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2009年10月

2009年10月31日 (土)

脳のアンチエイジング

 脳は人間を体を支配し、コントロールする中枢である。老化を遅らせ、元気よく若々しく生きるには、その脳の活性化が大切である。「脳のアンチエイジング」には何が大切であるかを先日のNHK「プロフェショナル」で取り上げていた。

 この番組の担当者である脳科学者の茂木健一郎さんが、これまでに取り上げたプロフェショナルを分析して、脳のアンチエイジングの鍵を示したものである。

 脳のアンチエイジングには、「脳を活性化し、脳の萎縮を防ぐこと」が大事だと結論付けている。何故なら、高齢化に伴い、脳は萎縮をするからだ。ところが、鮨職人の小林二郎さんのように81歳を過ぎても脳の萎縮が殆どみられない人もいる。

 小林さんの脳を若く保つ要因を茂木は次の3点を指摘する。

① 体を適当に動かす→小林さんは、40分以上もさっさと歩いて店に通う。

② 指先を使う→鮨職人だから毎日500貫もの鮨を握る。

③ 細かいことも人任せにしない→机を動かしたり、掃除をしたり、自分からやっている。

 この細かいことと思われることを自分でやることの中に脳を活性化させる上で重要なものがあるのだ。その最たるものが「家事」である。

 以前に紹介した「脳は出会いで育つ」の著者、小泉氏もやはり家事の大切さを書いている。

 主婦が主に負担している炊事、洗濯、掃除などだが、これらの仕事は脳を使い、体を動かす(脳を刺激する)ことをいろいろと含んでいるのだ。

 脳はいろいろな使い方をすることによって刺激され活性化するのだという。一方、脳は元来が怠け者で、怠けようとする傾向があるから、それに流されないことが大事なのだと茂木さんは言う。

 次に、茂木さんが指摘したのは、「前頭前野の活性化」である。前頭前野を若々しく保つことが大事だというのだ。なぜかと言うと、前頭前野は、行動を制御したり、感情を制御したり、思考をしたり、意思決定をしたり、意欲を持つことなどに関係しているからである。いわば脳の司令塔である。

 その後ろにはACC(アラームセンター)があって、「慣れていること」「新しいこと」「危険なこと」を判別して前頭前野に伝えるのだ。それによって前頭前野から指令が出されるのである。

 中でも新しいことに挑戦することが大事であるという。高齢になっても何かに挑戦をしたり、新しいことを始めたりしている人は若々しい。新しいことをすることで脳の報酬分野で学ぶ楽しさ、喜びが充足される。

 では、学ぶときにどの程度のことがよいのかというと、ちょっと難しく感じる程度のものがよいという。それにより達成感が得られるからである。

 番組の中で、面白い実験が二つ紹介された。会話の実験と楽しいことの実験である。

① 住吉アナウンサーが被験者となり、頭に光トポロジーを装着し、茂木さんと会話をするのだ。設定は、三つの場面で、

 A. 一方的に話す

 B.眼を合わせるがうなずくだけ

 C.眼を合わせて会話をする

 その結果は見事に脳の働きの違いを示した。Aでは脳は反応していない。Bでは側頭の一部に反応が見られる。Cでは前頭前野の全体が活発に反応しているのだ。  

 こんな簡単なことだが、会話をするときには、相手の眼を見て楽しくすることが大事だということである。その場合両者の脳が同じように活性化されるのだ。

 食事をしながら、妻が話しかけてもテレビを見ていて、フンフンと言っているようではダメである。子どもとの会話でも、子どもが話しかけてきたら、眼を見て話を聞き答えてあげることである。親の介護も同じである。相手の眼を見て話しかけることがが大事なのだ。そうすることにより脳によい刺激を与えるのだ。

 もうひとつの実験は、住吉アナウンサーが好きなカラオケの曲を歌うのだが、昔は好きだったが今はそうでもない曲と今大好きでいつも歌っている曲を歌うのだ。すると、今はまっている曲の時には前頭前野が活性化されることがはっきりとわかった。

 そこで言えることは、趣味でも仕事でも何でもいいから、好きなことを楽しんでやることが大事だということである。それによって脳の感情を処理する領域が活動し、前頭前野に伝えて活性化をすると考えられているのだ。感情を処理するところには、扁桃体や海馬があり、海馬の細胞が増加したり、ネットワークを作ったりして記憶力と強めるのだという。この部分を茂木さんは、「脳のエンジン」と喩えた。

 

 

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2009年10月29日 (木)

緊急のお知らせ―昭和男爵コーラス出演中止―

 11月1日(日)午前11時から、名古屋市昭和区の昭和生涯学習センター祭りに出演する予定であった我が昭和男爵コーラスの出演が取り止めとなりました。

 理由は、ピアニストの先生が急病になられたからです。代わりのピアニストを急遽探しましたが、この時期はピアニストはみなさん予定が詰まっていてダメでした。

 以前にこのblogでお知らせしてありましたので、ひょっとして当日に聴きに来てくださる人がいらっしゃるといけないと思い緊急のお知らせを書きました。

 3月からずっとセンター祭りのために練習を続けてきましたし、今回は女声コーラスのスイートポテトとジョイントできることを楽しみにしておりました。それだけに参加できなくなったことを大変残念に思っております。

 こういう事態になることは夢にも思っておりませんでした。団員が一人ふたり欠けてもやれますがピアニストや指揮者が欠けるとどうにもなりません。涙を呑んでの中止となりました。

 昭和男爵コーラスは、名古屋市の生涯学習センターなどの市の施設で練習している男性コーラスとしては、Only Oneです。しかも、現時点では、平均年齢が67歳ぐらいであることも珍しいことです。「世界で一つの花」ではありませんが、Only Oneを誇りにこれからも練習を続けていきます。

 次の機会には是非私たちのコーラスを聴いていただきたいと切に願っております。

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どこまで進む?携帯の進化―拡張現実―

 27日朝のテレビ愛知(テレビ東京)モーニングサテライトでは、「拡張現実」という新しい言葉を紹介していた。

 この耳慣れない言葉は、新しい近未来のデータ通信技術のことである。

 そお一つは、街に出て携帯電話をかざすと、画面に街の中にある店や建物などの情報が表示されるというものである。これは既に一部が実用化されているらしく、企業の中にも利用しようという動きがあるそうだ。

 街の通りに立って向かいにある店の方に携帯電話を向けると、その店のことが詳しくわかるのだ。また、誰でも書き込みができるので口コミ情報が蓄積されることになる。すると、例えばレストランの場合、味がどうだとか、値段がどうだとか、雰囲気はどうかなど個人の利用者の生の声も見られる訳である。

 その他に、そのストリートの情報が現れるので、見知らぬ街に行ったときも便利である。

 もう一つは、「遠距離透視」という技術で、KDDIが開発しているらしい。やはり携帯電話をかざすと、遥か遠方の建物などの情報が現れるというのだ。だから、目では見えなくても探す建物がどこにあるかがわかることになる。

 子どもがどこを歩いているかもわかるというのだ。徘徊老人対策にももってこいである。

 数千m先でも表示できるというから大変なすぐれものである。

 これらの技術は、難しい操作は不必要で、ただかざすだけでよいという。高齢者にやさしい技術である。

 Wikipediaから

 拡張現実(かくちょうげんじつ)とは現実環境にコンピュータを用いて情報を付加提示する技術、および情報を付加提示された環境そのものを示す。英語表記はAugmented Reality 、省略形はAR。

 提示される環境の主体が現実環境であることから、現実環境における作業支援がその応用分野として期待されている。例えば、道案内情報の提供、航空機やコピー機のメンテナンスを行う技術者に対する技術情報提供、医療分野における手術支援に向けた情報提示などの応用研究が行われている。

 情報の提示や取得にはバーチャルリアリティで広く利用されているデバイス、もしくは技術を利用する。例えば、視覚情報提示には主にヘッドマウンテッドディスプレイが利用される。しかし、現実環境における作業を支援する意図から、携帯電話等の小型情報端末の画面を用いた提示も検討されている。

 携帯電話のイラスト

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2009年10月28日 (水)

日本の貧困率15.7%

 20日に長妻厚生労働相は07年の日本の貧困率が15.7%であったと発表した。政府が貧困率を公表するのは初めてだという。自民党・公明党政権ではなぜ発表しなかったのか疑問が湧く。民主党政権だから発表に踏み切ったということであろうか。

 発表されたのは、「相対的貧困率」である。貧困率には「絶対貧困率」というのもある。(それについては後に載せておく)

 所得を世帯人数に振り分けて高い順に並べたときに真ん中の所得(228万円)を基準に、その半分に満たない人が占める割合を示す。

 OECD(経済協力開発機構)のよると、04年度の日本の貧困率は14.9%で、加盟30カ国のうちメキシコ、トルコ、アメリカについで4番目の高さだった。

 アメリカは貧富の格差が増大しており、アメリカに追随した小泉・竹中路線により日本も貧富の格差が増大したことは誰もが知っていることだ。

 ちなみに、98年→14.6%、 01年15.3%である。

 貧困率が15.7%というのは、07年のことであるから、昨年のリーマンショック以後の経済大不況で更に数値が大きくなっているものと推察される。

 ところで貧困率最低の国はデンマークであるが、幸福を感じる率では第一位である。貧困率の低さ(第一位)が幸福度第一位というのは相関性を示していて興味深いことである。

 民主党政権は、母子加算の復活とか子ども手当て支給とか高校授業料の無料化とかを打ち出しているが、雇用対策も含めて、貧困化を防ぐ対策を早急に講じて貰いたい。

 参考 Wikipediaから

絶対的貧困率

世界銀行の貧困の定義では1日の所得が1米ドル以下に満たない国民の割合の事。

絶対的貧困を示す具体的な指標は国や機関によって多様であるが、2000年代初頭には、1人あたり年間所得370ドル以下とする世界銀行の定義や、40歳未満死亡率と医療サービスや安全な水へのアクセス率、5歳未満の低体重児比率、成人非識字率などを組み合わせた指標で貧困を測定する国際連合開発計画の定義などが代表的なものとされている。

 

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2009年10月27日 (火)

