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2010年4月

2010年4月30日 (金)

株価急落と格付けへの疑問

 4月28日の東京証券市場の株価は急落して一時は前日より330円も下げた。原因は、アメリカの格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、27日にギリシャとポルトガルの国債の格付けを下げたことであった。ギリシャ国債の格付けはジャンク債とよばれるランクに落とされた。

 そのために「財政危機がギリシャにとどまらず、ヨーロッパ諸国に広がる」という不安が市場に広がった。それで、欧米の株式市場では株価が急落した。英仏で35、ダウは25の213$の下げであった。

 それを受けて日本も一日中株価が低迷し、前日より結局299円の下げで引けた。

 ここで不思議なのは、S&Pというアメリカの1格付け会社の格付けによって世界中の株式市場の株価が大きく変動することである。

 前日まではギリシャ問題について懸念されていたがEUとIMF、とりわけドイツが支援に乗り出すということで、安心感が出て株価は動かなかった。それなのに1格付け会社の格付け変更だけで、世界中が動揺するとはどういうことなのか。28日には、S&Pはスペインの国債の格付けも一段階下げた。

 格付け会社の格付けが国や世界の経済を動かすということは、格付け会社の思惑で国や世界の経済が操作されるということである。この会社はアメリカの会社であり、アメリカの国債の評価については甘い評価をしていると言われる。一方、日本の国債の格付けを引き下げることを示唆している。

 もし、ある日、日本の格付けが2段階下げられたら、株式市場だけでなく日本全体がパニックとなり、ちまたで広がっているハイパーインフレへ驀進するかもしれない。

 思い出すのは、あの世界金融恐慌を引き起こしたサブプライムが、格付け会社によってトリプルAの格付けを得ていたことである。それを信じて世界の名だたる金融機関がサブプライムの債権を買った。それがある日突然破綻して世界中に恐怖を与え、リーマンブラザーズなどの倒産を招いた。それだけでなく、今もなおその後遺症で日本だけでなく世界の多くの国が苦しんであるのである。

 格付け会社の格付けに頼ることはやめなけらばいけない。それなのにまだ懲りずに格付け会社をのさばらせている。

 G20では、この問題を議題として取り上げて、禁止をすべきである。そうでないとこれからも格付け会社つまり背後にあるアメリカの思惑通りに動かされることになる。

 金融のプロたちは、そんな会社の格付けに頼らずに自分の判断で市場に対処すべきである。

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2010年4月29日 (木)

中国の高齢者問題―親孝行契約―

 27日のNHKクローズアップ現代は、万博が開かれる上海からで、中国の高齢者問題を取り上げていた。

 私の知り合いの張さんが住む近所にある魯迅公園で老人たちが太極拳をしている風景が映し出されたが、さすがに人数が多い。上海では高齢者が増え、10年後には1/3が高齢者になると予測されているそうだ。上海では高層のアパートが林立しているが、その1/3が高齢者が住むようになるということか。

 上海でも核家族化が進み、子供は外に行って別のアパートで暮らしているので独居老人も増え、自殺やうつなどが増えているという。30年前の改革開放以前は、仕事も年金も医療も国家で保障されていたが、改革開放によって経済が目覚しく発展する中で、所得格差が広がった。その差はアメリカや日本よりもひどいそうだ。

 解放前は、狭い家でも家族みんなで暮らして親の面倒もみていたが、現在は親子がばらばらに住んでいるので、親の面倒をみられないという問題が起きてきた。最近、死後2年間もたった白骨が見つかって大問題になったという。高齢の女性がみる人もないまま淋しく死んだのだ。

 そこで上海市政府は独居老人の場合、子供と「親孝行契約」を結ばせることにした。毎日電話をすること、1週間に1回は親を尋ねて身の回りの世話をすることなどである。

 ところがそれでも事は解決しない事例が出てきた。子供が忙しくて契約を守れないというのだ。そこで市政府は近所の人と「世話の契約」を結ばせることになった。毎日声をかけるようにというのだ。

 日本では高度成長のときに核家族化が進み、親は子供と別々に暮らすことが多くなった。その後高齢化が進み、独居老人の数もますます増えている。介護施設に待機中の高齢者が37万人もいるといわれる。日本では親孝行契約という発想はないが、高齢者問題は喫緊の課題である。

 中国の場合、経済成長のスピードが日本より速くそれだけについていけない高齢者も多いということだ。

 前にも書いたことがあるが、私の友人は、「親の面倒を見る最後の世代、子供にみてもらえない最初の世代」という名言を、今から15年ぐらい前に吐いたが、日本も中国も同じ節目に来ているといえよう。

 娘の結婚式で親が挨拶をして「たった一つのお願いは親の面倒をみてほしいこと」と言っているところが映されたが、その願いは叶わないだろうと思った。

 

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2010年4月28日 (水)

「バカはなおせる」という本

 著者の久保田競氏は脳科学者で、米国の脳神経学会誌に100件以上の研究論文を発表しているといわれる。その中には世界で初めての論文もあり、2点については「バカはなおせる」の中でも触れられている。

 久保田氏がこの本を書いたのは、脳に関する本が次々に出されているがその中にはいい加減なものもあり、読者に注意を促すという意味もあるようだ。第七部にそのことが書かれていることは昨日書いた。

 P,222には次のように書いてある。「世の中には本書以外にも『脳を鍛える』書籍やドリルの類が多数出回っていますので、どれを信じたらいいのか、少し戸惑いを覚えている方もおられるかも知れません。しかし、ここではっきり申しておきましょう。今、世の中に出回っている”脳の書籍”の圧倒的多数を、あなたは信用してはいけません。脳の働きを研究する専門学者たちは、みな、脳に関する不正確な話や誤解が”常識”のように世間に広まり過ぎている状況を嘆いています。」

 そして、マスコミが面白おかしく取り上げたものがベストセラーになっていて専門家のまともな意見は取り上げられないと指摘する。

 「実は、”ヒト”の脳、”機能”については、”非専門”である学者たちが、科学雑誌に出た論文や新聞記事などを読んで誤解、曲解をし、それをもとに妄想を展開してしまっている書籍が大部分です」と手厳しい。(P.223)

 ここまではっきりと言われると、これまで私が読んださまざまな脳に関する本は”妄想”を読まされていたのかと言いたくなる。具体的に名前を挙げて指摘されているのは、「ゲーム脳の恐怖」の森昭雄氏、弟子の川島隆太氏がいう「計算や音読が認知症の予防効果」、「バカの壁」(養老孟司)などである。

 養老氏は、NHKによく出演して有名であるが、彼は解剖学者である。解剖学者が何故脳のスペシャリストとしてもてはやされたのか疑問に思っていた。久保田氏によると脳に関する研究や実験は全くしていないという。

 我々ど素人の読者は、売れている本とか有名人が書いたものを信じて読むしかないし、選別する能力は全くないのだから困ってしまう。誰か脳の専門家が「この本はいい」「この本は読むな」などとレッテルを張ってくれればいいのだが、久保田氏によると本当の専門家は本さえ書く暇はないのだという。

 そこで久保田氏が勧めるのは、

Pub Med(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/)

で、調べることだという。このサイトには英語で書かれた世界中のまともな論文が集められて公開されているのだそうだ。

 ローマ字で名前を入れて調べ、少なくとも5年間脳の分野で研究をしていてたくさんの論文が登録されている学者なら信用してもよいという。

 ちなみに先に出た森昭雄氏は2つしかみつからないそうだ。

  試しに茂木健一郎氏と久保田競氏も入れてみたが何も出てこなかったのは、調べ方が間違っていたのか?

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2010年4月27日 (火)

「バカはなおせる」という本

 八事のイオンにできた未来堂書店を覗いたら、「バカはなおせる」という題名の本が2種類山積みにしてあった。興味を惹かれたので手にとったら、いずれも著者は、久保田競元京大教授であった。

 私が40歳代の頃、久保田教授は犬山市にある京大霊長類研究所におられた。久保田教授自身ジョギングをしておられ、その体験を元に、確か「ランニングと脳」だったと思うのだが、走ることがどんなに身体や脳によいかということを書いた本を出された。それを買って読んでいい本だなあと思った。それをきっかけにジョギングを始めたのだが、それについてはblogにも書いたことがある。

 その他にも教授が書いた本を読み、一度我が研究会にも講演に来て頂きたいと思ったことがあるが実現には至らなかった。「てのひらの会」という養護教諭の研究会が教授を招いて講演会を開いたので聞きに行ったことがある。

 最近は、久保田教授についてマスコミでは出ないのでどうしたのかと思っていた。書店で著書を見つけたので。ご健在であることを知った。

 初めに出された「バカはなおせる」は4年前の2006年出版なので、新しいほうの続編を買おうかと思った。なぜなら脳科学の進歩は速いのでどんどんと古くなっていくと思ったからだ。

 しかし、パラパラとめくって読んでみると、その本には脳科学のことが分かりやすくまとめてあること、資料がまだ古くはなっていないことがわかった。何より買ってみようと思う気になったのは、第七部の「さらに脳をよくするために―こんな脳の本は信じるな―」というセンセーショナルな見出しであった。

