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2011年1月

2011年1月31日 (月)

衆議院解散に追い込む前にやらなければならないことがある

 私は、前にも書いたように、菅首相をかばうつもりは全くないが、国会議員は国民の代表として、菅首相の訴える「熟議」をして欲しいという訴えに耳を傾けるべきだと思う。

 自民党の谷垣総裁はひたすら解散に追い込むことだけを考えているし、公明党も審議に応じないと言っている。

 菅内閣は、1つの案を提示したのだから、他の野党は、それに対案を出して、その上で真剣に討議を重ねるというのが本来の民主主義であり、議会の役目ではないのか。

 サンデーモーニングで、岸井氏が言っていたように、国民の気持ちは、言葉尻や揚げ足取りの議論ではなく、真面目に現下の課題を議論することを欲しているのだ。だからこそ、私も同じことを繰り返し書いているのだ。

 もう1人のコメンテーターの浅井信雄氏は、自民党が解散に追い込んだとしても、次の選挙で過半数を取れるかどうかは分からないし、第一、自民党が負けたのは永年の自民党政治がもたらした弊害に国民が失望したからだと言っていたが、その通りである。

 ここで、もし、選挙をやったとしても、おそらく民主党は数を減らすであろうが、自民党が返り咲くとは考えられない。他の少数党が議席を得て、政局はますます混迷することにあると思われる。

 アメリカでは、党議に拘束されなくて、議員個人が法案に賛成・反対をできると聞くが、日本もそうなってほしい。それそれの法案に議員一人ひとりが責任を持って討議に参加し、意思表示をするようになると少しはよくなるのではないか。

 いずれにせよ、いつまでも実りのない空転国会を続けるのは経費の無駄になるだけである。即時やめてもらいたい。

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2011年1月30日 (日)

不況のときは恵方巻がよく売れるという

 今週の2月3日木曜日は節分である。節分には、恵方巻を食べようと、スーパーやコンビになどでは、今年の始めから宣伝をしている。

 恵方巻は大阪や兵庫のコンビにのファミリーマートから始まったものらしい。恵方巻そのものは戦前にもあったようだが、商業ベースでやり出したのは1980年頃のようだ。2002年には認知度53%、2006年には92%だと書いてあった。

 私は、恵方巻を一度も食べたことがない。どんな味か食べてみたい気もするが380円前後の金を払ってまでは食べようとは思わない。

 第一、縁起を担ぐのは御免である。聞くところによると、恵方巻の正しい食べ方というのがあって、まことしやかに伝えられている。今年の恵方は名古屋では笠寺観音で、夜にそちらに向かって立ち、ものも言わず、願い事を思い浮かべながらむしゃむしゃ丸かじりで食うのがよいのだとか。

 土曜日に日本語教室があったとき、恵方巻が話題となった。学習者の中にコンビに経営者の奥さんがいて、不況の年にはよく売れるのだと言っていた。恵方巻は縁起を担ぐのだから、せめて何かよいことがあるようにという切ない気持ちが働くのであろう。

 その人のコンビにでは、予約で250本、当日売りで100本ぐらい売れるのだと言っていた。そんなに売れるものかと驚いた。

 関東に比べて関西の方がよく食べられるらしいが、関西でも5割程度のようだ。不況の今年は、食べる人は、どのくらいになるのであろうか。

 ちなみに売れ残ったらどうするのか聞いてみたら、最近では、データがあるので殆ど売りつくすと言っていた。

 

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2011年1月29日 (土)

マジックは銅鉄主義がいい

 ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英教授の「のりしろ思考」という本を図書館で見つけ借りてきました。この本は活字が大きくて行間が広くて、高齢者には読みやすい本です。きっと益川教授の優しい心が反映されているのだと思いました。

 その本の冒頭に、「銅鉄主義とは何か」ということが書いてありました。少し引用します。

 「実験系の研究者がよく使う言葉に『銅鉄主義』があります。ある人が銅を使って実験を行いいい論文を書いた。ほかの人がそれを見て、銅を鉄に替えて同じような実験をやって論文を書く。つまり、人のコピー、真似をすることをいいます。

 したがって、『銅鉄主義』は、「人のコピー、真似をしちゃ駄目よ。』という意味合いで使われます。」

 私は、「銅鉄主義」という言葉を初めて知りました。きっと実験系の研究者の中の用語なのでしょう。

 益川教授は、銅鉄主義を悪いと言っているのではありません。よい場合もあると言っておられます。

 私は、マジックの趣味を持っていますが、マジックでは銅鉄主義がよいと思っています。マジックには、パテントがありません。誰かが素晴らしいマジックを発明しても特許を取ることはないのです。でも、不文律があり、勝手に真似をしたり、よしんばタネを知っても人に教えてはいけないことになっています。

 けれども古いマジックは本に書かれたり、人から人へと伝えられて広がって行きます。そういうものを私たちアマチュアは習う訳です。

 そのときに、教えてもらったものや本を読んで覚えたマジックをそのままやるのではなく、自分流にかえてやるのがよいと思います。演技の仕方によっても見る人に与える印象が随分変わるものです。

 また、同じネタでも、用具を大きくしたり、逆に小さくしたりなど工夫をすることによって違ったマジックに見えることもあります。

 ですから、マジックの場合は、銅鉄主義がよいと私は思うのです。

 

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2011年1月28日 (金)

もう始まった揚げ足取り―野党は真面目に国会で論議すべし―

 格付け会社のS&Pが日本の国債をAAからAAマイナスに一段階格下げした。それについて菅首相は、記者団からの質問に答えて、「それ、今はじめて聞きまして。本会議から出てきたばかりなのでちょっと。そういうことに疎いので、改めて。」と述べたという。

 発言の中で、「疎くて」と言ったことがマスコミや政界で問題視されている。

 テレビニュースで見た限りでは、その通りすなおに受け取っていいと感じた。話し方としても、「疎い」を格付けなどについての知識についての疎さを述べたのではなく、国会から出てきたばかりで情報を知らないということである。

 野党は、菅首相が「疎い」と述べたことにすぐにとびついて、そんな首相だから駄目なんだと首相の資質と結びつけて国会で追及すると言い出した。

 私は、菅首相の味方をする訳ではない。言いたいのは、こういう言葉尻を捉えてまた国会を空転させて欲しくないということである。

 昨日もblogに真面目に真剣に議論をして欲しいと書いたばかりである。野党は、何とかして民主党を追い込んで菅内閣を倒し、解散に持ち込みたいと虎視眈々としている。

 しかし、国会という場は、言葉尻を捉えての議論や失言を引き出す場ではないはずだ。莫大な歳費をもらって国民の代理として国政に携わっているのだ。今、やって欲しいのは、予算や予算関連ぼ法案の審議である。これを真摯に議論して欲しい。

 自民党や公明党などは、国会が始まったばかりなのに、もう、解散に言及している。無責任も甚だしい。そんな体たらくだから、格付け会社になめられるのだ。

 それと、格付け会社について言えば、以前にも書いたことがあるが、これはアメリカの私企業である。勝手にやりたいように格付けをして、それによって為替や株の値段の操作をし、上手に儲けようという魂胆なのだ。

 そのことは、サブプライム問題で世界的に暴露されたではないか。それを忘れてはいけない。格付けなど無視しておけばよいのだ。

 格下げにもかかわらず、円相場は相変わらず円高である。円安になれば有難いことなのに。

 与党、野党は今国会こそ国民の期待を裏切らない審議をしてもらいたいと切望する。

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2011年1月27日 (木)

国会が始まった―揚げ足取りや非難合戦は後回しにして!―

 国会が始まり、菅首相の決意表明の演説も終わった。首相は野党に何とか審議に加わって欲しいという気分のにじんだお願いをした。

 一方、最大野党の自民党谷垣総裁は、この国会で民主党を追い込んで解散に持ち込むと語気を強めた。

 自民党としては、一日でも速く政権を取り返したいと考えていることはわかる。しかし、予算と関連法案の審議をする重要な国会である。ここで、小沢がどうのとか、与謝野がどうのとか、はては菅首相の任命責任だとか、言葉尻を捉えて国会を空転させることだけはやめてもらいたい。

 喫緊の課題は山積している。円高の影響もあって経済は一向に好転の兆しがみられない。雇用情勢は最悪である。予算は借金の方が多い状態が続いている。少子高齢化とそれに伴う問題が荒波にもまれている・・・・・。

 こうした問題をどのようにしてほぐしていくのか、与党も野党も真剣に考えて解決の道筋を見出してもらいたい。

 元はといえば、こうした問題を作り出したのは、永年の自民党政権であり、それを助けた公明党である。今、野党に転じて無責任に言いたいことを言っているが、謙虚に反省してみてはどうか。

 民主党は野党時代に作ったマニュフェストが政権をとってみるととても実行できないと気づいた。いい加減なマニュフェストであったことを露呈したわけだ。そして、打ち出してきたのが、自民党政権時代にやろうとしたことに接近した政策である。今や自民党・公明党と民主党のどこに違いがあるのかが国民には見えなくなってしまった。