相変わらず続く、ホームレス襲撃

 友人のFさんが付き合っているホームレスのことは、以前にも書いた。Fさんから来た手紙にまたホームレスの悲惨な出来事が書いてあった。以下に紹介する。

 10月15日夜、長くお付き合いしているKさんというホームレスが来宅した。

「すみませんが、また助けて下さい。自転車を修理するお金がないんです。来月お返ししますから、5000円ほどお借りしたいんですが。実は、缶を300kg売りまして、13000円稼いだのですが、あんまり疲れて、それにお金も入ってやれやれしまして公園のベンチで爆睡したんですわ。その間に、不良中学生か誰かわかりませんけど、財布を持っていかれ、自転車まで壊されてしもうたんですわ。自転車がないと商売になりません。そこの自転車屋さんに運び込んで幾らぐらいかかるか尋ねたんですわ。すると、5000円ぐらいかかるいわはるんですわ。ほんまに何度か助けていただいてるんですが、またお願いできんでしょうか。」

と懇願されましたので、財布の中の有り金約15000円を全部差し上げました。

 そのとき、彼に言ったことです。

「Kさん。明日私と一緒に区役所に行って、生活保護の申請をしましょう。前から何度かこの話をしました。もう潮時です。Kさんももう62歳になられましたから体の無理かききません。」

すると、彼は、

「もうちょっとやれる気がしますから生活保護申請を待って下さい。お願いしますす。」 

と言いました。そして、深く私に礼をして歩いて立ち去りました。その後姿に向かって、

「そのお金は差し上げたんですから、お返しになる必要はありませんよ。差し上げますよ。」

と大きな声で言いました。

 私は、 彼の話のなかには、社会的弱者が社会的弱者をいじめる構図があるとみています。資本主義社会の中ではじきだされた民の憐れさも物語っています。幸い私は金持ちではありませんが、多少のゆとりがあって身の丈にあった布施ができる立場にいます。出来る範囲で社会的弱者への多少なりともサービスが出来る人間でありたいと思っています。

 友人のFさんのような行為を「功徳」というのだと思う。いかなる見返しも期待しない行為である。少しでも見返しを思ったらそれは功徳ではない。

 ところで、社会の最底辺でかつかつに生活しているホームレスを襲って金品を巻き上げるだけでなく、持ち物まで破壊するような酷いことを平気でやれる人間がいることに驚きを禁じえない。一頃ホームレスを殺したり、襲ったりする事件がマスコミで報道されたが、相変わらず続いていることに背筋が寒くなる。やっている人間はホームレスを襲撃することは正しい行為だと理屈をつけているのであろう。その自分の心理や行為がどれほど卑劣で恥ずべきことかということに思い至らないことに恐ろしさを感じる。

 脳の働きは後天的に環境によって作られる部分もあるというから、今の社会状況が影響しているのかも知れない。Fさんが指摘するように、襲う側も何らかの弱者の立場にいるのかもしれない。

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山崎川のホームレスネコ

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2009年10月26日 (月)

初めて詩吟の吟詠大会を聴く

 10月25日(日)に名古屋の芸術創造センターで曾山流樹徳吟詠会、柳光会第五回吟詠大会が開催された。

 名古屋華マジカルグループのMさんが出演されるので見に(聴きに?)出かけた。私は、詩吟とは縁がなくこれまで直接詩吟の吟詠を聴いたことはなかった。もちろんドラマなどで吟ずるのを聴いたことはある。

 大会は午前9時45分から始まったが、メインは午後だということで昼から出かけた。新栄駅出口でHさん待ち合わせた。劇場に入って行くと花が所狭しと飾られていた。丁度記念式典が始まったところであった。運よくいい席が空いていて座れた。

 壇上には左側に女性の先生たち、右側には男性の幹部やベストが並んでいた。来賓挨拶などは関係がない者には退屈であった。

 セレモニーの後、青年部の吟詠で始まった。若い人でも詩吟をする人がいることに驚いた。

 その次は、各段位の優勝者が吟詠をした。

 その後は、総本部上席師範吟詠、来賓吟剣詩舞と続いた。詩舞や剣舞もあった。筑前琵琶も詩吟の中に入るとは知らなかった。旭光会会長、副会長が吟じた。

 一番のメインは、唐代の詩人白楽天の詩を構成した構成吟であった。ナレーションがあり、白楽天の事跡を辿りながら詩が吟じられた。平安時代日本に大きな影響を与えたということで、それに関連した和歌が吟じられた。

 男性によって、西行法師の

「なげけとて 月やはものをおもわする かこち顔なる わが涙かな」

 平安朝の女性に扮した女性二人が、大江の千里の

「月見れば ちじにものこそかなしけれ わがみひとつの 秋にはあらねど」

をそれぞれ吟じた。女性のひとりがMさんで堂々と美しく吟じていた。

 今回、詩吟なるものを初めて聴いた。尺八と琴による伴奏がうまくあっていて心地はほいのだが、どの吟詠も同じような節回しに聞こえた。

 口を大きく開けて、腹の底から朗々と吟じているので健康にはとってもよさそうだ。

 詩吟をいうのは、日本で発達した文化だと思うのだが、それだけに級とか段位とか師範とか家元とかいろいろあるようで、華道や茶道の世界と似ているようだ。

 Mさんのお陰で詩吟を直接聴くことができ、日本文化のひとつに触れることができたのはよかった。

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2009年10月25日 (日)

パイプオルガンとメゾ・ソプラノによる「聖母賛歌」

 10月24日(土曜日)18時から、中村区岩塚の五反城教会でのコンサートに出かけた。吉田文さんが演奏するパイプオルガンとメゾ・ソプラノ歌手のアグネス・エルケンスさんの独唱での「聖母賛歌」であった。

 17時半ごろ、岩塚駅②出口に出たが、高速道路の高架があっても方角が全くわからなかった。街頭に地図があった。西洋人が見ていた。私も教会を探したが地図には載っていなかった。そこへ男の人が来て、「教会は行くのですか?」と声をかけてくれた。その人も教会に行くのだと言った。その人についていった。

 教会に入ると、まだ数人しか来ていなかった。でも、6時近くになるとかなりの人が入った。面白いことに女性より男性の方が多かった。

 定刻より5分遅れて始まった。最初に吉田さんからコンサートの説明が10分ほどあった。

 6時15分にパイプオルガンの演奏から始まった。バッハの「私の魂は主をあがめ」だ。荘厳な響きが鳴り渡った。

 次いで、バルコニーでメゾ・ソプラノの歌がアカペラで歌われた。

 3番目は、高田三郎の「雅楽の旋法による聖母賛歌」で歌とパイプオルガンで演奏された。ちょっと変わった演奏であった。

 4番目は、バルコニーで、ピンゲンのヒルデガルト マリアへの賛歌がアカペラで歌われた。この歌は11世紀のものであった。メゾ・ソプラノの歌声が教会の天井に反響して如何にも教会で歌ったという響きであった。

 5番目は、アルフォンソ10世(13世紀)の聖母マリア頌歌集より、であった。オルガンと歌であった。

 最後は、現代の作曲家トーマス・マイヤー・フィービッヒのアヴェ・マリス・ステラであった。これは7部に分かれていて、殆どが、アカペラとオルガンが交互に演奏された。パイプオルガンの部分の曲想は如何にも現代音楽という感じであった。

 歌手のアグネス・エルゲンスさんは直立で歌ったが、きれいな声の持ち主でメゾ・ソプラノということもあり、聴きやすかった。

 コンサートが終了したのは、19時30分であった。

 次回は、11月8日に同じ五反城教会でコンサートが開かれるが、私は予定があって聴きにいけないのが残念である。

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2009年10月24日 (土)

精神科を文学でなく科学にせよ!

 以前に一度書いたように思うのだが、精神科の医者ほど楽なものはない。患者の訴えや様子を見て印象から診断を下すだけだ。だいたい精神病は治らないか長引くものと思われている。だからこれまでは、精神病棟に閉じ込めて、人権を奪ってきた。精神科病棟ではどんなに酷い看護をしても、相手が精神病だから患者の訴えなど通るはずもないなであった。

 通院の患者でも、適当に診断をしてそれらしい薬を与えておけば、命にかかわることはないし、仮に自殺したとしてもそれは本人の責任である。医者が医療事故の責任を問われることはないのだ。

 治らないというのが通念となっているから、薬を飲み続けることを勧める。精神病の薬は高価だから医者は儲かって笑いがとまらないだろう。

 それに対してうつ病など精神病の患者は増える一方である。職場や家庭など社会のストレスが増大しているからである。

 松沢大樹先生が画期的なMRIによる脳の画像診断法を確立したことは前に書いた。

 精神科の治療について、「心の病は脳の傷」の著者田辺氏は、次のように述べている。

「この方法の発見は非常に重要です。私はそれ以前の精神医学は『文学』だと思っています。従来の精神医学は科学的な証拠が少なく、本人の訴え中心の『文学』に近いものでした。科学とは誰が扱っても客観的に同じ結果が再現されることです。裁判で登場する精神鑑定が精神科医ごとに全く違う結果になるのは、本当は『科学』ではありません。松沢の断層法の画像が加わったことで、精神医学は初めて科学に変わることが出来ました。」(P.59)

  田辺氏が指摘するように、精神科医の主観による診断だから医者によって診断が異なることもあるのだ。文学とはいい比喩である。医学は科学でなければならない。精神病の診断が、松沢先生の断層法撮影によって「科学」となったのだ。

 ところが、精神医学界では、どうなっているかというと相変わらずの「文学」世界なのだ。その点について田辺氏は次のように述べている。

 「ところが、18年もの長い間、殆どの専門家がそれを知らなかったり、あるいは無視してきたのですから、医学・医療の世界には、私などには理解できない強烈な不思議があります。」(P.59)

 私に言わせれば、医者の怠慢もいいところだ。というより絶えず新しい方法を調べたり研究したりしない医者は堕落している。

 精神科でこの画期的な画像診断を取り入れれば脳の状態つまり病気の状態が一目瞭然だし、治療の状態も知ることができるのだ。売れっ子の香山リカ氏もおそらく知らないのであろう。

 名古屋には、岩波新書を書いた有名な先生や精神科医院や施設などを拡張している意欲的?な先生もいるが、どちらも画像診断はやっていない。旧態然とした主観でやっている。

 浮かばれないのは患者である。医者だけが儲かって、患者は社会復帰が出来ず生活にも困っている。

 この方法を取り入れるのに何も障害は無いはずだ。あるのは変なプライドだけだろう。

 精神科医よ、文学から科学に転換せよ!!