 私は、これまでに脳関係の本をいろいろと読んできた。いつも疑いの眼で読んでいるのだが、どの本も自信たっぷりに書いてあった。とりわけよく読んだのは茂木健一郎氏の本である。彼は今でも次々に本を書いている。

 そういうこともあって、いったい信じてはいけない脳の本とはどんな本なのかを知りたいと思ったのだ。

 それについては次回に書くことにして、結論からいうと茂木氏のように次から次へと本を書くような人の本はよくないということだ。つまり、自分が研究したことを書くのではなくて、おそらくいろんな本や資料を読んでそれを元に啓蒙書のようなものを書いているからだろうと思う。

 茂木氏の本は、分かりやすいし、読者を惹きつける書き方をしているので一般向きではある。入門書といってもいいかもしれない。しかし、何冊も読むと飽きが来る。

 ”ひろさちや”を始め、茂木健一郎、医者の石原結実、勝間和代、最近では香山リカなど才能に任せて次々に本を書いている人がいるが、私の見たところでは内容の重複もあり、玉石混淆である。石原医師に至っては、体温と生姜だけで本を何冊も書いている。

 話が横道にそれた。脳についての本を読むならその道で専門的な研究をして世界の学会で認められた論文を書いた人の本を読むべしということである。

 ―つづくー

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2010年4月26日 (月)

朝日新聞フロントランナー「きぼうのいえ」を読んで

 朝日新聞土曜日のbeのフロントランナーに出ていた「きぼうのいえ」を読んで感動した。東京の山谷で行き所のない人たちを受け入れて人生の最後を温かく見守り世話をする人を取り上げていた。その人は山本雅基さんと美恵さんというご夫婦である。

 先だって山田洋次監督の「おとうと」という映画で、笑福亭鶴瓶が演じる”おとうと”が最後に天王寺の民間施設に入り人生の最後を迎えるのだが、その施設のモデルになったのが「きぼうのいえ」だと知った。

 映画では、民間の小さな施設が夫婦で経営されていた。その夫婦の入所者に対する接し方がとても温かくいい施設だと思いながら見たのだが、あそこに描かれている人たちは、医師も含めてモデルがあったのは知らなかった。

 現実にあのような温かい施設が存在することをbeを読んで初めて知った。「きぼうのいえ」では、自分の人生に、どう片を付けたいのかという入所者の気持ちが優先されるのだという。確か映画でもそんな場面が描かれていた。

 「死も新しい生のかたち」だと雅基さんは言い、美恵さんは、「もう楽になっていいよ。来てくれて有難う。」と最期のときに言葉をかけるそうだ。どんな人でもきっと死をまっとうできるのだ。」と考えているのだという。

 「人手を尽くし、心をつくすことが最大の特長」なのだと雅基さんは述べている。だから年間千数百万円にもなる大変な赤字で経営は苦しいのだが寄付などで頑張っているらしい。

 新聞では、最底辺の人を食い物にして何億円も荒稼ぎをし、愛人に家を買い与えるような人非人もいるというのに、それとは真反対の素晴らしい心で経営をしておられるのだ。

 政府もこういう献身的な施設には補助をするとかして経営を助けてあげられないものかと思う。

 

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2010年4月25日 (日)

高齢者に席を譲った小学生たち

 24日にボランティアの帰り、栄で途中下車をして用を足した。その後、地下鉄栄駅で名城線で電車を待っていた。一番乗車口の辺りの線のところに小学生の6人の異年齢の小学生の集団がいた。電車が来るまでに5分ほどあったので私はベンチに座って本を読んでいた。

 2時50分の電車が到着した。前に並んでいた子供たちは真っ先に中に入り空いている席に座った。私は、それを見て「やはり今の小学生は駄目だな。」と思いながら続いて入った。すると、小学生の一人が高齢の婦人に席を譲った。そしてみんな立ち上がり、私にも席を譲ってくれた。私は驚きながらも嬉しかったので「有難う。」と言って座った。

 ご婦人と私の間に空席があったので、電車が動き出したら、子供は2人座った。次の矢場町で高齢の男性が乗ってきた。すると、私の隣の小学生たちは席を立ってその人に譲った。その男性は、にこにことして「有難う。」と大きな声で言って座って、子供たちを笑顔で見ていた。

 リーダーらしき、上級生が、「子供は元気だから立ってたって平気。」と言い、みんなもうなずいていた。

 上前津駅に着いたので私は席を立ち上がった。そして子供たちに「有難うね。」ともう一度お礼を言って降りた。

 子供たちは、自分たちだけで栄かどこかに行ってきたようであった。手には一日乗車券を持っていた。異年齢集団だがどういうグループかは想像がつかなかった。あとでせめてどこの小学校かぐらい聞いておけばよかったと思った。今どきの小学生という先入観で見たことを大いに恥じた。そして席を譲る小学生の行為を見てとても嬉しい気分になった。

 先日書いたキレル老人のときとは違い、今日はよい日であった。

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2010年4月24日 (土)

「病気にならない生き方」-2実践編から―③

 先回に紹介した5つの流れを意識的によくするために新谷氏は次の7つの健康法を提唱している。

《7つの健康法》

 1.正しい食事―胃腸の流れをよくする。

 2.よい水―全身の体液の流れをよくする。とくに血液、リンパ、尿のながれをよくする。

 3.正しい排泄―胃腸、尿の流れをよくすることで、血液、リンパの流れもよくする。

 4.正しい呼吸―呼吸の流れをよくすることで、酸素を運ぶ血液の流れも整える。自律神経のバランスを正す。

 5.適度な運動―血液、リンパの流れと呼吸の流れをよくする。

 6.上手な休息・睡眠―気の流れ、胃腸を整える。

 7.笑と幸福感―気の流れをよくし、5つの流れ全てによい影響を与える。(P.98)

 食べるものについては、エンザイムの視点できめる。(P.110)

①エンザイムの補給に役立つか。

②エンザイムの働きを助けるか。

③エンザイムを消耗しないか。

 新鮮なものはエンザイムが多く、酸化が進んだものはエンザイムが少ない。

 農薬や化学肥料を使ったものはよくない。有機栽培のものがよい。

 工場で作ったものは(加工食品)は酸化防止剤、化学調味料、精製塩などケミカルが入っているからよくない。

◎よくないもの

 肉、牛乳、ヨーグルト、白いもの(白米、精製塩、白砂糖、漂白したもの)、タバコ、アルコール、ジュースなど。

◎よいもの

 米は玄米か発芽米がよい。野菜、果物、魚、海草、きのこ類、漬物、豆類、イモ類、など。(化学肥料、農薬に気をつける)

 私は、毎日カスピ海ヨーグルトを培養して食べているのと酒やビールを飲むのでその点が気がかりである。

 

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2010年4月23日 (金)

「病気にならない生き方」-2-実践編から―②―

 著者の新谷氏が強調するもう一つの大事な観点は、「人間は無数の命の集合体である」ということだと私はとらえた。

 命と命のコミュニケーションがあって、共存することによって全ての命は存在するのだと言っている。(P.13)

 「命は全て他の命を糧として生きています。」と述べ、単に食糧としてだけでなく、無数のバクテリア(細菌)という命の存在なくして生きて入られないと言っている。

 確かに我々動物は他の生命体を食糧としなければ生きていけないことは誰でも知っていることである。その点についてかの「密林の聖者」と呼ばれたシュヴァイツア博士は、長い間の思考の末に「生命の畏敬」という結論に達した。他の生命をもってしか自分の生命を維持できないことはどうしようもないことだから、互いの生命を畏敬しなければならないということである。

 植物は、空気(二酸化炭素)と水によってだけで生きているのではない。地中には無数のバクテリアやミミズやダンゴ虫のような生命が存在することにより、落葉や木や動物の死骸などがより細かく分解され、最後には栄養として植物に吸収されてその命の源となっているのだ。

 私たちの人間の体内には何百兆ものバクテリアと60兆個の細胞があり命の集合体を形成しているのだという。この命の集合体という指摘は重要だ。

 そして、細胞の遺伝子とバクテリアが我々の健康を守るためにコミュニケーション(情報交換)をしているというのだ。

 新谷氏の仮説は、「エンザイムと遺伝子とバクテリアの三つのトライアングル・コミュニケーションがスムースに行われることによって、免疫機能が完璧に機能したときに、健康は保たれる。」ということである。(P。15)

 その媒介の役割を担うのが身体の60%から70%を占める「水」であり、「血液(リンパ)」、「胃腸」「尿(汗)」「呼吸」という「水の流れ」によってコミュニケーションが行われているのではないかという。それに「気」を付け加え五つの流れとしている。

 5つの流れがスムース⇔コミュニケーションがスムース→健康である

 と述べている。

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2010年4月22日 (木)

「病気にならない生き方」-2実践編から―①

図書館で「病気にならない生き方」ー2実践編ー(新谷弘実著)を見つけたので借りてきた。この本の前にかかれた「病気にならない生き方」は発売後まもなく買い求めて読んだ。爆発的に売れてミリオンセラーとなった本であった。でも、第二編は、どうせ同じようなことが書いてあるのだろうと想像して買わなかった。

