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2010年6月

2010年6月30日 (水)

大相撲名古屋場所は開催すべきではない

 外部調査委員会の勧告にもとづいて協議した結果相撲協会理事会は、勧告を全面的に受け入れ、その代わり名古屋場所の開催を決定した。

 しかし、朝日新聞の世論調査によると、63%もが開催を中止すべきだとしている。NHKテレビでの識者の意見でも、開催は中止し、この際徹底的に究明をすべきだと言っていた。また、朝日新聞の西村欣也氏のコメントも同じく中止して徹底的に解明すべきだとの厳しい意見である。

 私も、同じ意見である。相撲協会がやるべきことは、先ず、徹底的にこれまでの体質の反省と問題の根っこを究明し、今後不祥事が一切起こらないような仕組みをつくることである。それを発表して相撲ファンみなが納得したら、次回に大相撲を開催すればよいのである。目先の利益を追って名古屋場所を開催すべきではない。

 西村氏の指摘を待つまでもなく、事は、名古屋場所の開催を前提にして進められてきたと思われる。調査委員会も、甘い勧告をせず、名古屋場所中止の勧告をすべきであったのだ。

 大嶽親方と、琴光喜の解雇もしくは除名処分が言われているが、謹慎を勧告された親方や理事長ももっと厳しい処分がされるべきである。

 世の中には、サッカー籤とか競馬、競艇などギャンブルが認められているのだから、野球賭博をして何が悪いというコメンテーターもいるようだが、それらと同じだとは言えない。そのために警察に望みたいのは、暴力団の関わりや関係を捜査して今後2度とこうしたことが起こらないようにすることである。外部の印象では、警察はその辺にためらいがあるように感じられる。

 大相撲が今こそ近代的スポーツとして生まれ変わるチャンスと捉えるべきである。今後も国技を標榜するのならそれにふさわしい相撲協会に生まれ変わって欲しい。

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2010年6月29日 (火)

誰よりも詳しい白内障手術体験記―④―術後

 白内障の手術が済み2時間余りで自宅に戻った。手術をした右目にはガーゼで眼を押さえ穴の開いたアルミの眼帯が絆創膏でとめられていた。説明では、ガーゼは手術当日はしていなければならないそうで、そのために交換用の、1枚ずつ袋に入ったガーゼを2袋買った。1袋は20円であった。

 手術と当日から25日までの2日半は化膿止めの「ベガモックス」という点眼薬を2時間おきにさすことになっていた。他には、一日三回の炎症を抑える「ジクロード」と「サンテゾーン」があった。

  目薬を差すたびに眼の周りを拭かなければならないので、「クリーンコットン」20パック入りも300円で買ってきた。私は節約するために、クリーンコットンを半分に切り(3cm四方の大きさ)更にそれをはがして2枚にして使うことにした。そうすることで1パックを8回使える訳だ。

 アルコールは1週間ほどは飲まないほうがよいというので飲まないことにした。その代わり暑いときにはノンアルコール・ビールを飲んだ。

 幸い手術当日から3日間はからっとした日が続いたので余り汗をかかなくて済んだ。

 次の日には、かかりつけの目医者に見せに行った。眼圧が21、視力は少し改善されていたが、検査表の記号が2つに見えた。医者にそのことを話したら、「焦点がぼけているのでしょう。」と言うだけであった。

 眼を写して説明してくれたが、手術の部分が赤く炎症を起こしているのがわかった。でも医者は問題はないとと言った。

 「眼帯はガーゼがなくてもよいのですか。」と尋ねたら、「好き好きです。」と言って普通使われているガーゼの眼帯をくれた。外を出歩くときはこちらの方が無難なので有難かった。アルミの穴あき眼帯は家にいるときに使うことにした。診察料は760円であった。

 2日目も2時間おきの点眼で煩わしかった。私の場合1日2回の緑内障の点眼もあるので5種類になり本当に大変であった。 2日目は、blogを書くぐらいにして家でおとなしくしていた。テレビは眼鏡なしでも見ることができたので驚いた。

 目医者は、毎日見せに来るように言ったので、3日目も行った。眼圧は18に下がっていたが、炎症はまだ残っていた。眼帯のガーゼは替えてくれた。診察料は450円であった。この日も2時間おきの点眼であった。

 この日は、気をつけてシャワーを浴びて汗を取った。また、たまたま家に「水の要らないシャンプーがあったのでそれを頭に使った。ちょっとさっぱりとした。

 4日目は、あのサッカーの対デンマーク戦であった。3時40分頃に目が覚めた。起きて行くと丁度本田がFKをするところであった。デンマークに勝った試合を見て気分がよかった。この日は、朝風呂に入った。気持ちがよかった。

 診察に行くと、眼圧が14に下がっていた。炎症もだいぶ改善されていた。またガーゼを交換してもらった。診察料は360円であった。この日から化膿止めのベガモックスの点眼が1日5回に変わった。少し楽になった。

  天気がよかったので、夕方、サティへ行った。ラウンジでコーヒーを飲み、第3のビールなどを買って帰った。

 妻が買い物で私の妹に逢ったら、同じように白内障の手術をしたと言っていたというので妹に電話をした。妹は、17日に近くの眼科で手術をしたと言った。妹の場合は点眼薬を5種類も貰ったと言った。手術料は45000円ほどであったと言った。70歳前なので自己負担が大きいのだ。

 次の日、薬の種類のことを医者に話したら、「点眼薬はいろいろあるから。それにしても5種類は多いね。」と言っていた。

 この日は、ゴーグルをつけてシャンプーをしてみたが、これはよい方法ではないとわかった。

 夜には、眼帯をつけてコーラスに行った。みんなが「どうしたの?」と聞いてきた。

 5日目は土曜日なので、ボランティアで国際プラザに行く日であった。その前に自動車で眼科に行った。眼圧は11で、炎症は殆どなくなっていた。医者が「順調です。もう少しですね。」と言った。また、ガーゼを交換してもらった。診察料は、360円であった。

 そのまま車を運転してプラザへ行った。ただ、眼帯ははずして眼鏡で運転をした。国際プラザにつくと眼帯をつけた。 家に帰ってからは、穴の開いたアルミの眼帯で過ごした。

 6日目は、日曜日で眼科は休みであった。午後には用で外に出た。夜は久しぶりにカラオケに行った。

 7日目、朝早く眼科に行った。眼圧は、12で左は14であった。炎症はさらによくなっていた。医者は、「明日また来てください。その後は、1週間後でいいです。」と言った。360円であった。

 今日一日眼帯をすれば明日からは眼帯がはずせ、頭髪も洗えると思った。郵便局で知人に逢い話していたら、どこかの老婦人が話しかけてきた。昨年、やはり杉田眼科で両目を手術したのだと言う。その人は眼を保護する眼鏡を買ってそれをつけたそうだ。また毎日眼科に見せに行くこともなかったという。眼科医によっていろいろと違うようだ。

 8日目から眼帯をやめて、久しぶりにウオーキングに行った。

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2010年6月28日 (月)

無差別殺人―「誰でもよかった」について

 27日の「サンデー・モーニング」の「風を読む」で「誰でもよかった」と題して無差別殺人のことを取り上げていた。残念ながら途中から見たので分からない部分もある。無差別殺人は銃社会のアメリカが始まりで、日本もだんだんとそうなってきたのだと思っていたが、今や、世界的に起きているのだと知った。社会福祉では良いほうのフィンランドでも起きているのだという。

 それについて、片田さんという女性の精神科医は、「グローバル化の中で、自己責任ということが言われ、他を排除しようという傾向が強くなった。」というようなコメントをしていた。

 グローバル化というのは、おそらく経済のグローバル化のことだと思うのだが、日本でも小泉・竹中路線によって自己責任が強調され、稼げるものはどんどん稼ぐ、ドロップアウトする者は自己責任だということで、放置されてきた。その中で、フリーターや契約労働者やアルバイターなどが増え、経済の悪化とともにどんどんと解雇されたり、収入の減少を余儀なくされた。そして1750万人にも上る非正規社員、年収200万円以下の低所得層が1000万人を超え、生活保護世帯が140万世帯と増加の一途である。ホームレスも増加を続けている。

 そうした中で、生活保護を受ける人を狙った貧困ビジネスが広がり、27日の新聞でも大阪の不動産業者が診療所と結託して、生活保護の医療費を食い物にしていたことを報じている。

 貧しい人たちは、更に貧しく、一方で、株主総会のこの時期、連日のように報じられているのが、1億円を越す高額な報酬を得ている大企業役員が続々と出ていることだ。

 儲ける才覚と能力と運がある人はどれだけでも儲けてよいというのが、グローバルスタンダードとなり、リーマンショック前には、アメリカで年収63億円も得た人まで現れた。そうした傾向に、さすがのアメリカも行きすぎだと感じたのか、オバマ大統領は規制をかける法律を作った。

 しかし、アメリカでは医療保険のない低所得者層は4300万にと増え、貧富の格差は放置されたままである。

 何度も指摘したように、社会主義国の中国でさえ、貧富の格差が広がるばかりである。

 ヨーロッパでも、フランス、ギリシャ、その他EU加盟国で失業者が増大している。サッカーのワールドカップ開催国のBRISCの一員の南アフリカでも、失業者は23#を超えた。

 そうした流れの中で、ごく一部の勝者と大多数の敗者に分かれてしまった。それがグローバリズムであり、儲けさえすればよいという金融資本主義の姿なのだ。

 明日ではなく、今を生きる希望をなくした人たちが、思いつめた末に「誰でもよい」と無差別殺人に走るのは当然の成り行きであると思う。

 日本では、今、参議院選挙運動中だが、各政党はいろいろな公約やマニフェストを掲げている。私は、それが本当に国民のためなのか、本当に実現できるのか、具体的な数字を示して欲しいと思う。それをもとに判断をして適切な人や政党をえらなけらばならないと思う。

 棄権は自らを危険にさらすだけでなく、他の人をも危険にする。投票には必ず行ってほしい。

 

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2010年6月27日 (日)

大企業の社長の高給取りに驚く

 株主総会の季節がやってきて、今年は多くの企業の社長や役員の中で年収が1億円以上の人の名前と金額が開示された。それによると、日産のゴーン社長は8億9000万円だそうだ。ゴーン氏はルノーからも1億3800万円もらっているという。それでも、「グローバル企業のスタンダードでは、CEOの平均報酬は11億8000万円だから、多くないと言ったそうだ。

