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2010年2月

2010年2月28日 (日)

初めて食べた”ひつまぶし”

 先日、英語クラブの新年会をやったときに、”ひつまぶし”を食べに行こうということになった。ひつまぶしについてはテレビなどで紹介されて名古屋独特のうなぎ料理のことだと知っていたが、なかなか食べる機会がなかった。これまではうなぎ丼とかうな重などを食べていたからである。

 松坂屋本店の10階にある「あつた蓬莱軒」に行くことになった。6時半に10階で待ち合わせることにした。

 当日は、松坂屋美術館で開かれている「現代書道20人展」を見てから10階に上がった。これまで美術館のある7階までしか上がったことがなく、初めてであった。そこは、特選レストラン街となっていて、麺類の「美々卯」、ふぐ料理の「春帆楼」、中華料理の「重慶飯店」、そして鰻の「あつた蓬莱軒」の4店舗が入っている。みな高級レストランのようであった。店舗の前に広い待合場所があり、ベンチにクッションが敷いてあった。

 時間があったので、品書きを覗いて歩いた。ふぐ料理は3500円ぐらいからあったが、中には25000円もするのもあり驚いた。重慶飯店は横浜中華街からの出店ということであった。

 本を読みながら、観察していると、客はほとんどが「あつた蓬莱軒」に入っていった。

 待ち合わせ時刻までに女性は集まったが、インストラクターのJJが現れなかった。Yさんが携帯に電話したが、つながらなかった。何度も試みているとやっと連絡が来たが、急用で来られないということであった。

 店に入ると、夕食時間なので、店内は満席であった。暫く待って席に案内された。

 入り口のカウンターに、マッチが置いてあったので、それをもらって席につくと、マッチの手品を披露した。ウエートレスにも見せたら不思議がっていた。

 卵巻き(うまき)とうな肝とひつまぶしを注文した。先にうまきが出た。卵焼きに鰻が入れてあるのだそうだ。おいしかた。

 次に、うな肝が出た。うな肝を食べると肌がつるつるになるとTさんが教えてくれたので、Yさんは喜んでいた。私は、「TZさんも来るとよかったのに。彼女はお肌つるつるを望んでいるから。」と言った。

 暫くして「ひつまぶし」が運ばれてきた。おひつの中にご飯と鰻が入っていた。お吸い物と漬物とかけるスープとうな肝もついていた。ひつの中に入れてあるのでひつまぶしというのだと思った。

 「ひつまぶし」というのは、あつた蓬莱軒の商標登録となっている。でも、他の店でもひつまぶしを売りにしているところがあるので、Tさんにそのことを言ったら、「蓬莱軒だけでは、客の要望に応えられないので名古屋に限ってひつまぶしを許している。」と言った。あつたの本店などは、半日ぐらい待たないと順番が来ないそうだ。はるばると新幹線に乗ってくる人もいるのだとか。一日の売り上げは物凄いものらしい。何千匹か知らないが、それだけ毎日鰻が殺されているというわけだ。

 私は、初めてなので、詳しいTさんに食べ方を教えてもらいながら食べた。まず、しゃもじで十字に切れ目を入れて、4つに分ける。その一つを茶碗にとって食べる。次に、同じように茶碗に入れてネギやキザミのりなどをトッピングして食べる。 次は、1/4を茶碗に入れてネギやキザミのりやワサビを加えてスープをかけてお茶漬けのようにして食べる。最後の1/4は好きなようにして食べるのだそうだ。

 つまり、4回違った味わい方をすることができるという訳だ。誰が考えたのか知らないが、面白い食べ方である。

 あつた蓬莱軒は、うなぎの老舗だけあってタレの味や鰻の焼き具合もよく量もおなかが一杯になって満足であった。

 勤めている頃に本店には行ったことがあったが、松坂屋の店は初めてだった。客が次々に来るのはそれだけ評判がいいということだ。

WIkipediaで調べたら、

 明治時代に名古屋市内で始まったとされており、発祥となった店は熱田区の「あつた蓬莱軒」とも、中区の「いば昇」とも言われている。メディアにより大阪三重が発祥との説も紹介されている。

 登録商標にしたのが、あつた蓬莱軒ということだと知った。ひつまぶしを独占すべきではないことがわかる。

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2010年2月27日 (土)

映画「おとうと」を観て

 山田洋次監督、吉永小百合主演の映画「おとうと」を観てきた。実は、同じ吉永小百合主演の「母べえ」と勘違いをしていた部分があった。どんな映画かも知らずに、だだ、吉永小百合と笑福亭鶴瓶が出る山田洋次監督の映画という知識だけで観に行ったのだ。

 私が、大学を出る頃に生まれた姉吟子と3人兄弟の末っ子鉄郎を巡る物語であった。蒼井優演じる一人娘の小春が、名付け親の鉄郎叔父が余りにも自堕落な生き方をしているので、大嫌いになったというナレージョンから始まった。

 小春はエリート医師と結婚することになり、ホテルオークラで行われた式に音信不通であった鉄郎が突然現れ、酒を飲んで酔っ払ったあげく、式を台無しにしてしまうというところが続く。物語はいったいどう展開しどう決着をするのかと思いながら観た。

 姉は薬剤師で、早くに優秀で優しい夫をなくし、薬局を経営しながら、女手一つで娘を育て姑の世話をしてきた。長兄もひとかどのサラリーマンのようだが、何故か弟だけが売れない大衆演劇の座長となり、放浪生活をして、酒や賭博に溺れているのだ。

 娘の小春は、結婚しても夫とうまくいかず、結局離婚してしまう。

 弟が女に130万円の借金をする。女がその金を何とかしてくれと言ってきたとき、姉は決断をして、なけなしの貯金をおろして女に渡す。普通ではとてもできないことだ。

 弟はそれまでの荒れた生活からか行き倒れとなり、警察に保護され、入院をした後、運よく大阪天王寺、釜ケ崎の通天閣が見える「みどりの家」というNPOが経営するホスピスに収容される。咽頭、肝臓などにガンがあって余命いくばくもない状態であった。

 このホスピスの経営者夫婦が素晴らしい人物として描かれている。入居者の面倒を優しく献身的にみるのだ。山田監督は、おそらく生活保護の人びとを食い物にする貧乏ビジネスの横行を下敷きに、その対極としてのNPOを描いたのではないかと思われる。

 離婚した娘の小春は、今度は誠実な大工の若者との愛を育てて行く。山田監督は、エリートとの玉の輿の結婚より、心栄えのよい普通の若者との結婚の方が幸せだと言っているようだ。

 お釈迦様の生まれた4月7日に死にたいという鉄郎は希望通りに死を迎えることになる。まるで西行法師のようだ。その前日に姉は駆けつけ鉄郎の最後の看護をする。弟は姉に有難うの言葉を伝える。臨終間際に娘の小春も間に合う。

 鉄郎がホスピスに入ってから、亡くなるまでがよい。姉とホスピスの経営者夫婦らに見守られて息を引き取る。そこに流れる温かい情感が素晴らしい。私は、「葬式は、要らない」を読んで、考えたことを書いてきたが、まさにその答えがこの映画にあると思った。

 身近の人に看取られ、静かに人生の終わりを迎える。映画には描かれていないが、おそらく直葬であったのだろう。それを示唆するのが、姉の家の箪笥の上に夫(義兄)の写真と一緒に飾られた弟の写真である。そこには仏壇がなく、もちろん位牌も置かれていない。それでいいのだ。大事なのは心のつながりである。

 この映画の宣伝コピーは「家族という厄介な、でも切っても切れない絆を描いた」である。

 吉永小百合が演じるこの姉吟子は立ち居振る舞いがよく、すこぶる優しい。吉永は見事にその役を演じきっている。

 笑福亭鶴瓶は鉄郎役を好演している。ガンで死ぬにしてはちょっと太っているのが気になったが、ハチャメチャだが人は悪くなさそうな人物にはまっている。

 原作は幸田文の「おとうと」で、1960年に市川崑監督で映画化されているという。私は、「おとうと」を読んだし、映画も観たはずだがすっかり忘れていた。この映画を観て何度も涙が溢れた。館内でもみんな泣いていた。よい映画だ。

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2010年2月26日 (金)

「葬式は、要らない」を読んで、―⑦―直葬がいい

 遺体の処理については、「墓地、埋葬に関する法律」で定められているのだそうだ。大事な点は、①死亡後24時間経過後埋葬もしくは火葬をすること、②火葬は火葬場で行うこと、③埋葬は墓地以外では行ってはならないこと、だという。

 葬式は、習俗もしくは慣習であって、法的には葬式をしようとしまいと自由であるという。私は、これまで10回ほど葬儀に関わってきたが、葬式はすべきものだと思い、疑ってもみなかった。「葬式は、要らない」を読んで、そのことを初めて知った。

 この本によると、葬式無用論は昔からあったそうだ。日本で最初に葬式無用論を唱えたのは自由民権運動家の中江兆民で、1887年(明治20年)のことであったという。彼が亡くなったとき遺体は解剖の後、遺言通り火葬場に送られた。

 NHKのドラマでも取り上げられた、白州次郎は、死ぬ5年前に「葬式無用、戒名無用」と遺言したのだという。そして、遺言通り葬式も告別式も行わず、遺族が集まって酒盛りをしただけであったそうだ。(P.22)白州次郎ほどの人物であれば、青山斎場で政財界の人びとを集めて盛大な葬儀が営めたはずである。それをしなかったというのは大したものである。

 バブルがはじけて、日本経済も不況に陥って久しい。その過程で結婚式の簡素化が広がったが、一方葬式も簡素化が広がりを見せていると言われる。

 「直葬」というのがそれである。(読み方はチョクソウなのかジキソウなのか。仏教では後者だというが)(p。31)これは、亡くなった後、遺体を霊柩車などで自宅に運び安置して、近親者だけで通夜を行い、火葬場に運んで火葬をして終わるというものである。東京では20%が直葬だという。(P.32)

