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2010年12月

2010年12月31日 (金)

柳橋中央卸売り市場に行ったが―安くはない

 毎年年末になると、名古屋駅前にある柳橋中央卸売り市場が一般に開放される。昨年婿が行って気に入ったので今年も一緒に出かけた。

 今年は6時40分ぐらいに市場に着いたのだが、物凄い人混みであった。値札を見ようとしても見られないところもたくさんあった。人と人がぶつかり合って歩いた。市場と市場の間の道を車が通るのだが、人が多いのでなかなか進めないようであった。新聞によると、市場関係者は「人出は約30%増で消費意欲が上向いてきたようだ」と言ったという。 

 市場の中は、マグロを売る店が一番多いように思った。本マグロ中トロの値段は2600円以上であった。正月なのでブリも多く売られていた。

 値段は、宣伝では、市価の半額も・・・ということであったが、むしろ市価より高いくらいであった。それでもこれだけの人が買い物に来るのはなぜだろうと思った。

 解凍サンマが1匹百円、大きなエビが一匹380円、カキが1個150円・・・・どれを見ても決して安くはない。

 殻つきのカキを買った店のおかみさんが言っていたが、正月用だから高いのだということだ。ふだんなら半額ぐらいで買えるからふだんに来たほうがよいと正直な説明であった。

 柳橋市場は、ふだんでも一般に開放している日があり、インターネットで調べれば分かる。

 結局、安いのだという思い込みがあって方々から多くの人が買いに来るのだろう。それに来てみれば物凄い人なので群集心理でついつい買ってしまうのだ。

 ただ、売れるので新鮮さはあると言えるかも知れない。

 ステーキのあさくまがコーンスープを無料で振舞っていたが、これは温かくておいしく感じた。

 娘夫婦は、マグロ、はまぐり、エビ、甘エビ、いくらなどを買って帰った。楽しかったと言っていた。

 

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2010年12月30日 (木)

やっと年賀状を出してホッと。もう今年も終わり!

 頭の片隅でとごっていた年賀状作成の重い淀みがやっととれた。昨日、思い切って年賀状を作って郵便局に持って行ったのだ。

 昔は筆で書いたこともあった。木版画で作ったこともあった。謄写版印刷器で印刷したこともあった。そのうち、プリントごっこが出て来てそれを10年ぐらい使った。プリントごっこの後はパソコンに変わった。思えば便利になったものだが、その分味気ないものになってとは思う。

 パソコンの場合、宛名を書くのがとても楽だ。あっという間にという速さでできてしまう。ところが、今年は思わぬ落とし穴があった。印刷機が途中でストを起こしたのだ。

 裏の面を印刷しているときに、時々「用紙がせっとされていません。」という警告が現れた。その度に、用紙を入れなおしてOKボタンを押して印刷をした。裏の面は何とか印刷できたのだが、宛名の印刷に移ったらどうやっても印刷できなくなった。

 仕方なくサポートに電話をした。いろいろと調べて、結局ユーティリティにあるローラーのクリーニングをやることになった。1回のクリーニングで駄目ならもう一度やるように言われた。ローラーに埃がたまって動きがわるくなるのでそれを取り除くのだそうだ。それでもし駄目なら修理に出して欲しいということであった。

  1回目のクリーニングをしたが、1枚印刷できただけで動かなくなってしまった。そこで2回目のクリーニングをした。まだ動かなかったが、ハタと気がついた。それは葉書を入れているガイドを圧迫していて葉書がスムースに吸い込まれないのではないか・・・ということであった。

 調べて見たら、案の定壁に接触して葉書が押されていた。プリンターの壁から離したら葉書は何事もなかったかのように吸い込まれて印刷できた。何とも単純なミスであった。おそらく掃除のときに印刷機の位置が動いたのだと思った。

 もし、宛名を時分で書くことになったら・・・と一時は暗い気持ちであったが、無事に印刷できてホッとした。よかったのは、ローラーのクリーニングということを知ったことである。

 友人にトラブルのことを話したら、彼も年賀状の印刷でトラブッたが早い時期だったので修理に出して直して貰い印刷をしたそうであった。来年はもっと早い時期に印刷をせよという警告だったかもしれないと思った。

 今年もあと2日で終わりだ。街は歳末でせわしい。

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2010年12月29日 (水)

知人が新しいパソコンを買って手伝った

 先日、知人のパソコンが不調になって、新しいパソコンを買った。知人は82歳の婦人である。パソコン歴は12年になるが、WORDなどを駆使しイラストや図や写真の入った素晴らしい文書を作られる。でも、メンテナンスや故障などの対応はできないのでいつも相談にのっている。

 パソコンを買い換えるために新瑞橋のエイデンに行った。1年ほどパソコン店から遠ざかっていたので、久しぶりに行って驚いた。ノートパソコンが多いのはいいとして、デスクトップは一体型が多かった。店員は「今はこれが主流です。」と言った。知人が7年ほど前に買ったパソコンも一体型であったが、その頃は珍しかった。

 いろいろと説明を聞いて、結局、東芝のQosmio D710に決めた。このパソコンは、画面が21.5型16:9ワイドで、ハードディスクは、なんと1Tbもある。メモリは4gbだ。OSはWindows7 Home edition64ビット版で、地デジも見ることができ、録画も出来る。Office2010もインストールされている。メーカー3年保障の上、サポートは無期限だ。148000円の値札が年末で104800円になっていた。知人は交渉して10万円丁度にしてもらった。

 私は、一年半前にノートパソコンを買ったのだが、使わないまま飾ってある。こんなことならノートPCなど買わなければよかったと後悔した。

 セッティングで大変だったのは、インターネット接続であった。Commufaなのだが、ルーターを使ってないのでセットしなければならなかった。以前、別の知人を手伝ったときは、ルーター入りのモデムだったのでつなげばOKであったが、今回は違った。それでサポートを頼んで指示に従って50分もかかってセットした。

 Windows7には、以前はOutlook expressのmail機能がなかったが、今回のはWindows liveにあるmailが使えるのでよかった。

 セキュリティソフトは、ウイルスバスターの体験版が入っていたが、もともとウイルスバスターを使っていたのでそれを入れなおした。

 次に、エプソンの複合機のドライバーをインターネットでとって入れたのだがうまく行かなかった。サポートを頼むと、付属のCDを使ってやればよいと言った。使えないと勘違いしていたのであった。

 プレインストールのアプリケーションとして、「筆ぐるめ」が入っていたが、新しく操作を覚えるのが大変だというので、馴れた「筆まめ」を買うことになった。2日エイデンに行っていろいろ調べ、最後にはクオレに電話をして確かめて、アップグレード版でよいことがわかった。それで3480円で済んだ。

 大変だったのは、筆まめのイラストのインストールで、なんと2時間20分要した。

 パソコンはまだまだ進化しているようだ。機能が向上し、値段が安くなっている。いったいどこまでよくなるのだろうと思った。

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2010年12月28日 (火)

昨日のblogにデンマークからコメント―そして「弧族」について

 昨日掲載した「サンデーモーニングー豊かなのに、なぜ幸せになれないのか」に遠いデンマークからコメントが寄せられた。デンマークに5年ほど在住の研究者のようであった。「デンマークの光と影」という本を出版しておられるそうだ。

 「デンマークのうちがわ」というblogを持っておられる。そこにデンマークのホームレスや貧困問題などを詳しく書いてある。興味がある方は、下記のアドレスをクリックするか、私へのコメントの名前の部分をクリックするとよいだろう。

http://denjapaner.seesaa.net/

 デンマークは、キリスト教徒の多い国のようで、クリスマスを過ごすのに困難のある家庭1万1000世帯に、国民教会救援組織などが寄付を集めて配ったという。昨年は4000世帯だったのが、経済不況で困難家庭が増加しているのだという。

 デンマークでは、国民の1/3が何らかのアソシエーションに参加していて、その中でも救援活動があるようだ。(詳しくは上記のblogを)

 日本でも、キリスト教関係の牧師などで救援活動をしている人はいるようだが、仏教関係では聞いたことがない。

 ところで、朝日新聞の「弧族」によると、単身世帯率と未婚率が増加しているのが大きな問題であるという。2020年には、50代から60代の4人に1人が単身世帯となり、50歳男性の3人に1人が未婚者になるというのだ。

 確かに私の身も回りでも単身者が多く、未婚の男性も多い。聞いてみると、殆どはその理由は、給料が安いからだという。高度成長期と違って今は仕事の不安定な人が多いだけでなく、給料も安いのが結婚をためらわせているのだ。

 朝日新聞は、「会社という『擬似家族』に人生の大半をゆだねることができた世代は、まだいい。不安定な雇用に直面する若い世代は、人生前半で働く場から除外され、仕事と結婚の扉の前でたじろぐ。」と書いているがまさにそうだのだ。

 サンデーモーニングでは、金子慶応大学教授が、勤労者の半数は低所得だと指摘していた。由々しい問題である。管首相は、法人税の5%減税を打ち出したが、来年の今頃になると、その効果はゼロであったと言われるに違いない。

 就職氷河期よりひどいと言われる現在の就職問題の解決に当たっては、企業も利益ばかり追求せず、協力をすべきであろう。

 「弧族」の増加は、当人だけでなく、社会全体の問題である。その点で朝日新聞の特集は時宜を得ていると思う。

 

 

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2010年12月27日 (月)

