« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月30日 (水)

釈迦が説いたのは心の持ちよう―私の仏教観①― 

 長谷部さんのコメントに触発されて書く。

 私は、大学に入った頃から仏教に関心を持ち、よさそうな解説書を読んだ。私がよい本だと感じたのは、当時、栄の松本古書店で見つけた「仏教入門}(増谷文雄著)である。この本は今も大切にしている。

 この本によって、私は、原始仏教というものを知ることができた。著者は、原始仏教について阿含経によって知ることができると言う。原始仏教は釈迦によって説かれた仏教の教えの中で最も釈迦に近いものと言われる。

 釈迦の時代は、全て口伝であって、文字の経典が編纂されたのは、何と釈迦没後100年以上も経ってからである。それまでいろいろな伝わり方をしていた釈迦の教えを持ち寄ってまとめようということで会議(結集→ケツジュウ)が開かれて最初の経典がつくられたようだ。

 その後もさまざまな経典が作られて来た。だから経典と言っても、その後の指導者の考え方や解釈が付け加えられているわけだ。

 私が、知りたかったのは、釈迦の教えである。いったい釈迦は何を教えたのかである。

 釈迦の死後、仏教は南方の諸国と北方の諸国の伝播した。だからタイやスリランカやビルマなどの南方系仏教と中国や朝鮮や日本などの北方系仏教の流れがある。

 現在残っている僧のありようを見ても、南方では一様にカーキ色の衣を纏っているが、北方では墨染めの衣が多い。

 共通しているのは、仏像を造って拝む対象とすることや大きな伽藍を造ることである。

 そもそも釈迦は仏像のような偶像を造ることや大伽藍を造ることをすすめたのであろうか?私の理解する限りでは、釈迦はそういうことを否定したのだ。

 釈迦が説いたのは、「涅槃」である。彼が菩提樹の下で悟りを開いたと言われるその境地である。

 つまり、釈迦は心の持ちようを説いたのだ。

「比丘らよ。苦聖諦とはかくの如し。生は苦なり、老は苦なり、病は苦なり、死は苦なり。怨憎する者に会うは苦なり、愛する者に別離するは苦なり、求めて得ざるは苦なり、略説すれば五取薀は苦なり。」と、鹿野苑での初転法輪(悟りを開いての最初の説法)で述べたと言われる。※五取薀→人間のさまざまな執着、色、受、想、行、識、つまり精神と肉体

 どうしても避けて通れないものとして「生、老、病、死」がある。生を受けたのは縁としか言いようがない。何故今の自分が生まれたのか。誰も自ら望んで生まれてきたのでない。縁あってたまたま人間になり、日本人になり、今の自分があるのだ。

 生を受けたらその瞬間から老いが始まる。だから”老”が2番目に来るのだ。生きている間には”病”になることもある。昔は病になったら治らないことが普通であった。だから、帝王でも貴族でも何かの絶対者=神秘的なもの=神に頼ったのだ。仏もいつのまにかその一つとされるようになった。しかし、釈迦はそんなことは否定している。次いで”死”であるが、これは必ずやってくるし、いつやってくるかわからないが「死」で終わるのだ。

 このどうしようもないものをしっかりと見極めることを先ず説いたのだと思う。しっかりと見極めることが「諦める」である。「諦めるとは明らかにすること」である。生、老、病、死の四つを四苦と呼び、更に怨憎会苦、求不得苦、愛別離苦、五薀集苦を加えて八苦の本当の姿(真理)を知り、それを諦めることが大事だと説いたのだ。

 それは仏像を造って拝むことでも大伽藍を造って飾ることでもきらびやかな法衣を纏って読経をすることでもなかった。

 釈迦は、心の持ちようを分かりやすく説いたのだ。

釈迦如来(曹洞宗・臨済宗) 白木製 2.5寸◆仏壇用のご本尊

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月29日 (火)

今回の国連総会及び安全保障理事会

http://transnews.at.infoseek.co.jp/link_overseas.htm

 ニュースによると、オバマ大統領、鳩山首相がデビューした国連総会と安全保障理事会では画期的な出来事が三つあったと思う。

 第一は、国連の安全保障理事会で米国大統領が初めて議長を務めて「核拡散防止」(nuclear nonproliferation)について全会一致で決議をしたことである。

 鳩山首相は、唯一の被爆国日本を代表して各国首脳がヒロシマとナガザキを訪れることを提案し、非核三原則を堅持することを改めて表明した。先だってオバマ大統領が核兵器の縮小について言及して世界から注目されたが、日本は核についてはアメリカと共に世界をリードし平和に貢献する役割が求められる。

 第二は、鳩山首相が、国連総会で、「地球温暖化ガスの排出を25%削減すると述べて各国から拍手を浴びたことである。これまでの自民党政権では誰もなしえなかった思い切った決意の表明であった。フランスのサルコジ大統領の身振り手振りでの歓迎コメントが印象的であった。地球の生物の危機存亡にかかわる重大なしかも時間との戦いが必要なこの問題について世界をリードして行くことが期待されている。

 第三は、リビアのカダフィ大佐が初めて国連総会に出席して演説をしたことである。与えられた15分の時間をはるかにオーバーして1時間半も演説し、議長の頭を抱えさせたのはいただけないにしても、彼が指摘した国連運営の不平等、一部の国が国連を利用して他国を侵略したことの不当さ、などは重要である。

 安全保障理事会の常任理事国の拒否権は不平等の象徴である。

 ブッシュ元大統領は、国連を軽視したが、オバマ大統領は国連を重視し国際協調の立場である。鳩山首相の”友愛”(fraternity)とも重なる部分がある。

 真の対等な日米友好を築き上げ、アジアの各国とも連携して平和で安全な世界の構築に努めてもらいたいと思う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月28日 (月)

ひろさちやの「狂い」のすすめとポケットに仏さまを読んで

 書名が面白そうなのでひろさちやの著作を図書館で借りて読んだ。初めに「『狂い』のすすめ」を借りて読み、次いで「ポケットに仏さまを」を借りた。

 この2冊は、大体内容は同じである。同じ材料を使って見た目や味付けを変えた料理のようなものである。元になっているのは、仏教思想でそれにキリスト教や他の宗教をちょっスパイスとして入れてある感じだ。

 釈迦の教えをやさしく説いたものだと思えばいいのかもしれない。

 ひろさちやの書物の特徴は、やさしい文章である。前にも書いたが、文章をやさしく誰にでも分かりやすく読みやすく書くことが出来る人は素晴らしいと思う。

 ひろさちやもその1人に挙げることができよう。

 ところで、彼の幾つかの論点の中から「努力をするな」を取り上げたい。日本人は「努力」というコトバが大好きで、小さい頃から耳にタコが出来るくらいに教えられたきたに違いないと言う。その通りである。

 日本人は、「頑張れ。」「倒れるまで頑張れ。」「頑張れば誰にでも出来る。」などと言う。

 私も、仕事柄教え子たちに頑張ることを教えてきた。頑張る=努力する→よい結果が得られる。今売れっ子の茂木健一郎も勝間和代も努力することの大切さを説く。

 それに対し、ひろさちやは「努力なんていらない。仏もそう言っている。」というのだ。世間がどう言おうと気にするな、頑張る必要は無いと言う。

 これを読んでいて、ふと竹中平蔵のことを思い出した。彼は、小泉内閣の大臣になった頃、その著書(幻冬舎刊)の中で、「努力したものが報われるのは当然だ。」と言っていた。あのアメリカのウオール街の貪欲な連中と同じことを言ったのだ。「非正規社員やフリーターやアルバイターなどは努力が足りないからそうなってので自己責任である。」と言った。

 あの頃口を開けば、みんな「自己責任」と言っていた。そこでいう努力とは、頑張るとは、会社のために尽くし業績をあげるとか、高級公務員や研究者として業績をあげるとかいうことであって、一般の人がいくら頑張っても、努力をしても、それは努力や頑張りとは評価されないのであった。

 石川啄木の「働けど働けどなお我が暮らし楽にならざりじっと手を見る」に詠まれた働くことは頑張りとは評価されないのだ。

 ひろさちやは、努力は人それぞれにより異なるから世間で一律の物差しを使って測るべきではないと言っている。

 最近、香山リカの「しがみつかない生き方」という本が売れているようだ。本屋で立ち読みをしたら、どうやらひろさちやのような論点で書いているらしいことが分かった。キャッチフレーズは、「勝間和代になるな」であるが、自分らしく自分を大切にして生きなさいと言っているのだと思った。ひろさちやがいう世間の物差しで計らない生き方である。

 ひろにしろ香山にしろ、世間的な、大臣が偉いとか社長が偉いとか高級官僚が偉いとか、逆にフリーターや派遣社員などはダメ人間だとかいうような考えを持つなと言っているのだ。

 自民党・公明党内閣のときに、指導要領が改訂され、1~2割程度の指導的エリートとその他の労働層に分ける教育に変わった。8割以上の人間はどうでもよいとされたのだ。派遣社員などは人件費ではなく、資材などと同じ物として処理されていることからも明白である。

 努力や頑張りが認められるのは一部のエリートだけということの間違いに気がつき騙されないようにすることが大事である。

 「狂い」のすすめ(集英社)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年9月27日 (日)

友人からの手紙―日本は貧困大国である―

 友人からの葉書に次のようなことが書いてあった。

 鳩山民主党政権が誕生して実生活が変わったわけではないのに、なぜか世の中が多少明るく感じられるようになった。これから予算が執行されるようになると、実益が感じられることが多くなってくるであろう。

 麻生前首相に比して鳩山首相は、人格、識見、知性。言語表現・国際性などどれをとっても比肩の対象にならないほど上等、上質であることは喜ばしい。

コメント:本当に麻生前首相ときたら、顔を見るのも嫌であったし一国の首相としての外交場面でもやめて・・・と言いたい思いであったが、鳩山首相の外交デビューは予想よりよさそうである。幸夫人もミシェル夫人と好一対の印象である。)

 自民党・公明党は自らの敗因を深く分析できないほとの体たらくである。

 OECD=経済開発協力機構=は、日本の労働者の貧困は、先進国の中でも深刻な状況にあることを「09年の経済見通しの中で警告を発した。その中で、「日本は職に就いている人が最低1人以上いる家計に属する人の11%が貧困層である」と述べている。ちなみに貧困層の定義はつぎのようである。

