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2010年12月24日 (金)

英語で言うときも姓→名順で言うことに賛成

 先日(11月24日)の朝日新聞「オピニオン」に江利川春雄氏が、日本人の姓名を英語で言ったり書いたりするときに名姓順でいうのはおかしいということを書いていた。

 12月20日の「声」欄に、李さんという主婦の方が「誇りを持って姓ー名の順で」と題して投稿していた。江利川氏の記事から1ヶ月ほども後の投稿だが、それはともかく、私も賛成である。

 中学校に入って最初の頃に、「My name is 名ー姓」で言うことを習った。それからずっと何十年も疑うこともなくそのようにしてきた。

 40歳を過ぎてから英語会話を習い始めても、自己紹介のときはいつも名ー姓で話した。外国旅行に出かけたときも、同様であった。ただ、中国と韓国に行ったときだけは、姓ー名順で話したが。

 江利川氏の指摘のように、確かに英語で話すからと言って何も向こうに合わせて名ー姓順でいうことはない。私は外国人に日本語を教えているが、英語圏の人間が日本に来て日本語を話すときに誰一人として、日本式にObama Barakという人はいない。英語のときのままのBarak Obamaである。

 私が日系ブラジル人教えたとき、最初彼は、「私はアニヤです」と言った。ブラジルはポルトガル語だが、アニヤは当然ファーストネームだと思っていた。それが姓だと分かったのはかなり後のことであった。彼は父が沖縄の出身で、アニヤは安仁屋だったのだ。日本式に姓を言っていたのであった。

 彼のようなのは例外で、英語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語・・・・西洋人は全て名ー姓である。

 だからと言って、日本人が英語などを話すときに、彼らの言い方に倣う必要はない。日本式に姓ー名で言えばいいのだ。

 おそらく明治時代に西洋から技術や文化を学んだときに、少しでも早く西洋文化に追いつけということで、名前を言うときも西洋式に言うことに何のためらいもなかったのだと思う。むしろその方がカッコウ良いと感じたのではないか。

 今は欧米に肩を並べているのだから、堂々と日本式に姓ー名順で話したり書いたりしたいものだ。

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コメント

おっしゃる通り、アメリカやイギリスは個人を大事にしますね。中国、韓国、日本などは家を大事にするようです。
 それと、Fumiko Hasebeと言った場合、ニュートラルになってしまい、漢字に込めた名前の大切な意味や思いを消してしまいます。私たちが相手の名を呼ぶときには、必ず無意識のうちに漢字を思い浮かべているのです。それが大事だと思います。

文子長谷部ともし誰かに呼ばれたら私はきっと怒るでしょうね。長い日本の習慣の中に溶け込んでしまっている自分を簡単には変えることが出来ないと思うから・・・日本人として姓は家を大切にして、家あっての私という感覚なのでしょうね。個人を重んじ家を軽く見る西洋文化には違和感があります。

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