 東京でケアマネージャーをしている娘が言ったいたが、そういう簡単な直葬は数多く見て来たそうだ。

 私も、直葬がいいと思っている。近親者だけで棺おけの前で私の好きな酒でも飲みながら私の生前の悪口を語ってもらえばよいと思う。お経など要らないし、戒名も要らない。墓はあるからそこに本名を刻んでもらってもよいが、自宅に写真を飾って偲んでもらうだけでもよい。

 無駄な金を無駄な葬式に使うことはない。浮いた金をユネスコなどに寄付してもらうのもよい。

 これまで世間体から寺院、葬儀屋の言うなりになって高額な費用を使って葬式をするのが当然と考えられてきたが、経済不況を機に葬式のあり方が変わってきたのはよいことだと思う。

 遺骨の処理についても、散骨とか樹木葬とか共同墓とか新しい試みがみられる。以前にも書いたと思うのだが、チベットの鳥葬とかゴビ砂漠の砂漠の土に帰るやり方が自然でいいと思う。

 「葬式は、要らない」は、葬式について考えるよいきっかけを与えてくれた。

 葬式は、要らない (幻冬舎新書)

  

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2010年2月25日 (木)

「葬式は、要らない」―⑥―戒名のランクと金額

 「葬式は、要らない」(島田裕巳著)によると、戒名には位がある。戒名の付け方や戒名料は宗派によって違いがある。以下のランクは島田氏の調べ。(P>87)

 最高位は、男性が、女性は、大居士の部分が清大姉となる。

 次が、○○院殿□□大居士、大姉。

 次が、○○院□□居士、大姉。

 次が、□□居士、大姉。禅定門、禅定尼。

 最下位が信士、信女。

 下記の戒名料は、古谷式典株式会社調べ

  

各宗派の御布施一例(単位:万円)
宗派
信士・信女
居士・大姉
院信士・院信女
院居士・院大姉
真言宗
30~50 50~70 80~ 100~
浄土宗
30~40 50~60 70~  
臨済宗
30~50 50~80    100~
曹洞宗
  50~70   100~

日蓮宗

    30~50 100~
浄土真宗 
釋○○
20~
○院釋○
50~
   

 母の場合は、曹洞宗で信女であったが、寺は読経料込みで請求して来たという。弟の話では105万円で領収書はくれなかったそうだ。上記の表には信士、信女の欄は記入がないからいい加減なのであろう。

 戒名料が高くなったのは、日本経済がバブルを迎える過程で生じたのだという。次第に世間体を気にして見栄を張るようになり、高額化したのだ。1969年には、信士、信女は16000円以上だったそうだから、物凄い高騰である。

 死んでまで位があり、それが位牌や墓石上に残されるというのは仏教の精神から言えばおかしな話である。仮に極楽浄土があるとして、戒名の位によって行く所が差別されているのであろうか?我々が知る限り、そんな極楽浄土はないはずだ。死んだら現世とは全く関係がないのだ。現世では金持ち、貧乏人、職業上の地位、社会的地位など人によりさまざまなのはどうしようもないが、死んでしまえばみな同じである。

 それに対して位階をつけて差別しようというのは釈迦の教えに背く行為である。だから葬式仏教と言われるのだ。

 昨日書いたように、戒名が欲しければ、山田風太郎のように堂々と○○院□□□大居士と名乗ればよいのだ。院殿だって院だってつけられる。しかし、私は本名がよいし、本名で十分である。

 それなら高い戒名料を払う必要もない。私の場合、臨在宗だがこのままなら信士である。上の表からみると30万円から50万円となっている。それだけあれば海外旅行を楽しめる。その方が現世の極楽である。母のように、旅行にも行かず、粗食をして、倹約の上葬式代を貯めることなどしようとは思わない。

 たった数文字に対して院殿ならば100万円以上500万円だってあるというから、島田氏ではないが、一字当たりの金額はベラボウである。

 そういう非常識がいつまでもまかり通るとは思えない。

―つづく―

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2010年2月24日 (水)

「葬式は、要らない」―⑤―戒名について

 戒名はもともと出家した僧がその証として授かるものであった。一般の俗人が戒名を貰うのはおかしな話なのだ。あの世に行くパスポートという説明(千代山宗園、曹洞宗)やブッディスト・ネーム(ひろさちや)という説明のしかたもまやかしである。

 死んでから戒名を貰ったからといってその人が出家して仏に帰依したことにならないことは明白である。極楽浄土が仮にあるとして、往生(そこに行って生きること)するのに戒名がパスポートのように大事なものではない。戒名などなくても極楽往生はできるのである。そもそも戒名が俗人にも付けられるのは日本の仏教だけである。

 日本で最初に戒名をつけたのは聖武天皇で「勝満」というのだそうだ。平安時代のあの栄耀栄華を誇った藤原道長は「行覚」だという。(P.90)2人とも出家得度をしているから問題はない。

 戒名が日本に定着したのは、島田氏によると、「江戸時代に『寺請制度』が導入され、檀家である証として戒名を授かることが義務となったのである。」(P.101)

「寺の側は、『宗門人別帳』を用意し、檀家の家族構成、それぞれの生没、結婚、旅行、移住、奉公人の出入りなどを記入した。これによって一般の庶民と仏教寺院の関係が密接となり、檀家は葬式や法事、墓地の管理などを寺に任せるようになる。」(P101)と書いている。

 つまり、仏教寺院が戸籍の管理を代行したのである。ただ、キリスト教や日蓮宗の一派など幕府に都合が悪い宗教は排除された。そこには信教の自由はなく、強制的に幕府公認の寺院に属することになったのだ。

 戒名は誰が付けるのか。一般的には檀那寺の僧がつけるものと信じられている。ただ、都会などに移住している場合は臨時に頼んだ僧がつける。だから往々にして檀那寺との間にいさかいが起こることがある。

 島田氏によると、仏教のどの宗派も僧に対して戒名の付け方の指導はしていないのだそうだ。だからそのためのマニュアル本やパソコンソフトまで販売されているのだという。

 それよりももっと大事なことは、戒名は誰がつけてもよいということであり、本名のままでもよいということである。

 私の母方の実家は神道だから、戒名はなく、墓標には、男子は○○翁、女子は○○刀自と本名を書いてある。考えてみれば、本名の方がその人のアイデンティティがあり、訳のわからない戒名よりはるかによい。

 戒名は誰がつけてもよいのだから、自分でつけた人もいるという。

有名人では作家の山田風太郎は、生前に自分で「風々院風々風々居士」とつけたという。

家族でつけた例では、鉄道ライターの宮脇俊三の「鉄道院周遊俊妙居士」である。ぴったりの戒名をつけている。

 明治時代でも、森鴎外は自分の母親や友人の詩人・上田敏の戒名をつけたそうだ。 

 檀那寺などの僧によって、高い戒名料を支払ってつけて貰うのだが、日本の僧は殆ど妻帯をし、酒を飲み、金儲けに走る破戒僧である。高僧の中にも女遊びだってやる者がいる。そんな破戒僧に偉そうに戒名を付ける資格があるのか。

 戒名を欲しければ自分でつければよいし、何より本名が一番よい。島田氏もそう書いている。大賛成である。

 次は、戒名のランクと値段について。

―つづく―

 

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2010年2月23日 (火)

「葬式は、要らない」―④―葬式が華美になる遠因

 浄土宗の開祖、法然は天台宗で学びながら、新たに「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えることで極楽往生できることを唱え、学問知識のない民衆に歓迎された。それを受け継いで親鸞が念仏とともに阿弥陀如来に救いを委ねる他力本願の浄土真宗を開いた。

 この2人の説くところによって、浄土教信仰が貴族のものから一般民衆の救済へと変わったことが重要である。貴族のように現世に極楽浄土をイメージした庭園や阿弥陀堂などを造る財力がない民衆にとっては、非常に有難い容易な方法であった。

 島田氏は次のように書いている。

 「法然や親鸞は、仏教の教えを念仏行による往生に集約し、仏教と死を強く結びつけ、それを大衆化することには貢献したが、仏教式の葬式を開拓したわけではなかった。」(P.64)

 一般民衆にとって、この世は苦しみの多いものであった。だからせめて死後は素晴らしい浄土に生きて安楽に暮らしたいと願うのは当然である。その願望一点に焦点を当てて、しかもそれを実現する極めて容易な方法を説いたから広く民衆にも受け入れられたのである。

 だが、その時点では葬式や戒名とは関係がなかったことに注意すべきである。

 葬式については、前に述べたように、島田氏によると、同じ鎌倉仏教の永平寺曹洞宗から始まるのだ。

 「曹洞宗の中でも、密教の影響で加持祈祷が行われるようになり、それが死者の供養にも用いられるようになる。」(P.65)と書き、曹洞宗の中で葬式が確立されるには儒教の影響があったと書いている。(P.66)

 曹洞宗に始まった仏教式葬式がどのようにして他の宗派にまで広がったのかについては触れていない。

 ただ祭壇は浄土を模したものであり、そこには浄土に近づきたいという庶民の願望が示されているとだけ書いている。

 曹洞宗の葬式は金がかかり、派手なことで知られる。私の母も曹洞宗で葬式をしたので、前にも書いたように、大変な物入りであった。

 元来が座禅で悟りを開くのが曹洞禅であったはずである。それに加持祈祷のような密教の呪術を取り入れ教義を歪曲したのだ。それは釈迦の説いた仏教とは全く異なったものであった。

 母の実家は、神道である。神道の葬式は極めて質素で簡単である。神主が祝詞を上げ、お祓いをし、焼香の代わり神主が用意してきた榊を一枝供えるだけである。簡単だから謝礼も安い。今なら1万円から2万円ぐらいかと思う。

 島田氏も、「もし葬式が神道と結びついていたなら大変質素であったはずであった。」と書いている。(P.67)

 神道式葬式が普及しなかったのは非常に残念なことである。

―つづく―

 

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2010年2月22日 (月)