 他には、ソニーのストリンガーCEOが8億1000万円と高額である。神戸製鋼水越相談役が2億7300万円など1億円プレイヤーが続出である。

 こういう人たちは、その企業に高額の報酬に見合うだけの仕事をしたということになっているが本当にそうなのだろうか。

 野村ホールディングスの株価は530円程度と低迷しているのに渡部社長の報酬は3億円ももらった。株価が7/1になっているのに・・・である。

 高額の役員報酬の一方で、社員に支払われる賃金は減少が続いている。1999年から9年間続いていた労働者の平均賃金は30万円超であったが、2008年からは294500円となったという。企業は景気が悪くなると先ず労働者の賃金をカットしたり、首をきったりしてしのぐのだ。

 介護関係のように月給が17万円を割るところもあり、年収200万円以下1000万人を超えているというが、一方で高額の報酬を受ける人もいるのだ。同じ人間に生まれながら金を尺度にするとそんなにも値打ちが違うのかと愕然とする。

 これだけ高額の報酬を払っても、後の労働者の賃金はできるだけ低く抑えるというのが資本主義のやり方なのだ。労働者の賃金を抑えられるだけ抑えて企業の利益は積み上げている。新聞によるとその額は最高になったという。これだけ不況でも内部留保は200兆円以上もあるのだ。

 2年ほど前に、その金を首切りをしないように使えと要求したのに、弱い立場の派遣労働者や期間労働者などからどんどんと首を切られてしまった。

 中国では労働者の賃金が低く抑えられていてストライキにまで発展しているが、経営者はどこでも自分だけはがっぽりと儲けて労働者はしぼりとられるのだ。日本も例外ではない。ストライキが起こらないのが不思議である。

 

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2010年6月26日 (土)

パイプオルガンコンサートの案内

 パイプあるガン奏者の吉田文さんから下記のようなコンサートの案内がとどきました。
 

謹啓

 梅雨の季節となりました。皆様ご清祥のこととお喜び申し上げます。
この度、来たる7月4日(日)14時30分より、カトリック南山教会におきまして「インド・シューベルト村のためのチャリティーコンサート」を開催するはこびとなりましたことをお知らせしたく、本書を送付させて頂きました。

インド・シューベルト村は、学校で学ぶ機会が皆無であったインドの貧しい家庭の子供たちに勉学の機会を与えようと、神言会司祭ヨハネス・シューベルト師が日本より支援者を募り、学校、学生寮、職員住宅、そして教会や自給自足の為の耕作地などを建設したものです。
現在でも、子供のための奨学金や男子寮の建設、そして様々な備品のために、多くの支援を必要としています。

今回のコンサートでは「天使の声」という意味の名前の南山短期大学聖歌隊・ヴォックス アンジェリカがW. A.モーツァルトの「アヴェ ヴェルム コルプス」などの聖歌を歌います他、パイプオルガンの曲目としてバッハ作曲の「トッカータ、アダージョとフーガ」、そしてインドの響きを思わせる珍しいオルガン曲「アニュイ・ヤヴィシュタの2つの舞曲」などを演奏いたします。聴き慣れた優しい曲目と、パイプオルガンの荘厳な響きを堪能していただけるひとときとなるかと思います。

チラシは以下のリンクからダウンロードができます。
表 

http://www.aya-yoshida.de/media/data/07-04_nanzan_plakate0.pdf
裏 http://www.aya-yoshida.de/media/data/07-04_nanzan_plakate1.pdf

「名古屋オルガンの秋2010」の方も、おおよその日程が決定いたしました。
10月12日(火)には、18時30分(予定)より「あいちトリエンナーレ」の県民祝祭ウィークの共催事業としまして、愛知県芸術文化センターコンサートホールに於いて「パイプオルガンと2本のトランペットの華麗なる祭典 ~ブラヴィッシモBravissimo! アイチッシモAichissimo!!~」と名付けたコンサートを催します。
パイプオルガンとトランペットによる数々の名曲を楽しくお聞き頂ける他、愛知県美術館所蔵のクリムト作「黄金の騎士」をモチーフとした新作も初演いたします。それぞれの作品に合わせた照明演出も計画いたしており、世界最大級のパイプオルガンと、世界一流のトランペット奏者のコラボレーションをお楽しみ頂けるものと思います。1800人を収客する大きなホールでの開催となります。こちらの方も、皆様お誘いあわせのうえ、是非ご来臨下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

以下、今年の「名古屋オルガンの秋2010」の予定概要です。詳細は又、改めてお送りいたします。
10月9日(日)18:30 カトリック多治見教会(多治見修道院)
トランペット&オルガン  「バッハの珠玉集」 トランペット:武内安幸 オルガン:吉田文
10月24日(日)15:30 カトリック五反城教会
オルガンソロ 「Bach&B-A-C-H」 オルガン:トーマス・マイヤー=フィービッヒ
11月7日(日)15:30(予定)カトリック東山教会
メゾソプラノ&オルガン  「バッハと賛美歌」 メゾソプラノ:信行香代子 オルガン:吉田文
11月14日(日)15:30 カトリック五反城教会
オルガンソロ 「バッハをめぐる幻想」 オルガン:橋本淳
11月28日(日)15:30 カトリック五反城教会
オルガンソロ 「バッハの待降節」 オルガン:吉田文

今年は特に、天候が不安定です。
どうぞ皆様くれぐれもお風邪など召しませんようお気をつけてお過ごし下さいませ。
謹白

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2010年6月25日 (金)

誰よりも詳しい白内障手術体験記―③―

 こちらは動いてはいけないと思っているから、真直ぐ上を向いたまま手術台の上でじっとしていた。どのくらい経ったか分からないが、やっとのことで看護婦が来て、「これから手術室へ移動します。」と言って手術台を2人の看護婦が押し始めた。そこで初めて手術は別の部屋でやるのだと気付いた。

 その部屋も広くて他にも手術台が入っていた。同時進行でやるようであった。そこでは化膿止めの点眼薬をさし、血圧が計られた。血圧は何度も計られるということであった。

 何度なく肛門の辺がむずむずした。おならかなと思ったが引っ込んで行った。今度は右のほっぺたがかゆくなった。かこうと思ったが手が血圧計に固定されているので駄目であった。手術はまだ始まらなかった。左のほほ辺りがかゆくなった。左手は点滴がついているので動かせなかった。次は、喉がむずむずした。手術中に咳をしたら大変だと思いゴホンと咳をした。これはできた。

 そうこうしていると看護婦が来て右眼の周りを消毒し、「左目を覆います。」と言って布で覆った。「右目にテープをはります。」と言って、テープで眼を閉じないように固定したようであった。それからビニールのようなもので右目のまぶたなどをべたっとはり、眼球だけが出るようにした。このときまぶたに痛いようなひきつられるような違和感があった。

 そしてやっと院長先生が来て手術が始まった。手術が終わった時刻から逆算すると始まったのは10時35分ぐらいのようだ。

 右目で何かが行われているのだが、痛みはなく、見えるのは光の小さな玉のようなものであった。それはたいてい三つあり、赤、青、黄、白の光であった。

 手術は顕微鏡を使って行われることはインターネットで調べて知っていた。小さな器具の先が瞳の周りを2~3mm切ってそこから中の液を抜き取るようであった。眼の下の部分をきるのだと思っていたら、そうではなくて上の部分を切るのだ。なぜなら医者は患者の頭の方に立って手術するからだ。動画で見ると下に見えるのは、反対から見ているからである。

 手術の間中そうした動きが光の玉となって見えるのであった。それを見ている間、ときどき自分で両手を握り締められていることがわかった。緊張しているのだった。手術の間聞こえるのはたまに医者の器具などを取る指示だけであった。

 「手術は終わりましたよ。」という先生の声であっけなく終わった。「エッ、終わったんですか。」「化膿止めの注射をしますから痛いですよ。」言い終わらぬうちに眼球に痛みが走った。針でついた様な痛みであった。「暫く痛みが続くかもしれません。」とこれは看護婦が言った。

 最後に眼帯をはめて、「手術台を立てますよ。気をつけてスリッパを履いてください。」と言われた。

 手術台を降りて終わったんだと実感した。看護婦の後について控え室に戻り、服に着替えた。看護婦が、「簡単な食事を用意していますがどうされますか。」と言ったので、「エッ、食事をしてもいいのですか。」と反問した。「いいですよ。一緒に来てください。」というので、9階にある患者食堂に行った。

 食堂には私一人であった。食事は小さな茶碗に五目飯が軽く盛ってあった。他には漬物、お吸い物、番茶であった。

 家に電話をしようとしたが、何べん掛けても出なかった。

 食事が済むと、控え室に戻って行ったのだが、その手前に付き添いの待合室があり、壁に2台テレビがかけてあって、一つでは眼の手術をやっていた。そこにいた人に「これは映画ですか。」と聞いたら、「今やっている手術ですよ。」と言った。手術の様子をリアルタイムで見せているらしかった。そのうち別のテレビでも手術を映し始めた。

 あとで看護婦に聞いて分かったのだが、顕微鏡にカメラがついていて全て写して見せているのだということであった。

 暫く見ていたら、先に済んだオガワさんが「説明が始まっていますよ。」と呼びにきてくれた。戻ると5人説明を受けていた。

 それが終わると私が説明を受けた。目薬の種類が三つ。そのさしかた。これから1週間の過ごし方などであった。

 終わった日は、ガーゼと金の眼帯をつけ、次の日からはガーゼはなくてもよいということであった。交換用のガーゼや絆創膏や眼を拭く清拭布はなければ買う必要があった。付属の薬局で売っているということなので申し込んだ。

 11時50分頃から術後の診察が始まった。眼帯をはずして診て貰ったが「大丈夫ですね。」ということであった。そのとき担当の女の先生の顔がはっきりと見えた。

 外で眼帯をはめてもらう前片目をつぶって辺りを見たらくっきりと見えたので驚いた。手術をしていない左目よりコントラストがはっきりしていた。手術はうまくいったようであった。

 会計を済ませて、帰りはどうやって帰ろうかと思った。バスがあれば家の近くまで行くのでよいのだが、生憎1時間に1本しかないし、時刻表もなかった。外に出て行くと病院の前にタクシーが列を作っていた。それでタクシーで帰った。栄から3000円以上かかると思っていたが18000円で済んだ。

