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2009年11月 1日 (日)

市民の第九コンサート2009

 名古屋市の「市民の第九コンサート」が、11月29日(日)に金山の中京大学文化市民会館オーロラホールで開かれた。

 演奏は名古屋フィルハーモニー管弦楽団、指揮が北原幸男、ソリストは、バリトンが末吉利行、テノールが錦織健、ソプラノが水谷朋子、メゾソプラノが相可佐代子であった。4月に公募抽選で選ばれた合唱団は、総勢400名で、男性が140名、女性が260名であった。

 半年間、毎週一回の練習を続けてきた。前日のリハーサルのときには、2回のオーケストラとの合同練習があった。初めに立つ場所を決めた。背の高さを考慮すると言っていたのに、背が高い人でも前列に出る人がいた。遠慮をしていてはダメだと思い、3列目に入った。

 私は、第九を歌うのはまだ2回目なので、歌う出だしに戸惑った。本番にうまく歌えるか心配をした。リハーサルのとき、アルトノ女性で一人体がふらついて休養した人がいた。

 本番当日は、ゲネプロがあった。バスのグループに上着を列車に忘れてきた人がいた。その人は家から代わりの上着を届けてもらい、なんとか乗り切った。

 1回だけ音合わせをした。やはり2箇所うまく出られないところがあった。また、ザイトムシュルンゲンで始まる部分には、第九でバスとしては一番高い音域がある。その最高音のファが出せなかった。

 指揮者は、無理にだすなといったので、本番でなその部分は口パクで行くことにした。

 ゲネプロの後、1時間半余りの休憩があった。中には自宅に帰って一眠りしてくると言う人もいたが、私は、控え室で持っていった本を読んだが、暖房がきいていることもあり、途中で眠くなり読書をやめて外の空気を吸いに行った。

 本番が近づいて来ると、とにかく無事で終わって欲しいと思った。途中で、咳き込んだり、腰が痛くなったりしないか心配であった。

 リハーサル室で整列をして、舞台に向かった。第2楽章と第3楽章の間に舞台に上るのだ。舞台裏で待つこともなく舞台に上った。いよいよ本番であった。

 第3楽章は、静かな曲で、指揮者の振るタクトを見ていると催眠術にかかるような感じであった。体を動かすことができないし、ただじっと立っているだけであった。

 いよいよ第4楽章になり、曲想が変わった。緊張をしたので心の中で「リラックス」と唱えた。バリトンの独唱から始まって、最初の「フロイデ」だが、ちょっと遅れてしまった。指導の先生に言われていたように、3階かから4階に向けて歌うように心がけた。

 その後4つ目に高い音がある部分が来たが、最高音のところは、クチパクですました。指揮者も歌うように口をあけて指揮をしてくれた。

 フーガの後はほぼ連続で合唱があるが、ソリストたちの合唱に「ダイネツアオベル」と加わって歌うところでちょっと遅れたが後は何とか歌えた。

 最後の「トフォテルアウス エリージウム・・・」まで来ると、ほっとした。そして最後まで歌い上げることができた。その後はオーケストラが最後の激しいエンディングを演奏して終わった。2,3人が「ブラボー!」と叫んだ。

 ソリストと指揮者が3回出入りをして終わった。会場が明るくなると、4階まで人が入っていることがわかった。

 私にとって、大舞台に上るのは二回目であったが、市民会館は始めてであった。むかし、観客としてよく来ていた市民会館の舞台にあがることは夢にも思っていなかったことであった。それが何とか無事に終わりよかったと思った。

 舞台から降りると、足が棒の様になっていた。400名もの舞台で窮屈であったし、直立不動を1時間余り続けたので大変であった。ベートーベンは、どうして第2楽章の次に入るようにしたのだろうと思った。

 それにしても、ベートーベンは、交響曲第九がこれほどまでも日本で歌われることは全く予想していなかったに違いないと思った。

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