 OECDの定義では、貧困層というのは『所得順に並べて真ん中の人の所得の半分以下の所得しかない人たちを指す』である。

 08年9月のリーマンショック以前から、「ワーキングプア」(働く貧困層)が貧困層の80%いじょうであったとOECDは日本の貧困について述べている。これはOECD加盟国平均の63%を大きく上回っている。

 日本では、非正規労働者が労働者全体の1/3を超えるに至っている。非正規労働者は、その多くが雇用保険に入っていないため失業すれば直ちに生活困難に陥る。これらを正す法律は労働者派遣法である。これを正さねばならない。

コメント:OECDは日本の教育費についても先進諸国の中で高額であることを指摘している。日本は経済大国と自称してきたが、それはあくまでも大企業中心の見方であって、あのリーマンショックの前年にトヨタが最高益を上げたことに象徴されている。その間にも日本の非正規社員ワーキングプアはどんどん増えていたのだ。そのトヨタはショック後はまず労働者を切り捨てた。)

 このような貧困化に手をかしたのは自民党・公明党政治であった。これに対する反省が自・公の衆議院選大敗の反省の中に入っていない。これでは近い将来に自・公が大衆の支持を受けて選挙で大勝することはできないと私はみている。 

コメント:10年に亘る自・公の政治が日本をダメにしたことは誰の目にも明らかで、それにうんざりした国民が鉄槌をくらわしたのだ。鳩山内閣が国民の生活に配慮し内需を拡大し、外交では世界をリードして行くことを期待している。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月26日 (土)

「オルガンの秋」コンサートの案内

 オルガニストの吉田文さんが主催される「オルガンの秋」という素敵なコンサートの案内です。吉田さんのemailをコピーしておきます。

 
謹啓

秋涼の候、皆様ご清祥のこととお喜び申し上げます。

このたび、「名古屋オルガンの秋2009」を開催するはこびとなり
ましたことをご案内いたしたく、本書を送付させて頂きました。

今回は10月24日から11月29日にかけて
4回のコンサートをカトリック五反城教会で行ないます。オルガンと諸
編成のアンサンブルとの共演に重点を置き、オルガンの響きを新しい角
度から楽しんで頂ける事を願っております。パイプオルガンの演奏やパ
イプオルガンとの共演が体験できるワークショップ「みんなで弾こう、
パイプオルガン!」も昨年に引き続きロゴスセンターにて開催いたしま
す。どなたさまにでもパイプオルガンに触れていただける機会ですの
で、どうぞお気軽にお越し下さいませ。
12月12日にはカトリック五反城教会司祭館・信徒会館建築のため
のクリスマスチャリティーコンサートに協賛として参加いたします。
「名古屋オルガンの秋2009」の「番外編フィナーレ」ともなりま
す。
詳細は、下記のご案内をどうぞご参照ください。

又、10月26日(月)に東京カテドラルマリア大聖堂にて、
29日(木)には長崎浦上大聖堂にて「パイプオルガンとメゾソプラノに
よる聖母賛歌」を公演いたします。「名古屋オルガンの秋2009」
第一回コンサートの「聖母賛歌」と同プログラムです。東京、長崎方面
にお知り合いのいらっしゃる方、是非ご知人にもお知らせ頂けました
ら、大変有り難く存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

本年の「名古屋オルガンの秋」シーズンでも以前同様多くの方に、気軽
にパイプオルガンの魅力、音楽の楽しさ、教会音楽の心を知っていただ
きたく思っております。ご多用のところ大変恐縮ではございますが、皆
様お誘いあわせのうえ是非ご来臨下さいますよう、心よりお願いいたし
ます。

朝夕もめっきり冷え込むようになりました。くれぐれもご自愛ください
ませ。皆様の秋が実り深いものになるよう、お祈りいたしております。

謹白
「名古屋オルガンの秋実行委員会」代表 吉田文



10月24日(土)18:00 カトリック五反城教会
コンサート メゾソプラノ&オルガン 「聖母賛歌」
音を纏った祈りを歌うアグネス・エルケンス、彼女の声は純粋な祈りの
響きとして聴く人の心へと伝わります。10月は聖母マリアを記念
する月でもあります。聖母マリアへの祈りのひとときを、中世と現代、
和と洋の響きでお過ごしください。
J. S. バッハ 我が魂は主を崇め BWV 733
高田三郎 雅楽の旋法による聖母賛歌 (メゾ・ソプラノ・ソ
ロとオルガン版)
ビンゲンのヒルデガルト マリアの賛歌
アルフォンソ10世 聖母マリア頌歌集
Th.マイヤー=フィービッヒ グレゴリオ聖歌とオルガンの為のア
ヴェ・マリス・ステラ(めでたし、海の星)
メゾソプラノ:アグネス・エルケンス(ケルン) オルガン:吉田文

11月8日(日)15:30 カトリック五反城教会
コンサート チューバ&オルガン 「バッハ&クーツィール」
極めて稀なチューバとオルガンのコンビネーション、その深い響きは独
特の聴体験へ聴く人をいざないます。
バロックを代表する大バッハ(1685-1750)の作品、そして現代
吹奏楽の巨匠クーツィール(1911-2006 )のミラクルな音世界をお
楽しみください。
J. S. バッハ  前奏曲とフーガ ホ短調 BWV 548 (Org. solo)
おお、人よ、汝の大いなる罪を嘆け BWV622 (Tuba&Org.)
J. クーツィール  それは死という名の刈りびと "Es ist ein 
Schnitter, der heisst Tod" (Tuba&Org.)
コンチェルティーノ op.77 (Tuba&Org.)他
チューバ:北畑 葉佑 オルガン:吉田文


11月15日(日) ロゴスセンター
ワークショップ みんなで弾こう、パイプオルガン!
南山大学内のロゴスセンターに設置してある小型のパイプオルガン
(1段鍵盤、ペダル、7ストップ)を弾いてみませんか?
触ってみるだけでもOK、ミニレッスンもOKです。オルガン
と一緒に演奏してみたい楽器や歌の持ち込みも大歓迎!(楽譜は各自お
持ちください。)8人程度の小グループで約50分のワーク
ショップを5回行います。詳しくは、裏面の申し込み方法をご覧
下さい。見学のみの参加は自由ですが、途中の入退場は不可能ですので
見学をご希望するグループの開始時間にお越し下さい。

11月22日(日)15:30 カトリック五反城教会
コンサート 女性合唱&オルガン「ミサ」
ミサ曲はカトリック典礼の為に作曲されます。今回はミサの音楽的な要
素を抜粋し、パイプオルガンソロ、そしてパイプオルガン伴奏の女声合
唱で再現します。ヨーロッパ各地ロマン派の作曲家の作品を集めた、心
に優しい、しかし聴きごたえのあるプログラムです。
J. ラインベルガー  女声合唱とオルガンのためのミサ ト短
調 op.187
Al. ギルマン  奉納唱
L. ヴィエルネ  拝領唱
M. レーガー  テ・デウム
女声合唱:かの子会 指揮:加藤典子 オルガン伴奏:吉田文 オルガ
ンソロ:トーマス・マイヤー=フィービッヒ

11月29日(日)15:30 カトリック五反城教会
コンサート「アンネの日記」(初演)
今年はアンネ・フランクの生誕80周年です。ユダヤ人を弾圧する
ナチスの占領下、隠れ家という異常な環境の中で13歳から
15歳を過ごしたアンネの人間的な成長の描写、そして平和への願いを込
めて、Th. マイヤー=フィービッヒが「名古屋オルガンの秋」の
ために書き下ろしました。特に、アンネと同世代の小学校高学年から中
高生へ向けて書かれた作品ですが、「名古屋オルガンの秋」はこの新し
いパイプオルガンの世界を、世代を超えて体験をして欲しいと願ってい
ます。様々な舞台で活躍する児玉たまみの語るアンネも聞きどころです!
ナレーション:児玉たまみ オルガン:吉田文

主催:「名古屋オルガンの秋」実行委員会
協賛:オルガン工房ヴィリ・ペーター 株式会社日進衣料 サンメッセ
 ブリティッシュアカデミー
協力:神言修道会 カトリック五反城教会 ロゴスセンター
お問合せ先:ルンデ (052)861-0162
mail@aya-yoshida.de
名古屋オルガンの秋ホームページ: http://organaki.exblog.jp
全コンサートとワークショップ「みんなで弾こう、パイプオルガン!」
は入場・参加無料。催し物後に今後の「オルガンの秋」実行のためのご
任意の寄金をお願い致します。

(裏面)
コンサートシリーズ「名古屋オルガンの秋」はカトリック五反城教会の
パイプオルガンが修復されたこと、そして、カトリック五反城教会を創
立した神言修道会の来日100周年を記念して2007年に始め
られました。
五反城教会には1978年にドイツ・ケルン市のペーター社によって
建築された30ストップの楽器が設置されています。日本にあるパ
イプオルガンの中でも歴史的な価値の非常に高い楽器だと言えるもので
しょう。当時の五反城教会司祭であったドイツ出身の神言会司祭ヨゼ
フ・トナイク神父はオルガンが設置された1978年に「名古屋オル
ガン友の会」を創立しました。以来、2001年に解散されるまで名
古屋オルガン友の会は数多くのコンサート、又はコンサートシリーズを
開催し、名古屋のオルガン文化の重要な担い手として活発な活動を続け
ていました。当時は中部地方でも希少なパイプオルガンのうちの一台で
あったこの楽器を使用し、マリー=クレール・アランをはじめとした世
界中から来日した名オルガニスト達がこぞってコンサートを行っていま
す。数年前よりこのオルガンは修復が必要な状態となっていましたが、
2007年9月から10月までの6週間をかけてペーター社
が修復・総クリーニング作業と再整音を行い、完成当時の状態へと復興
しました。
名古屋オルガンの秋実行委員会ではこの伝統を受け継ぎ、名古屋を中心
に多面的なパイプオルガンの楽しさ、素晴らしさ、教会音楽の心を継続
的に伝えていけるように活動をしたく考え、「名古屋オルガンの秋」を
催します。
なるべく多くの方にパイプオルガンという楽器の魅力に触れて頂きたい
という方針から、基本的に入場は無料としましたが、今後の継続的な活
動が可能となるよう皆様のご寄金のご協力を心よりお願いいたします。

