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2009年12月23日 (水)

ベトナムとアンコールワット旅行―②―

D,乗り継ぎ

ホーチミン市のタンソンニャット空港には予定より早く、現地時間の1441分に到着した。5時間41分のフライトであった。空港は広さはあるが駐機している航空機の数や種類が少なかったし、空港のビルも小さい。

トランシットの客は、胸に乗り継ぎのシールを貼ってもらい、入管手続きのところへ行くのだが、この手続きは大変手間取った。軍人のような服を着た係員が審査をするのだが、慎重なのか時間がかかるのである。30分近くかかってようやくそこを通り、荷物受け取り場所に行った。荷物はとっくに来ていた。それから、またパスポートを見せて荷物検査を受けるのである。その後、国内線に向かうのだ。国内線ではまた荷物チェックがあり待合室に入った。

ハノイ行きの客は多いらしく、航空機はボーイング777で座席は国際線より2列多かったが、ほぼ満席であった。17時発の予定が1730分にやっと離陸した。後でわかったことだが、ハノイのガイド、バ―さんの話では、ベトナム航空は、「フライト時間はゴムの時間」と言って、人が早く乗れば早く出発するし、遅れれば遅くなるそうで、ファジイなのだそうだ。777767より、トイレが広く、きれいであった。国内線には一人にこやかなアテンダントがいた。フライトアテンダントはいずれも一般のベトナム人より背が高く、美人であった。きっと選考基準がそうなっているのであろう。小島さんにそのことを話すと、「背が低くては荷物を入れたり出したりできんわなあ。」と言ったので納得した。

ハノイまでは2時間である。機内食が夕食でビールを2本飲んだ。

E,ハノイ到着

ハノイのノイバイ空港も駐機が少ない。かまぼこ型の施設がたくさんあった。国内線を出る時も荷物のチェックがあった。バスは1号車が18人で添乗員は大柄な田中智子さん。2号車は17人だが、後でわかったのは2号車は大半がビシネスクラス利用者だということ。2号車のガイドは後藤さんと言う早口の元気がよい人。このコースは人気添乗員同行と書いてあったので、いったい誰が人気添乗員なのか時々話題になった。ずっと後で智ちゃん聞くと笑って、「私は添乗歴10年、後藤さんは5年。」と言った。空港には現地ガイドのバーさんが待っていた。バーというのは、ベトナム語で3のことだと言う。三男だからバーなのだそうだ。「バーさんというと婆さんに聞こえるから、三ちゃんとか三郎さんと呼んで欲しい。」と言った。ベトナムで一番人気がある333というビールは「バーバーバー」である。バーさんは日本語が大変にうまい。初め日本人かと間違ったほどだ。

最後の日に空港へ行く道で英語で話をしてわかったことだが、彼は、英語、日本語、中国語ができて、中国語は特に得意だと言った。先祖は中国人だそうだ。それにベトナム人には中国語は習うのがやさしいのだそうだ。ベトナムではフランスに統治されるようになるまでは漢字を使っていたそうである。ホテルへ向かう途中バスの運転手はやたらと警笛をならした。それはバイクが多いからである。バスの両側をバイクが走ったり、前にかぶせたりするのだ。バスが他車を追い抜く時警笛で警告し、フラッシュライトを点滅させるのだ。その時に対向の車と真正面になるので、ぶつかるのではないかと冷や冷やする。その状態は、ベトナムにいる間中続いた。衝突しないのが不思議なくらいで、幸いなことに滞在中、一度も事故はなかったし、救急車は見たが、事故の現場には遭遇しなかった。

ホテルに向かう途中、凱旋門のような門があった。これから建つ団地の門だという。ベトナム人は門が好きなのだそうだ。

バーさんが我々に質問をした。「ベトナムと聞くと何が一番に思い浮かびますか?」と。私は、「勤勉」と言ったが、バーさんは「戦争です。」と言った。確かにその通りだ。あの忌まわしいアメリカとのベトナム戦争こそ忘れてはならない歴史的出来事なのだ。このことについては後で触れる。

ホテルは、HANOI DEAWOO(ハノイ・デウ)といい、バウさんによればハノイで最高級のホテルだと言う。ロビーはクリスマスのイルミネーションで飾ってあった。室内はきれいでインターネットの端末も来ていたし、プールも付属していた。しかし、トイレの水の出が悪く、シャワーも壁に作り付けであった。   

F,突然のベル

 10時半ごろ就寝しぐっすりと眠っていたら、突然電話のベルの音にたたき起こされた。何事かと思ったら、ガイドのバーさんで、「小島さんにかわって下さい。」と言う。小島さんは、腰が痛くて動けないから聞いてくれと言った。バーさんは、「小島さんが倒れたと聞いたが大丈夫ですか?」と言った。「倒れてなんかいない。大丈夫だ。一体誰から聞いたの?」と言うと、「会社から電話があったんです。」と言った。大丈夫だからと言うと納得がいかないような様子で電話を切った。翌朝、添乗員にそのことを話すと「2号車の人が倒れて意識不明となり入院したんです。」と言った。それが小島さんと間違われたのだ。一人で参加していて、持病の糖尿病で部屋で意識不明になっていたのだそうだ。たたき起こされたこちらは寝なおすのに大変であった。

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