 それかあらぬか、大連立などという声も出始めた。菅首相は、法案ごとの部分連合で行くのか、思い切って大連立で行くのか、ブレ管のことだから先行き不透明ではある。

 私は、民主党代表に小沢氏を先に選んでおいた方がよかったのではないかと思う。ねじれ国会とその後の難局は小沢氏なら対処できたのかどうか。もっとも、ねじれを作った原因は菅首相自身の消費税発言だが。

 本題に戻して、民主党内もいつまでも小沢、反小沢で争っている場合ではない。介護問題、医療問題、雇用問題、デフレ対策、社会保障・・・・・やらなければならないことに集中して、真面目な議論を展開してほしい。野次と罵倒の国会中継は恥と知るべきだ。

 本当に危機感があるのなら国民の納得する国会運営を心がけるべきである。それこそが国民の代表として選ばれ国政を負託された者の責任である。

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2011年1月26日 (水)

第12回淡友会書初展を見る

 先日、書家の竹村清泉さんから淡友会書初展の案内が届きました。昨年は来なかったので残念ながら見にいけませんでした。今年で12回になるということでした。

 会場は、中区役所の8階にある市民ギャラリー11展示室で、25日から30日の日曜日まで開かれています。

 竹村さんは、お父様とお母様も書家なのです。元々はお父様の竹村怜泉さんが中心で展覧会をおやりになっていたのですが、今年から息子さんの清泉さんが中心になられました。

 怜泉さんのお姿が見えないのでどうしたのかと思いましたら、89歳のご高齢で足が弱られたのだそうです。「頭はしっかりとしていますが、足が不自由で困っております。」と清泉さんが言っておられました。お母様の竹村帰舟さんはお元気でした。

 怜泉さんは、例によって法帖に書かれた習作も展示をしておられました。とても高齢者とは思えない素晴らしい筆致でした。

 他には、端渓などの硯や古墨も展示してありました。

 展覧会は、1室だけの小さなもので、清泉さんや怜泉さんや帰舟さんが数点ずつ作品を展示され、他にお弟子さんたちの書も展示してありました。小学生や中学生のお習字の作品も1つの壁面に展示してありました。

 竹村さんは、独立の書家です。古典を勉強されて自分の書法を確立しておられます。本当に素晴らしいことだと思います。

 私と竹村さんが知り合ったのは、私の教え子の父の中国人の張さんの縁でした。不思議な縁です。

 怜泉さん、帰舟さんには健康に気をつけてこれからもよい作品を制作して行って頂きたいと思います。

 竹村清泉  吾唯知足  墨色と紙の色がマッチし、踊るような筆致です。独特の 字の崩しが素敵です。

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中三生徒 光陰如矢  力強い筆遣いで書かれています。

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2011年1月25日 (火)

いつの間にかカラオケ8年半

 一昨日、今年になって初めてカラオケに行きました。私の行きつけのカラオケ店は「カラオケ村四季」です。桜山の南の藤成通5丁目にあります。

 このカラオケ店は、カラオケバーです。席はカウンターです。だいたい10人ぐらい入ると満席になります。ママさんは、インテリです。

 ママさんと話していたら、「カラオケを始めてこの7月で9年になるんですよ。」と言いました。私は、「エッツ?」と一瞬耳を疑いました。「9年?そんなはずがない。」

 私は、ママさんに、「そんなことはないでしょう?まだ5年余りでしょう?」と言いました。ママさんは、「いいえ、9年です。」と強く言いました。

 私の中では、どう考えても5年余りでした。4年ほどの差があります。「嘘でしょう?絶対5年ちょっとですよ。」と言いました。ママさんは、9年になると断言しました。

 「それじゃ、4年損したことになる。」と私は言いました。心の中では、4年も一気に進んだ感じでした。「まるでタイムカプセルに入っていたみたいだ。」と言いました。

 そもそも、私がカラオケに行き始めたのは、Oさんという私より若い友人が何度も強く誘ったからです。それで仕方なしに行ったのでした。

 それまでは私はカラオケが大嫌いでした。理由は、高い声が出ないことと、演歌を知らないことでした。演歌を知らないということは、カラオケで歌える歌を知らないということです。唯一歌えたのは、岸洋子の「希望」でした。

 Oさんについて、カラオケに行くようになって、カラオケではキーの高さを変えられることを知りました。そして、だいたい-2ぐらいにすると歌えることがわかりました。それで少しずつカラオケに慣れ、だんだんとはまっていきました。

 そのうち男声合唱団を作って参加し、さらに第九合唱をするようになり、徐々に声の出し方や腹式呼吸を学んでいきました。

 今でも高い音には苦労しますが、声は腹から出せるようになりました。レパートリーも少しずつ増やしました。カラオケではだいたい他の人は演歌を歌います。若い人は若い人の歌も歌いますが、私が行く店では、年配者が殆どですから演歌が主流です。

 でも、私は演歌をあまり好みません。それでオールディーズから主としてアメリカの歌やシャンソンなどを覚えました。

 英語の歌、中国語の歌も覚えました。「MY WAY」 はオハコです。昔、男性が「愛の讃歌」を歌うのを生で聞いたことがありますが、あのように歌えたらいいのに・・・・と思ったものです。それが今では、歌えるようになりました。

 女声の歌でも、越路吹雪や岸洋子や美空ひばりの歌はキーを下げなくても歌うことができます。

 私は、メロディのきれいな歌が好きです。ですから、昔の歌が好きなのです。そうそう、秋元順子の「愛のままに」もキーを変えずに歌えます。女性でも声が低いのですね。

 そういう訳でレパートリーも80曲ぐらいになりました。実際はもっと歌える歌があるのですが、演歌は殆ど歌いませんからそんなところなのです。

 かなり以前にバッグパックでカナダを旅行したときに、いろんな国から来た人と話したことがありますが、フィンランドとかノルーウエイとかの国にもカラオケがあることを知り驚いたことがあります。もちろん私はカラオケはやっていませんでしたが。

 カラオケは、各国の言葉にも入っているのです。日本のアニメと共に世界に広く受け入れられている日本発の文化なのです。

 という訳で、毛嫌いしていたカラオケに親しむようになってよかったと思っていますが、それにしても9年近くになるとは!

 ママさん、ホントに9年になるの?

 

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2011年1月24日 (月)

腰のMRI撮影

 日本全国に大雪が降り、名古屋も積雪10Cmもあった頃から腰が痛くなりました。寝床から起きるときとか、何かの拍子にキクッと腰が痛むのです。それで次の日に寒くて雪が積もっていましたが、整形外科に行きました。

 腰の痛みは、持病のようなもので、年に2回ぐらいは痛くなります。いつものがまたひどくなったと思いました。整形外科では、痛むところに電気刺激を加え、腰を温め、ウオーターベッドでマッサージをしました。

 3日目に、また医者の診察があり、一度MRIを撮ることを勧められました。私は以前に頭部のMRIを撮ったことはありますが、腰は初めてでした。偶然その日に空きがあったので、滝子にある名古屋医師会の検査所に行きました。

 腰のMRIでも体は頭からすっぽりと器械の中に入りました。音がやかましいのでヘッドホーンをつけて入りましたが、器械の音は相当にうるさいものでした。

 結果が出るまでに1週間ぐらいかかるという話でしたが、意外に速く、数日でわかりました。医者は、レントゲン写真のような物をみながら、「腰の関節の辺りが2箇所狭くなっている」と言いました。そして腰部脊椎管狭窄のパンフレットをくれました。

 痛みが出てからは普通のコルセットをしていました。ひどくなると堅いコルセットを作ってはめると言いましたが、今回は少し様子を見ることになりました。

 今のところ毎日整形外科に通って、電気と腰の温めとウオーターベッドをやっています。

 昨日、あるところで話をしていたら、脊椎管狭窄症で手術をしたという人が2人もいました。一人は女性でしたが、脊椎に輪が入っていると言いました。2人ともブロックはしても効果がないと言っていました。また、体を後ろにそらすことはやってはいけないと言いました。

 私もそうですが、医者は加齢によってそうなるのだと言ったそうです。脊椎管が狭くなるのです。65歳以上の2人に1人はこの病気にかかるようです。おそらく完治はしないと思いますし、少しは痛みが軽減してもときどきひどくなるのだろうと思っています。                                   

 

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2011年1月23日 (日)

(株)関東法務事務局のご注意

 一昨日、私の携帯に関東法務事務局なるところからのemailが入っていた。受信したのは昼頃だったらしいが、それに気づいたのは夕方であった。私はすぐに友人たちにに見せた。みんなはパソコンでランダムに送りつけているのだから無視せよと言った。しかし、文面はどう見ても脅迫である。

 当日も次の日も忙しかったので夕方最寄の警察に届けた。警察ではやはり無視せよと言った。念のために電話をしてくれたが通じなかったという。おそらく私の電話からなら通じるのだろうと言ったが、電話をしてはいけないと言った。