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2009年10月23日 (金)

「心の病は脳の傷」は素晴らしい本

 図書館で偶然に見つけた「心の病は脳の傷」(田辺功著、西村書店)は素晴らしい本である。

 何故素晴らしいのかというと、心の病―うつ病、統合失調症、認知症を治る病気だと捉えて、画期的な治療法を示しているからである。

 これまで統合失調症や認知症は不治の病とされ、また、最近急増しているうつ病も非常に治りにくい病気だとされている。

 それに対し、この本では、「うつ病、統合失調症、認知症」は同じ脳の病気であり、脳の傷によって発症するのだという。うつ病と統合失調症は混合型精神病で単独ではなく,まず「うつ病」になり、それから「統合失調症」に進むのだという。更に進むと認知症はそれが進行したものだというのだ。

 それは松沢大樹という放射線治療の先生が考え、特許をとった、MRIによる脳の画像を正確に撮影する方法で明らかにされた。

 その撮影方法でアルツハイマーを含む数千人患者や健常者の脳の画像を撮影し調べたそうだ。

 それによると脳の左右にある扁桃体に傷(欠損)が生じることが原因で、認知症では更に海馬の萎縮が加わるのだそうだ。統合失調症とうつ病では欠損の場所が異なる。

 画像診断と血液検査による血中のドーパミンとセロトニンの濃度を測定することで病気の進行状態や治癒状態がわかるのだ。

 治療には、精神病の薬も勿論処方されるが、使用量は極力抑えられる。副作用を減らすためだ。治療の中心は、運動と食事である。それは欠損部分を修復するためである。

 食べ物は、セロトニンの前駆物質であるトリプトファンを多く摂取できるバナナ、大豆、赤身の魚であり、欠損を治す神経肝細胞の膜を作る不飽和脂肪酸アラキドン酸を多く含む豚肉や牛肉も大事である。もちろん野菜や海草や果物や根菜類や他の豆類も普通に摂ることが大切である。タバコは呑まない方がよい。

 その上で運動をすることである。できれば朝の光を浴びながらの運動がよいが、どんな運動でもよいという。外に出るのが嫌な人は室内での運動でもよい。

 運動をすることで脳に血液が送られ脳の神経幹細胞が増殖するのだという。

 この本の要点は以上である。患者の方は直ぐにも実行されるとよい。たったこれだけで難しいことは何も無いのだから。

 この本の冒頭に

「この本を手にとった患者さんや家族は、非常に幸運です。」

と述べている。治らないが一生薬を飲み続けなければならないと言われている心の病の「うつ病、統合失調症、認知症」が治る病気だというのは大変な朗報である。

 ただ、この本にも書いてあるように、医者や精神科の医者でさえ松沢先生の治療法を無視しているそうである。何とも残念なことである。

 私は、読み始めてすぐに素晴らしいと感じたのだが。(つづく)

松沢大樹先生公式HP

http://www2.ocn.ne.jp/~taijudr/profile.htm

脳神経疾患研究所・総合南東北病院HP

http://www.minamitohoku.or.jp/

 心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る

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2009年10月22日 (木)

リフレ陽明をマジックで慰問

 10月20日、デイケアの「リフレ陽明」を慰問した。通りに面した小さな施設だった。幅広い建物入り口の前にいろいろな花の鉢を置いてかざってあった。

 入り口を入ると、そこがホールで、テーブルが置かれ、利用者の皆さんが集まっていた。男性が一人と女性が7人いた。こじんまりとした感じだ。スタッフは、女性が4人、男性が一人で利用者の割りにはスタッフが多いようであった。

 行ったときは、まだ入浴サービスを受けておられる方がいたので、揃うまでちょっとしたお話をするようにと会長がいきなり私に振ってきた。

 仕方が無いので、自分のメタボを克服した実践にもとづいた健康法の話を10分ぐらいした。、その後会長が5か条の長生きのキーフレーズを話した。

 最初に、私がやった。1本のロープから輪ができる手品でスタートでしたが、「オー」という声が上がった。シルクをはずす手品やカード手品、赤い箱をつかって当てる手品などどれも「オー」とか「エッ」とか声が聞かれ、マジックに興味を持って見ておられることが伝わって来た。スポンジボールでは皆さんに参加したもらい不思議さを楽しんでいただいた。

 続いて、利用者と同じぐらいの高齢のNさんが、ロングドレスに黒い帽子のステージ衣装で登場した。虹のロープで始まり、紙の袋からきれいな箱を幾つか出したり、品物を出して驚かせていた。筒から傘を取り出し、更につながった傘を取り出すと、大きな歓声が上がっていた。長い虹のシルクを出すのもベテランならではの演技でだった。他には、生卵の手品や袋卵を披露して不思議がられていた。

 最後に、Oさんが演じた。3個のコップを使ったカップアンドボールは、手練のいるマジックだが、今日が初めて演じたというのに、鮮やかに演じて、「どうして?」「どうなってるの?」などの声が上がった。お得意のレコードの色変わり、白い紙をお札にする手品。そして、使ったシルクを袋に入れてロープを出し、利用者さんに輪を作ってもらい、できた3つの輪をつなぐマジックなどどれも大きな驚きの声が上がっていた。

 終了後みなさんとお茶を頂いた。スタッフの中にマジックを目の前で見るのは初めてという方が2人いた。新鮮な驚きがあったようだ。利用者の方々もマジックを集中して見て下さり、声をあげて反応してくださったので大変やりがいがあった。

 私が、「男性としては、こういう素敵な女性スタッフがたくさんいるところにお世話になるのがいいですね。」と言ったら、たったひとりの男性利用者さんが大きくうなずいておられました。スタッフは、みなさん活発で気をつけて世話をしているようにいみえた。

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2009年10月21日 (水)

素敵なお経

 「般若心経は間違い?」(宝島社)という、スリランカ出身のアルマボッレ・スマナサーラという小乗仏教の長老によって書かれた本を買って読んでいたら、素敵なお経に出会った。

 スリランカ、ミャンマー、タイラ、オスなど小乗仏教の国で親しまれ、毎日唱えて、一切生命への慈しみの念を育てているという。その名は、

 「慈経」

(解脱という)目的をよくわきまえた人が、

静かな場所に行ってなすべきことは、(以下の通りである)

何事にもすぐれ、しっかりして、まっすぐでしなやかで、

人の言葉をよく聞き、柔和で、高慢でない人になるように、

足ることを知り、手が掛からず、雑務少なく、簡素に暮らし、

諸々の感覚器官が落ち着いていて、賢明で、裏表がなく、在家に執着しないように、

(智慧ある)識者たちが批判するような、どんな小さな過ちも犯さないように、

幸福で平安でありますように、生きとし生けるものが幸せでありますように。

いかなる生命であろうともことごとく、

動き回っているものでも、動き回らないものでも、

長いものでも、大きなものでも、中くらいなものでも、

短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも、

見たことがあるものもないものも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、

すでに生まれているものも、(卵なのこれから)生まれようとしているものも、

生きとし生けるものが幸せでありますように。

どんな場合でも、人を欺いたり、軽んじたりしてはいけません。

怒鳴ったり、腹を立てたり、お互いに人の心の苦しみを望んではいけません。

あたかも母が、たった一人の我が子を、命がけで守るように、

そのように全ての生命に対しても、無量の(慈しみの)心を育てることです。

慈しみの心を、一切世間(全ての生命)に対して限りなく育てることです。

上に、下に、横(まわり)に(棲むいかなる生命に対して)も、

わだかまりのない、怨みの無い、敵意の無い心を育てることです。

立っているときも、歩いているときも、座っているときも、

あるいは横になっていても眠っていない限り、

この(慈悲の)念をしっかり保つものである。

これが梵天。(崇高なもの)の生き方であると言われています。

(このように実践する人は)邪見を乗り越え、常に戒めを保ち、

正見を得て、諸々の欲望に対する執着をなくし、

もう二度と母体に宿る(輪廻を繰り返す)ことはありません。

 

アヌラーダプラ

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2009年10月20日 (火)

山崎川の可愛い野良猫

 毎朝ウオーキングをしている山崎川の道筋に半年余り前から野良猫がいる。白い毛にトラネコの模様が入ったきれいなネコが母親で、子どもを四匹生んだのだ。

 最初に見た時は子猫は大人のこぶしぐらいの大きさであった。それが今では母親に近い大きさに成長した。

 毎朝通る度にどうしているか気にして見ている。たいていはいるのだが時には見かけないこともある。

 餌はどうしているのだろうと心配していたら、ある日ブッシュの中にネコの餌が置いてあるのを見つけた。「ああ、誰かが餌をやっているのだ。」と納得した。それでなければ、あんなにすくすくと育つはずが無い。

 このネコたちは、たいへんきれいで可愛い。親も美ネコだが、子どもたちも美ネコ揃いだ。4匹のうちトラの部分がはっきりしたのが2匹、ぼやけたのが2匹と二つに分かれている。私は、ぼやけた方が気に入っている。一番大きいのは、トラ毛のはっきりした方である。きっとたくさん乳を飲みたくさん食べるのだろう。

 この猫たち、そばをひっきりなしに人や犬が通るのだが全く恐れる様子がなく、そばまで近寄ってくる。手を伸ばすと逃げて行くのは野良猫だからだが、大変人馴れしている。それで余計可愛いのだ。

 18日の朝通りかかったら、むしゃむしゃと餌を食べていた。近くに街路樹の剪定をする人たちがいた。その中のひとりが、「7ヶ月前から餌を持ってきてやっている。」と言った。それでネコがそこにいついている訳がわかった。

 「あの薄い毛の1匹は初め死にそうだったのに元気になった。」と言った。その弱い子猫が一番可愛らしい。

 この猫たち、食べるのを見ていたら、自分がおなか一杯になったと感じたらもうそれ以上は食べないようだ。人間ならおいしいと思ったらいくらでも食べるが、自分の必要量しか食べないのは大変利口である。猫に学ぶべきだと思った。

 こんなに可愛いネコなら飼ってみたいと思うこともあったが、世話が大変だろうと諦めた。毎日通る人たちも誰も家に連れて帰らないところをみると同じ気持ちかもしれない。

 それにしても、とっても可愛い猫たちである。いつも癒されている。

Cimg0039「ああ、おいしかった!」

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2009年10月19日 (月)

