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2009年12月29日 (火)

ベトナムとアンコールワット旅行―⑧―

G.カンボジアへ

「ゴムの時間」ベトナム航空VN843機は予定より早く離陸。アンコールワットが窓から見えるというのでどちら側の座席がよいかアテンダントや添乗員に確かめた。進行方向左側と言う答えが多かったが、最後に尋ねたアテンダントは「見えません。」と言った。阪急交通のガイドブックには「離着陸時に見えるから注意して見るとよい」と書いてある。いったいどうなのだ?小島さんと議論をしたが、結局は見られなかった。シェリムアップ空港には予定時刻より早く、1646分に到着。小さなローカル空港である。イミグレーションには3人の紺色の制服、制帽を着た、いかめしそうな係官が縦に3人、2列いた。カメラが備えてあり、顔写真をノートパソコンに取り込んでいた。荷物を受け取って外に出ると、そこは砂利道で、小島さんは車椅子を借りて現地ガイドに押してもらったが、砂利で車椅子がはねるので必死で痛さをこらえていた。後で聞くと、物凄い痛さだったが負けてたまるかと頑張ったのだと言った。辺りにはカンボジアの男達が何をするでもなくいっぱいたむろして我々を見ていた。

H.ホテル

小型のバスに乗り、ホテルへ向かう。現地ガイドはウェイさん。カンボジア人は色が黒めで背は高くない。道路にはゴミが散乱しているところもあり、いかにも貧しい感じであった。

ホテルはEMPRESS ANGKOR HOTELといい、昨年新築したばかりの4階建てで、チーク材の木造で素敵であった。ここでもクリスマスツリーが飾ってあった。ロビーでは若い女性が民族楽器の木琴のようなものを演奏していた。しかし、ホテルの照明が暗かった。レストランでお絞りとジュースが出たが、お絞りはいかにも使い込んだ感じであった。

ここでキーを貰い部屋に行った。部屋は205号室だが、いくら探しても205号が見つからない。どうしてかと言うと、203,204が並んでいて次は207,208となっていて、向かい側は218.217などとなっているのだ。通りかかった勤務員に聞いてやっとわかった。205号は反対側の奥のほうにあったのだ。部屋のキーは電子式だが難しくてなかなかうまく操作できなかった。カードを差し込んで緑のランプがついたら、すぐにドアノブをひねるのだがそのタイミングがわからなかったのだ。部屋は総てチーク材だが、靴すべりと時計はなかった。

19時から1階のレストランで夕食。ビュッフェスタイルであった。カンボジアの料理(クメール料理)もベトナムと大差はなかった。西瓜、パパイヤ、パイナップルなどの果物も同じであった。カンボジア風のホウに似たものもあったがうどんの作り方がベトナムとは違うそうだ。アンコールワットビールは大瓶で4$、缶は2.5$。

小島さんは、相当ダメージが大きかったようで、風呂に入った後、床にねそべって指圧をしてくれと言った。指圧や足曲げなどをした。足を曲げてお尻につくようになるまで何回もやった。

 このホテルのバスの湯の出が悪く、翌朝聞いたところでは、水に近い温度の部屋が多かったようだった。みんなが一斉に使ったから追いつかなかったのだと説明があった。これからは時間を見計らって使うようにして欲しいと言う話であった。

5)第4日

A.アンコールワットの日の出

ホテルの受け付けの女性はみな小柄でニコニコとしていて可愛らしかった。話しかけるとゆっくりとした話し方で返ってくる。有難う=OR KUN、おはようなどを教えてもらった。

530ホテルを出てアンコールワットの日の出を見に行った。心配した天気は快晴で、ホテルの前庭の木の上に月が煌々としていた。小島さんは、腰が痛いので行かなかった。

途中検問所でパスを作ってもらう。そのために3×4の写真を用意してあったのだ。10分ぐらいでプラスチックケース入りのきれいなパスが出来てきた。これから3日間これを携行する。もし無くしたら40$払って再発行を受ける。智ちゃんは紐を用意してきて首に掛けられるようにしてくれた。

アンコールワットに到着すると、空は白み始めていた。堀の水に木立が反映し、木立はシルエットで、アンコールワットの塔も黒いシルエットを見せていた。橋を渡ってアンコールワットの境内に入るとあの三つの塔が目の前にあった。左側の前には池があり辺りは芝生であった。その近くの石造の建物辺りにいは大勢の人が日の出を待っていた。私もその辺りが撮影によいと考えて陣取った。空が赤らみ始めた。反対側の堀の方の天空には十六夜の月が煌々としていた。私は、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」を思い出していた。この句は万葉集の「ひむがしの野(ぬ)にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月かたぶきぬ」という柿本人麻呂の歌を本歌取りしたものである。そこで、私も何か出来ないかと考えたが、その時はよい表現は思い浮かばなかった。次の日の夜中に目を覚ましたとき、ふっと思い浮かんだ。それが、次の歌である。

アンコールワット東の空の赤らみてかえりみすれば十六夜の月

 530分に集合なので諦めて集合場所に戻った。その頃塔の右の方、かなり離れた所にやっと太陽が小さく現れた。冬至が近いので北よりなのだ。広瀬さんが「太陽はいつもアンコールワットの真ん中の塔の真上に現れるのだとばかり思っていたが、そうじゃないことが今日始めてわかった。」と言った。アンコールワットは春分と秋分には塔の真上に日が昇るように計算して作られているのだ。たいした事だと思った。日の出と言っても期待はずれであった。しばらく見て写真を何枚か撮った。十六夜の月が見られたのがよかったと思う。

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