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2010年10月

2010年10月31日 (日)

街を走る昔懐かしいマツダ・キャロル

 先日、藤成通の交差点で信号待ちをしていらら、東のほうから変わった車が走ってきて停まった。見ると何とマツダ・キャロルであった。ルーフにキャリアーをのせていた。

 信号待ちの僅かな時間、すぐにカメラを取り出して3枚写した。信号が変わるとキャロルは塩付通りに右折して北に向かって走って行った。

 マツダ・キャロルが現役で走っているなんて夢を見ているようであった。外見は昔のままであった。きっと上手にメンテナンスをしているのだろう。

 キャロルと言えば、50年ぐらい前にスバルともに人気があった軽自動車だ。小さいのに一人前の形をしていて格好よかった。キャロルを欲しいと思ったが、就職して間もない私には無理であった。

 同じ職場に勤めていた当時50歳台の先輩がキャロルに乗って通勤していたのを思い出す。白髪の交じったその人はキャロルにぴったり似合っていた。

 その頃は、まだ車の免許も持っていなかった。職場にはもう一人パブリカに乗って来る女性がいた。パブリカは普通車だからもっと格好良かった。車は憧れであった。

 私が車の免許を取り、何とか軽自動車を買ったのは、ずっとあとのことであった。

 それにしても、あのキャロルを今まで維持してきて現役で乗っているというのは凄いことだ。今の車はコンピューターで快適に動くし、燃費もよくなった。それなのに50年前の車を動かしているのだ。

 

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2010年10月30日 (土)

愛知県立芸大の学園祭オペラと展覧会

 10月29日に愛知県立芸術大学の学園祭のオペラを見に行き、その後展覧会も見て歩いた。

県立芸大のキャンパスは、リニモ芸大通り駅前からシャトルバスで行ったが、緑の林の中の道を走り、気持がよかった。キャンパスは、小高い丘の上にあって芝生が広がりとても良い環境であった。

 オペラは「Help,Help,the Globolinks!(宇宙人、グロボリンクスがやってきた)という題名のもので声楽科の1,2,3年生が出演し、オーケストラはやはり学生が演奏した。指揮は大学の非常勤講師の若い吉住典洋氏、演出は堀口文成氏であった。

 このオペラはG.Cメノッティ(1911年~2007年)というイタリア人でアメリカで活躍した現代を代表するオペラ作曲家の作品だという。「子どもと子どもを愛する者たちのために」とあるように、学校の生徒たちと宇宙からやってきたグロボリンクから子どもたちを守る先生たちの活躍する様子を描いている。

 グロボリンクは、毛に覆われたぬいぐるみで作られており、3つ登場する。ただ楽器の音に弱く音がすると逃げて行く。その弱点をついて子どもたちを救い、音楽の力がそれに貢献したというフィナーレである。

 子どもたちには、10名の合唱隊がなり、先生たちを3人の男性と2人の女性が演じた。遠くから見ると子供にみえた。子どもの重要な役のエミリーには2人が交代で当てられていたが、後半のエミリーがよかったように思う。

 一番の中心の女性の先生役の言葉が聴き取りにくかったのは残念であった。

 オーケストラは一生懸命に演奏していた。

 このオペラは、子どもたちに見せるとよいと思った。ストーリーとしてはまさに子供向けであった。

 演技としては、演出のお陰で無難にこなし熱演していた。舞台運びは、舞台装置の転換など手際よくやっていた。 残念であったのは、会場が何故か大変にダストが多くて照明が曇っていたことである。

 その後、会場をまわり学園祭を見てまわった。食べ物の模擬店が多くて、今の学園祭はそういうものなのかと思った。

 陶芸展を見たが、1年生の湯のみの習作がまだ初々しかった。院生ともなると大家を思わせる大きな作品があり、それなりによくできていた。また現代的な感覚の作品にもよい物があった。

 日本画展は、技術的にはまだ勉強途上だと感じる作品であった。

 洋画展も見に行ったが、これもまだ発展途上の作品であった。

 トリエンナーレでもそうだが、現代美術は理解に苦しむ作品であった。

 一番の難点は、展覧会場がどこにあるかがわかりにくいことであった。何度も学生に尋ねて会場を見つけなければならなかった。来年は分かりやすくして欲しいと思った。

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2010年10月29日 (金)

相変わらずかかってくる怪しげな電話

 今週のNHK朝7時のニュースでは、全国で200万人はいるといわれる認知症の高齢者をターゲットにした商法の被害について取り上げている。また、27日のNHKクローズアップ現代でも同じことを扱った。

 金のある認知症の高齢者の中には9000万円も被害を受けた人とか、老後の貯えを根こそぎ取られた人や、生活保護で受給した金を殆ど取られてしまう人などを取り上げていた。

 悪徳業者は、カモのなる対象者の20万人ものリストを持っており、それに新しいデータが付け加えられて、次々に転売されて行くのだそうだ。だから、一度ひっかかりカモになると分かると次々に別の業者が現れるというのだ。

 判断が出来なくなっている認知症の高齢者に親切を装って近づき、言葉巧みに取り入り、売りつけるのだそうだが、金儲けのためなら手段を選ばないやり方にぞっとする。

 訪問業者は毅然と断るということが大事なのだが、狙われるのは一人暮らしとか高齢者が一人でいるときで、つい家に入れて話を聞くはめになるのだ。

 悪徳は訪問業者だけではない。前にも2度書いたが、電話を使ってしつこく掛けて来る業者が後をたたない。相変わらず毎日2件は掛かってくる。きっとリストが転売されているに違いない。

 昨日掛かってきたのは、090-で始まる携帯からのがあった。誰かなと思いながら受話器をとると、金融業者であった。それがこれまでにない商法で、「いろいろな業者から来るパンフレットを持っていないか?」と言うのだ。どういうことか尋ねたら、「そういうパンフレットを商品券と交換してあげる。」と言うのだ。そこまで聞いて電話を切ったが、後からもう少し詳しく聞けばよっかったと思った。いったいそんなパンフを商品券と交換してどうやって利益をあげるのだろう?どんな手口なのだろうと不思議でならない。

 次に掛かってきたのは、市外局番が06の大阪からであった。これも受話器を取ると友人ではなく、業者であった。今度は外貨交換業者で、イラクの貨幣を買うように勧めた。以前に湾岸戦争のときにクエートの貨幣価値が暴落したが、そのとき買った人はその後340倍にも値上がりして大儲けしたという。だから今イラクの貨幣を買ったおけば大儲け間違いなしだと言うのだ。

 これもそこまで聞いて電話を切った。

 最近は金とかレアアース関係が多いようだが、とにかくあの手この手で狙って来るから危なくてしょうがない。こういうものには端から相手にしないことが大事であると自分に言い聞かせている。

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2010年10月28日 (木)

はるばる1500km、海を流れた奇跡のカメラ―探偵ナイトスクープ―

 私は、「探偵ナイトスクープ」が大好きで、毎週欠かさず見ている。きっかは以前に娘が京都に住んでいて関西テレビ制作の探偵ナイトスクープが面白いと教えてくれたことだ。この番組は、視聴者の依頼によってさまざまな事柄を取り上げるのだが、かなり金も使っているみたいで面白く仕上げられている。

 10月9日にメーテレで放送された探偵ナイトスクープでは、石垣島から徳島県の蒲生岬まではるばると流れ着いたとみられるカメラの持ち主を探すものであった。

 島崎藤村の「椰子の実」の歌は有名であるが、他にも瓶に手紙を入れて海に流したものがとんでもない場所で発見されるということもよく聞く。

 今回はカメラである。重さがあるし普通は海に沈んでしまうのが流れ着くとすれば凄いことである。

 8月のある日、徳島県の蒲生岬の海岸へ海水浴に行った吉野さんという青年が海岸のゴミの中にカメラを見つけた。彼は、そのカメラを持ち帰りチェックすると、2000枚余りの写真が写っており、最後のほうに石垣島でのスクーバダイビング旅行の写真が200枚ほどあった。5人の美人ぞろいの女性が写っていた。カメラを見つけた吉野さんは持ち主に返したいと思い探偵ナイトスクープに依頼したというわけだ。

 探偵の松村邦洋と依頼者が石垣島に行った。カメラの中の写真には航空券が5人分写っていたのでそれとホテルの写真を手がかりにホテルを探した。

 そこで写真の5人のうちの一人と連絡が取れた。彼女らは横浜に住んでいて、その日はコンパをやる予定であった。

  松村探偵と依頼者は、横浜まで飛んだ。そして連絡を取った女性に会い、コンパをしている居酒屋に行った。

 そこにはカメラをなくしたというフクオカマナモさんもいた。背の高い美人である。松村探偵がいろいろとデータを話すと眼を丸くして驚いていた。そしてカメラを取り出して渡すと大感激であった。

 フクオカさんの話では、腕につけていたカメラのベルトがはずれて50mほど下に沈んでいくのが見えたという。折角取り溜めた写真が全て無くなり落胆して諦めていたそうだ。それが奇跡的に目の前に現れたのだ。

 それにしても1500kmの距離をはるばると石垣島から徳島県まで1ヶ月ほどかけて流れ着いたとはすごいロマンである。黒潮に乗って流されてきたのであろうが、それが偶然に発見されたのも凄い。フクオカさんにとっては、何物にも替えがたいすばらしいカメラになったに違いない。

 

 

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2010年10月27日 (水)

我が家もトリエンナーレ

 あいちトリエンナーレ2010も間もなく終了する。全部を見たわけではないが、おおむねの展示物は見た。「世界最先端の現代アートを紹介し、わくわくとした魅力に満ちたアートの光景を出現させる」と謳ってあったが、果たしてどこまで実現できたであろうか?