 帰宅してから、「関東法務事務局」で検索したらいっぱい出てきた。そのmailの内容も全く同一であった。違うところは、担当者名だけであった。

 それにしても、「関東法務事務局」とは何とも紛らわしい名称である。(株)とついているのでおかしいと気づいたが、見逃せば法務局からのmailかと思ってしまう。

 公的機関からは、emailを使ってこのような文書を送ることは絶対にないということだ。仮に郵便で来たとしても、心当たりがなければ警察に届けることが大事である。

 要するに、新手の振り込め詐欺なのだ。

 以下に、全文を載せておくので、気をつけて欲しいと思う。

(株)関東法務事務局
(注)重要事項
TEL03-○○○○-○○○○
担当の◎◎と申します。早速ですが、本題に入らせて頂きます。
お客様がご使用中の携帯電話端末より、認証ネットワーク事業者センターを介し以前にお客様がご登録されました
『有料総合情報サイト』
『特典付きメルマガ』
『懸賞付きサイト』
『SNSサイト』
等におけるご使用についての有無を確認させて頂きたい為、お手数では御座いますが至急御連絡下さいますようお願い致します。(すぐに退会手続きが必要になります。)
御連絡頂けない場合は使用とみなし、即刻以下の手続きに入らせて頂きます。
放置されますと携帯電話の強制解約、その他各金融機関のブラックリスト、又は解除が対象になります。
現状
1、無料期間内等で退会手続きが完了されていない。
2、ご登録料金及びご利用料金が発生している。
3、料金未払いとなった状態のまま長期間の放置。
このままの状態ですと以下のことに該当します。
当社はサイト運営会社より依頼を受けまして、料金滞納者の身辺調査などを主に行っております。本通知メール到着より翌営業日までに御連絡を頂けない場合には、ご利用規約に伴い。
①個人調査の開始 悪質な場合は身辺調査の開始
②各信用情報機関に対して個人信用情報の登録
③法的書類を準備作成の上、即刻法的手続き(強制執行対象者等)の開始
④各信用情報機関のブラックリスト以上の手続きに入らせて頂きますので予めご了承下さい。
ご使用の有無、退会手続きをご希望のお客様は、担当◎◎までお問い合わせ下さい。尚、本通知は最終通告となります。
トラブルとなる前に至急ご相談下さい。
営業時間、月曜~金曜午前10時~午後7時迄
土曜午前10時~午後6時迄、日曜日=休日
(株)関東法務事務局
TEL03-○○○○-○○○○
担当 ◎◎

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2011年1月22日 (土)

細木数子の占い料1件10万円とは!

 サンデー毎日を医院の待合室で読んでいたら、「忘れられた日本人」という欄があり、細木数子を取り上げていた。それによると、細木数子の講演会の参加費は1万円で、個人的に占ってもらうとなんと10万円だという。ある1日の講演会を取材したら、占い料が10万円だそうだ。信じられないような金額である。 その記事によると彼女は、その日一日で数千万円稼いだことtになるのだという。

 占いは世界中にある。星占い、カード占い、筮竹による占い、手相占い、名前占い・・・・いろいろある。占いが好きな人は古今東西無数にいるようである。

 「黙って座ればぴたりと当たる」といううたい文句もある。しかし、私は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というのが当を得ていると思う。だからこれまでに一度も自分から占ってもらったことがない。

 私は、これまでに「出世する」と言われたことが二度ある。最初は、幼少時に近所のガラス屋の小父さんから言われた。二度目は、50台の終わりに大徳寺の和尚から言われた。だがどちらも当たらなかった。

 だが、当たったのもある。それは、知人が「あなたは金は儲からない、」と言ったことだ。占いの好きな知人が2人いて2人ともそう言った。私は「どうして?」と聞いたが理由は秘密だといって言わなかった。けれども、確かに当たっている。私は金には縁がないのだ。

 昔、浅野次郎という人がいて一時売れたことがある。そのときに彼が書いた本を買って読んだことがある。大学生であった頃のことだ。その本には10円玉でも占えると書いてあった。確か陰陽法による占いであった。

 それにしても細木数子の占い料はベラボウである。1回10万円もよく取れたものであると思うが、それでも占って欲しいという人がいるから成り立っているのだ。

 そんな彼女をテレビは長い間使っていた。テレビに出ることでますます知名度を上げて高い占い料を取れるようになったのであろう。いくら視聴率を稼ぐからと言って、そういう占い師を使うテレビの罪は大きい。

 

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2011年1月21日 (金)

お節料理を作らない家庭が32%?

 医院の待合室にある週刊文春を読んでいたら、いろいろな家庭のお節料理の写真が載っていました。お節料理について毎年調べているようでした。

 その調査によると、お節料理を作った家庭は68%だとか。もちろん正確な調査は出来ませんから、統計学的な処理をしての推定値だと思います。

 この数字をどう見るかは人それぞれだと思いますが、三分の一強の家庭では御節を用意していないというのは意外でした。

 暮には、デパートやスーパーなどでお節料理の宣伝を盛んにやっていました。いったいどのくらいの家庭でそういう出来合いを買っているのか知りたいところです。

 週刊文春の写真では、家庭で作ってもかなり貧弱なものとか従来のお節にはない品が主流とかいろいろありました。

 評論家のコメントでは、この頃は、ご馳走というのは自分が食べたい物がご馳走なのだというようにご馳走の捉え方が変わってきたのだそうです。

 私が子どもの頃は、ご馳走というと決まっていました。いわゆるハレの日の特別な食事でした。お正月、お祭り、誕生日、お祝い事などの時にはご馳走が用意されました。

 正月のお節料理も母の手作りで、母が受け継いできたやり方、作り方、品揃えでしたが、伝統的な黒豆とか数の子とか昆布巻きとかなますとか蒲鉾とか・・・・は必ず作られました。

 我が家では、最近は焼き豚とかハムのような西洋系も加わるようになりましたが、伝統的な品は欠かせません。

 子供が成長するまでは、妻が、クリスマスの頃から準備をしていろいろと作って大忙しでした。最近は、手抜きをして簡単になりました。

 子どもの頃のお祭りの定番はお寿司でした。お祝い事には茶碗蒸しが定番であったと思います。戦争中に食料が欠乏して手に入らなくなりましたが、ある日父が「茶碗蒸しはうまいんだよ。」と言ったのがその如何にもうまいという言い方と共に今でも忘れられません。

 正月のお節料理が作られない理由のもう一つは、孤食が増えていることだといいます。1人暮らしの高齢者はともかくとして、子供がいる家庭でもばらばらに食事をする家庭が増えているのです。この傾向は今に始まったことではなく、私が働いている頃に既に耳にしていました。

 折角のお正月も家族がばらばらでは何とも淋しい限りです。家族の中から人とのつながりが消えて行っている訳です。

 食事を家族みんなですることを大事にしてほしいものです。

 

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2011年1月20日 (木)

ジャパンシンドローム

 NHKの朝のニュースで17日からジャパンシンドロームを取り上げている。高齢化社会、少子化による人口の減少によって、経済の低迷、介護・医療、社会福祉などにさまざまな問題を引き起こすことが憂慮されている。それを指してジャパンシンドロームというようだ。世界に先駆けて日本に起きている現象なのでそう名づけられたものらしい。

 結婚をしない人や出来ない人の増加で人口の減少が進み、一方高齢化が急速に進んでいることは以前から言われていた。高齢化の中で1人暮らしのお年寄りが増えて、孤独死などが問題になった。

 今回の大雪でも、1人で雪下ろしをしていた高齢者が亡くなった事故が何件もあったという。雪下ろしは1人でやっては危険だというが、他に頼める人がないので仕方なしに1人でやらなければならないのだ。

 高齢になって健康に問題を抱えると外出もままならなくなる。すると都会では人とのつながりが希薄だから、どうしても買い物とか医者に行くなどのことでも大変である。

 18日には、年金生活になってから外国に移住する人が増加していることを取り上げていた。タイに行った家族は老親を連れて行き、お手伝いさんを月に15000円で雇って家事や介護をやってもらっていると言っていた。それでも月に20万円ぐらいだそうで、年金で十分賄えると言っていた。そういうやり方も1つの手かもしれない。

 19日は、若者の内向き志向についてであった。留学する学生が46%も減少しているのだという。(何時を基準にしたのかは忘れた)これも新聞等で前から指摘されて来たことである。その原因が、リクルートの時期の問題や留学してもキャリアとして認めてもらえないことにあると言っていた。

 今年の大卒の就職内定率は68.5%ほどだという。大学は出たけれど・・・・という厳しい状況が続く。また、大企業の一部では既卒者も新卒と同じ扱いにするところが出始めたそうだ。これはよいことだ。

 外国への留学生を増やすために就職希望者の採用条件を改めることは必須であろう。

  江戸時代の終わりには、3000万人程度であった人口が1億2000万人にまで増えて、今また、減少し始めたというのだが、人口が減ってもよいではないか。

 ジャパンシンドロームにたじろぐ前に、例えば定年後も働きたい人や働ける人や技術を持った人などを再雇用していくことや女性が働けるような職場を作ることにより人口減少に対処すべきであろう。

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2011年1月19日 (水)

ドラゴンズの必勝祈願と仏教の”神”