「葬式は、要らない」を読んで―③―華美な葬式の原点

 平安時代の貴族は、死後、地獄に堕ちることを恐れ、極楽浄土に往生することを願って、現世に造営したのが、浄土式庭園や阿弥陀堂や宇治平等院鳳凰堂である。(P. 60)平泉中尊寺金色堂もその一つである。貴族や豪族は権力と金に任せて死後の世界での安泰を祈願したのだ。

 中国に閻魔大王の故事(中国では物語)にもとづいた名所?があるし、古い壁画にも地獄を描いたものがあるから、地獄思想は中国から来たものだと思うのだが、平安時代に浄土信仰と共に日本で広がったことは知らなかった。

 地獄と極楽を対照的に描くことによって、極楽往生の浄土信仰を広げたというのは非常に巧妙なやりかたであり、それがその後今に至るまで生き続けているのだ。私が子供の頃は、年寄りによく地獄の話を聞かされたものだし、悪いことをすると地獄に行くと言われたものである。三途の川とか賽の河原の石積みとか怖い話に死後の世界の恐怖感をイメージさせられた。

 芥川龍之介も「蜘蛛の糸」で地獄と極楽を描いている。

 しかし、前にも書いたが、釈迦は死後の世界を考えなかった。というか知りようのないことに思い煩うことは無駄だと諭したのだ。

 日本の寺院の伽藍内陣は、カソリック寺院とよく似てきらびやかに装飾されて豪華絢爛である。その点で共通していると島田氏は指摘する。

 本来の釈迦の教えから言えば、そのような大伽藍や装飾などは否定されるべきであった。それがだんだんと華美になり僧侶に位階ができ、僧衣にまでそれに応じたものが着られるようになった。

 宇治平等院の名の謂われは知らないが、平等を目指すのなら貧富、身分などの違いは否定され、万民の平等と平安を願うべきであった。しかし、そうはならなかった。

 「現世において豊かで幸福な生活を送った貴族たちは、死後もその永続を願い、現世以上に派手で華やかな浄土の姿を夢想しただけでなく、浄土を目の前に出現させようと試みた。」(P.62)

 「ここにこそ日本人の葬式が贅沢になる根本的な原因がある。少なくとも、浄土信仰が確立されなければ、浄土に往生したいという強い気持ちは生まれなかっただろう。」(P.62)

 この指摘には賛成である。

 平安時代には、貴族の信仰対象であった極楽浄土が鎌倉時代に入ると庶民の中にもたらされることになった。

ーつづくー

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2010年2月21日 (日)

「葬式は、要らない」を読んで考えた―②―葬式の始まり

 私の母は、以前は浄土宗であったが、引っ越して墓地を買った関係で永平寺系統の曹洞宗の寺の檀家となった。その寺の墓地に新しく墓を建てたので自然と檀家になったというわけである。

 「葬式は、要らない」によると、葬式のやりかたを決めたのは、曹洞宗だという。曹洞宗の中でも、密教の影響を受けて加持祈祷を行うようになり、それが死者の供養にも用いられるようになったのだという。

 禅宗はもともと道元、栄西によって鎌倉時代に中国からもたらされたが、大本の中国では、1103年に中国の宋で編纂された「禅苑清規」という書物に禅宗の葬儀の仕方が記されているのだという。その中に悟りを開いた僧侶のための葬式のやり方と、修行中の僧のための葬式のやり方(「亡僧葬儀法」)が書いてあり、後者を在家の信者にも適用したのだという。それによって亡くなった在家の信者もいったん出家してから死んだことにして、戒名を授けるという方法が確立されたのだという。それが日本全国に広がったのだそうだ。(P.  66)

 それまでは、日本の仏教は葬式には関わっていなかったようだ。南都六宗の奈良時代の華厳宗や律宗などは、教義や学問としての宗教であったのだという。

 平安時代になって空海や最澄によってもたらされた密教は、修行や儀礼によ僧侶が神秘的な力を身につけ、それによって国家の安泰、疫病や天災地異などの災厄の除去、人の病を癒すことなどを目的としたのだという。つまり、現世利益をもたらすことであった。

 曼荼羅に描かれる宇宙観や不動明王や千手観音などの異形の仏が信仰され異界の存在という新しい世界観が受け入れられたのだという。(P.58)

 次に現れるのが浄土信仰である。死後に人が生まれ変わる「浄土」の存在が唱えられた。浄土信仰では、まず、罪を犯した人間が行く地獄の恐ろしさが強調された。その対称として浄土が強調されて、そこに行って生きる道筋として、南無阿弥陀仏を唱える念仏が有効であるとされた。この系譜にあるのが、天台宗3代座主の円仁であり、決定的役割を果たしたのが、同じ天台宗の恵心僧都源信であった。彼は「往生要集」を著して極楽浄土へ往生する方法を書いた。

 彼は、その中の「臨終行儀」というところで、いかにして死に臨んだらよいかを記した。仲間の僧侶が集まって念仏を唱えるというものであった。この辺りに葬式のルーツがあるというのだ。

―つづく―

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2010年2月20日 (土)

「葬式は、要らない」を読んで葬式について考えさせられた

 新聞広告で、「葬式は、要らない」(島田裕巳著、幻冬新書)という本をみて書店に買いに行った。題名に惹かれたのだ。葬式は誰が何のためにするのか、死者を弔うにはどうするのが一番よいのか、そうしたことについて考えるヒントをくれると思って買うことにしたのだ。

 私は、かねて日本の葬式仏教について疑問をもっていた。それについては、「私の仏教観」で書いた。 まだ全部を読み終わってはいないが、いろいろと参考になる興味深いことが書いてあり、さすがは学者だと思ったことである。

 著者は、第一章の冒頭で次のようにいう。

「葬式は贅沢であるー―これが、本書の基本的な考え方であり、メッセージである。

 贅沢とは何か。それは、必要の限度を超えて、金銭や物などを惜しみなく消費することである。

 葬式が贅沢であるなら、それは本当は必要のないものではないか。議論は最終的に、『葬式無用論』に行き着くはずだ。」

 いったい葬式の費用はどのようにして決まるのか。支払うものから検討すると、

①お寺への費用→僧侶へのお経料、戒名料、僧侶もてなし費用。

②葬儀社へ費用→祭壇、供花、霊柩車、人件費。

③会葬者への費用→接待費、会葬お礼や香典返し等。

 私の母の場合、①がトータルで105万円前後、②が100万円前後、③が60万円ほどだったと思う。(私がやっていないので正確なことはわからない)

 島田氏が書いているところによると、2007年の「第8回葬儀についてのアンケート調査」(財団法人日本消費者協会)では、全国平均231万円だという。私の母の場合は平均より上であったといえる。

 世界から見ると、アメリカが45万円、イギリスが12万円、ドイツ20万円、韓国37万円ていどだという。

 日本の葬儀費用はダントツに高いのだ。しかも、島田氏によると、日本の葬儀費用は昔より高くなっているという。1995年は215万円であったそうだ。(それでも高いが)丁度、父が亡くなった頃だが、戒名料も今より少し安かった。

 母は、大変質素な生活をして父の年金から葬式費用を貯金していた。旅行には行かず、着る物は有り合わせで、食べ物も粗末なものを食べていた。私たちがもっと金を使ってやりたいことをやればいいのにといくら言っても、今のままで十分だと頑固であった。

 母が高額な葬儀費用を貯めたのには訳がある、一つは子供たちに迷惑をかけないという親心であったが、他には世間体があった。世間並みの葬式をして欲しいといういわば見栄のようなものである。だから自分の葬式費用をコツコツと貯めたのだ。それは凄いと思う。

 私たちは、母の遺志を尊重して、希望通りの葬儀を営んだ。お寺から莫大な金を請求されても黙って支払ったのだ。

 それにしても日本の葬儀は金喰らいである。葬式という急場の出来事と世間体という日本人の弱さにつけこんで、寺も葬儀屋も平気で荒稼ぎを企むのだ。

 それに乗っかる方が悪いといえばそれまでだが、人の不幸につけ込む根性の嫌らしさは最低である。それが宗教の名において行われることにことの重大さがある。

 島田氏は、葬式は、贅沢であると言ったが、その通りで、この辺りで葬式について考えることが大事だと思う。本当にあんなに高い戒名料やお経料が必要なのか、祭壇が必要なのか、お返しが必要なのか、会葬が必要なのか・・・・。

 ―つづく―

 stock photo : View inside funeral home with couches and chairs

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2010年2月19日 (金)

生姜で体を温めることにしたが

 体温を上げると病気が治るとか病気に罹り難くなるとか、ガンにもなりにくくなるということが言われ、そういうことを書いた本も何冊か出ている。以前にそれについて書いたことがあった。

 私は、今年の冬は何故か手が冷える。暖房をつけないでパソコンに向かうことが多いのだが、両手が冷たい。外出するときは百円ショップで買った安物の手袋をはめているが、それでも手がつめたい。特に右手が冷たい。足も右足の方が冷たい。

 夜は布団に入ると5分ぐらいで温かくなり、朝まで温かい。もちろん手も足も温かいのだ。妻は足が冷えるといっていつもコタツを入れているが、私は自家発電で温かく、汗をかくことすらある。

 着布団は北欧の水鳥の毛が入った羽布団一枚である。今の羽布団に換えてからは昨冬まで足の方に置いていた毛布も要らなくなった。

 体温を上げるには、生姜がよいというので、「生姜で温めれば血液サラサラ病気も治る」(三笠文庫、石原結実著)いう本を買ってきた。石原医師はこの手の本をいろんな出版社から出している。主婦の友社から出した本もあるが、高いので文庫にしたのだが、昨日図書館に行ったら「生姜で体温をあげる・・・・」という本があたのでしまったと思った。

