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2010年3月16日 (火)

山陽と萩・津和野旅行―①―姫路城

 1月だったと思うのだが、新聞に、「姫路城・広島平和公園・錦帯橋・厳島神社・秋芳洞・萩・津和野旅行」の募集が出た。主催は「クラブ・ツーリズム」であった。

 姫路城は4月から修理に入るので無効5年間は見られなくなるのだという。私は、姫路、広島、岩国には行ったことがないのでこの機会に是非行ってみたいと思った。妻に話すと、妻は姫路城、錦帯橋、秋芳洞、萩、津和野は見たことがないというのでツアーに申し込むことにした。

 出発日は、3月8日にするか11日にするか迷ったが、3月8日(月)発の方にした。これが旅行を大きく左右するとは夢にも思わなかった。8日発のツアーでは大雪に見舞われさんざ苦労をさせれれたが、もし11日発を選んでおれば晴天の快適なツアーになったのであった。

 3月8日はアッという間にやってきた。朝、7時に家を出て集合場所の名古屋駅には7時半には着いた。集合時刻は8時15分なので駅の中を歩いて暇つぶしをした。

 7時50分頃に添乗員の原口さんが来た。手続きをして暫く待った。参加者らしい人たちがどんどん増えていた。

 今回のツアーは、新大阪までは新幹線で行くのだ。8時47分のこだまに乗車した。妻は「新幹線に乗るのは久しぶりね。」と言った。本当にひさしぶりであった。

 新大阪に着くと、バスに乗り換えた。バスは岡山から来た両備バスでガイドは若い女性であった。これから3日間そのバスで移動をするのだと言った。

 10時15分にバスが動き出した。車内で弁当が配られた。バスに乗っている間に食べるようにということであった。私たちには丁度ブランチの時刻であったのですぐに弁当を開いて食べた。弁当は余りよいものではなかった。

 10時45分に中国道にのった。高速道路は遮璧があるので景色が眺められないところが多かった。11時50分ごろ姫路城の駐車場に着いた。ガイドさんは「ここからだいぶ歩きますよ。」と言った。初めて見る姫路城は青空に小さく見えていた。

 お堀の水は満水であった。橋を渡って門をくぐった。入場料の一人540円は自己負担であった。少し行くと、お城は近くに聳えていた。カメラを右手に持ってよいアングルがあればシャッターを切ることにした。

 観光客は途切れることなく続いていたので、果たして天守閣に登れるのかちょっと不安であった。細い道、幾つかの門を抜けて少しずつ登って行った。城までは随分あった。昔の藩士は大変だっただろうと思いながら歩いた。

 城の入り口で履物を脱いでスリッパに替えた。1階から順に見て行った。城の中は思ったより広かった。3階だったかに太い柱があり、西の柱、東の柱と説明板が張ってあった。随分と太い大きな木を使ったのだと感心した。

 そこからは階段が狭く急になっていた。やっと天守閣に着いた。西の窓から順に写真を撮りながら一回りした。姫路の街が眼下に広がっていた。姫路城の構内は名古屋城とは比べ物にならないぐらい広い。西の丸も残っていて美しかった。

 降りる途中広場があったので写真を撮るためにそちらに行った。本当は上る途中に行かなければならないのだが、登りのときは時間が心配で行けなかったのだ。係りに大目に見てもらって広場に行くと、目の前に天守閣があった。

 降りる途中は時間を気にしなくてよいので、よいシャッターポイントがあると写真を写した。姫路城は本当に姿が美しい。白鷺城とは誰が付けたのだろうと思った。

 城の前に「高田の馬場」というそぐわない名の土産物屋があったので入った。試供品を幾つか口にした。妻は佃煮か何か買っていた。

 バスに戻ると、ガイドさんに、「往復約5000歩だったよ。」と教えてあげた。

 13時半に姫路城を出発して次の目的地、広島に向かった。

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コメント

姫路城は3月末まで参観可能ですから、今大変混雑しています。一時間半はぎりぎりです。
赤池から出るツアーもあるのですね。天気に恵まれて楽しいツアーになるといいですね。

姫路城は小さいときに1度行きました。丁度桜の頃で白鷺城の美しさは脳裏に焼きつきました。
父は医者で戦争に行きませんでしたが、軍医として登録されていて姫路師団に属していたのだと聞いたように憶えています。
丁度新聞の広告に姫路城を挟んで小豆島で泊まり瀬戸内海を見て帰る予定で赤池駅から出発するツアーをもうしこみました。

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