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2010年3月12日 (金)

ベトナム・カンボジア旅行⑮―農家―

B.農家のくらし

優しい岩田さんは、バスに乗る時に女の子からブレスレットを201$で買った。安いと言えば安い。

帰り道も来る時と同じがたがたの道を走った。両側には農家が続いた。緑の木立の中に農家が続いた。農家はニッパ椰子の葉で作った高床式が多い。井戸があり釣瓶井戸のところとポンプ式のところとがあるが、概して家よりコンクリート製の井戸の方が立派なのはどこかの援助かもしれない。風呂はなくて、井戸端で体を洗うのだそうだ。便所も無く、大人は木陰に土を掘り埋めるが、子供は垂れっぱなし。

電気はまだ来てなくて夜は石油ランプの生活だ。米が作られているが田んぼは雑草のような感じで極めて効率の悪い栽培法のようだ。工夫をすればもっと収穫を挙げられるのではないかと思う。他には、トウモロコシ、スイカなどを栽培している。こんな所にも時々立派な木造ペンキ塗りの家があるのが不思議だ。何か収入があるのであろう。

C.捨てたのに

ホテルの続く街並みに来るとホテルなどがイルミネーションで飾られている。農村とは対照的だ。

この日は、一日中歩いたので足が痛かった。レストランに行く頃は足を引きずっていた。

2000ごろから、夕食。NEW BAYONレストランで食べた。さつま揚げ、野菜炒め、ポーク炒め、ココナツカレー、岩のりスープ、ごはん、コーヒー、フルーツで皆さんの評判はよかった。

ホテルの部屋に帰ると、小島さんが朝ゴミ箱に捨てたはずのシャツ2枚がきちんとたたんであった。靴下も戻してあった。カンボジアの人から見たらこんなにいいシャツをどうして捨てるのだろうと思ったに違いない。私は、「カンボジアの人は貧しい人が多いので上げたらどう。」と言った。結局、私がそのことを英文で書いて添えておいた。私は、駅トピア(名古屋駅前商店街)がカンボジア救援の物資や金を募集するので何回か協力をしたことがある。カンボジアの学校では謄写版を欲しがっているというので手持ちの謄写版セットを寄付したこともある。

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コメント

タイとカンボジアは隣国同士なのに野菜の種類が違うのは面白いですね。ちなみにアメリカと日本ではサイズが違う野菜がたくさんあり、アメリカは巨大なのが多いようです。

 田舎の小さな学校に行ってもパソコンはかなりの数で普及しています。コピーのついたプリンターが学校に1台くらいはあるでしょうか。昔の日本のように先生個人の機材、――ノートパソコンとかプリンターとかプロジェクターとかが活躍しています。コピー付きのプリンターでコピーするよりも、コピー屋の方が安くつくようです。
 以前はチョークが学級に年間2箱くらいしか配られなかったけれど、最近は節約して使えば半年位もつようになりました。
 書き出したついでに、タイにくらべてカンボジアでは野菜が大きいと思いました。タイの大根も白菜も長さ10cmくらい、キャベツも差し渡し10cmくらい。トマトも玉ねぎも鶏卵くらい。タイの田舎の野菜は外来のものよりも地元のものが食べられるので、外来野菜の品種改良をするまでもないのだと思います。

私は、持っていた謄写版を「カンボジアに謄写版を送ろう」というNPOに寄付しました。カンボジアでは謄写版が活躍しているようでしたが・・・・。
タイの小学校にはコピー機はまだないのですね。日本のコピー機は今では物凄く便利な機能を備えています。

謄写版のこと
 タイはぜいたくで、何でもコピー屋でコピーします。テストもそうです。
 コピー屋の紙包みの山は、1日でなくなるほどです。
 「私は謄写版で自分で刷ればいい」という日本式の考え方で、古い謄写版を抱えてきました。日本から持って来たロウ原紙は暑さのために溶けしまって使い物になりませんでした。
 タイで使われている謄写版はドイツ製のゲットナーで、原紙の巾がせまく、日本の謄写版ではつかえません。いわゆるボールペン原紙ですが、これも余り鮮明ではありません。
 結局謄写版は苦労して持参したけれど、使い物になりませんでした。
 高校など設備の整っている学校では、日本の学校で普通に使われている、原稿を入れれば製版されて印刷できる印刷機が使われています。
 小学校ではコピー屋へ走ります。

 カンボジアとは峠一つ越えたこちら側ですが、1400年代にアユタヤに侵略されたのを最後に、侵略されていないタイは近隣の諸国にくらべて豊かなようです。

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