演奏者プロフィール
アグネス エルケンス Agnes Erkens (Mezzo Soprano)
ケルン音楽大学教授のレナーテ・ペーターの元で声楽を学ぶ。アグネ
ス・エルケンスの芸術的活動は特にユダヤ教、キリスト教、イスラム教
に共通する精神的な根源を求め、音楽を通してその心を結びつけること
に原点が置かれている。従って従来のクラシック音楽のレパートリーの
他にも古来から現代までのユダヤ文化において伝えられた歌、そして古
ガリチア語/古ポルトガル語で歌われる頌歌の演奏を活動の中心として
いる。
ユダヤの歌を演奏するためにピアノ、クラリネットの楽器で結成された
アンサンブル「アグネス・エルケンス・アンサンブル」はドイツ各地、
イタリアにおいてのコンサート、展覧会、そしてホロコースト追悼記念
日等で絶賛を博しているが、2006年にはその功績、そして芸術的
な価値が認められ、西ドイツラジオ放送局、ユネスコ、ノルドライン
ウェストファーレン州各団体からcreole-ワールドミュージック
コンクールのノルドラインウェストファーレン州部門一位に指名された。

北畑 葉佑 (Tuba)
東京都武蔵野市出身。9歳よりチューバを始める。国立音楽大学卒業、
東京藝術大学大学院修士課程修了。チューバを稲川榮一、杉山淳の両氏
に師事。2002年、別府アルゲリッチ音楽祭、バイロイト国際青年芸
術祭に参加。2008年、オルガンの吉田文氏と初リサイタルを開催。
現在、東京ヒストリカルブラス、東京ブラスソサエティ、フィルハルモ
ニア多摩、ユーフォニアム・チューバカンパニーのメンバー。日本ワー
グナー協会会員。

加藤典子 (Conduction)
昭和53年度名古屋市芸術奨励賞受賞。平成5年度愛知県芸
術文化奨励文化賞受賞。
リサイタル活動のほか、多くのオペラ等に出演し好評を博している。
NHK FM、中京テレビなど 放送界においても活躍。ことに
13年間歌い続けたNHKラジオの幼児番組「ピッポ、ピッポ、ボン、ボ
ン」の “うたのおねえさん”としての経験から、音楽の底辺拡
大をライフワークとして、 小・中・高校への学校訪問演奏に、
またアマチュア合唱団の育成・指導にも力を注いでいる。
現在、名古屋二期会名誉会員、名古屋市文化振興事業団理事、愛知芸術
文化協会会員、 日本ポーランド友好協会会員。“コーロ・
アマービレ”“かの子会”指揮者。

かの子会 (Choir) 
1979年に加藤典子氏を指揮者として創立された女声合唱団。以来ほぼ毎
年に行なわれる定期演奏会、そして合唱祭や諸演奏会への参加のほか、
レコーディングやテレビ、ラジオへの出演を通して活発な活動を続けて
いる。1989年のポーランド・PAGARTの招聘によるワルシャ
ワ・クラクフ公演をはじめ中国、フィンランド、リトアニアでもコン
サートを行ない、いずれも絶賛を博した。

トーマス・マイヤー=フィービッヒ (Organ)
ドイツ・デトモルト音楽大学作曲科、同大学院作曲課程科卒業。 
1978年来日。現在は国立音楽大学及び大学院にて作曲科の教授として後
進の指導にあたる一方、自らパイプオルガン奏者としても日本とドイツ
を中心に活動。

児玉たまみ(Narration)
同志社大学文学部卒業後、夢みていた中学教師になったものの教室に
じっとしておられず、劇団へ。さらにじっとしておられず、歌の活動
へ。2008年9月よりパリ国立高等音楽院コンセルヴァトワー
ルにて研修。
愛知県芸術劇場における「愛のコンサート」シリーズを始め、ホテル
ディナーショウ、学校、地域や子どもたちのための読み聞かせやお芝居
を取り入れた独創的なステージ創りを追求している。劇団ひまわり名古
屋アクターズスクール、栄中日文化センター講師・ 愛知文教女子短期
大学非常勤講師。

吉田文 (Organ)
ドイツ・ケルン音楽大学カトリック教会音楽科、パイプオルガン科卒
業。ドイツ国家演奏家資格所得。パーダーボルン大聖堂オルガニスト常
時代理、ケルン南部司牧地区教会音楽家等を歴任。南山大学エクステン
ションカレッジ講師、「名古屋オルガンの秋」主宰。


ワークショップ申し込み要項
往復はがきに お名前、ご住所、電話番号、ご希望の時間帯(開
始時間 13:00 14:00 15:00 16:00 17:00)をご記入の上、〒
468-0077名古屋市天白区八事山566プランドール八事山105
号 ルンデ「名古屋オルガンの秋」宛てにお送りください。
インターネットにても申し込みを受け付けています。詳細はオルガンの
秋ホームページ: 
http://organaki.exblog.jpをご覧下さい。
先着順に受付をいたします。

交通のご案内
ロゴスセンター
昭和区八雲町104
(052)833-3110
南山大学構内 カトリック五反城教会
中村区二瀬町27
(052)412-3456
地下鉄東山線「岩塚駅」2番出口より徒歩5分
地図 地図

お知らせ
「名古屋オルガンの秋」出張公演トル アグネス・エルケンス(Mezzo 
Sop.)&吉田文(Org.) 「聖母賛歌」
東京
東京カテドラル聖マリア大聖堂
10月26日(月)19時
入場料2000円 
チケットのお問い合わせ:ルンデ(052) 861-0162 チケッ
トぴあ
後援 カトリック東京大司教区 カトリック新聞社 神言修道
会 長崎
カトリック浦上教会浦上天主堂
10月29日(木)19時
入場無料
後援 カトリック新聞社 神言修道会


名古屋オルガンの秋presents
カトリック五反城教会司祭館・信徒会館建設のための楽しいクリスマス
チャリティーコンサート
吉田徳子&吉田文 (Organ)
12月12日(土)開演18:00 カトリック五反城教会 入場
料 1000円
主催:カトリック五反城教会 協賛:名古屋オルガンの秋
チケット販売・お問合せ先:カトリック五反城教会 Tel: 052-412-3456

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月25日 (金)

結婚活動必須の時代になったのか?

 最近の「週刊朝日」でも取り上げられたが、「婚活」はトレンドのようだ。その言葉の発端は、ディスカバー携書(新書版)の”「婚活」時代”(山田昌弘、白河桃子共著)である。それで図書館で借りてきて読んだ。

 結婚のための活動が必要になったのは、1980年代からだという。それは就職活動が盛んになったのと重なるそうだ。今の時代、就職も結婚も自らが活動をしなければならないとは、何ともはやである。

 本書が指摘しているように、1960年頃までは、年頃になると誰かが結婚を世話してくれた。私は残念ながら見合い結婚だが、結婚後も5件ほど見合いの話があったくらいである。

 江戸時代、明治時代、多分戦前までは、種(家系)の保存を第一に考えた家同士の結婚が主であったわけで有無を言わさない結婚であったから誰でも結婚は出来たのだ。 それが恋愛が自由になるにつれて、かえって結婚が難しくなったと本書は指摘している。

 小泉内閣以後格差が広がり、1/3が非正規社員となり、年収200万以下の層が1000万を遥かに超えた。仕事が不安定なために経済格差のためにますます結婚が難しくなったという事情もある。

 しかし、男性がおとなしくなって結婚を言い出せないということとか出来ちゃったことが結婚に至ると書いてあるのをみると最近の若い人の生き方の変化もあるようだ。

 ごく僅かの男性がもてて後はダメだとか、女性は積極的に男性を見つけに行けとか書いてある。

 今では結婚紹介ビジネスが盛んで、ネットにも幾つかあるようだ。そうした中で結婚をしたければ、とにかく少しでも異性と知り合うチャンスを広げるべきだという。それはその通りである。

 そのためにボランティア活動をするとか、若い人がいる趣味のグループに参加するとかいろいろと場を広げなけらばならないのだ。

 ある結婚ビジネスの経営者は、めげずに毎週でもトライをせよとアドバイスをしている。以前に”新婚さんいらっしゃい”で100回以上もトライ下という人が何人かいたが、それも大事なことかも知れない。

 経済が不安定な今の時代、共稼ぎも大事なことだし、家事の分担も大事である。男が女を養う時代は終わったのだ。

 興味深いのは、女性が高収入とか高学歴とか年上とかいうケースが増えていることだ。男性は考え方を変えたほうがよさそうだ。

 本書は、なぜ結婚が難しくなったかをいろいろな角度から分析し、どうしたら結婚できるかを述べている。

「婚活」時代

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月24日 (木)

75歳が分かれ目―急速に衰える?―

 敬老の日の朝のNHKニュースの時間で、高齢者の健康に関係した特集があった。それによると、「75歳が分かれ目」ということであった。何の分かれ目かというと、筋肉の衰えが急速に起きるのだそうだ。それをサルコペニアと言うようだ。

 サルコペニアは女性に多いそうだ。もともと女性は男性に比べて筋肉が少ないのでそうなりやすいのだ。

 サルコペニアになると、歩くとき膝が上がりにくくなり、つまずきやすくなるし、階段を上り下りするのに苦痛を感じたり、外出をためらったりするようになる。

 サルコペニアを治したり、予防をするには、日常の簡単な運動を心がけるとよいと言う。紹介されていたのは、椅子に座って片足を上げ、足首を前後に動かす動作である。これをやると大腿筋を鍛えることができると言う。また、椅子や机にもたれて爪先立ちをすることによりふくらはぎの筋肉を鍛えることができるようになるそうだ。

 こういうちょっとした動きをいつも心がけてやっているとサルコペニアの予防にもなるのだ。

 ウォーキングはもちろんよいし、室内で木の箱などを置いて上り下りをする運動もよい。 主婦の場合、家庭内の仕事にも筋肉を鍛えるものがある。布団の上げ下ろし、掃除などもそうである。手を伸ばして欄間などを拭くと体を伸ばす運動にもなる。 要は工夫をして体を動かすことが大事なのだ。