東本願寺の至宝展を見る

 10月25日まで、名古屋の松坂屋本店7階にある松坂屋美術館で開かれている「東本願寺至宝展」を見てきた。

 日本人は、こういうものに関心がある人が多いので入場者は次々と来ていた。最初の部分は、親鸞など本願寺の高僧の画像の掛け軸などがあった。

 ほとんどは大きな襖絵であった。狩野元信の「唐人物・花鳥図」円山応挙の「桜下亭襖絵・老梅図」などであった。円山応挙の作品はいくつか展示されていた。他には望月玉泉の「安養六種図」のような孔雀を描いた襖絵もいくつかあった。

 東本願寺は創建以来4度も火事で消失していて、現存のものは明治になってから建造されたものだという。全焼しているのでそれまでの襖絵とか仏像とかはほとんど残っていないようだ。

 再建のとき、襖絵を担当した京都の日本画各派の作品が展示されていた。

 最後の部分には、棟方志功の襖絵もあったが、前衛的抽象画で驚いた。いいのかどうかの判断はできなかった。棟方の作品では天女図が一番いいと思った。

 他には、徳川慶喜や家茂の写真と関わりを示す資料があった。

 東本願寺は徳川家康が江戸に幕府を開く前年に建てられたが、家康の寄進によるところが大きかった。家康は、日本統治の政策の一環として本願寺の後ろ盾になることが有利になると判断したに違いない。

 東本願寺は焼失の度に幕府などの支援により再建している。そして、現存のものは世界最大の木造建築物を誇っている。

 展示物の中に山奥から木を切り出して運んでくるようすを描いたものがあったが、大変な人数を使ったことがわかる。

 ローマ法王庁も東本願寺もミャンマーの黄金寺もすごい伽藍を誇っているが、宗教の精神からいうと首をかしげざるを得ない。

 本願寺の襖絵は芸術としては見るべきものがないとは言えないが、そうしたものが大きな宗教や時の権力の庇護のもとに作られたものである点にも思いを致すべきである。

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2009年10月18日 (日)

そこはかとない金木犀の香り

 数日前にNHKのローカル・ニュースで金木犀が咲き始めましたと言っていた。次の日、朝いつものように歩いていたら、そこはかとない金木犀の香りが漂って来た。辺りを見ると金木犀の木が濃い黄色の花をつけていた。

 歩いていくと、ところどころで金木犀の香りがする。それで自然に近くに金木犀の木があることがわかる。

 私が毎朝、ウオーキングをするコースには、大きな金木犀の木が二箇所あり、そのほかにも金木犀を庭に植えている家が何軒もある。金木犀を庭に植えている家は思ったより多い。

 不思議なのは、金木犀の香りを嗅ごうとわざわざ近寄っても匂わないことがある。そうやら風に乗って漂ってくるらしい。

 我が家にも、大きな金木犀の木があって今満開である。それで庭に出て嗅ごうとするのだがなかなかうまくいかないことがある。そうかと思うと近くの道を歩いていて我が家の金木犀の香が漂っていることがある。やはり風の具合のようである。

 私は、子どもの頃から金木犀の香りが大好きである。子どもの頃、近所に金木犀の木がある家があり、それが花をつけるのが楽しみであった。私の記憶では子どもの頃は、金木犀の香りを簡単に嗅げたように思う。きっと歳をとるにつれて匂いを嗅ぐ機能が低下したに違いない。

 多分、あと数日は金木犀の香りを楽しめそうである。

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2009年10月17日 (土)

買い物かごを平気で持っていく人が増えている

 私は、買い物が好きでスーパーや八百屋によく行く。先日、いつも行っている安売りの八百屋に行ったとき、積んである買い物籠を見て驚いた。さまざまなスーパーの買い物籠が混ざっているのだ。その店がもともと持っている買い物籠は僅かであった。

 私は、店の人に「買い物籠にどうして他の店やスーパーのものが混じっているの?」と尋ねたら、「お客さんが持ってきて換えて行くのよ。」と言った。

 イオンとかFeelとかピアゴとかVolorなどの買い物籠はみなそこへ買い物に行って客が籠を持って帰り、別の店に買い物に行くときに持っていって、その店のものと換えて持ち帰るのだ。

 そういえば以前から、その店には「買い物籠を持ち帰らないで下さい。」と張り紙がしてあった。しかし、効き目はないようだ。

 昨日、別のスーパーに行ったら、やはり「買い物籠を持ち帰らないで下さい。」と張り紙がしてあった。

 買い物籠が道端にほうりだしてあるのを見たこともある。

 これはきっと日本中で起きている現象に違いないと思った。大量に入れ替わっているということはたくさんの人がかかわっているからだ。日本人のモラルがここまで低下したのだ。店のものを持ち出してもきっと罪悪感がないのであろう。店の方も買い物籠を持って行っても自動車に品物を積んだらまた戻しに来ると思って何も言わないのだと思われる。

 買い物籠でも無断で持っていってしまえば窃盗罪だと思うのだがどんなものだろう。買い物籠ぐらいと思って気軽にやっているのかもしれないが残念である。

 親や大人がこんな具合では、子どもが悪くなるのも当然である。それにしても、どうしてこれほどまでに日本人のモラルが低下したのであろうか?

 

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2009年10月16日 (金)

教員免許更新制廃止を歓迎

 安倍内閣の目玉として実施された「教員免許更新制」が、民主党連立政権で廃止される見通しとなった。諸手を挙げて賛成する。

 私は、リタイアして長く、今後も教員免許を必要とはしないが、現職の教員であれば、10年後との免許更新は大変だろうと思う。

 そもそも安倍元首相は、学校が荒れているのは教員の指導技量の低下によるものと決め付け、責任を教員ひとりに押し付けたものであった。

 学校が荒れてかれこれ20年近くになろうかと思うが、最初は高校や中学で荒れていたのが、小学校にも現れるようになり、低年齢化して行った。そして幼稚園や保育園でも落ち着かない子どもが増えていった。

 生徒や子どもが荒れたのは何も教員の質が低下したのが原因ではない。子ども自体に心の変化が起きたのだ。全国的に同じように発生しているのが何よりもの証拠である。

 子どもの変質を招いたのは、地域の変化や家庭の変化や経済の影響やテレビやゲームなどの影響や食物の影響や・・・・いろいろと複合的に影響しあってのことであると思う。

 いつの頃からか、モンスター・ペアレントという言葉で表される身勝手な自己中心の父母が全国的に増加し学校を悩ませるようになった。

 こうした一連の動きの中で、安倍元首相は、教員さえ叩きなおせば学校はよくなると考えたのであろう。教育再生会議なるものを作ってその提案という形をとり教員免許更新制度を作ったのであった。

 しかし、この制度は大変不評であった。それで鳩山内閣では廃止を打ち出したのだ。

 同じ日の朝日新聞に、「医師免許の更新制度をつくれ」ということが「私の視点」欄に載っていた。諸外国では、医師免許に関しては免許の更新が主流なのに日本だけはないのだそうだ。

 私も、教員免許更新制度ができるときに、医師や弁護士などはそのままで何故教員だけ?という疑問を抱いた。

 私の現職教員のときは、研究会や指導会が毎年行われたし、自主的に研究をした。私の場合は、自分で費用を負担して研究会に参加したり、書籍を買って勉強したりすることを退職するまで続けた。生徒のために少しでもよい教育をしたいと思っていたからである。そういう教員も一律に免許更新で管理をしようというのである。

 私は、教員免許更新制度を作った真の意図は、教員を文部科学省の思い通りに管理し、物言わぬ教員を作るためであったと思う。

 先ず教育界を洗脳し、そして憲法改悪、自衛隊海外派遣に道を開くというのが安倍元首相の描いたシナリオであったに違いない。

 それを打ち砕く意味でも今回の決定は歓迎すべきものである。

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2009年10月15日 (木)

合唱のコンサート―昭和生涯教育センター祭り―

 10月31日(土)と11月1日(日)に、昭和区御器所の近くにある昭和生涯教育センターでセンター祭り(自遊ランド)が開催される。センターを中心に活動しているさまざまなグループが発表会や展示会をする。

 11月1日(日曜日)には、私たちの昭和男爵コーラスと女声コーラスのスイート・ポテトがジョイントでコンサートを開く。

 時間は、10時半から、女声コーラスのスイート・ポテトが合唱を披露し、11時から我が昭和男爵コーラスが歌うことになっている。

 スイート・ポテトは歴史が長く24年ににもなると聞く。昭和男爵コーラスは結成2年余で、センター祭りへの参加は3回目である。

 男爵というと偉そうに聞こえるが、本当は”男爵芋”のことである。先輩のスイート・ポテトがあるので男爵芋なのだが芋は外に出さずに男爵を名乗っているのだ。

 もともと昭和生涯学習センター主催の「50歳からの男声合唱隊」という短期講座があり、その修了者の有志により結成されたものだ。

 そういう訳で団員は合唱経験のない人が多かった。そのうち合唱経験が豊かな人たちも参加して現在に至っている。

 毎月2回の定期練習と1回の自主練習をしているが、この2年余で多少は進歩したのではないかと思っている。

 この間、「ふるさとメドレー」「千の風になって」「灯」「眠りの精」「春を待つ」などなどいろいろな曲を練習してきた。

 今回発表するのは、次の曲である。

◎ブラームスの子守歌(日本語・ドイツ語)

◎アヴェヴェルム・コルプス(モーツアルト)

◎ヴォーカリーズ

◎高原列車

◎出船

◎遥かな友に

 さて、いかなるハーモニーになるか。乞う、ご期待である。

写真は、昨年のセンター祭り出演。

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2009年10月14日 (水)

妙心寺―禅の心と美―展を見たけれど

 名古屋市博物館で10月10日から始まり11月23日まで開かれている「妙心寺―禅の心と美」を見た。Yさんが券をくれて一緒に行こうと誘ってくれたのだ。我が家は妙心寺の塔頭の檀家だからという興味もあった。日曜日ということもあってか参観者は非常に多く驚いた。

 展覧会は、2部に分かれていて、第1部は妙心寺開山から分派するまでの9代の高僧の画像と印可状と彫刻の坐像が中心であった。第2部は足利将軍や信長、秀吉、家康などの武将との関係を示す肖像画や江戸時代の白隠禅師の描いた仏画や書状などであった。