 映像やパフォーマンスを含めて幅広いジャンルについて現代アートについて知り、考える機会になったことはよかったと思う。観覧参加者も当初の見込みの30万人を突破したといわれるが、私の回りでもトリエンナーレ?という人もまだいる。

 トリエンナーレを見て回って指摘したように、街中に案内人を配置したとはいえ、不親切で分かりにくい部分もあり、いまひとつ盛り上がりにかけたように感じる。

 表示のスペースが幾らでもあるのに作品の題名や作者の表示が小さくてわかりづらいとか、作品の解説がないとか、水玉のプリウスやベロタクシーにしても予約したほうがよいこととか、音声ガイドが県と市の両方の美術館で使えることの説明がないとか、ガイドツアーの方が音声ガイドよりよさそうだということとか・・・対応のまずさがいろいろある。

 ところで現代アートとは何だろうか。小学校の図工の時間で廃物を持ち寄って作る作品があるが、大の大人がそれと同じようなことをしているとか、床をこすっているパフォーマンスや2階から雑誌を投げてゴミの山を作るパフォーマンスやひたすら図鑑などの画を切り抜いてそれを並べた作品とか自転車をこぐ山車とか・・・・・訳がわからないものが多々あったが、何かを自己表現するのがアートだと定義すればそれはそれでよいのかも知れない。

 しかし、既成のアートの枠をはみ出すために敢えて奇を衒ったものも多くあったように感じる。アンデルセンに「裸の王様」という童話があるが、観賞する参加者の中に「王様は裸だ」と叫ぶ子供が何人いたであろうか?

 私は、我が家の食卓にあるサツマイモの生け花?も立派な作品だと思った。毎日成長し変化し、見る角度によってはさまざまな表情をし、生命の力を感じさせる。我が家のトリエンナーレである。

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2010年10月26日 (火)

やり方が汚い中国には毅然とした態度で臨め

 中国では、相変わらず反日のデモがあちこちで起きている。尖閣諸島問題を掲げて日本製品の不買や日本排斥をしようとしている。

 尖閣諸島は日本固有の領土だから、それを言いがかりをつけて中国領土だというのは強盗の論理であることは前に述べた。

 しかし、中国の漁業監視船が尖閣諸島付近に出没し、中国はそれを常態化すると宣言しているとか。

 そういうこともあって反日デモは拡大をしているのであろうが、中国政府の態度にも問題がある。内内では容認していると伝えられている。

 レアアースの対日輸出停止も、中国政府はしていないと言うが、事実はほぼ停止状態である。そのやり方が汚い。前よりも書類の書き方を難しくしたり、書類の数を増やしたりと事実上の停止にしているのだ。

 折も折、中国の省エネと環境対策に日本が援助することが決まったと報道された。どうして援助をするのか。レアアースなど中国が日本を困らせる措置をとっているのなら対抗措置として援助の停止をすればよいではないか。また、ODAの援助も廃止すべきえある。

 そういうことに毅然とした態度を取らないから中国につけ込まれるのだ。外交は堂々と対等で立ち向かうことが大事だ。言うべきことはいい主張すべきは主張してお互いの接点を見つけるべきだと思う。

 日本が堂々としていれば、世界に中国の汚さや非が鮮明になることははっきりしている。

 29日のASEANの会議で菅首相と温家宝首相との会談が予定されているそうだが、菅首相はへらへらせずに胸を貼って階段に臨んでもらいたい。非は中国側にあるのだ。先日の廊下面談での菅首相の顔は卑屈に見えた。今度はそんなことがないように願いたい。

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2010年10月25日 (月)

トーマス・マイヤー・フィービッヒ オルガンコンサート

 10月24日(日)に、カソリック五反城教会でパイプオルガンのコンサートがあった。パイプオルガニストの吉田文さんの主催する「オルガンの秋」の一つである。

 オルガン独奏者は、国立音楽大学教授で作曲家・オルガニストのトーマス・マイヤー・フィービッヒであった。

 教会の祭壇の前には、きれいな花を生けた大きな花瓶が置いてあった。

 当日のプログラムは、まず、ヨハン・セバスチャン・バッハの「前奏曲とフーガは短調 BWV546の荘厳な響きから始まった。五反城教会のパイプオルガンは中くらいの大きさかと思うが、よく響いて心地よい。

 その次に、フィービッヒの作曲になる本邦初演の「B-A-CーHエピグラム(小詩)5つの小品(2010)」が演奏された。現代音楽的な感じのパイプオルガンの新たな可能性を探るような音楽であった。

 3番目は、ロベルト・シューマンの「B-A-C-Hの名によるフーガ」

 4番目は、バッハの死亡した年と題名にした「1750年7月28日」(カール・ビゥッティ作曲)

 5番目は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「装いせよ、愛する魂よBWV654」で、きれいなメロディだと思った。

 6番目は、ジクフリッド・カルク=エラートの「コラール前奏曲集より、『おお我が愛するもの」でこれもきれいな曲であった。

 7番目は、バッハの「前奏曲とフーガ変ロ長調 BWV867 編曲マックス・レーガー」で、最初の前奏曲とはまるきり趣の異なった軽めのメロディーであった。

 最後は、ヨゼフ・ラインベルガーの「ソナタ第1番 1.前奏曲 2.アンダンテ 3.フィナーレ」であった。前奏曲は、バッハを思わせる壮大な響きで演奏され、アンダンテは、ややスローなテンポの柔らかいメロディ、最後のフィナーレはフィナーレにふさわしく荘重なメロディーが奏でられた。

 吉田さんは、譜面をめくったり、オルガンの調節をしたりして助けておられた。会場にはたくさんのオルガン愛好者が聴きに来ていた。教会の硬い木のベンチに座って静かに眼を閉じて聴いている人が多かった。コンサートホールの大オルガンもよいが、教会のドームに響き渡るオルガンも素晴らしい。

 演奏時間1時間のコンサートは、聴くほうにとっても丁度よいと思った。外に出たら雨が降っていたが、余韻を嚙みしめながら歩いた。

 オルガンの秋今後の予定

◎11月7日(日)15:30 カトリック東山教会 「バッハと讃美歌}

◎11月14日(日)15:30 五反城教会 「バッハを巡る幻想」 橋本淳

◎11月28日(日)15:30 五反城教会 「幻のバッハ」 吉田文

 

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2010年10月24日 (日)

トリエンナーレ―よかったのは、県立美術館

 22日に、名古屋市美術館に行き、23日に愛知県立美術館にトリエンナーレを見に行ったが、予想通り県の美術館が一番よかった。観客の数も土曜日ということもあるかもしれないが、大変多かった。

 市立美術館では、入ったところに香で文字をたくさん書いてそれを燃やすという作品があった。一つのアイディアではある。次に、LEDか何かの光が時間に連れて光るオブジェがあったが人目を引くものであった。

 血管をイメージするビニール管に赤い色の水を動かしているのがあったが、管の長さが6000mにもなるという。

 真っ白い小部屋に真っ白いベッドとテレビが置いてあり、その上のトイレットペーパーが置いてある小部屋が幾つも並んでいた。部屋ごとにトイレットペーパーの長さが変化させてあった。いったい何を表そうとしたのだろうと疑問に思った。

 2階には、壁に岩石を貼り付けであった。その部屋できらきら光る雲母のような粉を器に入れて落として床に散らばせていたが、変わったパフォーマンスだ。

 最後は、動画の中に影絵のCGを組み合わせていた。面白いがそれだけである。

 名古屋市美術館のは、納屋橋よりはましであった。

 愛知県美術館には土曜日の午後に行ったのだが、オアシスにいたボランティアの案内人にいったいどのくらいの時間があるといいのか尋ねたら、人によるから分からないと言った。8階と10階でやっていることがわかったので行くことにした。

 地下で西京人という訳のわからない人形劇を見てから上に上った。8階に行ってそこからスタートした。音声ガイドを500円で借りた。

 動画を大きなスクリーンで見せているところが多かった。3時間かけてゆっくりと見て回った。

 印象に残ったのは蔡国強の火薬を使って書いた巨大な壁画のような画、熊の皮を貼って作ったという、張ホアンの巨大な古代の英雄、作者の名を忘れたが氷山のような白い回廊に飾った動物の木彫りの彫刻、志賀理江子の写真、中国人の製作者の英語の文字を床に投影して変化させるもの、パキスタンの都市の貧民街のジオラマなどであった。

 バングラディッシュの作家のイギリスの戦闘機に穀粒を貼り付けた作品もあった。日本の作家でナフタリンを使用して作った鍵をフランスの郵便箱に入れたものやナフタリンで靴などをつくりカヌーにいれて飾ったものがあった。ナフタリンは揮発するので形がかなり崩れていた。

 広い部屋を一人で使って展示している作品が多かった。大変に贅沢なものだ。現代美術とは一体何なのか?ともすれば奇を衒い目先の面白さや奇妙さに向かいがちである。実際長者町や納屋橋などの作品のほとんどがそうしたものであった。いったい、何を表現しようとしているのか分からないものが多い。見る人の感性に任せるということなのか?

