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2009年10月 4日 (日)

あの世・極楽・地獄―私の仏教観⑤―

 死後の世界ーあの世ーはあるのか。人により考え方が異なる。

 キリスト教では”天国”があると言うし、イスラム教も似たようなことを言う。インドでは釈迦以前から輪廻転生の考え方があったので、前世や後世があると言い、人間が今生きているのも過去の何かの生まれ変わりであり、死ねばまた別のものに生まれ変わると考える。

 しかし、釈迦はその考え方を外道の考えとして退けた。釈迦は、死後の世界について弟子から問われてもあえて答えなかったという。そういうことにとらわれるよりも現在の生き方、心のもちよう―法―を大事にしたのだ。

 仏教においては浄土はひとつではなくていろいろな浄土が想定された。十方に仏国土あり、浄土ありと経典に記されているという。その中で弥勒菩薩(京都広隆寺の半跏思惟像は有名である)を信仰する弥勒浄土があるが、これは大乗仏教の成立によって現れた。(ちなみに大乗仏教ができたのは釈迦入滅後500年ほどのちといわれる)

 その後、阿弥陀仏の浄土が信仰の対象となった。阿弥陀仏とその浄土すなわち”極楽”に関する詳しい記述は、「無量寿経」と「阿弥陀経」の中に見られるという。

 法蔵という比丘がいて修行を重ねて自ら無量寿仏(阿弥陀仏)になることが出来た。阿弥陀如来は、西方十億万土の彼方にあって、気候温暖、花が咲き乱れ妙なる音楽が流れ平和な極楽にいて、全ての衆生を救うという願をたてられた。極楽往生(極楽に行って生きる)するには、臨終に際して南無阿弥陀仏の称名念仏を10回唱えればよいのだという。それで極楽信仰が広まり、大抵の人は、仏教とは極楽往生を説くものと思うようになった。

 しかし、釈迦は極楽の考えを持ってはいなかったことが大事である。釈迦が説いたのはあくまでも現世での処し方である。

 中国の揚子江中流の地に閻魔大王庁が造られているという。当初、地獄の考え方はインドにあったようだ。それが中国に渡り日本にも伝わったのだ。

 三途の川とか閻魔大王とか地獄は恐ろしいものとして描かれ、敦煌やカンボジアの遺跡にも地獄が描かれた壁画や彫刻がある。恐らくよい行いをしないと死後もひどい罰が待っていて苦しまなければならないぞと脅すために想定されたのだと思う。

 江戸時代、白隠禅師は、地獄と極楽は人の気持ちの持ちようだと教えた。人が怒ったとき、地獄であり、幸せを感じたとき、極楽であるという。つまり、心のもちようであるとしたのだ。

 私自身は極楽も地獄も信じない。釈迦が説いた現世の心の持ちようでよい。ただ、人はさまざまだから心の安寧をうるために阿弥陀信仰・極楽往生があるのは悪いとは思わない。

 http://calamel.jp/%E6%A1%A7%E6%9C%A8%E5%BD%AB%E4%BB%8F%E5%83%8F%E4%B8%B8%E5%8F%B0%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E5%A6%82%E6%9D%A5%E7%AB%8B%E5%83%8F/item/1497337

 

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