 中日ドラゴンズの選手たちが犬山の成田山で必勝祈願をしたとテレビのニュースが伝えていた。

 犬山の成田山は成田山別院大聖寺といい、真言宗智山派の成田山新勝寺を本山とする。本尊は、不動明王である。

 不動明王は、お不動様と呼ばれて親しまれているが、もともとは不動明王という仏を先につくり、後で不動経というお経を創作してできたものだという。

 仏の位でいえば、最高位が「如来」で、次が、「菩薩」で、第3位が「明王」、第4位が「天」である。

 如来は「真如から来た者」という意味で、如来には、よく知られたものとして、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来などがある。このほかにもいろいろな如来がある。

 菩薩は、如来になるために修行中の身で、よく知られた菩薩には、弥勒菩薩、観世音菩薩、文殊菩薩、地蔵菩薩などがある。菩薩には修行の段階として、「妙覚」以下52位階があるとされる。次に如来となるのは、弥勒菩薩で、56億7000万年の修行の後現れるといわれる。

 如来になるのを否定した菩薩もあり、観世音菩薩、文殊菩薩、勢至菩薩などがそれで、菩薩のままで人びとを助ける活動をするという。

 明王は、「仏の知恵を身につけた偉大な人」という。大日如来の命を受けてまだ仏に帰依していない人びとを帰依させる役目を持つとされる。日本で盛んに信仰うされている。不動明王、愛染明王、その他いろいろある。

 ”天”は、バラモン教の神々が密教に取り入れられて仏教の守護神となったものだそうだ。帝釈天、大黒天、持国天、増長天、韋駄天などいろいろある。

 こうしてみると、仏教も随分たくさんの神の類を取り入れたことがわかる。

 ドラゴンズは、昨年は確か熱田神宮に行ったと思うのだが、今年はなぜか成田山で必勝祈願をした。ということは、不動明王にすがったということである。不動明王に優勝を助けるご利益があるのかどうか不明である。要するに、どこかに祈願をしておけば安心だということなのだろう。

 ここにも、日本人の信仰に対する曖昧さが垣間見られる。

 ところで、毎年どの球団も必ず必勝祈願をするが、優勝するのは1リーグで1球団だけである。つまり、神の加護の確率は六分の一ということになる。日本一になるには、12分のⅠである。昨年の神様はドラゴンズよりロッテの神様の方がご利益があったということなのか?

 だから中日ドラゴンズは今年は祈願の相手をかえたのかもしれない。成田山のお不動さんは、果たしてどんなご利益を与えてくれるのであろうか。

 

 

 

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2011年1月18日 (火)

感動した葉書―戦地から妻を思いやった―

 14日の「探偵ナイトスクープ」で、1枚の葉書を取り上げていました。葉書の持ち主は阪本征夫さんという62歳の人です。阪本さんのお父さんは、フィリピンのレイテ島で戦死をされました。そのとき阪本さんは母親の胎内にいましたが、そのことを父親は知っていたのだろうかということを知りたいということでした。

 手がかりは、1枚の葉書です。父親が戦地から母親宛に送った葉書なのですが、84歳で亡くなった母親が生きている間に何度も取り出して読んだので鉛筆で書かれた字が殆ど消えてしまい読めなくなっていたのです。それで阪本さんはその葉書を何とか読むことが出来ないかと思い探偵ナイトスクープに依頼をしたのでした。

 田村ケン探偵は、拡大コピーを試みたり、CGのプロに頼んだりしますが、肝腎のところを読むことはできませんでした。それで奈良にある国立文化財研究所に行って相談をしました。

 研究所では、鉛筆で書かれているのでひょっとして読めるようになるかもしれないと言いました。スタッフを集めて技術を駆使して試みてくれました。そして殆ど解読が出来ました。

 葉書には、インクとペンを持ってこなかったことを後悔した文がありましたが、インクでなかったことが幸いだったのです。

 葉書には、身重の妻を思う気持ちが溢れていました。お互いに元気で生きて戦地から帰れたら、また新婚のような生活をしようねと書いてあり、最後に3首の短歌が書いてありました。

  酔ふ心君に訴ったうことばかり ただに言えない我が胸の内

  頼むぞと親兄姉に求めしが 心ひかるる妊娠の妻

  駅頭で万歳叫ぶ君の声 胸に残らむ昨夜も今朝も

 最後の短歌3首と、「身重」の字が殆ど消えてしまっていたのでした。阪本さんは父親が妊娠を知っていたことを知り安堵しました。

 この葉書は、検閲をおそれて台湾で出されたもののようだということです。母親は女手1つで苦労をして子どもを育てたのですが、ときどき葉書を読み返しては夫への思いを募らせたのだろうと思われます。

 戦後65年、この1枚の葉書は、戦争によって引き裂かれた一般大衆の悲劇を如実に語っています。そして二度と戦争をおこしてはならないという気持ちを強くさせてくれます。

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2011年1月17日 (月)

菅第二次改造改革が発足したが

 14日に、菅第二次改造内閣が発足した。驚いたのは、立ち上がれ日本の共同代表であった与謝野氏を経済財政・社会保障・税改革の担当大臣にしたことである。

 与謝野氏は、これまで民主党を厳しく批判していたし、自民党の比例代表区で当選した人である。それなのに菅首相は重要ポストに迎え入れたのだ。

 菅首相が、消費税増額を含む税制改革をやりたいと思っていることは、これまでの言動からも分かってはいた。

 参議院選挙で大敗したのも消費税の増税に触れたからであるが、そのことは民主党の総括からは省かれてしまった。菅首相としては、やはり消費税の増税はやらなけらばならないと思っているのである。

 与謝野氏は、もともと消費税を10%にすべきだと言っていたし、社会保障制度についても改革すべきだという立場である。

 官房副長官に就任した藤井氏は与謝野氏と話し合ったが意見の相違はないとNHKのインタビューで話していた。藤井氏が官房副長官になったのは与謝野氏との連携を目指しているからであろう。

 将来的には社会保障に当てることを目的としての消費税の増額は避けられないのかもしれない。しかし、その前に税金の無駄遣いを徹底的に洗い出すとか、国会議員などの歳費を見直すとか、天下りや無駄な補助金を廃止するとかなどやらなければならないことがいろいろあるはずだ。アメリカ軍駐留への思いやり予算だって大幅に減額すべきであろう。

 民主党は、野党時代に作ったマニュフェストが現実にあわないずさんな物であったことを認めたのかマニュフェストの見直しを言い出した。中日新聞の社説ではそれについて「詐欺」だと手厳しく批判している。本当に詐欺としか言いようがない。野党のときは、受けを狙って言いたいことをいったのであろうが、実際に政権を担当したらそれどころではなかったと言いたいのだろう。

 これは他の野党にも言えることである。野党の立場では外野から勝手なことを言うことが出来るが実際に政権を担当すると外から分からなかったこともあるのだ。

 それについては、自民党や公明党は政権を担当していたのだから、その辺の事情が分かるはずだ。だとすれば、闇雲に民主党を批判するだけが能ではあるまい。通すべき国民のための法案は協力して通すべきである。

 自民党・公明党は、問責決議案についても、かつて無視したことを棚に上げて執拗に仙谷前官房長官や馬渕国交相を辞めさせることをせまったが勝手な話である。

 菅改造内閣の行く手は多難が予想される。いったいどうなるのか目が離せない年になりそうだ。

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2011年1月16日 (日)

ウーマノミックス―女性の活躍する場の拡大が大事―

 11日のNHKクローズアップ現代では、いつもより時間を延長して、「ウーマノミックス」について取り上げていた。Wooman+Economicsを合わせた造語だという。

 女性の働きやすい職場環境作りをすることと女性を管理職などにどんどん登用することによって女性が持つ力を引き出すことが大事だということであった。

 女性が活躍する国ほどGDPが上がるというデータも示していた。それによると日本は一番悪い方であったし、女性の活用でも120番目より下であったと思う。

 これから人口が減り、高齢化し、労働力が減少することが危惧されているが、女性を社会にもっともっと進出させることで労働力を補うだけでなく、男性にない女性の発想力や仕事への対応によって、新しい発展を期待できる。実際番組では、女性の活躍で業績が上がった例などを紹介していた。

 人口の過多な中国でさえ夫婦は共働きだし、今経済発展中のインドでも女性が働いている。

 先日の新聞によると、若い女性は以前のように主婦志向が増えているのだという。男性に稼いでもらって自分は家庭を守るという我々の時代の考え方に回帰しているよすだ。

 これは大変もったいない話である。私は、女性は男性以上に素晴らしい能力や脳力を持っていると思う。

 文化的な興味は断然女性が強い。コンサート、観劇、展覧会などに行くのは女性が多い。余暇の文化活動や学習活動に参加するのも断然女性が多い。

 そういう女性のパワーを仕事に活用することが大事である。男女雇用機会均等法や同一労働同一賃金の法もできているが、もっと工夫をして、本当に女性が働きやすい仕組みをつくることが大事である。

 

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2011年1月15日 (土)