術後帰宅してからの処置についてはいずれ書く予定

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2010年6月24日 (木)

白内障手術体験記―②―

 8時20分頃に、第一回めの散瞳薬が点眼された。そして少しして血圧が計られた。148-90もあったのでびっくりした。朝家で計ったときは、125-74であった。やはり緊張しているのかと思った。

 持って行ったICデコーダーで、ヘイリー・ウエストンラの歌を聴いて過ごした。二回目の散瞳薬の点眼は8時35分頃であった。その頃一番の人が手術室に呼ばれて行った。3回目の散瞳薬の点眼は、8時50分ぐらいであった。どうやら15分おきに点眼するらしかった。

 9時半ごろには5番目の人も呼ばれた。その後私は呼ばれないので、看護婦に「何時頃になるのですか?」と尋ねた。「10時ごろだと思います。待ってもらってすみませんね。」と言った。そうやら最初に言った看護婦から私が一番に来たのに最後になったことを申し送られている様子であった。

 10時ごろに、やっと手術室に呼ばれた。看護婦が連れて行ってくれた。入ったところで靴を脱ぎはだしになった。

 まず、更衣室でパンツ1枚だけになり、青い手術着に着替えた。それからベンチのある待合所で待った。5番目の女性がまだ待っていた。

 私は、トイレに行っておこうと思いトイレに行った。扉は掌をかざして開閉する方式であった。

 トイレから戻ると、オガワさん1番の人が戻ってきた。その人は2回目の手術を受けたそうだ。「痛くはなかったけど、眼球の注射は痛かった。」と言った。「麻酔は点眼のはずですが・・・。」と言ったが黙っていた。

 看護婦が迎えに来てオガワさんは出て行った。待っている間にもう一人待っている人と話した。その人も2回目であった。その女性も手術室に入っていった。

 そこへ女性が入ってきた。入院して手術を受ける人らしかった。暫くすると、もう一人車椅子の女性が来た。

 なかなか呼ばれないので緊張が増した。待つのは実に嫌なものだ。看護婦に「私は何番目ですか。」と聴いたら、「次です。」と言った。

 若い学生のような人も入ってきた。

 待つことしばし。やっと私が呼ばれた。スリッパを履いて 看護婦についていくと、強い風で埃をとばすという狭い場所で埃を取り、中に入った。手術台が2つ置いてあり広い部屋であった。手術台にのり仰向けに寝た。散瞳薬を点眼し、右手には血圧計、胸に心電図、左手首に化膿止めの点滴がセットされた。そこまでは2人の看護婦で手際よく行われた。そこですぐに手術が始まるのかと思っていたが一向に始まらなかった。待っているのは本当に嫌なものであった、

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2010年6月23日 (水)

誰よりも詳しい白内障の手術体験記―①―

 6月22日(火)に、栄の眼科杉田病院で白内障の手術をした。5ヶ月ほど待ってやっと手術の日が来たのであった。

 手術の前後のことについて分からないことが多く、インターネットでも調べたが満足の行く情報は得られなかった。

 手術後、食事や水分は何時頃から摂れるのか。

 手術後は、タクシーで帰らないと駄目なのか。

 眼帯は何時取れるのか。

 汗をかく季節だが、頭髪は1週間洗えないのか。

 手術はどのように行われるのか。

 いつまで安静にしているのか。

 などなど不安だらけであった。

 ただインターネットのサイトに、手術の様子を動画で見ることができるのがあり、それは役に立ったが、反面かえって心配もました。

「白内障手術 動画」でも出てくるが、下にURL:を載せておく。

  http://www.youtube.com/watch?v=PJpvmU5z9v0

 上記のように、白内障手術を初めて受ける者にとって不安が多いので、私が経験したこを詳しく書くことにする。

 当日は、朝5時以降は「絶飲食」であったので、4時少し前に起床して、コーヒー、ヨーグルト、せんべい、ナッツなどを少し食べ、サプリメントを飲んだ。

 風呂に入れなくなるので、風呂を沸かして体を洗った。その後、緑内障の目薬をさした。 用便も済ませて、7時まで新聞やテレビを見た。

 7時過ぎに、息子に地下鉄の駅まで送ってもらった。杉田病院には7時半過ぎに着いた。すでに待合室には多くの人が来て座っていた。

 手術の手続きをして待っていたら8時ごろに呼ばれた。真っ先に呼ばれたので手術は1番だと思った。ところがこれが全く違っていたのだ。

 タケヤマさんという背が高い老婦人と2人、看護婦さんの後について4階にある部屋に行った。手術室の反対側にあり松坂屋が見える広い部屋であった。

 タケヤマさんは、すぐに目薬や血圧などを計ったが、私は捨てて置かれた。その内にさらに2人きて、暫くするとまた2人きた。そしてその人たちのほうが先に点眼や血圧測定をした。

 私は、看護婦さんに「私は早く来て1番だと思っていたのにどうなっているのですか。」と聞いた。「受付順ではなく、年齢や症状などで決めるのです。昨日決めたのです。」と言った。 

 私は、「受付順でないなら、そうと言ってくれれば早くくることはなかったのに。」と 言った。「杉田眼科は、全国から一杯来るのだから、これまでのことからそういうこともきちんと対処できるはずだ。」と言った。看護婦は、「婦長に伝えます。」と言った。

つづく

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2010年6月22日 (火)

直しと治しが続く―不思議

 今月は、直すことと治すことが次々に起きる。

 直すことは、先ず、大口が自動車。前にも書いたことがあるが、和食レストランの駐車場で車を出すとき、死角に岩が置いてあって、左前のライトの辺りを傷つけた。見積もりを取ってみたら、概算で6万円ほどかかるということであったので、そのまま乗ることにした。そのうち今度は、こともあろうに自宅の車庫入れで左ドアをこすってしまった。それも6万ぐらいかかると言うので、直さずに乗っていた。

 ところが、今度は、息子がレストランの駐車場で車の後部を破損してしまった。直さないわけには行かないので、いっそのこと全部を直すことにした。きれいになったのはよいが、25万円もかかった。

 次は、洗面台の排水パイプが突然外れて水びたしになってしまった。メーカーを呼んで調べてもらったら、パイプの合うのがあれば直せるといった。数日後直せるが12000円ほど掛かると言ってきた。直さないわけにはいかないので、修理を頼んだ。

 そしたら、冷蔵庫がおかしくなった。買ってから9年になるのだが、急に冷凍庫の冷えが悪くなった。仕方がないのでメーカーに電話をし修理を依頼した。

 今度は、トイレのトイレットペーパーホルダーが脱落した。それも替えなければならない。

 治す方は、先日書いた、白内障の手術と変形脊椎症である。脊椎症は、毎日整形外科に通って治療を受けている。白内障はもうすぐ手術をしなければならない。  先日歯医者に点検に行ったら、小さな虫歯の初期が見つかったが、これは簡単な処置で済んだ。

 飛行機事故でも、一つ起きると、続いてどこかで起きることがよくある。それと私の場合は違うのだが、何かが続いて起きるということは経験することである。それがおめでたいことならよいのだが、悪いことは困る。

 大相撲の不祥事も、その類の連鎖であろうか?この辺りで根絶してもらいたいものだ。

 

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2010年6月21日 (月)

運がなかった対オランダ戦

 19日(土)日本時間、20時30分キックオフのサッカー対オランダ戦を見た。ボールの支配は断然オランダであったが、シュートの数は日本が勝っていた。ということは、少ないチャンスを攻撃に結び付けていたということになる。

 オランダのパス回しは本当に素晴らしい。私と同様サッカーにはど素人の妻も「オランダのパスは上手ねえ。」と感心していた。

 前半戦は、本当によく戦った。後半戦に入って早い時間帯に隙をつかれてオランダに得点を許した。実に残念であった。

 その後は、日本も幾つかのシュートを放ったが残念ながら入らなかった。いちばん残念であったのは、終わり真近にFW岡崎が放ったシュートである。もう少し低めにコントロールできていれば得点でき、同点となったのに・・・・と悔やまれる。

 技術がないのか?それとも運か?岡崎は技術だと反省しているようだが、私は、運だと思った。

 サッカーでも、いろいろと験を担いだり神頼みをしたりしている。TVによると、愛知県でもサッカーにご利益がある神社に多くのファンがお願いのお参りをしたそうだ。日本中ではかなりの神社やお寺に必勝のお参りがあったことだろう。しかしながら、ご利益がなかった。

 神様への祈りが届かなかったのか、それともお賽銭が足りなかったのか?私は、そのいずれでもないと思う。選手たちは一生懸命にやり、優勝候補といわれるオランダと互角に戦った。勝てなかったのは運がなかったのだ。

 新聞やTVなどのマスコミも、善戦とか惜敗とか言っている。予想以上に頑張ったのは誰の眼にも明らかである。せめて同点にできなかったのが悔やまれるが運がなかったのだ。

 次の対デンマーク戦には、是非、運も味方につけて勝ってほしい。

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2010年6月20日 (日)

相撲協会の野球賭博

 日本相撲協会が野球賭博問題で揺れている。場所中に週刊新潮に書かれた大関琴光喜も初めは否定していたが、最近になって認め、名古屋場所には出場できなくなった。他にも幕内豊ノ島や大嶽親方も、野球賭博をしたことを認めた。自己申告では、65名にものぼるという。大嶽親方と言えば、あの名横綱大鵬の娘婿である。大嶽部屋では2008年に大麻の陽性反応が出た力士が解雇されている。

18日の夕刊では、時津風親方も野球賭博をしていたと報じられた。時津風部屋は、あの横綱双葉山が開いた名門だが、2007年の力士暴行事件を起こした。

 他にも、幕内の豪栄道や豊響も認めたを言われる。

 野球賭博の他に、金を賭けた花札、賭けゴルフなどは日常茶飯のことらしい。

 先だって、暴力団の幹部がたまり席で相撲を見たことが問題になった。暴力団関係者が相撲観戦するのは5年以上前から続いていたというが、実際はもっと昔からなのだと思う。

 以前は大相撲の地方巡業に暴力団関係者が勧進元などになることが普通であったようだ。それやこれやで暴力団と相撲は切っても切れない関係にあるものと思われる。だから野球賭博などが入り込む隙ができたのだ。