 有名なものとしては、瓢鯰図や長谷川等伯の寒山拾得、狩野探幽の障壁画、川合玉堂の描いた天井画の雲龍図などがあった。

 タイトルには、「禅の心と美」と記されているが、この展覧会を見た感じではとても禅の心と美を知ることは出来ないと思った。妙心寺や関係した寺に保存されている画像や仏像などを集めて展示しただけという印象であった。

 例えば、印可状の現代語訳が付されていればいいのだが何もなかった。彫像にしても木像なのかどうなのかの説明もなかった。

 禅の心を知るには、「公案」とそれについての解説でもあればいいのだがそれも無かった。

 不思議なのは、禅とは関係が無いはずの阿弥陀如来像や大日如来像などがあったことである。

 開山の関山慧玄は、雨漏りがするような貧乏寺に住んでいたというが、それが花園天皇の助力によって妙心寺を開いた。天皇と結びついてその庇護の下に発展したことが分かる。しかし、足利将軍により弾圧され一時は廃寺となったようだ。それを復活させたのも寺領の寄進などによってである。

 現在の妙心寺は京都花園に多くの塔頭を従えて、大徳寺と並ぶ広大なものである。

 禅の心から言えば、そうした建造物やきらびやかな袈裟や仏像などとは無縁のものである。不立文字で主として座禅と公案によって悟りを開くものではなかったか。

 

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2009年10月13日 (火)

健康食品―サプリメント―

 10月8日のNHKクローズアップ現代で、サプリメントによる健康被害が増加していると伝えた。私も何種類かのサプリメントを摂取しているので人ごとではないと思い視聴した。

 冒頭で、ダイエットのために「αーリポ酸」というサプリメントを飲んで2週間で手が震えるなどの症状が現れた女性を取り上げていた。

 このサプリメントには、1カプセルの中に何とほうれん草630kg相当のものが入っているのだそうだ。

 女性の血液を調べたらインシュリンが極端に多く、そのために血糖値が異常に低くなっていたという。最初すい臓のガンが疑われたが、このサプリメントを止めたら症状が治まったという。

 ヒアルロンサンとかコエンザイムQ10とかさまざまなサプリメントが次々に販売されている。サプリメント市場は年商6000億円規模だそうだ。

 サプリメントを摂取しても効くか効かないかは自覚できないものだと国立健康栄養研究センター長の梅垣敬三氏はコメントしていた。

 私は、活性酸素除去の目的で最初ビタミンB,C,Eを摂取し、その後眼を患い、パソコンをよく使うのでブルーべりーカプセルを飲み、更にミネラル錠やニンニクから抽出したアホエンを摂っている。結構なサプルメント派である。

 これらのサプリメントを摂取して健康が改善した自覚があるかというと、ないといっていいと思う。ただ、風邪を引かなくなったのは確かだと感じている。ブルーベリーについては全くわからない。

 ところで、先ほどの梅垣氏は、サプルメントについて、飲み合わせの危険を指摘している。薬と同じように、他の薬やサプリメントとの飲み合わせによる障害が出る可能性があるというのだ。また、サプルメントが薬品と同じようにカプセルや錠剤の形をしているのも問題だと指摘した。食品であるのに薬と間違う体裁をしているので誤解をあたえるというのである。その他に、効き目ばかりを宣伝して、悪い面を言わないのもいけないと言った。確かに宣伝を鵜呑みにするとよいことばかりのようである。しかし、化学薬品の一種である以上危険な面もあるはずである。

 厚生労働省や前記の国立健康栄養研究所HPでサプルメントの基準などを調べて参考にすることも大事であろう。

※厚生労働省 食事摂取基準

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/h1122-2.html

※国立健康栄養研究所

http://hfnet.nih.go.jp/

柿

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2009年10月12日 (月)

ひろさちやの「50歳からの仏教入門」

 ひろさちやが著した「50歳からの仏教入門」(講談社)を図書館で借りてきて読んだ。例によって語りかける口調で書かれており、分かりやすい説明である。

 別の本によると、彼は何と500冊以上の本を書いているそうだ。尤も、彼の著作には随所に同じ例えが出てくるし、言いたいことも同じである。つまり、同工異曲である。どうしてそんなにもたくさんの本を書いたのであろうか。エコの観点からいえばもったいない気がする。

 彼は、南方に伝わった小乗仏教は考え方が狭いと言い、北方に伝わった大乗仏教がよいという。推察するに、大乗仏教の中でも、浄土真宗などの信奉する阿弥陀経が一番だと考えているようだ。

 彼はいつも現代の卑近な言葉で造語をして説明する。例えば、始めに「奴隷になるな」「自由人になれ」と仏教では教えていると書く。(p.13)奴隷とは身も心も他に支配された状況をいう。

 彼岸と此岸の説明では、巧みな比喩を用いて説明している。

 大きな川があるとして、川の手前が此岸(娑婆の世界)である。向こう側が彼岸(仏の国)である。仏教では、彼岸に渡れと教えていると言う。

 此岸は煩悩の世界、苦の世界であるから、そういうもののない彼岸(仏の国)に渡らねばならない。

 どのようにして渡るかというと、妻子も財宝も全てを捨てて裸になって自力で泳いで渡らねばならない。つまり、出家をして渡るのが小乗仏教であると説明する。だから渡れるのは出家だけなのだという。

 それに対して、大乗仏教では在家のみんなも救われる方法を考えた。それは此岸(娑婆)にいたままでよいという。それにはものの見方を変える必要があり、それを教えているのが大乗上仏教だという。大乗仏教の代表的な経典である「般若心経」は般若つまり仏の智慧で彼岸に渡れ(波羅密多)と教えている。

 ひろさちや独特の表現を拾うと、例えば、

 釈迦がいう「中道」とは「いい加減」であると説明し、「奴隷的いい加減」と「自由人的いい加減」に分けている。勿論「自由人的いい加減」が眼目である。自分の主体性を確立し、自分の責任にもとづいたいい加減であるという。

 目標・目的に捉われて死に物狂いになるな。現在を大切に生きよ。過去を追うな。とも言っている。

 他には、真言宗系、禅宗系、浄土宗系について解説をしている。

50歳からの仏教入門 (黄金の濡れ落葉講座)

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2009年10月11日 (日)

大須大道町人祭り

 10月10日(土)と11日(日)の両日、大須で大道町人祭りが開かれている。例年名古屋祭りと同じ日に行われたのだが、今年は別の日になった。

 10日(土)は幸いにもボランティアの日本語教室が休みだったので、教えたことのあるJordanを誘って出かけた。

 11時からだと思って、10時半に東仁王門のふれあい広場で会う約束をして出かけたが、行ってみると土曜日は12時からだったのでがっくりした。

 案内所でプログラムを買おうと思ったら、今年は無料で配っていたので100円助かった。

 10時半ごろJordanが来たので、まず開会セレモニーの開かれる大須観音の境内に行った。そこでは11時から大須太鼓のパフォーマンスが30分間あった。そのあとセレモニーがあり、ちんどんやや目玉のひとつのおいらん道中の連中が集まった。それを見て浅間神社の会場に移動した。

 浅間神社の会場では、日本の伝統的大道芸が行われるのでそれをJordanに見せてやろうと思ったのだ。

 12時からの第1回のパフォーマンスは、太神楽であった。傘の上で毬や輪や枡を回したり、ジャグリングに似た棒の手取りなどを見事に演じた。女性の話術がなかなか面白かったので会場とのやり取りで盛り上がった。

 2番目は、江戸糸操り人形で、手板という日本独特のものを使っての操り人形でかっぽれや獅子舞などを演じた。日本的な手の込んだ操作で素晴らしいものであった。

 3番目は、珍しい乙女文楽であった。きれいな女性が人形と一体になって人形をあやつって七福神などの踊りを披露した。海外にも出かけて評判のようだ。

 その後Jordanは用があって帰ったが、私は、ふれあい広場の方に移って最後まで見た。

 カラカラという女性の音頭のバンド、中国人王鐸さんの雑技、山本光洋さんのパントマイム、Mr.Bunbunの哀愁仮面、ミス・サリバンのコミカルなジャグリング、サンキュウ手塚さんのパントマイム、今年が初出演というチュウさんのパントマイムを見た。

 王さんの輪の上の曲乗り、ミス・サリバン(日本人)のジャグリング、チュウさんのマジックを取り入れたパントマイムなどが面白かった。

 大道町人祭りは楽しみにしていて毎年見に行っている。小さいつり用の椅子を持って出かける。その他に投げ銭用の100円玉をたくさん持って行く。どの出演者の演技も素晴らしいので必ず投げ銭をする。

 大須大道町人祭りは32回目だという。大道芸人の中には14回も来ているという人もいた。素晴らしい芸を磨いて全国の町を回って生活をしているのであろうが、投げ銭を頼りに生活をするのは厳しいであろうと思う。好きだからやれるのかもしれない。

 江戸糸操り人形や乙女文楽のような伝統芸能を大道で守っている人たちには頭が下がる。

 ヨーロッパでは、石畳の街路で大道芸人や大道音楽家たちが演じているのを普通に見られるが、日本では禁止されているようで残念である。

 大須は見事に商店街の活気をとりもどしたが、大道町人祭りも非常によい企画だと思う。

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2009年10月10日 (土)

民衆教化と念仏について―私の仏教観⑪―

 古代から、飛鳥時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代・・・といつの世も、人間は不安や苦にさいなまれていたと思う。それは天皇や貴族や豪族のような富貴の人だけではなく、一般の民衆も同じであった筈だ。

 天皇や貴族や豪族などは高僧や僧侶の教えを受けて仏に救いを求めることが出来た。古くは聖徳太子が仏教に帰依したことで有名であるが、華厳宗、律宗など奈良時代の仏教も、平安時代の天台宗、真言宗などの仏教も富貴の人たちの支持を集めた。天皇は譲位をすると院を名乗ったがこれも仏教と関係があると思われる。いつの頃からか連れ合いを亡くした女性は等しく尼となった。