 第一編と同じく270pほどある分厚い本である。しかし、読みやすく書かれているのでサーッと流し読みをした。

 「人間の身体は本来、病気にならないようにできている」というのが、キャッチコピーで、では、どうすればよいのかを具体的に説明している。著者は、「正しい食事」と「正しい生活習慣」によって病気にならずに人生を全うできると強調している。「正しい」というのが気になるところである。何故ならこれまでにもいろいろな本でいろいろな人が「正しい」食事や生活習慣について書いてきたからである。

 著者が説得力をもつのは、日米で30万人以上の人びとの胃腸を覗いてきてデータを持っているということにある。そう言われると「そうか」と信じたくなる。胃腸を調べた結果「胃相」や「腸相」のよい人とそうでない人がいるのだという。著者がいう「正しい食事」をしている人は「胃相」や「腸相」がよいから「胃相」や「腸相」がよくなるような食事や生活習慣をしようという提案なのである。

 前著にも書いてあったことだが、例えば、牛乳やヨーグルトを飲む人、肉を食べる人は「腸相」がよくないという。

 では、正しい食事と正しい生活習慣によってなぜ天寿を全うできるのかについて著者は次のように説明する。

 「ミラクル・エンザイムを消耗しないことによって健康な生活を維持できる」というのだ。ミラクル・エンザイムは著者の造語である。エンザイムとは酵素のことであり、人間に必要なエンザイムは50種類以上あるという。

 エンザイムは「生物の細胞内で作られるタンパク質性の触媒の総称で生命の維持・活動にかかせないものです。植物の種が発芽し、成長するのにもエンザイムが働いていますし、私たちが食べたものを消化吸収するのはもちろん、手を動かしたり、物事を考えたりするのも、エンザイムの働きのおかげです。」(P.8)

 一つのエンザイムはきまった一つの働きしかしないという。しかし、それが細胞内でどのようにして作られるのかはわかっていないという。

 著者は、エンザイムは原型となるエンザイムが先に作られ、それが必要に応じて作り変えられているのではないかという仮説をたて、その原型になるものを「ミラクルエンザイム」と名づけたのだそうだ。(P.9)

 このさまざまな生命活動に使われるエンザイムが一番多く消費されるのは、「解毒」なのだという。

 「解毒しなければならない要素が多い人ほどエンザイムの消費が激しく、健康維持に必要なエンザイムの不足により、病気になりやすくなる。」(P.9)

 だから、正しい食事とは、「解毒しなくてもよい食事」であり、正しい生活習慣とは、「解毒しなければならない要素を素早く排出する生活習慣」だという。

 ミラクル・エンザイム仮説についてはなんとも言えないが、エンザイムが重要な役割を果たしているということには”ガッテン”である。

―つづく―

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2010年4月21日 (水)

小沢民主党幹事長の政治家としての感覚

 マスコミで小沢民主党幹事長が岩手で両親の追悼法要を開いたことを報じていた。昨日たまたま書店に立ち寄り週刊誌を見たら、週刊ポストがそのことを大きくとりあげていた。

 それによると、3000名も入る大きな体育館でやったようだ。そのために案内状には通し番号が振られて、誰が欠席したかがわかるようにしてあったという。それでも、朝日新聞では、集まった人は2000人と報じていたから、1000人ほどはあてがはずれたのであろうか。

 3000人の体育館をを借りて大々的に法要を営むというのは、さすが政権党の幹事長というべきか、少なくとも本人はそう思っているのであろう。多くの人数を集めてその力を誇示しようということだ。

 それにしても1968年に亡くなった父親と1995年に亡くなった母親の合同法要をなぜ今の時期にと勘ぐられても仕方がない。本人は政権を取るまでは我慢していたのだと週刊ポストには書いてあったが、本音は力を誇示して影響力を更に高めようということに違いない。

 小沢氏のやり方は、疑惑を持たれたゼネコンとの関係といい、今度の法要のやりかたといい、旧態然とした政治家のやることと同じである。金、人集めが力で、それによって他の人をねじ伏せられるという信念があるのだと思う。

 こういう前時代的感覚の政治家に21世紀の新しい日本を構想し、その実現をする脳力や能力はないと思う。

 折りしも朝日新聞の世論調査で、鳩山内閣の支持率は25%となり、不支持率が61%となった。その原因はひとり鳩山首相にあるとは言えないと思う。小沢幹事長との共同責任である。

 週刊ポストによると、小沢幹事長は、6月政変で鳩山首相が退陣に追い込まれるから次を画策しているという。

 民主党政権もはや末路に来たのかと思うと政権交代は何だったのかと思う。

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2010年4月20日 (火)

アカペラ野外コンサート「FAN2010」

 昭和男爵コーラスのEさんが、アカペラコンサートの情報をemailで送ってくれた。日曜日に午前10時半から午後17時半まで鶴舞公園の奏楽堂で開催されるということであった。入場料は無料であった。

 コンサートの名前は、Festival of Acappella in Nagoya、略してFANである。

 当日は、久しぶりによい天気で、日中は暖かくなるという予報であった。午前中は用があったので、昼から自転車で出かけた。丁度、第2部が始まったところであった。

 愛知教育大学の「母」という女性グループが歌っていた。奏楽堂の前に大きなスピーカーをセットしてあり、その前の高くなったところに石と土のベンチのような座る場所が180度に展開していた。幸い中央の上段に席を見つけることができた。

 「母」は、ネーミングが古風であるが、歌っている女の子たちは、将来先生になる人とは思えない、今風の髪型や目をした子たちであった。私もかつて愛知教育大学の前身の愛知学芸大学で学んだのだが、その頃とは全く変わったようだ。

 第一、アカペラを歌うグループが存在することさえ意外な感じであった。考えてみれば、孫の世代になっているのだから無理もない。そんなことを思いながら聴いた。外国の歌を歌っていた。

 apolo,実力派のCubix、金沢大学のGee 名古屋のKiss,Bees、大阪大学Pretz,オーストラリアの男性がいるGROOVY、6年連続出場の太った女性が中心のSKIP BEETが出演した。それぞれ得意な歌を一グループ3曲ずつ聞かせてくれた。

 今のアカペラは、ヴォイスパーカッション(ヴォイパ)がいて、楽しませてくれるといEさんは言っているが、その通りで、たいていのグループはヴォイパがボンボンボンとベースのリズムを刻んでいた。ヴォイパのよいグループは心地よく聞こえる。

 15時15分からは、この日のスペシャルゲスト二組目のTRY-TONEが出演した。歌い始めてすぐにこれは違うと分かった。それまでのグループとは格段の差があった。自作の歌の他に全く異なった歌のように編曲した歌などで楽しませてくれた。また会場のみんなを巻き込んで歌った。リクエストもあり、シェルブールの雨傘を歌った。

 天気が暑くなく寒くなく日差しも柔らかで本当に野外コンサートを向けの日和で楽しませてもらった。早くから行って聴いたEさんによると、最初のスペシャルゲスト「宝船」もよかったそうだ。

  

 

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2010年4月19日 (月)

大衆食堂もいいものだ

 土曜日の名古屋華マジカルグループの例会の後、一部の人たちとコメダでコーヒーブレイクをした。そのとき、Oさんたちが、「この近くにおいしい大衆食堂があるよ。」と言った。昼にそこに行って食べてきたという。「味噌汁を飲んだらおいしかったし、おかずは器に盛れるだけもって同じ値段。」ということであった。

 そして夕食を食べに行くからよかったら一緒に行かないかと言った。私は、妻に電話をして夕食の準備について聞いたら、外で食べてきてもいいと言った。それで興味があったので一緒に行くことにした。

 場所は、女性会館のすぐ近くで、会館の前の広い道路に沿って東に行ったすぐの信号を南に渡ったら、3軒目ぐらいにあった。小さな店で入り口に「大衆食堂吉田屋」という大きな暖簾が掛かっていた。

 中に入ると、客が2人いた。カウンターがあってその向こうに料理を作る店の人が一人いた。テーブルは6つほど小さいのがあって、椅子はとりどりのものが置いてあった。

 戸棚に焼き魚や煮魚や卵ハムなどが入れてあって、どれも270円と書いてあった。私は、鯖の焼いたのを取り出した。それを電子レンジで温めてくれるという。

 カウンターには、ボウルが8つ並んでいて、中にレンコンやニンジンを煮た物、キンピラゴボウ、金時豆、ほうれん草などの和え物、ちくわや野菜の煮物、サラダなどがあった。私は、サラダ以外を小さな器の中に盛れるだけ盛った。それで150円だからである。小さなお盆があって必要に応じてその上に載せて使えるようになっていた。

 酒を飲めるのは私とOさんだけなので、2人が小さなテーブルに向いあいに座った。そして酒を酌み交わした。焼き鯖は脂がのっていておいしかった。煮物も味はよかった。もともとが漬物屋だそうで、漬物はサービスになっていた。

