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2010年2月21日 (日)

「葬式は、要らない」を読んで考えた―②―葬式の始まり

 私の母は、以前は浄土宗であったが、引っ越して墓地を買った関係で永平寺系統の曹洞宗の寺の檀家となった。その寺の墓地に新しく墓を建てたので自然と檀家になったというわけである。

 「葬式は、要らない」によると、葬式のやりかたを決めたのは、曹洞宗だという。曹洞宗の中でも、密教の影響を受けて加持祈祷を行うようになり、それが死者の供養にも用いられるようになったのだという。

 禅宗はもともと道元、栄西によって鎌倉時代に中国からもたらされたが、大本の中国では、1103年に中国の宋で編纂された「禅苑清規」という書物に禅宗の葬儀の仕方が記されているのだという。その中に悟りを開いた僧侶のための葬式のやり方と、修行中の僧のための葬式のやり方(「亡僧葬儀法」)が書いてあり、後者を在家の信者にも適用したのだという。それによって亡くなった在家の信者もいったん出家してから死んだことにして、戒名を授けるという方法が確立されたのだという。それが日本全国に広がったのだそうだ。(P.  66)

 それまでは、日本の仏教は葬式には関わっていなかったようだ。南都六宗の奈良時代の華厳宗や律宗などは、教義や学問としての宗教であったのだという。

 平安時代になって空海や最澄によってもたらされた密教は、修行や儀礼によ僧侶が神秘的な力を身につけ、それによって国家の安泰、疫病や天災地異などの災厄の除去、人の病を癒すことなどを目的としたのだという。つまり、現世利益をもたらすことであった。

 曼荼羅に描かれる宇宙観や不動明王や千手観音などの異形の仏が信仰され異界の存在という新しい世界観が受け入れられたのだという。(P.58)

 次に現れるのが浄土信仰である。死後に人が生まれ変わる「浄土」の存在が唱えられた。浄土信仰では、まず、罪を犯した人間が行く地獄の恐ろしさが強調された。その対称として浄土が強調されて、そこに行って生きる道筋として、南無阿弥陀仏を唱える念仏が有効であるとされた。この系譜にあるのが、天台宗3代座主の円仁であり、決定的役割を果たしたのが、同じ天台宗の恵心僧都源信であった。彼は「往生要集」を著して極楽浄土へ往生する方法を書いた。

 彼は、その中の「臨終行儀」というところで、いかにして死に臨んだらよいかを記した。仲間の僧侶が集まって念仏を唱えるというものであった。この辺りに葬式のルーツがあるというのだ。

―つづく―

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