 550円の本だが、今思えば立ち読みで十分であった。内容は極めて簡単である。

 『生姜紅茶』を飲めばいいというものだ。レシピは次の通り。

 生姜親指大(約10g) 紅茶カップ1杯(どんな紅茶でもよい) 黒砂糖か蜂蜜など。

 おろし金ですりおろした生姜をガーゼでしぼり、生姜汁にする。熱い紅茶に、生姜汁を匙で1~2杯(約4~8cc)と黒砂糖か蜂蜜など。

 一日2~3回、食前に飲む。

 効能  痛み、腹痛、風邪(咳や喉)気管支炎、高血圧、高脂血症、通風、糖尿病、肝臓病、血栓の予防、冷え性、皮膚病、膀胱炎、肥満の解消、疲労、肩こり、ガンの予防

 「生姜なしに漢方は考えられないし、体を温める食べ物のナンバーワンだ」と書いている。

 私は、生姜をすったまま飲んでいる。朝冷えるときに飲む。紅茶と生姜はよく合うようだ。ただ、効果のほどは今のところ不明である。

 追記  生姜紅茶で検索したら、生姜紅茶の体験記や商品などが一杯出てきたので驚いた。

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2010年2月18日 (木)

e-taxで最悪の一日

 昨日の17日、朝から「今日こそはe-taxで確定申告をするぞ。」と腹をくくって国税庁のホームページにアクセスした。昨年は大変苦労して5時間ぐらい要してので、今年もよくて4時間、悪ければ6時間ぐらいを想定して始めた。始めたのは8時半ごろであった。

 ところが、最初からつまずいてしまった。一つは、e-taxの電子証明の有効期間が3年間で切れているかもしれないということであった。それは何とかよさそうであった。次に事前準備が必要らしいということであった。いろいろと読んでやっと何とかやり方がわかった。

 しかし、取り掛かってみると最初の段階でつまずいた。昨年とはやりかたが違っているのであった。昨年も大変苦労をして6時間ぐらいかかった記憶であった。今年は昨年になかった記入画面が現れて戸惑った。早速サポートを要請する電話をかけた。

 電話思ったより早くつながった。私は、e-taxが年々複雑になっていると訴えた。担当者は「ご意見は伺っておきます。」と言った。

 サポートによって、第一段階は何とかクリアできた。ところが、次に進むとまた分からないことが出てきた。それでサポートに電話した。やっと何とかわかった。

 しかし、またわからないところが出てきた。それに保存をしたはずなのに折角作ったものがなくなってしまった。また、サポートに電話して細かくチェックをしてもらった。その頃には昼近くにになっていた。予定では終わっていてよい時刻であったが、まだ前途遼遠であった。

 結局、ほぼ完成するまでに8時間ぐらいかかった。午後5時になっていた。今度は慎重に保存を繰り返した。ほぼ終わったと思ったときに変なメッセージが現れて画面が綴じてしまった。

 Internet Explorer 8 がうまく動かないので、Google Chromeを使ってやったのがいけなかったようであった。Explorerでは確定申告の画面に行くとフリーズをするのであった。再起動したり、タスクマネージャーを使っても駄目であった。

 保存したはずのデータがどこにも保存されていなかった。またまたサポートに電話した。この日5回目であった。

 いろいろとチェックをして、結局どこにも保存されていないことが分かった。三度作り直すより他がないことがわかった。インターネット一時ファイルを除去したり、Googleを働かなくしたりしてやっとどうにかExplorerで動くようになった。

 妻が、夕食だと言ったがそれどころではなかった。がむしゃらに取り組んだ。そして何とか仕上げたのら7時半を回っていた。途中の食事時間などを別にして、10時間もかかったことになる。

 私は、サポートに電話するたびにe-taxがどんなに使いにくいかを訴えた。年々難しくなっているのだ。それに税務関係のサポートは地元の税務署に電話するようになっているが、地元の税務署の電話はなかなかつながらないのだ。

 今回の確定申告では、サポート最長の電話では1時間半も要した。電話代だけでトータルで1000円近くかかったと思う。

 来年度は何とかもっと分かりやすく使えるようにして欲しいと思う。せいぜい2時間が我慢の限度である。10時間とは信じられない。

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2010年2月17日 (水)

「粗食で生き返る」を読んで

 図書館で見つけた「粗食で生き返る」(幕内秀夫著 角川新書)を読んだ。幕内氏は管理栄養士で帯津病院などで食事指導をしている。昨日の新聞には、帯津医師との共著で「粗食のすすめ」という本の広告を見た。

 要するに、「和食がいい」と勧めている。その土地にある食材を食べなさいとも言っていて、「FOODは風土」と洒落てキャッチフレーズ化している。

 みのもんたの番組で取り上げているような「○○がよい」というようなものを信じて頼ってはいけないとも言っている。みのもんたの番組で放送されるとたちまち関連食品が売り切れるという現象が起きた。テレビの凄さを思うのだが、それも一過性でしばらくすると忘れられて、品切れの食品もまた店頭に並ぶ。

 この本では、「カタカナ食品からひらがな食品へ」転換せよと勧めている。例えば、パン→ごはん、ラーメン→そば、スパゲティ→うどん、サンドイッチ→おにぎり、ピラフ→焼き飯、スープ→味噌汁、ハンバーグ→がんもどき、ハム→ちくわ、ソース→醤油、ドレッシング→三杯酢、ピクルス→漬物、サラダ→おひたし、酢の物、ジュース→麦茶、コーヒー→緑茶、ウイスキー→日本酒・・・・といった具合である。

 米は玄米、肉より魚、牛乳は飲まなくてもよいという。

 戦後日本はアメリカに占領され、その間にアメリカの占領政策によって、牛乳を飲み、パンを食べる洋風の食事を推奨された。私が、子供のころはそういう食事に憧れたものであった。

 戦後間もなく物資が乏しい頃、名古屋の伯父の家に行ったことがあるが、朝食にバターを塗ったトーストを出された。私には初めての経験であったが、強烈なカルチャーショックを覚えたことを今でも忘れられない。ヨーグルトもそのとき初めて食べた。

 学校給食では、あの臭いミルクとコッペパンが出されるようになった。進駐軍の援助だということであった。以後、学校給食はパンとミルク(後に牛乳)が定番となった。

 こうして、日本の子供の舌は完全にアメリカナイズされて行った。

 その背景には、アメリカの農産物を日本に売るための深慮遠謀があったと言われている。(その辺の事情については、昨年NHKスペシャルで取り上げていた。)酪農を奨励し、飼料のトウモロコシを日本に売りつけること、パンを食べさせて小麦を売りつけることであったのだ。自民党政府はそれを推進して日本人の食生活を変えてしまった。

 その結果、日本人は肉とケチャップとソースと生野菜の西洋風食事により、カロリー摂取オーバーとなり、ついにメタボリックになってしまったのだ。糖尿病予備軍だけでたしか1600万人以上、メタボは2700万人以上といわれる。

 この本に紹介されている、「マクドナルドのハンバーガーだけを食べ続けたらどうなるか」という実験が面白い。「ス-パーサイズ・ミー」という映画で、33歳のモーガン・スパーロックという監督が自らを実験台にして製作をしたのだという。

 半月ぐらいすると、イライラして集中力がなくなり、無性にマクドナルドに行きたくなったという。30日近くには体重が14KGも増え、肝臓が肥大し脂肪肝となり、コレステロール値が225になったそうである。

 このことは偏った食事が大変危険であることを証明しているが、著者は厚生労働省が推奨する一日30品目、栄養バランスの取れた食事にも疑問を投げかけている。

 栄養バランスというのは、食品の中の蛋白質、炭水化物、脂肪、ビタミン、ミネラル等の栄養素に目をつけてそれを基準に考えている。栄養素は食品に含まれている成分を科学的に分析したもので、個々の働きは研究できても、体内でどのように作用しているかがはっきり分かっている訳ではないと指摘している。

 興味深いもう一つの指摘は、日本人と外国人との体の作られかたの違いである。歴史的に見て、日本人は農耕民族として米、山菜、野菜、海産物などの食事をしてきた。ところが西洋人は、牧畜民族として、肉食をし、動物の乳を飲み、小麦などを主食としてきた。だから、日本人の中に牛乳不耐性が多くいるのだ。米、魚、野菜などが体にあっているのだと言える。

 「酒乱になる人、ならない人」によると、日本人や中国人や朝鮮人には酒が飲めない遺伝子を持った人が多くいるそうだ。西洋人には0だという。こうしたことから、私の推測では、それ以外の食品に対する違いもDNAに起因しているかも知れないと思うのだ。

 著者は、牛乳は飲まなくてもよいといい、玄米中心の味噌汁、漬物、安い魚(理由は国産だし、養殖ではないから)、野菜、根菜、海産物、きのこなどの昔からの和食を勧めている。 

 我が家は、勤めている頃は、朝もご飯と味噌汁であったが、退職後は、パンとコーヒーが簡単だということもあって、妻がそうしてしまった。私は玄米がよいのだが、炊くのに時間がかかるからと嫌がっている。残念なことである。

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2010年2月16日 (火)

Amanda MacDonald(カナダ トロント在住)の現代アート

 カナダのトロントに在住している現代アート(CONTEMPORANEOUS ART)作家のAmanda MacDonaldさんは作品をインターネット上に公開しています。先日、彼女からホームページ・アドレスが送られて来たので紹介します。

 是非覗いて見てください。アドレスは、

  www.amandamacdonald.ca

 アマンダさんは以前に私の英語会話クラブのインストラクターをしていました。その当時から、名古屋在住の外国人アーチストと一緒に国際センターなどで作品を発表していました。

 彼女が帰国後、私は同じクラブのS.Kさんと彼女の故郷を訪問しました。彼女の両親のコッテージは、あの赤毛のアンの舞台のプリンス・エドワード島が望まれるという素晴らしいところにありました。そこに泊めてもらってあちらこちらを案内してもらいました。その時の旅行記は、いずれblogに載せたいと考えています。

 その後アマンダさんは、トロントに移り住んで更に勉強を続けながら創作活動も続けているのです。

  

 

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2010年2月15日 (月)

刈谷マジッククラブ発表会2010

 2月14日(日)に刈谷市のシャインズ・ホールで、刈谷マジッククラブの発表会が開かれた。

 同じクラブのF.HさんとH.NさんとJR金山駅で待ち合わせをして11時16分の新快速というのに乗った。乗る前に駅で普通乗車券で乗れるのか確認をした。

 刈谷駅には15分ほどで到着した。刈谷も名古屋の都心からすぐのところにあるのだと思った。JRは400円で、調べたら名鉄は490円であった。三河線にあるので遠回りなのだ。

