肩書きがないから名詞は要らない人生
私が初めて名刺をつくったのは就職したときである。職業柄特に名刺が必要という訳ではなかったが、若かったのでつくりたかったのだ。肩書きは、○○学校教諭と書いた。縦書きでごく普通の名刺であった。
次に作ったのは、それから20年ほど経ってからで、今度は、横書きにして、肩書きは何も書かなかった。けれども裏にはローマ字で外国人向けの名刺を書いた。その頃は英会話の勉強を始めたからである。その年齢になると、ぼつぼつ肩書きが付くのであったが、生涯平教員を貫くと心に決めていたので肩書きがある名刺は必要がなかった。それよりも将来は日本にも外国人が来るだろうし、自分も外国に行ける日が来るだろうと予測をしていた。
予想通りに日本に来る外国人が増え始めた。そして国際交流のグループができたのでそれに加わった。だからローマ字併記の名刺は役立ったのである。
そういう訳で肩書きのある名刺は最初の名刺だけであった。
朝日新聞に、中国人の莫邦冨氏が書いていたのだが、中国人は肩書きが大好きで、名刺にもっともらしい肩書きを書いているという。最近では、小学生に名刺を持たせる親が増えているとも書いてあった。
肩書きは自分でも作れるのだから名刺に書くことも自由である。中には麗々しくたくさんの肩書きを並べている人もいる。
名刺に肩書きが書いてあると、人はそれを信じる傾向がある。中国で立派な肩書きの名刺が流行るのもそういう人間の心理から来るのであろう。
私は、肩書きが大嫌いである。校長にならなかったからと言って恥ずかしいとも思わない。私の友人や知人の中には、校長になるためにいろいろと策をめぐらして首尾よく校長になった者もいればその手前で挫折した者もたくさん見てきた。
肩書きがないから、心は自由であった。誰におもねることもない。誰を恐れることもなかった。自分のやるべき教育の研究に打ち込み、生徒たちにそれを注ぎ込んだ。それが生き甲斐であった。
私の研究仲間たちも、まんな生涯肩書きとは無縁であった。でも、肩書きが無くても人間的には魅力のある素晴らしい連中ばかりであった。
良寛さんや一休さんは世間体に捉われない自由な発想の生き方をした。肩書きとも無縁であった。
捉われない生き方をして心の自由を保ち融通無碍なファジイーな人生を送るのがいちばんいいと思う。
会社や役所などで一定の地位につき、肩書きのある生活をした人の中には退職後淋しい思いをする人がいると聞く。私にはそういうことは全くなくスムーズに退職後の生活に入った。
もちろん相手の才能や能力を尊敬はするが、誰ともどこででも対等の付き合いをすることが大事だと思っている。
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