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2009年9月16日 (水)

カラオケ嫌いがカラオケにはまる

 私は、勤めている間は勿論、退職後もカラオケは大嫌いであった。理由は、高い声が出ないからであった。それに演歌が好きではなかった。だからカラオケに行くことは先ず無く、忘年会の後に誘われればついて行く程度であった。

 そんな私が、5年ほど前からカラオケに行くようになった。最初は同じ英語会話クラブにいたOさんが大のカラオケファンで私をしつこく誘ったのだ。それで付き合って一緒に行くうちにカラオケに少しずつ馴れていった。

 私とOさんが行ったのは、家から割合近くにある、カラオケバーであった。カウンターがあって、10数人も入れば満席になるような小さな店である。チケットを買って小中のボトルをキープするかビールなどの飲み物を注文するのである。

 初めて行った時は、みんな大変上手なので驚いた。歌は演歌が殆どであった。私は演歌を殆ど歌えない。昔、淡谷のり子が「演歌なんてどこがいいの?」と敬遠していたが、それを聞いて我が意を得たりと思っていたぐらいだ。

 演歌を軽蔑して嫌いなのではなく、演歌を聴くとどれも同じようなメロディに聞こえるからである。最近知ったことであるが、やはり演歌は同じようなメロディに聞こえるらしい。それはヨナ抜きで作曲されているからだという。

 最初の頃、私が歌えた歌は、岸洋子の「希望」ぐらいであった。この歌は大好きであった。他にはペギー葉山の南国土佐を後にして」、中国語の「月亮代表我的心」、英語の「ブルーハワイ」や「LOVE ME TENDER」ぐらいであった。

 演歌を歌わないので違和感があったが、私は逆に人が歌わない歌を歌うことにした。それでOLD DAYSなどの英語の歌を覚えるようにした。また、中国語の歌も少し覚えて行った。

 岸洋子や越路吹雪の歌がが好きなので「愛の賛歌」「サントワマミー」などを歌えるようになった。

 カラオケに通っているうちに、沖縄の歌を幾つか覚えた。「花」「涙そうそう」「芭蕉布」などがそれだ。

 演歌は相変わらず歌おうとは思わなかったが、出身地が熊野古道近辺なので水森かおりの「熊野古道」を歌えるようにした。

 フランクシナトラの「MY WAYはおはこになった。加藤登紀子の「百万本のばら」岸洋子の「恋心」なども好きである。

 古い歌は自然に覚えているので「哀愁の街に霧が降る」や「青葉城恋唄」なども歌える。

 カラオケのいいところは、キーや速さを変えられることである。だから声が高くて歌えない曲もキーを♭2ぐらい下げると歌えるのだ。それにビブラートやエコーがかかるので歌っている人をいい気分にさせてくれる。

 昨日も書いたように、少しでも音が出せるようにと思いコーラスに入ったが、確かに効果はあったようだ。カラオケのママさんや常連さんに「よく声が出るようになった」と言ってもらえるようになった。

 「千の風」や最近の人気歌の秋元順子の「愛のままに」はまだ人気が無い頃に私が最初にカラオケで歌った。

 今やカラオケにはまり、月に2回カラオケに行っている。

Wikipediaから

「四七抜き音階」とも表記し、ヨナ抜き長音階を西洋音楽長音階に当てはめたときに主音(ド)から四つ目のファと、七つ目のシがない音階のことである。雅楽の呂旋法がこれに当たり、西洋音楽関係者が日本音階の特徴として名付けた物である。

ヨナ抜きといえば戦前のもの、懐メロというイメージを持つ向きも多いが、演歌は現在でもヨナ抜き音階が主流である。別れや失恋など悲しさ、わびしさ、やるせなさをテーマにした歌が多いため、圧倒的にヨナ抜き短音階の曲が多いが、「北国の春」、「夢追い酒」や、21世紀になってから登場した氷川きよしの「箱根八里の半次郎」、「星空の秋子」まで、ヨナ抜き長音階のものも多い。

 マイクイメージ

 

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