 駅の北広場で、SさんとMさんと待ち合わせることになっていたが、早く着き過ぎてまだいなかった。それで先にシャインズに行くことにした。何回も道を尋ねながら歩いて行った。着いたら12時近くになっていた。

 12時半の開場まで30分以上あったが、並んだ方がよいと思って会場に行くと、既に並んでいる人がいた。

 12時15分ぐらいに、F.Hさんにも並んでもらおうと思って携帯で連絡したが、スイッチをきってあったのでロビーに下りて行った。

 並んでいると、後ろの人たちがロープの手品を披露し合っていた。それで、私も持っていたジャンピング・ダイヤや記憶違いや矢印の方向を見せたら喜んでくれた。後で分かったのだが、大垣マジッククラブの人たちであった。

 S.Sさんから電話が掛かってきた。「どこにいるの?」と言ったので、「今席とりに並んでいるからゆっくりきて。」と伝えた。S.Sさんの携帯の番号が私の携帯に入ってなかったので連絡のしようがなかったのだった。

 開場時間になって入って行ったら、すでに会場の半分以上が埋まっていた。仕方がないので、比較的前の方の右端に席を確保した。

 そこへS。Sさんと同じクラブのSDさんが来たので席を一つあげた。SDさんは、「パピヨン大西さんを紹介してあげる。」と言って紹介してくれた。大西さんの名前と顔は昔からよく知っていたが面識はなかった。

 1時になって始まった。

 トップは会長の加藤さんの演技であった。さすがに手馴れたものであった。続いて和妻が披露された。早変わりもあり。見事であった。

 プログラムは、3部に分かれていた。

 第1部では先の2人の次に新聞だけを使ったマジックがあったが、なかなかよいアイデアだとおもった。

 他には、珠(シェル)、シンプル、お面の早変わり、などがあった。まだ習い始めらしい人もいて一生懸命に演じていた。

 第2部には、「政権交代」もじったコメディタッチのものがあり、時期を得ていると思った。

 他にも何人かがロープを足に巻いてはずすのを面白くやった。

 第三部は、ベテランが演じると言う紹介がされた。テニスボールほどのボールのプロダクションや大きなカードを使ったカードマジック、魔女に扮したマジック、逆にオペラ座の怪人の曲に乗って怪人に扮した人の演技などもあった。

 最後は73歳、最高齢だという人のパラソルのプロダクションであった。傘をたくさん出して行くのでF.Hさんが「だんだんやせていくわね。」と言っていた。

 刈谷マジッククラブの発表会は、テンポよく進み最後まで楽しく見ることができた。ただ、釣り糸か何かで引っ張ってシルクを飛ばすのを4人、早変わりが3人、ファウンテンシルクが3人と、同じ物が重なったので見ている方は感動が薄れた。

 終わりの方で演じた早変わりは確か4回か5回も変わった。

 マジックの道具はかなり金がかかっただろうと思われるものもいたくさんあった。確かに観客の眼を引くが、大変だろうと思った。

 会場のシャインず・ホールの座席は全部平坦に改装されていたので、マジックや演劇には不向きだと思った。来年は、2月6日(日)に、280人入れる刈谷市総合文化センターでやるということである。

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2010年2月14日 (日)

開府400年記念特別展を見て

 1月9日から3月7日まで、名古屋市博物館で「名古屋400年のあゆみ」展が開かれている。今年は、1610年に名古屋城の築城から丁度400年になるので、開府400年記念特別展を開いているのだ。

 英語会話クラブのタズコさんが招待券をくれたので、ショウさんと行くことにしたら、ジョーダンも行くと言ったので、13日に行くことにしたのだ。

 13時半に博物館の入り口で待ち合わせをして中に入った。

 この展覧会は、40のトピックスを取り上げて名古屋の歴史を概観できるように構成されている。

 名古屋城築城、七里の渡し、熱田新田開発、建中寺や八事興正寺の建築、松坂屋の始まり、明倫堂、など幕末までの出来事と幕末以後今に至る2部で構成されている。大須でのラクダの見世物とか、葛飾北斎の大きな達磨の絵など変わった物もあった。

 戊辰戦争では尾張徳川は新政府側について戦ったこと、名古屋駅や東山動物園の開園、市制の施行などもある。災害としては、濃尾大地震や伊勢湾台風、名古屋空爆、など悲しい出来事があった。

 現代の人物では、イチローやスケートの伊藤みどり、安藤美姫、浅田真央、そして、横井庄一さんも取り上げられていた。

 横井庄一さんが、グアムで作ったサバイバルの生活用品を見たが、サバイバルできた理由が分かった。籠、縄、布などを作る知識と技術を持っていたからだと知った。

 私は、名古屋空襲で名古屋の大半(現在私が住んでいるところも含め)が焦土と化せさせられたアメリカの無差別爆撃には改めて怒りを覚えた。

 尾張藩が集めたという村村の地図も興味深かった。

 展覧会場には各所にクイズが貼ってあり、児童や生徒の学習に役立つように配慮されていた。入り口で「クイズで見る名古屋400年のあゆみ」というパンフレットを貰うとよいであろう。クイズ以外に昔の写真も載っている。

 私は、白内障があるので、壁に貼ってある説明を読むことができなくて残念であった。一緒に行ったジョーダンやショウさんは熱心に時間をかけて見ていた。それで先に失礼をして帰った。

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2010年2月13日 (土)

占いがブームだというが・・・

 先日のメーテレニュース”UP”で、今占いがブームになってきていると報じていた。それによると、以前は、占いをしてもらいに来る人は女性が多かったが、最近は、20代、30代の男性も増えてきているのだという。世の中が不安定で職もままならないので、占い師に相談をする人が多くなったのだそうだ。

 占いがブームになって、占い学校ができ、そこで学んで占い師を目指す人も多いのだという。また、商店街の中には占いを取り入れて活性化に成功したところもあるという。大手企業に勤めていて脱サラで占い師になり成功した人も紹介していた。

 インターネットの占いも盛んで、中には各種の占い師を100人も揃えてどんな要求にも応えているところもあるのだとか。

 コメンテーターは、不況になり生活不安が増すと占いが盛んになるのだと言っていた。

 私は、占いを信じないし、自分から占ってもらったことは一度もないが、他人が勝手に占ってくれたことは何度もある。

 子供の頃、近所のガラス屋のおじさんが私の顔を見ると出世すると言った。

 40代の終わりに大徳寺の大仙院に行った時、和尚が私の顔を見て、「あんたは出世する。」と言った。

 しかし、どちらもはずれであった。

 金運について、言われたこともある。一人の占いを趣味とする女性は、「貴方には金運がない。」とはっきりと言った。別の女性で字で占うという人も私に字を書かせて、それを見て、「貴方は金運がない。」とはっきりと言った。

 はっきりと言われると余りいい気がしないが、これは悔しいが当たっている。金を失うことはよくあっても、儲けることには縁がない。今年になっても自動車や他のことで20万円以上失っている。

 それに勝負運も全くないから、籤運がなく、若い頃にやったマージャンでも負けてばかり。パチンコもそうであった。

  妻についても2人の人から言われたことがある。一つは定年真近に大徳寺の大仙院に再び行ったときのことである。テレビ出演でも有名な尾関師がいて、彼が書いた「大安心」という本にサインをしてもらったときに、「定年後、奥さんを大事にしなさい。そうすれば生活に困ることはありません。」と言った。妻は収入がないから怪訝に思ったが、食っていけるのならいいかと思った。

 2回目は、定年後のことである。ある占いもするという男が、「奥さんをすぐに離婚しなさい。運が開けてきます、」と言った。理由は言わなかった。ずいぶん失敬なことを言う奴だと思ったことだ。

 その後10年以上、尾関師が言ったとおりこれまでのところ何とか食って生活することはできている。

 昔から当たるも八卦、当たらぬも八卦という。確率としては50%である。子供の頃、祭りの出店で山ガラを訓練してお御籤を売っている人がいた。山ガラが引いても同じなのだ。

 占い師は、もっともらしい理屈をつけていうのだが、言ったことにはどこか思い当たることを入れていると言われる。だから何か一つが当たっていると、それを信じてしまうのだ。そういう話しかけの技術はちょっと考えれば誰にでも習得できる。

 明治時代によく当たるという評判の占い師がいた。占う部屋はそれらしく威厳を持たせ、身なりもそれらしくしていたことはもちろんだが、当たる秘密は他にあった。彼は、予め弟子に依頼者の面接をさせていたのだ。そこで知りえたことを秘密の方法で占い師に伝えていた。依頼者が部屋に入って行くと、顔を見ただけでぴたりと悩みを言い当てたのだ。「座っただけでぴたりと当たる」を地で行ったのだ。

 現代はコンピューターや情報機器が発達しているから、それを使えばもっと簡単に当てることが可能であろう。

 私は大学生の頃、当時テレビなどで売れっ子であった浅野八郎氏の書いた占いの本を読んだことがある。それは筮竹を使う中国の古来の占いを10円硬貨を使って行うというものであった。陰陽を使ってやるのだから何も筮竹でなくても硬貨だっていいのだ。ただ、出たことを読み取るために記憶しておくことが大変なので諦めてしまった。

 今でも覚えているのは、大吉は「上り詰めた龍」だから、下がるしかないということや、大凶は底だから次は必ず上に向かうということなどである。また、占い師は自分のことは占えないとも書いてあった。

 細木数子のように、占いでテレビに出て、もっともらしいことを言っている占い師が後をたたないが、テレビような公共の場に占い師を引っ張りだして視聴率さえ稼げばよいというのは止めるべきである。

 占いに頼りたい人は金を出して占い師のところに行けばよいのである。ただ、責任ある地位にある人が占いに頼ってもらっては困る。有力な政治家の中にも占い師に判断を仰いだという人が何人もいるらしい。鳩山首相の奥さんも何やらそんなものに頼っていると週刊誌に書いてあったが・・・・。

