芥川賞「苦役列車」を読む
第144回芥川賞受賞作品が文芸春秋に掲載されたので、まず「苦役列車」を読んだ。
今回の受賞は2人であったが、1人は女性で非常に環境に恵まれた人だと聞き、もう一人は無頼な生活をしてきた男の人だと聞いた。それで、まず男性作家の方から読むことにした。
読み出して、まず言葉が気になった。冒頭いきなり「曩時(ノウジ)」で始まる。読み仮名は振ってあるが意味がわからない。広辞苑で引いたら「以前、昔」と書いてあった。次に同じ行に「後架」が出てきた。これは昔どこかで見たことがあったので懐かしい言葉である。また、「閑所」などという言葉もなつかしい。
読み進めて行くと他にも、「慊(あきたりない)」とか「気嵩(キガサ、負けん気が強い)」とか「黽(ミョウ、モウ、つとめる、かえる)」を使って「黽勉(ビンベン)精を出す」という言葉が出てきたり、「購める(アガ)」や「嵩押し(高圧的に押し付ける)」など、浅学な私にはこれまで見たことがない、聞いたことがない言葉が出てきた。
他にも「奇貨」「所期」「孜々(シシ)」などといったあまり聞かなくなった言葉が出て来る。全くわからない言葉は「やたけたな」という語だ。スラングなのであろう。
これは後で分かったことだが、作者の西村賢太氏は、小説、とりわけ戦前の私小説をよく読んでいるので、それでこういう語彙が豊富なのだと思われる。
ただ、私などは、どうしてこのような死語に近い言葉を使わなけらばならないのかという必然性に疑問を持つのだ。
「苦役列車」には、他にも彼独特の言い回しや用字法が随所にみられる。「・・・次第である」「結句」「塩梅」「云う」など・・・。
特徴的なのは、一文が長いことである。1つの事柄を「、」で切って延々と描写して行く書き方である。私などは、文章は一文を短くして「。」を多用するとよいと思っているのだが、彼は対極の文体を用いている。
私は、小説などを読むときには、予備知識などは一切なしで読むことにしている。最初の一文から次を予測しながら、それまで読んだことをもとにして自分なりの表象を膨らませていくのだ。
題名の「苦役列車」というのはどうしてつけられたのかは不明であるが、終わりの方に、「・・・・貫太はこの世がひどく味気なくって息苦しい、一個の苦役の従事にも等しく感じられてならなかった。」という部分に「苦役」が出て来る。列車はつながっているものだから、苦しい生活の連続が続くというほどの意味であろうか?
ところで、「苦役列車」は、作者西村賢太氏の私小説である。後で読んだ受賞インタビューによると、面白くするための10%を除いて90%は彼の経験した事実にもとづくということである。
北町貫太という主人公が、中学卒業後母親の大事な6万円を持ち出して家を飛び出し、それしかない日雇いの仕事を見つけてそれで生活をしていく。最底辺に生きる青年のつらい、運に見放された青春時代の生き様を描写している。
とりたてて技巧を凝らしたようなところはなく、作者の体験を呼び起こしながら、叙述して行ったようである。これなら誰にでも書けると思わせるような小説である。
芥川賞を受賞したのは、おそらく、一般の人が余り経験しないような人生を、ある意味で逞しく、しぶとく、野放図に生きている生き様を描いたことが評価されたのかもしれない。
インタビューアーは、「西村さんの作品は性欲、食欲、嫉妬・・・・といった人間の本能を正面から描いています。」と言っている。それに対して、著者は、「これは藤沢清造から学んだことでもあるのですが、小説に中途半端なモラルを持ち込むと、途端につまらなくなる。自分の恥も含めてすべてさらけ出して書く、というのが僕の唯一の生命線ですから、逆に言えば、それしかできない。」と答えている。
おそらくその辺りが評価されたのであろうと思われる。
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