 男性の場合、大事なことは、社会参加をすることだと東京大学の秋山弘子教授が指摘していた。15年間に亘る追跡調査を分析した結果の結論だそうだ。

 男性は意外にも定年後何をしてよいか分からない人が多く、家でTVなどを見て過ごしたり、外に行かずに過ごしたりする人が見られる。

 男性は地域に出たり、何かの趣味のグループに参加したり、ボランティアをするなど積極的に人との交わりを求めることが大事だと言う。

 確かに音楽会、映画、展覧会とか、どこへ行っても高齢の女性は多いが、男性は少ない。混声合唱団でも殆どが女性だと聞く。

 健康寿命は、男性が72.3歳で女性は77.7歳だそうである。健康寿命とは以前にも書いたが、介護の必要がなく、自立して生活ができることである。

 私は、健康寿命を少し上回ったが、今のところ維持している。blogを書くのも脳の活性化にはいいと思うが、家に引きこもってそれだけをやっているのでは駄目である。だから、強制的に外に出て社会参加をするためにボランティアをしたり趣味のグループに参加したりしている。

 私が知っている男性で、仕事を辞めてから趣味のグループを掛け持ちしていた人がいる。手帳には予定がぎっしりでいつも飛び回っていた。それほどまでにしなくても、男性には社会参加が大事なのだ。

 http://jhei.net/exercise/exercise_a/exercise_at.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月23日 (水)

期待がかかる民主党政権

 マスコミ各社の世論調査によると鳩山内閣の支持率は、いずれも70%を超えている。国民の期待の高さを示すものである。21日の日経新聞では、支持率が高いので失速が心配だと書いてあった。

 最初の支持率では、小泉内閣がこれまでの最大であった。しかし、6年間の施策は国民を絶望させるものであることがはっきりとし、ついに自民党大敗につながった。おそらくそのことを念頭においているのであろう。

 同じ日の日経で、民主党鳩山政権が新鮮な布陣を敷きマニュフェストの実現に向けて動き出したことを評価する評論が載った。

 例えば、国家戦略局の設置とか労働厚生大臣や国土交通省など各大臣に官僚からは歓迎されない大臣をもっていったことがある。長妻大臣は拍手もなかったとう。冷たい対応で迎えられたのだ。

 岡田外務大臣も日米密約を調査するように命じたし、国土交通大臣はダム建設の中止を命じた。亀井大臣は郵政改革の凍結をすると述べた。仙谷大臣も行政の改革をやると動き出した。

 子ども手当て早期実現や高等学校の無料化、CO2の25%削減、年金の最低保障を7万円にすること、後期高齢者医療制度の廃止、雇用法の改正・・・さまざまな改革とやろうと意気込んでいるようだ。

 少なくとも、これまでのところ自民党・公明党ではなしえなかった国民サイドに立った施策が行われようとしているようだ。

 それがマスコミ各社の世論調査に表れたのだと思う。

 まだ動き出したばかり。これからどうなるのか注目して見守って行きたい。

 与党党首会談の写真1

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年9月22日 (火)

ボランティア慰問をする

 9月20日に名古屋華マジカルグループから、千早にある有料老人施設、「ソレイユ千種」を慰問した。会長のMさんとOさんと私の3人で行った。

 この施設は大変大きくてクリニックなども付属していた。入り口から入るとフロントがあり、ラベンダーの香りが漂っていた。入ったとたんに超豪華な施設であると感じた。エレベーターは振動がなくきれいで、廊下はピカピカに光っていた。シアターなども設備もあった。個室の椅子なども贅沢な感じで、トイレも自動扉付きである。

 2時からマジックを始めた。今回は私が挨拶をすることになって、アドリブで大いに笑って楽しんで脳を活性化し長生きしましょうと話した。

 まず、Oさんがレコードのマジックやカードマジックやロープマジックなどを披露し、最後の方でお得意の傘のプロダクションを見せて観客を驚かせた。

 続いて私の番だ。ロープマジック、大きなカードを使ったマジック、カッププロダクション、不思議な箱などを演じた。

 トリは、会長のMさんで、お得意のシルクを使ったマジックや、ミラーやレコードなとを艶やかに、しなやかに、にこやかに演じて観客を魅了した。

 皆さんの中には、ライブでマジックを見るのは初めてという方が5人ほどいて反応は大変よかった。不思議な現象に「あ」とか「ほう」とか声をあげて楽しんで下さった。

 結局、終わったのは3時で、丁度1時間見てもらったことになる。

 マジックで慰問するのは今回が3回目だが、やってよかったと思えるようになった。知り合いのかれいマジッククラブの人は、月に8回ぐらい慰問すると言っていた。皆さんに喜んでもらえるのがやりがいになっているのだろう。

 帰りにMさんが、「私たちも必要になったらお世話になりましょう。」と言ったが、私は、手を振って「Mさんは大丈夫ですが、私にはとてもそんな余裕がありません。」と言った。Mさんならいざ知らず、私には家を売ってもとてもそんな金はできない。

 特養は30万人待ちだと言うし、貧乏人は成るべくならそういうことが無いように長生きしたいものだと痛感した。

http://www.aichi-medical.co.jp/ ソレイユ千種

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月21日 (月)

リーマンブラザーズを買って巨額利益―バークレイズ証券

 15日のテレビ愛知「ガイアの夜明け」は、リーマンブラザーズ破綻から1年を取り上げていた。その中で、驚いたのは、バークレイズ証券のことであった。

 バークレイズは、イギリスにある300年の歴史を持つ銀行で、堅実な経営でここまで生き延びてきたと言われる。その銀行が、リーマンブラザーズが破綻したときに、野村証券と同じようにウオール街にあるリーマンブラザーズを買い取ったのだ。ビルと設備と社員1万人を傘下に収めた。

 その東京支店が、大手町にあり、100人の元リーマンブラザーズ社員がいるそうだ。元社員だけでなく強力な武器であるコンピューターのよる売買システムも手に入れた。

 このシステムは、何と1秒間に200回から300回という超高速の取引ができるのだと言う。誰よりも速く売ったり買ったりすることにより、確実に利益を上げているそうだ。毎日利益が出ており、損をすることはないのだという。

 この1年間で、約100億円の利益を出した。ウオール街でも巨額の利益を出し、バークレイは過去最高の利益をあげたのだ。

 それに対して社長は、「利益を上げた者にはそれに応じたボーナスを出すのは当然だ。」と言っている。

 昨日も書いたように、ウオール街では、また完全に元に戻ってしまい、巨額のボーナスを手にするのがまかり通っているのだ。リーマンショックから1年で何を教訓として学んだのか不明である。

 毎日確実に利益を出すシステムと人材を誇っていたリーマンブラザーズがどうして破綻したのか?

 それは金融工学を駆使してサブプライムローンや福袋のような中身のわからない証券化商品を作って飽くなき利益を追求していくうちに自らが墓穴を掘って行ったのだ。

 恐ろしいのは、その教訓をどこまで学んだのか知らないが、またぞろ利益第一の投機を始めて巨額の利益を得始めていることだ。

 オバマ大統領やEUの各国は金融規制をしようとしている。それに対して当事者たちは反対をしている。しかし、あの金融恐慌の二の舞をしないために飽くなき利益追求や高額な成功報酬に歯止めをかけるべきである。

Barclays Capital Image

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月20日 (日)

もし、地球に人間がいなかったら?

 地球上には、何百億年の年月を経て、バクテリアから哺乳類まで、数多くの動物や植物が存在するようになった。もちろん、中には恐竜や日本のトキのように絶滅した種も数多くあるが。

 かつて人間がいない時代があった訳だが、数百万年以前にサルから猿人が分かれて以来、人間は何故か知能を進化させてきたのだ。その過程で人間だけが高等な知能を持ち、他の野生生物とは全く違った文化というものを築き、地球を我が物のように支配してきた。

 そして今、地球の危機が叫ばれるようになった。二酸化炭素などを大量に排出して、オゾン層を破壊したり、地球の温暖化を招いたりしている。

 以前にも書いたが、今世紀中にも地球の大異変が到来すると警告する学者もいる。

 そこで思うのだが、「もし、地球に人間がいなかったらどうなっていたのか?」ということである。

 当然高等動物はサルの仲間である。しかし、サルは野生のままで生きている。自然の中で完全に調和して生きている。

 自然の中では互いに生命を維持し、種の保存をするために必要な営みだけが行われている。

 生命の維持のためにはエネルギーのもとを摂らなければならないが、それは”食物連鎖”の形で行われる。

 そこではライオンのような猛獣でも必要以上の獲物は捕らないと言われる。自分の生命が維持されればそれで十分なのだ。

 弱肉強食と言うが自然界ではそれは決して悪いことではない。お互いに他の生命に頼りながら共生をしているのだ。

 以前にアフリカのチョベ国立公園に行ったとき、ライオンがバッファローを捕獲して食べるのや倒れた象を食べているのを見た。

 象を食べていたライオンたちは腹がふくれるとそばでたむろしているだけであった。象の残りは他の動物の食糧にもなったのだ。

 ライオンもいつかは死ぬときが来るが、その肉はハイエナやハゲタカなどに食いつくされる。

 ホテルの庭には象の糞があちこちに転がっていたが、それは微生物の餌になり分解されたり、植物の栄養として取り込まれるのだ。

 人間のいない自然界では共存共栄である。

 二酸化炭素を大量に排出することや有害な化学物質を垂れ流して水や空気を汚染することもない。

 沖縄の珊瑚が死ぬことはないし、大洋はきれいな水を保って水中静物の生命を守っているはずだ。

 北極の氷が溶けて海水面が上昇することはないし、多分大陸で砂漠化が進むこともないであろう。

 アマゾンやインドネシアの熱帯雨林切り取られることもない。

 海の魚たちが大量に捕獲されることもないから、黒マグロや鯨やなどの数も自然のルールで保たれる。

 牛や豚など家畜が工場のような状態で人間に飼われ殺されることもない。

 おそらく地球上のエネルギーは一定の範囲内で保たれるはずだ。温暖化にもならなかった。

 もし、動物会議が開かれて人間が被告として裁判が行われたら人類は全員極刑を宣告されるに違いない。

 人間は何故もっと謙虚になれないのであろうか?利益を追求し欲ばかりをふくらませ、戦争を繰り返している。

 動物は戦争をしない。種族の争いもしない。共存している。

 人間は脳の働きが発達したために争いを避けられない存在になったのだ。

 自らを”高等”だと称しているが、他の動物から見れば、本当は”最下等”なのだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月19日 (土)