 猫の足裏に絵の具を塗って歩かせても作品だというような程度のものもたくさん見られたトリエンナーレであった。

 

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2010年10月23日 (土)

素晴らしかった女声合唱団「コールーA1」コンサート

 コーラスグループのAさんが入場券をくれたので、女声合唱団「コールーA1」の第11回定期演奏会を聴きに行った。コンサートは21日に愛知県芸術劇場コンサートホールで開かれた。開場が18時なので、早めに食事をして出かけた。17時45分頃につくともう入り口から最初のスロープの曲がり角まで並んでいたので驚いた。18時にはエスカレータの後ろまで並んだ。

 いつものように2階へ行き右の2列目に席を取った。

 18時48分頃にコールーA1がステージに現れた。黒の袖なしドレスにグレーのヴェールを肩にかけ腕には黒いスリーブをつけていて格好よかった。みんなで44名であった。

 指揮者は、井戸清輔、ピアノは何と男性で高橋寛樹であった。

 ステージは、3部に分かれ第一ステージは、Ave maris stellaとMissa Brevis in Dで、最初のはAve maris stellaの詞と魔可般若波羅蜜多心経、細川ガラシャ夫人の和歌が一緒になったもので心経が流れる上でAveのメロディが歌われ最後は和歌が歌われたとても変わった曲であるがよかった。作曲はどちらも千原英喜であった。

 次のはkyrie glolia、sanctus、agnus DEIできれいな歌唱であった。

 第二ステージは、ヴェールをとって現れた。萩原朔太郎の詞に西村朗が曲をつけたもので、クラリネット、バイオリン、チェロの3重奏が加わった。

 猫柳、寄生蟹のうた、鶏、鴉、緑色の笛で、それぞれの歌い終わりには振りが付けられていた。どれもとてもよかった。

 15分の休憩のあと、第三ステージは、衣装をがらりと替えてピンク系のドレスを着た人とブルー系のドレスを着た人がいた。 歌ごとに隊形の変換が行われた。

 第3部の最初は、A1・愛・アラカルトと題して、女声とピアノのための「ハッシャバイ・ソングス」よりと題して、子守唄が2曲歌われた。和歌山県の伝承詩より、ややこら眠れ、北海道の伝承詩より、イヨンルイカ。いずれも石黒昌作曲であった。とてもよい子守唄であった。

 その後、懐かしい里の秋がきれいに歌われた。

 第3ステージの後半は、「サウンド・オブ・ミュージック」よりと題して、グレゴリオ聖歌、朝の讃美歌、ハレルヤ、エーデルワイス、すべての山に登れ、が歌われた。最後は、アメージング・グレイスが見事に歌われた。

 アンコールがあって終わったのは、20時半過ぎであった。コールーA1の歌唱力は素晴らしく、どの曲も心から楽しむことができた。衣装の変化だけでなく、舞台にも工夫があり、照明も専門家を入れてきれいに変化をつけていた。まるでプロの舞台を見るようであった。

 そして、多分、テーマとして「平和」と「連帯」があったのではないかと思われる構成であった。本当に素晴らしいコンサートであった。

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2010年10月22日 (金)

有料でもつまらないトリエンナーレ―納屋橋会場―

 名古屋で開かれているトリエンナーレも、残り僅かとなった。Yさんがチケットをくれたので先ず納屋橋会場に出かけた。先日行って有料なので引き返したところだ。

 2階にある結構広い会場には9点の展示があった。

 入ったすぐの左側に椅子があって待つ人が座っていた。これは後で分かったのだが、光と音を感じるものでそれが一人ずつ入るので待つ人が並んでいるのであった。

 会場のホールのようなところに、茶色の模様の衝立とソファが置いてあった。見たら作品であった。これはなかなかよいデザインだと思った。

 入り口を入ると手すりのある狭い通路があり、それが作品になっている場所があったが、意味が分からなかった。

 映像でブルガリア人がなにやらメッセージをがなっているのがあったが、これもさっぱり分からない。別の部屋では同じ人が料理を作っている映像があったがなんのことかと思った。

 最悪は大きな暗い部屋に破れた雑誌が山積みになっているもので、ときどき3階から雑誌が投げられていた。中国人の楊福東という人の作品だ。後で建物の壁に鉛筆で描かれた4頭の牛の壁画を見に行ったとき、ガードマンが話してくれたが、何でも社会主義中国が資本主義を取り入れて変わって行くなかで多くの中国人民が悲惨な状態に取り残されていることへの批判だということであった。

 外壁の壁画は具象画でそれなりによく出来ていた。

 2面のスクリーンを使って、交差点に立つ女性と電車に乗った男性のやり取りの映像があるがこれも全く意味不明である。

 その隣の部屋のスクリーンが3面ある映像は大きなブラシの筆あとの軌跡を見せるものであったが、絶え間なく変化する映像を眺めるもので面白さはあった。尋ねたら何と51分間も続くのだそうだ。

 最後に入り口の脇の光と音を覗くことにしたが、どこにもどのくらいかかるかという説明が貼ってなかった。そしたら最後の人がファイルケースに入れたものを見せてくれた。そこに説明が書いてあったが、親切とは言えない。

 15分ほど待って中に入ると、真っ暗い部屋の奥に案内され椅子に座ってヘッドホンをつけて目を閉じるように指示された。耳にギギギとかキューンというような音が鳴り、明りが変化するのが感じられた。気持ちのよい物ではなかった。2分30秒で終わった。

 係りの女性が「カラーの方も行きますか?」と聞いたので折角だからそちらも試すことにした。緑や赤の色が感じられた。

 帰るときにトイレに入ったら、男性用の便器が一つあり洗練されていてこの会場ではこのトイレが一番よい作品だと思った。

 納屋橋の会場では、3cmぐらいの段差があるところがあり2度も転びそうになった。そういうことへの配慮とが、壁面が広く、スペースもあるのに作品の説明がないし、映像の所要時間もないなどとても不親切である。

 結局、有料でも独りよがりでつまらない、RIDICULOUSな作品が多い。後は名古屋市美術館と県美術館に期待するしかない。

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2010年10月21日 (木)

中国で反日デモが暴発

 16日に、中国の内陸部の西安、成都、鄭州など3都市で起きた反日デモは17日に綿陽に飛び火し、18日には3日間続いて武漢にまで飛び火をした。

 尖閣諸島問題を掲げての反日デモだといわれ、インターネット時代を象徴するように、連絡は携帯電話サイトやインターネットを通じて行われたという。 

 もともと1部の大学生の呼びかけでデモが行われたというが、それに市民も参加したらしい。写真には子どもの姿も映っていた。

 また、中国の新聞やテレビは報道を控えたようだが、インターネットで映像が生中継されたという。

 デモでは暴徒化して、成都ではスーパーのイトウヨウカ堂が襲われ、他の都市でもパナソニックの電気店や日本料理の店が襲われたところもあるという。武漢ではトヨタ車がひっくり返された。

 中国のデモは過激化し暴徒化する。器物を平気で破壊する。それに対して中国政府は、「彼らの気持ちは分かる」と同情的である。反日デモなら過激でも許すという態度だ。

 その背景には、実は、中国の人民の内部事情があり、例えば大学卒業者の60%ほどが就職できないことや内陸部の経済格差への不満や中国の行政の幹部の腐敗などが挙げられている。

 興味深いのは、この時期に行われた中国共産党の第17期中央委員会第5回全体会議に合わせてデモが行われたことである。この5中全会では、習近平氏が中央軍事委員会の副首席に選ばれたが、習氏を支持するグループがデモの背後にあって反日を煽り、胡錦濤主席の対日融和路線に圧力をかけたという見方である。もし、そうだとすれば、習氏が主席になれば、対日強硬路線を敷くことになる。

 朝日新聞の「天声人語」(19日)によれば、中国国内でも冷めた見方があり、ある人気作家は、「内政問題でデモもできない連中が外国に抗議をしても意味はない」と言ったとか。このコメントは的を射ている。

 中国のこうしたデモを呼びかけ鬱憤を晴らしている学生たちは、学生のくせに、真実を知ろうとせず、ただやみくもに感情を高ぶらせているだけで、極めて程度が低い。

 アメリカでもかつて日本車を破壊して喜んだ暴動があったが、全く同じレベルである。こうした連中は愛国教育を受けた世代だというが、中国の愛国教育が育てたのならその責任は中国政府にもある。

 日本政府は、中国政府に損害賠償を請求し、今後2度とこのような馬鹿げた低次元の反日暴動が起こらないように抗議をすべきである。

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2010年10月20日 (水)

セロトニンと呼吸との関係―「ストレスをなくす心呼吸」から

 「ストレスをなくす心呼吸」という本(高田明和著、リヨン社刊)を読んだら、呼吸が大切だということを詳しく書いてあった。その中から核心部分を抽出して紹介したい。

 「最近(※この本は2006年に出版された)の脳の研究で最も注目すべきことは、呼吸が感情、なかでもストレスからくる”うつ”の改善に非常に関係していることがわかったことです。」(P.97)

 うつの治療には脳内のセロトニンという物質を増やす薬が最近では使われているという。その薬をいろいろ使ってわかったことは、脳内のセロトニンが増えると精神が安定し、うつがなおるということだったそうだ。

 セロトニン神経が分布しているところはいろいろあるが、なかでも感情の場である扁桃、帯状回、さらにその作用をコントロールする前頭前野にセロトニン神経からのセロトニンの放出が少ないとうつ状態になるという。つまり、セロトニンとうつが深い関係があるということだ。(P.74)

 次に、セロトニンと呼吸との関係はどうなっているかが分かったというのだ。

 呼吸は血液中の二酸化炭素の量によって調節されている。

 「息を止めると苦しくなるのは、二酸化炭素が呼吸中枢を刺激し、この刺激が大脳につたわるからである。息を止めた後に速く呼吸するのは、呼吸中枢の命令で速く二酸化炭素を外部に出し、血液中の二酸化炭素の量を減らそうとする仕組みがあるからだ。」

 この神経がセロトニン神経だということがわかったのだという。全てのセロトニン神経の細胞体は、二酸化炭素で刺激されるということもわかったという。

 呼吸をゆっくりとして、脳内の二酸化炭素を増やすことは、結果としてセロトニンを放出させることであり、精神を安定させることにつながるのだという。呼吸をゆっくりと滑らかにさせれば絶え間なくセロトニン神経が刺激され、精神が非常に安定する。それは無料でセロトニンを増やす薬を飲んでいるようなものだというのだ。何とも結構な話ではないか。

 著者は、座禅などは精神を統一するためのもので、なぜゆっくりと呼吸をしなければいけないのかがわからなかったが、最近の呼吸の理論から呼吸をゆっくりさせることは精神を安定させる力があることがわかったという。(P.83)

 呼吸法は、「腹式呼吸」が大事で、ゆっくりと呼吸することだという。私は、合唱をやり始めてから腹式呼吸を意識的にやるようになった。一般に女性は腹式呼吸が苦手で男性の方がやりやすいといわれる。また、寝て呼吸をすると腹式呼吸が簡単だとも聞く。

