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2009年11月21日 (土)

信士・信女・居士の謂われから見えてくるもの

 私の父母は信士、信女である。つまり、戒名の最低の呼称である。私の義父母は居士・大姉である。義父が居士だから義母は自動的に大姉になった。

 ちなみに母の従妹に信女がいるが、その父は居士、母は大姉である。何故大姉にならなかったかというと、菩提寺に金を出すのを拒んだからである。金を出さない者は信仰の薄い不届き者とみなされたのであろう。

 日本の葬式仏教は金次第で死後の位をどのようにでもしてくれる。

 17日の朝刊によると、民主党の小沢幹事長は、「キリスト教は排他的」と言って、キリスト教から顰蹙を買ったそうだが、それに対して、彼は、「日本の仏教では死ねばみな仏になる。」と反論したそうだ。みな仏になるのはよいとして、その仏に”位”がついて回るのはどういうことだろう。小沢氏は何宗かは知らないが、おそらく小沢氏は「●●院▲▲大居士」となるであろう。

 この信士・信女や居士という名称はどこからきたのかと思っていたら、遠くインドに由来するので驚いた。釈迦は初転法輪のあと、

 「バナーラスの市中に向かい、そこで同業組合長の息子ヤサに教えを説き彼を弟子に迎えた。そのときヤサは、遊び仲間の親友を中心に、50名余りの友人たちを誘い、釈迦のもとに弟子入りさせた。さらに彼の父母は在家としてサンガ(僧伽)に奉仕する優婆塞(ウバソク→ウバーサカ→信士)と優婆夷(ウバイ→ウバースィキー→信女)となった。ここに、出家の集団とそれぞれに奉仕する在家よりなる四衆(パリシャッド)の原型ができあがった。」(仏教誕生P.117)

 つまり、釈迦の時代に、在家として弟子になり僧を援助する者を信士。信女と言ったのだ。

 次に、「居士」であるが、これについては上掲の書は次のように書いている。

 「仏教は、明らかに都市に基盤をおいた宗教であり、商工業者の中でも羽振りのよい人びと、都市の経済力を背景に強大な権力を持つようになった新興国家の国王や貴族たちが、その最大のパトロンであった。『善男子善女子』というのは、初期の仏典にあっては、良家の子女を意味する。この場合の良家というのは、富(あるいはそれに加えて権力)を手中にしているがゆえに世間で、一目置かれている家(一族)という意味であり、保守的なバラモンたちがいう意味での上層階級に属する家ということではない。

 また、在家の男の信者で、『居士』と呼ばれる人びとが仏典にしばしば登場する。この『居士』というのは、『家長』と原義するが、初期の仏典においては、狭く、莫大な財力もってサンガに寄与する資産家だけを指す。今日、戒名(あるいは法名)で居士号をもらうにはかなりの金がいるというのは、こうしたことに由来する。」

 なるほど・・・と納得である。釈迦のときから既に、国王、貴族、大金持ちの援助を受け、その基盤の上に成立したのだ。「善男善女」というのは、我々庶民のことではなかったのだ。

  釈迦はスダッダという大富豪から舎衛城の大きな園林とそこに祇園精舎の寄進を受けた。その他にも王舎城の竹林園や各地にいくつもの精舎の寄進を受けた。

 釈迦はガンジス川中流域各地の都市に設立された精舎の間を頻繁に遊行して回る生活を送ったと言われる。

 29歳で出家して最初は禅定(瞑想)から始め、次に苦行をした釈迦が、苦行を捨て瞑想などによって35歳のときに悟りを開いたと言われている。その後は説教により信者を増やし、上記のように王侯・貴族や大富豪に支えられて布教をしたわけだ。

 釈迦の教えがこのように権力と財力を背景に出発したということは重大である。その後の仏教の変転の中でいつも権力と財力を頼って強大な組織になっていったことの原点であるからだ。

 [但馬の仏像]

 

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コメント

今なら院号はウン百万円でしょう。私の母は、葬式に幾らいると計算して残しておいてくれたので助かりました。
 お釈迦さんの時代に居士、信士・信女の名があったということで、そういう戒名があった訳ではありません。院号は日本でできたものです。

信女とか院・居士も葬式の時にどうされますか?と聞かれて義父の時は院を義母はつけてもらっていました。私の実家の母は遺言に自分の戒名を決めてありましたので兄夫婦は楽だったと思います。私も意味もわからず何故院号をもらうと確か18年前でしたが義母が50万円位だと言っていました。自宅での葬儀でしたから場所代がかからない分戒名にもお金をかけれましたが、その後お墓の墓石に戒名を彫ってもらうのにも1字にいくらとお金が入るのだな・・とびっくりして簡単には死ねないな!と思いましたよ。地獄の沙汰も金次第・・・本当に後に残された人はお仏壇にもお墓にもお金がかかり、お寺とのお付き合いにもお金がかかるのですね。何千年の昔からのお釈迦様からの院号や居士や信女だったのですか!教えていただいて有難うございました。

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