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2009年8月21日 (金)

自民党麻生総裁の「責任力」を批判する

 総選挙が告示され、8月30日までの激戦が始まったが、選挙は事実上終盤戦だと言われる。何しろ解散から40日以上あったのだから無理もない。

 今回の選挙では、麻生自民党総裁は、常に「責任力」を協調し、彼が写った写真のキャプションも「責任力」と書いてある。自民党の最大のキャッチフレーズは「責任力」なのである。

 一体、「責任力」とは何に対しての責任力なのだろうか?この言葉に「力」がつけられている。つまり、今では陳腐化した「力」のつく言葉を使いたかったのであろう。

 私の記憶では、「・・・力」が最初に使われたのは、赤瀬川源平氏の「老人力」であった。以後いろいろな人が「・・・力」という題名の書物を出版した。「悩む力」「断る力」・・・・。

 「責任力」と聞くと一瞬責任を持つという意味かと受け取ってしまうが、そこで踏み止まって何に対する責任力なのかを考えてみることが大事だ。

 それには麻生首相がやってきたこと、その前の歴代自民党首相がやってきたことを思い出すことだ。

 昨日のblogにも書いたが、彼らがやってきたことは、対米追従であり、アメリカの要求を丸呑みにして規制緩和や金融グローバル化を進め、はたまたテロ撲滅と称して、無実なイラクを侵略するブッシュ政権に加担したことなどなどである。

 その結果、どうなったかは、誰の目にも明々白々である。

 貧富の格差が増大し、地方が疲弊し、医療・介護制度が低下し、非正規雇用という不安定な派遣、パートなどが1032万人に増え、年金問題が暴露し、生活保護世帯が増加し、犯罪が増加し・・・大半の国民には、将来への夢も希望もないことになった。

 イラクへの自衛隊の派遣も、インド洋給油も、グアムへのアメリカ基地移転に巨額の支出をするのも全てはアメリカのご機嫌取りであった。

 つまり、麻生氏が言う責任力とは、アメリカに対する責任力であり、それに伴って利益を得られる企業や人への責任力であるのだ。何の力もない一般国民には何の責任も取ってもらえないのだ。小泉元首相がいみじくも言ったように、ただ”耐える”しかないのだ。

 そこへ行くと、民主党の「政権交代」は具体的で明解である。政権を自民・公明から民主党を中心とする野党勢力にチェンジするということだ。

 先日、公明党支持者が支持を訴えに来たが、嘘か真か知らないが、支持者の集まりでは、今度は民主党という声が大きいのだといいう。公明党は自民党を見限って次は民主党に擦り寄るのか、或いは本当に下部ではチェンジを求めているのかも知れない。

 もし、そうだとすると、責任力の訴えはますます、空虚に響く。

 大事なことは、リテラシイを持つて判断をすることである。

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