 要は、腹式呼吸で、いつでもどこでも思いついたときに意識してゆっくりと呼吸をするとよいそうだ。だから電車のなかでもオッフィスでもどこでもやれるのがいい。

 寝る前や起きたときなどにゆっくりと腹式呼吸をするのもよいと思う。そうやってセロトニンの放出を増やすと心が落ち着き、健康にもよいのだ。

 もちろんうつの人によいことは言うまでもないという。私たちの身体にもつそういうよい仕掛けを利用しない手はない。

 次は、セロトニンとジョギングや歩行の関係について紹介したい。

 ●下のアドレスをクリックすると、昭和男爵コーラスの「夜明けの歌」が聴けます。

  

「yoakenouta.WMA」をダウンロード

 

 

 

 

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2010年10月19日 (火)

ミニ・コンサートからLlVEで1曲―「雪の降る街を」

 10月17日に、昭和生涯教育センターで、センター祭りの一環としてミニ・コンサートを開いたことは昨日のblogに書いた。

 そのとき、ICレコーダーを持ち込んで、会場である視聴覚室の一番後ろにそれを置いて録音をした。ICレコーダーによるミニ・コンサートの録音は第一回からやっており、昨年は中止でできなかったので、今回で3回目である。

 4年ほど前に買ったICレコーダーであるが、デジタル録音なのでボディは小さくても意外なほど音を録ってくれる。昨日の朝、おそるおそる聴いてみたらまあまあの録音ができていたのでよかった。

 早速それをパソコンに取り込み、CDにして聴いてみた。BOSEのステレオで聞いたら、音は高音がキンキンしているが聴くに耐えた。

 前にも書いたように3回目の録音であるが、聴いてみて男声合唱を結成してこの3年余りの間に進歩したことが自分でも分かった。

 ジョイントでやった女声のスイート・ポテトと両方を一つのCDに収めることができた。スイート・ポテトの代表の方に電話をして、1枚進呈すると言ったら喜んでいた。あちらは従来のテープに録音したが音がよくないと言っていた。その点ICレコーダーは小さくてもよい音で録音が出来るし、音をよく拾うのでありがたい。

 CDにすれば、コンサートに来てもらえなかった人にも聴いてもらうことができる。便利な時代になったものである。

 下に、「雪の降る街」を載せておく。クリックして聴いてもらいたい。1曲しか載せられないのは、blogの容量がが1Mbまでだからだ。

「2.WMA」をダウンロード

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2010年10月18日 (月)

気持ちよく歌えたコンサート

 10月17日(日曜)に昭和生涯教育センター祭りの一環として我が昭和男爵コーラスも参加した。同じセンターで活躍する女声コーラスのスイートポテトとのジョイントであった。

 昨年は、創設者のピアニストの急病でコンサートがキャンセルになったので、今年はどうしても成功させたいと思っていた。

 10時半からスイートポテトが歌った。このグループは結成して29年になるそうで上は80代から下は40代まで17名の団員がいる。車椅子の人と椅子に座って歌った人もいた。

 曲は、次の6曲。

 まっしろいこころ  阪田寛夫作詞 いずみたく作曲

 夕顔         金子みずず作詞 木下牧子作曲

 こがねむし     野口雨情作詞  中山晋平作曲 岩崎佳子編曲

 いっぱいとひとつ まどみちお作詞  中田喜直作曲

 小さな世界     R.M.Sherman & R.B.Sherman詩曲

 童神~天の子守唄~  古謝美佐子作詞 佐原一哉作曲

 小品ばかりであったがきれいな曲で、きれいに優しく歌った。

 11時15分から、私たち昭和男爵コーラスの出番であった。外に整列をすると団員はみな緊張をしているのか、顔が赤らんでいた。開始時刻になると会場は満員になった。合唱台の上から眺めたら、私が呼びかけた人たちもたくさん来てくれていた。それで緊張がました。

 代表が挨拶と指揮者、ピアニストの紹介をしたあと、最初の曲の「世界で一つの花」を歌った。歌い出しはちょっと硬くなった。でも、終わると指揮者が指で丸を作ってくれた。

 次の曲は、「Dona Nobis Pacem」で、和音のきれいなカノンであった。

 3番目は、モーツアルトの有名な「Ave Verum Corpus」でこれもハーモニーのきれいな曲だ。昨年歌う予定の曲であった。

 この曲からは、団員が一人ずつ交代で前に出て曲の解説をした。この解説が大変に好評であった。どの解説もよく出来ていたという評を頂いた。

 4番目は、私が説明を担当した。最後に「こんな女性に愛されたい。」と言って笑いをとった。曲は、「水色のワルツ」。きれいな曲だ。

 5番目は、「島原地方の子守唄」でこれもハーモニーの美しい曲だ。

 6番目は、「雪の降る街を」で、リズムを大切にして歌った。男声合唱らしい音が出せたと思う。

 7番目は、「上を向いて歩こう」で、指揮者の編曲で坂本九とは違ったリズムで歌った。

 最後の8番目は、「夜明けの歌」で、団員のSさんが特別に指揮をし、最後に1番を会場の人たちと一緒に歌った。とてもよかった。

 アンコールには、「ヴォカリース1,2」を身振りをつけて歌った。会場からは手拍子が沸き起こった。

 歌い進むにつれて緊張も和らぎ歌に乗って歌えた。隣のSさんとEさんに挟まれて2人の声を聴きながら、指揮者に注目をして暗譜で歌った。これまでになく自分の声が他の人の声とハモッているのがわかりとても気分がよかった。

 終わってから、聴きに来てくれた人たちに挨拶をして感想を聞いたが、みなさんがとてもよかったと褒めてくれたので嬉しかった。センターの人たちも上手だったと褒めてくれた。

 3年数ヶ月の間の進歩があったわけで、これも指揮者や亡くなった先生やピアニストの先生のお陰である。

 

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2010年10月17日 (日)

チリ鉱山事故で全員救出に思う

 チリ北部サンホセ鉱山の落盤事故で、地下に閉じ込められた作業員33人が全員無事に救出されたのは本当によかった。世界中からメディア関係者が1000人も集まり救出までの様子を伝えたというから、世界中の人びとに安堵と喜びを与えたできごとであった。

 NHKニュースは、時間を大きく取って救出のようすなどを詳しく伝えていた。他国の事故を伝えるには異例とも言えることであった。それだけ人びとの関心が高いと判断したのであろう。

 チリのビニエラ大統領は、数日間張り付いて陣頭指揮をとったが、それにより人気が上昇したという。

 8月の初めに落盤事故が起こり、その後22日まで17日間もの長い間連絡が取れずに地下に閉じ込められていたのだが、その間の気持ちはどんなであっただろうと思う。食料も水も殆どなく助かるかどうかの希望もない中でパニックにならないで生き延びたのは凄いことだ。アンビリーバブルである。

 その中心となって指導したのが、リーダーのルイス・ウルスアさんという地形測量士だそうだ。彼はサンホセ鉱山に来て、僅か2ヶ月だったという。その人が冷静沈着に32人の仲間を指導したのは素晴らしい。

 全員を3つの班に分け班長をつくり、交代制で仕事、睡眠、休憩をしたという。食糧も2日に1回、ほんの僅かを摂るようにして何時連絡できるかわからない事態に備えた。決定は多数決の民主主義で行われたという。

 この統制のとれた生活が70日後の生還につながったのは言うまでもない。船が沈むとき船長は最後まで船に残るといわれるが、彼も最後に救出される道を選んだ。何とも立派な人である。

 彼が地上に出て来て、大統領に迎えられたとき、2度とこのような事故がおきないようにして欲しいと訴えたのも素晴らしい。

 今度のチリのサンホセ鉱山落盤事故では、多くの教訓を残した。事故にあったときの処置や取るべき行動、国際的な協力などいろいろある。映画にしようという計画もあるという。

 朝日新聞の社説が指摘するように、今回の事故は経済、利益優先主義の人為的事故という側面もある。世界経済がチリの銅を必要とする中で銅の価格が上がり、それまで見捨てられていた鉱山でも採算が取れるということで採掘が再開された。しかし、採掘に当たっての安全対策は捨て置かれ、利益のみが追求された。だから、事故は起こるべくして起きたともいえるのだ。

 フロリダ沖の海底油田での事故も利益優先で安全対策をきちんとしなかったことが大事故につながっている。

 企業はいつでも利益優先で安全対策を怠る。中国でも企業は公害の垂れ流し、アフリカのビクトリア湖の汚染も工業化による汚染した排水が原因である。

 チリの事故では、33人が地下に閉じ込められるということで世界の耳目を集めたが、中国の河川沼湖の汚染や空気の汚染、ビクトリア湖の汚染などで住民がじわじわと健康を損なっていくことについては放置されている。

 かつての日本でも水俣や四日市など各地で公害問題が発生して多くの犠牲者が出たが、長い間放置されたままで被害が広がった。

 今名古屋でCOP10が開かれ、生物多様性が議論されているが、生物多様性も公害により損なわれている側面が大きい。

 世界の企業は金儲けだけを優先するのではなく、地球環境にも配慮した生産活動をすべきである。人間を大事にし、生き物を大事にし、環境を大事にすることが事故を防ぐことにもつながるのだ。

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2010年10月16日 (土)

新型うつが増えているという

 以前から、うつ病が増えていると言われて久しいが、14日の朝のNHKニュースの時間には、特集として、「新型うつ」が増えてると報じていた。

 これまでの”うつ”は30代以上の人に多くみられたが、新型うつは、20代、30代の若い人に多いのだという。

 これまでのうつは一日中うつ状態が続くのに対し、新型うつは趣味などは普通にやれるのに、勤めなどの仕事となるとうまくやれずに落ち込んでしまうのが特徴だという。

 会社などでは、対人関係があり上下関係もあるので、上司などとうまくやれないのだそうだ。新型うつが増えているので、企業活動も影響を受けるようになり、関心をもたざるを得なくなったとか。

 社会性の発達が未熟なのが原因ではないかと推定されている。それで、「みじゅく・現代うつ」と呼ぶそうだ。

 そういえば、若い人の変化がいろいろと言われてきた。KYだとか、他人がどう思うかを気にするとか、草食とか、出世を望まないとか、留学する人が激減したとか、酒を飲まないとか、車を欲しがらないとか・・・・・。