 相撲協会では、外部の有識者に依頼して調査委員会を設置したが、文部科学省の再三の指導に重いみこしをあげた形だ。

 相撲といえば国技と言われるスポーツである。国からは公益法人として税制上の優遇措置を受けている。その組織が暴力団とかかわりを持ち、更に野球賭博までしていたというのだから、言語道断である。

 この際、調査委員会によって徹底的に究明してもらい、健全な相撲協会に生まれ変わって欲しい。

 それにしても、65名もの野球賭博に関係した人がいたのに、不問に付し、名古屋場所に出場しないのは琴光喜だけというのはおかしな話だ。厳重に対処して欲しいものである。

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2010年6月19日 (土)

菅首相、消費税増税に言及

 18日の朝日新聞によると、菅首相が、将来の消費税について、税率と、低所得者ほど負担感が増す逆進性の対策を含む改革案を今年度中にまとめる方針を表明したという。税率については、自民党が参議院選公約に載せた10%を参考にしたいと述べた。

 民主党が発表した参院選マニフェストでは、消費税について、「早期に結論を得ることを目指して消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始する」とだけ書かれているという。

 菅首相は、党内の正式な手続きを経ないまま10%と数値まであげて首相自身の公約として打ち出したかたちだ。

 「政府税制調査会で2010年度中に改革案をまとめ、超党派での幅広い合意を目指し『財政健全化検討会議』で合意を目指す意向を示したそうだ。合意ができない場合には民主党単独でも法案をまとめる考えのようだ。そして、最終的には総選挙によって民意を問うことを示唆した。

 もともと鳩山前首相は、4年間は消費税をあげないと言っていたし、小沢氏も慎重な姿勢であったはずだ。民主党内では、大きな論議を引き起こしそうだ。時期尚早だとか、選挙に悪影響を及ぼすと懸念する向きもあるという。

 私は、菅首相が大胆にも消費税の増税について打ち出したのはよいことだと思う。これまでは消費税の増税を言うと選挙に悪影響が出るとタブー視されて来た。自民党の橋本内閣のときに消費税に触れて惨敗したことがトラウマとなっている。

 それに対して、自民党の谷垣総裁は以前から消費税増額を主張していたから今度の参院選の公約にも10%増税を入れたのであろう。

 消費税については、共産党は一貫して増税反対をしており、今回も真っ向から対決すると息巻いている。社民党も反対のはずだ。国民新党の亀井氏は、今は経済が低迷しているのでその時期ではないと言っている。

  しかし、OECDの国の中でもダントツに高い水準の、977兆円にもなろうという国と地方の借金はもう待ったなしだ。ずっと低いギリシャでさえ大問題になったのによくぞ持ちこたえていると思う。

 消費税率はOECDの国の中では最低の方である。ヨーロッパ各国は軒並みに高いが、スエーデンやフィンランドなど北欧諸国のように高負担高福祉の国もある。

 将来の生活の安心のためにも、いつまでも消費税論議を延ばさないで、思い切って将来を見据えた議論をしてもらいたい。また、我々一般国民にもよく分かる形で議論を公開して進めて欲しいと思う。そのためにいろんな角度からの資料を用意して、納得が行く議論をして欲しい。

 その結果、国民の多数が消費税増税に賛成ならば総選挙でGOというであろう。

 伝え聞くように、民主党内や党外で政局と絡めて姑息に動くことだけは止めて欲しい。党利党略ではなく、真剣に国民生活とわが国の将来を考えて議論して欲しいのだ。

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菅首相、消費税増税に言及

 18日の朝日新聞によると、菅首相が、将来の消費税について、税率と、低所得者ほど負担感が増す逆進性の対策を含む改革案を今年度中にまとめる方針を表明したという。税率については、自民党が参議院選公約に載せた10%を参考にしたいと述べた。

 民主党が発表した参院選マニフェストでは、消費税について、「早期に結論を得ることを目指して消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始する」とだけ書かれているという。

 菅首相は、党内の正式な手続きを経ないまま10%と数値まであげて首相自身の公約として打ち出したかたちだ。

 「政府税制調査会で2010年度中に改革案をまとめ、超党派での幅広い合意を目指し『財政健全化検討会議』で合意を目指す意向を示したそうだ。合意ができない場合には民主党単独でも法案をまとめる考えのようだ。そして、最終的には総選挙によって民意を問うことを示唆した。

 もともと鳩山前首相は、4年間は消費税をあげないと言っていたし、小沢氏も慎重な姿勢であったはずだ。民主党内では、大きな論議を引き起こしそうだ。時期尚早だとか、選挙に悪影響を及ぼすと懸念する向きもあるという。

 私は、菅首相が大胆にも消費税の増税について打ち出したのはよいことだと思う。これまでは消費税の増税を言うと選挙に悪影響が出るとタブー視されて来た。自民党の橋本内閣のときに消費税に触れて惨敗したことがトラウマとなっている。

 それに対して、自民党の谷垣総裁は以前から消費税増額を主張していたから今度の参院選の公約にも10%増税を入れたのであろう。

 消費税については、共産党は一貫して増税反対をしており、今回も真っ向から対決すると息巻いている。社民党も反対のはずだ。国民新党の亀井氏は、今は経済が低迷しているのでその時期ではないと言っている。

  しかし、OECDの国の中でもダントツに高い水準の、977兆円にもなろうという国と地方の借金はもう待ったなしだ。ずっと低いギリシャでさえ大問題になったのによくぞ持ちこたえていると思う。

 消費税率はOECDの国の中では最低の方である。ヨーロッパ各国は軒並みに高いが、スエーデンやフィンランドなど北欧諸国のように高負担高福祉の国もある。

 将来の生活の安心のためにも、いつまでも消費税論議を延ばさないで、思い切って将来を見据えた議論をしてもらいたい。また、我々一般国民にもよく分かる形で議論を公開して進めて欲しいと思う。そのためにいろんな角度からの資料を用意して、納得が行く議論をして欲しい。

 その結果、国民の多数が消費税増税に賛成ならば総選挙でGOというであろう。

 伝え聞くように、民主党内や党外で政局と絡めて姑息に動くことだけは止めて欲しい。党利党略ではなく、真剣に国民生活とわが国の将来を考えて議論して欲しいのだ。

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2010年6月18日 (金)

神隠し

 大事な物、必要な物がいくら探しても見つからないことを「神隠し」という。この頃神隠しに遭うことが多くなった。ほぼ毎日である。

 病院に行こうとして、診察券が見つからないとか、図書館に本を返しに行こうとして本が見つからないとかいうことが起こる。今、まだ見つかってないのは、20cm物差しである。どこに行ったのかいつも置いてある場所にないのだ。

 どうしても見つからない物が何ヶ月かたってからとんでもないところから出てくることがよくある。置忘れというやつだ。確かにここに置いたはずだが・・・・と、置いた記憶の場所を探しても見つからないのは、記憶にないとこころに置くからだ。

 眼鏡もときどき神隠しに遭う。私は、近視の眼鏡を使っているのだが、眼鏡をはずすと細かいものでもよく見えるのではずすことが多い。それでどこではずしたかを忘れてしまうのだ。

 確かにここに置いたはず・・・という記憶のところにないから慌てるし、いらいらしてくる。神隠しは困ったものである。

 中には出てこなかったものもある。最たる物はキャッシュカードである。これまでに2度キャッシュカードを作り代えた。その度に手数料を1050円も払わなければならなかった。

 歳を取ると記憶力が低下するせいか忘れやすくなるようだ。だから物を種類によって置く場所を決めているのだが、それでも神隠しに遭うのだ。

 私は、験を担いだり、神を信じたりしないのだが、神隠しとは言いえて妙であると思う。

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2010年6月17日 (木)

中国でストライキが続発しいているというが

 16日のNHKTVニュースでは、中国でストライキが頻繁に起きていると報じていた。また、同じ日の朝日新聞は、「中国スト続発ー低賃金に世界は頼れない」と題した社説を載せた。

 中国では、鄧小平の改革開放以後、毎年GDP10%前後の高い経済成長により経済が発展し、今や日本を追い抜いて米国に次いで第2位の経済大国になろうとしている。その過程でうまく流れに乗った人たちは巨万の富を築き、膨大な数の富裕層が出現した。都市部では、超高層のビルやアパートが次々に建てられ私たちを驚かせている。

 私たちは、そちらに眼を奪われて、中国の凄い発展振りに驚嘆するばかりだが、その発展を支えてきたのは、農村から都市に働きに来た何億もの労働者である。彼らは、劣悪な労働条件の下で、働くことを余儀なくされてきた。低賃金・長時間労働だけでなく、住居も狭く不潔なところが多く、一部屋に10人ぐらい詰め込まれたり、厚生施設や医療設備のないとところが多いという。

その上、農村から来た者には都市に居住する権利が認められていないので一時的な居住となるのだ。

 多くの労働者は、リーマンショック後職を失って農村に帰ったようだが、その後経済が回復に向かうに連れて工場などの労働者として求められるようになった。

 それでも沿海部で働く労働者の月収は2万円前後で、残業をしなければ家への仕送りもままならないという。

 鄧小平は、「白猫でも黒猫でもネズミを捕る猫はよい猫だ」と言い、先に儲けた者からその恩恵を取ればいいとも言った。それで才覚のある者やずる賢い連中が儲けに走った。それはそれで中国経済の発展に寄与したのだが、大多数の労働者は置いてきぼりにされたままなのだ。

 ここに来て、ストライキが続発しているというのも当然のことである。風船でも押さえるだけ押さえれば反発する力が強くなる。搾取に喘いだ労働者が耐えかねて反発するのは理のあることである。

 中国は共産党の一党独裁の国である。その共産党は名前からして分かるように労働者・農民を基盤とする党であった筈だ。「万国の労働者よ、団結せよ」と呼びかけたマルクスに依拠しているのではなかったか。

 マルクスは、資本家は労働者を搾れるだけ搾り取ると言った。まさにマルクスが言ったとおりのことがこともあろうに共産党が支配する中国で起きているのだ。資本家層は労働者を搾取して自分たちだけが冨を独り占めにし、労働者のことなど関知しない。社会主義を標榜するならそんなことがあってよいはずがない。

 その中国の憲法では、ストライキが禁じられているのは知らなかった。労働者の当然の権利として、重要な労働権としてのストライキが認められていないというのは何という矛盾であろうか。

 労働者たちは、それでも待遇改善のために敢然と立ち上がりストを敢行している。さすがの中国政府もそれに介入はしていなようだ。ということは、労働者のおかれている状況が如何に酷いかを認めているからであろう。