 彼らの中で財力がある者は、土地を寄進し大きな仏閣を建立した。また疫病や不都合があると僧に祈祷を頼んだ。そしてひたすらに無事な生活を願ったのだ。

 では一般の民衆はどうであったのか。彼らとて悩みや苦しみは同じように持っていた。というよりも地主や貴族や武士などから四公六民とも六公四民ともいわれる厳しい年貢などの公課を課せられて貧しい生活に喘いでいた。おそらく毎日が苦に満ちた悲惨な生活であったに違いない。

 そうした民衆は学問もなく仏の教えを知るすべもなかっただろうと思われる。その民衆を救うべく立ち上がった僧が現れたのだ。それが空也であり、一遍であり、法然であり親鸞であったと思う。

 彼らは民衆の中に飛び込み、民衆を教化した。文字も知らないであろう大衆に仏の救いを教えるに当たって、「南無阿弥陀仏」の6文字の称名を教えたのだと思う。

 もともとは阿弥陀経にもとずく教理であるが、そんな難しいことを言っても始まらない。それで、誰にでもわかるように極楽という素敵な浄土があって、そこには阿弥陀如来がおられて全ての人を救おうとしておられる。阿弥陀様に救ってもらうには、ひたすら念仏を唱えておすがりをすればよいと教えたのだと思う。

 これは単純明快な方法である。とにかく信じることなのだ。信じることによって救われるのだ。救われるとは、現世の苦しみを和らげ極楽浄土に往生できることを楽しみにして生を全うできるのだ。

 釈迦の教えは大変難しく、苦しみから救われる(悟りを開く)のはちょっとやそっとのことではできないし、第一学問が必要である。出家をして修業をしてそれで得られるかどうかということである。そんなことを毎日の農作業で精一杯の人たちには無理である。

 しかし、苦を逃れ、心の安らぎを得たいと思うのは当然である。その民衆を救うよすがとしての念仏は非常に適切であったと思う。

 「南無阿弥陀仏」と朝な夕なに唱え、いつか阿弥陀の浄土に往生して苦のない生活を送ることを楽しみにして生きるのだ。

 今でも「南無阿弥陀仏」を称名してお寺に参る善男善女は多い。おそらく難しいことは知らなくても単純に信じているのではないかと思う。ひろさちやはとにかく信じることだと言っている。

 私は、これまでに書いてきたように極楽浄土は信じないし、大乗仏教からはけなされようと原始仏教の釈迦の教えがよいと思っている。

 でも、釈迦も述べたように、救い(涅槃、悟り、心の平安・・・)の山に登る道はひとつではないのだから、どの道を選ぼうと個人の自由である。修行の道、哲学の道、禅の道、念仏の道・・・・。ただ、大事なのは、欲得を離れ、他を貶めず、騙さず、怒らず、妬まず、争わず、慈悲の心で、縁によって受けた生を楽しみ死を待つことだと思う。

※化野念仏寺

 

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2009年10月 9日 (金)

仏教は釈迦の原点に帰るべき―私の仏教観⑩―

 これまで9回にわたって私の仏教観を述べてきた。私が思うことは、仏教は釈迦の原点に帰るべきだということである。

 イスラム原理主義とかキリスト原理主義とか言われ、原理主義は何か悪いことのようにとられる場合もある。イスラム原理主義はシーア派のように反アメリカだし、キリスト教原理主義はブッシュ政権支持の中枢であったからだ。

 私が理解する限り、釈迦の説いた仏教は、この世についての見方、悟りへの道筋、人間の生き方を示したものである。その人間観は貴賎・貧富・賢愚・障害などに関係なく人はみな平等であるとする。また、争いをなくし平和を希求するもので平和主義である。

 釈迦の教えに従えば、他国を侵略したり、罪無き人を殺したり、他の人の物を盗んだり、人を騙したり、自分だけの利益を考えて行動したり・・・・することはない筈だ。だから、アフガンやイラクの悲劇も起こらないし、北朝鮮による拉致も起きないし、偽装問題も起きないし、何よりもウオール街の貪欲が引き起こした世界金融恐慌も起きなかった。

 釈迦の教えに従えば、他の人に温かい心をもって接するであろうし、他を押しのけて自分が前に出ようとする競争主義に陥ることもない。だから、ひろさちや流に言えば、金銭や出世や会社の奴隷になるとも無いのだ。

 このストレスの多い現代において、うつ病などの心の病を患ったり、自殺をしたりすることも無いかもしれない。また、生活習慣病などにかかることもないであろう。

 悟りを開き仏になった僧侶(寺院)は金儲け主義に走り、葬式仏教になることは決してない筈だ。僧は人々の心を救う先頭に立って人々の尊敬を集めるであろう。

 仏教の各宗派は、釈迦の原点を物差しとして自らの宗派のありようを見直すべきである。

 良寛とまではいかないにしても、欲望を解脱して慈悲の心をもち、心の平安を説いてもらいたいものだ。

  

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2009年10月 8日 (木)

葬式仏教・お経・戒名―私の仏教観⑨―

 日本の仏教が葬式仏教になっていることは誰の眼にも明らかなことである。お通夜、葬儀、初七日、それから毎週法事があり、四十九日の忌明けまで続く。その後も一年忌、3年忌、7年忌と法事がある。その他に彼岸、盆、命日などがある。

 通夜と法事は大体30分、墓経や盆の訪問経は4分程度の読経である。

 このお経が漢語で書かれたものをお経独特の抑揚をつけて読まれるのだ。聴いている者には何のことやらチンプンカンプンである。ただひたすらに有難がって聴くのである。

 「経」とは縦糸のことだという。釈迦の言葉を集めたと言われる経には、覚えやすいように作られた詩偈と「如是我聞」に始まる形式がある。その後経典はいろいろと修正されたり追加されたりして大部のものになった。

 葬儀で読まれる経は宗派により異なるが、大抵は漢語のものが多くて、中には日本語のもの(例えば、曹洞宗では、修証義)が読まれても文語で極めて難解である。

 お経をよく分かる日本語にしたらどうかという意見に対し、有り難味がなくなるからという反対が仏教界に多いと聞く。

 釈迦は、葬式をやれともましてお経を読めとは言っていないはずだ。経の内容は仏教における真理や生き方を教えるものである。それが大昔から祈祷にも使われるようになり、厄払いや平安無事を祈るものともなった。

 経のそのような使い方はおかしいと私は思う。

 そして今や経を読むことは坊主の特権となり、30分の法事なら6万円以上、葬儀なら50万円以上が相場と言われるようになった。チンプンカンプンの経を読むだけでとてつもない金額の実入りがあるのだ。寺や坊主の収入源は経を読むことによるが、それに対して宗教法人としての特権が加わって税金が課せられないのだ。坊主丸儲けとはこのことである。

 私の知人にお経のテープを買ってきて法事を済ませている人がいるがそれでよいと思う。何も高い読経料を払って坊主に頼むことはない。

 もうひとつおかしいと思うことがある。それは戒名である。仏教で葬儀をすると必ず檀那寺から戒名を貰うことになっている。宗派によって違いはあるにせよ、身分の高い人や金のある人には院号がつき、それから最下位の信士、信女まで何段階かの位がある。戒名は現代では金額によって決まる。最低の信士でも40万円が相場といわれる。死んでも貧乏人は戒名すらもらえないのだ。

 戒名というのは、何時頃誰が作ったのかは知らないが、戒律を教えられることにより、与えられる名である。本来は生きているうちに悟りを開いて戒律を授かる授戒を行って貰うのである。いわば仏弟子となった証明書である。

 生きているときに、本人の自覚のもとで戒名を受けるのはいいが、死後本人も知りようが無い名前を貰っても意味がないのである。

 戒名も所詮は寺の金儲けの手段なのだ。

 戒名はなくてもいいのだから生前に拒否をしておく手もある。

 戒名が金と結びついている現状についても釈迦が知ったら驚き悲しむことであろう。そういう釈迦の教えに背く現代仏教は仏教とは言えないのである。

 葬式仏教のまやかしが知られてきたからかどうか、最近では宗教に依らない葬式をする人が増えているという。また、遺骨・遺灰についても散骨をする人が多くなった。チベットでは鳥葬といって鳥に遺体を食べさせているが、自然の摂理にかなっている。中国でも散骨をする人が多いようだ。それでいいのだと思う。

 墓石にも戒名がなく、自由な発想のものが増えてきたとTVで放送していたのを見たことがある。墓石ではなく樹木葬というのもある。ゴビ砂漠で砂漠に土盛りをしただけの墓を見た。そのとき感動をしたのを覚えている。砂漠の墓は風移動した砂で埋まってしまうであろう。自然に還るのである。

 

 

 洋型墓石 寿陵型

 

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2009年10月 7日 (水)

悟りと心の平安―私の仏教観⑧―

 釈迦は、究極の心の開放としての涅槃の境地に達する道を説いた。涅槃は悟りとも言われ、悟った人は仏とも称せられる。

 では、どんな人がその境地に達せるのか?

 釈迦は、仏教の真理を知り、それを正しく(八正道)行えば悟りを開くことができると言った。小乗仏教では、釈迦が言ったように出家をして修業を積むことにより可能であると考える。

 それでは在家の一般人は悟りを得て平安な心で生きることはできないのであろうかという疑問が湧く。それに対して大乗仏教の考え方が現れ、誰でも可能であるとした。そのための道筋は宗派によって異なる。

 釈迦の時代と違って、現代はさまざまな誘惑に取り囲まれており、またいたるところにストレスが待ち受けていて襲い掛かって来る。そうした状況の中で悟りを開くことは至難である。修行をするに当たっていろいろな荒行をする人もいたし、今もいるが、現代という世の中はまさに修行の場であると思う。

 金が欲しい、いい大学に入りたい、いい会社に入りたい、いい家に住みたい、いい伴侶に恵まれたい、出世したい、おいしいものを食べたい・・・・・・。こうしたさまざまな欲望を払って心の平安を得るのは容易ではない。しかし、釈迦が説いたように欲望への執着を離れてみることにより心の安らぎが得られるのではないかと思う。

 心の働きは脳の働きである。先日の茂木健一郎がキャスターを務めた奇跡の脳のTV番組で彼がそう言ったが、私も同じ考えである。脳の働きだからf-MRIとか光ポトグラフィで観測が可能になった。