 携帯を使ってmailはひんぱんにするが、面と向かっての会話が苦手だとも言われる。つまり、直接的な他人とのコンタクトがうまく出来ないようなのだ。

 趣味の仲間とはうまくやれるが、仕事としての勤務先の人とはうまくやれないとうことからうつ状態になってしまうというのだが、古い人間からは何とも理解に苦しむ。

 私などは、自己を主張し、人とは日常でも、研究でもがんがんとやり合って来た方だし、それが普通であった。

 以前は、麻雀、飲み会、職場旅行なども盛んに行われた。それがいつの頃からか減ってきてなくなったものもある。そうした中で人との直接的な付き合い方を学ぶ機会もなくなった。

 また、学校でも競争することが排除され、駆けっこなども平等志向になった。学芸会でも主役、脇役などがなく機会平等である。

 その一方で、中学辺りから受験勉強で競争の真っ只中に放り込まれて、対人関係を培う機会が少なくなって行く。

 原因となるものは、いろいろと絡み合っているのだと思う。しかし、「新しいうつ」というものが増加していることは由々しきことだと思う。社会の歪を反映しているものだと思うからそれを正していかなければならないと思う。

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2010年10月15日 (金)

愛知県立芸術大学「芸祭オペラ」の案内


Help,Help,the Globolinks!
~宇宙人、グロボリンク
がやってきた!~
第8回オペラ工房企画
2010年10月29日(金)
12:00開場 12:30開演
愛知県立芸術大学内奏楽堂
(入場無料)
指揮:吉住典洋 演出:堀口文成
=  あらすじ=
謎の宇宙人、グロボリンクが地球にやってきた!
春休みが終わり、子供達はスクールバスで学校へ向かっていましたが、突然バスがグロボリンクに襲われます。運転手のトニーはグロボリンクが“音楽”に弱い事を知り、子供達に楽器を持っているか尋ねます。そんな中、ただ一人バイオリンを持っていたエミリーが、学校へ助けを求め向かうのですが……
一方学校では「子供達が来ない」と校長のストーン先生は心配でたまりません。音楽のユタポーバ先生は、子供達が春休みに楽器を持って帰らなかったと、ストーン先生に嘆いています。そこへグロボリンクが現れ……
先生は、子供達は、エミリーは、一体どうなってしまうのでしょうか…?
=オペラ工房とは=
「芸祭オペラ」は、毎年秋に開催される愛知県立芸術大学・芸術祭のメインイベントです。本学の音楽学部と美術学部の学生が一緒にオペラ工房として企画・運営を行っており、出演者からオーケストラ、衣装や舞台美術まですべてを学生が手掛けています。お子様からご年配の方まで幅広い層の方に楽しんで頂けるよう、第一線でご活躍されているプロの指揮者、演出家の先生のお力を借りてより質の高い舞台を目指しています。


約1時間半というオペラとしては比較的短めでSF的要素(宇宙人がでてきますし笑)があるというマイナーなオペラです
シリアスかつコミカルなオペラにしようと毎日奮闘中です
約半年間かけて、芸オペメンバーで苦労して作り上げたオペラです
是非とも、足を運んで頂ければと思います
また、10/29から10/31まで芸術祭を開催しています
このオペラも芸術祭の企画の一つなのですが、芸術大学ならではの企画、かわいいグッズやおいしい料理等々盛りだくさんです
平日のしかもお昼なので来られない方が多いと思います
もし!よかったら、色々な方々に宣伝して頂ければ…うれしいです
お客様あっての演奏なので、あとすごい赤字なのでね…
◎芸術祭オペラ2010公式サイト
マル芸術祭公式サイト

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2010年10月14日 (木)

パイプオルガンと2本のトランペットの華麗なる祭典

 10月12日、「パイプオルガンと2本のトランペットの華麗なる祭典」と銘打つコンサートを聴きに行った。このコンサートは、あいちトリエンナーレ2010祝祭ウイーク共催事業ということで、愛知県芸術劇場コンサートホールで開催された。

 パイプオルガンは、吉田文さん、トランペットはウーヴェ・コミシュケさんと武内安幸さんであった。

 プログラムによると、トリエンナーレにちなんで、3人による3部に分かれた構成になっていた。

 祝典の音楽を集めたということで、ホールにパイプオルガンの壮大な音とトランペットの金属的な高い音が響き渡った。まさに華麗な祭典であった。

 幕開けの曲は、あいちトリエンナーレのファンファーレで、トーマス・マイヤー=フィービッヒ氏が委嘱されて作曲したもので、世界初演であった。aichi nagoyaの音の中から、ドイツ語に音の名として存在するachg(ラ・ド・シ・ソ)をモチーフとして作られたのだという。面白い試みであると思った。

 他にも、同氏の作曲による世界初演の曲が第2部の終わりに演奏された。「シーンとエピローグ」グスタフ・クリムトの画「人生は戦いなり(黄金の騎士)」によるというもので、愛知県美術館所蔵の作品を主題にして作曲したものだそうだ。トランペットは楽器や音をかえて、オルガンと心地よく響きあっていた。

 第2部には、日本初演という曲もあった。「日本庭園」トルステン・ペピ作曲で、カラタチの花、夕焼け小焼け、荒城の月などの童謡・唱歌の変奏が入って懐かしいメロディであった。

 コンサートの第一ステージは、バロックの響きと題し、

 「交響曲」より「ファンファーレ・ロンド」、ジャン・ジョセフ・ムーレ

 トッカータとフーガニ短調、ヨハン・セバスチャン・バッハ(オルガン独奏)

 アリアヘ長調、ドメニコ・ツィボリ

 「王宮の花火の音楽」より、1.序曲とアレグロ、2ブレー、3.平和、4歓喜、ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル

 第2ステージ 和の響き、そしてアイチッシモ!!

 日本庭園(上記)

 オルガンガンのための小品(彩り)より「IRODORI3」、花村光浩(オルガン独奏)

 シーンとエピローグ(上記)

 第3ステージ 威風堂々とシンフォニックに!

 威風堂々第1番、エドワード・エルガー(オルガン独奏)

 ゴシック組曲コラール~メヌエット~聖母への祈り~トッカータ、れおん・ボエルマン(オルガン独奏)

 聖グレゴリウスの祈り、アラン・ボヴァネス

 オルガン交響曲第5番ヘ長調op.42よりトッカータ、シャルル=マリーヴィドル

 3部に分かれて、それぞれが明確なテーマを持っていたのがよかった。3部に分かれていたので、それぞれ10分ずつの休憩があったのもよかった。

 花村氏の曲もとてもよかった。また、ブラスバンドで聴きなれた威風堂々がパイプオルガンで演奏されるのは初めて聴いた。これもよかった。

 第1部は正面のオルガンの前で演奏され、第2部からなステージで演奏された。 

オルガニストの吉田さんは出ずっぱりの演奏で、大変であったと思うが、ソロのオルガン演奏でオルガンの美しい響きを堪能させてもらった。

 トランペットとパイプオルガンのコラボは初めてなので興味深深であった。オルガンとトランペットが非常によく合うものだということを知った。パイプオルガンも金属的な響きをもつので合うのだろうと思った。

 世界的トランペットの名手とパイプオルガンの名演奏が何と休憩も含めてだが2時間30分もあったのでこれも驚きであった。

 会場の観客は、子ども、ヤングから高齢者まで幅広い層が来ていて、偏りのない層の厚さに感心した。

 とても素晴らしい演奏会で、芸術の秋にふさわしい夜であった。

 

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2010年10月13日 (水)

つまらなくて、不親切なトリエンナーレ

 8月から10月31日まで、アイチトリエンナーレが市内の4会場で開かれている。一度どんなものか見てみたいと思っていたが、夏の猛暑で行きそびれやっと10日の日曜日に出かけた。

 先ず長者町を目指した。地下鉄の伏見駅で降りて歩き始めたが、どこに会場があるのかさっぱり分からない。仕方なく広小路通りに沿って東へ歩いて行った。

 桑名町を過ぎて歩いていくと、やっとひとりの案内人がいた。その人が地図をくれたのでそれを頼りに進んだ。白い2頭の馬の彫刻があるところに来た。そこにも案内人がいたので「とても分かりにくいですね。」と言ったら、「僕もそう思います。」と答えた。「地下鉄の出口から案内板が欲しい。」と言ったら、「アルバイトなんで・・・」と言った。

 そこは瀧定会場で作品は白い馬だけだと言った。がっかりした。次に、地図を見ながら北に進んだ。喫茶店の会場に行ったら土日は休みと張り紙がしてあった。

 地図を見て順番に回ろうと思い見当をつけて歩いた。子どもが作ったお化けの住処の展示があった。子どもも参加しているのかと思った。

 次に行ったところも子供が作ったような作品であった。入り口にいた係りの人に聞いたら子どもではなく大人の作品だと言った。「どこがいいのかわからないね。」と言ったら、「そうですね。」と言って笑っていた。木で作った小屋のようなものといい、わけがわからない。

 ウインドウに抽象的な同心円を描いた作品もあった。

 赤い大きなビニール風船のウサギと黒い大きな風船のオブジェがある展示場には大小のさまざまな色の線画があった。風船オブジェも訳がわからない。

 入り口から入った廊下の壁に厚紙を細く切って着色し、それで編んだ作品があった。これはまだよかった。

 レーザー光線を使った光の作品もまあ面白かった。

 自転車を載せた屋台の作品もあった。それを作るときに使った道具も展示してあった。あんな屋台を作って何が面白いのだろうと思った。

 シャツをハンガーに掛けてる作品?覗きからくり、圧巻は真っ黒い床と破れた襖の部屋で男がに何かをこすり付けているという作品だ。何が面白くてやっているのだろう?