 虐げられた者に唯一できることは、昔なら一揆であり、現代はストライキである。中国の労働者・農民は毛沢東やマルクスの教えを学び直してみる必要があろう。

 

 

 

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2010年6月16日 (水)

ITの進歩についていけないなあ

 ITの世界は、急速に変化しているようで、話を聞くだけでついていけない感じである。

 先日、NHKテレビで、仮想空間を使った会議を採用する企業が増えていると報じていた。仮想空間で会議参加者のアバターを使って恰もリアルな会議のように進められるのだという。そこではプレゼンテーションも現実の場面のように行われる。だから世界各地に散らばっている社員がいちいち集まる必要は無いから経費が大幅に削減されると言っていた。

 また、別の日には、一般の人によって携帯電話向けのアプリケーションがいろいろと作られているということを紹介していた。その数は20万件にも上るのだという。例えば、娘が九九の練習をし始めたのをみて九九の練習用アプリを考えた男性がいた。それを300円だったかで売りに出したらかなり反響があったという。別の若い男性は、やはりアプリを売り出して世界中に売れ、脱サラができたらいいと考え始めているという。

 インターネットの世界では、あっという間に世界中に知られたり、広がったりするということが起こる。

 動画投稿サイトもそうだ。面白い動画を作って投稿すると世界中からアクセスがあり、何百万というクリックがされることもある。NHKでさえそうした面白い動画や作者を紹介するぐらいだ。

 14日の朝日新聞、「文化変調」によると、音楽の世界も大きく変わったようだ。CDが売れなくなり、ピークの98年に6000億円も生産されたCDなどが、09年には3200億円に半減してしまったそうだ。代わってインターネットの音楽配信が成長を続けているようだ。

 特徴的なのは、インターネットの世界から一躍ヒットチャートの上位に入る歌手が現れたことだ。20代の女性で、自宅で録画をして軽い気持ちでニコニコ動画に投稿したのだそうだ。「パルシェ」というのだそうだ。

 そういえば、あの有名なスーザンボイルだってインターネットがなかったら歌手デビューできてなかったに違いない。

 私は一度も読んだことがないが、携帯小説も同じのようだ。携帯小説からNHKのドラマになった「激恋」というのがある。

 アニメで有名になった人もいた。自分で作ったアニメを投稿して人気を博する人もいいる。

 インターネットの始めのころ、神戸のほうに住む女性でペイントブラシを使って描いた絵が評判になり世界で有名になったことが紹介されたことがあった。

 才能ときっかけがあれば、インターネットを通じて、有名になったり、ビジネスで成功したりできるところがインターネットの面白いとことである。

 あの今をときめく勝間和代氏もblogから認められたそうで、blogを書く事を勧めている。

 世の中に認められるかどうかは別として、素人でも無名でも、インターネットを通じて世界に発信できるところがインターネットの凄いところであり、面白いところでもある。

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2010年6月15日 (火)

快挙!!はやぶさの帰還

 小惑星探査機「はやぶさ」が13日、日本時間午後10時51分ごろオーストラリア南部の大気圏に突入し、カプセルを切り離して使命を果たし燃え尽きた。その様子はインターネットでも中継されたそうだが、アクセスが多すぎて制限されたのだという。

 私は、リアルタイムでは見なかったが、NHKの番組で大気圏突入の映像を見た。光の航跡がパッと火の玉になって尾をひいて流れた。切り離されたカプセルの光としばらく一緒に流れた。現地で見たリポーターの話では、満月のように空が明るくなったそうだ。素晴らしい天体ショーであったようだ。

 朝日新聞の見出しには、「7年、60億キロの旅」と書いてあった。宇宙の距離から見れば近距離なのだろうが、地球の距離からは想像もつかない長い距離である。

 途中、さまざまなトラブルやアクシデントに見舞われたが、宇宙開発研究機構の努力によって帰還することがきたのは大変喜ばしいことである。

 それにしても、対象の小惑星イトカワは全長500mほどで、地球と火星の軌道を横切るように公転しているのだという。そんな小さなターゲットに向けてはるばると飛んで行き、着地し、また地球に帰還するというのは何という素晴らしい技術であろうか。それを成し遂げた宇宙開発機構に敬意を表したい。

 「はやぶさ」は、「はやぶさ君」というニックネームでファンに親しまれたそうだが、途中の困難を乗り越えて戻ってきて、自らは燃え尽きてしまったというところに、無生物ではあっても命ある生物を重ねて見ているのであろう。壮大なロマンを感じさせる快挙であった。

 Hayabusa hover.jpg

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2010年6月14日 (月)

FIFAウォールドカップが始まった

 FIFAワールドカップが、南アフリカで始まった。アフリカ大陸では最初のワールドカップだ。アフリカには57カ国あると聞くが、これまでワールドカップが開催されてないのが不思議なくらいだ。やはり、経済力が低く紛争が絶えなかったからであろう。

 南アフリカの反アパルトヘイトの象徴のマンデラ元大統領が投獄されていたとき、監獄の中で他の政治囚たちが当局と交渉してサッカーをすることを認めさせた。そのとき、マンデラ氏はサッカーが人の心をつなぐ働きがあることを知ったのだという。

 そのマンデラ氏は、ひ孫の不慮の死により、予定されていた開会式には来場できなかった。そこで音声のメッセージが届けられた。

 サンデーモーニングのコメンテーター、中西氏が言っていたが、ラグビーと違ってサッカーは貧困層のスポーツだということだ。確かにそうで、アフリカの貧困な地域でも子どもたちがサッカーを楽しんでいる風景をテレビで見たことがある。また、ブラジルのサッカーの神様ペレは子どものころ、布で作ったボールを蹴っていたと言われる。

 日本やアメリカは野球がメインのスポーツだが、近年はサッカーも人気のスポーツとなってきた。今回、ワールドカップに出場したので、サッカーファンはたまらないであろう。

 日本は、目標としては、ベストフォー入りを掲げているが、素人目には次のステージに行く2チームに入るのも難しそうだ。すべては緒戦のカメルーン戦にかかっている。

 南アフリカの伝統的な占い師に占ってもらったら、決勝トーナメントまで行くという結果が出たらしい。その通りになるといいのだが。前にも書いたように、サッカーファンはあちこちで神社にお参りして神頼みをしたり、縁起かつぎのものを飲食したりしている。神様は果たして願いをきいてくださるのかどうか。

 南アフリカは、現在ワールドカップに沸いている。ブブゼラを吹き鳴らして大騒ぎのようだ。しかし、一方で失業率が43%もあるといわれ、殺人が1日平均50件も起きているという。スポーツ記者が襲われたり、車が破壊されたりしている。恐ろしく治安が悪いようである。テレビの映像によるとワールドカップなど関係ないという貧困層が写っていた。

 ワールドカップが、BRISCに次ぐ経済発展を期待されるVISTAの一つ、南アフリカの 発展につながればよいのだが・・・・。いずれにしてもお祭りは始まったばかりである。

 ネルソン・マンデラ

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2010年6月13日 (日)

「水色のワルツ」をめぐって

 私が所属する男性コーラス・昭和男爵コーラスでは、今新しい歌を練習中である。その中の一つが「水色のワルツ」である。

 この歌は、2006年に102歳の高齢で亡くなった高木東六が作曲したものである。作詞は、これも有名な藤浦洸である。

 練習でこの歌を歌っていて、歌詞が気になったのでインターネットで調べてみたが、歌詞の解釈をしたものは、下記の一つだけであった。

 この歌は、いったい失恋の歌なのか、それとも恋の喜びの歌なのか・・・・。それが私の知りたいところである。

 私の解釈は、「女性の恋の喜びの歌」である。まず、1番の歌詞であるが次のようになっている。

  君に会う嬉しさの 胸に深く
  水色のハンカチを 潜めるならわしが
  いつのまにか 身にしみたのよ
  涙の後を そっと隠したいのよ

 恋人に逢うとき胸がときめいて嬉しくてたまらない。でも、この時代の女性は慎ましやかであった。おそらく手も握らなかったのかも知れない。その感情は私の歳の者には理解できるものである。逢うだけでせつなくなるほど嬉しかったのだ。逢うときにはいつも”水色のハンカチ”を胸のどこかに隠していた。おそらく絹の柔らかいハンカチであったであろう。恋人の一言ひとことに胸が高鳴り、目じりから涙が溢れるのであった。それを悟られないようにそっとハンカチの端でぬぐったのではないか。

 2番に行こう。

  月影の細道を 歩きながら
  水色のハンカチに 包んだささやきが
  いつのまにか 夜露にぬれて
  心の窓を閉じて しのびなくのよ

 月の夜人通りを避けて細道を歩いたのであろう。手を握ってないのか、それとも握っていたとしても、手のひらが触れ合う程度であろう。あくまでも清楚な清らかな恋である。恋人の囁きの一つひとつが心に仁と響くのだ。それを水色のハンカチにそっと包んで寄り添って歩く。心の中では嬉しさに震えて忍び泣くのであった。

 私のイメージでは、現代とは真逆の、熱い想いを心の中に秘めて恋の喜びに咽ぶ女性の姿が浮かぶのだ。こういう女性と熱い恋をしてみたい・・・・そんな思いに駆られる歌である。

 次のような批評をしている人もいる。

 いわゆる流行歌の常で、詩は支離滅裂、意味不明のたわいもないものと思うが、哀愁を帯びたメロディーとそれに乗せた単語のかもし出す雰囲気とが重なって、一種独特の雰囲気の唄になっている。
 年齢不詳の女性が恋人に会う時の心ときめいた様子の情景なのか、別れてしまった後、過去の思い出として懐かしんでいるのか、どちらであるかは歌詞からは不明である。

  昭和25年(1950)レコード発売。「水色のワルツ」は、高木東六が信州の伊那に疎開していたとき、天竜川の畔を散歩していて浮かんだメロディだと言われる。それを藤浦洸が聴いてメロディが美しいので詞を付けたのだそうだ。昭和25年にレコードが発売された。

 高木東六は、歌謡曲嫌いを公言していたそうで、ヨナ抜き(シとファを抜いた)歌謡曲を「乞食歌」とまで言っていたそうだ。それで歌謡曲はあまり作曲していないが、皮肉なことに収入をもたらしたのは、歌謡曲であったと言われる。
 