尾張名古屋の職人展

 市民の第九コーラスで知り合った深田さんが「尾張名古屋の職人展」のことを教えてくれた。深田さんは、木魚の職人という珍しい職業に従事しておられる。

 職人展は、9月18日(金)から20日(日)まで、栄のオアシスとNHKの広場で開かれている。

 オアシスに行くと、小さなブースが長屋のように並んでいて、それぞれのブースでは職人たちが実演をしたり、製品を展示して説明をしたりしていた。

 ステージがあってそこでは、職人の芸や技術の説明とか実習が行われていた。

 深田さんは、息子さんと交代で実演をするのだ。行ったときは息子さんが巨大な木魚を削っていたが、そのうち深田さんと代わった。

 巨大な木魚は余程大きな寺で使うのだろう。注文が来てからでは遅いのであらましの工程を済ませておくのだと言う。

 弐千円で小さな木魚を売っていたが、叩いてみるととてもいい音がした。カスタネットのように使うといいだろうと思った。

 ドレミファソラシドの音階の木魚が並べてあり、叩いてもよいようになっていた。「靴がなる」を叩いてみたら、一応音階になっていた。

 帽子屋組合のブースで1000円の帽子を買った。建築組合、建具組合、曲げ物組合ではまな板を売っていた。建具組合のまな板を買った。500円であった。

 額屋のブースでは色紙額が1000円と安かった。

 名古屋扇子のブースでは扇子を作ってもらうとどのくらいかかるか尋ねた。

 驚いたのは、名古屋がランドセルの生産地であることであった。 伝統工芸なので大体が日本の物の中でランドセルが珍しかった。

 名古屋を中心にしていろいろな伝統工芸があることがわかった。この展覧会は今年で16回目を迎えたという。

Cimg0003

Cimg0005

Cimg0004

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月18日 (金)

リーマンブラザース破綻から1年、ウオール街の懲りない面々

 9月15日は、リーマンブラザーズが破綻した日として歴史に残る日となった。世界金融大恐慌を引き起こしたのはリーマンブラザースだけではなく、ウオール街の経営者やトレーダーたちが飽くなき利益を追求したことから起こったことは周知の通りである。しかし、リーマンブラザーズの破綻が引き金になったので歴史に残ることになったのだ。

 オバマ大統領は、15日を前にしてわざわざウオール街にで出かけて演説をした。朝日新聞15日夕刊によると、「繁栄を取り戻している金融会社の多くは、米国民に借りがある。」とクギを刺したとある。

 大統領には、世界中を大混乱に陥れて、各国で破産や自殺者まで出した責任にまで触れてもらいたかった。

 大統領が指摘するように、金融市場が安定を取り戻してきたのは、米国民が税金投入を通じた巨大な額の救済をしたからであるが、各国も同じような多額の税金を使っている。

 ウオール街では、またぞろデリバティヴなどの投機的な利益追求を始めて、巨額の成功報酬が元に戻ったとテレビ愛知のモーニングサテライトでは伝えた。

 オバマ大頭領もその点に触れ警告を発したそうだが、もっと強固に規制をかけるべきである。

 喉もと過ぎれば何とやらで、たった1年で元に戻ってしまったのだ。まだ世界では経済が低迷し、何十億の人が苦しんでいるというのにだ。自分たちさえ金が儲けられればいいという金亡者が復活したのだ。

 新しくスタートした民主党政権も、アメリカにはっきりとその点を指摘し、再び世界が大恐慌に陥らないように共同歩調で規制を強化して監督を強めるべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

民主党鳩山内閣期待の船出

 総選挙で大勝をした民主党は、16日間待たされてやっと政権を握った。マスコミによると、明治維新に匹敵する政権移動であるという。戦後の殆どを自民党が政権を独占してきたのだからそういうことになるのかも知れない。それだけ、国民の期待が大きいということである。

 鳩山内閣は、挙党体制でそれぞれのポストに相応しい閣僚を割り振ったように見える。本当にそうかどうかは年末ぐらいにわかってくるのであろう。

 高速道路の無料化はともかくとして、雇用問題、年金問題、医療・介護の充実、教育の機会均等、子育て家庭への支援、消費者問題、地方分権、行政改革、無駄な税金の使い方の究明などなどやって欲しいことが山積している。

 政治主導をいう新しいやり方でどこまでやれるのか、国民は見守っている。

 日米の対等な関係を築くことやアジアを重視した外交などは歓迎する。ただ言うは易くどこまで実行できるかである。

 ドラスチックな改革とまでは、すぐには無理だとしても、自民党の政治ときっぱりとおさらばして、国民の立場に立った、もっと言えば底辺の人々や障害者など弱い立場のに温かい配慮のある政治を目指してもらいたい。

鳩山由紀夫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月16日 (水)

カラオケ嫌いがカラオケにはまる

 私は、勤めている間は勿論、退職後もカラオケは大嫌いであった。理由は、高い声が出ないからであった。それに演歌が好きではなかった。だからカラオケに行くことは先ず無く、忘年会の後に誘われればついて行く程度であった。

 そんな私が、5年ほど前からカラオケに行くようになった。最初は同じ英語会話クラブにいたOさんが大のカラオケファンで私をしつこく誘ったのだ。それで付き合って一緒に行くうちにカラオケに少しずつ馴れていった。

 私とOさんが行ったのは、家から割合近くにある、カラオケバーであった。カウンターがあって、10数人も入れば満席になるような小さな店である。チケットを買って小中のボトルをキープするかビールなどの飲み物を注文するのである。

 初めて行った時は、みんな大変上手なので驚いた。歌は演歌が殆どであった。私は演歌を殆ど歌えない。昔、淡谷のり子が「演歌なんてどこがいいの?」と敬遠していたが、それを聞いて我が意を得たりと思っていたぐらいだ。

 演歌を軽蔑して嫌いなのではなく、演歌を聴くとどれも同じようなメロディに聞こえるからである。最近知ったことであるが、やはり演歌は同じようなメロディに聞こえるらしい。それはヨナ抜きで作曲されているからだという。

 最初の頃、私が歌えた歌は、岸洋子の「希望」ぐらいであった。この歌は大好きであった。他にはペギー葉山の南国土佐を後にして」、中国語の「月亮代表我的心」、英語の「ブルーハワイ」や「LOVE ME TENDER」ぐらいであった。

 演歌を歌わないので違和感があったが、私は逆に人が歌わない歌を歌うことにした。それでOLD DAYSなどの英語の歌を覚えるようにした。また、中国語の歌も少し覚えて行った。

 岸洋子や越路吹雪の歌がが好きなので「愛の賛歌」「サントワマミー」などを歌えるようになった。

 カラオケに通っているうちに、沖縄の歌を幾つか覚えた。「花」「涙そうそう」「芭蕉布」などがそれだ。

 演歌は相変わらず歌おうとは思わなかったが、出身地が熊野古道近辺なので水森かおりの「熊野古道」を歌えるようにした。

 フランクシナトラの「MY WAYはおはこになった。加藤登紀子の「百万本のばら」岸洋子の「恋心」なども好きである。

 古い歌は自然に覚えているので「哀愁の街に霧が降る」や「青葉城恋唄」なども歌える。

 カラオケのいいところは、キーや速さを変えられることである。だから声が高くて歌えない曲もキーを♭2ぐらい下げると歌えるのだ。それにビブラートやエコーがかかるので歌っている人をいい気分にさせてくれる。

 昨日も書いたように、少しでも音が出せるようにと思いコーラスに入ったが、確かに効果はあったようだ。カラオケのママさんや常連さんに「よく声が出るようになった」と言ってもらえるようになった。

 「千の風」や最近の人気歌の秋元順子の「愛のままに」はまだ人気が無い頃に私が最初にカラオケで歌った。

 今やカラオケにはまり、月に2回カラオケに行っている。

Wikipediaから

「四七抜き音階」とも表記し、ヨナ抜き長音階を西洋音楽長音階に当てはめたときに主音(ド)から四つ目のファと、七つ目のシがない音階のことである。雅楽の呂旋法がこれに当たり、西洋音楽関係者が日本音階の特徴として名付けた物である。

ヨナ抜きといえば戦前のもの、懐メロというイメージを持つ向きも多いが、演歌は現在でもヨナ抜き音階が主流である。別れや失恋など悲しさ、わびしさ、やるせなさをテーマにした歌が多いため、圧倒的にヨナ抜き短音階の曲が多いが、「北国の春」、「夢追い酒」や、21世紀になってから登場した氷川きよしの「箱根八里の半次郎」、「星空の秋子」まで、ヨナ抜き長音階のものも多い。

 マイクイメージ

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

70歳を過ぎてコーラスを始めたが

 以前にも男声コーラスに属していることを書いたことがある。私がコーラスを始めたのは70歳を過ぎてからで、最初は生涯教育センター主催の「50歳からの男性合唱講座」に参加した。講座が終わって有志で男声コーラスを続けようということになったのであった。

 昭和男爵コーラスは平均年齢67歳ぐらい、私は上から3番目の年齢である。日本の歌から始めてはや結成して満2年と1ヶ月になった。団員も16名になりみなさん熱心に練習に来ている。

 その間、進歩があったのかどうか素人の当事者には分からないが、指揮者とピアニストの先生の熱心なご指導で多少は進歩したに違いない。

  最初は、カラオケのときの声が少しでもましになればぐらいの気持ちで参加したのであったが、今ではそれは甘かったと思っている。コーラスの発声は簡単ではないからだ。

 カラオケの歌い方とコーラスの発声は違うということがわかった。コーラスの発声は頭声的発声で、口酸っぱく言われることは、腹式呼吸で口の中を広く開けて喉の緊張をしないように鼻腔や額の辺りに響かせて歌うことである。

 また、団子を重ねるように音を重ねるのではなくて、それぞれのパートの音が融けあうような響きを出すことが大事だと言われたことが印象的であった。

 高齢になって始めたコーラスであるが、声を出して歌うことパートに分かれて和音を響かせることは、カラオケとは全く違った楽しみであり、健康にもよいと考えている。

 コーラスを始めたことがきっかけで、中川区政70周年の第九を歌う会にも参加して大ステージでオーケストラと一緒に歌ったし、今年もまた市民の第九を歌う会に参加して、目下第九の練習にも励んでいる。

 男声コーラスは、月に2回の公式練習だが、第九のほうは、11月終わりのコンサートまでは毎週1回の練習がある。だから結構忙しい。

 現在は、モーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス、ブラームスの子守唄、ヴォーカリーズ、出船、高原列車などを練習している。