 同じ建物の階段を上がったら、窓のところに紙を破って作ったちょっとしたものを掛けてあったり、壁の隅に小さな紙で作ったものを置いてあったが、人を馬鹿にしていると思った。芸術作品らしいかな?と思ったのは紙を破いてたくさん張ったものであった。

 伏見地下街には、革に字を書いて制作を実演しているところがあった。同じ部屋で黒い線で描いている実演もあった。また、白い紙を細く切ったりして少女や抽象の形をした彫刻を展示しているところもあった。

 長者町では日曜日は休みのところもいくつかあった。

 その後、納屋橋まで歩いて行ったら、納屋橋の会場は有料であった。長者町で納屋橋のことを聞いても有料だとは言わなかった。はるばる歩いて行ったのに馬鹿を見た。

 結論を言うと、無料の展示はつまらない。ばかげた作品が多い。

 パンフや案内を見ても例えば納屋橋は有料とは書いてないので不親切。

 休日は閉鎖している展示場があり何を考えいるのかと言いたい。

 有料のところは見ていないので何とも言えないが、結局、長者町の寂れたところを見せるのがいちばんの狙いではないかと思った。

 水玉のプリウスが走り回っていたが、なんのパフォーマンスか?

 トリエンナーレは、アホンターレと言い換えた方がよさそうだ。

 暇があって、運動不足を解消したい人にはお勧め。ちなみに歩いた距離は4500歩。

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2010年10月12日 (火)

中国初のノーベル賞受賞は平和賞の皮肉

 10月8日、ノルウエ―のノーベル賞委員会が中国の人権活動家の劉暁波氏にノーベル平和賞を授与すると発表した。

 かねてから同氏の受賞が予想されていたが、中国政府の反対活動があり、危ぶまれていた。

 しかし、ノルウエーの委員会は劉氏への授与を自信をもって断行した。朝日新聞によると、ヤ―グラン委員長は、「民主主義と人権が世界平和に不可欠だからだ。」と述べ、「中国は大国として、批判や監視、議論の対象となる責任を引き受けねばならない。」と語った。

 更に朝日新聞のインタビューに対し、「劉氏は、中国で最も重要な人権活動家の一人だ。世界中の活動家が平和賞を受賞しているのに、最も影響力のある国で11年の懲役刑を受けて服役を余議なくされている劉氏に、賞を与えないわけにはいかない。」と話した。

 経済大国となった中国は以前から中国からノーベル賞の受賞者が出ることを渇望してきたと言われるが、その第一号が中国政府が毛嫌いする人権活動家であったのは何とも皮肉である。

 中国政府は、劉氏や妻や関係者への監視を強化し、報道の管制を敷いた。インターネットでの同氏の名前の検索もできなくした。国民がノーベル平和賞の受賞を知ることを恐れているのだ。

 自分に都合の悪いことは隠し、或いは弾圧してしまうというのが中国共産党ののやり方である。これと同じことが戦前にナチスドイツであったという。1935年にカール・フォン・オシエツキ―というジャーナリストで平和活動家のノーベル平和賞受章がヒットラーの逆鱗に触れたそうだ。

 ナチスドイツの全体主義と中国の共産主義は全く異なるのは承知だが、反体制活動家を弾圧するという点では一致している。しかし、これは共産主義の理念に反することではないか?

 中国の憲法では、言論、報道、集会、デモなどの自由が定められているそうだが、現実は完全に統制されている。

 私の中国の友人は、劉氏の存在さえ知らないと言った。外国からの衛星放送も関係個所は画面が黒くなって見られないというから、統制は徹底している。

 しかし、いくら真実を隠そうとしてもいずれはそれが知れ渡るのだ。そしてそう遠くない未来に劉氏が中国で初めてのノーベル賞受賞者であると称えられる日が来るに違いない。一日も早くそうなることを願っている。

 金儲けだけが優先され、汚職や腐敗がはびこり、農村部を中心に貧困が放置されている状態は中国人民が肌で感じていることである。ただ、その改善を求めることやまして民主主義を求めることは、非常に困難な活動なのだ。劉氏はあえて身の危険を冒してそのタブーに挑んだのだ。中国人民の中にそれを理解する人が増えることを願わずにはいられない。そして、劉氏の早期釈放を祈る。

 

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2010年10月11日 (月)

マジックをする全盲ろう夫婦の生き方

 10月8日、NHK教育テレビで放送された「きらっと いつも手と手をつないで」という番組を見た。全盲ろうの山口隆雄さん(55歳)と幸子さん(62歳)の日常生活を追ったものである。

 二人は、生まれた時から耳がきこえなかったが、その上、夫の隆雄さんは15年前、妻の幸子さんは20年前に視力を失った。

 二人が出会ったのは、盲ろう者の全国大会であった。その時、まだ少し視力が残っていた隆雄さんが幸子さんに一目ぼれをしたのだという。幸子さんは、きれいな人で外見も全盲ろうにはとてもみえない。それにおしゃれである。誰かが上手に服を選んでおられますねと言っていたが、その通りである。

 全盲ろうの二人が結婚することには周囲の反対があったそうだが、それは当然である。でも、二人はそれを乗り越えて結婚し、大阪市東淀川区の公営住宅に居を構えた。

 二人の生活は障害者給付に頼っている。二人だけのときは家の前ぐらいしか歩けないので外出には介助者がつくが、日常の身の回りのことは二人で助け合ってやっている。

 奥さんの幸子さんが食事を作り、夫の隆雄さんが洗濯などを担当している。幸子さんが食事を作っているところが写されたが、台所は普通の家庭と同じである。幸子さんは巧みに包丁を捌いて料理を作る。スパゲティを作るのに1時間半もかかっていたが食事サービスに頼らないのは自分たちの味が大事だからだそうだ。

 驚いたのは、食卓のカバーがタイガースのグッズであることだ。隆雄さんが大のタイガースファンでタイガースグッズをいろいろ持っている。また、壁には写真や絵の額も掛けてあり、健常者と同じ生活をしていることがわかる。

 二人が食事をするときには、ルールがあって、話しかけたい方が食卓を叩くとその振動を感じ取ってお互いに手を出すのだ。二人の会話は「触手話」という方法である。ヘレンケラーと同じだ。手と手を触れあって会話をする。介助者とも手と手を触れ合って会話をする。

 隆雄さんはタイガースの試合のことが気になって仕方がないそうだが、そんな時、幸子さんがパソコンを使ってインターネットに接続し、結果を調べて教えてあげるのだ。文章を選択するとそれを点字にしてくれる器械があるのだ。そんな器械があることを初めて知った。

 驚いたのは、二人の趣味がマジックであることだ。隆雄さんはまだ目が見える時にマジックをやっていたそうだ。それで、全盲ろうや盲ろうなどの障害者でも楽しんでもらえるマジックはないかと思ったのだという。

 二人は、いつも出かける全盲ろう者の集まる場所「手と手を」でマジックを披露した。幸子さんは、夫に教えてもらったウオンドからフラワーが出現するマジックを演じた。隆雄さんは、マジックショップで買ったコインの消失を演じた。どちらも相手の人に手で触れてもらって感じてもらうのだ。マジックは大成功であった。

 全盲ろうでマジックをやるのは全国で二人だけだと隆雄さんが言っていた。二人はこれからもマジックをやるそうだ。

 全盲ろうというヘレンケラーと同じ高度の障害を持っている人が手と手を取り合って生きている姿に感動したが、何よりも二人の生き方がごく自然体であることが素晴らしいと思った。

 全盲ろうの夫婦は全国で2組だけだという。手と手を触れ合ってこれからも仲睦まじく生きて行って欲しい。

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2010年10月10日 (日)

j昭和生涯教育センター祭りでコンサート

 10月17日(日)に昭和生涯教育センターで開かれるセンター祭りで昭和男爵コーラスと女声コーラスのスイート・ポテトのコンサートが行われる。

 時間は、午前10時30分から、11時45分ぐらいまでで、場所は生涯教育センター3階の視聴覚室である。

 センター祭りは、毎年行われているもので、前日の土曜日と日曜日の2日間あるのだが、コーラスは日曜日の午前に行われる。

 昭和男爵コーラスは、昨年はピアニストの急病で演奏が中止になったが、今年は2人のピアニストがいるので張り切っている。

 結成して3年余りの男声コーラスであるが、練習を積み重ねて来たのでレベルは上がっていると自負している。

 ◎指揮: 加藤佳代子   ピアノ: 小森真紀  冨田美世 

 当日の演奏曲目は次の通りである。

     ①世界に一つだけの花

     ②Dona NObis Pacem

         ③Ave Verum Corpus

     ④水色のワルツ

     ⑤島原地方の子守唄

     ⑥雪の降る街を

     ⑦上を向いて歩こう

     ⑧夜明けの歌

 どれもきれいな素敵な歌ばかりである。是非、多くの人に聴きに来てもらいたいと思っている。

 なお、12月18日(土)には、芸文アートセンター(栄)で、午後1時と14時半の2回クリスマスコンサートを行う予定である。

 12月24日には、恵方町教会でクリスマスミサに参加する予定。

 

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2010年10月 9日 (土)

愛知県立芸術大学音楽部第43回定期演奏会

 10月6日に愛知県立芸術大学音楽部の定期演奏会を聴きに行った。会場は愛知県芸術劇場コンサートホールであった。

 17時半の開場だと思って17時10分前ぐらいにホールに行った。エスカレーターで上って行ったが人影が全くなかった。おかしいなと思いながらホールの入口に行くと、一人だけ老婦人が敷物を敷いて座っていた。確かめたら、開場を待っているのだと言った。そして、開場時刻は18時半だと言った。

 その人は、前日も来ていて、とても混んだので早くから並ぶのだと言った。私は、1時間半も早く来たことを悔やんだがどうしようもなかった。妻に知らせようと電話したがすでに家を出た後らしかった。

 今更どうしようもないので、その場所に荷物を置いて、老婦人に頼み、階下に降りてベンチで持っていた本を読んだ。

 40分ほど読んで、妻が来るといけないと思いホールに行った。10分ほど本を読んでいたら妻が来た。事情を話して、どこかに行って時間を過ごすように言った。開場まではまだ50分もあった。