 最後に、あのトヨタ自動車の初めての社外社長を勤めた石田退三氏のことに触れておこう。彼の自伝によると、彼の旧姓は澤田で、この組み合わせの名前は最悪でろくなことがないと言われたそうである。ところが長じて近江の石田家に養子に入って石田と姓が変わったら、そこからは困難も打開できてうまく行って最後にはトヨタの社長にまでなったというのだ。石田氏は、占いを信じていたようだ。

 最悪の姓名でも出世したのは、最初の名前を占っ人が能力がなかったのか、それとも占いはそんなものなのか、どちらかだと思うのだが、私は、占いはいい加減なものだと思っている。

 

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2010年2月12日 (金)

長寿は努力次第―「百寿力」から―

 題名に惹かれて図書館から「百寿力」(東京新聞出版局)という本を借りて来て読んだ。著者は、長寿の研究をしているという白澤卓二順天堂大学加齢制御医学講座教授である。文字が大きくて大変読みやすい本である。あっという間に読めた。

 著者は100歳以上の高齢者に接して研究をしたそうだ。そして、得た結論は、長寿の人たちに共通していることは、洋の東西を問わず、

① 食事に気をつけている。(カロリーをおさえている)

② 運動をしている。

③ 好奇心旺盛で楽天的で前向きに挑戦している。

 ということであった。

 マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ教授は、2003年に、新しい長寿遺伝子Sir2(サーツー)を発見したそうだ。それによって老化防止研究は飛躍的に進歩したのだという。

 この遺伝子は誰にでもあり、「オーケストラの指揮者のように、私たちの体の老化をコントロール。細胞を修復する蛋白質の活性化。生命維持に必要なエネルギー量の調節などをしている。」(P.86)

 この遺伝子をスイッチ・オンにするには、カロリー制限と運動が大事だというのだ。長寿者はみなよく噛んで、食べ過ぎずに、バランスのよい食事を心がけているそうだが理に適っているわけだ。

 カロリー制限によって、NAD(ニコンチンアミドアデニシンジヌクレオチド)という代謝の仲立ちをする補酵素が沢山出て、それがSIR2遺伝子を活性化することがわかったのだそうだ。

 また、歩行などの運動でSir2が活性化し、老化を防ぐといわれる。最近の研究では、運動により、AMPK(アデノシン1リン酸活性化プロティンキナーゼ)という長寿遺伝子が活性化することがわかっているそうだ。一日に6000歩でも骨粗しょう症や動脈硬化の予防になるという。1万歩歩けばメタボにはならないそうだ。

 好奇心を旺盛にして、何にでもチャレンジすることにより、脳が活性化され脳が老化することはないという。

 85歳からフェンシングを始めた人や95歳から中国語を勉強した人、100歳でもオペラの歌唱を続けた人、などが紹介されている。あの三浦敬三さんは100歳を超えてもスキーで挑戦をした。

 何でもよいから趣味を持ちそれに挑戦することがよいといっている。

 私が、今度買い換えた携帯電話機には「歩数計」がついており、消費カロリーの計算もしてくれる。私は、毎朝血圧、体重、内臓脂肪を測って記録をしている。それで今のところ体重も血圧も内臓脂肪もよい値である。

 この本を読んで、食事についてハッと気付かされたことがあった。それは食事のときは、ご飯やパンから食べるのではなく、野菜から食べなさいということである。そうすることで血糖値の急激な上昇が防げるというのだ。

 その他大事なこととして、出来るだけ外に出かけ、人と交わったり、日光を浴びたりすることを勧めている。日光を浴びることはビタミンDを作るのに大事である。また安眠にもつながるのだ。

 百寿力 長寿遺伝子のミラクル

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2010年2月11日 (木)

NHKスペシャル「無縁社会」を見て

 最近放映されたNHKスペシャルの「無縁社会」をビデオに録って置いたのでやっと見ることができた。

 昨年一年の無縁死が32000人にも上ること、その数がこれからも増えそうだということを知った。そのうち1000人は「行旅死亡者」だという。この言葉も初めて知った。行き倒れというのは聞くが、役所言葉では「行旅」というのだろう。

 その行旅死亡者は「官報」に告示されるのだそうだが、いったい官報に告示して誰が見るというのであろう。私は、勤めていた頃、役目として官報を綴じる係をやったことがあるから官報の存在は知っていたが、生涯で一度も官報を読んだことはない。

 番組では、行くと官報に告示された行旅死亡者の中から3名をピックアップして死に至る軌跡を追っていた。

 氏名も住所も本籍も不明として告示されている男性を追って行くと、アパートの家主から氏名を知ることができ、それを元に本籍まで辿ったが、そんな簡単だと思われることを警察や役所は何故やらないのだろう。

 もう一人の男性の場合も、預金通帳が2通とキャッシュカードも電話も残されているのに行旅死亡者となっているのだ。

 警察も役所も無縁死した人は厄介者として適当に処理をしているのであろう。

 無縁死というのは、身寄りがないか、あっても身寄りが関わってくれない人の死をいうのだが、それが年々増えているというのは、今の日本の暗い側面を象徴している。派遣やアルバイトなどの仕事があり、アパートに住居があっても、無縁死している人がいる。アパートの住人同士の交流が全くないからだ。

 親戚や兄弟姉妹がある人でも長年疎遠になっていて孤独死に至るのだ。

 また、元気なうちから無縁者の共同の墓を契約しておく一人暮らしの人も増えているそうだ。自分が死んだら火葬をしてもらったり、共同墓に入れてもらって、死後の身の回り品の整理などもしてもらうということである。

 2030年には生涯独身の人も男性は3人に1人、女性は4人に1人と推定されているという。独身者は家族を持たないのだから、どこかに縁をつくって生きていかなければならない。

 兄弟姉妹があっても、疎遠になっていたり、遠くに離れて暮らしていれば、孤独死をせざるを得ない。

 ある大銀行に勤めていた人の例が取り上げられていたが、仕事で何千人という人と名刺をかわしていても、退職してしまったら紙くず同然で縁もなくなってしまう。その人は、仕事一筋で家庭をかえりみなかったから、熟年離婚をされてしまった。だからまだ若いけれども有料ホームに入って暮らしている。ホームに入ると、全くの孤独は避けられるからである。

 人間、何時、どんな形で孤独になり、無縁になるかわかったものではない。地縁、社縁(仕事での縁)、血縁、趣味縁・・・縁が大切だが切れる縁もある。特に、社縁は辞めれば切れることが多い。地縁はなくなってしまったといってよい。血縁だって不確かだ。そうなると趣味縁でも増やしておかなければならない。

 無縁社会とは、何とも淋しい言葉だ。

 

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2010年2月10日 (水)

民主党小沢幹事長の続投が決まったが

 2月7日の朝日新聞朝刊では、「内閣不支持45%、支持41%」と大きな見出しが躍っていた。8日のNHKニュースでは、内閣支持率が減り、不支持率が上がったと言ったが、逆転はしていなかった。他の新聞社の調査でもだいたい不支持率が支持率を上回ったようだ。

 また、朝日新聞の調査では、小沢幹事長は辞任すべきだという意見が68%にものぼるという。民主支持者の中でさえ62%もいるというのだ。政治資金問題に関しての小沢氏の説明には納得できないという人が90%近くいるそうだ。私もその一人である。

 政党交付金を貰いながら、更にゼネコンなどから献金という資金提供を受けるというのはどうみてもおかしい。その金をもとに小沢氏のような権力者ができあがるという構図は自民党や田中派のものではなかったのか。

 泰山鳴動して被起訴者3人だが、張本人は知らぬ存ぜぬでは通らないはず。道義的、政治的責任はどうするのだ。

  しかし、9日の新聞によると、鳩山首相は小沢幹事長の続投を承認したという。民主党はそれほど小沢幹事長に頼らないと駄目なのか?だいたい民主主義の党ならば、個人の権力を増大させてその意のままになるというのはあり得ないことだ。

 長年の自民党的な政治に飽き飽きして、民主党政権を実現したのに、最初から金を巡る問題でごたごたして、民主党に対する国民の期待は剥がれてしまった。とはいうものの、もう一度自民党に戻すのもどうかと思案しているのが、大多数の国民の実情ではなかろうか。

 せっかく民主党政権が始まったのだからしばらくは様子も見てみたいというのが本音であろう。民主党は、幹事長を辞任させて国民の期待に沿う政治を目指してもらいたい。

 

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2010年2月 9日 (火)

トヨタ・バッシング

 トヨタは、ついにプリウスもリコールの対象とする決定をした。アメリカのマスコミが連日トヨタ問題を大々的に報道しているそうなので、それに屈したのかもしれない。

 日本のマスコミの論調によると、トヨタの対応が遅過ぎたという批判があるようだ。もっと早く社長が出てきて、きちんとした対応策を発表すべきであったということだ。

 サンデーモーニングで、毎日新聞の岸井氏が、面白いことを紹介していた。かつてアメリカで日本車叩きが起こった時に、当時のトヨタの幹部が、「絶対に世界一になってはいけないのだ。」と言ったという話である。

 しかし、その後2008年に、トヨタは売り上げで世界一になった。そして、今回1000万台にも上る大量のリコール問題を引き起こした。

 GMやフォードなどは、このときとばかりにディスカウントセールで追い上げを始めた。8日のテレビ東京によると、CMの社長は極めて強気であった。GMも今や品質では負けていないと述べた。

 アメリカ政府も援護射撃をしているし、マスコミは世論を焚き付けている。しかし、同じテレビ東京で、アメリカの自動車関係者が、「フォードだって同じアクセルの欠陥問題を起こしているが、アメリカのマスコミはそれについては殆ど報道していない。」と指摘していた。この際徹底的にトヨタを叩こうという姿勢が見え見えだとも言っていた。自動車はアメリカのシンボルだから、なんとしても自国の自動車産業を回復させたいと必死なのだ。