 11月1日(日)に、昭和生涯教育センター祭りで、女性コーラスの「スイート・ポテト」と共演することになっている。

 084_2 昨年のセンター祭り出演

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

幸せを感じた夕餉―有口福―

 Mさんが、陸奥湾で獲れた特大の帆立貝を送って下さった。冷蔵宅急便で届いたポリ箱を開けると、氷がまだ残っていて、下に大きな帆立貝が3段に入っていた。口を閉じてまだ生きていた。

 この歳になるまで、貝殻つきの帆立貝は見たことがなかった。スーパーなどに行くと、近海で獲れるサザエや鮑や大アサリやムール貝やハマグリなどを見ることはあるが、帆立貝はむいて冷凍したのしか見かけない。

 夕方になって、箱の蓋を開けると、貝は殆ど口を開いていた。死んだのかと思った。洗うために水道の水をかけたら、貝は口を閉じた。まだ生きていたのだ。

 親切にも料理法と殻のむき方が書いてあるチラシと殻から身をはずすヘラが入っていた。それをよく読んで妻と2人で殻からはずした。

 私は説明の通りに下の殻をヘラでおさえてこじったがちょっとやそっとの力では殻が開かなかった。妻ははずしかたをすぐにのみこんだらしく、上手にはずした。何と言うことはない、ヘラを突っ込んで身をはずせば簡単にはずれるのだった。

 直径5cm厚さ4cmぐらいありそうな大きな身が出てきた。貝の紐も短く切って食べやすくした。夕食のメインは帆立の刺身2個分でたっぷりあった。身は大変柔らかくて、甘みがあった。紐はコリコリとして歯ごたえがあった。

 帆立を肴にビールを飲んだ。本当は酒の方がいいのだが、まだ暑かったのでビールにしたのだ。

 こんなに贅沢なおかずはないと思った。たまに帆立を買っても冷凍の袋入りの小さな帆立だ。ところが今日は、殻をむいて大きな身を思う存分たべたのだから。

 東京にいる娘にその話をしたら、娘たちは袋入りの小さな帆立を買ってきて食べたと言って羨ましがっていた。近ければおすそ分けが出来るのだが残念であった。

 次の日は、帆立の浜焼きにして食べた。秋の夜の酒がおいしかった。中国語では、「口福が有る」と言う。

 

 三陸産 活ほたて 【特大5枚 直径13cm前後】

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月13日 (日)

レオナール・フジタ(藤田嗣治)展を見た

 名古屋の松坂屋で13日まで開かれている、「レオナール・フジタ展」を見に行ってきた。前にmaronさんのblogで知って、見に行こうと思っていてうっかり忘れていた。10日は涼しい日だったのでこれ幸いと出かけた。

 藤田嗣治を有名にした「素晴らしき乳白色の地」の絵が何点かあったが、いずれも独特の色で表現したもので、本当に素晴らしいと思った。乳白色の裸婦が息づいていた。

 藤田嗣治は、いろいろなものに凝ったようで、アトリエのミニチュアなど本物を縮小した精巧なものである。また、自分で使うための陶器も制作しており、ユーモラスな絵が描かれた物が多くあった。

 展示の後半は、藤田が建てた「平和の聖母礼拝堂」の建設に至るまでの詳細であった。建設の準備の様子がよくわかったが、そこでも彼が壁画だけでなくステングラスや屋根の風見鶏、門扉まで全てに亘ってきちんと準備をした様子が伺えた。

 藤田はそこに眠っていると映像が伝えていたが、幸せであろう。

 彼は生涯に5回も結婚をしており、4回は西洋女性で、しかも、ユキを呼んだ女性は色が白くて美女であったようだ。男からみれば羨ましいと思う。最後に結婚したのは日本人で私が生まれる前に結婚し最後まで続いた。その君代夫人は今年の4月に亡くなられたそうだが知らなかった。

 この展覧会の目玉は、「構図」「争闘」という作品である。1992年にフランスのオルリー空港近くの倉庫から発見された大作で、相当傷んでいたのをフランスの美術修復のエキスパートたちが見事に修復したものだ。

 筋骨逞しい男性や女性が格闘する絵などが縦横3mの大きなカンバスに乳白色で描かれている。そのデッサンも何点かあり、東大寺の仁王像の筋肉を髣髴とさせた。

 今回この幻の作品が再び日本で公開されたのはよかった。

 藤田嗣治は、絵をかく技量がすぐれているし、宗教画から静物、人物まで素晴らしい才能を発揮している。

 私が、気に入ったのは、3人の裸の女神を描いた「優美神」で、丹沢をイメージした遠景、足元には百合などの花が咲き、肢体の美しい美女が描かれている。この作品を見ると、人物、静物、風景の全てを見事に描ききっていることが分かる。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月12日 (土)

我が家のゴーヤ

 5月の終わり頃、知り合いの水野さんからゴーヤの苗を頂いた。黒いポットには何本かの苗があった。数えてみると7本あった。

 それを妻が我が家の狭い庭に植えた。

 最初の頃なかなか実がならないので、水野さんに聞くと、「水をやってますか?」と言われた。我が家のゴーヤはほったらかしで、水をやったことがない。梅雨が終わって晴天が続くようになっても水はやらなかった。 

 そのうち、日当たりがよい庭に植えた方には白いゴーヤが一つなった。

 ところが、裏のネコの額ほどの場所に植えた2本にもゴーヤが幾つかなった。。

 最初、風呂場の窓に絡みついた蔓にゴーヤの小さい実がなった。それを風呂場の窓から見ていた。小指の先ぐらいだったのが、日に日に大きくなっていくのがわかった。

 その近くのツツジに絡まっている方にもゴーヤが一つなっているのを見つけた。二つのゴーヤは競い合って大きくなっていった。どうも種類が違うらしく、片方は緑で長く、もう一方はずんぐりとして短かった。

 やがてそれらのゴーヤは摘み取り、その晩の夕食に出された。農薬も肥料も使わないどころか水さえやらない全くの自然の状態で出来たゴーヤである。生でサラダにして食した。

 それからもゴーヤは実をつけたが、おそいからか実は小さかった。ほうっておいたら色が鮮やかな黄色になった。黄色いゴーヤは食べると苦味が全然感じられなかった。ゴーヤが苦手な人向きだと思った。

 水野さんは、ゴーヤは日よけになると言った。裏の家のゴーヤは3階まで伸びて茂っている。近所の家のゴーヤは窓の日よけになっている。でも我が家のゴーヤは手入れをしないので細い蔓が弱弱しく伸びただけだ。それでもけなげに実をつけた。

 妻は、来年は南側の軒先に植えて日よけにしようと言っている。

 写真は、9月10日のゴーヤである。

Cimg0003

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月11日 (金)

男性必見―男性ホルモンの書物

 図書館で借りて読んだ「ホルモン力が人生を変える」(堀江重郎著、小学館101新書)は男性必見の書だと思う。

 男性ホルモンのテストステロンの重要性について述べている。各章のタイトルを並べてみると、

第一章は”男性ホルモンは人生を支配する”

第二章は”男性ホルモンが人生を変える”

第三章は”男性ホルモンが健康を左右する”

第四章は”男性ホルモンを高めよう”

第五章は”男性ホルモンと長寿の秘密”

 プロローグでは、「儲けの大きいトレーダーは、男性ホルモン値が高い」という研究が紹介されている。「テストステロンをきっかけにもたらされた成功は、更なるテストステロンの分泌を促し、次の成功につながる。これは『ウイナーズエフェクト』と呼ばれる。テストステロンは、自信と冒険心をまし勝利の機会を高める。」という。ただ、テストステロンの多すぎるのも危険だと指摘していう。

 男性ホルモンが高い人は人を惹き付けるという。政治家やタレントなど男性ホルモン値が高そうな人は人気が出るそうだ。

 駆けっこで勝つとテストステロンが増し、負けると急速に減少するそうで、私などは駆けっこではいつもルーザーであったから男性ホルモンは減少していたのだろう。

 男性に人差指より、薬指が長い人が多いのは男性ホルモンと関係があるのだという。オカマは逆なのかどうか書いてはなかった。

 女性にも男性ホルモンが卵巣でつくれて、意外にも男性の10倍もあるのだという。女性は、閉経すると女性ホルモンが減少するが、男性ホルモンにより元気になるのだそうだ。男性ホルモンは女性にも活力や生気などを高めると言われている。それに対して、男性は20歳ごろをピークに減る一方なので、元気がなくなる人が多いのだとか。だから、40歳辺りから男性ホルモンの減少を少なくする努力が必要なようだ。

P.64の「男性ホルモンの新しい知見」には、役割について述べている。筋肉や骨を作り、ひげのある男らしい体にする、更に性機能にかかわることはよく知られたことである。最近は、認知機能や血管、コレステロールにも関係することが分かっている。認知機能では、アルツハイマー患者に男性ホルモンを投与すると症状が改善し生き生きするという報告がある。また、肥満にも関係が有り、40歳頃から男性ホルモンがの減少が太りだすこととが指摘されている。

 男性の禿も男性ホルモンとかんけいがあること、最近問題になっている男性更年期にも大きな関係があることが詳しく述べられている。

ホルモン力が人生を変える (小学館101新書 23)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

けだし名言―アナリストの言葉から

 以前にある投資のセミナーを聞きに行ったときに聞いた言葉である。ある有名なアナリストが次のように言った。

 「素人の投資家は、勘と運と祈りで株式投資をしている。」

 私は、これを聞いて名言だと思った。言い得て妙である。

 まさに一般の個人投資家はその通りのやり方で株の売買をしているのだと思う。

 インターネットの発達により、素人の個人でもさまざまなデータを入手することが可能になった。しかし、それらは全て過去のデータである。それについてアナリストとかエコノミストとかいう人が勝手な解釈を加えて情報として流すことが多い。

 例えば、鉱工業生産は大事な指標として、それが発表される前はいろんなことが言われる。そしていざ発表された後、数値がよければ株価は上昇することが多いのだが、逆に下がる場合もある。

 そういう時、アナリストは、「鉱工業生産は市場の予想とほぼ同じなので期待に反しました」と言う。上がったときは、「予想通りであったので株価は上昇しました。」と言う。後講釈だからどのようにでも言えるのである。