 開場30分前の6時になったが並んでいる人はほんの僅かであった。2日目なので少ないようであった。がっくりした。

 やっと開場時刻の18時半になったのでホールに入った。2階正面の一番前に席を取った。

 聴衆はやはり少なく開場後来た人も良い席があった。見ていたら、私が券をあげたYさんとFさんらしい人が1階の最前列左にいた。ステージには大きなスピーカーがあり、真ん中のテーブルにノートパソコンらしいものが置いてあった。19時にコンサートが始まった。

 最初は、やはりコンピューターとエレクトリックバイオリンによる作曲コースの石川泰昭作曲の3248251という音楽であった。コンピューターでどこかで録音したような特殊な音を出し、バイオリンが不協和音を奏でたが、何とも不快な音であった。音楽は快い音でなければ・・・・と思わしめるものであった。エレクトリック・ヴァイオリン菅野愛、コンピュータは作曲者本人。 

 その後はスピーカーが取り払われ、ミヨーの「シネマ幻想曲〈屋根の上の牡牛〉」がヴァイオリンとピアノで演奏された。民族音楽の響きを持っていた。ヴァイオリンは仁熊美鈴、ピアノは日比亮太。

 次は、ユーフォニズムという金管楽器の独奏で、アメリカのチューバ奏者スチーヴンス作曲の「ソリロキーズ」という音楽であった。ユーフォニズムは児玉訓照。

 第一ステージの最後は、ヒナステラ作曲の「ソナタ第一番作品22より」ピアノ独奏であった。ピアノは八木順平。

 いずれも若者らしい熱のこもった演奏であった。

 第2部は、2台のピアノによる、ショパンの「モーツアルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》”お手をどうぞ”の主題のよる変奏曲 変ロ長調 作品2」であった。これは男性ピアニスト鈴木謙一郎が主に低音部、女性ピアニストの扶瀬絵梨奈が高音部を演奏したようだが、主題のメロディが反復され次々と変奏されていく。第五変奏まであった。ショパン17歳の作曲で喝采を浴びた曲だというが、とても素晴らしい曲だと思った。演奏もよく息があっていてよかった。

 最後は、学生76名によるアヴェ・マリアの合唱で(20世紀の作曲家たちによる無伴奏女声合唱のための)と副題が付いていた。シュトロー・バッハ、カライ、ピープル、マッキン・タイヤ、ホルストらのアヴェ・マリアであった。指揮は、非常勤講師の長谷順二であった。

 黒のロングスカートに白のブラウスで整然と台上に並び、とても透き通ったきれいな声で合唱をした。特に和音のハーモニーが素晴らしかった。音楽専攻でヴォイストレーニングも受けているし音取りはお手のものだろうからさすがだと思った。

 第2部は存分に楽しめた。知人のFさんからも第2部がよかったねというメールが来た。本当にそうであった。

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2010年10月 8日 (金)

 ノーベル化学賞受賞を喜ぶ

 10月7日の朝起きて新聞を取りに行ったら、朝日新聞の一面に「ノーベル賞鈴木・根岸氏」と大きな見出しが出ていた。両氏はノーベル化学賞を受賞された。これまでノーベル賞は今年は日本人の受賞の可能性が少ないと新聞に出ていたので意外性があった。 

 2008年に益川さんたち4人が受賞して、その記憶がまだ新しいうちであったのでとても嬉しい知らせであった。

 研究内容については、新聞の見出しには、炭素を効率よく結合と出ていた。異なる二つの有機化合物の炭素同士をつなぐ「クロスカップリング反応」だという。素人で科学に弱い自分には理解しがたいものである。でも、NHKの朝7時のニュースで解説を見て、何となく分かったような気になった。

 二つの異なる有機化合物を結合して新しい化合物をつくるのに、パラジウムという触媒を使うことで可能にしたと言っていた。その際、もう一つ「亜鉛」を介在させるやり方が、根岸氏のやり方で、「ホウ素」を介在させるやり方が鈴木氏のものだという。

 根岸氏の方法は安定的で、鈴木氏の方法は安定的かつ大量生産が出来るということであった。薬品や液晶など我々の身近で利用されているということだ。大画面液晶テレビを買ったばかりであるが、あのLCD(液晶画面)もチッソが北海道大学の鈴木研究室に出向いてその技術を教えてもらったのだという。そんなに生活に密着したところに使われているのを知り嬉しくなった。 

 以前にボストンに行ったときに、ハーバードで研究している中国人に世話になったが、彼は「利根川博士はもう一度ノーベル賞を取るでしょう。」と言っていたのを思い出す。

 お2人の受賞に当たっての感想が興味深い。鈴木氏は、「アンビリーバボー。」と言い、根岸氏は、「50年来の夢が適った。」と表現された。50年間ノーベル賞を目指して研究を続けた来たことは素晴らしい。

 ノーベル賞はダイナマイトを作ったノーベルの基金によって設けられたが、それが世界で冠たる権威を持つようになったのは凄いことだ。

 ノーベル賞と言えば、中国が喉から手が出るほと欲しがっている。いずれは中国人からノーベル賞受賞者が輩出するだろうが、今一番の候補となっているのが、平和賞に劉暁波氏という人権活動家の作家である。中国政府はこれに圧力をかけて受賞を阻止しようとしていると言われる。情けないことである。

 それはそれとして、私は鈴木・根岸両氏のノーベル賞受賞の快挙を心から祝福したい。

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2010年10月 7日 (木)

尖閣諸島は日本固有の領土

 ベルギーのブリュッセルで管首相と中国の温家宝首相との廊下会談が実現したのはよかった。

 ただ、この中で温首相は、「尖閣諸島は中国の領土だ。」と主張した。それに対して管首相は、「尖閣諸島は日本の固有の領土であり、日中間には領土問題は存在しない。」と明確に述べた。これは当然のことである。

 尖閣諸島は、1884年(明治16年)に沖縄で茶・海産物問屋を営んでいた古賀辰四郎が初めて探検した。その後、1895年1月に閣議決定をして、日本の領土として沖縄県に編入された。終戦ごろまではかつお節工場があって数百人が住んでいたという。

 日本の領土になった1895年から75年間は日本の領有に異議を唱えた国はなかった。

 中国が領有権を主張したのは、1971年12月である。それは島の周辺の海域に石油などの資源があることがわかったからそれを欲しくなったのだ。それまでは中国のどの文献を見ても尖閣諸島は日本の沖縄県に属するとしているそうだ。

 前にも書いたが、温家宝首相が言った強盗の論理とは、まさに中国のことであり、天に向かって唾を吐いている。

 日本政府は、堂々と粘り強く国際社会や中国に対してこの事実を説明し、中国の非を世界の国々に理解してもらう努力をすることが大事である。その点に関しては以前にも触れたが、自民党政権の怠慢を指摘しなければならない。

 この海域には、中国の船団や監視船が出没していると言われるが、領海侵犯や違法な操業には断固たる措置を取るべきである。

(写真は魚釣島)

奥から魚釣島、北小島、南小島

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2010年10月 6日 (水)

今を盛りの彼岸花

 この二日間雨で歩かなかったが、今朝は天気がよくウオーキングに出かけた。東の空には鎌のような下弦の月が光っていた。空気はかなり冷たくて半袖と半ズボンの服装ではやや寒い感じがしたが歩けば温かくなるので元気よく歩いた。

 山崎川の桜の木の中にはもう茶色くなっている葉をつけているものもあった。川の土手に直径15cmぐらいの傘をつけた真っ白いキノコが生えているところがあった。

 グランドまで歩いて帰りの道筋には例年だと彼岸に彼岸花がところどころに咲く。今年は、どうやらこの2日間ぐらいで咲き始めたらしく、一斉に花をつけていた。

 所によってはまだ花が開いてないのもあった。例年彼岸になると突然一斉に咲き始めるのだが、今年は12日ぐらい遅いようだ。

 彼岸花は、毒毒しい赤い花と茎だけで葉がないので異様であり子どものころは好きではなかった。それに触るとかぶれるといわれたので余計に敬遠をしていた。

 でも、大人になってからは好きになった。土手や田んぼの畦などに一列になって咲いている様はとても風情がある。

 彼岸花は曼珠沙華ともいわれる。私はこちらの呼び方が好きだ。以前は我が家の坪庭にも咲いていたのだが、妻が取り去ってしまったが残念である。

 最近では、NHK朝の連続小説「ゲゲゲの女房」のラストシーンに曼珠沙華が使われていた。あれはCGを使って合成したものだと思うが印象に残っている。

 ◎携帯で写した写真。白いのも彼岸花である。

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2010年10月 5日 (火)

大型テレビを買った

 9月中に買いたいと思って5日間ほど調べていたテレビの機種を決めて買い、10月2日に設置してもらった。

 前にも書いたように、テレビの機種の種類が多く、最後の最後まで迷っていた。チェックした店も、エイデン、K's,ヤマダ電機、トップカメラと4店舗を回った。コジマだけは遠いので行かなかったが、ヤマダには2回行った。

 ヤマダ電機は価格の表示が二つ以上あり、他店を調査したという価格もあったので参考になった。また、トップカメラは、店に置いてある機種が豊富で比べて見るのには好都合であった。

 最終的に、シャープのLC-40LX3という、クアトロン液晶の4原色のもので、40型を選んだ。

 4原色という他のメーカーにない色と、HDもつなげるということで値段はかなり高くなるがそれにした。

 エイデンの価格表示は、何と228000円で他店が17.8万円から17万円割れまであるのに比べるとべらぼうに高かった。店員にそういうと、始め「17.8万円にします。」と言った。それで他店の値段を言ったら、更に安い値段を提示したのでエイデンで買うことに決めた。

 エイデンで買ったのは、カード会社が替わったとき、お詫びにもらったクーポンが7500円分残っていたのでそれを使いたかったからである。

 テレビは買ったが載せる台も必要なので1万円の台を買った。他に耐震マットもあった方がよいというので、2800円で買った。古いテレビの引き取り代が3400円かかった。