 「水色のワルツ」は、私はいつのまにか自然に覚えていたから、若い頃には相当歌われていたのだろう。

 二葉あき子が有名であるが、彼女が高齢になって歌ったのを聞くと失恋の歌ではない歌い方をしている。

http://www.youtube.com/watch?v=ytMhqJemk_k&feature=related

ちあきなおみは、

http://www.youtube.com/watch?v=uJUzcYkizVY&feature=related

東京ソフィア合唱団のきれいな歌声では

http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0636.html

キム・ヨンジャと水森かおりが歌うと、

http://www.youtube.com/watch?v=dpW2rKPAQ24&feature=related

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2010年6月12日 (土)

変形性脊椎症になる

 5月下旬頃、右腰に違和感を感じた。30日には名古屋華マジカルグループの第1回発表会を控えており、大事を取って整形外科に行った。名古屋華グループでは、故障者が続出していたのでここでまた出演できなくなったら大変な迷惑をかけることになるからだ。

 昨年の5月にも同じような症状で整形外科に行ったことがあった。医者は山路哲生先生であった。同じような症状だと言ったら、体を曲げたりそらしたりする簡単な診察で、後は「電気と患部温めとウオーターベッドをやりましょう。」ということであった。ロキソニンという痛み止めの飲み薬は、以前にもらったのが残っていたので、シップ薬だけをもらった。

 電気は、痛むところに電気刺激を与えるもので、約7分ぐらい、同時に患部の温めを10分ぐらいやるのだ。その後ウオーターベッドに寝て音楽を聴きながら足から肩までのバブルマッサージをするのだ。これがとても気持ちがよい。4分ぐらいだがもっと長ければよいと思う。

 発表会は痛みを抱えながらも無事に終えることができた。それから土曜、日曜を除いて毎日整形外科に通って治療を受けたが、改善しないので、1昨日もう一度診察を受けた。今度は山路兼生先生であった。

 「なかなかよくならないんです。」と言ったら、「そう簡単には治らんよ。」とこともなげに言った。そして、体を前に曲げさせた。それだけであった。私が、「どうなってるんでしょうか。」と尋ねたら、「それじゃレントゲンを撮るか。昨年5月に撮って1ねんたっとるから。」と言った。

 レントゲンを正面と横向きの2枚撮った。診察室に戻り、以前のレントゲンと並べて見せて、「ここん所の骨が前のときより出て来てる。」と言った。なるほどふくらみが大きくなっていた。「骨が大きくなるんですが。」と聞いたら、「年を取るとこういうことが起きる。もっと酷い人もいる。」と言った。それが神経を刺激するらしい。「原因はわからんが、大きくなった骨を手術で削ることはしない。私ならしないね。」と言った。 

 こちらが質問しないと何も説明をしてくれない医者だった。それで質問をしたのだ。「痛み止めを飲んだら血圧が上がったのですが?」と言ったら、「そんなことはない。痛みであがったんだろう。ロキソニンは昔から広く使われている薬で血圧が上がるとは聞いていない。私も昨日頭痛に使った。」と言った。

 私は毎日血圧を計って記録していて、丁度薬を飲んだときに上がったので心配をして聞いたのだ。どのくらい上がったのかと聞いたので、「135から140の間です。」と言ったら、「そんなの心配ないよ。心配ならやめたらよい。」とそっけなかった。「シップ薬だけでもいいですか。」と言ったら、うんとは言わなかった。

 いつもの治療を続けることにして治療を受けて家に帰った。帰宅後、インターネットで調べたら、「変形性脊椎症とは、加齢によって背骨の水分が少なくなり、骨が薄くなって、それを補完するために骨が大きくなってとげのようになり、神経を刺激する」のだと分かった。医者からはそういう説明はなかった。

 今のところ、じっとしているときや寝ているときには痛まない。動き始めにギクッと痛むのだ。歩き始めると痛みは治まっていく。長期戦になると覚悟をした。

 

 

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2010年6月11日 (金)

マジックでボランティア

 19日、所属する名古屋華マジカルグループからボランティアで「セントラーレ(としわ会医療法人)」という施設を慰問した。

 行く前に、インターネットで大体の場所を調べ、更に念のため電話をして確認をした。カーナビに電話番号を入れたが、どうやっても出なかった。それで名前で入れたがそれも駄目であった。仕方が無いので勘ナビで出発した。

 家から2本目の道を真直ぐに西に行った辺りにあるはずだ。カーマを過ぎて東雲橋を渡って左折しようとしてひょいと前を見たら「としわ会」の看板が出ていたので進路を変更した。後ろの車がクラックションを鳴らした。橋を渡ったところの左側のビルで、大きな駐車場があった。

 駐車したら、ちょうどみずほさんの車も着いたところであった。荷物を下ろして入り口から入ったが、ロビーがとても広く大きなレプリカの彫刻が置いてあった。この施設は4年前にできたそうで、だから私のカーナビには入っていなかったのだ。

 控え室に案内されて、着替えをし、準備をした。お茶を飲んで待っていたら、2時近くになったので会場に入っていった。広い集会室には大勢の人たちが待っていた。デイサービスの人が中心のようであった。数えたら50人近くいた。これほどの人数の前でやるとは予想していなかった。

 司会はみずほさんがやり、ソフトで手馴れた話しぶりであった。

 最初は、Oさんであった。いつものトランクの中からマジックを取り出して、パラソル、ロープ、カード、レコードなどを音楽に乗って次々に演じた。堂に入ったもので要所では拍手がおきていた。

 次は、女性のMさんで、発表会で演じたものと全く同じ物を披露した。衣装まで同じであった。華麗なマジックに大きな拍手がもらえた。

 3番目は、これも女性のIさんで、同じく発表会の演目と同じ物を演じた。流れるような演技に拍手が湧いた。

 最後が私の出番であった。他の人と違って喋りを入れてやった。ロープマジックを3つ、カードマジックを二つ。シルクマジックを一つ演じたが、カードマジックは失敗してしまった。また最後に用意をしたシルクマジックも大事なものを忘れてできなかったが、丁度時間だということで、取り出したシルクをチェンジして終わった。

 演技時間は40分であったが、ここの人たちは反応がよくてやりやすかった。

Photo

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2010年6月10日 (木)

本当のことは誰にも分からないというのが本当のこと

 ギリシャの財政危機に端を発してユーロが値下がりし、世界に大きな不安を引き起こしている。ダウは4日に312$も急落し、週明けの7日にさらに110$も下げた。その影響で日本の株式市場も大きく下げた。

 8日のダウは+110$ほど上げて終わったが、9日の東京市場は98円下げて終わった。

 7日朝のテレビ東京の経済ニュースによると、調査会社が「どうしてこんなに下がるのか」というアンケートをとったそうだ。それによると、「一時的な混乱」という答えが40%余りで、「ギリシャ問題」が2番目になっていたが%はぐっと少なかった。

 コメンテーターは、「本当のことは誰にもわからないのですよ。エコノミストやアナリストは何か答えを見つけなければならないので、こじつけているだけです。」と言っていた。それを聞いて、私はそのとおりだろうと納得した。

 サブプライムやリーマンショックのような特別のことはまさにそれが原因で株価が下がるが、それ以外の日常の動きでは、本当の理由は分からないというのが本当のことだと思う。

 ケインズが、「株は美人投票だ」と言ったことは有名である。また、以前にも書いたアメリカのノーベル経済学者は、「株は、運だ」と言った。

 専門家と称する人は、罫線(チャート)を分析したり、ファンダメンタルズがどうのこうのと言ったり、地政学的リスク(最近では北朝鮮の動き)と言ったりしているがそれが当たっているかどうかはわからない。

 リーマンショックの前までは、テレビ東京経済番組に何人かのアナリストが出演して株価の動きを予測していたが、当たったことは余り無く、私の記憶では、40%以下で、とうとうとうみんな首になってしまった。それ以後、株価の予想はしなくなった。

 チャートを見たり、ファンダメンタルズを研究したりなどして株価の動きが予測できるものなら、それが出来る人は儲かってしょうがないであろう。

 リーマンショック以前に名をはせた投資家や本を書いて儲けた人たちで退場した人もたくさんいるようだ。

 株なんて所詮、「勘と運と祈り」だと誰かが言っていたが、その通りだと思う。

 ところで、先ほどのコメンテーターは、「どうしてこんなに下がるの?」と言い出したら、そこが底だと過去のデータから分かる。」と言っていた。果たして、ぼつぼつ底なのか?

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2010年6月 9日 (水)

民主党菅内閣発足

 民主党の代表に菅氏が就任し、新しい体制が決まった。鳩山氏は静かに去り、小沢氏も黙って降りた。

 菅代表は、幹事長に小沢氏とは距離を置く枝野氏を当てた。また、官房長官には仙谷氏を起用し、政調会長ポストを復活させて、玄葉氏を当てて公務員制度担当大臣兼任にした。もう一つの目玉は、行政刷新大臣に抜擢された蓮舫氏である。仕分け人として名をあげたので選挙対策としてもよいと判断したのであろう。

 その他の大臣は、農林水産相に昇格した山田氏,財務相昇格の野田氏、新任の国家戦略相荒井氏以外は鳩山内閣の閣僚が留任している。

 マスコミ各社が行った世論調査では、菅氏への期待は、57%前後であり、民主党への期待もV字回復の傾向だという。

 菅首相は、自民党時代から続いた「世襲・家業政治家」に久しぶりに終止符を打った。鳩山氏も小沢氏も「世襲・家業政治家」であったから、その点でも好ましいことである。菅氏の奥さんの伸子さんは、「最近は、政治家や総理大臣の息子さんばかりが首相になったから、普通の家の息子がなるのもいいんじゃない。」と言ったそうだが、その通りである。これまでが異常であったのだ。「世襲・家業政治家」が牛耳ってきたから日本の政治は少しもよくならなかったのだ。

 だから、菅氏の責任は重大である。ここでまた早々に首相の座を投げ出すような事態になれば、やっぱりお前もかということになる。オバマ大統領も普通の家の子、菅氏も普通の家の子で、これで日米の民主党の党首の出身が同じになった。次は、CHENGEも同じようにやったもらいたい。

 まだ、出来立てのほやほや内閣で菅首相の舵取りも未知数である。この8ヶ月余りの小鳩の失敗を教訓にして、同じ轍を踏まないように、しっかりと前を見据えて国民のための政治をしてもらいたい。