サンデーモーニング―豊かなのに、なぜ幸せになれないのか―

 26日のサンデーモーニングで、年末特集番組として、「豊かなのに、なぜ幸せになれないのか」を見た。

 2010年は、日本国内で多くの問題が発生した。児童虐待、孤独死、学校でのいじめ、自殺者13年連続3万人超、無差別の傷害殺人・・・・。

 番組では、経済大国NO.1のアメリカ、幸福度NO.1のデンマーク、を比較対象として取り上げた。

 日本の児童虐待は44300人ほどあるが、アメリカでは77万人もあるという。虐待から逃れてホームレスになる若者が増加しているようだ。

 ホームレスに対して民間のボランティアが食事やシェルターを提供しているが、そういうことを法で禁止しようとする自治体が増えているのだという。自己責任を叫ぶ潮流が強くなったからだ。公的保険に反対するとか税金で弱者を救うことに反対する動きがティーパーティ運動になり民主党は大敗した。

 また、高齢者に対する虐待が600万人にも及んでいるということで、孫に宝石や有り金を全部取られてしまった老婦人のことを映していた。

 こうした動きは、日本でも既に始まっているから、アメリカの問題だと高見の見物はできない。日本の高齢者の白骨死、孤独死は暗い将来を暗示している。

 一方、世界一幸福度が高いと言われるデンマークは、医療、介護、教育が全て無料で、それを可能にしているのが50%にも達する税金だという。高負担・高リターンである。それで国民は納得をしている。ちなみに日本の幸福度は90番目で中国の82番より後である。

 しかし、デンマークにもホームレスが1万人もいるのだという。また、介護施設に入っている高齢者たちの中には心の淋しさを訴える人もいるそうだ。

 家庭での介護には、公的なヘルパーがついてみんなやってもらえるから家族はそれに任せている。ところが家族の絆を弱めてしまっているという問題があるという。

 たしかに高齢者は介護施設か家庭で介護してもらえるのは日本と違い安心である。でも、人とのつながりが希薄になるのは淋しいことである。

 寺島実郎コメンテーターは、「アメリカは天才と貧乏人の国だ。」と言った。アメリカンドリームを実現できるのは一部の才能を持った人たちで、多くの人は貧しさと不安の中で生活しなければならないのだ。医療保険に加入できない人が4000万人以上いるのだ。

 番組では、大事なのは、支え合いの社会を取り戻すことだと提案した。そして、自然を大切にして、自然とつながる中でお祭りとか四季折々の行事をやるとかしながら人びとが連携を持って行くことが必要だと言っていた。

 丁度同じ日、26日の朝日新聞では、「家族から『弧族』へ」という特集を始めた。「社会のかたちが変わっている。恐るべき勢いで。」という書き出しでリードが始まる。「普通の家族」という表現が、成り立たない時代。たとえ家族がいたとしても、孤立は忍び寄る。」「個を求め、弧に向き合う。そんな私たちのことを『弧族』と呼びたい。『弧族』の時代が始まる。」(要点のみ)

 今の日本は、地縁・血縁・社縁などが希薄となり、個が弧となり、そこにさまざまな問題が噴出してきているのだ。でも、それは単に日本だけの問題ではない。アメリカを先例として、幸せの国デンマークにも、そして、近い時期に韓国や中国にも起きる問題である。

 

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2010年12月26日 (日)

初めての経験ー教会で歌ったこととクリスマス・ミサ―

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 クリスマス・イヴに、私の属している昭和男爵コーラスは、カソリック恵方町教会で歌った。これは日頃教会の部屋を練習に使わせていただいているお礼の意味も兼ねていた。

 イヴのイベントは、夕方6時から始まった。まず、短い映画があり、その中で「きよしこの夜」にまつわるエピソードが紹介された。一つは、イヴの休戦と言われるもので、もう一つは、芸術文化センターの公式blogでも紹介されたきよしこの夜が作られたことにまつわるものであった。

 イヴの休戦のエピソードについては、全く知らなかったので驚いた。第一次大戦のときドイツとイギリスが対戦した戦場で起きた出来事である。

 ドイツとイギリスの兵士たちは、お互いの距離が数十mという近さで戦っていた。兵士たちは、戦争がなければ今頃クリスマスイブを楽しんでいるはずだと思いながら切ない思いで戦っていた。

 銃声がやんで、ドイツの兵士たちは、きよしこの夜を歌い始めた。その歌声が聞こえてきたイギリス軍の陣地では耳を疑った。そして、暫くするとイギリスの兵士たちもきよしこの夜を歌い始めた。両方の歌声は一緒になって戦場に流れていった。

 そのうちにどちらからともなく塹壕を出ていっしょになり、踊りを踊ったり歌を歌ったりしたという。翌日のクリスマスにはサッカーをやったとも言われている。

 このエピソードを知って素晴らしいことだと思った。ビルマの竪琴にも似たようなことがあったと思う。

 さて、映画の後、キャンドルサービスがあり、一人ひとりがローソクを持っった。そして、みんなできよしこの夜を歌った。伴奏は我が合唱団のピアニストがオルガンを弾いた。

 きよしこの夜は、名前も歌詞も普通に知られているのとは違っていたが、スクリーンに映し出された歌詞を見ながら歌った。

 その後が昭和男爵コーラスの出番で、赤い毛氈の祭壇の前に並んで3曲歌った。Dona Nobis Pacem、Ave Maria, あら野のはてにであった。

 教会は天井が高く音の反響がよいので気持ちよかった。指揮者の加藤先生がバルコニーにあがってソプラノソロでAve Mariaをきれいな声で歌い我々がバックコーラスを担当した。

 次は、寸劇があった。イエスキリストが誕生するエピソードを劇にしたものであった。ヨセフとマリアが住民登録をするためにユダヤのベツレヘムに向かうが、宿はどこも満員で断られとまるところがなかった。マリアが産気づいたのでしかたなく馬小屋でお産をし、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。天使たちは野宿をしていた羊飼いたちに、ダビデのまちで救い主がお生まれになったことを告げ、その御子を見つけるであろうと言った。

 寸劇のあとふぐに、6時半からイヴのミサが始まった。参加は自由であったが、私は興味があったので参観した。

 白い服を着た聖職者が2人とアシスタントらしい人が1人祭壇に上った。1人が開始の言葉を述べ、みんなは開始の讃美歌を歌った。それから、祭壇の真ん中の人が机上においた分厚い大きな書物を開いてその一節を読み、みんなで関係した歌を歌った。それが繰り返された。歌は歌集になっていて参会者に貸し出された。

 中心の説教は、「平和と喜び」についてであった。「平和も喜び」も通常のものと違いもっと幅広い深い意味をもつということを説明された。それから洗礼があり信者たちが祝福を受けた。

 最後はみんなで「もみの木」を歌って終わった。カソリックのミサには、ニューヨークの大聖堂でのミサを見たことがあるが、イヴのミサは初めてで、もちろん国内のミサも初めての経験であった。

 キリスト教徒にとってキリストの誕生がどういう意味を持つかが分かった。今もラジオからメリークリスマスとかクリスマスソングが流れ続けている。一般の日本人は、ただのエンターテイメントとして、街でもテレビでもラジオでも騒いでいるが考えてみればおかしなことである。

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2010年12月25日 (土)

第4回熊野学フォーラム「僕は君が文明をわらふ」の案内

 高校時代の同期生の大竹さんから、タイトルのようなチラシが送られてきた。この催しのことを私のblogで取り上げて紹介して欲しいということであった。

POWER OF CULTURE

第4回熊野学フォーラム 僕は君が文明をわらふ

 ◎日時 2011年1月22日 (土) 13時~17時(12時開場)

 ◎会場 明治大学アカデミーホール(駿河台校舎アカデミーコモン3階)

         JR御茶ノ水駅もしくは丸の内線お茶の水駅

 入場料 無料 但し事前申し込み制

 申し込み先  明治大学リバティアカデミイ事務局

      TEL: 03-3296-4423 FAX: 03-3296-4542

      email:academy@mics.meiji.ac.jp

  ※ 講座名、名前、住所、電話番号が必要。

  問合せ先  新宮市文化振興課 tel:0735-23-3368

 =内 容

 魂ゆるりんこ公演

 ちょいワルのススメ            上野顕 熊野速玉神社宮司

 熊野に潜る、熊野を泳ぐ、日本を跳ぶ 山折哲雄 国際日本文化研究センター

 55歳の心の昂ぶり・・・さらば昴よ    谷村新司 音楽家

 熊野円座

 熊野は どいらいげぇ 林雅彦(明治大学法学部教授)と上記3名

 並行開催 パネル展 

  神宿る熊野 ~魂を昇華させる地質遺産~

  (アカデミーコモン1階ホール、1月11日から22日)

  監修 熊野学研究委員会委員 後 誠介

 その他 交流の夕べ 3000円 アカデミーコモン2階 (17時から、定員制)

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2010年12月24日 (金)

英語で言うときも姓→名順で言うことに賛成

 先日(11月24日)の朝日新聞「オピニオン」に江利川春雄氏が、日本人の姓名を英語で言ったり書いたりするときに名姓順でいうのはおかしいということを書いていた。

 12月20日の「声」欄に、李さんという主婦の方が「誇りを持って姓ー名の順で」と題して投稿していた。江利川氏の記事から1ヶ月ほども後の投稿だが、それはともかく、私も賛成である。

 中学校に入って最初の頃に、「My name is 名ー姓」で言うことを習った。それからずっと何十年も疑うこともなくそのようにしてきた。

 40歳を過ぎてから英語会話を習い始めても、自己紹介のときはいつも名ー姓で話した。外国旅行に出かけたときも、同様であった。ただ、中国と韓国に行ったときだけは、姓ー名順で話したが。

