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2011年1月15日 (土)

神への疑問―所詮イワシの頭も信心から―

 今年の新年は各地の神社は参拝客で大賑わいで、昨年パワースポット人気が出た伊勢神宮を始め熱田神宮なども史上最高の人出であったようです。

 滅多に初詣に行かない息子も今年は熱田神宮に行き、人出の多いのに驚いて帰ってきました。

 経済が相変わらず低迷していて大学生や高校生の就職内定率が史上最低となるなど、人びとに不安があるので苦しいときの神頼みとなるのでしょう。

 日本は神代の昔から神様の信仰があり、その後仏教が渡来して仏教も信仰するようになりましたが、早くから神仏習合が行われ、共存してきました。江戸時代のように時の権力によって仏教が強制されたり、明治時代のように、逆に廃仏毀釈で神様が強制されたりということはありましたが、綿々と共存を続けています。

 私は、仏教も偶像崇拝が取り入れられて以来、神様と同じだと思っています。だからこそ八百万の神がまします日本では神仏共存が出来たのだと思うのです。

 考えてみれば、日本人の宗教感覚は大変ファジーでご都合主義で便利です。TPOに合わせて自由に替えられます。

 安産のお願い、宮参り、七五三、お祭り、初詣、地鎮祭・・・・全て神様です。葬式、法事、墓参り・・・・普通は全て仏様です。そして、近年は結婚式は、神前ではなく、キリスト教会で挙げる傾向があります。

 世界には、仏教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の他に、ユダヤ教やヒンズー教のような宗教や土着の宗教もたくさんあり、それぞれ信者をもっております。

 中でもキリスト教とイスラム教は、同じルーツ(神)なのにお互いがいがみ合っています。

 それはともかくとして、信仰する宗教によって神が違う訳です。これは厳然たる事実です。そこで素朴な疑問をもつのですが、ある神を信じる人にはその神のバチが当たってもそれを信じない人にはバチは当たらないということです。もちろんご利益も同じで、その神を信じる人にはご利益があるが信じない人にはないということになります。

 ということは元々神様なんていないのだということの証明になるのではないでしょうか。たまたま自分に都合のよい神様を信じるとか、たまたまその宗教の国で生まれたからとかいう偶然性が大きいし、簡単に宗教を替えたりできるのもそうです。他の神様に替わったからといって元の神様がその人に罰を与えたという話は聞いたことがありません。

 人間は不安だから何かに頼りたい・・・・だからそこに神様が入り込むわけですが、元々はといえば人間の誰かが作り出したものに過ぎません。

 まさに「イワシの頭も信心から・・・」なのです。

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コメント

私は、この歳になってようやく神もしくはその類のものから自分を解放できました。でも、世界中の殆どの人々はその呪縛の中に身をおいております。人それぞれの自由ではありますが。

信心する事によって自分の不安定な心を統一して自信を持ちたいと信心するのでしょうか?
宗教に帰依したり、宗教活動をしている人はある面では解り合える団体のなかの安らぎもとめているのではないでしょうか。
私は無条件に信じられない、自我が強く自分自身で考え生きていますので、信心とは無縁ですが、何時か変わるのでしょうか。
宗教美術は素晴らしい物があります。

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