 7勺ぐらい入るかと思われる銚子2本で結構いい気分になった。みんなでワイワイ喋りながら大衆食堂で食べるのもいいものであった。

 ご飯と味噌汁がおいしいというので注文した。ご飯は普通の茶碗が150円。中盛が180円、大盛りが230円となっていた。味噌汁は普通の椀が180円であった。私はいずれも普通のを注文した。味噌汁はやや塩辛かったが出しの味がよかった。ご飯は柔らかかったので高齢者向きかなと思った。

 銚子2本で600円、料理がしめて750円で合計1350円であった。こういう大衆食堂に入るのは17年ぶりぐらいであった。今でもあることに感心をした。

 

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2010年4月18日 (日)

キレル老人

 土曜日に地下鉄に乗ったときのことである。若い女性と老人の間が一人分空いていたので、すみませんと言って会釈をしてそこに座った。右側の若い女性は自分の服をちょっと引いて私の尻に挟まれないようにした。ところが、左側の老人はいきなり力いっぱい自分の服のすそをひいた。私が座ったときに服を尻で踏んだのを怒ったのであった。

 私は、「座るときにすみませんと挨拶をしたでしょう?かっかとしない方がいいんじゃありませんか。」と言った。けれどもその老人は黙っていた。

 丁度前の席が空いたので私はその席に移動した。そしてその老人を観察した。黒いピカピカの靴を履いて背広を着て身なりはよかった。顔はやや神経質な痩せ型であった。まあ、普通の紳士にみえた。年頃は75歳前後という感じであった。

 観察したところでは、そういう人生経験も豊かな高齢者がカッと怒るのは考えられないことであった。

 一方の女性はおとなしく自分から服を引いてくれたのに、その老人は紳士のようにみえていきなりキレた行動をとったのであった。

 香山リカさんの「キレル大人はなぜ増えた」という本に、いろいろなキレル事例が出ているが、その中に「暴走老人」というのがあった。老人にキレル人が増えているということである。人生経験豊かな老人が何故キレルのか。昔は老人といえば豊富な人生経験を積み重ねて物事をわきまえて穏やかで至極物分りのよい人ばかりであった。それが昨今はキレル人が増えたというのだ。

 今日、目にした老人も正にその一人であると思った。服の裾を踏まれるのは本人にも責任がある。踏まれるような座り方をしないことが大事である。自分が一方的に勝手な座り方をしておいて、踏まれたからと言ってそれを他人の責任として咎めるのは如何なものかと思う。せめて穏やかに「服をふんでいますよ。」ぐらいの対応ができなかったものかと思う。それが紳士というものであろう。

 私は、地下鉄の乗るときには、できるだけ席を詰めるようにしているし、人に服が踏まれることがないように気をつけている。また、座席に割り込むときには、挨拶をして座るようにしている。

 それが最近は高齢者でも座席を広く取ってのさばっている人が多くなった。情けないことである。そこへいくと昔の老人は謙虚であったと思う。というより身勝手な行動を恥とする気風があった。この頃の老人には自己中心の情けない老人が多いことを残念に思う。

 

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2010年4月17日 (土)

驚き!ベテラン寿司職人の手の温度

 15日のNHK朝のニュースの時間に、寿司職人の手の秘密を取り上げていた。何かと思って興味をそそられ見ていたら、ベテランの寿司職人の手の温度が状況によって低温に変わるということであった。

 温度を感知できる特殊なカメラでベテラン寿司職人の手の温度の変化を追っていた。朝、自宅を出るときには普通の体温であるが、市場に行くと手の温度が16まで下がった。寿司を握るときには20度になっている。食事の時には普通の温度に戻るのだ。

 寿司を握るには手が温かいといけないということは聞いたことがあったが、実際に温度を測定したのを見たのは初めてで驚いた。

 それにしても手の温度が16度以上も下がるというのは凄いことだと思った。温度というのは自律神経が作用するので自分ではコントロールできないはずだが、それを自然にコントロールしているのが素晴らしい。

 何でも10年以上寿司を握っているとそういう低温の手になると言っていたが、そうなるまでの苦労は大変だろうと思った。始めのうちは冷たい水に手をつけて温度を下げるのだと言っていた。

 そういうよい寿司職人がいる店は握り方や寿司ネタの吟味もすぐれているだろから芸術品のおいしい寿司が食べられるだろうと思う。それに比べて私が行くような回転寿司は握り方もあまいし、素人が温かい手で握っているに違いない。

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2010年4月16日 (金)

認知症独居老人

 15日朝のNHKニュースの時間に、「認知症独居老人」を取り上げていた。全国には、独居老人が450万人もいて、そのうち20数万人が認知症を患っているとすいていされているそうだ。

 独居老人が毎年増えていくことは以前から予想されていたが、そえにしても増加ぶりが急激である。それとともに認知症を患う独居老人の数も増えているのである。

 独居でも足腰が丈夫で頭もしっかりしていれば問題はないが、身体に問題を抱えていたり、認知症となると事は重大である。

 テレビで取り上げられた女性は、77歳で軽い認知症どいうことであった。要介護では1だという。そもそも彼女が認知症と診断されるきっかけとなったのは、自分史の出版を勧められて150万円も支払ったことである。たたたた近所の人がそれを知って役所に知らせ、調べた結果認知症と診断されたのだという。もし、そういうことがなければ、そのまま放置されていたかもしれないのだ。

 独居老人の数が多すぎて、それに対処できる人の数が足りないと番組では伝えていた。その前の日には確か派遣看護師の数が足りないことを取り上げていた。介護といい、看護といい、人手不足は慢性化をしている。それに対処するためにインドネシアやフィリピンから人を招いて勉強をさせているが、看護師に合格したのがたった3名であった。日本語が障害となって日本の試験に合格できないということだ。

 介護とか看護の分野でなかなか人が集まらないのは、給料が安くて仕事がきついことに主な原因があると指摘されている。小泉内閣のときにつくられた介護保険も、必要な人に十分なサービスを与えることができない状態のままである。

 介護保険が作られた当時は、介護士を養成する学校がたくさんできたが、すぐに敬遠されてしまった。仕事がきつくて、余りにも給料が安いからである。

 高齢になるといつ認知症が始まるかわからない。もし、認知症になったら、そしてそれが進んでいったら生活をするのも大変である。先の女性の場合、医者から調合された薬も何を何時どれだけ飲んだらいいのかの判断もできなくなったと言っていた。だから飲まないのだが今度は薬をどうやって捨てたらいいのかも分からないと言っていた。

 そうなると年金や預貯金の管理も当然おぼつかなくなる。自分で生活をしているとガスを使って料理をしたり、灯油を使って暖房をしたりすると火の管理も心配である。番組で言っていたことだが、独居老人の中には認知症でも介護の申請をしていない人もかなりいると推定されるという。手続きの方法を知らないことが原因だ。

 そういう人たちを援助するに必要な人員が確保されていないことが大問題である。私も妻も毎年かなりの介護保険料を納めているが、今のところは納めるだけですんでいる。ありがたいというべきかもしれない。願わくば納めるだけで終われればとさえ思う。

 高齢化が急速に進んでいる今、政府には早急の対策を講じてもらいたいと思う。

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2010年4月15日 (木)

マジックのボランティア

 名古屋華マジカルグループに入ってからボランティアで施設を慰問する機会が増えた。

 母が生前入っていた大府の施設は大変大きくて、入居者が多く、集会所にはステージもあった。それで毎月決まったように、名古屋などからボランティアグループが来て、歌や踊りや時にはマジックなどを見せていた。その頃はこういうことをする人たちがいるのだなあという程度の受け止め方をしていた。

 それがこの頃では、自分がそういう施設を慰問するようになった。慰問するといってもまだ大した回数ではない。私の知り合いの、別のマジッククラブに属している人は年間90回ぐらいのボランティアをするというから足元にも及ばない。

 施設にもいろいろあって、凄く高級なところやデイケアだけのこじんまりしたところなどさまざまである。これまでのところでは、母が入っていた施設ほどの大きなところにはっまだ行っていない。

 先日は、瑞穂区にある「セントラル堀田」という施設に行った。この施設のすぐ近くには別の施設もあるが、高齢者で要介護の人が増えたので施設も多くなっているようだ。何しろ入所待ちの人が全国で37万人もいるというのだから幾ら作っても足りないのかもしれない。

 ところでこの施設、まだ新しく、私のカーナビには登録されていなかった。仕方がないので住所を入れてナビをさせたらピタッと施設に案内してくれた。

 受付の次に大きな広間があり、片側の壁には一面に鏡が貼ってあった。まるでバレーの練習所のようであった。その前にマットの台があり何人かの人がリハビリを受けていた。この施設はリハビリにも力を入れているようであった。

 私たちは、今回は8名の者が参加した。来月に発表会があるので、人前でやることに慣れておくという意味もあった。

 フラワープロダクション、パラソルプロダクション、小学校一年生に扮したコミカルなもの、ちょっとH?なお笑いもの、不思議なロープ、筒からシルクを出し、最後は華麗なシルクの滝で終わるマジックなど、それぞれが得意のものを演じて楽しんでもらった。

 一緒に行ったHさんは、ご自身の99歳になるお姑さんが施設に入っているので、次のような感想を述べておられた。

 「私も義母とよく施設でボランテァの方の慰問を見せてもらいます。それで、義母のように認知症の人はどの程度理解できるのかな?と思って観察していました。この病気は、感情だけは残る病気だと専門の先生に聞いた事があります。記憶能力は衰退しますね。人に何も伝えることは出来ませんが、楽しいな!悲しいな!嬉しいな!痛い等の感情は伝わってきます。
 自分もいずれあのようになるのかな・・・と淋しい気持ちにもなりましたが、人に喜んでもらえる事をするのは気持ちのいいものです。いつまで出来ることか?と思いました。」

 観客の入所者の中には、認知症と思われる方も何人かお見受けしした。そういう方も含めて喜んでいただけるのは嬉しいことである。私もいつまでできるかわからないが元気なうちは続けようと思った。

 

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2010年4月14日 (水)

競馬が投資に好適だって?