 菅新首相は、”最小不幸社会”という用語を使っているが、その意味範囲は不明である。例えば、憲法25条の「最低の文化的生活」と同じで、聞こえはよいがないがしろにされる危険性がある。菅首相はその意味を具体的に規定して述べるべきである。

 また、こうも述べている。「奇兵隊内閣と呼んでもらいたい」と。高杉晋作の奇兵隊になぞらえているのだという。構成がいろんな人が入っていることとサッと現れてサッと引いて果敢な動きで事に当たるということを言いたいようだ。何でもいいが、有言実行でやってもらいたいものである。

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2010年6月 8日 (火)

高等学校の同期会

 幹事のひとりとして、半年ほど前から準備してきた、高等学校の同期会を、6日に名鉄ニューグランドホテルで開催した。

 以前にも書いたことがあるが、私が卒業した高等学校は、和歌山県の南端にある新宮高校である。最近は熊野古道で有名になった熊野三社の一つ速玉神社がある。また、神武天皇東征にゆかりのある八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話で、神武東征の際に、タカミムスビによって神武天皇の元に遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる3本足のである。その神話に関係した神倉神社の下に我が高等学校はあり、朝な夕なにその山を眺めていた。

 普通科、商業科、建築科、土木科があって男女共学の総合高校であった。卒業時には450名ほどいたうちで、100名余りの物故者がいる。残りの中で20%ほどが体調不良であると返事が来た。

 それでも、体調不良をおして参加してくれた人が2名いた。一人は娘さんが付き添ってきた。また、これまで殆ど参加していなかった人も何人か参加した。

 今回集まった同期生の中には、まだ、医者は当然として、それ以外に現役の者も5,6名名いた。中には最高裁判所判事をした人、大学教授だった人、ホテル浦島の社長、元大企業商社マン、乳牛を4000頭も飼育している酪農家などもいた。

 出発点は同じでも、何十年か経って人生の到達点はさまざまだが、肩書きをはずして高校時代に戻って会し歓談できるのは同期ならではである。

 交通に便利な名古屋で開催し、終了時刻をどの方面にでも帰れるように設定したので好評であった。

 会の最後に、当時の校歌をみんなで斉唱した。その後希望者は2次会に残り、カラオケなどをした。私は、「熊野古道」などを歌った。

 宿泊者もいるので、3次会までやった。家に帰ったら23時を回っていた。久しぶりに青春時代に回帰した楽しい時間であった。

 

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2010年6月 7日 (月)

言いえて妙「家業議員」←河村名古屋市長の発言から

 週刊朝日6月4日号が、名古屋の河村市長について大きく取り上げた。題して「名古屋から日本を元気に!!」である。

 河村市長は、就任から休んだのはたった1日だけだという。その間、いろいろな場所や会合などにこまめに出かけ超多忙であるらしい。歴代市長と比べて市民と触れある時間がダントツに多いそうだ。

 知人の河村応援団の一人、Yさんは、「河村市長は大変気さくで身近に感じる。」とぞっこんである。

 市長は、公用車をレンタルの軽自動車にしたそうだし、出張も新幹線普通席で行くのだという。昨年4月に市長に就任するや、給与を2700万円から800万円に引き下げ、退職金4220万円も廃止にした。

 前市長の松原氏が2期の退職金をまるまる貰って財産を作ったのとは大違いである。

 公約として掲げたのは、「市民税の10%削減」と「地域委員会の設置」であるが、「市民税の10%恒久的削減」は議会の反対で1年限定になってしまった。また、「地域委員会の設置」もまだ1部で試されているだけである。これについては、私も理解ができないであるから、もっと説明をすべきである。

 市議会議員の定数削減と給与を800万円にすることについても議会から猛反対を食っている。それに関連して、河村市長が、議員の職が「家業」と化していると言ったが、これは言いえて妙であると思った。自民党の国会議員の大半が二世、三世、四世であることは誰でも知っている。小泉元首相も次男を議員にして家業を安泰にした。

 議員の職がいろいろとうまみがあるから、子どもにそれを継がせるのだと指摘している。そして、家業となっているというのだ。

 市会議員は給与の他に1630万円の年収、月50万円の政務調査費、会議に出ると1日1万円の費用弁償、それなのに年にたった80日出ればよいのだという。1日29万円という計算になる。普通の勤め人は、1ヶ月で29万円もらえる人はいい方だ。介護職員などは、月収16万程度と言われている。

 国会議員になると、更に高額の収入があり、新幹線グリーン席、飛行機など無料である。議員宿舎も只同然である。

 河村市長がいう、おいしい職業であることは間違いない。

 河村市長はまず自分から実行しているところが偉い。それについてパフォーマンスだと悪口を言う議員が多いそうだが、議員は自らを省みて言うべきである。

 

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2010年6月 6日 (日)

我が家の自然近況

 毎年5月の下旬頃になると、我が家の小さな庭にも変化が現れる。大王グミが今年も赤い実をつけた。実の数は昨年ほど多くはないから今年は当たり年ではないのであろう。

 早速、熟したのを取って妻が焼酎と氷砂糖でグミ酒を仕込んだ。これまでにも毎年グミ酒を仕込んできたが、私が余り飲まないので、たまっている。いうなればヴィンテージグミ酒だ。それで妻は、「今年は一瓶だけよ。」と言った。

 朝、グミの木のところに行き、熟した実をつまんで口に入れるのが楽しみだ。じわっと甘い汁が口の中に広がり、後に少しエグミが残る。

 後ろの畳2畳ほどの坪庭は、例年のようにドクダミで覆われてしまった。今、可憐な白い花をつけている。ドクダミは匂いが強烈なのでそれをいやがる人が多い。私も子どものころには、ドクダミの匂いが嫌であった。

 以前は妻がドクダミを摘んでドクダミ茶を作っていた。今年は作るのかどうか知らない。玄関を見たら、ドクダミを一輪生けてあった。なかなかいいものである。

 この時期になると、脚長蜂などが巣をつくり始めるが、先日、気がついたら二階の窓のひさしにスズメバチのような大きな蜂が巣を作り始めていた。たった1匹で巣を作っていた。

 刺されたら危険なので、妻が保健所に電話をしたら専門の業者を紹介してくれた。しかし、業者に頼むと高いだろうし、第一、今のところは巣が小さいので自分で始末をすることにした。

 夜になると蜂は巣に入っていた。丸い大きな尻だけが見えていた。ノズルのついたゴキブリ退治のスプレーを勢いよく吹っかけたら下に落ちた。それで鋏で巣を切り取った。可哀想だと思ったが窓をあけられないので仕方がなかった。

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2010年6月 5日 (土)

小沢氏の狭量さ・見識の甘さ

 民主党の代表が菅直人氏に決定し、国会の選挙によって鳩山氏の後継首相に選出された。

 菅氏は代表選挙に立候補にあたり、何度も小沢幹事長に会いたいと申し入れたそうだが実現しなかったといわれる。小沢氏と菅氏の関係がどのようなものかは全く知らないが、卑しくも一党の幹事長や党首を務めた人である小沢氏にしてはいかにも人間が小さいと言わざるを得ない。菅氏が「小沢さんには暫く静かにしていてもらいたい。」と言ったからかどうか知らないが、いずれにしても狭量である。

 もう一つ図らずも小沢元幹事長の人物が浮かび出たことがある。それは小沢氏があの田中真紀子氏を代表選挙に出るように言ったことだ。田中氏によると以前から小沢氏は田中真紀子氏に代表選挙に出るように言っていたそうだ。真紀子氏は、自分はその器ではないと言って断ったそうだが、それは賢明であった。

 田中真紀子氏は、知名度としては抜群で、言いたいことをずけずけという。しかし、それと一国の首相になるということとは別問題である。私にはとてもその資質があるとは思えない。

 小沢氏と、田中氏は昔から仲がよいといわれているが、どんな理由で真紀子氏を代表にしようとしたのであろうか。理由を知りたいものである。

 当の真紀子氏は、菅氏に一票を入れたと言っていた。

 街頭インタビューによると、小沢氏が裏で党を操るのではないかという人がいた。150人と言われる大所帯の小沢グループをバックにして辣腕をふるうのであろうか。民主党は、対立候補の樽床氏が言っていたようにみなが力を合わせて局面を打開し、掲げたマニュフェストの実現に向かうべきである。

 つまらないメンツで争うべきではない。小沢氏は菅新代表に協力して、初心にかえり、国民の期待を裏切らない政治を進めるべきである。また、献金疑惑についてもこのままうやむやにすることなく、やましいところがないのであれば堂々と国会で説明をすべきである。

 民主党の議員は、小沢氏の古いやり方を怖れることなく堂々と渡り合い、議論をして、自民党・公明党にはできなかった政治をするべきである。

 小沢氏なんて、ちっちゃい人間だ。

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2010年6月 4日 (金)

国民は聞く耳を持っている!!

 民主党の鳩山首相は、両院議員総会で首相の座を降りることを表明したときに、「国民が鳩山政権に対して聞く耳を持たなくなった。政権は国民の声と遠くなると立ち行かなくなる。」と言い、辞める理由にあげた。この部分は、朝日新聞3日朝刊のトップの大見出しになったし、NHKや民放のTVニュースなどでも放映した。

 私は、それを聞いて、鳩山さんは、国民を馬鹿にしていると直感した。自分が国民の声を聞かずにいて、逆に国民が聞く耳を持たないからと国民のせいにしたのだ。彼は、少しでも沖縄県民や徳之島の住民の声を聞いたのであろうか?NO!である。口先だけよいことを言って、結局はアメリカの言い分だけを聞いて、日本国民の声を聞かなかったのである。

 それは母親から多額の金を貰っていながら、国民がそれについて説明を求めたのに一度も説明しないまま、知らぬ存ぜぬで押し通してしまった。

 国民は、民主党なら、鳩山さんなら、きっと国民の声に耳を傾けて政治をしてくれるだろうと期待をしていたのに、それに応えることなく、そそくさと政権を投げ出してしまった。

 我々は、いくらでも聞く耳を持っている。馬鹿にしないでほしい。聞く耳を持たない政権はどういう末路を辿るかは、自民党・公明党連立政権で証明された筈である。今度は、きっと民主党がそれを知ることになるであろう。

この件に関して、自民党の元首相麻生氏は、「『国民は聞く耳を持たなくなった』という表現。そりゃあない。オレが(首相のときに)言ったらえらい叩かれただろう。失政の責任を国民のせいにするのは間違っている。」と、麻生派の総会で発言したことが、5日の朝日新聞に出ていた。

 おかしいと感じたのは私だけではなかったのだ。

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2010年6月 3日 (木)

鳩山首相と小沢幹事長の辞任

 2日の午前11時ごろ、病院のテレビを見て、鳩山首相と小沢幹事長が辞意を表明したことを知った。格段の驚きはなかった。やはり内閣支持率が20%を割るぐらいになると持たないのかなと思った。

 マスコミで、あれだけ金銭疑惑について報じられながら今日まで頑張って来たが、普天間基地問題での迷走やそれに関連して社民党が政権離脱をしたのが響いたようだ。

 民主党の役員が全員辞任をして、4日に両院議員総会を開いて次期代表を決めるということだが、はたしてどうなるのであろうか?すんなりとは行かないような気がするのだが。

 これを書くのは、まだ夕刊も出ていない時間なので、誰が次の代表になるのか下馬評もわからない。最有力は菅さんなのだろうか?