 結局は、岸井氏が言っていたように、トヨタには慢心が生じていたのであろう。品質と先端を行く技術で信用を築きながら、行け行けどんどんになっていたのかも知れない。

 三日天下という言葉があるが、トヨタの場合まさにその通りであった。先のアメリカの関係者が、「今は売ることより、売った車にきちんと対処することが大事だ。」と言っていたがその通りだと思う。

 その点で、プリウスのリコールはよかったと思うのだ。なにしろトヨタの内部留保は13兆円という巨額なものだという。傘下の会社の社長が、「影響は微々たるもの」と言ったのもうそではないと思われる。

 再び世界のトヨタの信用を取り戻してもらいたい。但し、労働者も大事にしてという条件を付けておきたい。

 

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2010年2月 8日 (月)

久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト

 私は、若い頃から晩酌をしてきた。父親が酒好きで、親戚にも酒の好きな人が多いのでその影響もあるかと思っていた。

 たまたま図書館で「酒乱になる人、ならない人」(新潮新書)という本を見つけたので借りてきた。久里浜病院神経内科医長の真先敏弘氏が書いたものである。

 私は、酒をへべれけになるほど飲んだことは、生涯で1度だけだ。晩酌でも量を酒なら2合程度に決めている。私の父もやはり晩酌をしていたが酒量は決めていた。

 酒乱とかアルコール依存とは無縁だと思うが、酒に関しての本なので興味を抱いたのだ。

 この本の22ページに、見出しのようなテイストが載っている。試しにやってみたが合格した。テストは、次の通りである。

 「最近6ヶ月の間に次のようなことがありましたか」という質問が14項目ある。

①酒が原因で、大切な人(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがある。 ある→3.7点  ない→-1.1点

②せめて今日だけは酒を飲まないと思っても、つい飲んでしまうことが多い。 当てはまる→3.2点  あてはまらない→ー1.1点

③周囲の人(家族、友人、上司など)大酒飲みと非難されたことがある。  ある→2.3点  ない→ー0.8点

④酒量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。 当てはまる→2.2点  あてはまらない→ー0.7点

⑤酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある。 当てはまる→2.1点 あてはまらない→0.7点

⑥休日には、ほとんどいつも朝かr酒を飲む。  あてはまる→1.7点 あてはまらない→0.4点

⑦二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。 あてはまる→1.5点  あてはまらない→ー0.5点

⑧糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある。 ある→1.2点  ない→ー0.2点

⑨酒がきれたときに、汗が出たり、手が震えたり、いらいらして不眠など苦しむことがある  ある→0.8点  ない→0.2点

⑩商売や仕事上の必要で飲む。 よくある→0.7点 時々ある→0点 めったにない→-0.2点

⑪酒を飲まないと寝付けないことが多い。 あてはまる→0.7点 あてはまらない→ー0.1点

⑫殆ど毎日3合以上の晩酌、(ウイスキーなら1/4本以上、ビールなら大瓶3本以上)している あてはまる→0.6点 あてはまらない→ー0.1点

⑬酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある ある→0.5点 ない→0点

⑭酔うといつも怒りっぽくなる あてはまる→0.1点 あてはまらない→0点

 以上のテストで合計点が0点以上が問題飲酒者、 2.0点以上が重篤問題飲酒者である。2.0点以上の人はアルコール依存症である可能性があるから、即刻、精神科医に相談する。アルコール依存症の治療は断酒以外にない。卵アレルギーを持っている人が一口でも卵を食べてはいけないのと同じだという。

 0点から2.0点の間の人はアルコール依存症の初期段階の可能性があるから1度精神科医の指導を受けるとよい。

 0点よりしたの人は、問題ない。

 最近の若い人は酒を飲まないひとが増えたと言われるが、定年後の人たちには朝から、日中、酒を飲む人が増えているという。また先進国ではアルコール消費量が減少しているのに日本だけは増加しているという。

 酒乱になる人、ならない人 (新潮新書)

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2010年2月 7日 (日)

TRADE SCHOOL IN NEW YORK

 5日朝のNHKニュースの時間に、ニューヨークのトレード・スクールについて有働さんが現地ルポをしていた。

 地下の一室のような狭いところに黒板が壁にあって、その前に講師が立って授業をしている。生徒も立ったまま聞いている。

 授業が終わると、生徒たちは、思い思いの品物を先生に渡す。リンゴであったり、ワインであったり、Tシャツであったりとさまざまだ。

 最初、ハイチの地震を救済するためのチャリティかと思っていたが、そうではなく、物が授業料なのであった。

 インターネットで調べるとどんな講義をどんな先生が行うのかという予定表が見られる。その中から自分が受けたい授業を選んで受けるのだが、面白いのは、授業料として先生が希望の品物を幾つか列挙してあることだ。だから、生徒が勝手に品物を持って来て自分が要らないものを受け取る心配はない。

 講師は、金でなくて物で授業料をもらってやることを喜んでいるようであった。金が介在しないので生徒と講師の間が友達のような感じになるのもよいと言っていた。授業後逆に生徒が得意なblogのやり方を教えてもらっている様子が映された。先生が生徒に何か物を渡したのかどうかはわからなかったが・・・。

 このやり方をトレード・スクールと呼んでいるそうで、現在ニューヨークに1箇所だけだそうだが、大変好評なので、他にも増やす計画があるとか。

 思いもよらないことを思いつく人があるものだと感心して見た。こういう仕組みを日本にも持ち込んだら案外いけるのではないかと思ったことだ。

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2010年2月 6日 (土)

マジックでボランティア慰問したシニアハウス

 瑞穂区にあるシニアハウス瑞豊にマジックで慰問した。初めてのところなので、カーナビにセットして出かけた。「目的地周辺です。」というアナウンスの後、地図から赤い線が消えた。地図で調べた私の予想では、もっと先の筈であったので。車を走らせた。この辺かなあと思い車を止めたが、それらしいものは見えない。仕方がないので、携帯で電話をしたら300mぐらい行き過ぎていた。

 係りの人が外に立っていてくれると言ったのでUターンして戻っていった。何とカーナビの線が消えた地点であった。道沿いに高いマンションが立っていてその1階が目的の場所であったのだ。マンションなのでうっかりと見過ごしてしまったようだ。

 入っていくと、ちょっとした待合室のようなテーブルを置いた部屋があり、次にもう一つの部屋があり、そこに皆さんが集まっていた。デイケアの利用者が9名とスタッフが4人のようであった。部屋の外にちょっとした庭があった。

 定刻より早かったが、いつ始めてもよいというので、私が最初にマジックを演じた。パーフェクトぺネトレーション、Ring Of Rope、記憶違い、薔薇カード、サル・カニ、ライオンとウサギ、祝い袋、三角錐、シルクピットインなどをやって最後に使ったシルクを袋に入れて、一瞬で風呂敷に変えて終わった。

 観客の中に元気がよいご婦人がいて、いちいち合いの手を入れてくれたので、張り合いがあった。

 次に、一緒に行った女性のOKさんが演じた。カードマジックとレコードの色変わりとダックで、みな彼女のお得意のものであった。にこやかに表情豊かに演じるので素晴らしい。

 トリは、男性のOZさんで、ボランティアのベテランなので、専用のトランクに道具を入れて持って来て、そこから出しては演じていた。ロープマジックやシルクのマジックや、レコードやお金のマジックを演じ、最後に得意の鳩を出して大いに喝采を浴びていた。

 館長さんが、「マジックは誰でも楽しめていいです。」と言ってくださったので、嬉しかった。

 コーヒーの券を下さったので、近くのコーヒーレストランに行った。あとでわかったのだが、シニアハウスと同系列の店で、ケータリングもしているそうであった。

 パンフレットによると、シニアハウス瑞豊というのは、28室ある高齢者マンションで、家賃は1DKで78,000円から2DKの12万円まである。その他に管理費として一人の場合は36,750円、2人の場合は、47,250円。共益費は、8,400円である。

 光熱費や食費等は別である。ケータリングを頼むと、朝食が300円、昼食が750円、夕食が750円で、別途1回ごとに100円の配達料がかかる。

 普段は生活コ-ディネーターというスタッフが常駐していて、日々の安否の確認やフロント事務、不在時の管理などを管理費の中でしてくれる。ただ、家事などを頼むと、別途料金が要る。

 買い物代行、 役所手続き代行、洗濯、清掃などは、10分で210円である。

 誰とでも住むことができ、外出も自由だそうだ。

 妻が、「私たちには入れないわね。」と言ったので、ざっと計算してみたら、一人でも25万円ぐらいはかかりそうで、年金生活の私たちには無理だと思った。妻一人になったらなおのこと無理である。

 ここにいる人たちはそれなりに裕福な人たちなのだと想像した。

  

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2010年2月 5日 (金)

高齢者の食事の問題

 2月1日のNHKクローズアップ現代では、高齢者の食事の問題を取り上げていた。それによると高齢者の食事内容が非常に偏り栄養のバランスからいって問題があるのだという。

 一人暮らしの高齢者増加の一途を辿っているが、缶詰とかレトルトとかファストフードの食事をする人が増えているらしい。その人たちは好んでそうしているのではなく、地域の事情が変わったためにやむを得ずそうなってしまったというのだ。

 大規模店舗法の施行以後、郊外型の大駐車場を持つ大型スーパーが増え、それに伴って地域の商店街がさびれてシャッター通と化してしまった。若い人は車を運転して郊外のスーパーに行くことができるが、高齢者はそういうわけにはいかない。

 近くの小規模スーパーも商店もつぶれてしまうと、遠くまで買い物に行かざるをえない。タクシーなどに乗ると金が大変だし、バスなどでも不便なことが多い。

 歩いて行くにしても、かなりの距離を歩く場合が多くなった。それでたまに行って一度にたくさん買わなければならなくなる。歩いて行くとたくさん買ったら荷が重くて持ち帰るのが大変である。

 新鮮な野菜や魚などを買うのを控える理由はそういうところにあるのだという。それに高齢者は何らかの体の不具合を持っている人も多いからなおさら買い物が大変になるのだ。

 以前、別の番組で見たのだが、介護保険が変わってヘルパーを頼むのが前より難しくなり、畢竟必要な物の買い物ができなくなったという例を取り上げていた。高齢になり体に不調や病気を持つと買い物、食事など生活の基本的なことに支障をきたすのだ。