 毎日2件は、金儲けの電話が掛かってくることは以前に書いた。そういう連中は手変え品変えで何とか金をひったくってやろうと、相手が金があろうとなかろうと必死である。もともと金を1円でも取ればよいと企んでくるのだから、貧乏ビジネスのように生活保護の金までむしりとって平気である。

 先日、頼みもしないのに勝手に送るつけて来たのは、「競馬」で金を儲けさせるというパンフレットであった。私は、テレビニュース以外に競馬など見たこともないし、いわんや馬券を買ったことなど一度もない。そんな私に競馬で儲けようなど、無駄もいいところである。

 パンフレットは、この手の勧誘の王道で、立派なものである。パラパラとめくって中を覗いてみたら、如何に競馬がローリスクでハイリターンであるかを説明してある。そしてその会社の会員の感想が何人か載せてあり、どれだけ儲けたか、どんなに親切な会社であるかなどと述べている。中には「競馬で生計が立てられるとは夢のようだ」と言っている人もいる。

 だいたい競馬は競輪、競艇、パチンコなどと同じで統計的に見ても儲からないということになっている。先日、100円の馬券が2360万円にもなって新聞にも大きく報道されたが、そんなことは滅多にないことである。名前は忘れたが、競馬の神様と言われた人が、亡くなった時、その人の生涯の勝率は47%であったと新聞にでたことがある。神様でさえ生涯にかけた金より儲けた金の方が少なかったのだ。

 ところで、このパンフレットの説明によると、競馬は株やFXよりもリスクが低く、リターンが大きいということだ。その理由として、競馬界に人脈を張り巡らしていていろんな情報が入ってくるのでその情報を分析し総合して確率の高い情報を提供することができるからだという。

 そんなに確実に儲けられるのなら、そういう情報を他人に売らずに自分たちで金をかけて儲ければよいではないかと言いたくなる。

 人間は弱いので、きれいなパンフレットで言葉巧みに書いてあるとついつい本当かも?と思ってしまうのだ。そこが彼らの狙い目である。

 IPO,出資、FX、株・・・・金儲けの話はみな同じである。見知らぬ会社からの電話やパンフには気をつけることが大事である。

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2010年4月13日 (火)

文章を書けない大学生

 2,3日前のNHKテレビで、大学生の文章力の低下について取り上げていた。見るともなしに見ていたので、定かに記憶している訳ではないが、その大学では、まともな文章を書けるように特訓をしてしているというのだ。単に言葉を知らないだけでなく、自分たちの間で通用する話し言葉を割り込ませて書く傾向もあるようだ。

 それが厳しい入学試験を勝ち抜いてきたはずの国立大学なので驚いた。

 そういえば、もうかなり以前のことになるが、大学で小学校の算数を教えているところもあると報じていたのを思い出した。高等学校や大学に行って小学校の算数のような基礎的なこともできないというのは信じられなかった。

 それがここにきて、国語力、作文力も幼稚だというのだからいったいどうなっているのかと首を傾げたくなる。

 日本では、戦前から一部の心ある教師は、作文教育を研究して、指導してきた歴史がある。その成果は戦後も引き継がれ発展させられている。私なども現職の頃はそういう研究会に出かけたり、書籍で学んで指導をしたものだ。

 日本語の特徴として、小学校に入り、最初の2ヶ月ほどで、平仮名を学習すると、作文が書けるようになる。しかし、いきなり文章を書けと言っても簡単には書けない。前段階として、お話をさせるのだ。朝の会の10分ほどの時間を使って、最初は三つの文で話をするように言う。例えば、

 「きのう○○ちゃんと遊びました。放課後鉄棒をしました。前回りを何回もやったので手が痛くなりました。」

 3文で話すことに慣れてくると、5文で話すようにする。その内に更に長い文でも話せるようになる。

 夏休みには、絵日記が宿題になるから、それまでに簡単な作文を書けるように指導をする。「順序よく思い出して、思い出したとおりに書く」ようにさせる。教師は子供が書いて持ってきたものにさっと眼を通して、質問をしたり、赤ペンを入れたりして指導をするのだ。分からないところは、質問をして分かるように書くようにさせる。そのうちに子供「詳しく書く」ことを身につけて行く。

 1年近く経つと、1年生でも驚くような作文ができるようになる。

 もちろん、文章力は、作文だけでは不十分である。読書の習慣をつけたり、国語の読解力の指導も大事である。更に、聞く力、会話力、話し合い力も育てなければならない。読み取ったことをもとに音声で表現する力も付けたい。

 つまり、総合的な国語の学習を通して、総合的な国語力を培うことが大切なのだ。受験勉強をして試験問題を解く力はついても、どこかに欠陥があるからいびつな国語力になっているのであろう。

 コメンターターは、「今の学生は携帯のmailで短いメッセージで済ませているから文章を書く力が付かないのだ。」と言っていたが、それもあるかもしれないが、それはごく一部のことでしかない。きちんと体系だって総合的な国語の力をつける教育を受けていないからだと思う。

 問題をたくさん解いて、要領よく答えを見つけたり、早くやる力を磨いても本当の国語力にはならないのだ。国立大学に入っても、作文、算数ができないいびつな育ち方が受験勉強の欠陥をはからずも証明したことにはならなであろうか。

 

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2010年4月12日 (月)

デフレで安売り競争激化?

 金曜日のNHKナビゲーターで、「安売り競争の裏側」を報道した。最初に、ある安売りスーパーの前に開店前から長蛇の列ができている様子を映した。それを見て「アッ、ウオダイだ!」と分かった。私も、たまに行くことがあるからだ。ただ、我が家からは、自転車で30分ほどかかるので、ほんのたまに行くだけである。

 このスーパーは、1度潰れかかったが、経営者の加藤さんが安売りに踏み切って見事売り上げを伸ばし、倍増させたという。扱う品物の種類を絞り、それを大量に仕入れて価格を安くするとか、野菜などは、形や欠損などのある等外品を仕入れて売るというのだ。

 私の好きなデコポンを1個30円で売っていたので、2回買ったことがある。1個15円のコロッケとか、卵が1パック30円などということもあるらしい。

 私が行くのは夕方が多いので、安いものは売れてしまっているのかもしれないが、私の印象では、必ずしも安いとは思えない。ただ、魚は安いかなと思う。要は安いものもあるということだ。

 テレビでは、一週間に1回まとめ買いをする若い夫婦を取り上げていた。給料が下がるので節約のためにわざわざ東海市から車で買いに来るのだそうだ。着ている物も以前は金額の高いものも買っていたが、最近は中古のものから探しているそうだ。「正社員でも、いつどうなるかわからないので、たとえ1000円でも貯金をしていかなければ・・・。」と話していた。赤ちゃんができたから余計に責任を感じているのだが、将来に対する不安を覗かせていた。

 コメンテーターは、昨年度はその前より給与所得が大きく減り、400万円から370万円ほどになったと指摘していた。それだけ購買力が減ったことになる。物が売れないから安くして売るのでデフレから脱却できないのだ。名古屋の倒産したスーパーの映像も映していた。

 中国、イギリス、アメリカは、リーマンショックで落ち込んだ物価がもとに戻ってきているのに対し、日本だけは、まだ低迷しているのだという。

 エッツと思ったのは、4LDKの二階建て住宅が999万円で売られているということであった。耐震基準に合格しているのだというが、本当に大丈夫なの?とちょっと心配な価格である。

 デフレは消費者には好都合だが、生産者には厳しいことになる。その例として豆腐業界が取り上げられていた。スーパーなどから、特売のために低価格での提供を迫られているのだ。大手スーパーでは確かに安い豆腐は1丁30円とかいうのもあり、一方で1丁600円の高級豆腐も売られているので、どうなっているのかと思う。

 さっきテレビをつけたら、そこでも安売りを取り上げていたが、安売り競争で淘汰され生き残ったところが、価格決定権を握ると、今度は価格が高止まりするだろううと言っていた。それは考えられることである。ほどほどの自由競争が必要だということのようだ。

 

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2010年4月11日 (日)

アクティヴシニア2010と水森かおりミニ・コンサート

 4月10日(土)に始まった愛知国際プラザ日本語教室に行ったら、Mさんが「アクティヴシニア2010」の招待券を2枚くれた。Jordanを誘ったが都合が悪いと言うので1枚返した。

