では、入学試験に当たっては携帯電話は電源を切って鞄に入れ教室の前か後ろかまたは足元に置くようにしていたという。

 それについて京都大学の受験者は、やろうと思えばやれたと述べている。つまり、携帯の持ち込みがかなりルーズであったことがわかる。

 しかし、仮に携帯を持ち込めたとして、限られた時間内に試験問題をemaiでタイプして送るのはかなり時間を要すると思うのだが、数学や英語の問題でそれが行われている。

 どうしてそんなことが可能なのか?あるコメンテーターはカメラにとって送ったのではないかとかと言っている。教室の外にもう一人いてカメラで取った問題を先ずそこに送り、その人がインターネットに送ったのでは?と推察している。

 京都大学、早稲田大学、立教大学、同志社大学といえば相当のレベルの大学だと思うのだが、そんな大学を受験するほどの学力のある者が携帯電話で外部に試験問題の解答を尋ねるというのも解せない気がする。

 もっとも、韓国では先例があり、韓国では現在は携帯電話の持ち込みは完全に禁止されているという。

 入学試験に携帯電話の持込を禁止するのは当然であると思う。それが許されていたことに問題がある。セキュリティチェックをしっかりとやって持込を禁止すべきであった。

 今回の事件は、私は、複数の者による愉快犯ではないかと推察する。受験料を払ってまでやることはないと思われるかもしれないが、私の想像では、インターネット時代の可能性を探って大学当局などを皮肉ったのではないかと思うのだ。

 IDがどこも同じaecezukiだというのが、その根拠である。複数のものが示し合わせて同じIDを使ったと見るのが妥当であろう。

 今回はたまたま発覚したが、ひょっとすると他にもあったのかもしれない。これを機に入学試験のやり方をチェックして厳しく実施すべきであろう。

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