神への疑問―所詮イワシの頭も信心から―

 今年の新年は各地の神社は参拝客で大賑わいで、昨年パワースポット人気が出た伊勢神宮を始め熱田神宮なども史上最高の人出であったようです。

 滅多に初詣に行かない息子も今年は熱田神宮に行き、人出の多いのに驚いて帰ってきました。

 経済が相変わらず低迷していて大学生や高校生の就職内定率が史上最低となるなど、人びとに不安があるので苦しいときの神頼みとなるのでしょう。

 日本は神代の昔から神様の信仰があり、その後仏教が渡来して仏教も信仰するようになりましたが、早くから神仏習合が行われ、共存してきました。江戸時代のように時の権力によって仏教が強制されたり、明治時代のように、逆に廃仏毀釈で神様が強制されたりということはありましたが、綿々と共存を続けています。

 私は、仏教も偶像崇拝が取り入れられて以来、神様と同じだと思っています。だからこそ八百万の神がまします日本では神仏共存が出来たのだと思うのです。

 考えてみれば、日本人の宗教感覚は大変ファジーでご都合主義で便利です。TPOに合わせて自由に替えられます。

 安産のお願い、宮参り、七五三、お祭り、初詣、地鎮祭・・・・全て神様です。葬式、法事、墓参り・・・・普通は全て仏様です。そして、近年は結婚式は、神前ではなく、キリスト教会で挙げる傾向があります。

 世界には、仏教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の他に、ユダヤ教やヒンズー教のような宗教や土着の宗教もたくさんあり、それぞれ信者をもっております。

 中でもキリスト教とイスラム教は、同じルーツ(神)なのにお互いがいがみ合っています。

 それはともかくとして、信仰する宗教によって神が違う訳です。これは厳然たる事実です。そこで素朴な疑問をもつのですが、ある神を信じる人にはその神のバチが当たってもそれを信じない人にはバチは当たらないということです。もちろんご利益も同じで、その神を信じる人にはご利益があるが信じない人にはないということになります。

 ということは元々神様なんていないのだということの証明になるのではないでしょうか。たまたま自分に都合のよい神様を信じるとか、たまたまその宗教の国で生まれたからとかいう偶然性が大きいし、簡単に宗教を替えたりできるのもそうです。他の神様に替わったからといって元の神様がその人に罰を与えたという話は聞いたことがありません。

 人間は不安だから何かに頼りたい・・・・だからそこに神様が入り込むわけですが、元々はといえば人間の誰かが作り出したものに過ぎません。

 まさに「イワシの頭も信心から・・・」なのです。

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2011年1月14日 (金)

JR高島屋で「親鸞展」を見た

 昨年12月に、Fさんから親鸞展のチケットをもらいました。なかなか出かける時間がなかったのですが13日にようやく出かけました。

 会場はJR高島屋の10階にある催事場でした。行ってまず驚いたのは、凄い人出であったことです。入り口から大変な混雑でなかなか見ることができない状態でした。

 ただ、助かったのは、展示がわかりやすく設営されていたことです。それで説明を読みながらじっくりと見ることが出来ました。

 親鸞は9歳のときに出家をし(というか家庭の事情で寺に預けられた)90歳まで生きたということは知りませんでした。あの時代、90歳まで生きるのは大変な長生きですが、奥さんの恵信尼も85歳まで生きていますから大したものです。

 親鸞展を見て一番心に残ったのは、親鸞が阿弥陀如来像ではなく、掛け軸に自分で書いた「南無阿弥陀仏」という名号を信仰の対象としたということです。おそらく阿弥陀如来が全ての衆生を救済し必ず極楽浄土に往生させるという教えを堅く信じたからなのだと思いました。親鸞にとって、仏像はどうでもよかったのだと思うのです。

 姿は見えないけれど「南無阿弥陀仏」と唱えれば往生できるということが大事なのです。会場には次の言葉が大きく書いてありました。

   本願力にあいぬれば

   むなしくすぐるひとぞなき

   功徳の宝海みちみちて

   煩悩の濁水へだてなし

 功徳とは阿弥陀如来の慈悲と智恵です。

 天台宗の僧として、千日回峰などの厳しい修行をしたであろうと言われる親鸞が天台宗の修行の中で得心が行かず外に出ます。そこで法然に出会い、その教えに共鳴をしました。

 法然は後鳥羽上皇の怒りに触れて追放されますが、親鸞も同調者として追放されます。そして北陸から新潟のほうに行き、その間に豪商の娘と結婚します。これは僧の身でありながら妻帯した最初だと言われます。そのためか浄土真宗では以後妻帯をするようです。また、親鸞が追放の間散切り頭であったので、多くの真宗の僧は今に至るまで頭髪を伸ばしているようです。

 親鸞は追放を許されてから関東地方に教えを広めて多くの同調者を得ました。説明によりますと435名もいたということです。しかし、彼自身は弟子を採りませんでした。押しかけの自称弟子を同行として認めただけでした。それも立派だと思いました。

 後に真宗は天皇などの権力と結び巨大な宗団となり今日に到っておりますが、果たして親鸞の望むとところであったかというと大きな疑問があります。彼の本当の信心からすると、民衆を救うことが目的であって、権力の庇護を受けることは考えなかった筈です。

 私は、法然や親鸞の阿弥陀信仰に賛同するものではありませんが、南無阿弥陀仏を唱えることで誰でも往生できると説いたことの功績は認めます。

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2011年1月13日 (木)

食べるラーユの仲間

 正月過ぎにサティに行ったときに「食べるラー油」と「かけて食べるラー油」の半額セールをやっていた。「食べるラー油」は110g入りの小瓶で850円もするのが半額であった。「かけて食べるラー油」は倍の220g入りの瓶が同じぐらいの値段であった。それで「かけて食べるラー油」を買って帰った。

 昨日サティに行ったら、「食べるラー油」の半額セールをまたやっていた。私は、「食べるラー油」をまだ食べたことが無かったので買おうかと迷ったが、半額でも高い感じなのでやめた・

 食品売り場を見て回ったら、別のところで「ゴチ旨 ウマッ うまっ」という旭川市で作られたラー油が110g瓶で99円で特売をしていた。それで試しに2個買って帰った。

 私が、食べるラー油を知ったのは、昨年5月に東京に行ったときであった。築地市場に「築地食べるラー油」を売っていた。110g瓶で確か550円であった。それを買って帰って食べたのが初めてであった。なかなかおいしいと感じた。

 その後似た様な製品を何回か買って食べた。中には岐阜県の明智町で作られたものもあった。また、メイド イン タイワンの「振りかけて食べるラー油」というのも買った。

 昨年は「食べるラー油」ブームで、年末には流行語の中にも入ったぐらいである。わかったことは、どうやら「食べるラー油」というのは、商標登録をされているらしいということであった。類似品はみな違う名称をつけていた。「食べるラー油」という商品名で売っているのは1つだけで、みんな思い思いのネーミングである。材料や名前が違えば商標違反にはならないということなのだろう。

 類似品は、製品によって個性ある味を出していた。ただ本家の「食べるラー油」は食べたことがないのでなんとも言えない。しかし、850円は高すぎないかと思う。

 ブームはもう去ったのかどうか知らないが、新年早々安売りが続いている。

 桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油 110g【600個限定】

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2011年1月12日 (水)

鯨の肉の刺身を食べたがおいしかったです

 暮に柳橋の食品卸売り市場に行ったとき、たまたま鯨の肉を売っているのを婿が見つけました。鯨肉は最後の1パックが残っていました。鯨の肉は、赤い色をしていました。刺身でも食べられるということでした。鯨の肉が好きだと婿が言うので買いました。

 その晩塊の半分を小さく切って刺身で食べました。とても柔らかくて匂いも殆どありませんでした。

 私は、子どもの頃は、いつも鯨の肉を食べていました。なぜなら鯨の町、紀州太地が近くていつも鯨の肉を売りに来たからです。行商のおばあさんが、頭の上に鯨肉を入れた平たい桶を載せて売りに来ました。

 鯨の肉は、ゴンドウ鯨とかマッコウクジラとかいろいろありますが、土地の人はイルカも鯨の仲間なのにイルカを鯨とは言っていませんでした。ですから、私はずっとイルカはイルカ、鯨は鯨だと思っていました。

 おそらく、イルカは体が小さいことと肉に独特の臭みー大学に入って家庭教師先で鴨をご馳走になったときに、イルカの匂いに似ている!と思ったものですーがあるからでしょう。

 行商のおばあさんは、「イルカ要らんかのーし。」と、独特の節回しで売りに来ました。「イルカと要るかをかけたところが面白い」と思ったものです。

 イルカの肉は匂いの他に脂があって、フライパンで煮るととてもおいしい物でした。それに鯨よりずっと安かったのです。もちろん鯨の肉も買って食べましたが、それはちょっとご馳走という感じでした。

 子どもの頃は、牛肉や豚肉を食べるのはよほどのお金持ちの家だけでした。鶏肉専門の店があってカシワを売っていましたが、鯨より高いものでした。そういう訳でイルカと鯨は大事な代替品でした。

 土地の人たちは、鯨の肉を刺身で食べることがよくありました。鯨取りの基地の太地が近いので新鮮だったからでしょう。でも、私の家では刺身は食べませんでした。いつも火を通して食べていました。