 2時にナゴヤドームの会場に着いた。これまでにも来たことがあるので様子はよくわかっていた。会場に入ると、「水森かおりのミニ・コンサート」が14時半から始まると電光掲示板に出ていた。「エッ、水森かおりが来るのか。」と思った。それなら招待券を返さずに、水森かおりファンの”水漏かおり”さんを誘ってあげればよかった・・・と思ったが、後の祭りであった。

 コンサートまでは、まだ30分あったので、会場を見て回った。美空ひばりの展示会もあったが、後回しにした。

 まず、飲み物と試食をしたかったので、そちらを優先にした。お茶のおいしい淹れ方コーナーがあったが、並んでいたのでやめた。少し先に、おいしい水を試飲させていたのでそこで水を飲んだ。

 その後、お菓子の店が並んでいるところに行っていろんな菓子の試食をした。豆菓子とかあられとかいろいろあったが、どれもよい値段であった。紀州の梅を一杯試食できる店もあった。気前よく試食をさせてくれた。アンケートを記入してもらって粗品を配っているコーナーもたくさんあったが、粗品を貰っても仕方がないのでやらなかった。

 そうこうするうちに、14時半になり、水森かおりミニ・コンサートが始まった。司会者は太った若い人であった。水森かおりは、水色のドレスを着て現れた。

 最初に歌ったのは、「安芸の宮島」次いで「熊野古道」「ひとり薩摩路」であった。水森かおりはしきりに「有難う。」を繰り返していた。その後司会者とのトークがあった。椅子の座席は予約をした人でなければ座れないので立って見ている人が多かった。私も当然立って見た。しかし、大きなスクリーンに映されるので表情や動作はよく見えた。

 「鳥取砂丘」「輪島朝市」「五能線を歌って、またトークがあった。最後は、新曲で「松島紀行」とカップリング(B面)の「たそがれのタンタラス」「虹の松原」の後、「松島紀行」を一番から三番まで歌った。もちろん後でサイン会もすると宣伝を忘れなかった。松島紀行はカラオケでは明るく歌えばよいとアドバイスをしていた。それにこれまでの歌と違って高音も裏声もないから歌いやすいと言った。

 水森かおりの歌は、最後を長く延ばす特徴があることがわかった。

 15時半まで1時間、立って歌を聞き、その後また食べ物の店を見に行った。中華料理の店が多かった。ゼリーの店では1個60円のゼリーを2個試食させてくれた。

 海産物の店もいくつか出ていた。その一つの「博多めんたいこ」の店は、半額の1050円だということで行列ができていた。おばさんたちが安いと言って並んでいたので私も買うことにした。おばさんが手づかみで明太子をトレーに載せていた。傍に秤もおいてあったが、計っていなかったので尋ねたら、「計らなくても正確です。」と応えた。感じでわかるらしかった。どこかのおばさんが、「他の人のは多いように見えるんですよね。」と言っていた。夕食のときに食べたが、おいしかった。

 旅行代理店、健康関係の会社や骨董などの店も出ていた。囲碁や将棋も証券会社も出ていた。トータルでシニアのアクティヴな生活を応援しようというイベントのようであった。中日新聞主催で、入場料は1000円もする。それでもたくさんのシニアが入場していた。

 アクティヴ・シニア2010は8日(金)に始まって、12日(月)まで開かれている。

 参考

 

 アクティブシニア・フェア2010は、まさに「大人の文化祭」とも呼べるイベントです。“アクティブシニア”と呼ばれる50~64歳の、元気で自分なりの価値観を大切にしている方々へ向け、2007年に初めて開催し、今年4回目の開催となります。
 当フェアでは、青春時代を思い出す小柳ルミ子や園まりのコンサート、元気になれる水森かおりのコンサートや椎名誠氏の講演会などの熱く盛り上がるステージの他、昭和の大スター美空ひばりを偲ぶ数々の品や写真の展示、日本各地の温泉地を様々な切り口でみせるコーナーなど、趣向を凝らした楽しい企画を展開します。
 また、アクティブシニアが関心を抱く「健康・快適」「安心・安全」「娯楽・知的好奇心」「ファッション・美容」の4つのテーマにそって約100企業230ブースが出展し、"人生を豊かにする知恵と工夫"をご提案いたします。

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2010年4月10日 (土)

大学の入学式に親の出席が増えたという

 先日のNHKテレビで、今年の大学の入学式に親の参加が増えたと報じていた。この傾向は3年前から顕著となったという。今年は早稲田大学では、入学式を3回に分けて行ったのだそうだ。京都大学でも2回に分けて行ったという。

 どうして大学の入学式に親が参加するようになったのか、不思議な傾向だが、あるコメンテーターは、少子化と核家族で子供べったりの親が増えたからだと言っていた。しかし、少子化は今に始まったことではない。核家族化に至っては遥か昔からそうなっている。

 それに大学への入学が以前よりかなり楽になっているはずである。大学を選ばなければほぼ全入ではないかと思われる。

 私は、こうした親の変化は、モンスターペアレントの増加と関係があるような気がしてならない。多分10年ぐらい前からモンスターペアレントが出現し、5年ぐらい前から騒がれるようになったと思うのだ。こういう親は自己中心的で自分の子供のことしか見ようとしない傾向があるように思う。

 そういう親が、自分の子が大学に入ったら、やはりついて行って見てみたいと思うのではないかと想像する。

 こうした傾向が、全国的に一斉に起こることが特徴である。例えば、学級崩壊しかり、キレル子供しかり、保育園から騒ぐ落ち着きがない幼児の出現しかり、モンスターペアレントしかり、成人式での騒ぎしかりである。

 入学式に親が参加することは、悪いことではないが、その現象が今の親の心的状況を示唆していると思うのだ。誰か有能な心理学者が的確に読み解いてくれないものかと思う。

参考記事

『晴れ姿を』要望に対応

 子どもや孫の晴れ姿を目に焼きつけたい-。大学の入学式に出席する保護者が増加傾向にある。富山、石川両県内の大学でも今季、資料の不足や保護者が入る場所を増やすなどの状況も見られた。(永井響太、谷岡聖史)

 八日行われた富山大(富山市)の入学式には、学部生や編入学生、大学院生の計二千四百七十一人のうち、約九割が出席。会場の富山市総合体育館では、新入生が一階席で式典に臨み、二階席は保護者らが席を埋め、上から写真やビデオでわが子の晴れ姿を収めた。

 大学側によると保護者は「毎年増える傾向にある」といい、今年は二千人超が参加。保護者に配布する資料を昨年と同じ千五百部用意したが不足する事態になった。

 同大は二〇〇六年度まで、二千二百人に対応した市内のオーバード・ホールで入学式をしていたが、学生だけで会場が埋まり、保護者から「われわれも中に入って見たい」と要望が噴出。同年度末の学位記授与式(卒業式)から、容量の大きい同体育館に変更した。

 金沢工業大(石川県野々市町)は一九九四年から、入学式の映像を構内に同時中継することで、多数の保護者に対応している。

 新入生の数は例年、千七百人前後。七割以上は県外出身だが、千四百人以上の保護者が式に参加する。会場の体育館に入りきれない保護者は、隣の小体育館で大型モニターに映る式の様子を見守る。一日に開かれた今年の入学式では、小体育館も満席になり、学生食堂に移ってテレビ画面を見た保護者もいたという。

 金沢大(金沢市)も「入学式に参加する保護者は増加傾向にある」そうで、保護者用の式次第資料は毎年足りなくなるため部数を増やし続けている。今年の保護者席は千二百分を用意したが、立ち見の人も多かったという(北陸中日新聞から)

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2010年4月 9日 (金)

「立ち上がれるか日本」党がいいのでは?

 自民党を離党した与謝野氏と郵政問題で復党できなかった平沼氏が手を組んで、それに東京都知事の石原慎太郎氏、読売新聞の渡辺氏が応援して「立ち上がれ日本」党ができた。政党要件を満たすために他に岐阜出身の藤井氏など3人が加わって5人で出発だそうだ。何故か先に自民党を出た鳩山邦夫氏には誘いがなかったようだ。

 新聞によると、平沼氏と与謝野氏は政治への考え方が水と油だとか。平沼氏は改憲論者だし、郵政改革を元に戻せと言っている。与謝野氏は、消費税を上げて経済を建て直すと主張している。

 その2人が二頭立ての党を作り、対外的には平沼氏が党首ということになった。与謝野氏は、「反民主」を標榜し打倒民主党だと息巻いている。まだ自民党内にも与謝野グループがあるようだ。社民党の福島党首によると、ミニ自民党だということになる。

 平均年齢は69歳だというから、かなりの高齢である。一般人ならとっくにリタイアしている。だからみんなの党の渡辺氏から「ちょっと歳を取り過ぎてるのじゃないか?」と疑問符を投げかけられた。

 最近、みんなの党は支持率が上がっていて気をよくしているようだが、平均年齢はこちらの方が若い。

 しかし、いずれの党も自民党を補完する党であることは間違いない。細胞分裂をして保守を守ろうということなのであろう。

 「立ち上がれ日本党」ではなくて、「立ち上がれるか日本党」の方がふさわしいように思うのだが・・・。「立ち上がれなかった日本党」に終わるかも?