 いずれにしても、参議院選挙を7月に控えて、党運営は大変であろうと思うし、失った国民の信頼を取り戻すのはもっとしんどいことであろう。鳩山氏と小沢氏が辞めただけで民意がさっと変わるとは思えないのだ。

 それにしても、あれだけ劇的にチェンジをしながら、たった8ヶ月で総理を投げ出さなければならないとは、何とも情けないことである。民主党は、自民党の福田、安倍、麻生から何も学ばなかったようだが、誠に残念である。同じ轍を踏むのは愚の骨頂である。

 国民の期待を裏切って、政権を投げ出す罪は大きい。そうは言っても、自民党には戻って欲しくはない。真っ平御免である。次の民主党代表は、何とかして態勢を立て直して昨年の国民の期待に沿ってもらいたいものである。それは、当面は他に代わるだけの力を持った党がないからである。

 税金の無駄遣いをなくして借金を減らすこと、そのための行政改革、国会議員の定数の削減と、給料や歳費の大幅削減、公務員の天下り厳禁、農林畜産漁業対策、国民の文化的最低限の生活の保障、アメリカ基地の国外移転、安心できる介護・病気対策、年金問題、教育問題・・・・・・やってほしいことはいろいろあるのだ。

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2010年6月 2日 (水)

名古屋華マジカルグループ第1回発表会に出演して

 所属する名古屋華マジカルグループの第一回の発表会が5月30日(日)に東文化小劇場で開催された。定員350名の客席は満席であった。

 午後 12時半開場、1時開演なのに、11時ごろから並ぶ人があり、12時には長い列ができたので、開場を早めた。

 開演前は会場担当であったので、入場してくる人たちを出迎え案内した。整理券を上げた友人たちも来てくれた。

 13時に開演した。オープニングは、中学生や高校生ぐらいの子どものフラダンスであった。

 その後、中学生のI君の鳩やカードマジックから始まった。大ベテランKさんの新聞やぴらみっと、Aさんのリングとタンバリン、Mさんのフラワー、Mさんの日本の曲に合わせたロープ、小学校一年生に扮したMさんとHさんのコミカルなマジック、Iさんのシルクと透明筒、ここまではベテランのKさん以外はみな初舞台であり、しかも、マジック経験が半年余りという人も何人かいた。

 第1部のトリは、友情出演のKさんとアシスタントの美人のOさんの人体交換のイリュージョンであった。初舞台のOさんも素晴らしかった。

 第2部は、特別出演のサンフランシスコから来た世界的マジシャンのJADEであった。胡蝶の舞や紙吹雪や米と水など日本的な身近なマジックをゆっくりと艶やかに演じた。現代はスピーディーなマジックが主流と言われる中で、スローなマジックは素晴らしいと思った。最後は瞬間衣装変えであった。

 第3部は私が出た。Oさんのパラソルから始まったが、本来なら、YOさんのダンシングケーンが見られるはずであったのに急病で出られなくて残念であった。

 次が和妻の袖卵をSさんが演じたが手馴れたものであった。ヒヨコとチャボを出した。

 そして私の番が来た。前日のリハーサルのときに、セットが悪くて大失敗をしたので念入りにチェックをしたら、また、セットが間違っているところがあったのでヒヤッとした。

 大きなステージにマジックで立つのは初めての経験であった。音楽が鳴りステージに出て行くと、リハーサルの時には真っ暗で見えなかった会場の人びとが何となく見えたので安心をした。 

 小さな印刷器で1000円紙幣と1万円紙幣を出した。それから拡大機を使って絵に描いた可愛い女の人のスリップ、ブラジャーなどを脱がして拡大した。それを真面目な顔をして演じたので、会場の笑を引き出すことができた。

 自信満々で引き上げてきたら、会長から、「最後に温泉に入っている絵を見せるのを忘れたわね。」と言われた。22日の練習のときにも忘れていて指導者から注意されていたのに同じミスを犯したのだった。

 このミスについては、横浜のKMさんなど好意的に受け止めてくれる人もいた。最後を忘れなければ、そこで大きな笑をとることができたのだが、ミスで見せなかったので観客は想像で思い浮かべたに違いないというのであった。笑を取るマジックなのでミスはミスであった。

 その後指導者が急遽代演をしたが手馴れたものであった。

 その後はIさんのマニュピレーションで、素晴らしい手先の演技であった。

 最後は、会長のみずほさんの「浮世絵」をテーマにしたルーティンのイリュージョンであった。コンベンションでグランプリを取っただけあって1度見たいと思っていたのがやっと見ることができたが、素晴らしいものであった。これをもって上海の万博日本館で披露をするのだという。

 終わってから、入り口で観客を身送ったときに、友人や知人たちは、みなとても満足したと言ってくれたので嬉しかった。私のマジックについては、日頃との落差が激しいと言っていた。

 私の友人・知人から直接聞いたところでは、みなさんが音楽、照明、舞台運び、演技など大変素晴らしく、楽しかったと言っていたので嬉しい。

 次に、友人からのemailを紹介する。

①  プログラムが進むほどに、斬新で、素晴らしく、Sさんも堂々と、笑顔もみせられ、Oh marbrous!と主人と拍手を送りました。みずほさんの浮世絵は、またまたすばらしかったです。きっと上海では喝采の渦中になることでしょう。

 私が大好きだったのに、縮めてしまったニットのコート、あのmagic machine で伸ばしていただこうかと主人と話したりしつつ、showの余韻をたのしんでいます。
back musicもそれぞれ演技とあっていて、いいムードに酔いました。本当に
有難うございました。主人からもよろしくお伝えするように申しております。お礼までに、                        
  T拝
 
② こんばんわ。
 楽しいマジック発表会にご招待いただき、有難うございました。マジックを見るのは大好きなので、ご案内いただいた日から今日の発表会をとても楽しみにしていました。
 どの人のマジックもプロ顔負けの素晴らしい芸ばかりで、一つ一つの技に驚き、思わず拍手をしていました。
 司会者は、「どの出演者も初舞台で緊張しています。」話していましたが、みな表情がよく、体の動きがそれぞれの芸から自然に出てくる感じがして、初めてどころかとても舞台慣れしているように見えました。
 Sさんのマジックは、お色気ある題材でとてユーモラスで笑っちゃいました。周りの席のお客さんたちも、みなクスクス、ケラケラと笑って、終わったときには「あー、面白かった」という声が聞こえてきました。
 
 それとアマチュアの人たちのマジックなので、正直言ってそれほど大がかりな芸を期待してないなかったのですが、何とほとんどプロ並みの規模の芸がたくさんあって感動しました。
 
 見終わってからずっと心地良さと満たされた気持を感じたまま家路に就くことができました。
 
 今日は素晴らしいマジックショーを見せていただき、本当に有難うございました。
    5.30  M.T.
     
   
③  30日はお声をかけていただきありがとうございました。お礼のメールが遅くなりました。

 とっても楽しませていただきました。

 同好会のレベルを超越した立派な発表会でした。有料でも良かったですね。

 Sさんのマジックも「普段のSさん」と違ったとてもステキなSさんでした。

 『好きこそものの上手なれ』『継続は力なり』を本当に実感いたしました。

 どうぞお疲れの出ませんように。お疲れ様でした。そしてステキな時間をありがとうございました。
                         
                        M

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2010年6月 1日 (火)

個人(谷亮子選手)のプライバシイを暴く週刊誌

 病院で週刊文春誌を読んだら、柔道の谷亮子選手が民主党から立候補することに関連して、谷選手のプライバシイがいろいろと暴かれていた。

 私は、今回の参議院議員選挙に、いろいろな党からスポーツ選手やタレントなどの有名人が立候補することには疑問を持つ一人である。以前から国会議員選挙の比例部分の候補者には、有名人が起用され、その知れ渡った名前で当選してきた。

 有名人だから政治家になる資質を持っているとは言えないはずだが、簡単に数を揃えたい政党が有名人の知名度を利用したがる。名前だけで投票する有権者が多いということも問題である。有権者の政治への感覚が人気投票程度であるということを示すものだ。

 今回も、そういう有権者の低い政治意識を狙って多くの有名人が起用される。その一人の谷選手が週刊誌などの槍玉に上がったわけだ。

 谷選手が仮に参議院議員に当選するとして、(名簿搭載順位が上位になるから当選は確実であろう)国会議員と選手活動を両立させて、オリンピック・ロンドン大会で金メダルを目指すということに批判が出ている。

 それについては、私もそういう批判が出るのは当然だと思う。国会議員の仕事もやり柔道で厳しい練習をして金メダルの獲得をすることへの疑問はある。どちらかに専念すべきだと思う。選手をやめて国会議員に徹するのならまだ認められる。

 そういう批判はあってしかるべきだが、その同じ記事の中で大半が谷選手のプライバシイを暴くことに使われていることは言論による暴力だと思う。

 谷選手の父親の問題、谷選手が過去に誰それを熱愛したなどということは谷選手の個人の政治的、或いは人間的資質とは無関係なことである。谷選手がいかに有名人であるとはいえ、プライバシイは尊重されるべきである。

 週刊誌はやスポーツ紙やタブロイド紙などは、売り上げを伸ばすために有名人のプライベートな部分を暴いて記事にするが、こういうやり方はきたない。批判するなら本質的な大事なことで正面からやるべきである。

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