 江利川氏の指摘のように、確かに英語で話すからと言って何も向こうに合わせて名ー姓順でいうことはない。私は外国人に日本語を教えているが、英語圏の人間が日本に来て日本語を話すときに誰一人として、日本式にObama Barakという人はいない。英語のときのままのBarak Obamaである。

 私が日系ブラジル人教えたとき、最初彼は、「私はアニヤです」と言った。ブラジルはポルトガル語だが、アニヤは当然ファーストネームだと思っていた。それが姓だと分かったのはかなり後のことであった。彼は父が沖縄の出身で、アニヤは安仁屋だったのだ。日本式に姓を言っていたのであった。

 彼のようなのは例外で、英語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語・・・・西洋人は全て名ー姓である。

 だからと言って、日本人が英語などを話すときに、彼らの言い方に倣う必要はない。日本式に姓ー名で言えばいいのだ。

 おそらく明治時代に西洋から技術や文化を学んだときに、少しでも早く西洋文化に追いつけということで、名前を言うときも西洋式に言うことに何のためらいもなかったのだと思う。むしろその方がカッコウ良いと感じたのではないか。

 今は欧米に肩を並べているのだから、堂々と日本式に姓ー名順で話したり書いたりしたいものだ。

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2010年12月23日 (木)

是非見てください、愛知芸術文化センターblog「舞台裏日記」

 18日の愛知芸術文化センター主催のX'masミニコンサートについて、主催者がホームページの「舞台裏日記」というblogに素敵なコメントを載せてくれた。また、写真も素晴らしいもので感激をした。

 その中で、カッチーニのAve Mariaは本当はカッチーニではないこととか、「聖夜(きよしこの夜)」誕生の秘話があり、是非、芸文センターの公式blog「舞台裏日記」を覗いてみることをお勧めする。

 アドレスは下記

http://blog.aac.pref.aichi.jp/aac/

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2010年12月22日 (水)

きれいな師走の月

 21日の朝、5時過ぎに家を出た。いつものウオーキングである。今朝の天気はどうかなと思いながら東南の空を見上げたら、一等星が光っていた。他の星も星が見られるかと探したら薄く光っている星が見られた。天気予報で午後から雨が降ると言っていたから薄い雲がかかっていうのだろうと思った。

 しばらく歩いてふと西の空を見ると、建物の屋根の上に、円い月が煌々と輝いていた。星がはっきりと見えないのは、雲のせいではなく満月の光が強いからだと分かった。

 この朝は、寒さはまだそれほどでもなかったが、月は冷たく輝いていた。なぜか高校のころ冬の月を友だちと一緒に熊野川にかかる大橋の上で見たことを思い出した。そのときの月も冷たく煌々と輝いていた。

 私は冬の月が好きである。晴れ渡った寒空に輝く冬の満月は鋭い切れがあってよい。

 歩きながら建物の間に見える月を探した。そして、視界が開けた場所に来たときに、片目をつむって見てみた。白内障の手術をした方はくっきりと円く見えた。もう一方は白内障があるので、下辺が少し二重に見えた。でも、両目では問題はなかった。

 歩いていて、そういえば今日の夕方5時ごろに皆既月食が見られるとテレビで言っていたことを思い出した。今は空は快晴であるが午後からは天気が悪くなるのだろうと思った。だから皆既月食は見られないのだろうと残念であった。

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2010年12月21日 (火)

はし河村市長の辞職申し入れは身勝手だ

 河村名古屋市長は20日に来年1月21日に辞職することを市議会議長に申し出た。市長は、ぎりぎりまで市長の職務を遂行すると言っているが、この時期に辞職をしなければならない理由は見つからない。

 リコールが不成立に終わるだろうと予想されていたときには、その責任を取って辞職すると言ってたが、リコールは成立したのだ。市長は引き続き職にとどまって責務を果たすのが筋だと思う。

 同日選挙とはいえ、市長選挙には2億4千万円もの税金が使われるのだという。財政の厳しい中でそれだけの税金を使ってまで市長選挙をやる必要は全くない。

 取りざたされているように、愛知県知事選挙と同日に行うことによって大村氏の知事選を有利に進めるというのが魂胆である。河村氏は、「市と県で有権者に同じテーマを問うのは非常に意義がある」と述べたそうだが、身勝手な言い草である。

 市長は橋下大阪府知事とも連携して選挙を戦うと言っている。どうみても河村市長が自分の選挙戦略から同日選挙に持ち込むために市長を辞職するというのが見え見えである。

 市議会関係者からは「大義名分がない」という批判の集中砲火が浴びせられているというが当然である。民主党は、「この2ヶ月は名古屋市の予算を編成する大事な時期で、投げ出し無責任と言われても反論できない」と言っているそうだ。

 私は、リコールには賛成したが、市長の辞職には反対である。税金の無駄遣いである。河村市長は、自分の報酬を800万円にして退職金を要らないと宣言して得た人気を過信しているのではないか?

 10%減税にしても70%ほどの市民は反対であるとニュースで言っていた。私も指摘したように、減税で得をするのは、大きな企業や金持ちである。現に減税をしても名古屋市にやってきた企業は殆どないと言われる。

 市民は、よくよく考えることが大事であろう。

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2010年12月20日 (月)

浄土真宗本願寺派の昨年度の会計は77億円も!!

 16日の朝日新聞夕刊は「門徒数減の本願寺派 年の布教強化案」という記事を載せた。本願寺派というのは西本願寺と築地本願寺のことだと知った。宗法を抜本的に見直して、築地本願寺を東京の本山と位置づけて首都圏を布教の特区として新しい門徒を100万人増やしたいのだという。

 東本願寺が一番大きいと思っていたら、西本願寺の方が大きいは知らなかった。多分、京都駅前に大きな東本願寺があることや名古屋に東本願寺別院があるのでそう思い込んでいたのだ。

 調べて見たら、西本願寺は10500寺ほどの末寺を持ち、東本願寺は8900寺だと分かった。

 西本願寺は信徒が1000万人もいるというのも驚きである。その信徒が少子高齢化でこの10年来減少傾向にあるのだという。

 減少の原因は、少子高齢化だけではあるまいと私は考える。農村部から都市への門徒の移動が大きく影響していると思う。その他に葬式仏教に嫌気が差して信徒を外れる人も増えているのではないかと思うのだ。

 教団の歳入の6割近くは、各寺院の負担金や門徒の寄付が占めるのだという。昨年度の一般会計は減りながらも77億円もあったという。一般会計というからには特別会計もあるのだろう。それにしても77億円もあるとは!この不況の中で善男善女からの各寺への布施や拠出金が上に吸い上げられた金額である。

 本願寺派(西本願寺、築地本願寺)の読経料や法名料はいくらか知らないが、相当の金額が要求されているものと推察される。

 77億円は宗教法人として無税だと思われる。坊主丸儲けとはこのことである。この際各宗派の収支決算も知りたいものである。多分同じような膨大な金額になるのであろう。

 仏教各宗派だけでなく宗教はビジネス化しているのだから、宗教法人にも課税をすべきである。来年度からは、法人税の5%減税でその不足財源に民主党政権は悩んでいるが、宗教法人から徴税すれば少しは補えると思う。

 宗教はビジネスだから、当然課税して然るべきである。

 

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2010年12月19日 (日)

芸術文化センター主催X'masコンサート無事終了

 12月18日(土)の午後1時半からと3時からの2回、愛知県芸術文化センターの主催で「アートプラザX'masミニコンサート」と題してX’masコンサートが行われた。ソプラノの加藤佳代子先生と私たちの昭和男爵コーラスが出演した。

 12時に控え室に集まり、声出しをした。その後13時20分頃に地下2階に下りた。会場となったのは、アートプラザの前の広い場所で,そこに簡単なステージが作られ、電子ピアノが設置されていた。

 椅子が50脚ほど並べてあって、既に満席で周りにたくさんの立ち見の人がいた。

 13時28分に整列して待機をした。それから司会の人が私たちの紹介をして、ステージに上った。この場所はエスカレーターの上り口になっていてエスカレーターが2階まで行っているので、天井が高くなっていた。

 リハーサルのとき、音がよく反響するので、指揮者から、「自分の歌い方に酔わないように。」と注意があった。

 本番では、にこやかにリラックスして歌うように言われたが、なかなか難しかった。指揮者の加藤先生はさすがに慣れたものでにこやかな笑顔で指揮をした。伴奏は小森真紀先生であった。

 それぞれの曲を歌う前に団員が分担して簡単な曲の説明をしてから歌った。

 最初が明るいメロディーの軽快な「高原列車が行く」で、その感じが出るように歌った。

 2番目は、「水色のワルツ」できれいな曲だ。作曲者の高木東六がきれいなメロディーの好きな人であった。

 3番目は、「雪の降る街」で指揮者の考えで一般に歌われている歌い方とは違ったリズムで、雪の中を歩くリズムを表現した。

 4番目は「島原地方の子守歌」で、これは伝統的な子守歌ではなく、歴史の浅い歌だがとてもいいメロディだ。

 日本の歌が終わった後、クリスマスの歌を2曲歌った。一つは、3部輪唱で「Dona Nobis Pacem」(私たちに平和を)、次が、指揮者の加藤先生がソロを歌い、私たちがバックコーラスを歌った。曲は、カッチーニの「Ave Maria」でとても美しい曲で、先生のソプラノの歌声がホールに響いてとてもきれいであった。