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2010年4月 8日 (木)

葬儀について思うこと

 数日前から、朝日新聞夕刊の「ニッポン人・脈。記」欄で、「弔い 縁ありて」と題して連載が続いている。葬式のあり方について取り上げたものだ。

 以前に、「葬式は、要らない」(岩波新書)を読んで、触発されてblogに私見を書いた。私自身の葬送は、ごく身近な家族や兄弟だけで無宗教でよいと考えている。

 2,3日前に、私が掛けている冠婚葬祭互助会の人が回ってきた。私の掛け金24万円はすでに掛け終わっているが、家族のためにもう一口どうかというものであった。

 そのとき、私は、「家族葬を考えているから必要ない。」と言ったら、営業の女性は、「この頃家族葬でやる人が増えていて、わが社でも生前にご相談にのるようにしていますから、いつでも声をかけて下さい。」と言ってチラシを置いていった。

 近所にある、テレビに出て有名になったTEAR葬儀社でも、このところ家族葬の相談会をしきりに宣伝している。TEARは掛け金をしなくても、必要なときに入会すればやれるようである。以前は葬式について旧態然としたやり方で当たり前だと思っていたので葬儀社に掛け金を掛けてきたのだが、今では考え方が変わったので掛け金は無駄だと思うようになった。

 第一、葬儀社は、無利子で金を使うことができる。利用者には利子分+αのサービスをしますとうまいこと言っているが、本当のことはわからない。

 ところで、昨日の記事は、生前葬についてであった。最初に生前葬をやったのは有名な水ノ江滝子さんであった。森繁久弥さんが葬儀委員長を務め、500名もの参会者があったと言われる。彼女のような有名人なら、生前葬もよいかもしれないが、私のような市井の凡人には気恥ずかしくてやれない。生涯に何の功績も残して来なかったし、友人に呼びかけても迷惑がられるだけだ。

 死んで灰になったらどうするのかも問題だ。石原裕次郎は海に散骨を願ったようだが、当時の状況では果たせなかった。しかし、今は事情が違って、散骨も樹木葬も自由である。

 私は、紀州の黒潮の海で泳いだり、塩を作ったり、海草を拾ったりして育ったから、黒潮の海に散骨してもらうのも選択肢の一つだが、そのために家族が無駄な金を使うことのないようにと思っている。

 余程の有名人でない限り、いずれは忘れ去られるのだし、現代は「家」の考えが無くなったから、家名断絶でも構わない。姓だけを継いでもらっても意味がないのだ。

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2010年4月 7日 (水)

スシローの消費者高感度は第3位だと言うが・・・・

 回転すしで有名になった大阪に本拠地を置く「スシロー」は、消費者のサービスに対する好感度で第3位になったとテレビで報じていたのを見たことがある。休日にスシローに行くと、いつも何十分も待たされる。それでも客が集まるのだからどこかよいところがあるのだろう。

 人の話では、寿司ネタが他よりよいという。もともと魚屋だったらしいからあり得る話だ。

 そのスシローだが、今年になってからは一度も行ってなかったので、月曜日に久しぶりに食べに行った。私の家からは新尾頭店が比較的便利なのでいつもそこへ行く。便利だといっても西高蔵で降りて500mくらい歩かなくてはならない。

 5時半ごろに付いたのだが、月曜日は、さすがにというべきか、行ったらすぐに席につけた。

 まず、ビールを注文した。サントリーのプレミアムの瓶ビールが好きだ。注文のボタンを押したが、なかなか返事がない。4回押してやっと応答があった。客が混んでいる訳ではないのに何故か遅い。

 私は、マグロはあまり食べたいとは思わない。それより、光り物が好きなので、イワシ、アジ、サンマ、サバ、などを食べる。ただ、今はサンマがないのが残念であった。なぜかアジもなかった。

 カツオはいろいろあり、創作カツオすしというのもあった。少しマヨネーズをトッピングしてあった。タイも大きな切り身であった。今回は、イカ類や貝類は、大きなゆで帆立の他は食べなかった。この日はそれまでに14皿も食べた。

 私は、鉄火巻きが好きなので、最後に鉄火巻を注文しようとボタンを押したが、何回押しても応答がなかった。6回押してやっと通じた。ところが、今度は待てど暮らせど鉄火巻が来ないのだ。しびれを切らして傍に片付けに来た店員に頼んだ。

 店員が「申し訳ない。」と言って持ってきた。見た感じでは、海苔の色がよくなかった。一つを口に入れたら、海苔がしけっていてしかも硬かった。試しにもうひとつ食べてみたがやはり同じであった。そこで店員を呼んで、クレームをつけた。店員は「取り替えます。」と言って、別のを持ってきた。そして、「先ほどのはよくないので捨てました。」と言った。口に入れたら、今度のはよかった。

 消費者のサービス好感度第3位のはずが、これでは全く駄目だと感じた。折角の寿司がまずくなってしまった。

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2010年4月 6日 (火)

庭の楠の枝を伐採した

 2ヶ月ほど前に、隣家の奥さんが来宅して、「お宅の木から黒い糞のようなものが落ちてくるので、白い洗濯物を干すのに困るから枝を切って欲しい。」と言った。これまで一度もそういうことはなかったし、第一我が家の洗濯物は、その木の真下に干しているが、一度も落下物が付着したことはない。また、木の枝は隣に出ないようにいつも気をつけて切っているのだ。 腑に落ちないが、それでもかなり伸びてはいるし切らなくてはと思った。

 一週間ほど前に、トラックで来た男が、庭の大きな楠と金木犀を指差して、「三重県から来たが、庭の木を切らせてくれないか。」と言った。いくらぐらいでやるか聞いたら、「後片付けもあるから3万円ぐらい。」と言った。以前にもそういう回って歩く男が来て、庭の木の剪定をやらせたことがあったが、結果はよくなかったので今回は断った。

 昨年秋に、に知り合いのKさんがチェンソーを買って、非常によく切れるといっていたので、一昨日、カーマに行き、チェンソーを見た。一番安いのが4980円で、次が7890円で、一番高いのが、10890円であった。それで一番安いのを買った。

 昨日、それを使って、まず楠を切ることにした。最初、庭に転がっていた木を練習のために切ってみたが、チェンソーが踊って怖くてたまらなかった。少し、慣れたのでいよいよ楠に挑戦した。はしごを掛けて物置に上りおそるおそる近くの枝を切った。直径5cmくらいの枝は簡単に切れた。楠は柔らかいのだ。それで直径10cm以上の太い部分なども切っていった。いとも簡単に切れた。さすがは道具だと思った。

 庭に切り落とした枝を集め、太いところを長さ30cmぐらいに切り分けた。面白いように切れた。

 もみじも少し切り落としたが、こちらは楠より木が硬かった。

 大きな木なので楠だけで大量のゴミになった。それで金木犀は後日切ることにした。

 切ってみて感じたのだが、これだけの大樹の枝を落としたことはよいが、二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出させる量はいったいどれだけ減ったのだろうかと心配になった。何立方メートルなのだろう。二酸化炭素を減らすには逆効果だとちょと恥じた。

 左が枝を切った楠、右が金木犀。楠は金木犀と同じぐらい高かった。

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2010年4月 5日 (月)

高校の同期同窓会を再開するべく準備中

 私が卒業した高等学校は、和歌山県新宮市の新宮高校である。現在は、普通科のみの単科高校になっているが、私たちの頃は、男女共学、総合制の高校であった。前にも書いたかも知れないのだが、普通科、商業科、建築科、土木科があり、同期は500人余りになる。当時、新宮市の最高学府であり、汽車に乗って近隣の市町村からも通っていた。

 長年、同期生の会を継続してやってきたのだが、一昨年、東京の中心幹事が同期会の打ち切りを画策し、強引に打ち切ってしまった。私たちは、それを良しとせず継続再開を企画した。

 それまで貯めていた資金を不当にも処分されてしまったので、また、新たにやり直しである。そしてどうにか案内状を発送することができた。これまでに二割余りの死亡が確認できているので、不明者などを除いて発送したのは350名余りである。

 ぼつぼつと参加、不参加の返事が届いているが、驚いたのは、新たに死亡の通知があった人、配達不能の他に、体に病を持っていたり、体調がすぐれない人が多いことである。

 まだごく一部しか返事が来ていないのでなんとも言えないのだが、来た返事に占める体調不良の人の割合が高いように思うのだ。

 私は、幸い、blogにも書いたように、健康に気をつけて、メタボも克服した。病になった同期生たちもきっと健康には注意をして生活をしてきたのだろうが、運悪く病に罹ってしまったのだろうと推察する。

 同期生の女性には連れ合いの旦那を亡くした人も多い。死亡者の割り合いは断然男性が多い。やはり、女性の方が元気がよいようだ。

 私が付き合っている高校同期生は、高校時代には殆どまたは全く付き合いがなくて、同窓会で知り合って付き合い出した人が多い。同じ釜の飯を食ったというだけで、仲良くなってしまうのだ。それが同期会のよいところである。

