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2010年7月14日 (水)

元禄時代の美女の条件と明治の芸妓の地位

 サンデー・モーニングに、ときどきコメンテーターとして出演している法政大学教授の田中優子さんは、いつも和服を着て出ている。近世文学が専門らしいが、和服姿がいいし、コメントも納得できることが多いのでファンである。

 その田中さんが書いた「江戸の恋」(集英社新書)を図書館で見つけて借りてきた。その中から、元禄美人について書いたところが興味深かったので拾い出してみる。

 元禄時代は西暦1688年~1704年で元禄文化が興隆した。この頃の美人像は次のようであったという。

 「まず、顔が丸く、薄い桜色の肌、目がパッチリして、眉は厚みがあり、眉と眉のあいだがゆったりとした雰囲気で開いている。

 口が小さく、歯は粒が揃っていて白い。

 耳は長めだが縁は浅く、顔から離れ気味で根元まで透きとおって見える。

 額ぎわは自然で、首が長く、後れ毛がない。

 手の指は細くて長く、爪は薄い。

 足のサイズは20cmほどで(ずいぶんと小さい。今の女性ではとてもだめ。)親指がそっていた、偏平足ではないこと。

 胴は長い方がいいらしく、そのかわり腰はしまっていてあまり肉がついていないこと。

 お尻は豊かで、身のこなしや、着物の着こなしがよく、姿全体に品格があり、気立てはおとなしく、

 女性ができるはずの技芸は全てこなし、ほくろは一つもないほうがよい。これは『好色一代女』に書かれたこの時代の女性についての美の基準である。」(P.28)

 「『好色』とは、流行に敏感でセンスがよく、口の利き方も気が利いていて、人への気遣いも慣れていて、教養があって、芸もでき、恋心についてよく知っている、というような人をさす。決してセックス好きだけのことではなく、男にも女にも使う、非常によい評価の言葉である。」(P.98)

 喜多川歌麿(1753~1806)の浮世絵を見ると、元禄美人の基準とはかなり違っている。目が細く、眉も細くて、面長のやや下膨れ顔に描かれている。江戸時代も100年経つと美人の基準も変わったようだ。

 また、中国の纏足まではいかないにしても、足が小さいのがよかったというのもおもしろい。

 私が注目するのは、「女性ができる技芸を全てこなし」という部分である。女性としての教養の高さを要求されている。この教養という点について、同書の次のページに、遊女の条件を書いている。先に書いた美女の条件の上に、さらに

 「女性ができるはずのあらゆる技芸が必要だ。和歌、琴、笙、三味線、各種の唄、生け花、茶の湯、髪結い、碁の相手、時計の調整、酒を飲むこと、いい字と文章で手紙が書けること、などである。

 また、人柄としては、腹が座り、ちょっとやそっとのことで動じないこと、下の者にやさしく、物を貰わず、物を惜しまず、気位が高いことである。その上遊女は人前では食事をしない、お金の話をしない、悪口を言わない、などが求められていた。」

 完璧な人間像である。吉原の太夫ともなるとそうだったのかもしれないが、一般の遊女はそんなことはなかろうと思う。しかし、遊女が高い教養を求められ他というのは驚きである。これだけの教養を身につけようとすれば簡単ではないはずだが、いつどこで学んだのであろうかと思う。

 江戸時代の遊女が教養高き人間であったのだから、明治時代になって芸妓は当時の最も教養を身につけた女性であったということも頷ける。「ぼくたち、Hを勉強しています」(朝日新聞社)によると、明治の元勲である、伊藤博文、井上馨らは芸妓を妻とした。それだけ芸妓の地位が高く、文化をにない、社交ができたというのだ。木戸孝允の妻となった幾松も有名である。

 幕末に、長州や薩摩や土佐の下級武士がどうして芸妓遊びができたのかと思うが、「竜馬がゆく」などを見ても芸妓をはべらせているところが出てくる。下級武士から見ると芸妓は高嶺の花で憧れであったのかもしれない。

 それはともかく、遊女にしろ芸妓にしろ、相応の教養を身につけていたというのが大したものだと思う。

 

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