 雇用統計とか日銀短観とかFRBの声明とかダウとか・・・・・株式市場に影響を与えるデータはごまんとあり、市場はいつもそうした指標に影響されて右往左往している。

 機関投資家やヘッジファンドなどプロと言われる人たちは、そういうデータを誰より速く手に入れるし、さまざまな分析を駆使して取引を行っている。

 それに対して素人は、少し古いデータに頼って少ない資料で勝負をしなければならない。

 だから「勘と運と祈り」だと言うのだ。

 どの銘柄を幾らでどれほど買うべきかは勘であり、買った後はひたすら値が上がることを祈るのだ。そして、うまくいくかどうかは全て運まかせである。

 だが、プロはそういうことはないのであろうか?プロのトレーダーにはゲンを担ぐ人が多いと聞く。いくら豊富なデータを持っていて、分析能力が高いと言われても未来に関しては当たるも八卦、当たらぬも八卦の世界なのだ。

 株価の動きは一寸先は闇で、「神様にしかわからない」のだ。アメリカのノーベル賞受賞経済学者が、株取引は「運だ」と本に書いたが、その通りなのだ。

 もし、豊富なデータと分析力を持ったプロがうまくいくのなら、あの世界金融危機など予知できた筈である。しかし、世界中のプロが誰もあのリーマンショックすら予見できなかったし、その後の世界の混乱も予知できなかったのだ。

 すべては「勘と運と祈り」なのだ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

サルコジ大統領の「報酬制限」提案は当然のことだ

 新聞によると、G20財務相、中央銀行トップなどの会合で、フランスのサルコジ大統領がだした「金融危機を再び招かないために、トップトレーダーの成功報酬に制限をくわえるべき」という提案に、イギリスのブラウン首相やドイツのメリケル首相などヨーロッパ各国は賛成したという。

 リーマンブラザーズの破綻から間もなく一年。世界金融経済危機を招いたのはウオール街などのトップたちの飽くことのない利益追求とそのあくどいやり方であったことは世界の前に明らかになった。

 トップトレーダーたちは、利益を出した場合はそれに応じて何十億円という莫大な成功報酬を貰い、逆に失敗して損失をだしても何のお咎めもないという奇妙なシステムの中でやりたい放題をして金融を混乱させたのであった。

 ところが、危機が少し遠のいたとみるや、またゾロ莫大な成功報酬を与える証券会社や銀行が出現した。サルコジ大統領はまさにその点を指摘したのであった。

 利益を出せば、歩合によって50%とも言われる成功報酬を手にし、損失を出しても罰金を出すとかいうことはないという真に旨みのある仕事で莫大な報酬を得ているのだ。その為に彼らは利益追求に血眼になった。

 それが彼らが成功報酬を貰い世界の人々が恩恵を蒙るのであれば何の問題もない。

 実際は、世界中が恐慌に陥り、いまだに回復できず被害はむしろ拡大しているのだ。そうなのに儲けた連中は儲けを懐にのうのうとしていられるとは。

 震源地のアメリカでは、失業率が9.3%にもなり年内には10%を超えるかもしれないと言われている。親が失業したためにホームレスになった児童や生徒が100万人を突破した。

 優良債権と言われたプライムローンでさえ、利息を払えない人が10%を超えたと言われる。

 日本でもまだまだ経済の状況は深刻で、失業率は増加し、生活保護世帯も増えている。中小企業では仕事がなく、休業に近いところも多い。

 鳩山次期首相は、アメリカの新聞に「アメリカの金融原理主義、グローバリズムが世界に恐慌をもたらした」と書き、今問題にされているが、鳩山氏の言い分は正しい。間違っているのは反省をしないアメリカなのだ。

 そのアメリカは、サルコジ大統領らの「制限提案」に反対をした。しぶとく懲りないアメリカである。民主党政権はこういうアメリカに追従しないではっきりとNOを言って貰いたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 8日 (火)

どこが面白いのか?芥川賞の「終の住処」

 芥川賞受賞作品の磯崎憲一郎氏によって書かれた「終の住処」を読んだ。読み始めて直ぐに何という退屈な描写だろうかと思った。どこかで面白くなるのかと期待して読んだが結局最後まで退屈であった。

 この持って回った描写はどこかで見たことがあると思って記憶を辿ったら、中学校の同級生にませた頭がいい文学志向の奴がいて、私に、書き始めたという”小説”の冒頭の部分を得意げに見せてくれたことを思い出した。

 純文学とはこのような表現をしなければいけないのだと言わんばかりの書きぶりである。

 新婚の頃の妻の不可解な行動、それをいろいろと推察する主人公の心象風景なのかも知れないが、突然に公園の風景が描かれる。

 妻と主人公の母親との仲のよさ、上司との関係、黒いストッキングの女との不倫、娘の誕生、遊園地と観覧車、そしてサングラスの女と不倫や妻が口を利かなくなること、その間の数々の不倫、家を建てること、アメリカ行き・・・などなどのエピソードが唐突に語られ、脈絡がないので読み手を惑わせる。

 例えば、妻と会話をしない11年間であるが、その間娘が成長していく大事な時期と重なる。それなのに彼は妻との関係を修復する努力をせず、不倫にのめりこみ仕事に逃避をする。それでよくも娘がグレずに育ったものだと思う。何ともやりきれない身勝手な生き方としか言いようがない。

 結局、そりが合わない妻と死ぬまで過ごすことを暗示して終わるのだ。「その瞬間彼は、この家のこの部屋で、これから死に至るまでの年月を妻と過ごすことを知らされた。それはもはや長い時間ではなかった。」

  読み終わって、描きたかったことは一体何だったのか、私のような文学音痴には皆目分からず、楽しむこともできなかった。

 それで芥川賞選考委員の評を読んでみたが、例によって短い抽象的な評で、要するに印象としていいとか、よさそうだとか、面白くないとか言っているだけであった。

 文学はもともと非常に主観的なものだから、それでよいのかも知れないが、この難解さを褒めて受賞作とした委員たちは「裸の王様」に出てくる大臣たちと同じだと思った。

終の住処

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 7日 (月)

人間の寿命は100歳?健康寿命を知った

 昨日紹介した「不老不死のサイエンス」を読んでいて、「健康寿命」という言葉があることを初めて知った。

 早速インターネットで検索をかけたら「健康寿命」の記述がたくさん出てきた。

平成18年度国民生活白書から引用する。

健康寿命の伸長が高齢期の生活の可能性を広げている

2004年の我が国の平均寿命(0歳時点での平均余命)は、男性78.64歳、女性85.59歳であり、30年前(1975年)と比べてそれぞれ6.91年、8.70年伸びている(第3-1-5図)。

こうした我が国の平均寿命は世界でもトップクラスを誇っているが、これは戦後の我が国の経済発展、生活水準や医療技術、衛生環境の向上などの成果である。

しかし、人々の関心は寿命の長さだけでなく、日常の生活の質にあるだろう。単に平均寿命が伸びるだけでなく、人生において健康に過ごせる期間がどれだけ続くかが重要である。

健康寿命とは、簡単に言うと、介護を必要をしないで自立した生活ができる生存期間ことである。いろいろな計算方法があるようだがwikipediaによると、

 WHO2000年にこの言葉を公表した。平均寿命から介護(自立した生活ができない)を引いた数が健康寿命になる。 2004年のWHO保健レポートでは、日本人の健康寿命は男性で72.3歳、女性で77.7歳、全体で75.0歳であり、世界第一位である。(Wikipedia)

 それから5年経っている現在、日本人の「健康寿命」はどうなっているのか知りたいところである。

 健康寿命は当然個々人によって違うわけで、願わくば出来るだけ長くというのが誰しも思うところであろう。

 ところで、「不老不死のサイエンス」によると、人間の病気などをしないと仮定しての寿命は、100歳だそうである。以前に紹介した「体温を上げると病気が治る」著者は、150歳も可能と言っていたが、上記の遺伝子研究者は100歳だと言う。

 それでも、日本の100歳以上の生存者は着実に増加していて、今や26000人前後いるらしい。

 当面は100歳を目標にして、介護の必要なく生きてコロリと(PPK”ピンピンコロリ”とかGNP”元気で長生き、ポックリ”)というらしい。行きたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 6日 (日)

カロリーを70%におさえることで寿命が延びる?

 今読んでいる「不老不死のサイエンス」(三井洋司著、新潮新書)の129ページから132ページに、興味深いことが書いてあった。

 「カロリーを70%におさえると寿命が延びる」というのである。以前に、「食細くして命長し」を書いたときに、同じようなことを紹介したが、この本にはもっと詳しく書いてある。

 ”カロリー制限は、下等生物から高等生物に至るまで、現在では、最も確実に寿命を延ばすことのできる方法です。研究の歴史も30年ぐらいと長く、世界的にかなり進んでいる分野で、ネマトーダやショジョウバエなどの下等生物からマウスのレベルまで実証済みです。”

ということで、サルを使った実験も5~6年たっているが、まだ寿命が来ていないので途中経過が報告されているそうだ。

 ”栄養が枯渇してくると、休眠状態にしておけば長持ちする、という原理があります。”ということで、古代ハスの種などはその例である。冬眠する動物などもそうだという。

 ある程度成長してからのカロリー制限が、マウス等の実験で行われていて、30%も寿命が延びたという。それはカロリーを自由摂取の70%におさえた結果だという。

 70%とというのは、いろいいろと試した結果、現象的にわかった数値だそうだ。しかし、70%を何を基準にすればよいかは人それぞれで異なるわけで、そこが難しいことのようだ。

 ただ、昔から経験的に、「腹八分目で医者要らず」などと言われてきたことが、どうやら正しいことが分かってきたということのようである。昔の人は偉いもんだと感心する。

 メタボがやかましく言われ、成人病を防ぐには、摂取カロリーを減らすこととウオーキングなどの適度な運動が推奨されている。私自身の経験からもそれに尽きると思っている。

 食べ過ぎない、飲みすぎないことが大事なのだ。 

 不老不死のサイエンス (新潮新書)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 5日 (土)