 勤めていた頃は地位の高かった者も、それほどでない者も、対等である。そしてお国なまりの言葉で語り合えるのが嬉しい。

 近々、再開の同期会にはいったい何人の参加があるか、楽しみである。

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2010年4月 4日 (日)

山崎川の桜・満開

 今朝、いつもの通り山崎川に沿って歩いた。空には少し雲があったが、太陽が少し昇り始めていた。今日は桜が見ごろだと思って携帯カメラを持って出かけた。

 石川橋寄りの山崎川に着くと、最初は若木の並木が両岸に続く。若木も満開に近かったが、まだ少しのつぼみも見れた。若木は、天に向かって両手を挙げたように立っている。

 二つ目の橋からは老木が続く。その辺りからは少し散った木やまだ満開の木やちょっとつぼみを残している木が混在している。携帯カメラで写真を撮っている女性や、一眼レフで撮っているカメラマンや私のようにデジカメで撮っている人などさまざまでえある。

 まだ朝が早いので人出は少ないが、それでもいつものウオーキングの人たち以外にも桜を見に来た人たちが歩いていた。私は、所々で気に入った桜の風景を撮りながら歩いた。

 瑞穂グランドの近くには、枝垂れ桜が3本あり、2本は桃色の花を咲かせていた。枝垂れ桜は花の命が長いようだ。

 NHKテレビによると、満開の桜は意外にも丈夫で枝を動かしても花は落ちないのだそうだ。花の役目は蜂を呼んで受粉を助けてもらうことにあるので、それが終わるまでしっかりとついているそうだ。

 しかし、満開は期間が短いのは経験的に知るところである。ほっこりと膨らんだ満開の桜は本当に美しいと感じるが、残念ながらその時間は短い。まさに花の命は短くて・・・・である。それに満開になると、緑の葉が出てくる。

 山崎川の桜は今日がピークだと思う。今日は天気も良いようだし、風も弱いようなのでまさに花見日和である。

 数日すると、散り始めた花弁が川面をおおって流れていくであろう。

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2010年4月 3日 (土)

「拉致はささいな問題」か?

 北朝鮮から韓国に亡命した黄長燁・元朝鮮労働党書記は、3月31日、訪問先のワシントン市内で講演をした。その中で、「率直に言って、拉致は大きな問題とは思わない。」と述べたといわれる。その理由として、第2次世界大戦中の日本による朝鮮人被害者と拉致被害者の”数”を比べて、「相対的にささいな問題」と指摘したという。

 かつては北朝鮮でNO.2の地位にあり、北朝鮮の国家イデオロギー「主体思想」の創始者として知られる黄氏だが、その人がこの程度の認識なのだ。

 北朝鮮が拉致した日本人の数が少ないから、ささいなことというのは、暴言も甚だしい。拉致被害者や家族が長い間にわたって大変な苦しみを味わっているのに、よくも平気でそういうことを言えたものだと思う。まるで子供の喧嘩と同じである。相手の方がひどいから自分はなにをしてもよいという論理である。そこにあるのは報復主義である。人権の意識は一かけらもない。

 ブッシュがイラクを侵略したのも同じ理屈である。やられたからやり返す。やられたら何をやっても構わない。北朝鮮は、ミサイルを日本に撃ち込むのに比べたら拉致などささいなことと考えているのであろう。

 彼の発言から金正日総書記を始め北朝鮮指導者の考えも同じであることを窺わせるものだ。北朝鮮指導部が、そういう考えである以上、拉致問題の解決は道遠しであると想像される。

 黄氏は、日本にも来て、拉致被害者家族とも会う用意があると言ったそうだが、それに期待を抱くことは何もないと思う。彼は、今は亡命の身で北朝鮮に対して何の影響力も持たないし、上に述べたような考えの持ち主だからだ。

 彼は、「自分は拉致のことは知らなかったし関係がない。」と言ったそうだが、NO.2 が知らなかったではすまされない。そんなことは嘘に決まっている。責任逃れもほどほどにせよと言いたい。

 

 

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2010年4月 2日 (金)

未公開株を売る巧妙な手口

 3月31日の朝日新聞朝刊に、「未公開株トラブル急増」という記事が出ていた。消費生活センターなどへの相談件数も急増して2009年度は5400件近くなったという。前年度比2倍だそうだ。

 未公開株だけでなく、投資ファンドに関する相談も年間800件ほど寄せられたと言う。

 金融庁は運用実態がない業者などを行政処分するが、監督権限がない無登録の業者も多く、効果は限定的だそうだ。登録業者だけで1200あり、無登録業者の数は金融庁にも「見当がつかない」有様だという。

 以前にも書いたが、私のところには、毎日2件は勧誘の電話がかかってくる。未公開株もあれば、新しい会社への投資や、果てはお困りの手持ち株を買い取りますというのも多い。1日2件として、1年に約700件、4年ぐらい続いているから、2800件。つまり、かなりの数のインチキ詐欺会社が存在すると推定される。彼らは、手かえ品かえ、獲物(特に高齢者)を狙っているのだ。

 新聞によると、この「株を買い取ります」というのは、売る方と同じ会社や組んでやっていることがあり、幾らで買い取ると電話して、別の会社から同じ株を幾らで売るという電話をかけて、すぐ売れば差額が儲かるような錯覚を与えるのだそうだ。しかし、実際には買ったら最後相手は逃げてしまうのだという。

 未公開株を売ろうとする会社は、たいへん巧妙である。新聞にも出た「ワールドインベストメント」という会社の場合、まず、電話の応対が非常にソフトで紳士的であった。柔らかい誠実そうな話しぶりで説明をした。送られてきたパンフレットは、厚手のきれいな紙に写真入で印刷してあり、如何にも信用がおけそうな感じであった。主幹会計事務所も有名なところで、取引銀行も東京三菱銀行などであった。

 フリーの電話番号があり、いつでも応対してくれた。名古屋に支店があるというので、確認のため見に行ったら、確かに証券取引所の近くのビルにあり、20名ほどの社員がいた。応対に出た年配の女性はあたりが柔らかく、やり手という感じであった。

 ただ、その支店というのが、別の名前の同じ傘下の会社と同居しており、応対に出た女性幹部はそちらの方の社員であった。だから支店というより代行をしていたのかも知れない。

 その女性幹部は、アース製薬を私に勧めた。確かにアースは近々株を公開するようであった。100株60万円で公開されれば120万円にはなると言った。家に帰ってインターネットで調べたら、160万円(100株)で売ると言う会社もあった。

 アース製薬に電話をしたら、そんなものを買ってはいけないと言った。野村證券も同じ事を言った。くだんの会社からは何度か電話があり、松坂屋の近くの中央信託銀行で名義変更ができると言った。

 公開が近づいていたので様子を見ることにした。初値は100株で37万円だったと思う。もし、60万円で買っていたら・・・・?

 私は上場後アース製薬を100株32万円で買ったが、その後下がり続けて一時は1株2170円まで下がり現在は2800円前後である。だから正規に買っても大きな含み損を抱えている。ただ、買ってから毎年7500円ほどの配当があるから、3万円ほどは含み損が減った勘定であるが。

 ワールドインベストメントと名古屋の会社は共に愛知県警に告発されて裁判になり、首謀者は懲役刑(但し、何故か執行猶予つき)になった。

 この例のように、未公開株を勧める会社や株買取を勧める会社、投資を勧める会社、外国為替、先物などを勧める会社は、大変巧妙に仕掛けて、信用させて騙すのだ。中にはテレビで広告を出していた入りや萬成証券のように、証券会社でもいい加減な先物売買で客に損害を与えるところがあるから、この世界は要注意である。

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2010年4月 1日 (木)

亀井郵政担当大臣に振り回された鳩山首相と民主党

 郵政問題は、当初亀井郵政担当大臣と原口総務相が発表した通りになった。一時間ほどの閣僚の議論の後、鳩山首相が決断をしたということだ。

 仙谷国家戦略担当相が「地方の中小金融機関、ひいては地方経済に余りよい影響をもたらさない」と反対したものの、あっさりと矛を収めたようだ。テレビでは、記者の質問に対して、憮然と「だって、閣内にいるんだもん。」と一言答えて去っていった。

 結局、亀井氏の言うとおり、郵貯限度額2000万円、簡保2限度額2500万円で決着をしたが、鳩山首相は、党首討論などを睨んで閣内不一致を見せてはいけないからと丸呑みしたようだ。

 一億総中流の時代ならいざ知らず、この経済不況下で格差が広がり低所得層が広がっているときに誰が2000万円も郵便貯金に預けるのだろう。亀井氏の自民党に対する恨みつらみとその意趣晴らしではないのか?

 新聞やテレビによると、限度額引き上げで膨らむ資金が国債購入に当てられ、国の借金が更に増えるのではないかと危惧されている。もし、そうなると藤巻氏が指摘するようにある日突然国債が破綻し大変なことになるかもしれない。

 国民が望んで政権交代を実現したのに、民主党は国民の期待を裏切ってばかりのように感じる。しっかりせよと、もう一度言いたい。

 

 

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