 ですから、鯨の刺身を食べたのは今回が初めての経験でした。こんなにおいしいのなら刺身も食べておけばよかったと思いました。父や母は食わず嫌いだったのでしょう。

ー赤いのが鯨肉ー

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2011年1月11日 (火)

心の温まる記事―大雪渋滞 沿道にぬくもり―

 9日の朝日新聞朝刊社会面に「大雪渋滞 沿道にぬくもり」という記事が載りました。「五線譜」というコラムがあって、いつもちょっとした心の温まる話を載せているのですが、その拡大版ということのようでした。

 大晦日から元日にかけて日本海側で大雪が降ったところが多くありましたが、中でも山陰地方の鳥取県辺りは、米子市で観測史上最大の89cmもの積雪を記録したとのことでした。

 この大雪で国道9号線が通行不能となり、1000台もの車が25kmにわたって立ち往生しました。このニュースはテレビでも放送されましたが、そのときに琴浦町の祇園さんとか小谷さんとか山本さんが助けに立ち上がったのだそうです。

 渋滞で困るのは、まず、トイレです。私も一昨年山口県にバスツアーで行ったとき、大雪の渋滞を経験しました。やはりトイレが困りました。そのときはじりじりと動いてはいたのですが、山の中の小さな店の前で何人か降りてトイレを借りました。その人たちは後から歩いてバスを追いかけてきました。

 今度の場合は完全に雪の中にストップです。男性はその辺で立ち小便が出来たでしょうが、女性や大便は困ります。祇園さんは「トイレ」と書いた看板を見えるところに出して自分の仕事場のトイレを解放したり、赤ちゃんのミルク用のお湯を提供したりしたそうです。

 パン屋の小谷裕之さんは、母親に頼んで自宅にあった1俵の米を炊いてもらい、近所の女性に役場に集まってもらっておにぎりを作って配ったそうです。

 お菓子屋の山本浩一さんはまんじゅうを1200個も配ったそうです。日が暮れてからバナナを配って歩いた人もいたとか。

 大雪の中で食べ物や飲み物を手に入れることができないときにこうした助けはどんなに有難いことでしょう。こういう温かい人情がまだ琴浦町には残っているという話ですが、本当に心の温まる話です。

 翻って自分だったらそうしたであろうかと思いました。その場になってみないと分かりませんが、多分できなかったであろうと思ったことです。本当に困ったときに助けることが出来る人にならなければと思いました。

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2011年1月10日 (月)

失われた20年の中で成長した新成人に思う

 9日のサンデーモーニングの「風を読む」で、新成人のことを取り上げていました。その中で、新成人は「失われた20年の中で成長した」ということを知りました。

 考えてみれば、確かにその通りです。バブルがはじけて以後に生まれ、日本経済が失速し、山一證券などが倒産した時期がありました。その後もサブプライム問題やリーマンショックで100年に一度の世界的不況になりました。生まれたときからよいことは無かったともいえるようです。

 私が、成人式を迎えたのは戦後10年たち、日本も朝鮮戦争特需をへて焼け跡の貧困から抜け始めたときでした。成人式というのもまだ始まったばかりで、市の公会堂で開かれた式には出席しませんでした。

 その後、池田首相の所得倍増論、東京オリンピック、大阪万国博覧会などがあって、高度経済成長で経済は上向きでした。今から思うとチャンスの多い面白い時期であったといえます。丁度、今の中国のような時代を経験できたのです。

 バブルがはじけてから退職しましたから、失われた20年は年金だけが頼りの生活です。多分、年金をもらえる最後の世代になるのかもしれないと思います。

 それに対して子どもたちの時代は、高度成長とともに成長して、バブルがはじける頃成人式を迎えました。欲しい物は手に入り、わがままな自己中心の人間が出来たと言われました。しかし、成人後は失われた20年で希望のもてない日々を送っています。

 多くの若者がフリーターや派遣社員や引きこもりになりました。そして結婚できない独身者が増加しました。

 昨年や今年の成人は、成長過程でも親の生活が厳しく、大人になっても就職氷河期になり大変です。この人たちは将来多くの高齢者の負担をしなければならず、年金もどうなるかおぼつかないです。

 草食系男子などといわれるようになったのも、自動車などを欲しがらないのも、海外に行きたいと言わないのも、成長期が経済低迷下に重なったことと無関係でないという指摘がああります。

 自己防衛本能のようなものが働いたのでしょうか。それとも成長過程で学習をしたのでしょうか。

 成人した若者やまだ若い人たちには、希望を失ってくじけないで地道に自らの道を切り開いて行って欲しいと思います。それには閉じこもることなく、ネットワークを作って仲間の力を強くして立ち向かってほしいです。

 

 

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2011年1月 9日 (日)

マジック用シルクやスポンジの値上げ通知をみて

 マジック研究会のSさん宅にマジック用品店から宅配で値段表が届いた。見せてもらったら、下記のように書いてあった。

 「新年そうそうで御座いますがシルクハンカチ、スポンジボール等々手品用品の値上げを1月1日からお願いしたくご案内申し上げます。

 当手品の商品においては30余年にわたり値上げすることなくお買い上げ頂きましたが、数年前よりシルクを染める工場の倒産廃業などで最後に残っていた1軒も2年前に倒産しました。

 ハンカチ用の風合いに染められる工場は無く、やむを得ず当社で倒産した工場の設備を買い取り、ある工場に預けて協力してもらっている状況で加工賃も従来の倍以上となっています。

 また、絹糸についても世界的原材料(中国の一方的)の値上がりで我々の企業努力では限界となり、値上げをお願いせざるをえない状況となっています。

 一方、スポンジボールの件については、昨年9月頃工場の火災で再建不可能となり、他社で協力してもらうことにはなっていますが、スポンジのカットのときに出る有毒ガス発生のためと人件費の安い海外へ工場が移転し、日本で生産することは非常に難しくなっており、値段と品種と納期の点で別紙の値段表のとおりとさせていただきたくお願い申し上げます。

 郡東京店 台東区三筋1-5-7 TEL:03-3851-7131」

 シルクハンカチは、手品の必需品である。それが倒産や廃業や原材料高騰で生産が難しくなっているというのだ。

 スポンジもスライハンドマジックで使うが、それを作るのに有毒ガスが発生するとは知らなかった。また、工場が海外移転をしていると知って驚いた。

 手品の用品はささやかものだと思っていたが、経済不況などの影響を受けているのだ。

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2011年1月 8日 (土)

幸せを感じる度合い

 7日の朝日新聞天声人語に、

 「幸福感は、収入が多いほど大きいものではないらしい。米国で調査をしたら、日々の幸せを感じる度合いは、年収7万5千ドル(620万円)ほどで頭打ちになるという結果が出たという。

 ブリンストン大のカーネマン名誉教授らが45万人を電話調査した。ノーベル経済学賞の受賞である教授は、『高い年収で満足は買えるが、幸せは買えない。』と結論付けたそうだ。」

と書いてありました。

 620万円の年収で頭打ちということですが、ここで疑問は、いったい下限は幾らの年収かが書いてないのことです。私は、それが大事だと思うのです。生活をしていくためには一定の年収が必要です。生活保護の場合、145万円ぐらいかと思うのですが、実際にはそれ以下で生活をすることを余儀なくされている人も多いはずだと思います。

 幸せ感というのは、かなり主観的なものですから、一概には言えません。私など、ふだんは1.8Lで1000円以下の酒や第3のビールを飲んでいますが、正月用に奮発して1980円の搾りたての酒を買ったらとてもおいしくて幸せになりました。

 鳩山さんや小沢さんのように一流料亭で高価な料理で酒を飲む人はさげずむことでしょう。

 正月には、何日も逡巡した後初めて福袋を1万円で買って満足しました。年金生活ではそんなことで幸せを感じるのです。

 毎日が健康で生きて行ければそれでよいというささやかな幸福感です。世界には、確か20万人ほどは極貧の人がいるはずです。そういう人たちは幸せ感はないのでしょうか。

 もう一つの疑問は、カーネマン教授の幸せ感はどうなのかということです。教授の年収は620万円なんてものではないはずです。幸せ感は薄いのを自覚したのでしょうか。

 勝間和代さんが、先だっての朝日新聞beの連載記事に、収入が増えるほど人は満足しなくなると書いていたように思います。欲望は際限ないというのが人間の性なのでしょう。

 釈迦のように、良寛のように、よく諦めて(諦めるとはしっかりと物事を見極めるということ)生活することがよいと思います。

 仏教国のブータンは、GDPではなくてGNH(国民総幸福度)を指標としているとどこかで聞いたことがあります。幸せ度を第一にするということです。

 経済不況に陥ってからGDPばかりが強調されていますが、デフレだってGDPがマイナスだっていいじゃないかと私は思うのです。

 大事なことは、憲法第25条に書いてある、「最低で文化的な生活」の保障です。世界第二位の経済大国(今は第三位?)になっても、憲法に書いていることは空文であって具体的に保障されていないことが問題です。