 最後に会場の観客と一緒に「聖夜」を3番まで歌った。3番には加藤先生の別のメロディーが加わって素敵であった。おそらく聴きに来た人たちも初めての経験だったのではなかろうか。

 第一回目は、約30分であった。通り道なので立ち止まって聞く人もあり、観客と身近なステージでよかった。

 3時からの第二回目は、観客は1回目より少なかったが、少し慣れたせいか1回目よりリラックスして歌えたように思う。

 こういう栄の真ん中で、しかも芸術センターの一角で歌うことができて幸せな気分であった。

 録音してきたものを改めて聞いてみると、周囲はかなり雑音が強いが、その中で一生懸命に歌っている。電子ピアノの音も想像していたのと違ってなかなかよかった。オルガンの音も出せるのでこのような場所にはぴったりだ。小森先生の伴奏はそれぞれの曲に合わせたものでとても歌いやすかった。高原列車やAve Mariaの前奏、後奏のところなど何度聞いてもきれいな演奏で好きだ。

 今回のコンサートは、ストリートパフォーマンスのようなところがあったが、私はかつてカナダを旅行したときに、公園なので幾つかの野外コンサートを見たので、こういうコンサートのやり方もよいと思う。

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2010年12月18日 (土)

法人税5%下げても雇用は増えない

 菅首相は、2011年度の法人税率について、国と地方を合わせた実効税率を5%引き下げるように指示した。企業の税負担を減らすことで、首相が掲げる「経済成長と雇用拡大につなげるとしている。

 菅首相は、記者会見で、「思い切って税率を5%下げて、投資や雇用を拡大することで給料を増やして経済成長を促し、デフレを脱却する。」と述べたという。

 経済産業省の試算では、121万人の雇用が見込めるとか。果たして5%の税率引き下げで、給料が上がったり雇用が増大するのであろうか。

 NHKのTVでは、引き下げで出来る1.5兆円もの金は、まず、内部留保に向かい、次いで借入金の返済に使われ、給与の引き上げや雇用拡大には殆ど使われないだろうという。

 私も同じ意見である。企業は内部留保をさらに積み上げるだけだと思うのだ。日経ヴェリタスなどによると、企業の内部留保は、実に203兆円から244兆円にものぼるという。

 バブル崩壊やリーマンショックなどがあっても、大企業は年々内部留保を積み重ねて来たのだ。1995年の134兆円と比べるとその増大ぶりが如何に大きいかが分かる。トヨタ自動車13兆円、パナソニック4兆円・・・・。

 企業の懐に眠る巨額の資金は設備投資などに回らず、雇用の創出にもつながっていない。日本経済新聞も、「巨額のカネ余り」だと指摘している。

 20年にも及ぶ経済の停滞や後退の間に、それを理由に企業は、社員や被雇用者の賃金を減らしたり、非正規社員を増やしたりして金を貯めてきたのだ。

 それなのに管首相は、法人税率を下げると言うのだ。今や日本の大企業は金をたっぷりもち、その上円高の恩恵を受けて、海外企業を傘下に収めるところが増えている。

 また、企業は円高で利益を縮小し困っていると言われるが、そんなことはないという。それは海外での生産や決済と国内での生産や決済とでヘッジをしているからなのだと聞く。

 法人にしてみれば税率が下がるのは望むところである。金は幾らあっても困ることがないからだ。だから経団連会長は14日に菅首相と面会して感謝した。

 しかし、そういう力のない我々庶民は、政治力を使うこともできず、政府や先棒担ぎの経済学者やエコノミストのいうことを信じさせられて、すこしもよくなならない生活に耐えているしかないのだ。

 それから、法人税率引き下げは、税金を納められない中小の企業には全く恩恵がないことにも留意しておかねばならない。

 法人税率5%下げで、給料は増えないし、雇用も増えず、大企業の内部留保増大に貢献するだけであることを知るべきである。

 

 

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2010年12月17日 (金)

河村名古屋市長主導の市議会リコール署名成立

 河村名古屋市長が主導した「ネットワーク河村市長」の市議会リコール署名運動は、大逆転で成立し、来年の2月に県知事選と合わせて住民投票が実施されることになった。市長は「ドリカム名古屋だ」と大喜びだという。

 私も、リコール署名をしたので、無駄にならなくて、まずはよかったと思う。でも、これだけ混迷をし、多額の税金を使ってリコール署名の審査をした過程には大きな疑問を持つ。

 第一の理由は、そもそもリコール署名が有効化どうかでもつれたのは、審査をする選挙管理委員会の審査基準が揺れたからだと思う。

 有効か無効かの審査基準は、当然事前に明確に示され、それが当事者や署名をする市民全員に徹底されていなけらばならない。ところが、リコールが終わって審査が始じまると「100%完璧でないと無効」に変更されて、その結果約11万人分の署名が無効にされてしまった。市長は「後だしジャンケンだ」と怒った。そしててネットワーク河村市長側は、一括異議の申し立てを行い、逆転を勝ち取った。

 この間4ヶ月の時間と税金からの支出は、河村市長が言う民主主義のために必要な経費であったのであろうか?私はそうは思わない。

 選挙管理委員会の構成が元市議が多数を占めたことで議会よりの審査をした疑惑はぬぐえない。これが2つ目の理由だ。

 もう一つの問題は、名古屋市のような大政令都市でのリコール運動期間が、阿久根市のような人口数万の小都市のリコール運動と同じであってよいものかということだ。人口規模からすると、220万以上の名古屋市での署名集めにはさらに長い期間を認めるべきである。

 今回、政令都市で初めてのリコール運動で、上記のような問題点が明らかになったのだから、早急に改めてもらいたいと思う。

 リコール成立について、新聞では、賛否両論が掲載されている。民意が政治に参加できることや政治への関心を引き出したことがよいという感想がある。一方では、市長は自分の意見を押し通すために強引にリコールを進めたのは専制君主だというのがあった。学識者の見方も二つに分かれる。

 政令都市でリコールが成立したというのは画期的なことである。しかし、リコールに署名したことと河村市長の主張に全面的に賛成かということとは別の問題である。よくよく考えて次の投票行動をすることが大事だ。

 

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2010年12月16日 (木)

国会議員の資格なし、民主党横峯議員

 12月14日の朝日新聞やNHKテレビのニュースなどで民主党横峯参議院議員の政治資金の使い方が報じられた。

 横峯議員の2009年どの政治資金収支報告の記載によると、娘のさくらさんのゴルフの試合を見に行った宿泊費や旅費等の支出が17件、69万円にものぼるという。

 それについて横峯議員の事務所では、さくらさんのゴルフを見に来る後援者がいるので会いに行き、食事をしたり話をしたりするのだという。

 我々庶民の感覚からいうと何とも理解に苦しむ言い草である。後援者に会うためにゴルフのトーナメントを見に行く、それも娘のさくらさんの試合を特定してである。

 しかも、娘の試合のアドバイスをしたりしているという。議員同行の車でさくらさんを送ることもあったという。公私混同も甚だしい。

 政治家というのは、政党交付金や交通費などの税金を使って何でも自由にやっていいのか?政治活動と私的な行動との区別をどこでつけるのか、国民に納得でき説明をして欲しい。

 だいたい政党交付金というのが、手前味噌でいい加減なものだ。国税で膨大な金を支出させそれを飲み食いなどに気まま勝手に使っている。高級料亭で話をするのも政治活動なのだ。そこからいくとゴルフぐらい大した金額ではないと思っているのだろう。

 政党交付金をもらっていないのは共産党だけである。これは見上げたものだ。それ以外の党は貰っているから廃止せよと言っても聞く耳を持たないであろう。

 私は、政党交付金は廃止すべきだと考えるが、その前に使い方にも厳重な縛りを作って規制してもらいたい。ゴルフや高級料亭などはもってのほかだ。本当に必要な政治活動にのみ限定して使うべきである。その上で、一日も早く政党交付金を廃止してもらいたい。

 それでなくても国の予算は金がなくて汲々としているのだ。政党交付金をなくせば相当の財源が確保できるのだ。

 横峯議員の行動は議員の資格がないことを証明した。すぐに辞めるべきである。辞めないならば民主党は党として辞めさせるべきである。

 

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2010年12月15日 (水)

便利な名古屋市図書館へのインターネットアクセス

 今年の5月頃、図書館でインターネットで図書の検索や予約が出来るようになると聞いて、仮パスワードをもらった。しかし、何となく面倒なので、そのままにしてあった。一昨日、書類の整理をしていたら、そのときにもらったパスワードとやり方を書いた説明書が出てきた。それで市立図書館のホームページに入り、パスワードを設定した。

 ログインしてみると、大変便利であることがわかった。本の検索は書名を知らなくてもできるし、該当の本や周辺の本も一緒に出てくる。本の著者や出版社などの情報の他に、どこの図書館に何冊あるか、予約待ちが何人いるかもわかる。

 ちなみに「ゲゲゲの女房」を調べたら、武良さんの著書は、24冊あり321人が予約待ちである。香山リカさんの「しがみつかない生き方」は、43冊もあって、予約をしたら115番目になった。

 収蔵冊数や予約状況で、その本がどのくらい人気があるかが分かって面白い。

 予約は簡単で、受け取り場所を指定するだけである。自分が借りている本や予約した本の情報も簡単に見ることができる。こんなに便利なものなら始めからやっておけばよかったと後悔した。

 インターネットで、いろいろなことが便利になったが、図書館の検索が自宅で出来るのはありがたいことだ。

 まだの人は、図書館に行って仮パスワードと説明書をもらってきて、自宅でパスワードの設定と図書カードの番号を登録するだけである。

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2010年12月14日 (火)

