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2009年11月 5日 (木)

「般若心経は間違い?」はいい本だ!―②―

 般若心経については、さまざまな解説本が出版されていることは、前に書いた、それほど般若心経はわかりにくいのかも知れない。

 そのことについて、「般若心経は間違い?」の著者(アルボムッレ・スマナサーラ)は、前書きで、次のように指摘している。

 「実は『般若心経』はわからなくて当たり前なのです。それはお釈迦さまその人が語った仏典ではないからです。『般若心経』をはじめとする大乗仏教の経典は、お釈迦さまが涅槃(ここでは死ぬこと)に入られてから数百年後(500年ほど)、その直接の教えから一部を抜き出して、その人なりの能力で深い意味を表現しようとした宗教家たちの文学作品です。」

 文学作品とは言いえて妙だが、私もその通りだと思う。誰かは不明だが、新しい仏教作品をつくりだしたのだ。その一つが大般若経であり、般若心経なのだ。そこでは釈迦が説いたことを改変してしまっているのだ。しかも難解にしているのである。難解だから凡人には分かり難く、さまざまな解釈が成り立つのだ。

 著者は、「お釈迦さまは誰でも理解できる言葉で真理、すなわち『普遍的で客観的な事実』を完全に語りました。(P.5)」と言っている。だから釈迦の言葉に照らし合わせれば、わかりづらい経典も理解できるようになると述べている。

 本書はそのようにして、釈迦の本来の言葉や教えと照合しながら般若心経の矛盾点を指摘しているのだ。

 観音さまとして日本人に親しまれている観音菩薩は、大乗仏教が作り出した架空の神である。しかも、菩薩というのは、まだ修行中の身とされている。その観音菩薩が覚者(悟りを開いた)である釈迦の弟子の中でも智慧第一といわれた舎利尊者に空なる真理を教えてやるというのはおかしいというのだ。

 次に、「色(肉体のこと)即是空、空即是色、受想行識亦復如是。」とあって、受想行識については十把ひとからげで扱われているのは軽視も甚だしいという。そして、中心概念である「空」についてなぜ空といえるのかという説明がどこにもないと指摘する。

 この「空」というのは、般若心経がいうような意味ではなく「空は全ての現象の本来の姿を表す単語の一つに過ぎず、現象の本来の姿について、『空』と言っても、『無常』と言っても、『苦』と言っても、『無我』と言ってもよい。『空』としか観ないのは不十分だ。」というのだ。

 現象の観察は「無常」から始まり→無我→空と観ずるのであって、いきなり「色即是空」は短絡過ぎるという。(P.53)

 そして、「色即是空」は正しいが、「空即是色」は間違いだという。「人間は死すべきものだとは言えても、死すべきものは人間であるとは言えない」のと同じだという。 「そもそも空は、実践するものなのです。瞑想して無常を発見して、因果法則(因縁生起のこと)を発見して、現象が現れて消えることを発見して、どんどん発見して実体がないということを発見すると、心が無執着状態になって、解脱涅槃に達するという実践なのです。(P.55)」

 次に、「是諸法空相」(全ての法《もの、こと》)は正しいが、「不生不滅、不垢不浄、不増不減」は観念的な言葉の遊びだと批判する。(P.56)釈迦は一切の現象は生じて滅すると言っているのだ。不生不滅では「無常」を否定することになるという。その通りだと思う。

 そして、般若心経では「是故空中、無色、無受想行識。」と言っているが、これでは全てを否定してしまっている。これでは釈迦の教えをも全否定することになる。

 そして極めつけは、般若心経を呪文としたことだと指摘する。

 「故知般若波羅蜜多、是大神咒、是大明咒、是無上咒、是無等等咒。能除一切苦、真実、不虚故。」

 つまり、これほど凄い呪文はないと言っているのだ。この262文字の短い経典の中で、空論→虚無主義→神秘主義と変わってしまっていると批判する。釈迦は明確に呪文を否定したのだ。

 結びの「掲帝、掲帝・・・・」は、インドの呪文の音(発音)を写し間違えているという。

 著者は、「おそらく『般若心経』は、もともと呪文を信仰している占い師、祈祷師のような者が書いたのでしょう。呪文は誰でも有難く信仰するので、書き写されて書き写されて残ったんでしょう。」と結論づけている。

 中身がなく論理的でもないから分からなくて当然、勉強しても無意味だという。

 般若心経が多くの宗派で大切にされ、葬式や法事で詠まれてきたが、所詮は呪文であったのだ。第一、釈迦は葬式や葬式で呪文を唱えることを否定したのであった。

 「般若」とは、「智慧」のこと。「波羅蜜多」とは、悟りを開くこと、そのための修行

 

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コメント

般若心経は大乗仏教の中心の教えである「空」を述べたものです。それについて小乗仏教からの批判です。
 お呪いと考えれば、葬式や法事などで唱えられる理由もわかりますね。

お経は歌の様には楽しく唱えるわけにはいけませんのはそう言うことだったのですね。一時はこの意味は何だろうと本屋さんで軽い気持ちで読んでみましたが何も頭には残ってません。本で読んでいるよりお寺様が見えたときに聞いていると少し知っているところが出てくるとああ知っている・・お経に親しみがわきます。

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