 年内はエコポイントが付くので、23000円のポイントがもらえる。

 テレビの設置は1時間余りかけてすべてエイデンがやってくれた。ステレオ装置との接続もやってもらったので助かった。

 さて、テレビであるが、地デジ、BS,CS,ハイビジョン、アナログとすべて見られるが、そんなにあってもテレビを見る時間は少ないので宝の持ち腐れではある。

 地デジはさすがにきれいで、女性アナウンサーの髪など漆黒である。ただ、顔の色が白っぽく、その点はプラズマの方がよいかも知れない。アナログは大画面では非常に甘く写る。

 テレビが17度ぐらい動くので見たい方向を調整できて便利である。大画面は文字が大きく写るので高齢者にはよい。

 大型テレビの導入で楽しみが増えたのは間違いない。

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2010年10月 4日 (月)

 三世世襲で出来たキム王朝とそれを笑えない日本の三世世襲

 朝鮮民主主義共和国は、先日の42年ぶりとかで開かれた朝鮮労働党代表者会議において、金正日主席の三男のキム・ジョンウン氏を後継者に位置づけた。

 これで北朝鮮は、三代続いての世襲となり、金王朝とも揶揄されている。ここに到るまでの過程はおどろおどろしく滑稽でさえあった。

 徹底した秘密主義で、ジョンウン氏の漢字名さえ発表されていなくて平仮名表記であった。中国の政府関係者は、「正銀」だと言ったといっていたが正恩であることがわかった。当初わかっていたのは、スイスに留学したことと推定の28歳の年齢と、母親が在日朝鮮人の高さんであることぐらいであった。

 写真もやっと公開されたが、代表者会議に集まった人びととの記念写真と大会のビデオの一部だけであり、それも正恩氏だとは書かれていない。

 その写真で見る限り、祖父の金日成元主席によく似た風貌である。頭髪を祖父のスタイルに改めたというから、丸々と太った顔つきも祖父に似せるために食べたいだけおいしいものを食べているのかもしれない。韓国紙は整形をしたと報じているようだ。

 服装も父親の正日主席が国防色の人民服で、正恩大将は故日成主席と似た黒の人民服である。こうしたところにも権威付けをしようという細かい工夫がされているようだ。

 だいたいどんな服でも着られる身分でありながら人民服というのは欺瞞も甚だしい。他の軍人高官はきらびやかな軍服に身を包んでいるのだから堂々と大元帥にふさわしい服装をしたら・・・・と思うのだ。

 金正日主席の妹金敬姫を大将にして、党などの重要な地位につけ、その夫の鄭氏も重要なポストのつけてバックアップ体制を確固たるものにしたといわれる。(しかし、その敬姫大将はうつ病でアル中だとか。)

 こうした一連のやり方を見ていると、朝鮮民主主義・・・・という名が泣く。民主主義とは名ばかりで主体思想は全体主義と同義語であると理解される。

 おりもおり、朝鮮民主主義人民共和国憲法から「共産主義」の文字が消されたという。共産主義と言いながらもともとまるで別個のやり方をしてきたのであるから驚くことは何もない。それどころがマルクスやレーニンなどから見ればこれで共産主義がすっきりしたと天国で喜んでいるに違いない。

 驚いたのは金正恩氏が母親の高さんと2度も来日して、日本全国を見て歩いたということである。

 日本政府はこの事実を知っていたのかどうか、以前に長男の正男氏が不法入国したことがあったが、北朝鮮にはやりたいようにやられている。日本という国はすきだらけの国であることが鮮明である。だから拉致問題もたやすく起きたのだといえよう。

 北朝鮮の三代世襲による王朝形成を批判するマスコミの論調が多いが、翻って日本を見ると、日本でも、政界を見ると、鳩山王朝、小泉王朝、岸王朝、吉田王朝・・・・などなど三世世襲が行われ、2代世襲は当たり前のことである。

 このような閉鎖的な世襲制を許している国は国の活力を失っている。北朝鮮然り、日本然りである。日本が経済的にも政治的にもどんどんと下降しているのはこうした問題とも無縁ではないと思う。

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2010年10月 3日 (日)

シラハエに恋して―④ウグイを釣る

 シラハエを釣りに揖斐川に通ったが、時に大きなウグイやアマゴを釣ることもあった。

 最初にウグイを釣ったのは、弟と一緒に揖斐川の荒瀬のところで釣っていたときのことであった。なかなか釣れなかったが辛抱強く流していると、いきなりガクンとまるで岩に引っかかったような手ごたえがあり、竿がしなった。そっと引いてみると岩ではなくて何かがかかっているようであった。手繰り寄せてみたら、体長が30cmぐらいの大きなウグイであった。

 ウグイは臭いので嫌われ食べる人がいない魚である。それで猫またぎという異名があるくらいだ。猫でも食べないという意味だ。唯一、ウグイを食べるのは信州である。信州は海から遠いので貴重な蛋白源として食べるのかもしれない。

 それでも折角釣ったので持って帰り、妻が辛めに味付けをしてくれて食べた。匂いはあるが食べられないことはなかった。

 それからしばらくはウグイの手応えに魅せられてウグイを狙った。揖斐川町にかかる橋があって、その橋の下の大きな岩がごろごろしているところが絶好の釣り場であった。

 岩の陰を流すとガクンと来て大きなウグイが食いついた。その頃小学校2年生であった息子にも味合わせてやろうと思い、連れて行ったことがある。運よく息子もウグイを釣ることができた。

 シラハエもウグイも産卵の時期になると、オスはきれいな婚姻色になる。オスはおしゃれをしてメスの気を引かなくてはならないのだ。

 土地の人はウグイを釣らないからかウグイは結構釣れた。ときにはアマゴがかかることもあった。ウグイと違ってアマゴを釣ったときは嬉しくてたまらなかった。

 

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2010年10月 2日 (土)

99歳新藤兼人監督の最後の作品―1枚のハガキ―

 先日、NHK教育テレビ”ETV"で、「98歳、新藤兼人の遺言」と題する番組を放送した。

 数々の名作や問題作の映画を作って来た新藤監督が98歳になって最後の映画をつくる決心をした。映画の題名は、「1枚のハガキ」である。その映画の製作過程を追ったもので、映画の撮影場面がたくさん出てくるので、どのようにして映画が作られるのかを知らない私には大変興味深いものであった。

 1枚のハガキは、丙種合格で徴兵された新藤監督が実際に見せられたものである。その文面は、簡単なものであった。

  「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないのでなんの風情もありません。 友子」

 たった一文の短いものであるが、心情の溢れた手紙である。このハガキ見せた兵士はハガキを持ったまま南方に送られる船が撃沈され戦死する。

 新藤監督と一緒に徴兵された新兵100人は「定員分隊」と呼ばれ、奈良県天理市の天理教会の建物の一つに配属される。そこには海軍予科練の若者たちが来るのでその準備の清掃や日常の世話をするためである。

 その後、100人の隊員から上官の籤引きで60人が選ばれ南方に送られた。目的地はフィリピンであったがその途中で輸送船が撃沈され全員死んでしまう。

 残った40人からまた上官の籤引きで30名が呉の潜水艦隊に派遣され、その後全員爆死する。

 運よく生き残ったのは、新藤監督ら僅か6名であった。そのうち現在も生きているのは2名である。

 新藤監督は、自分はなぜ生き残ったのかを考え続ける。そして映画を制作し戦争を告発する。それが生きた自分の使命だと考えている。

 私は神を信じないが、何か見えない大きな存在が新藤監督に使命を与えたような感じをもつ。

 その戦友が見せてくれた1枚のハガキに込められた思いをバックに、戦争は兵士だけでなく残された家庭を破壊するするというテーマで最後の映画を制作した。それは新藤兼人監督の遺言でもある。

 映画の中では、1枚のハガキは、新藤(映画では定吉)に託されたというフィクションで、それをハガキを書いた友子に届けるというストーリーである。その中で残された友子を巡る残酷な悲劇が描かれる。

 しかし、最後は未来への希望を示唆したエンディングになっている。

映画は、新藤監督の健康をおもんばかりながら暑い6月にクランクインし、45日かけて作られ無事にクランクアウトした。

 主演の友子は大竹しのぶで、公開されるのは2011年の夏だという。公開が待ちどおしい。

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2010年10月 1日 (金)

森元首相がいいことを言っている

 9月29日の朝日新聞朝刊を読んでいたら、「縦横無尽」というコラムで森喜朗元首相がなかなかよいことを提案していた。

 ①「議員外交の経験豊富な人も少ないから、議員レベルの人脈も乏しい。国難にはオールジャパンで、自民党議員に虚心に協力を求めることも必要ではないか。」

 ②「民主党の小沢一郎元代表は、約140人の議員を連れて訪問し、胡錦濤国家主席と会談するなど、中国との関係は深いはず。外交に「脱小沢」はない。小沢さんが乗り出すべきだ。」

 ③「小沢さんが本当に国家のためになるのは、もっと大きな立場に立ち、権力闘争を捨てたときだ。経験豊かで手駒も資金力も豊富だ。ポストを求めず、公平無私の立場で民主党を一つにまとめるようになると手ごわい。」

 森さんは、外野に立って外から民主党やその政治を見るようになって、物事がよく見えるようになったのか、それとも岡目八目なのか。それにしても的を得たよいサジェスチョンである。小沢さんも民主党も権力争いやそのリベンジなどでうつつをぬかしているときではない。

 内外に難問が山積している今こそ、初心に帰って全党が協力して、時には、他党の協力も得て問題の解決に当たるべきである。

 森さんが指摘するように、140人もの議員を引き連れて中国に行った小沢さんは日中の難局に乗り出すべきである。

 折りしもロシアが中国と歩調を合わせて、北方領土問題を棚上げにしようと動き始めた。しかし、ひるむことなく日本の正当な立場を堂々と押し出して外交交渉を進めるべきである。

 

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