民主党の内紛にはがっかり

 昨年9月に政権交代して1年4ヶ月、民主党に対する国民の期待は完全に冷めてしまったようだ。

 鳩山氏は、普天間基地問題で信用をなくしてそれが今に尾を引いているし、小沢氏の金を巡る問題は相変わらずだ。外交問題でも、尖閣諸島でつまずき、北方領土ではロシアによいようにされている。

 選挙のマニュフェストもどんどん後退して、国民は失望するばかりだ。それを象徴するのが、12日に開票された茨城県会議員選挙である。自民党が39名当選したのに対して、民主党はたった6名であった。この傾向は全国的なものと思われる。来年の統一地方選挙では民主党が歴史的大敗をするかもしれない。

 国会会期中は仙谷官房長官、馬渕国交相の問責などで明け暮れ、法案成立は40%ぐらいだ。そして今は、小沢氏の国会招致を巡って党内が2分してしまった。鳩山氏は首相にしてもらった恩義からか、輿石氏は何の義理立てか知らないが、小沢氏にべったりである。国民から見ると、歯がゆくてたまらない状況である。

 民主党は折角念願の政権を取ったのであるから、全党挙げて国民の期待にたがわぬ政治に邁進するべきであった。それが内外ともに人を巡る抗争に明け暮れている印象である。

 某週刊誌によると、管首相は1月には交代だと書いてある。次は、前原?岡田?誰が首相になるにせよ、民主党を立て直すことはもはや無理であろう。志のある議員がいない。

 さりとて自民党に戻るのもどうかと思われる。みんなの党も同じ穴のムジナである。小党が乱立して日本の政治の行く手は朦朧としている。

 仮に自民党が勝ったらみなよりを戻して1つの勢力を作るのであろうか。それは御免である。そうなると、どこの党が政権の主導をしても先行きは不透明で、結局今と同じ状況が続くことになる。

 私は、自民党政権が続いていても、尖閣諸島問題、北方領土問題は同じことであったと思っている。外野では言いたいことを言っていられるが、当事者となるとそうは行かないと思うのだ。

 サンデーモーニングで毎日新聞の岸井氏が指摘していたが、民主党は、きちんとビジョンを示して、その実現にシャカリキに進むより道はないのだ。姑息なやり方はやめて正攻法で正面突破を図るべきである。

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2010年12月13日 (月)

アートプラザでXmasミニコンサート

 昭和男爵コーラスは、今度の土曜日(12月18日)にアートプラザでXmasコンサートをする。

 アートプラザは、栄の芸術劇場のある芸術文化センターの地下にある。オアシスから通じる通路を入って入って行くと、ガラスのドアがあって、それを開けると、左側にある。チケット売り場があるところである。

 「アートプラザ X’mas ミニコンサート―加藤佳代子と昭和男爵コーラス」と題して開かれる。主催は、愛知芸術文化センターである。

 午後13時半からと、15時からの2回公演である。

 ソロと指揮をソプラノの加藤佳代子先生、伴奏は小森真紀先生である。

 曲目は、

 1.高原列車が行く  (軽快な明るい歌)

 2.水色のワルツ   (きれいなメロディの歌)  

 3.雪の降る街     (雪国の音が聞こえそうな歌)

 4.島原の子守歌   (哀調のある調べ)

 5.DONA NOBIS   PACEM (カノン 私たちに平和を)

 6.AVE MARIA     (きれいなメロディー)

 7.聖夜         (和音が美しい)

 =きれいな詳しいチラシ=

  http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/plaza/videoimg/xmas.pdf
  

 

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2010年12月12日 (日)

NAMASTEのインドカレーとナン

 1年半ほど前に、八事にあったインド・ネパールカレー店へ日本語教室の仲間と行ったことがあった。ネパールから来た学習者が、その店で夫と働いていたので、食べに行ったのである。

 カレーにナンとサラダと飲み物がついて790円だったと思うが、とてもおいしかった。ナンはお代わりができたのでみんなで分けてお代わりをした。

 おいしいので、また来ようと言っていたのだが、その機会がないまま、いつの間にか店がなくなっていた。

 新瑞橋のサティに行くとき、時々西側の通りを歩くと、交差点から100mぐらいのところに、インドカレーの店があるのを見つけた。でも、ちょっと入り難そうなので入らなかったが、ひょっとして閉店した八事の店と同系列の店かもしれないと思うようになった。

 店の前には、ナン食べ放題でカレーとサラダで500円というチラシを張り、黒板にもそう書いてあった。それで一度入ろうと思うようになった。

 昨日の朝は、食事を家で食べないでインドカレーとナンを食べに行った。店の名はNAMASTEである。11時の開店の少し後に行ったら客は誰もいなかった。店の中は、壁にインドの装飾画が貼ってあり、インドの音楽が流れていた。

 厨房にはインド人のコックがいて、店にはもう一人のインド人がいた。テーブル席とカウンターがあったが、テーブル席に座った。

 メニューを見ると、ランチタイムは、500円と飲み物つきで840円、その他にシーカバブーやタンドリチキンなどの単品も450円ぐらいであった。私は、500円のカレーとナンを注文した。「カレーは、普通の辛さか辛いのか・・・」と聞いたので、普通のにした。

 しばらくすると、バスケットに入れたナンとカレーと刻み野菜が運ばれてきた。手でナンをちぎろうとしたが、焼き立てなので熱かった。なんとかちぎってカレーにつけてほおばったらとてもおいしかった。

 最初のナンを食べ終わると、さらに注文したら、「普通の大きさか、ちょっと小さいのか。」と聞いてきたので、2枚目だから小さめにした。「食べ残して捨てるともったいないから。」というと、「ゴミにするのはもったいない。」と言った。

 ウエイターの日本語は、あまり上手ではなかった。ここのカレーは、インドカレーかと聞いたら、そうだと言った。そして、インド・ネパールというのは、ネパール人が高い金を出して日本に来て、作り方を習って店を出しているのだと言った。

 店員やシェフは客が来なくても時々、「らっしゃいませ!」と大きな声を出していた。そのうちに、一人若い女性が出前を頼みに来た。4人前注文していた。

 私が食べ終わる頃、若い女性とその母親らしい人が3人はいってきた。それぞれ辛いの、普通の、甘いのと注文していた。

 この店と八事にあった店とは無関係だそうで、伏見にある店が同じだと言った。そういえば先日伏見に行ったとき、NAMASTEがあったことを思い出した。

 新瑞橋の店は、開店以来12年になると言っていた。私は気づかなかったのだと思った。

 インドのビールやワインもあると言って見せてくれた。チラシを貰ったら最近値下げをしたと言った。500円でナンかご飯を食べ放題というのはなかなかいいと思った。ちょっと入るのに抵抗があるかも知れないが、入ってみれば安くておいしいナンが食べられる。「また来ますよ。」と言って店を出た。

 NAMASTEというのは、インドの挨拶の言葉で、おはよう、こんにちは、こんばんは・・・何にでも使えるのだそうだ。NAMASTE !

 

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2010年12月11日 (土)

ボランティア活動は無償の奉仕であるべきか?

 私は、退職後10数年にわたり、外国人に日本語を教えるボランティアをしている。愛知国際プラザで活動をしているのだが、最初の1年間交通費が支給されただけで、その後は、財政困難を理由に交通費支給はなくなった。だから無償ボランティアである。

 ここでは天下りの元知事が理事長をしており、高額の報酬を得ているし、広い部屋を独占している。理事長もボランティアであるべきだと思うのだがそうなっていない。

 それでも私たちは、日本語ボランティアを続けている。それは得意分野で活動することが、生きがいになるからだ。 同じボランティア仲間に、しょっちゅういろんなボランチアに行っている人が何人かいる。先だってあったトリエンナーレやCOP10などにも参加していた。また、別の知人には、もっときつい災害のボランティアに参加する人もいる。

 友人の中には、障害者を助けるボランティアを続けている人たちもいる。この場合は僅かな謝礼がもらえる場合もあるようだが、その苦労は大変なようだ。

 戦前にはボランティアというコトバはなく、奉仕活動と言われていた。戦争中は、勤労奉仕という名目で軍需工場などに狩り出された。しかし、それは本来のボランティア活動ではない。強制されたものだからだ。ボランティアはあくまでも任意のものである。

 ボランティア活動が広がって来たのは、戦後かなり経ってからで、多くの人がさまざまなボランティア活動に参加するようになってからまだあまり時間が経っていないと思う。

 マスコミで、ボランティア活動は無償であるべきかどうかという議論がなされたこともあるが、結論がどうであったのかは覚えていない。 

 私の考えは、ボランティア活動は、無償でも有償でもケースバイケースだと思う。無償でも有償でもいろいろあってよいということだ。だから、全くの無償のボランティアにも参加するし、何がしかの謝礼をもらえればそれはそれで受け取る。

 災害の救援のようなボランティアは、無償であって当然である。どこにも資金を提供するところがないのだから、参加する人の善意に甘えるしかないであろう。

 しかし、利益を追求する企業などがボランティアを要請する場合は、全くの無償というのはどんなものかというのが私の問題提起である。

 学校や公的施設でも、交通費ぎりぎりの謝礼でボランティアを要請しているが、一方で天下りの役員に高給を与えていることもある。

 

  

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2010年12月10日 (金)