 例えば、私が初めの頃のblogで紹介した「脳にいいことだけをやりなさい(茂木健一郎訳)などもその一例である。

 その中で紹介され結論されていることから考えてみると、釈迦が説いたことは脳科学の面から見てもよいことだということがわかる。

 私たちは凡人だだから心の平安を得ればよいのだ。それには釈迦の教えを学び生きる上での助けとすることもよいのではないかと思うのだ。

 ひろさちやなどは悟りを得る(仏になる)のは無限大の過程だと言っているから肩肘はらずに、それこそ「ポケットに仏様を入れて」でよいのではないかと思う。

 

 釈迦如来像

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2009年10月 6日 (火)

釈迦の眼から見ると―私の仏教観⑦―

 釈迦入滅は紀元前383年とされ、入滅後割合早い時期に500人の僧が集まって第1回の結集が行われた。

 第2回の結集は入滅後100年余たって700人の僧を集めて行われた。このとき上座部と大乗部の2派に分かれたと言われる。

 更に100年余を経て約20の部派に分かれた。

 そして、紀元前後に大乗仏教が興ったと言われる。この大乗仏教が中国・朝鮮を経て日本に到達したのだ。従って日本に現存する仏教諸宗派は大乗仏教に括られる。

 仏教が伝来したのは600年ごろで、聖徳太子などの帰依を受けた。奈良時代の東大寺(華厳宗)は鎮護国家の寺として建てられ、大仏が建造されたが、これは周知の通り、聖武天皇によってであった。

 このように仏教は天皇や貴族の信仰により、巨大な力を持つに至った。

 初めは民衆宗教として空也や一遍上人や親鸞などによって興された念仏仏教もいつの間にか権力と結びついてその庇護の下に巨大化した。

 平安時代に空海によってもたらされた真言宗や最澄によって開かれた天台宗も同じように祈祷などをして天皇や貴族と結びつき巨大になった。

 鎌倉時代に伝わった禅宗も例外ではない。新しい権力を持つようになった武士と結びついて大きな力を持つようになった。

 江戸時代になると、徳川幕府の人民支配の組織として、檀家制度が作られ、人々は全てどこかの寺院の檀家させられ、それが今日まで続いている。この間、仏教はどの宗派も形骸化し、つまるところは「葬式仏教」「金儲け仏教」となってしまった。

 私の母は、2年前に亡くなったが、曹洞宗の寺から葬儀料として100万円を請求された。戒名は信女であるのにだ。10年余り前に亡くなった父のときは、同じ寺から70万円を請求された。確実に値上げしたのだ。

 私の知人は臨済宗であるが、最近葬儀をして、やはり同じような高額の金を堂々と請求されたと言っている。

 この他に7日毎の法事に2万円から3万円、年の法事になると6万円以上が請求される。たった30分の読経代としてである。

 お施餓鬼が1万円、墓の読経料が2000円である。しかも、早口で4分ほど読むだけである。

 このような儲け主義の日本仏教の実態をもし釈迦が見られたとしたら何と言われることであろう。言下に「仏教ではない!!」と唾棄されるであろう。

 釈迦は、出家修行の身の依るべき四つの法、即ち「四依」を定められたと言う。四依とは、

①常乞食   ②糞掃衣  ③樹下座   ④陳棄薬

であり、これが僧の守るべき基準で欲望充足の最小限度を示したものであった。

 もともと、お布施が基本であり、金品の額とか量を決めて要求することは法度であったのだ。それがいつの間にか権力や金力とと結びついて壮大な力を持つようになり、救うべき民衆からも金品を要求して己の懐を豊かにし欲望の鬼と化し堕落してしまった。

 こんな話がある。京都のさる名刹の高僧は70歳を過ぎるまで女性を知らなかった。ところがあるときトルコ風呂に誘われて出かけた。そして女性のサービスに現を抜かし、とりこになってしまった。それからは頻繁に通って、「この世の極楽じゃ。」と言っていたそうである。

 京都嵐山の有名な天竜寺の高僧(名前を忘れた)は、祇園の芸妓げいこ遊びで有名であった。高僧と言われる人も皆破戒坊主なのである。

 奈良薬師寺の橋本凝胤という有名な高僧がいたが、私が、父の代理で勲章を貰いに行ったときに同じテーブルで食事を頂いたことがあった。彼は確か勲3等瑞宝章であったと思うのだが、そんな勲章を喜んで受けていたのでがっかりしたことを覚えている。

 「葷酒山門に入るを禁ず」と門脇の石碑に記しながら、「般若湯」と称して恥もなく寺内で酒を飲むことをする。大体、どの宗派でも坊主には酒飲みが多いと言われる。

 父の葬式のとき、庵主も来たが、法事で出した会席料理をお土産にもくれと要求したので驚いたことがある。

 京都に鈴虫を飼って有名な「鈴虫寺」があるが、そこでは”幸福のお守り”を売っていて、nonnoなどで知った若い女性に人気があった。その和尚に「お守りはどうするのか?」と尋ねたら、「古いのを返して新しいのにすればご利益がある。」と言った。そんなお札で幸せになる筈が無いからこれは詐欺である。

 このように坊主や寺の退廃振りをあげればきりがない。

 ひろさちや式に言えば、高僧といえども世間の物差しから離れられず、欲望の奴隷となっているのだ。

 これまでに書いた釈迦の教えを物差しとして見れは、何がおかしいのかが一目瞭然である。

 私が知る限りの宗教者で立派だと思うのは、良寛とシュバイツアーとマザーテレサぐらいである。

 

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2009年10月 5日 (月)

欲望と苦と解決法―私の仏教観⑥―

 人間は欲望をもち欲望充足のためにさまざまな活動をする。釈迦は、その欲望は突き上げてくる衝動のようなものとして、「喝愛」といった。喝愛によって人は苦しみに悩まされる。心の平安がもたらされないのは、欲望に溢れているからであるとした。

 「煩悩」は、貪欲とか怒りとか愚痴とかねたみによってもたらされ心をかき乱された状態である。煩悩を説くにあたって釈迦は火をもって例えた。

 「広い世間はみな焔の上にある。みんな燃えている。人間も燃えている。眼も口も鼻も耳も体も燃えている。貪りの焔、怒りの焔、痴かさの焔が熾烈に燃えている。その焔を消すようにしなければならない。」

 釈迦は、心の平安を求めるには喝愛をなくすことであると説く。そして欲望を取り除く方法を教える。

 人は欲望を満足させるために神に頼み、祈祷をすることがあるが、釈迦はそれを否定した。煩悩を鎮め究極の境地である「涅槃」に至る道を教えた。

 涅槃とはもろもろの煩悩が消滅した境地である。喝愛の滅であり、貪・瞋・癡の滅であると教えた。

 涅槃は梵語のニルバーナの音訳で、滅、滅度、寂滅などという意味である。灯火が消えるように煩悩を滅した境地である。

 煩悩は消しても消しても燃え上がってくるので消すのは容易ではない。それを滅するには「八正道」によると説いた。八正道とは、

 正見→四諦の理を見極めて、正しい見解を下すこと。

 正思→四諦の理を見極めて、正しい思惟を行う こと。

 正語→正しい言葉を話すこと

 正業→正しい行いをすること

 正命→正しい生活をすること

 正精進→正しい努力を重ねること

 正念→正しい自覚をもつこと

 正定→正しい瞑想をすること

 釈迦は、この八正道を「中」によって(マッジエーナ)説いている。つまり、「中道」である。中道というのは、二つの極端(二辺)を離れたという意味である。偏った立場に立って物事を見たり、判断したり、実践したりしないということである。一切有も一切無も排している。修行の際の苦行も支持しなかった。

 まさに中道によって、釈迦は悟りを開いたのだ。

 釈迦の説いた「四諦」(四つの真理)

①苦聖諦→最初に述べた「生・老・病・死・五取蘊」のこと。

②苦集聖諦→苦を生起するものは喝愛である。これには三つある。一つが欲愛 (情欲の愛)、二つ目が、有愛(生命への喝愛)、三つ目が、無有愛(安息への欲愛)

③苦滅聖諦→苦を滅する方法である。それは四諦を知ることである。

④苦滅道聖諦→八正道こそが苦を滅するために行われるべき実践の真理である。

※以上については、「仏教入門」(増谷文雄)「万人に語りかけるブッダ」「釈迦の本」(学研)を参考にした。

 

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2009年10月 4日 (日)

あの世・極楽・地獄―私の仏教観⑤―

 死後の世界ーあの世ーはあるのか。人により考え方が異なる。

 キリスト教では”天国”があると言うし、イスラム教も似たようなことを言う。インドでは釈迦以前から輪廻転生の考え方があったので、前世や後世があると言い、人間が今生きているのも過去の何かの生まれ変わりであり、死ねばまた別のものに生まれ変わると考える。

 しかし、釈迦はその考え方を外道の考えとして退けた。釈迦は、死後の世界について弟子から問われてもあえて答えなかったという。そういうことにとらわれるよりも現在の生き方、心のもちよう―法―を大事にしたのだ。

 仏教においては浄土はひとつではなくていろいろな浄土が想定された。十方に仏国土あり、浄土ありと経典に記されているという。その中で弥勒菩薩(京都広隆寺の半跏思惟像は有名である)を信仰する弥勒浄土があるが、これは大乗仏教の成立によって現れた。(ちなみに大乗仏教ができたのは釈迦入滅後500年ほどのちといわれる)

 その後、阿弥陀仏の浄土が信仰の対象となった。阿弥陀仏とその浄土すなわち”極楽”に関する詳しい記述は、「無量寿経」と「阿弥陀経」の中に見られるという。

 法蔵という比丘がいて修行を重ねて自ら無量寿仏(阿弥陀仏)になることが出来た。阿弥陀如来は、西方十億万土の彼方にあって、気候温暖、花が咲き乱れ妙なる音楽が流れ平和な極楽にいて、全ての衆生を救うという願をたてられた。極楽往生(極楽に行って生きる)するには、臨終に際して南無阿弥陀仏の称名念仏を10回唱えればよいのだという。それで極楽信仰が広まり、大抵の人は、仏教とは極楽往生を説くものと思うようになった。

 しかし、釈迦は極楽の考えを持ってはいなかったことが大事である。釈迦が説いたのはあくまでも現世での処し方である。

 中国の揚子江中流の地に閻魔大王庁が造られているという。当初、地獄の考え方はインドにあったようだ。それが中国に渡り日本にも伝わったのだ。

 三途の川とか閻魔大王とか地獄は恐ろしいものとして描かれ、敦煌やカンボジアの遺跡にも地獄が描かれた壁画や彫刻がある。恐らくよい行いをしないと死後もひどい罰が待っていて苦しまなければならないぞと脅すために想定されたのだと思う。

 江戸時代、白隠禅師は、地獄と極楽は人の気持ちの持ちようだと教えた。人が怒ったとき、地獄であり、幸せを感じたとき、極楽であるという。つまり、心のもちようであるとしたのだ。

 私自身は極楽も地獄も信じない。釈迦が説いた現世の心の持ちようでよい。ただ、人はさまざまだから心の安寧をうるために阿弥陀信仰・極楽往生があるのは悪いとは思わない。

 http://calamel.jp/%E6%A1%A7%E6%9C%A8%E5%BD%AB%E4%BB%8F%E5%83%8F%E4%B8%B8%E5%8F%B0%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E5%A6%82%E6%9D%A5%E7%AB%8B%E5%83%8F/item/1497337

 

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2009年10月 3日 (土)

無常と無我―私の仏教観④

 仏教とは、何を説く宗教か?

