COP10が終わったが
名古屋で10月の始めごろから開かれていたCOP10、国連地球生き物会議(生物多様性条約第10回締約国会議)が30日の未明に終了した。世界の190カ国余りからの参加者があったと聞く。これだけの大きな会議が名古屋で開かれたのは素晴らしいことであった。報道によると、連日真夜中まで会議が行われたようだ。
おそらく名古屋では初めての大きな会議であったが、名古屋に住んでいてCOP10が身近に感じられることは何もなかった。街中にあるポスターぐらいであった。テレビや新聞の報道をみていても生物多様性についてや生物資源の利用をめぐって発展途上国と先進国との間で利益配分をどうするかでもめていることぐらいしかわからなかった。
ただ、最終日になって、議長国である日本の提案によって、医薬品のもとになる動植物などの遺伝資源の利用について定める国際ルール「名古屋議定書」と生態系保全の世界目標「愛知ターゲット」が採択されたので一定の成果があったと言えるようだ。
地球温暖化と二酸化炭素排出に関する「京都議定書」のように、「名古屋」が冠についた議定書ができたことで、世界で無名の名古屋の知名度が少しは上がるのではないかと思う。名古屋市民としてはその効果も期待したい。
COP10と我々一般人との関わりは、間接的なもので何か遠いもののように感じる。一般市民はどういうことに関心を持ち、どう対処していったらよいのかわかりやすい説明があるとよいと思った。おそらく大多数の市民は何のことかがわからないのではないか。ここは売れっ子の池上彰さんの出番であろう。
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私が育った南紀、新宮なども、開発によってすっかり姿が変わってしまいました。子どもの頃駆け回った里山も小川も鳴くなり、海さえも変わってしまいました。全て人間がやったことです。
投稿: らら | 2010年11月 2日 (火) 09時05分
cop10にはとても興味があったのですが、身辺があまりに多忙で国際会議場へも行きませんでした。
自然を破壊し、生物多様性を壊しているのも人間の傲慢と欲望だと思います。
昔の人はとても謙虚で「命頂きます」米粒の一つも粗末にしなかったと思うのですが。
日本の里山は生物多様性そのものだと思いますが、ドンドン消えていきました。
生物の種が減ってゆく事は人間の未来も暗示するような気がします。
投稿: maron | 2010年11月 1日 (月) 14時51分