マジック・ボランティア好評だが―パナソニック・エイジフリー・熱田で

 12月8日に六番町にあるパナソニック・エイジフリー熱田デイケアセンターに行ってマジックを見せた。私のクラブからM.Iさんと2人で出かけた。

 行く前にHPを探したが、日本全体のHPはあったが、熱田事業所のはなかった。それでも旧松下電工がパナソニックと名前を変えて、しかも、介護事業としてデイケアを始めたらしいとわかった。パナソニックほどの大企業でも介護など多角的に事業をするのだと思った。

 電話で確認をしようとしたら、9時を過ぎていたのに留守電になっていた。後で連絡をくれるとメッセージが入っていたので、電話番号と入れておいた。いくら待っていても連絡が来ないので再度電話をすると今度は通じた。

 時刻や場所や駐車場やCDデッキの有無などを確認した。向こうは、「代表の方が、交通費程度は頂いていますと言われたが、試しに来てもらうので交通費は出しません。よろしいですか。」と言った。よろしいも何もないそれならそれで仕方がないと思った。でも、天下のパナソニック系列が経営するのに・・・・と内心思った。

 カーナビに行く先を入れたが、該当の施設はないと表示された。新しい施設なのだろうと思い、改めてインターネットの地図で場所を確認した。

 途中、一緒に行くMIさんの家に寄って荷物などをのせた。MIさんはマジックテーブルを二つも使うのだった。

 日比野の交差点でちょっと迷ったら、後ろのタクシーの運転手が下りて来て叱られた。でも、何とか施設を見つけることができた。

 デイケアセンターには利用者がたくさん来ていた。後で26名いることが分かった。それにスタッフがいるから30名余りで丁度よい人数であった。

 準備をする場所がないので、私は机を黒板で隠してもらい、Iさんは、洗面所で準備や着替えをした。

 2時からということになっていたが、早く始めてもよいというので、1時50分頃に挨拶をして開始した。始めに職員が「マジックを見るのが初めての人?」と挙手をさせたら、5.6人手があがった。マジックを大いに楽しみ、失敗したら笑って結構と話した。

 MIさんは、見栄えのするきれいなマジックをやるので、私が最初にやった。リング・オブ・ロープでリングが瞬間に入れ替わるので驚いていた。次は、三本ロープを実際のロープと印刷したロープとで演じるもので、交互に演じていった。最後にロープが1本になるとオッという声が上がっていた。また、紙のロープも同じように変化するので不思議そうであった。

 ウサギがライオンになるカードマジックも受けていた。「アレッツ」というマジックでは本当に「アレッツ」と驚いていた。

 シルクマジックは、厚紙を折って作った箱からシルクが次々に出てくるので不思議そうであった。シルクピットインは、利用者さんに出てもらって、フィニッシュをやったら、意外性に驚いていた。出したシルクをチェンジバッグでレインボウシルクに変えたらやはり驚いていた。

 次は、職員に出て来てもらって、首にかけたロープを両腕にはめたリングにも通し、利用者さん2人に引っ張ってもらった。これもたいへん驚いていた。

 最後は、被っていたトルコ帽から卵を次々に出したので「まだ出る?」と言って不思議がっていた。

 MIさんは、発表会でやったシルクを使うマジックを華麗に演じて皆さんを魅了した。今回は新しく、バナナプロダクションを加えて上手に演じて終わった。

 全ての演技を終えたら、担当職員が「マジックを覚えたいでしょう。」と利用者に振ったので、何か教えなければならないと思った。咄嗟のことなので、頭の中を巡らして、ハンカチとコインの簡単なマジックを教えた。職員と2人の利用者さんが前に出て来て上手に演じた。

 MIさんは、輪ゴムを持っていたので、輪ゴムの移動の手品を教えて好評であった。

 結局、30分のはずが、50分余りの時間を費やし、2時45分頃に終了した。

 今回の観客は、80歳、90歳の人が殆どであったが、とても熱心に見てくれたのでやりやすかった。

 最後にお茶のサービスはあったが、本当に交通費もでなかった。驚いたのは、誓約書を書かされたことで、こんなことは初めてであった。私たちはただマジックを見せるだけで、利用者の個人情報など分かるはずがなく、施設の情報についても目で見るだけでそれを他に話すこともないのだ。

 天下のパナソニックが一体何を恐れているのだろうというのが率直な感想である。誓約書を要求するぐらいなら、せめて交通費ぐらいは支払うべきであろう。

 マジックは、準備と片付けに時間がかかるし、ガソリン代だってガソリンが高い今、相当かかるのだ。天下のパナソニックならば、それなりの礼儀というものをわきまえて欲しい。

 第一、我が家は、パナソニックのファンでパナソニックの製品で溢れているのだ。どれだけこれまでに儲けさせたことか。そういうことも考えるべきでろうと思った。

 

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2010年12月 9日 (木)

12月8日に思うこと

 12月8日、この日はかつて日本が太平洋戦争を開始した日である。新聞もテレビも何も触れなかったが、私は思い出した。

 当時、小学校入学前の私には開戦のことは記憶に残っていない。ただ、その後戦争が厳しくなり、それとともに生活もさらに厳しくなって行ったのであった。

 小学校には17年に入学したのだが、入学時の面接のことは今でも覚えている。家の近所に道家先生という先生がいて、お母さんたちは、小学校に入ると1年生の担任が道家先生になることを望んでいた。

 私の担任は、日下先生と言って中年の口に髭を蓄えた先生であった。この先生もいい先生だった。本を読んだり、戦争の話などをよくしてくれた。

 あるとき父兄参観日があった。私たちは戦争ごっこを見せることになった。開戦してまだ半年ぐらいのときであった。おそらく日本軍はまだ中国や南に向けて快進撃をしているときであったのだろう。だから1年生にも戦争の意識を植え付けるためにそういう企画をしたのかも知れなかった。

 私は、なぜか一方の隊長に指名された。家から持っていった玩具の鉄兜をかぶり軍刀を持って机の間を走り回ったことを覚えている。教室の後ろには父兄がいて見ていた。

 その頃家では朝日新聞を取っていたが、新聞に報じられる日本軍のはなばなしい戦果であった。私は、そういう戦争の記事を読むことに興味を持ったのだが、結果的には、新聞を読む力を身につけたのかもしれない。とにかく、毎日新聞を読むのが楽しみであった。

 天長節とか明治節とかには熊野三山の1つの速玉神社に、隊列を組んで参拝に行った。そのときも旗手を務めたことがあった。

 思い出すのは、行進の練習である。足の出し方とか直角に膝まであげることとか、曲がるときには「組踏み右へ進め!」とか、「頭右!」とか散々練習をさせられたことだ。

 「鬼畜米英」とか「欲しがりません。勝つまでは。」とか「壁に耳あり、障子に眼あり。」などという標語が溢れていた。「トントントンからりと隣組、格子を開ければ顔なじみ、回して頂戴回覧板、助けられたり、助けたり」という歌が歌われた。

 B29爆撃機が夜も昼も上空を飛んでいくまでにはまだ2年前であった。

 8月15日は敗戦記念日として大事だが、12月8日もあの嫌な戦争に突入した日として記憶に残して欲しいと思う。 

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2010年12月 8日 (水)

河村市長の10%減税への疑問

 河村氏は、名古屋市長に当選後まず自分の給料を800万円にして、退職金も貰わないと明言した。まだ前任の松原氏が退職金を貰う前であったので、どう反応するか興味があったが前市長はこそっと全額4000万円ほどをもらったようだ。

 市長は4年毎に退職金をもらうので、2期勤めると大変な額になる。河村氏はそれを放棄すると言ったのだから、市民の心を一気に掴むことに成功した。

 その後、自分の給料を減らしたのだから市議会議員の報酬も半額にせよと言った。こちらは今もなお反対が強く賛成は公明党のみであるが、共産党も半減もふくめて検討課題とすると言い出だした。

 もう一つの河村市長の主張する減税10%は、市議会で否決され、継続審議も拒否された。河村市長は、自民党前議員の大村氏を愛知県知事候補に担ぎだし、来年2月の選挙では知事・市長同時を狙っている。

 そのためのリコールは、選挙管理委員会の審査によって阻まれてしまいそうだ。それに対して、もしそうなれば、市長を辞任して同時選挙に持ち込むと言っている。

 そのときの目玉が市民税10%減税で、大村氏も同調して同じく県民税10%減税を唱えている。河村市長は10%減税によって、市民が大きな恩恵をこうむり、名古屋に人や企業が集まり活性化すると言っているようだが、果たしてそうなのか疑問である。

 友人が送ってくれた赤旗の切り抜き「どうなっている名古屋市政」によると、名古屋市民225万人の52%は扶養家族や非課税のため減税の対象から外れているという。それに対して最高納税者は、10350万円の減税になるのだそうだ。私などは数千円の納税だから、数百円の恩恵しかないということになる。つまり、高額納税者ほどメリットがあるということだ。

 法人市民税も、最高は2億4200万円の減税なのに、市内の企業の6割を占める赤字企業は一律5000円の減税しか受けられないという。

 問題はそれだけではすまない。先だって国民保険料の値上げについて通知を受けたが気にもしないでそのままにしておいた。ところが、この記事によると、不況と減税で生じた税不足を穴埋めするために、名古屋市は国民保険料の所得割を大幅に引き上げたのだそうだ。ハハーン、そういうことだったのかと今頃になって納得した。

 次の表は、記事から一部転載

 減税額と国保料の値上げ額の比較(単身40歳未満)

 給与所得  10%減税額  国民保険料引き上げ額  負担増

 200万円    5000円      19470円         14470円

 300万円    8900円      35520円         26620円

 400万円   13100円      52350円         39250円

 

 600万円   22000円      89100円         67100円   

 

 683万円   25800円      59360円         33560円

 798万円   31600円      0円               0円

 国民保険料の他に介護保険料も引き上げられたと思うからダブルパンチである。

 また、減税によって、教育予算の削減や東市民病院のベッド数の半減が行われたし、城西病院など全ての市立病院の廃止が予定されているという。

 10%減税は聞こえはよいが、中身をよくよく調べてみないと国民保険料のようにどこかで増やされていたり、金持ち、大企業様向けになっているのかもしれない。

 河村市長のいう、市議会議員の歳費や報酬の見直しには大賛成だが、市議会定数の半減などは賛成しかねる。保育園の民営化や市立病院の民間移管にも賛成できない。市長のパフォーマンスに惑わされないで、提案を個別に検討することが大事である。

 

 

 

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2010年12月 7日 (火)

ぽっくり寺が盛況だと言われるが

 12月1日の朝日新聞夕刊の一面トップ記事は、「ぽっくり寺盛況 その心は・・・迷惑かけたくない」であった。

 リードの部分は、「人生の最期をどう迎えるのかー。そんな悩みと真剣に向き合うお年寄りが増えている。『苦しまず安らかに逝きたい。』『誰にも迷惑をかけたくない』という願望は強まる一方だ。」と書いてある。

 私も後期高齢者の仲間に入って、もういつ死んでもおかしくない歳になった。自分では元気なつもりでも、いつどうなるかは分からない。でも、それ人間として生まれた瞬間から死を背負って生きていく訳だから、誰もが同じ条件なのだとも言える。

 それはともかく、若いときに比べて年々死を身近に感じるようになるのは間違いない。友人や知人の中から亡くなる人が増えてくると自分の番が近づいていると思うものだ。

 釈迦は、生・老・病・死の四苦を根源的なものと捉えて、その苦しみから心を解き放つ術を悟り、民衆に教えた。私は、釈迦の教えはその通りだと思っている。

 でも、その釈迦の教えが長い間にゆがめられて、全く違った仏教が乱立することになった。それについてはこれまで見てきた通りだ。

 ただ、それらの宗派に共通しているのは、祈祷やお呪いやご利益である。庶民はそれを信じてお寺参りをする。

 今年の5月に東京に行ったとき、巣鴨の商店街を訪ねたが、その中心になっているのは曹洞宗高岩寺「とげ抜き地蔵」であった。延命地蔵だといわれるが何故かぽっくりの願いが叶うということで大盛況であった。

 新聞によると、名古屋の八事興正寺もぽっくり寺だそうで、毎月の5日と13日の縁日にはお年寄りが押し寄せるそうだ。ここのぽっくりさんは本堂にある大隋求明王だそうだ。この寺は真言宗だ。

 長野県佐久市の成田山薬師寺にはぴんころ地蔵がある。全国には数十ヶ所のぽっくり寺があるそうだ。

 昔からぽっくりと死にたいという願望は誰にでもあったので、自然にそういう仏が作られて信仰の対象となったのだと思う。

 大事なことは、もともとそうした地蔵や明王や不動尊などには霊験やご利益なのないのだということである。イワシも頭も信心からで、心の問題なのだ。ぽっくり寺をはしごして回ったとしても、お賽銭をたくさんあげたとしても関係ないのだ。

 今やバスツアーまで出来たそうだが、旅行社を儲けさせるだけである。

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2010年12月 6日 (月)

坊さんが隠すお寺の話を読んで―坊さんの位も金次第―

 先日、芸術院会員になるには、相当の金を使わなければならないという新聞記事を取り上げた。

 地下鉄に乗っていて隣の人の読んでいたスポーツしに、「人間国宝になるには2億円?」という見出しが躍っていた。歌舞伎役者のことらしかった。

 僧職もおなじであるそうだ。どの宗派にも、最下位の○○補といった位から最高位の大僧正などの位まで、12、13の位があるのだという。この僧階にも賦課金がかかるのだそうだ。その辺は、家元制度のあるものとよく似ている。

 出世するためには、いろいろな方面にコネをつくり、そのために金品を贈り、本山にも多額の寄付をして、だんだんと位を上って行くのだとか。僧正クラスになるには2000万円という話もあるらしい。(P.160)

 役人や、教員の世界も、会社など勤め人の世界も同じだ。出世するためには、金を使わなければならない。上手に金を使って動いた者が出世をするのだ。役人は公金をうまく流用して資金にすることもあったと言われる。

 人間である以上僧職にあってもその例外ではないのだ。釈迦の教えはそういういう欲望から離れる道を教えたのだが、釈迦の死後、その教えがゆがめて伝えられた。そして長い年月の間に権力と結びついたり、庇護を受けたりして、巨大な力をもつようになった。日本では、江戸時代になって幕府の統治に組みこまれて出来上がった仕組みのなかで、職業としてのお寺になって、それが今日まで続いているのだ。

 しかし、最高位から最下位までの位階制度をもつのは、仏教だけはなく、キリスト教やイスラム教を始めとしてどんな宗教にもある。私の考えでは、宗教に位階制度や本山、末寺院の制度は必要ないと思うのだが、厳として存在し信者を支配している。カソリックなどは、1つの国を形成し、法王が君臨している。

 だから仏教だけをあげつらえても仕方がないといえばそれまでである。

 著者の村井幸三氏は、「いっそのことお寺を信仰面で明快に解剖して実態を明かし、さらに法人としての経営の内実を公開してはどうでしょうか。」(P.184)と言っているが、前半の部分は分かりにくい提言である。

 私は、ます第一に、釈迦の教えに立ち戻って、各宗派の宗旨を明確に分かりやすく説明することが大事であると思う。

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2010年12月 5日 (日)

坊さんが隠すお寺の話をよんで⑤―自由葬が増えるのは当然の成り行き

 この頃「家族葬」とか「直葬」とか「自由葬」とかの言葉や話を聞くことが多くなった。新聞や雑誌でもテレビでもよく取り上げれれている。有名人でも、大掛かりな葬式をせず、近親者で済ませる人が増えている。

 昨日来た葉書の中に近所の人からのものがあった。何だろうと読んでみると、ご主人が亡くなったが近親者のみで葬儀を済ませたという挨拶であった。その人の姿を長い間見てなかったので、どうしたのがが思っていた。おそらくどこかを借りて家族で葬式をされたのだろう。だから亡くなったことがわからなかったのだ。立派な葬式を出せる家でも家族葬で行う人が出て来ている。

 家族・近親者で葬儀をする場合、仏式でやるのか自分たちでやるのかについては資料がないのでわからない。マスコミの報道では、僧を呼ばずに自分たちでやる人も増えていると推察される。

 そもそも葬儀を仏式でやらなければならない理由はどこにもない。これまでみてきたように、江戸幕府によって強制的に檀家制度に組み入れられたために慣行的に続いて来ただけである。日本人の多くは、何となく葬式は仏教でと思っているだけである。だから最近は、結婚式をキリスト教会であげることになんのためらいもない。

 天皇家は明治なって、それまでの仏教信仰をやめて神道に変わった。それは国家神道として天皇を現人神にする明治政府の政策でなされた。そのために日本人は強制的に神道の神を崇めさせられたのだ。

 江戸時代は幕府の政策により仏教徒にされ、明治になると強制的に神を押し付けられたのだ。ただ、日本人の曖昧さから葬式は仏教で、その他の正月や七五三や誕生後の宮参りなどは神様でということで使い分けがされた。しかし、敗戦までは元旦、紀元節、神嘗祭、明治節など大きな行事には神社に参ることが強制されたのであった。神国日本、現人神などと国家により洗脳されたのであった。

 天皇家は敗戦後も神道を続けている。それは万世一系の皇統と皇祖が神様であったという伝説を守っているからだ。

 創価学会は友人葬と言って、僧を呼ばず戒名もないそうだが、法華経の一部の読経と南無妙法蓮華経のお題目を唱えるらしい。仏教のようだが、葬式は異なる。

 忌野清志郎さんのように音楽葬をする人も音楽愛好家の間では増えているようだ。それぞれが工夫をして自分のやりたい葬式をやればよいのである。いや、葬式は自分ではやれないから、やってもらえばよいのである。お寺に対する義理など何もないのだ。

 お寺が人びとの考えの変化に気がつかず、私の父母のお寺のように法外な戒名料や読経料を領収書もなしに請求することを続けているならば、早晩自滅するであろう。

 

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2010年12月 4日 (土)

坊さんが隠すお寺の話を読んで④―お寺堕落の根源―

 徳川家康は豊臣秀吉の末期の1601年に、高野山(真言宗)、天台宗、曹洞宗、臨済宗の主な寺46ヶ寺に寺ごとの法度を出し、本山・末寺の関係の確立や中世以来の特権の廃止などを命じた。(P20)

 4代家綱の1665年には、各宗に共通した「諸宗寺院法度」という9ヶ条の掟を出し仏教寺院の支配を確かなものとした。「その内容は、全宗派に共通して、僧の服装、修行の期限、儀式、日常の心得、住職任命などの制定。大本山、中本山、直末寺、末寺などの格付け。大本山の最高責任者にその管理権限を与え、最高責任者の任命には幕府の承認が必要であることを定めた。」(P.21)

 ところが島原の乱が起きたので、さらに幕府の統制を強めるために「寺請制度」を作ったのだという。それにより、身分、職業に関係なく、住居の近くの寺に住民登録をさせた。住民は毎年1回、家族一覧を寺に提出し、寺はこの届出によって「宗旨人別帳」を作成して村役人に提出した。(P.22)

 この制度がうまく機能したのは、寺に「寺請証文」という住民票を発行させた。住民は結婚、出稼ぎ、旅行などで移動をする時には、この証文をもらって持ち歩かなければならなかったのだ。(P.22)

 この法度の中で、寺を檀那寺、住民を檀家とよんだので「寺檀制度」というのだそうだ。つまり、今も使われている檀家と檀那寺という言い方は、徳川幕府によって、人民を支配する制度として作られたことがわかる。

 幕府が寺請制度をつくり、住民は必ずどこかの寺に登録をしなければならなかったことは、寺院にとってとても好都合なことであった。寺は幕府の後ろ盾の下に檀家に対して絶対的な権力を持つことができたのである。

 1613年の日付で、1641年に発行された「御条目宗門檀那請合之掟」という文書があり、徳川家康が寺に与えたという15項目の特典が書かれている。ところがこの文書は誰が、いつ、どこで作ったのかわからない怪文書なのだが、幕府黙認のものであったという。

 ・寺の諸費用は全て檀家の負担とする。

 ・寺が主催する行事には必ず出席する。

 ・先祖の年忌は寺と自宅で2回行う。

 ・檀那寺を勝手に離れてはいけない。  など。

 寺はこの制度を悪用して貧しい檀家を苦しめたそうで、その事実が残っているという。(P.27)寺院や坊主は、お経の教えに背いて欲に溺れて阿漕なことを堂々とやってきたのだ。そのことをよく考えるべきである。

 著者は、殆どの僧職は、三毒つまり「貪」「瞋」「癡」(トン、ジン、チ→欲張り、怒りやねたみ、仏教の真理への無知)に犯されていると指摘している。(P86)

ーつづく―

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2010年12月 3日 (金)

坊さんが隠すお寺の話を読んで③―庶民の葬式の始まり―

 奈良時代の仏教は葬式とは関係がなかったものが多いが、仏教伝来からかなり早い時期に仏教が天皇や貴族の葬儀にかかわったようだ。

「日本の場合、古代の葬儀は殆ど野や山に捨てる”野捨て葬”でした。天皇でさえ、長くて3年も殯宮(モガリノミヤ)という仮殿に安置(野捨て)していました。そこで僧侶に読経をさせるようになったのは、孝徳天皇(654年)の時代からだったようです。」(P.119)

 孝徳天皇の后の間人皇后の初七日には330人の僧尼を供養のために出家させたどうで、今に続く初七日のことのようだという。しかし、記録に残っているのはいすれも天皇や貴族のことばかりで、庶民は全くかかわりがなかったようだ。(P.120)そういう状態が12世紀まで続いたという。

 南都仏教が葬式を行わないのは、国家の庇護の下に荘園を寄進され安穏な生活を送ることができたからである。その荘園で労働に従事したのが農奴である庶民であった。

 そうした農民たちに仏教を広める活動をする僧が現れた。有名なのは、奈良時代の行基で法相宗を説いた。平安時代には空也が出て阿弥陀仏信仰を広めた。「南無阿弥陀仏」を唱えさえすれば、死後極楽浄土へ行くことができるという教えは誰にでも理解できるすばらしいものであったといえる。

 「このような僧は『聖』とよばれました。彼らは生活の糧を得るため、京都の鳥辺山などの墓地の近くに住んで、遺体がやって来ると、故人の供養をしましょうと念仏を唱えたり、火葬の手伝いをして、礼金をもらっていました。つまり、民間総裁業者の役目をしながら、、一方で仏教を広めていたのです。」(P.123)

 この辺りに一般庶民と葬式との接点があるようだ。平安時代には源空が浄土宗という新しい宗教を立ち上げた。「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで救われる根拠を「観無量寿経疏」の中に見つけたのだという。鎌倉時代になると、浄土真宗や時宗や禅宗や日蓮宗という新しい宗教が誕生した。

 こうした教団は資金源として「葬式」に目をつけたのだという。次に引用する。

 「葬儀のお礼が有力な財源となったのです。葬儀の手引書になったのは、禅宗の『禅苑清規』で、これは身内である修行僧の葬儀儀式の手順を決めたものでしたが、葬儀の形式を整えて行く上では絶好の指導書でした。各宗とも初めはこれを手本とし、その後次第に独自の様式を考え出し、江戸時代にはそれぞれ見事な儀式として完成させました。亡くなった人を『ホトケ』と呼ぶのは、『禅苑清規』から出た言葉です。」

 鎌倉時代に新興仏教が葬式を始めたのが今に続いていることがわかる。それが江戸時代になると、徳川幕府の政策として葬式は仏教でなくてはならないとされたのである。それが仏教の堕落につながっていったのだ。

ーつづくー

 

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2010年12月 2日 (木)

やはり小沢氏は金権政治家―庶民には理解できない異常さ―

 12月1日の朝日新聞一面トップ記事の見出しは、「小沢氏、91人に計4.5億円ー総選挙前新人らにー新生党資金も」であった。

 小沢氏は自分の資金管理団体「陸山会」を通じて、小沢氏が擁立した新人候補や側近議員に、一人あたり200万円から500万円配ったそうだ。あの福田衣里子議員も貰っていし、原口一博元大臣など大臣や松木謙公政務官なども貰っている。

 福田さんはどんな気持ちでもらったのだろうか。

 小沢氏は、新人議員を多数当選させて、自分の傘下においているが、金を与えて自分に従う議員を増やしたのだ。民主党内最大のグループを形成したのは小沢氏が飛びぬけて資金を持っているからだということがわかる。このやり方は彼の師、田中角栄元首相のやり方と同じである。

 誰でも金が欲しいし、金を貰えば背くわけにはいかない。

 彼がどのようにして金を集めるのかは知らないが、2009年には10億2000万円もの収入があったという。

 選挙のときに使われた金のうち、3億7000万円は、新生党解党のときにあった9億2000万円を小沢氏の政治団体の「改革フォーラム」が管理していた金の残りから移されたものだという。

 新生党解党のときの金をどうして小沢氏が独り占めできたのか不思議である。他の同士たちは誰も文句を言わなかっただろうか。それに政党交付金からの金が含まれていたという指摘をどこかで読んだことがある。

 小沢氏がどのようにして巨額の資金を集めたのか、なぜ自分の裁量で使うことができるのか、そうしたことを国民に分かるように説明して欲しい。

 少なくとも我々のような僅かな年金で生活をしている者や年収が250万以下の若い非正規被雇用者には全く理解ができないことである。

 政治というものが、一部の大金を集めることができる人びとによって主導されるのでは、一般の国民はたまったものではない。小沢氏が民主党代表にならなくてよかった。

 池上彰さん、この問題も分かりやすく解明してくださいね。

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2010年12月 1日 (水)

お坊さんが隠すお寺の話②―庶民の葬式が始まったのは江戸時代から

 奈良時代の仏教、南都の三宗、東大寺(華厳宗)、唐招提寺(律宗)、薬師寺(法相宗)などは開山以来葬式をしていないという。その理由は、奈良時代の仏教の役割は鎮護国家であったからだ。中国からもたらされた仏教は、仏の大きな慈悲によって国を守る宗教である」(P.113)

 釈迦は勿論葬式については触れなかったし、インドでも葬式とは無縁であった。釈迦が説いた教えについては、キリスト教やイスラム教のような「聖典」が残っていないので本当のところは分からない。釈迦の教えがまとめられたのは死後100年以上もたってからなのだ。

 だから古い経典によって推察するしかない訳だ。その点については以前に書いた。この本によると、「『宇宙の全ては共存し、しかも、それらは時々刻々と変化している。しかし、私たちはその中で自分の”我”(アートマン)だけは変わらないと思っている。”我”もまた変わることを知れば、あらゆる苦しみ、悩みから解脱して、絶対安心の世界(涅槃)に入ることができる。そのための修行の方法を教えよう』というのが根本の教えのようです。」(P.115)と述べている。

 「あくまで、この世での心の持ちようと生活態度、そして修行のあり方についての教えが中心です。」と続けている。私の捉え方も、以前に書いたように、”心の持ちよう”だと思っている。著者も指摘しているが、釈迦自身は、あの世についても、人に魂があるかどうかについても一切語ってないというところが大事である。

 あの世や魂や地獄などの考え方は、釈迦の死後作られた経典によって、いろんな仏教僧が作り出したものである。

 日本に現存する仏教宗派が教え、葬式で送り出すあの世は主なものは次のようであるという。(P.136)

 ・浄土教(浄土宗、真宗、時宗など)→西方阿弥陀浄土

 ・真言宗→密厳浄土か兜率天(ミツゴン、トソツテン)

 ・禅宗→西方無勝世界(ムショウ)

 ・日蓮宗→霊山浄土(リョウセンジョウド)

 日蓮宗から離れた創価学会はどうなっているのか知らないが、菩提寺によって異なるのだ。

 日本人のあいまいさというか、融通無碍というか、結婚して菩提寺が変わると死後の行き先も(それがあるとするならば)変わるのだ。結婚前に真宗で阿弥陀如来の導きで西方浄土に行くことになっていたのが、結婚して禅宗になると別のところに行くことになる。

ただ、共通しているのは、どの宗派でもどこか浄土というところに行けるということである。極楽とか地獄という考え方があるが、これは中国から来たのではないかと思う。それが各宗派がいうところのあの世と同じ物なのかどうか、それも曖昧である。

  ―つづくー

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