 「三つの法印(法とは真理のしるし)を主張するというのが定説であるという。

①因縁によって形づくられた全てのものは”無常”である。(諸行無常)

②現象界の全ての事物(諸法)に永遠不変の実体というものはない。(諸法無我)

③全ての迷いが消え去った悟りの境地は静やかで安らぎの世界である。(涅槃寂静)

※以上に、(一切皆苦)を加えて「四法印」とする場合もある。

 「一切の形成されたものは無常である(諸行無常)と明らかな知恵をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。」

 「一切の事物は我ならざるものである(諸法無我)と明らかな知恵をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。」

 「一切の形成されたものは苦である(一切皆苦)と明らかな知恵をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。」(ダンマパダ)

 「色、(受・想・行・識)《五薀》は無常である。およそ無常なるものは苦である。苦なるものは無我である。無がなるものは、それはわたくしのものではなく、これはわたくしではなく、わたくしの我ではない、とこのようにこれを如実に正しい智慧で見るべきである。」(相応部) 

以上は (参考文献:「万人に語りかけるブッダ」(雲井昭善著、NHK)p.41~243

 平家物語の冒頭に使われて有名な「諸行無常」は、全ての事は因縁生起であり、方丈記に行く川の流れは絶えずして、かつ浮かびかつ結び・・・とあるように、時間の経過と共に変化していくものである。

 これは物においても同じで、形のあるものはすべて変化し、ひとつとして同じものはない。”無我”なのである。

 この考え方は、唯物論においても同じである。唯物弁証法では変化・発展ととらえる。

 色は身体であり、受・想・行・識は精神であるが、これらは”五薀仮和合”で一時的に一緒になっているのだから死ぬことにより離れ消滅する。何事も有為転変なのである。

 唯物論では、変化・発展と捉え科学の見方を取り入れているから、変革が可能であるという立場である。それを政治に適用すれば革命の理論ともなる。

 しかし、釈迦は唯心論なので、変わり行くものだから現象に捉われることなく、その実態をよく見て対処することにより、苦を苦としない心をもつようにと言っているのだと思う。

 「苦とは、サンズクリット語では『思うがままにならないこと]だと言う。人は、思うようにならないことを、思うようにしようとして、それで悩み苦しんでいるのだ。釈迦が教えたかったことは、

―『苦]にするな!―

ということである。」(ひろさちや著、「50歳からの仏教入門」p.54)

 釈迦は、このようにも言っているという。現在を大切に生きるべしと。

「過去を追うな。

 未来を願うな。

 過去はすでに捨てられた。

 そして、未来はまだやって来ない。

 だから現在のことがらを、

 それがあるところにおいて観察し、

 揺らぐことなく、動ずることなく、

 よく見極めて実践せよ。

 ただ、今日なすべきことを熱心になせ。

 誰か明日の死のあることを知らん。」

    (同上、p.64)

 事態は、物事は、ものは、常に変わって行くのだから、過去に拘ったり、未来をおもんばかって悩んだりしても意味がないと言うのだ。

 私は、過去のことを思い出して偲ぶのはよいが、くよくよしても仕方がないと思っている。また、一寸先は闇だと思う。時間でいうと刻々と変わる同時進行の今しかないのだ。ただ、予想・予測は可能だからそういうものとしての未来はある。

ワットプラマハタート

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2009年10月 2日 (金)

祈りとお賽銭とご利益―私の仏教観③―

 神社に行ってお参りするとき、お賽銭を箱に入れ、太いロープの垂れ下がった鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼をしてお祈りをする。

 どこで読んだのか忘れたが、お賽銭箱に入れるときコインを投げると音がするが、それは神様に、「確かに入れましたよ」と知ってもらうためだそうだ。鈴を鳴らすのは、神様に「参拝に来ましたよ」と伝えて神様にお出ましを願うことで、拍手はやはり音で神様に伝えるのだということであった。大変面白い話だと思った。

 日本の神様はおおらかで明るくてあからさまだ。お金を堂々と要求し、それによって願い事をかなえてあげると言うのだから。

 神様が願い事を適えてくれるかどうかは定かではないし、金額の多寡によって差があるのかどうかも定かではない。それでも人はご利益を求めてお賽銭を上げてお祈りをする。

 人間は欲望の塊だから金のある人はお賽銭にコインではなくお札を使う。正月の初詣は神社のかきいれどきである。 もっと金がある人や身分の高い人は、昇殿が許されて記帳をしお祓いを受ける。神社では、確実に差別を取り入れているのだ。

  お願い事をするときは、「○○高校に入れますように。」とか「株で儲かりますように。」とか「ガンが治りますように。」などと具体的に祈る。そして少し安心感を得るのだ。

 ひろさちやはそのような祈り方を「請求書の祈り」と呼んで否定している。私も同じ考えである。

 もし神様が存在するとして、神は全ての人々に平等に対処されるはずだから、お賽銭の多寡や身分によって差別をするはずが無いと思っている。それなのに参拝し祈る人は、自分だけがよいように、自分の願い事をきいてもらえるようにという下心で祈るのだ。

 一番ひどかったのは、戦前である。天皇を現人神に仕立てて「国家神道」とし、神風特攻隊を作ったり、全国の神様を総動員したりして国民を戦争に駆り立てた。兵隊の命を鴻毛よりも軽しといい、他国や民族をさげずんで戦ったのだ。戦争に負けたのは当然である。神様なんてまやかしであることが証明されたのだ 

 その事実を敗戦によってはっきりと突きつけられ日本人はそこから学んだのかというと、多くの日本人は何も学ばなかったのだ。だから靖国の亡霊がいまだに闊歩しているのだ。

 溺れる者は藁をもつかむといい、鰯の頭も信心からというから、何を信じようと自由である。ただ靖国のようにそのことで他国や反対する人々まで巻き込んでもらっては困るのだ。

 ところで、神様には神という偶像が存在するが、仏には偶像は存在しないことはこれまでに述べたとおりである。私は、心のもちようの問題で一切の偶像は否定する。だから長野善光寺のように、寺院にお賽銭箱が置いてあったり、振鈴があったりするのはおかしいと思うし、ご本尊と称する仏像が置かれているのもおかしいと思う。

 仏様と呼び偶像化するから仏が神と同じ物になってしまっているのだ。徳川幕府の政策で神仏習合が行われたので、神も仏もいっしょくたである。

 寺院は堂々と金を集め、ご利益があると言って善男善女を平気で騙している。私に言わせれば釈迦の教えに背くもので恥ずべきことである。

 いわんや葬式に100万円~数百万円を要求したり、法事に何万円も要求する仏教は本当の仏教ではない。

 釈迦は、全ての物欲を捨てることを教えられたのだ。

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2009年10月 1日 (木)

釈迦は神を造らなかった―私の仏教観②―

 仏教寺院には、仏像が安置され崇拝の対象となっている。日本の寺院の中には神仏混淆のところがあり、神様も祀られている。

 だから仏教と言えば何か偶像を信仰するものと誰でも思っている。子どものときから疑うこともなくそう信じている。

 日本人は、お寺に行ってお賽銭を上げそこに安置されている仏像に手を合わせて祈る。また、神社に行けば、振鈴を揺さぶって到来を告知し、お賽銭を上げてその神社の神(そのご神体がどんな姿または形をしているか誰も知らない)に祈る。

 イスラム教では偶像崇拝を禁止している。ただ祈りの建物があるだけだ。

 釈迦が誕生したインドはヒンズー教がありさまざまな姿をした神があった。しかし、釈迦は、神もしくはそれに類するもの(造物主など)を造らなかった。

 したがって、仏像を造ってそれを礼拝の対象にするということもなかったのだ。これは後世の仏教指導者(多分最初はインドで)が創造したものである。それどころか釈迦は自分を供養の対象にすることも求めなかった。死ぬ間際に釈迦が説いたのは、「自灯明・法灯明(わたしの死後は、自分自身を灯明とし法をよりどころとせよ)」(ひろさちやによる)であり、「人能く法を受け、能く法を行ずれば、これすなわち名づけて如来を供養すという」(長阿含経)だという。

 東大寺の大仏、タイには大きな金の寝釈迦像、敦煌の石窟にも巨大な釈迦の石像がある。これらも釈迦が入滅してから遥か後に造られたものである。

 釈迦が説いたのは、涅槃ー心の平安ーであり、どうしたらその境地に至れるのかであったから、神や仏を造らなかったのは当然のことでもある。

 釈迦以前からインドでは、修行をして仏になるということが行われていたという。釈迦自身も全ての人間は仏になれると言っている。「大般涅槃経」には、「一切衆生、悉有仏性」と書かれている(仏教入門p.18)という。覚者、知者となれば仏陀となれるのだが古来稀であった。人間には煩悩が多くて悟りを開けないからである。※ひろさちや著の「50歳からの仏教入門」によると、「一切衆生、悉有仏性」は大乗仏教の真髄であるという。

 大事なことは神や仏という偶像崇拝に頼ることなく、自分自身の心の持ちようを正して仏になることなのである。

 釈迦が偶像崇拝を排したことは賢明であったと思う。いや、本当の仏陀になったからそれが出来たのだ。

 私は、釈迦の教えの根本に立ち戻って、まず、このことを考えてみることが大切であると思っている。

 ミャンマー最古の釈迦像

 

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