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2009年12月22日 (火)

ベトナムとアンコールワット旅行―①―

アンコールワット・ハロン湾とハノイ・ホーチミン8日間

――平和ほど尊いものはない――

(1)きっかけ と腰痛

10月のある日、小島さんが、「アンコールワットへ行かんかね。」と言った。私は、かねがねアンコールワットへは一度行ってみたいと思ったので、二つ返事で「いいよ。」と答えた。次の日すぐに電話があり、「阪急交通の『アンコールワット・ハロン湾とハノイ・ホーチミン8日間』に申し込んだ。」と言った。愛知万博のカンボジア館でもアンコールワットは売り物になっていたし、呼応して松坂屋でもアンコールワット展が開かれた。その両方を見て、多少の予備知識を得た。

それから約2ヶ月がたち、明日はいよいよ出発という日に、添乗員の田中智子さん(後にバスで初めの挨拶をした時に智ちゃんと呼んでいいと言ったので智ちゃんと呼ぶ)から電話があった。何か気がかりなことはないかということであったが、これはこれまでにないことで嬉しかった。今度の旅行に持って行くのはどんな金がよいかを尋ねた。「US$の1$紙幣をたくさん持って行くとよい」と言うことであった。もう一つ、ホテルで使える電気器具のコンセントの形状を聞いた。その時、「小島さんが旅行に行くかやめるか迷っているようですよ。」と言った。その晩、電話をすると、何とも情けない声で「腰が痛くて困っている。」と言った。相当ひどそうであった。金曜日にゴルフへ行き、ナイスショットを打ったときに腰に違和感を感じそれがだんだんとひどくなったものらしい。医者に診てもらい、整体へも行っているとのことであった。実は、私も11月の終わりに、朝起きて10分間ほど椅子に座っていただけでぎっくり腰となり、だんだんひどくなるので整形外科へ行って診てもらったのだ。毎日マッサージに通ってようやくよくなってきたところであった。

 

2)第一日 

A.通貨交換のこと

出発は、1214日(水)で、午前九時にセントレアへ集合であった。7時過ぎに家を出て8時半過ぎにセントレアへ着いた。9時を過ぎた頃、小島さんが若い女性と歩いてきたが、杖をついて頼りない歩き振りであった。奥さんに名古屋駅まで自動車で送ってもらい何とかたどり着いたという。一緒にいたのは、彼が偶然電車の中で知り合ったベトナムの女性で、キム・トアさんと言った。

受け付けを済ませて、個人でチェックインをした。スクリーンの前の、足元にゆとりのある席が取れた。その後一度集合し、添乗員から説明を聞いた。ドルはUFJ銀行(1月からは東京三菱UFJ)でいくらでも1$紙幣にしてくれるし、チェックインしてからも両替所があるので替えられるということであった。私は、両替所でドルからドルへの両替をしようとしたがそれはできなかったし、日本円からしたとしてもそこでは1$紙幣は20$までだということであった。私は、ベトナムについてから添乗員の智ちゃんに20$分を1ドル紙幣に換えてもらった。このドルについてだが、現地に行って驚いたのは、ベトナムでもカンボジアでもドルが普通に通用することであった。何も1$紙幣をたくさん用意していかなくても10$とか5$とかからおつりがドルでもらえるのだ。ただ、硬貨やセントは使えないということで高くつくのがいけない。

B,車椅子

カウンターの空港勤務員が小島さんの様子を見て、「車椅子を用意しましょうか?」と尋ねた。格好悪いから要らないと言っていたが、説得されて受け入れた。係りが車椅子を押してくれた。空港勤務の人が入るところから入った。そして、搭乗ゲートまで送ってくれた。身体障害者の気持ちが多少わかったのではないだろうか。係りの話では、中部国際空港では、1ヶ月に1000人くらいの車椅子利用者がいるそうで、殆どは外国人だという。日本人は、用意をして待っていても利用せずに行ってしまう人が多いが、外国人は、歩ける人でも利用するということだ。ホーチミン行きのベトナム航空969便搭乗口は一番遠くにあったので車椅子を利用したのは正解であった。ちなみに名古屋・ホーチミン間は就航したばかりで今回の企画はベトナム航空就航記念と銘打ってあった。

C,機内で

1100分にボーイング726は予定通り出発した。我々の隣の席が空いていたので、キムさんを呼んだ。まだ日本に来て7ヶ月で、日本語の勉強をしていると言った。お姉さんの結婚式のために帰国をするそうで、日本語学校の成績証明書を見せてくれた。初級も、中級も優秀な成績であった。何でも、夕方から11時まではアルバイトをし、そのあと日本語の勉強の予習や復習を夜中までするそうである。漢字も2000字以上覚えたと言う。大変な努力家であった。日本に留学に来るぐらいだから当然家は裕福で、空港へは家族が自動車で迎えに来てくれると言った。いろいろと話をして楽しく過ごした。

ベトナム航空のフライトアテンダントはエンジ色のアオダイを着て艶やかである。しかし、みな無愛想であった。キムさんにそのことを言うと、「来る時のアテンダントはそうでもなかったです。」と言った。食事前にベトナムビール「333」を1本、食事の時には「333」と「Tiger 」というビールを飲んだ。機内食は日本で作った日本食でまあまあ美味しかった。

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