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2009年8月14日 (金)

江戸時代の檀家制度に胡坐をかく仏教寺院

 今年もお盆がやってきた。お盆になると墓参りをし、自宅の仏壇に花や供物を捧げ、迎え火を焚いて精霊を迎える。当たり前のように行われるこの時期の行事である。

 そして、当たり前のように坊さんがやってきて、そそくさとお経を上げて行く。我が家の場合、回る順番からだろう、坊さんは朝の早い時間に来る。だからその日ばかりは朝寝坊の妻も寝てはいられない。

 坊さんのお経はどんなお経か知らないが、おおよそ4分ぐらいである。そんな短い経なのに早口で、木魚をせかせかと叩き、チーンと鉦を鳴らしてあっという間に終わる。終わったら、お布施を貰って次に行くのだ。

 お布施は、檀家によって違うが、最低でも2000円ぐらいは包むようだ。はっきりしないのは、坊さんは誰もそのことを口にしないからである。

 お盆の家庭回りは、坊さんの稼ぎ時である。だから立派な自動車でやってきて忙しく次へ行く。

 考えてみれば、こんなうまい商売はそうあるものではない。この世界的大恐慌の中でも、それなりの稼ぎがあるに違いないと下司の勘繰りである。

 そもそもこのような檀家制度は、江戸時代に徳川幕府が支配の道具として制度化したものだ。そのことは小学校の歴史でも習う。

 人民支配のために作られた檀家制度が、現代になっても崩れることなくつづいているところが極めて日本的な現象である。そしてその恩恵を一番受けているのが仏教寺院なのだ。

 葬式があると最低でも100万円のお布施が入る。(これについては以前のblogに書いた。)お経を合計で90分ほども読んで、戒名をつけて、100万円である。金持ちは500万円以上も出すという。

 日本の仏教寺院は葬式と法事と盆の経以外には何もしない。大きな寺に住み、豪華な袈裟を着て、立派な自動車に乗り、威張っていられるのだ。

 良寛和尚は何もしなかったが、その代わり托鉢の鉢と墨染めの衣とせんべい布団と筆墨だけで生活をした。何もしなくても清貧の生活に甘んじたのは仏教の教えを守ったからだと思う。

 そこへ行くと、他の僧たちは堕落していると言ってもよい。江戸時代の檀家制度が何時まで続くのかは知らないがいずれは自滅するだろうと思っている。

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