 憲法を改正して、今なら年収300万円、住宅を保障・・・のように具体的に書いてもらいたいです。こういう憲法改正なら賛成です。

   幸せは 家族みんなが卓囲み 談笑しながら食事するとき

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2011年1月 7日 (金)

歯の定期健診とクリーニング

 昨日は、かかり付けの歯科医に行って歯の定期健診とクリーニングをしてもらいました。

 数年前までは、半年に1回の定期健診を受けていましたが、医者の勧めで3ヶ月に一度受けることにしました。

 3ヶ月に1度のよいところは、歯のクリーニングが割合簡単に済むということです。半年の場合は、どうしても歯石がたくさんつくので掃除も楽でないのです。今回の検診でも歯茎はしまっているし、歯の磨き方もよいと言ってもらえました。

 ます、写真を撮って歯の磨き方を状態を説明してくれます。それから、塩を使って吹き付けて歯をきれいにします。この歯のクリーニングはとても気持ちのよいものです。その後水と歯石を除去する器械で歯石を取り除いてもらいます。歯科医の検診のあと、フッ素を塗って終わりです。

 私が行っているコンドウ歯科は瑞穂区石川町にあり、汐路小学校の東です。私の家の東西南北どちらに行っても2kmの間には200mに一軒の歯科があるという歯科過密地帯です。

 その中でいつ行っても患者や利用者が満員という繁盛振りです。院長がなかなかの自信家なのですが、それだけの技術をもっているということなのでしょう。

 あちらこちらの歯科を転々としてやっと巡りあった歯科医でした。定年前に治すべきところは全て治しました。それ以後、今日まで虫歯にかかったことはなく、歯周病もなくなりました。

 私の歯には、かなりの本数の被せた歯や詰めた歯がありますが、殆どは50代前半までに行った歯医者の治療によるものです。思えばこれまでの歯医者は簡単に虫歯を削り、詰め物をしたり、被せたりしたものでした。

 コンドウ歯科に行ってからは、そういう安易なことはありませんでした。むしろ歯を保存するようにいろいろと指導をしてくれます。ですから退職後は80歳までに歯を残すことを目標にして今日に到っております。

 http://e-kondou.hp4u.jp/

 今回は、試しにPMTCというのを前歯にやってもらいました。PMTCとは、Profetional Mechanical Tooth Cleaningの頭文字をとったもので、さまざまな危惧やフッ素化合物を使って、全ての歯面とその周辺のプラーク(歯垢)を除去する方法だそうです。20年ほど前に北欧で生まれた技術といことです。次回にPTMCをやってもらうことにしました。

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2011年1月 6日 (木)

またぞろ動きだした、旧ワールドインベストメントがらみの新手詐欺

 1月3日に、下記のような文書が送られてきた。旧ワールドインベストメントの社長(現株式会社キャスト代表取締役橋本誠一のお詫びと有限会社エーセツの返金連絡の通知、及び、キャストとエーセツの間で結ばれた「返金手続き業務委託書」なる文書の3点であった。

 ワールドインベストメントの未公開株詐欺事件では、2008年に橋本誠一は、懲役7年の実刑判決を受けている。当時、総額33億円に上る金を詐取したという罪で愛知県警に逮捕され裁判にかけられたのだ。

 その橋本が殊勝にも被害額を返金すると言うのだ。この文書を読んで私は新手の詐欺を企んでいるのではないかと閃いた。

 返金手続きの詳細については文書のどこにも書いてなく、電話の宛先に連絡せよと書いてあるだけである。また、業務委託の文書が添付されているが、そのようなものは如何にも真面目なやり方であることを装ってのことであろう。

 第一莫大な金が残っているはずがない。

 そこで私は、名古屋市の消費生活センターに相談に乗ってもらうべく出かけた。Sさんという中年の相談員はいろいろと調べてくれた。どうやら相談は全国で私が一番早かったようだ。だが、この文書の文面と全く同じものが別の会社名で出回っていることが分かった。

 消費生活センターの話では、これから関連した相談や被害が出て来るのではないかと言っていた。

 悪いことをする奴は懲りないものだ。次々に新手の詐欺を考える。

 

お詫び

拝啓 時下すますご清祥のこととお喜び申しげます。

日頃はひとかたならぬご愛顧にあずかり、深く感謝申しげます。

旧株久会社ワールドインベストメントは創業以来、社員一同頑張ってまいりましたが事業失敗、例産と最悪な結果を皆様にお伝えせざるを得ない結果を招いてしまいました。

この度株式会社キヤストヘ移行し、2の時間はかかりましたが、皆様に投資金額の返金準備が整いましたことをご報告させていただきます。

つきましては、投資金額の返金手続きをもってお詫びさせて頂ければと思っている次第であります。

今後株式会社キャストと業務委託契約を結び、返金業務を行わせて頂きます。誠に勝手ながら、ご理解頂ければ幸いと思います。

平成22年12日15日

旧株式会社ワールドインベストメント 現株式会社キヤスト

東京都練馬区中村北3-22-2-2F

TEL 03--3499-5625

代表取締役   橋本誠一

株式会社 ワールドンベストメン返金連絡通知

拝啓

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

早速ですが、当社このたび、旧株式会社ワールドインベストメントと返金業務委託契約させていただきました、有限会社エーセツと申します。

この百年に一度の大不況の中、各企業どちらも生き残りをかけ努力を続ける中

、投資家様への責任ある業務をやらせて頂くこととなり、この通知をごあいさつ

とさせて頂きます。ご自身の大切な投資金を取り戻すと言う強い気持ちで手続き

に進んで頂ければと思います。

この度、投資家様約350名の皆様の投資金額の全額を、旧株式会社ワールドインベス

メント代表取締役・橋本 誠一の意思により返金する運びとなりました。

手続きの流れや、返金にかかる当社手数料につきましては、

当社担当:田中 元までお問い合わせください。

平成22年12月15日

有限会社エーセツ 代表取締役:深屋 忠俊

お問い合わせ先

176-0023

東京都練馬区中村北3-22-

センタービル2F

現 株式会社 キャスト

(旧 株式会社ワールドインベストメント

03-3499-5625

担当:松永 幸二

107-0052

東京都港区赤坂1-7-11

ニュー赤坂ビル5F

有限会社エーセツ)

Ъ 03-5469-2088

担当:田中 元

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2011年1月 5日 (水)

釈迦の教えは宗教ではない

 釈迦は29歳のときに王子の身分を捨てて出家し、苦行の末、35歳にして悟りを開いて解脱をしました。そして以後人びとに解脱の仕方を説きました。

 釈迦が説いたのはわかりやすくいうと「心の持ち方」でした。人間が持つさまざまな苦しみを四苦として説明をしました。それが。

 生老病死苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦→(苦諦)です。

 その原因として、苦は欲望(渇愛)から起こるとしました。→(集諦)です。

 渇愛をなくせば苦もなくなる→(滅諦)と言いました。

 そしてそれに到る道筋→(道諦)を示しました。

 釈迦は、神とか偶像信仰を置きませんでした。また、当時インドで信じられていた輪廻転生も否定しました。

 ですから釈迦の教えは宗教ではないと私は考えます。

 宗教について、広辞苑を紐解いてみますと、

「神または何らかの超越的絶対者、或いは卑俗なものから分離され禁忌された神聖なものに関する信仰・行事。またそれらの連関的体系。」と書いてあります。それからみても釈迦の教えは宗教の範疇には入りません。

 釈迦の教えが仏教となり、宗教となったのは、釈迦の死後次第に神のような存在が持ち込まれ崇拝の対象とされるようになってからです。おそらくヒンズー教などの影響で偶像崇拝が持ち込まれたのだと思います。

 仏教が日本に来た時には鎮護国家の宗教として迎えられたのです。そこには仏像や祈祷がありました。これは完全な宗教です。

 私は、釈迦の教えとその後の宗教としての仏教を区別すべきだと考えます。あの時代に偶像崇拝や祈祷を否定し、心安らかに生きる心のあり方を説いたのは素晴らしいことであったと評価します。

 

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2011年1月 4日 (火)

中日新聞によい記事を見つけました

 3日に新瑞橋のサティのラウンジで中日新聞を見ていましたら興味のある記事を見つけました。

 一つは、法政大学の坂本光司教授の研究に関するものです。坂本教授は、40年にわたり、実に6500の企業を訪ねて足で調べた実証的研究をしたそうです。そして、優良企業に共通するものを見つけたのだということです。

 それによると、優良企業は、

 ① 社員やその家族を大事にする。

 ② 下請けや高齢者を大事にする。

 ③ 障害者を大事にする。

 ということです。つまり、弱い立場の人を大切にするということです。

 これは素晴らしい研究結果だと感心しました。

 これまで、大企業を始めとして、日本の企業は、アメリカの後を追って、業績主義、利益第一の経営をして、株主を優先し、働く人びとをないがしろにして、平気でリストラをしたり、人件費の節約のために派遣社員や臨時工などに頼ってきました。大企業の下請けの会社もそれに倣って同じような経営をしてきたのです。

 ところが、中にはそうでない経営をしてきた企業もあったのです。それが上記のような企業で、見事に業績も伸ばしているというのです。

 坂本教授は、「リストラは会社を滅ぼす」とまで言っています。この研究は私たちに勇気を与えてくれます。アメリカのグローバリズムは利益第一で儲けるためには何でもやるというやり方です。日本の企業もそれをよしとして従ってきました。それが破綻したにも関わらず、またぞろその道を進もうとしています。

 経済発展の著しい中国も同じ道を進んでいるようです。

 そうした潮流の中で、あえて人びとを大事にするやり方で成功しているというのは素晴らしいことで、これからの企業のあり方としても示唆に富んでいます。

 人の能力を信じ、それを大事にしていくことによって、みながそれぞれの持つ力を存分に発揮して、それが企業の業績にアップにつながるというこどなのです。

 同じ日の、別の記事に、もう一つ面白い記事を見つけました。それは、アメリカのハーバード大学のサンデル教授に関するものでした。

 サンデル教授は、市場主義は極端な個人主義に向かう危険性があると指摘しています。小泉政権の下で竹中大臣は市場主義を推し進めました。その結果格差が拡大し、リーマンショックにより経済は低迷を余儀なくされました。

 サンデル教授は、経済主導は政治を貧困にすると言っているそうです。それより社会正義、生活の質、公共善が大事だと言っているそうです。

 日本人は、アメリカ人と違って、社会の平等、不平等に関心が高いことが分かったといっているそうです。確かにそれはいえると思います。

 私たちの関心は、企業が業績をあげ、それを働く人に分配せず、溜め込んで更なる利益を追求することではなく、人びとが相応の報酬を得て内需が拡大する方が大事だというところにあります。

 サンデル教授は、日本は中国にGDPで追い抜かれ、第三位になることにたじろぐなとも言っているそうです。私も、GDPが中国に抜かれることなど大した問題ではないと思います。

 日本は、国民一人当たりのGDPでは、世界16位だそうです。GDPは国としてのものです。いくら2位でも、3位でも、国民の生活は必ずしもよくなっていないことの方が大事です。

 中日新聞の記事は、図らずも日米教授の両面から新しい視点を提供してくれていました。

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2011年1月 3日 (月)

日本の静かな正月はいい―正月は静かなのがよい

 正月も早くも3日経ってしまいました。元日に婿から初詣を誘われましたが今年は行けませんでした。婿の話によりますと昨年より行列が大きかったそうです。経済が低迷しているので、神頼みなのでしょうか。

 昨年の大晦日は、みんなで紅白歌合戦を見ましたが、若い歌手の歌は全くなじみがなく、常連の演歌歌手などの歌は古い歌ばかりで面白くありませんでした。それで例年のように10時前には床に入りました。

 本当は、「トイレの神様」を聴きたかったのですが出番が遅いので諦めたのです。みんなの評は「トイレの神様」だけがよかったそうです。

 以前は「行く年来る年」を聴いてから寝たり、興正寺に鐘をつきにいったこともありましたが、いつの頃からか早く寝るようになりました。

 日本の正月は、108の寺の鐘で新年が始まったり、人によっては真夜中から初詣にでかけたり、或いは初日の出を見に行ったりします。

 私も、子どもの頃は、初日の出を見に行っていました。住んでいた新宮で近くに神倉山という山がありました。山の途中にごと引き岩という神聖な大きな岩があって、急な石段を登ってそこまで行くと太平洋が望まれて初日の出が見られるのでした。

 名古屋に住んでからは素敵な初日の出は見られなくなりましたが、元旦の日の出は好きです。でも、今年はウオーキングに出かけるのが早くて初日の出は見られませんでした。

 昔の人が言っていたように「お正月様」という考えはありませんが、お屠蘇を頂いて御節料理を食べるのはとてもよい日本の慣習だとおもいます。

 日本の正月は、静かな正月です。日本人は穏やかな正月を好みます。お隣の韓国の正月は知りませんが、数年前に中国の正月ー春節ーを見に行ったことがありました。上海などに行ったのですが、爆竹が夜通し鳴り響いて、あちらこちらで玩具の花火が打ち上げられて聞いていた通りの賑やかさでした。

 街の正月飾りも、赤や金や黄を使って派手なものでした。日本の松飾の奥ゆかしさはありません。あくまでも派手で大仰でした。家々にはめでたい言葉の連とか福の文字をさかさまにした飾りがつけてありました。

 民族性が違うのでですから、彼我を比べて優劣を言うつもりはありませんが、個人的な感性からいうと、日本の静穏さが好きです。

 元日の朝、NHK総合テレビで春日大社の神事を放映していました。夜を徹して津々とした中で粛々と進む息をひそめる静けさは日本人の感性にあうものだと思いました。

 

 

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2011年1月 2日 (日)

初めて福袋を買いました

 今年の正月は、デパートは2日からだが、イオンは1日から開店した。それで福袋を買いに行った。私が買いたかったのは、Hush Puppiesのブルゾンの福袋だ。

 この福袋は、暮のうちに内容見本が展示されていた。マネキンに着せて展示してあったのだが、値段がついていなかったので、店員に「どうして値札をつけてないの?売る気があるの?」と聞いた。すると店員は、「これは新年に売り出す福袋なのです。箱に値段がついていっます。」と言った。

 見ると可愛いミニダックスフンドの絵がついた箱に10000円と値段が貼ってあった。福袋の中身は、ブルゾンの他にチェック柄の長袖シャツ、長袖のシャツ、Tシャツ、マフラーの5点セットであった。薄い茶色のと色の濃い黄土色のと2種類あった。

 私はブルゾンが欲しかったので、よく似た他の1点ものを調べたら、値段は11000円から18000円まであった。それなら福袋を買うのも悪くはないと思った。

 大晦日に娘夫婦も一緒に行ったので、展示してあるところに連れて行き、見てもらった。悪くないと言ったので1日に買いに行くことにした。

 新瑞橋のサティの店は、6時開店です。娘が「早く行かないと売り切れるわよ。」と言ったので、そんなことはないと思いながら家を出た。

 新瑞橋に着くと、反対側のピアゴには60人ぐらいの行列が出来ていた。そして人が増えていた。何か福袋でも買うのだなと思った。サティに着くと開店を待つ行列は3列にもなっていた。後でわかったのだが長い列は500名限定の買い物券を貰いたい人の列であった。

 数分待って開店すると真直ぐに目当ての売り場に行った。別の入り口から入ったらしい客が来ていた。Lの箱を持って支払いカウンターに行った。

 5%の割引券があったので、使えるか尋ねたらOKであった。それで9500円で買うことができた。イオンのオーナーズカードがあるので、後でキャッシュバックももらえる。

 家に帰って箱を開けたら、ブルゾンはLでいいとして、他のシャツのLはサイズが大きいので、交換してもらおうと思った。電話をして確かめると今なら商品があるから交換するとのことだった。それですぐにサティに行って交換をしてもらった。ついでにブルゾンの値段を聞いたら、12000円ぐらいだろうということであった。

 家で試着してみたらなかなかよさそうで、家族もよく似合うと言ってくれたので買ってよかったと思った。

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2011年1月 1日 (土)

2011年を迎えて

 ついこの間正月が終わったと思ったのに、また正月がやってきたという感じがします。光陰矢の如しとは言い古された言い方ですが、まさにそんな感じです。

 これまでにいろいろな正月を迎えてきましたが、後期高齢者の仲間に入るまで生きて来られたことは有難いことと言うべきでしょう。若い頃はここまで生きられるということは想像もつきませんでした。ここまで生きてきたという実績はあるわけですがあとどのくらい?となるとこればかりは何とも言えません。運まかせです。

 私自身は今年も健康に気をつけて、自分のできることと興味のあるところで世間と関わりながら過ごしたいと思っています。そして出来ればなにか新しいことも始められたらいいのだが・・・と思っています。

 ところで、昨年は、相変わらず景気が低迷し、就職率は氷河期以上によくないといわれました。民主党政権が出来て、1年も経たないうちに鳩山首相が辞め、小沢幹事長の退陣しました。菅内閣になっても、ねじれ国会で政治は混沌としています。小沢氏の政治と金の問題は相変わらずで、自民党なの野党も党利だけを考えているようです。

 年明け早々から何となく暗い雰囲気が漂っていてスカッと晴れそうもありません。1部の週刊誌は、今年は経済が好転するとか、日本の企業の力も見捨てたものではないなどと期待をもたせるようなことを書いています。

 昨年だって、年末には日経平均が7000円ぐらいになり、日本の経済は破綻に向かうと言っていた人もいたのですから、当たるも八卦、当たらぬも八卦みたいなところがあります。

 国民としては、少しでも希望の持てる新年であって欲しいというのが率直はところでしょう。

 春には愛知では、2月に県知事、名古屋市長の選挙と名古屋市の住民投票が行われます。その後4月には統一地方選挙が控えています。有権者としては、ここは慎重によく検討して投票をしなければならないと思います。

 blogは今年も書き続けたいと思っています。文体を変えて「です、ます」体で書いてみることにします。blogへのアクセスも増えてきていますので嬉しく思っています。

 

  

 

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