 シャッター通の増加は単に商店街がさびれたという地域経済の問題だけではないのだ。そこに住む住民の生活にもかかわることなのだ。

 これから高齢者がまだまだ増えるであろうし、一人暮らしもますます増えるのだから、そうした人たちが不自由なく生活をできる地域にしなければならない。民主党政権、それから名古屋市長には、高齢者が安心して生活をできる環境を整えてもらいたいと切望する。

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2010年2月 4日 (木)

トヨタ自動車のリコール

 トヨタ自動車がアメリカ、ヨーロッパ、中国などでリコール問題を起こし、さらに看板のプリウスにまでブレーキが利かなくなるという苦情が続出しているという。

 あの世界金融恐慌のちょっと前にアメリカのGMを抜いて瞬間的に販売台数が世界一になった。それがリーマンショックなどが引き金となって世界の経済が深刻な状態に急降下した。それまで莫大な利益を上げていたトヨタも大きな影響を受けた。

 世界金融恐慌でアメリカのGMやクライスラーが倒産する中で、トヨタにはビッグチャンスが到来したかと思われた。ところが、大々的なリコール問題を起こしてしまった。

 リコール対象の車の部品はアメリカで現地調達したものだという。アメリカの会社は日本ほど厳しい部品作りをしないのかどうかはしらないが、トヨタの幹部はチェック体制が甘かったことを認めた。

 この問題に対して、アメリカでは新聞がトップ記事にするなどこのときとばかりにトヨタを責め立てているそうだ。アメリカの自動車会社にすれば、憎きトヨタをやっつけるチャンスだと思ってのことだろう。

 3日朝のテレビ東京の経済ニュースコメンテーターは、トヨタはリコールに対する十分な引き当て金を積んでいるので大丈夫だろうと言っていたが、どうなのだろうか。明日の決算発表でどう言及されるのかが注目である。株価が下がってきたのは当然のことであろう。

3日の夕刊では、一月のアメリカの新車販売で、トヨタは8.7%も減らして「一人負け」と見出しをつけられた。また、アメリカ政府は制裁金を課す方向であるという。 アメリカは日本に対して何かにつけて厳しい。日本も外国に対して厳しくすべきであろう。

 私の車は、三菱→日産→トヨタと移ってトヨタを買ってからはずっとトヨタである。トヨタが一番信頼できるということもあったからだ。日産は労使問題で揺れていたし、三菱もパジェロなどで問題を起こした。その中でトヨタは世界のトヨタに成長した。あの有名な看板方式と部品の在庫を持たないやり方でユーザーの信頼を勝ち取ってきたのだ。

 実際アメリカに行った時も日本車やトヨタの車に対する信頼があることを聞いたし、オーストラリアでも同様であった。

 よい製品を作り、アフターサービスもきちんとして信頼されるということが製品輸出国の日本企業にとっては最も重要なことである。

 トヨタのユーザーとしてだけでなく、日本の工業製品の名誉のためにも、しっかりと対応して信頼を回復してもらいたいと願う。

 

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2010年2月 3日 (水)

車をこすって大ショック!!

 一昨日、車で外出して帰宅し、車庫に入れようとして後部左側の部分をこすってしまった。これまで車庫に入れるときには、随分気をつけて来たのだが、昨日はできるだけ左に寄せて入れたくて、無理をしたのがいけなかった。

 ガリッと音がしたときには、後の祭りであった。車を止めて外に出て確認をしたら、後部を広範囲にこすっていた。

 息子が二階で見ていたそうで、すぐに降りてきて「どういう車庫入れをしてるの!!」と言ってきつくなじった。私は、「仕方ない。そういう運命になっていたのだ。」と言ったので、頭にきたようであった。

 内心私はひどく後悔していた。何故車をバックさせて入れなおしをしなかったのかと悔やまれた。我が家の車庫は、狭い上に段差があるので入れるのが難しいのだ。家を建てたときの工事がよくなかったのだ。それで車を買った始めの頃からいつも苦労をしてきた。どの車のときも必ず車体に擦り傷を作った。

 昨日、ディーラーに行って見積もりをしてもらったら、何と予想をはるかにはるかに超えて15万6000円もの額になっていた。擦り傷なのに、リアドアを取り替えなければならないのだという。その上我が車のリアドアはスライドドアなので余計に高くつくのだという。

 帰りにガソリンスタンドに行って参考に見積もりをしてもらったら、今キャンペーン中だから、12万円ほどのところを8万4000円でいいと言った。ドアの取替えはしないのだが、それでも高い。直すなら年金生活の身にはこたえる。

 それで修理に出すのはやめてタッチペイントを買ってきて自分で錆びないようにペイントしようかと考えている。見てくれは悪いが車は動くので自分さえ我慢すればそれでいいのだ。

 それにしても車の傷の修理はベラボウに高いとつくづく思い知った。

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2010年2月 2日 (火)

ノートパソコンの衝動買い

 WINDOWS7の発売の少し前の10月中旬に、大須の九十九電気にWINDOWS 2007のことを聞きに行った。そのとき、NotePCを見ていて富士通のFMV NF/D70LのOUTLETがかなり安い値段で売っていることに気がついた。限定15台と書いてあった。

 店員を呼んで聞いてみると、値打だと言う。まあ、売る方だからそう言うのは当然ではあるが。

 「いくつかあるのでよかったら見てみますか?」と言うから見てみようと思った。

 先日、Oさんがエイデン社で同じ機種のNF/D50を十万円で買ったが、おまけとしてケースとかフラッシュメモリとかDVDメディアとか5年保証とかを付けて貰った。大変値打に買った。

 私が見た機種はそれよりちょっと上のスペックで、HDが500Gついていて、TVにも接続できるタイプであった。それが79800円だという。

 店員は2台出してきて見せてくれた。いろいろ説明を聞いて、ますます欲しくなった。というのは、今使っているデスクトップは、VISTAが出たときにすぐに買ったものだが、メモリが1Gしかなくて動作が重いし一部に不具合もあるので飽きがきたのだ。メモリを増設することも考えたが、NOTE PCを買う方がよいかと思ったのだ。

 今の時代、現金を持っていなくても、クレジットカードがあるので買うのは簡単である。クレジット払いにして買ってしまった。ただ、5年保証は追加料金を払うことになった。結局、84000円になった。

 妻に話したら、驚いていたが、妻も練習をするということになったのでほっとした。妻は、「お父さんは、他のものはケチっているのにパソコンだけは簡単に買うのね。」と言った。まあ、後いつまで生きていられるかわからないので・・・と勝手な理屈をつけている。

 以前にもパソコンのことを書いたが、トータルでの出費はかなりのものになった。それにしても、パソコンは、相変わらず性能が改善されて値段が安くなって行く。だからついつい誘惑に負けてしまう。高い玩具ではある。

 ラップトップだから、無線ルーターを買ったので、家の中のどこででもインターネットなのができるようになった。婿は、「いい買い物じゃないですか。」と言ってくれた。

 このblogはNOTE PCで書いた。

 このblogを書いてから3ヶ月あまり経った。ノートPCは今までのところ机上に眠ったままである。動作が重くてもこれまで使い慣れたデスクトップを使うからだ。これからは目的のよって使い分けをしなければ・・・と考えている。

富士通 FMV-BIBLO NF/D70(R) FMVNFD70R

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2010年2月 1日 (月)

トレーニングによる老化抑制効果―歩くことは大切―

 前にも取り上げた、「老いない技術」(林泰史著)は、さまざまな角度からのデータを駆使して健康で長生きする方法を教えてくれる。

 P.89からは、「トレーニングによる老化抑止効果」について書いてある。元気で長生きするためには、足を丈夫にすることや筋力をつけることが大事で、そのためには、ウオーキングをしたり、トレーニングをしたりすることがいろいろなところで勧められている。

 この本によると、トレーニングの効果としては、筋肉の衰え、関節の固まり、骨の萎縮、皮膚の菲薄化などを防ぐといった”廃用症候群”の予防に役立つという。廃用症候群というコトバがあることを初めて知ったが、これは歳をとることで進行する傾向があるという。高齢者特有の症状である老年症候群を増強するので、予防し、治療することが老化の抑制につながるという。

 特に、よく歩いて足に刺激を与えることは脳の血液の流れを多くして、記憶力の低下を防ぐことになるのだそうだ。

 実際に足の裏の刺激と脳の働きの関係についての研究もあるそうで、足底の刺激は大脳の奥にある前脳基底部から出ている血管拡張神経を活発化することがわかったそうだ。刺激が前脳基底部を介して大脳皮質や海馬の血流を増やすことになるのだという。

 大脳のうちでも前頭葉は、感情・思考・創造・意思にかかわり、海馬は記憶や判断・知識の保存をする大切な働きがあるのだ。これらの部分は血液不足に弱く、ネズミを使った実験で、神経細胞が死んでしまうことがわかっているのだという。

 だから前頭葉や海馬の神経細胞の死を防ぐために、体の運動や足底の刺激などが大事なのだという。そのためにもウオーキングはよいのだといえる。

 トレーニングは、その他にも、呼吸器や心臓の働きを増強したり、気管支炎や起立性低血圧の予防にもなり、静脈流をよくするので血栓をふせぐことにもなるという。

 最大歩行速度別の死亡率などということも研究されていて、歩行速度が、遅い、やや遅い、やや速い、速いと4段階に分けて調べた結果、遅い人の死亡率が15%と非常に高く、速い人のは3%と低いそうである。速く歩けることは老化を遅らせることになるのだ。

 アメリカには、歩く時間や速さと骨折の関係を調べた研究もあり、歩く時間が多い人は少ない人より骨折が60%少なく、速く歩く人は骨折の割合が遅く歩く人の40%に減っていることがわかったという。

 たかが歩行、されど歩行。歩行のよい点はまだまだある。

 

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