子どもとマジック

 マジックを習うようになって、少しづつやれるものが増えてくると誰かに見せたくなるものだ。私の場合は、その対象が教えている子どもたちであった。

 子どもたちに見せる機会は、学級活動の一つであるお楽しみ会とかクリスマス会とかお別れ会とかであった。

 そういうときには出し物の中にお菓子を出せるものを加えて、お菓子を出して子どもたちに上げるようにした。

 私は、子どもたちにマジックを教えることはあまりしなかった。たまに工作で作れる子供用の手品を紹介してみんなで作る程度であった。

 でも、一学期最初に子どもたちにマジックを見せると、次からは必ず子どもたちの中でマジックを見せる者が現れた。これはどの学年のときにも同じであった。

  マジックを見せる子どもは、図書館などでマジックの本を借りて自分で覚えてきて見せるのであった。

 私は、子どもたちに、サーストンの3原則を教えた。

 タネを明かさない。

 現象を先に説明しない。

 同じ手品を繰り返さない。

 子どもたちは、私には言わないが、友達同士だと「タネを教えて。」とか「もう一度やって。」と言うものである。それはマジックを見るものとしては言ってはならないというマナーを教えたのだ。また、見る側のマナーとして、「あ、わかった。」などといわないことや手品の道具に触れないことも教えた。

 また、見せる子どもには、事前によく練習をするように話した。マジックは、練習をしてあってもひょんなことでしくじることがあるからだ。

 子どもたちは、よく言うことを聞いてそうしたことを守ってくれた。

 いつも思ったのだが、子どもは素晴らしい。刺激をするだけで自分で挑戦しようとするからだ。

 

http://magic77777.blog100.fc2.com/blog-category-0.html

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

私の趣味①―マジック―

 私が、初めてマジックを見たのは、戦争中のことで、小学校低学年の頃であったと思う。今でも鮮明に覚えているのは、その手品の光景である。

 当時私が住んでいた家の近所のおじさんが、ある日、吸っていたタバコを使って手品を見せてくれた。耳の穴にタバコを入れて反対側から出す手品とか口から出す手品であった。今から思えば他愛のない手品であるが、手品など見たことがない私には強烈であった。そのおじさんがまるで手品師のように思えたのである。

 2度目は、高等学校を卒業して、首尾よく進学した友人を祝って岡本くんという友人宅に集まったときのことであった。彼の父が酒の徳利を釣る手品を見せてくれたのだ。この手品も酒席の手品としてはよく知られたものだが、初めて見る私たちには新鮮であった。

 その後は、大学に入ってからで、近所に清水さんというアマチュア・マジシャンがいて、バス停などで気軽に手品を見せていた。この人は、父の知り合いでもあったので、父を通じて「もし手品を習いたかったら何時でもいらしゃい。」と言われていたが、遠慮が働いて習いには行かなかった。

 私が、その清水さんに手品を教えてもらうようになったのは、それから20年以上も経ってからのことである。今思えばよい機会を失ったと思う。

 その他に強烈に印象に残っているのは、学生の頃、大須演芸場で見たリングの手品である。昔のことだから今のようなスピードとテクニックのあるリングではなく、リングの基本に忠実なマジックであったが、凄いなあと感じた。

 それから20年余り時が流れて、ある日、近所の文房具屋で清水さんとであった。彼はすぐに手品を取り出して見せてくれ、そして、「習いたかったらいつでもいらっしゃい。」と言った。

 私は、手品を覚えれば、学級経営にも役立つかもしれないと思い、思い切って清水さん宅を訪問したのだ。

 この方は、名門の名古屋アマチュア・マジシャンズ・クラブの会員であった。そして手品の道具を自分で作るのでも有名であった。

 家が近所なのでちょくちょく行っては教えてもらっていたが、ある時、坂野さんという人と2人で正式に入門した。

 Cimg0005

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

河村市長は天下りの詳細を明らかにすべきだ

 先日の朝日新聞によると、名古屋市の高級官僚の天下りは河村市長になっても17名に上っているという。河村市長もなすすべがないようだ。

 私は、一名古屋市民として、河村名古屋市長に次のことを要望したい。

◎17名の天下り先について、その待遇(給料と退職金)仕事の内容、勤務時間、 どうしてもその人でなければ務まらないのかなどである。

◎どんな団体があって公金をいくら支出しているのか。

 私が聞いたところでは、こういう天下りした人は月給が40万円もあり、勤務は週に2日ぐらい出て行って、一回に2~3時間特別な理事室などにいて、仕事らしい仕事はなく、新聞を読んだりしているだけだという。

 実際にそういう外郭団体でまじめに働いている職員から聞いたのだから嘘ではないと思う。

 河村市長が本気で天下りをなくしたいのなら、まず、そうした実態を市民に知らせて市民の怒りをバックにことを進めるとよい。

 外郭団体の金は我々市民の税金から支出されているのだ。我々は当然知る権利があるし、市長は言われなくても明らかにする義務があると思う。

 数年前の朝日新聞で読んだのだが、市会議員を辞めた人が天下ったところでは、90歳になっても辞めないでしがみついているということであった。そんなにおいしい職なのかと思ったことだ。市会議員にしろ高級職員にしろ高額の退職金を貰い、年金も高額なものを貰っているはずだ。それだけでも恵まれているのに何故更に天下って高給を食もうとするのか。さもしいとしか言いようがない。

 天下りするなら、ボランティアにすべきである。交通費だけ支給すればよい私はボランティアをしているが、金銭的手当ては何もない本当のボランティアである。

 退職後は、そういう形で社会に貢献するという考えを持てないのであろうか?

 http://area.rehouse.co.jp/r-nagoya/375

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 2日 (水)

皇室消滅はマッカーサーの陰謀?―サンデープロジェクトから―

 8月30日のサンデープロジェクトは、総選挙当日で暇なためかどうか、皇室問題を取り上げていた。

 コメンテーターは、皇室問題専門家の所教授と明治天皇の玄孫である元竹田宮子孫の竹田氏であった。

 この日の論点の中心は、皇室の存続を図るためにはどうしたらよいのかとうことであったが、雅子様問題に大半の時間がとられ、核心に入ったのは終わり頃であた。

 皇室の系図が示されて解説があったが、それによると三笠宮系統の子孫は全部女性で、現天皇の子孫も秋篠宮家に悠仁親王が誕生するまでは、全て女性であったのだ。

 問題は、皇太子が天皇になったとき、皇太子には、悠仁親王がなられるが、その時点で男子の後継者がいなくなる恐れがあるというものであった。

 そこで出てきたのが、「天皇家消滅はマッカーサーの陰謀」だという説である。何でもちくま新書からそういうことを書いた書籍が出版されたという。

 マッカーサーと連合軍は、戦後の日本を混乱なく統治するには天皇制の維持が重要であると考えた。そしてそれは思惑通りにうまくいった。

 明治時代以降西洋化し、富国強兵を進め、海外に軍を送って戦争への道を驀進する中で、天皇は神格化され、日本人の精神に天皇の存在が刻み込まれた。マッカーサーは、それを見抜いて戦争に負けたとはいえ、日本人の心から天皇の存在を直ちに消すことは難しいと考えたのだろう。そして、むしろ天皇を統治に使う方が得策であると考えたのだ。これは賢明であった。

 問題は、そのとき、マッカーサーたちが、実は天皇制をなくしたいと冠が手いたことだ。その為に彼らは長い年月をかけて自然消滅する方法をとったのだというのである。

 ①天皇は男子に限る。

 ②養子をとってはいけない。

 ③女性は皇籍を離脱する。

と、皇室典範に定めたのだという。

 まさに100年の深慮遠謀である。

 私は、この考え方を初めて知ったが、もし、それが事実だとすると、マッカーサーや連合軍は凄い政治能力を持っていたことに感心する。

 象徴天皇制と皇位継承

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 1日 (火)

マジックで施設慰問―その2―

 8月29日、私のマジックの師匠である清水先生の娘さんが主催するマジック研究会からデイケア施設へ慰問に出かけた。

 当日は、午前10時に清水さんの家に集合し、一通りリハーサルをして駄目出しをした。

 昼頃に近所の蕎麦屋で昼食を食べた。久しぶりに行った諏訪家という蕎麦屋は中が改装されていてきれいになっていた。

 1時ごろに車に分乗をしてデイケアセンターに行った。瑞穂区の日向町にある「ひなたデイケアセンター」であった。入り口には、「マジックショー」と書いてあった。明るくてきれいなデイケアセンターであった。中では利用者さんが体を動かしていた。

 冷たいお茶を頂いてから準備をした。

 13時40分からショーが始まった。トップバッターは、幼稚園の先生をしているOさんで、1本のロープが輪とロープになったのが復活するロープマジックと猿蟹合戦の楽しいマジックで、始終笑顔で演じたのは素敵であった。サルカニのトークも手馴れたものであった。

 2番目が、まだ短大生のOさんで、手作りの不思議な箱で好きな動物を当てる手品であるが、よく見えるように動物の絵を大きな画帳に書いてきたのが素晴らしかった。リングとロープも練習した甲斐があってリングが落ちることなく成功し大きな拍手をもらった。

 3番目が短大の先生のHさんで、若くてかっこいい先生だ。カッププロダクションとファウンテンシルクを演じた。直前まで何度も練習をしたので本番はスムースに行った。

 4番目は、私で、ロープマジックを3つ、色がついていく薔薇カード、白い紙がお札に変わる手品、袋卵を演じた。心配した袋卵はうまくいった。

 5番目がHさんで、シルクから万国旗を出したり、シルクをボールに変えたり、大きなスポンジを使った手品など巧みなトークを交えて観ている人の心をひきつけていた。マジックテーブルの素敵なのを用意して、ジャケットも手品用のもので施設慰問などに慣れている感じであった。

6番目は、ベテランのHさんで、蜘蛛の糸を出したり、ミルクを一杯出して消失させたり、うどんを出したり大変手馴れた手品であった。

 7番目は、80歳になる女性のSさんでウサギの出現消失を面白いストーリー仕立てで演じた。また、手作りの好きな果物を当てる手品をやった。さすがの老巧な演技であった。

 8番目は、90歳のOさんで、奥さんを亡くしてから20年以上も1人暮らしをしている話を交えてお得意のカードマジックやロープマジックを演じた。最初に輪ゴムを使った手品のときは、英語を使って見せた。80歳までに世界を一周した話をして、行く先々で手品で交流をしたそうだ。

 全部で1時間であったが、テンポよく演技者も演目もバラエティに富んでいて喜んでもらえたようであった。

 Cimg0033

 Cimg0002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »