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2009年7月

2009年7月31日 (金)

「脳は出会いで育つ」から―③―ハイハイは大事

 私の子どもを育てる頃は、歩行器というのが流行で「這えば立て」の親心を先取りしたともいえる、とにかく早く立たせたいというのが狙いであったように思う。今にして思えば子どもには悪いことをしたと忸怩たる思いだが、今更どうしようもない。

 そんな歩行器による子育てがまだ行われていた頃読んだ本に、ハイハイが大事だと書いてある本があった。

 その頃の子どもはハイハイを飛ばして歩かされるので身体の発達がいびつだというのである。そのためにある保育園では園児にハイハイをさせているのだということであった。

 その本の著者によると、「個体発生は系統発生を繰り返す」のだそうで、ハイハイは爬虫類の時期に当たるのだということであった。

 非常に強く印象付けられたのはそのことである。そして身体発達の面からハイハイが大事であると指摘してあったのである。

 今度「脳は出会いで育つ」を読んで、ハイハイの大切なことが、脳の発達との関連で述べられていることがわかった。

 著者は、「早く立った方が発達が早いのだろうと考えるのは大間違いだ」と言っている。「ハイハイをしないで非常に早くつかまり立ちなどをするのは脳に障害があるケースが多い」

 「ハイハイをするのは、ロコモーションと言って、非常に重要で、人間だけができるのだ」と言う。「ハイハイは歩くための基本で、それを学習しているのだ」そうだ。

 「このロコモーションは、非常に重要なことが最近になってわかってきた。その場所に行きたいという赤ちゃんの意思と意欲が入っているのだ。更に、その下に手足の動きにリズムができる。それは大脳の奥にある基底核が発達するにつれてそれができるようになる。」

 「大脳の基底核は運動だけでなく、いろいろな精神的な脳の働きにも関係していることが分かってきた。運動だと思っていることが後の精神的な問題と直結しているケースがあるのだ」

 私が以前読んでハッとした本には、前述のように脳については触れていなかったが、その頃の脳の研究段階からすれば当然のことである。しかし、ハイハイが大事であるという指摘は間違っていなかったのである。

 これか赤ちゃんを育てるお母さんやお父さんには、是非ハイハイの大切さを認識して欲しいものである。

ハイハイ大好き赤ちゃん

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2009年7月30日 (木)

「脳は出会いで育つ」から―②―料理の効用

 「脳は出会いで育つ」の51pで、小泉氏は次のように書いている。

「実際に私たちも光ポトグラフィでデータを取って確認しましたが、料理も、前頭葉を非常に活性化させるということがわかりました。」と。

 それは、「料理はいろいろなことを同時進行で考えなければいけないからだ」という。

 例えば、「シェフは、その典型で。いろいろなものを同時に作りながら、それぞれを食べてもらう瞬間を想定しておいしく食べてもらえるように考えている。」

 「家庭でも、主婦は、食べる時間に合わせて丁度食べる時間においしく食べられることを想定しながら作る。つまり、料理の場合は、いつも時間を予測しながら、いつもそこのところへ作業をうまく収束させていかなければならないのだ。」

 多くの家庭では、主婦が料理を担当していると思われる。私の家でも妻に任せきりで、結婚してから私が料理をしたのは、子どもが生まれたときぐらいである。

 妻は、今でも5品ぐらいは用意してくれるが、夕食の時刻を見計らって野菜料理とか魚料理とか肉料理とか味噌汁とかを作っている。夕食の用意ができたと言われて、たまたま仕事をしていて遅く行くと文句を言われることがある。折角の料理が冷めて味が落ちてしまうからだ。

 料理を作っているときには、前頭前野にあるワーキング・メモリという作業記憶領野を頻繁に使わないとできないのだという。

 「料理をしているときには、味をいつも想像し、肌触り、食感も感じ、、色や出来具合を観察し、盛り付けの工夫をし・・・・など五感をフルに使わなくてはならない。だから前頭前野を最大に使っているのだ。」

 料理をすることはボケ防止に非常に効果的だし、認知症の治療にも役立つだろうと指摘している。

 これは私見だが、女性が概して男性より長生き(平均寿命は85.6歳になった)なのは、長年料理をしてきたことと死ぬまで料理をすることも関係しているのかも知れない。

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2009年7月29日 (水)

「脳は出会いで育つ」との出会い

 最近、図書館で偶然に「脳は出会いで育つ『脳科学と教育』入門」(小泉英明著、青灯社刊)という本を見つけた。題名が興味を引いたので借りてきて読んだ。

 読み進めながら、まさにこの本は私にとって出会いだと思った。この本が出版されたのは2005年8月で丁度4年前になる。もっと早くに出会っていたらと残念でならなかった。なぜなら脳科学についての本なのだが脳科学の進歩は目覚しいからこの4年間で新しい知見がたくさん生まれているに違いないからだ。

 私が知る限りでは、脳科学の進歩はf-MRIの発明や光トポグラフィが発明されて脳の働きが猿などを使わなくても人間で調べられるようになったからだ。だから近々20年ぐらいのことだと思う。

 そのf-MRIの発明や光トポグラフィの発明にかかわった人が著者の小泉英明氏である。

 実は、そのことをこの本を読むまでは知らなかったのだ。

 小泉氏は日立製作所のフェローで、独立行政法人科学技術振興機構「脳科学と教育」プログラム研究統括をしておられる。

 こんな凄い人がまだNHKのプロフェショナル番組に出ていないのが不思議なことだ。

 私はひとりの友人と葉書で文通している。昨日紹介したのもその友人からのものだ。

 彼はいつも手書きで葉書の裏表に細かい字でびっしりと書いてくる。一方私は葉書ソフトを使ってタイピングで入力している。

 小泉氏が光トポグラフィで調べたところによると、手書きとタイピングには脳の働きに非常に大きな差が見られるという。

 手書きは脳を活性化させ老化や認知症を防止するのに大変有効であるという。

 友人は毎週3~4枚の葉書を送ってくる。年間150枚ぐらいになる。しかもそういう文通相手を何人も持っているのだ。これは相当脳のためによいに違いない。

 彼は脳梗塞で倒れたが、すぐに入院したこととその後リハビリによって奇跡的に元に戻った。その一助となったのが手書きの手紙を書くこともあるのではと推測している。

 こういう脳の働きを普通の生活の中で見ることを可能にした光トポグラフィを発明したのが小泉氏たちである。

 脳は出会いで育つ

 

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2009年7月28日 (火)

アイルランド・ケルト音楽LIVEコンサート

 7月26日に、近所の「おうちお菓子madam an」という喫茶店でアイルランド・ケルト音楽のLIVEコンサートがあった。

 この店は住宅地にあり、しかも、普通の家を改装して喫茶店にしたもので目立たない。だから聴きに来る人も探すのに苦労したようであった。

 アイルランド音楽は、珍しくてなかなか聴く機会がないように思う。たまたま姪の一人がアイルランド・ケルト音楽に興味を持ち参加しているので、案内を貰ったのだ。

 「妖精のなつやすみ」と題したコンサートは、2部に分かれていて、第1部は”やなぎのなみだ”というグループの澤田真弓さんがアイリッシュハープを独奏した。第2部は姪の服部紀子がコンサーディナという手風琴、小松大さんがフィドル(バイオリン)、小堀光さんがギターでアイルランド音楽を演奏した。また、ボーカルにコボというのが参加していた。

 喫茶店なので演奏者がすぐ前にいてアッとホームなコンサートであった。聴衆は子どもづれが多くて、退屈した子どもが動いたり声を出したりするのが耳障りではあった。終わり頃、店のママが自分の子どもの相手をして子どもが遊んでいたのは残念であった。幼児がコンサートに飽きたり、興味を示さなかったらそっと場を離れるなどの配慮が欲しいと思った。

 でも、別の見方をすれば、アイルランド音楽は、みんなでワイワイと踊ったり飲んだりしながら楽しむものかも知れない。第2部の民謡的音楽からそんな雰囲気を感じた。何故かというと、「タタタタタッタ タタタタタッタ・・・・」という2拍子系のリズムで同じメロディを繰り返すからだ。フォークダンスか民族ダンスのがイメージされた。

 アイリッシュハープは小型で可愛い音を出す。曲も大変親しみやすいきれいな可愛い曲で演奏者が作曲した創作曲もあった。

 休憩の時間に、冷たい紅茶とママの手作りのゼリーとチョコレートをのせた甘いアイスクリームのようなものが出た。店の3歳ぐらいの可愛い娘がそれらを配るお手伝いをしていたのが微笑ましかった。

 演奏者の許可を得て、写真を写し、デジタル録音をした。帰宅後すぐにCDにしてあげた。

 アイリッシュハープも入った最後の曲を下に収録しておく。

「V_510303.WMA」をダウンロード

写真をクリックで拡大。

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2009年7月27日 (月)

浅薄で見下した麻生首相の高齢者観

 26日の朝日新聞朝刊は、麻生首相の”脱線”という見出しで、高齢者への配慮に欠ける発言が飛び出したと報道した。これに関しては、モーニングサテライトでも問題の発言箇所をアップで放映した。

 それによると、横浜市では、社会保障に関連して、「65歳以上の高齢者の80%以上の人たちは健康で介護問題もない。その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは働くことしか才能がないと思ってください。」と発言したという。

 麻生首相は、失言?や脱線?をすることで知られているが、それは日ごろ首相がそのように考えているからその通りに発言しているのだと思う。

 首相の発言を聞くと、福岡の大財閥の御曹司として乳母日傘で何不自由なく育ち生活の苦労は何もしていないことから来るものだと思う。

 首相に就任した頃、連日高級ホテルのバーでボトルを開け、高級レストランで食事をしていることが話題になったが、首相は「どこが悪い?」と反論した。

 先日、”新婚さんいらゃっしゃい”の番組に、角川春樹の娘が出て、初めてのデートで築地のもんじゃ焼きに連れて行かれたとき、「下々はこうゆうものを食べるのね。」と言って周囲の冷たい視線を浴びたという。彼女はそこへ行くのにベンツで行ったという。

 つまり、セレブのお嬢さんと麻生首相の感覚は同じなのだ。下々のことは何にもご存じないのだ。

 首相になって、たまたま職安や市場を視察したことがあったが、それはPRのためであってそれ以上のものではなかった。だから職安で職探しの若者に、「自分のやりたい仕事を見つけることが大事だ。」と、アドヴァイスして顰蹙をかった。

 定額給付金を80%近くの世論の反対にも拘わらず支給したのも、金をくれてやれば喜ぶに決まっていると馬鹿にした考えが根底にあったからだと思う。

 大事なことは、働きたくても働くところがない高齢者がたくさんいることを直視してその人たちが自力で生活できる仕事を与えることである。

 また、私も含めて高齢者はボランティアなどさまざまな社会活動をしたり、趣味の世界を広げたりして生きがいを見出している。

 年金生活でも、年金が少なくても、何とか生きていこうと頑張っている高齢者なのだ。

 ダウンロードしてお使い下さい♪

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2009年7月26日 (日)

払った介護保険料が生かされることが大事なのに

 私の友人から来た手紙を紹介する。

 「私は、年間6万二千円余りの介護保険料を支払っています。しかし、今まで介護保険を利用することはありません。折角保険金を払っているのですから、必要になったときは利用したいと思っています。

 利用するためには、介護認定を受けなければんりません。ご存知のように、介護認定のグレードは7段階あります。その内訳は、軽い順番から重い順番へと記しますと、要支援1、要支援2、要介護1、2,3,4,5です。これを介護度と言います。

 この介護保険制度は2000年にスタートしました。そのうたい文句は、『介護の社会化』『安心』でした。患者を家庭でみるというのではなく、施設で介護・療養させるというのが趣旨です。ところがこれが実現できていうのでしょうか。

 介護認定を受けていながら、全く利用していない介護認定患者は2割、95万人(09年2月国民健康保険中央会議調べ)もいます。

 それはサービスを受けるには利用料の1割を負担しなければならないからです。例えば、要介護5とう最重度に認定されますと、サービス利用上限は、35万8300円です。その上限一杯の介護サービスを受けると1割負担で3万5000円の自己負担が要ります。

 国民年金だけが生活のよりどころの人は最高でも月7万円弱です。その中から3万5千円も取られたら生活は成り立たなくなります。ですから介護サービスを受けた打ても受けられない実態があります。

 介護保険料を払っていても利用しづらいと言うことは大きな不安です。老後の生活を安心して送るためには、まず第一に年金の1階だて部分で最低生活が送られるようにすべきです。

 私たちの年金組合ではそれを最低保証年金として8万円を要求する運動をしています。この最低保証年金制度と言う言葉が認知されてきました。民主党、共産党のマニフェストにも掲げられるようになってきました。」

 介護保険制度があっても収入によっては利用できないというのは不公平である。また、特別養護老人ホームの入居待ちが35万人もいるというのも政治の貧困のさせるものだ。

 今度の選挙ではこの点も考慮しなけらばならないと思う。

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2009年7月25日 (土)

衆議院議員選挙―マスコミに踊らされないことが大事

 麻生首相になって、衆議院の解散がいつかいつかと待たされてきたがやっと解散し投票日が確定した。解散から投票日まで40日という長丁場となった。夏の暑い最中でもあり、候補者は大変であろうと思う。

 解散と同時に、マスコミは、「政権選択の選挙」と性格付けてその視点からの論を展開している。

 東京都都議会議員選挙の結果からも、最近のマスコミの世論調査からも、内閣支持率は最低だし、自民党の支持率も低迷している。

 それで民主党は今度こそ正念場と政権獲得を目指している。

 だから、マスコミが「政権選択の選挙」と位置付けるのはその通りだと思う。

 だが、心配なことがある。それは、マスコミが自民か民主かの選択だと騒ぎ立て、両党の政策や候補者などばかりを取り上げることだ。おそらくそうなるであろうことは目に見えている。

 しかし、民主主義の観点から言えば、衆議院選挙での当選を目指して闘っている政党は、共産党、社民党、国民新党、公明党など少数政党もあるのだ。そういう政党の政策や候補者についても公平に取り上げるのがマスコミとして一番大事な態度だと思うのだ。

 東京都と議会選挙では、共産党や社民党が民主党の圧勝で埋没してしまった。公明党のように特別な、強力な組織を持たない限り、マスコミの二大政党中心の情報に負けてしまうのは当然である。

 例えば、東京都議会選挙では、民主党も自民党と同じ「石原与党」であったが、そのことはどこかに行ってしまってまるで国政選挙のようになってしまった。その責任の一端は、国政選挙の前哨戦と位置付けたマスコミにもあると思う。

 マスコミは、世論を正しい方向に導くために、正しく判断をできるように、公正な情報を提供すべきである。

 また国民の側からすれば、溢れる情報の中から何が正しくて何が必要かを冷静に判断して取捨選択するリテラシイが要るであろう。

 マスコミには、くれぐれも偏った報道をしないように要望したい。また、選挙民には自分の頭で考え判断して投票に臨むことを望みたい。

 投票までにはまだ十分な時間があるのだ。

http://www.civillink.net/fsozai/senkyo.html

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2009年7月24日 (金)

体温を上げると健康になるという説―④―食べ物

 体温を上げるには食事も大事だと言う。

 両者に共通しているのは、朝食に「ニンジンとリンゴを入れた野菜のジュース」である。それだけでいいという。

 斎藤氏は昼食は摂らない。石原氏は昼食にワカメそばを勧める。

 2人とも、夕食には何を食べてもよいと言う。ただ肉を少なくし食べ過ぎないことが肝心だ。また、玄米もよいという。

 斎藤氏は、夕食は就寝の4時間前までに済ませることが大事だと言っている。空腹状態で寝ることが大事だそうだ。空腹で寝る→成長ホルモン分泌→異化作用→脂肪分解→やせる

 飲み物としては、斎藤氏は白湯を勧め、石原氏は生姜紅茶を勧めている。生姜は体を温めるのにいいというのだ。

 石原氏は、漢方の観点から温食物、冷食物の考えを取り入れている。体を冷やす食べ物には注意が必要だ。

 その他目を引くものとして、斎藤氏は、夜寝るときには真っ暗の中で寝ること。1度目が覚めたら二度寝はしないことが大事だという。

 アンチエイジングの専門家の斎藤氏は、低体温により活性酸素が増えるが、老化の原因は酸化だから活性酸素が増えることは老化につながるのだという。

 斎藤氏によると、37℃cは神のくれた体温だという。体温を36.5c~37度cにすることにより、健康になり、アンチエイジングになり、石原氏が言うように病気が治るのだったらこんないいことはないし、実行も簡単である。

 石原氏は、「体重を計るより体温を計れ」と言っている。

 全く専門分野の違う2人の医師が同じことを言っているのだ。傾聴に値するのではないかと思うのだ。

 夏のわんこ水風船

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2009年7月23日 (木)

日食を見る

 7月22日は日本で日食が見られる日であった。梅雨空で天気が悪いので関心はなかったが、東海テレビをつけたら、泥縄の日食を見る道具の作り方を説明していた。そして、雲の合間のかけ始めた太陽を写していた。

 それで妻がその道具を作ると言い出して、紙コップで即席に作った。それを持って外に行き太陽を眺めたがうまく写らなかった。

 そこへお隣の奥さんが来て、「今さっき三日月のような太陽が見えたわよ。」と言った。「あ、肉眼でも見えるのか。」と思った。「雲が厚いから肉眼で見ても大丈夫。」と奥さんが言った。

 空を眺めていると、雲の陰に白い三日月の太陽が見えた。道具で見ても見られないが肉眼でははっきりと見ることができた。

 幼稚園児たちが通りかかって、「目で見るといけないんだよ。」などと言った。「大丈夫。見てご覧。」というと、幼稚園児たちはチラッと見て、「お月様みたいのが見えた。」と言っていた。 白い三日月が見られた。

 妻にも見せようと思って家に呼びに行った。妻も出てきて白い三日月を見た。見ることができたのはそれが最後で10時55分頃のことであった。

 前回の日食の時には、ガラス板にローソクのススをつけたもので見たのだが、今回は雲のお陰で肉眼で何とか見ることができた。

 

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2009年7月22日 (水)

体温を上げると健康になるという説―③―

 昨今は低体温の人が多い。それが病気の原因や不健康を助長している。だから体温を上げることが大事だという本はいくつか書店に並んでいる。

 その中で「体温を上げると健康になる」という本と「体を温めると病気は必ず治る」という本を取り上げた。

 私の属するコーラスのピアニストの先生は最初に書いた様に遠赤外線の箱を買ってその中に入って体を温めている。しかし、この箱は55万円以上もするので買うのは大変だ。

 サウナに通うのもいいかも知れないがそれも大変ではある。

 上記の本の著者は、ウオーキングを勧めている。1日30分以上早足で歩くことにより、腰から下の筋肉が鍛えられる。

 斎藤氏は早朝のウオーキングを勧めている。朝は一日で最も体温が低いので、歩くことにより0.7℃~1.0℃体温を上げられるという。

 石原氏はウオーキングの効用として8つ挙げている。

①血圧が下がる。

②心臓病の予防・改善。

③ボケ防止

④骨粗相症の予防・改善。

⑤腰痛、膝の痛みの予防と改善。

⑥糖尿病、高脂血症、脂肪肝、肥満の予防・改善。

⑦ストレス解消

⑧肺の機能強化。

 私の長年の経験からも上記のことはその通りだと思う。

 ウオーキングの他に、2人が勧めているのは、スクワットである。森光子さんは舞台に出る体力を維持するためにスクワットを毎日70回やっていることで有名だ。

 スクワットは、肩幅よりやや広く両足を開いて立ち、両手を組んで後頭部(森さんは首のところ)に当てて立つ。背筋を伸ばして息を吸いながらしゃがみ、吐きながら立ち上がる。森さんは和服を着たままでもやっている。

 また、ストレッチもよい。

 風呂は41℃がよいという。

 私はこの本を本でから、毎日体温を測ることにしたが、10日間以上計ってみてデジタル体温計では65.3℃ぐらいで、水銀計で計ると66.2℃ぐらいが多かった。

 不思議に思い、デジタル体温計のシチズンに電話をして聞いたら、デジタル体温計は10分測ることになっているのだという。でも、2~3分でピッと音が鳴る・・・と言ったら、それは正常に働いているという知らせなのだといった。つまりピッと鳴ってから更に5分から7分ぐらいは計らないときちんとした体温が計れないのだということであった。

 デジタル体温計も水銀体温計も10分を目安に計らないといけないのだ

 私は、朝起きたときは、66.3℃、夕方は66.7℃だということが分かってきた。

シチズン 電子体温計 CT781B

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2009年7月21日 (火)

健康維持には体温を高くすることが大事という説―②―

 体温が高いと免疫力が高まる理由として斎藤氏は二つ挙げている。

①血液の流れがよくなる。酸素を運ぶ他に、白血球のもつ免疫システムが活発になる。血流量が増えると、筋肉の修復が行われ、骨も丈夫になる。胃腸の働きがよくなり、活性酸素などの毒素が排出され、便秘、大腸ガンの予防になる。脳の活性化が進み記憶力低下や痴呆症の防止になる。

②酵素の活性化が高まる。体内で化学反応が起きるときに必要な「触媒」が酵素である。消化、分解、排出、エネルギーの産出、新陳代謝など全てに酵素がかかわるが、それが活性化するのは体温が37℃台のときである。インシュリンの作用がよくなるので糖尿病によく、細胞が若返る。自律神経の乱れが改善する。ホルモンの分泌もよくなる。

 体温と基礎代謝量とは正比例の関係にある。それは基礎代謝の多くが体温維持に使われているからだ。体温が1℃下がると基礎代謝は約12%も低下する。それはウオーキング30分に匹敵すると言う。

 筋肉を増やせば基礎代謝は自然と上がり、基礎代謝が上がれば体温も自然と上がる。

  斎藤氏は、「一日1回体温を1℃上げる生活にする」ことだと言っている。

 それは1日1回免疫力が活性化することになる。

 もっと望ましいのは、「平熱が徐々に上がっていくような生活をすること」だと言う。それには、斎藤氏は筋肉は最大の熱産生器官だから筋肉を鍛えることが大事だと言う。

 「体を温めると病気は必ず治る」の石原氏は、「骨格筋で約22%の熱が産生する。体を動かすと、筋肉からの産熱量は筋肉質の人の場合で、80%近くまで上昇すると言っている。

 両者とも筋肉に注目しているのだ。

 筋肉図(正面)

http://stretching.l-dictionary.com/index.htm

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2009年7月20日 (月)

健康維持には体温を高くすることが大事だという説―①―

  私が属するコーラスのピアニストの先生が健康に関心が深く、体温を上げることで免疫システムがよくなりガンなどに罹るのを防ぐことが出来るという話をしていた。

 その先生は自宅に遠赤外線の温浴装置を持っておられるぐらいの熱心な体温上昇説の方だ。

 そんなことで体温と健康について関心をもつようになった。

 最近、新聞に「体温を上げると健康になる」という本の広告が2回掲載された。(著者は、斎藤真嗣、出版社はサンマーク出版である。斎藤氏は米国ニューヨーク在住の医師で日米欧のアンチエイジング専門医・認定医。)

 それで試しにその本を買って読むことにした。

 その本を読んでしばらくして、図書館に行くと偶然に「体を温めると病気は必ず治る」(著者は石原結実、三笠書房出版。石原氏は血液内科専攻で自然療法を研究)という本を見つけた。

 両者の本を読んで比較してみると多くの点で共通点がみられた。そこで共通点を取り上げて紹介することにした。

① 低体温はさまざまな病気を招く。肌荒れ、便秘、歯周病、胃潰瘍、糖尿病、骨粗相症、潰瘍性大腸炎、ガン、メニエール病、間質性肺炎、パーキンソン病、認知症、アトピー、喘息、花粉症・・・。(病例は斎藤氏から引用)

 石原氏は、冷え性、むくみ、肥満、膠原病、高脂血症、生理不順、生理通、慢性疲労、肺炎、気管支炎、肝炎、通風、糖尿病、アレルギーなどありとあらゆる病気と言っている。

② 現在、低体温の人が増加している。その原因について斎藤氏は「ストレス」を第一に挙げている。ストレスによって自律神経のバランスが崩れ血液の流れが悪くなり低体温になるし、ホルモンのバランスが崩れることで細胞の回復が遅くなり、細胞自体のエネルギーの低下により低体温になるのだという。

 石原氏は、ストレスの他に5つの要因を挙げている。

・筋肉不足(特に下半身)。これについては斎藤氏も体温を上げるには筋肉のトレーニングが大事であると言っているから同じである。

・冷房の悪影響

・入浴法が悪い。(これについても斎藤氏は41度の入浴を勧めている。)

・体を冷やす食べ物。(斎藤氏も食べ物の大事なことを説いている)

・薬の飲みすぎ。

 斎藤氏は、「体温が1度下がると、免疫力が30%も低くなる」そうすると、黴菌やウイルスから守れなくなったり、免疫の誤作動によって病気を引き起こすこともあると言う。

 さらに、低体温は体内を酸化させ、老化のスピードを促進する。

③ 体温35度cはガンにとって最適な活動(増殖)温度である。石原氏は35度c、斎藤氏は 35度c台と言っている。

 逆に体温が1度上がると免疫力は500%~600%つまり5倍から6倍もよくなる。

 両氏とも36.5度cは必須であると言い、さらに斎藤氏は37度cを目指せと言う。

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2009年7月19日 (日)

素晴らしい映画― 「剣岳・点の記」

 暑いので外出は嫌だが、前から見たいと思っていた映画、「剣岳・点の記」を見に行ってきた。

 木曜日は女性1000円の日ということもあってか観客はかなり多かった。でも、見たところ60歳以上の人が多いようであった。1000円で見られるからだ。

 この映画を観たいと思ったのは、TVで木村大作監督の撮影方法が紹介されたのを見たからだ。監督はもともとはカメラマンであった。製作方針は、実際に測量隊が登ったルートを再現するということとCGを使わずにカメラを据えて撮影するということであった。

 それがどのように映画になったのかを見たいと思ったのだ。

 新田次郎原作の「剣岳・点の記」は読んだことはないが、映画のストーリーは単純である。

 明治40年、日露戦争勝利で高揚している陸軍から、一人の新婚間もない測量技師がまだ測量の空白地帯となっている剣岳周辺の測量を命じられる。どういう訳か当時は陸軍測量部というのがあって民間の測量技師を雇って測量したのだ。多分、国土の防衛という観点からそうしたのであろう。

 浅野忠信が演ずる測量技師と香川照之が演ずる山案内人が苦労を重ねて剣岳に登頂し、四等三角点を立てるまでを映画にしたのだ。

 私は、新婚の頃、妻と立山を縦走したことはあるが、剣岳は眺めただけである。映画で見ると剣岳が如何に登るのが困難な山であるかがよくわかる。人を寄せ付けないからこそ山岳信仰の対象となったのであろう。

 剣岳は当時前人未踏の山と考えられていた。それで陸軍は最初の登頂を目指すのだ。ところがそこに剣岳初登頂を目指す日本山岳会が立ちはだかる。そして登頂競争になる。

 結局、測量隊が先に登頂を果たすのだが、頂上には行者の錫杖の頭の部分がおいてあるのを見つける。山岳信仰の行者がそれまでに登っていた事を示すものであった。

 それを知って陸軍はがっくりする。測量隊がどんなに苦労を重ねて頂上に辿りついたか、また、三角点を立てて空白をなくしたかということへのねぎらいもないのだ。

 軍隊というものがただ先陣の名誉だけを求めていたという非情のものであることがわかる。

 しかし、隊員や妻や先輩は自分たちが成し遂げた仕事に誇りを持つのである。

 この映画には、雪崩の場面と隊員の一人が滑落する場面が出てくるが、すざまじい映像をどのようにして撮影したのか知りたいと思った。本当にCGを使わずに撮影だけでやれたとは思えないのだが。

 明治40年という時代に測量隊員たちが命がけで立ち向かった記録として、また、そこに織り成す山案内人やサポーターと隊員との麗しい交流が映画の見所である。

 そしてもう一つは素晴らしい剣岳や立山連峰や富士山などの山岳の風景である。そこはカメラマン監督の真骨頂である。

 「剣岳・点の記」公式HP:http://www.tsurugidake.jp/

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2009年7月18日 (土)

NHK「脳の秘密、未来はどう変わるか」を見て

 NHKの「脳の秘密、未来はどう変わるか」を見た。

 MRIを使って脳の画像を解析し、直観力とか心の問題に迫ろうという現状をかいつまんで説明した番組で、それ以上のものは何もなかった。

 まず、”直観力”に優れていると言われる天才棋士羽生名人の”直観力”の秘密に迫るために、羽生名人の脳をMRIで調べた。初めての試みだと言う。

 羽生名人といえば、谷川九段の好敵手であるが、その大局160局を全部記憶しているというすごい記憶力の人である。また、頭の中に将棋盤がありいつでもどこでも並べることができると言う。

 そんな羽生名人の脳は、前頭連合野と行動の大脳基底核尾状核の働きまでは他のプロ棋士と同じであったが、その下にある嗅周皮質と脳幹にある網様体が働いていることが分かった。

 大脳基底核尾状核は行動の習慣化に関係すると言われているがその他に思考の習慣化にも関係することが分かってきたそうだ。

 だから小さいときから毎日将棋を指し習慣化しているプロ棋士はそこがよく働くのは当然であるが、情報の通過点である嗅周皮質と集中力に関係する網様体の働きは羽生さんにのみ見られるものであったのだ。その辺が素晴らしい直観力に関係しているのかもしれないという仮説である。

 一番驚いたのは、子どものときにいつも体罰を加えられた人の脳は前頭前野に萎縮した部分がみられ、コトバの暴力を受け続けた人は聴覚野に萎縮した部分がみられ、性的虐待を受けた人は視覚野に萎縮がみられることがわかったというのである。

 この研究は、ハーバード大学と熊本大学の友田明美教授の共同研究で明らかになったそうだ。

 つまり育つときに虐待を受けると脳に変化が現れるということで性格形成などに影響したり心の深い傷として残ることがわかる。

 しかし、脳には可塑性があるのでどのようにしたら治せるかが課題である。

 その他に、ロンドンのタクシードライバーの脳を調べたら経験の長い人ほど海馬が大きくなっていたことがわかったという報告があるという。

 アメリカでは、凶悪犯罪者の脳を調べて再発防止に役立てようという研究や、嘘発見器に代わって脳を調べて本当のことを言っているかどうかを調べているという。

 

 http://www.bonnycolart.co.jp/product/kenkonurie.html

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2009年7月17日 (金)

家食・家飲み

 先だって、週刊誌を見ていたら、「家食」「家飲み」という記事があった。経済不況の影響で無駄な出費をおさえるためか、今の若い人たちの志向なのか、外食に代わって自宅で料理をつくり、自宅で好きな酒をのむという風潮になってきたらしい。

 簡単に作れる「家食」のレシピもあるようだ。

 これはよいことだと私は思う。経済活動から見れば「家食」「家飲み」が増えれば経済は縮小するという考えもあるかもしれない。しかし、それは外食産業での話であって、「家食」「家飲み」によっていろいろな食材が使われるだろうし、酒も多様なものが飲まれるだろうからむしろ多くの方面によい影響をもたらすのではないだろうか。

 私は、収入の関係もあって、昔から「家食」「家飲み」である。外食は殆どしない。自分から居酒屋やバーなどに行くこともなかった。

 ただし、旅行に行ったときにはその土地の料理などを楽しむ。また、5年ほど前からはカラオケに行くようになったので、そのときはビールを飲む。

 幸い我が家の山ノ神がおいしい料理を作ってくれるので「家食」で十分だし、家族揃って食べるように心がけてきたことも「家食」の理由の一つである。

 酒が大好きだから「家飲み」ではさまざまな酒を楽しむ。家族は飲まないので独酌である。

 高齢者の仲間に入ってからは、ゆっくりと時間をかけて食事を楽しむように心がけている。

 Cimg0088 写真は家食ではなく、桑谷山荘の料理

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2009年7月16日 (木)

日本語教室学期末パーティ

 先週の土曜日に、愛知国際プラザ日本語教室、土曜日午前のクラスでは学期末のパーティを開いた。

 学習者の参加者はおよそ60名、ボランティアが15名で部屋は大変賑やかであった。

 最初に、私が手品を演じた。ロープの結び目の消失、ロープに結んだシルクがはずれる、白紙がお金に換わる、小箱に入れてもらったさいころの色を当てる、次々にリングが落下する、など9つばかりを見せた。

 手品は万国共通のコミュニケーションツールでコトバが分からなくても見て楽しむことができる。

 学習者の中に手品を観た事がないという高校生がいて、大変に驚いていた。

 手品の後は、お寿司やサンドイッチに果物、菓子、飲み物で立食のパーティであった。

 学習者の中にインドネシアから来た人が12名いた。その人たちはサンドイッチにトンカツが挟まれたのは食べられないということで、イスラム教の人たちへの配慮が足りなかったことを反省した。

 食事の後は、学習者の有志がお得意なものを披露した。

 ネパールから来た高校生は、民族衣装でリズミカルな踊りを見せてくれた。

 ビルマから来た学生も民族衣装を着てビルマの紹介をした。

 アフリカのメダンという国から来た男性たちはインタビューによってお国を紹介した。

 ブラジルの男性は、空手を披露した。

 フィリピンの高校生はコインを見せて説明をした。

 学習者は中国人が多いのだが、いろいろな国からの人もいて国際色は豊かで、当然のことながらここでの共通言語は英語ではなくて日本語である。

 それぞれのレベルの日本語でお互いに交流をしていた。

 Cimg0011  写真をクリックで拡大            Cimg0008       Cimg0021 Cimg0024 Cimg0018

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2009年7月15日 (水)

すっと読めた「脳を生かす勉強法」

 茂木健一郎さんの「脳を生かす勉強法」が売れていると聞いて読んでみた。副題には「奇跡の『強化学習』」と書いてある。まるで「奇跡のリンゴ」みたいだ。

 この本は、いとも簡単に読めた。 理由は、非常に読みやすく書いてあることだ。

 まず、書きぶりがやさしい。恐らく小学校の高学年でも読めることを意識して書いてあるのかもしれない。

 次に、ところどころの大事なところを太字にしてある。

 三つ目は、章の終わりに、まとめを入れてあることだ。

 茂木健一郎さんと言えば、勝間和代さんと双璧の売れっ子で、どちらも次々に書物を出版している。

 2人の本の共通点は、分かりやすく、読みやすく書いてあることだ。昔は、難解な文章が好まれたときがあって、若い頃には四苦八苦して読んだ本も多かった。

 私は、本は難しい内容でもやさしく書くべきだという考えである。その点で上記の2人は合格である。私が合格点をあげるもう一人は、元共産党委員長の不破哲三さんである。彼が最近書いた「マルクスは生きている」はいずれ取り上げたいと思っている。

 本論に戻そう。

 前書き部分に、茂木さんが言いたいことのエッセンスが書かれている。

 「人間の脳の中は、『ある行動をとったあと、脳の中で”報酬”を表す放出されると強化する』という性質を持っているのです。つまり、報酬を得て喜びを実感できた行動を再現し、繰り返したくなる、結果、その行動に熟練して行くというわけです。その鍵を握っているのは、「ドーパミン」という物質です。

 現代の脳科学の見地から言えば、脳の中で神経細胞のつなぎ方が変われば、それはすべて「学習」と言えるのです。人生の経験すべてが学習と言えるでしょう。

 人間の脳の素晴らしいところは、新しく学ぶことに深い喜びを感じるように設計されていることなのです。

まとめとして次の3点をあげている。

 ●「ドーパミン」による「強化学習」によって、脳を強化する。

 ●「タイムプレッシャー」によって、脳の持続力を鍛える。

 ●「集中力」を徹底的に身につける。

脳を活かす勉強法

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2009年7月14日 (火)

木村秋則さんの奇跡のリンゴの強さ

 1991年の青森県を台風が直撃し、リンゴ農家は壊滅的被害を蒙った。そのとき、木村さんのリンゴの木には8割もリンゴが残っていたという。

 それは、リンゴの木が普通の木の何倍も深く根をはっていたことと、実と枝をつなぐリンゴの軸が太くて丈夫であったからだ。

 それに2000年ごろからは畑に虫が少なくなったり、いなくなったものもあるという。また、病気も少なくなって軽くなった。

 農薬を使わないのになぜそうなったのか?

 木村さんは、おそらく畑に余分な栄養分が存在していないからだと考えている。

 肥料はどんな肥料であれ、リンゴの木に余分な栄養を与え、害虫を集める原因になることを彼は発見したのだ。

 栄養を与えられ過ぎたリンゴは、地中に深く根をはらなくても栄養がとれるので根が浅くなるのだ。

 肥料を与え過ぎたリンゴの木は、自然の抵抗力を失い、農薬なしには害虫や病気に勝てなくなるのではないかと木村さんは言う。

 畑に雑草をはびこらせ、肥料を与えていない木村さんのリンゴの木の根は20m以上にもなるという。そのことと害虫や病気が少なくなったこととは関係があるのだ。

 木村さんがやったことは、肥料はやらない、根をいためる器械は入れない。雑草を囃す、窒素が不足すれば大豆を播く、秋に1回だけ草刈をする、病気の兆候を早く見つけ酢を撒く、害虫が増え始めたら発酵リンゴ汁を木に下げる・・・。

 私は、カナダのノーヴァスコーシャに行ったとき、る時、知人のアマンだが「秘密の基地に連れて行ってあげる。」と言って雑草の茂った荒地に行った。そこには野生のリンゴの木かあった。地面には落ちたリンゴが散乱していたが、木にはまだたくさんの実が残っていた。

 アマンダは地面に落ちていたリンゴのよさそうなのを袋に詰めた。一緒に行った友人は背が高いので木のリンゴを取った。

 リンゴの大きさは、アメリカやカナダで売られている小さいサイズで赤い色をして健康な感じであった。

 かじっていると甘くてちょっとすっぱいリンゴの味が口の中に広がった。

 アマンダは、「子どもの頃いつもここに来てとってたべていたのよ。」と言った。

 野生のリンゴの木はその後も、ノーバスコーシャをドライブしたときに海岸の荒地にもあった。

 その時には、全く気にも留めなかったが、今度「奇跡のリンゴ」を読んで、野生のリンゴを食べたことが思い出された。今ならもっと気をつけて観察したであろうと思う。

本 奇跡のリンゴ

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2009年7月13日 (月)

都議会選挙は民主党の圧勝でどうなる総選挙

 前回より10p増加したとは言え、54.49%とちう相変わらず低調の東京都都議会議員選挙は、民主党が54議席を得て圧勝した。

 自民党は、10議席減らして38議席にとどまり、公明党が全員当選したにも拘わらず与党としては過半数を確保できなかった。

 残念なのは、共産党が5議席も減らして議案提出権を失ったことだ。民主党に追い風が吹いたのはよいが、そのあおりで逆風になってしまったようだ。戦前から一貫している戦争に反対と貧しい者の代弁者としての役割は大事だと思うのだ。そういう意味では社民党も0議席のままに終わったことも残念である。

 公明党は自民党と同じ穴のムジナで、この10年以上にわたる国政での自民党との与党でやってきたことを考えれば議席を減らしても不思議ではないのだが創価学会をバックにしたたかさをみせた。だからと言って自民党と進めてきた国民の大多数を苦しめる政治の免罪符にはならない。

 民主党が大方の予想を上回る大勝したからといって、近く行われる衆議院議員選挙で民主党が大勝するかどうかは何ともいえない。ただ、奈良市長選挙や名古屋市港区の市会議員補欠選挙でも民主党が勝ったことは、民主党への追い風が続きそうな予感を与えるものだ。

 国民は衆議院総選挙を待たされてイライラしているのだから、スパッと解散をして選挙をすべきである。それかあらぬか株式市場の反応は冷ややかである。

  昼のNHKニュースで、麻生首相は衆議院の解散を決心したと報道れた。それで株式市場は一段の下げとなった。

  自民にしろ、民主にしろ、経済の混迷は一段と深まるという不透明感が漂っていると言う。

 解散が決まったことはいいことだ。早く決着をして経済や国民目線の政治を推進してもらいたい。

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2009年7月12日 (日)

リンゴ農家木村秋則さんが知ったこと―②―

 木村秋則さんは次のように言っている。

  「人間にできることなんて、そんな大したことじゃないんだよ。みんなは木村はよく頑張ったって言うけどさ、私じゃない、リンゴの木が頑張ったんだよ。それは謙遜なんかではないよ。本気でそう思っているの。

  だってさ、人間はどんなに頑張っても自分ではリンゴの花を一つも咲かせることができないんだよ。手の先にだって、足の先にだって、リンゴの花は咲かせられないのよ。

  そんなこと当たり前だって思うかもしれない。そう思う人は、そのことの本当の意味がわかってないのな。畑を埋め尽くした満開の花を見て、私はつくづくそのことを思い知ったの。

  この花を咲かせたのは私ではない。リンゴの木なんだとな。主人公は人間じゃなくリンゴの木なんだってことが、骨身にしみてわかった。

  それがわからなかったんだよ。自分がリンゴをつくっていると思い込んでいたの。自分がリンゴの木を管理しているのだとな。

  私にできることは、リンゴの木の手伝いでしかないんだよ。失敗に失敗を積み重ねて、ようやくそのことがわかった。それがわかるまで、ほんとうに長い時間がかかったな。」    (奇跡のりんご P.167)

 木村さんは、9年目にやっとリンゴ畑の木が一面に白い花を咲かせたのを見てそう悟ったのだった。

 それにしても何と謙虚な含蓄のあるコトバであろうか。

 木村さんのコトバは大変に示唆に富み子どもを育てる親や教師にも味わってもらいたいと思う。

Lingonomikimura

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2009年7月11日 (土)

公的年金の運用損は9.6兆円も!!

 我々の年金原資で運用する公的年金の2008年度の運用損は9.6兆円にも上ったそうだ。

年金積み立て管理運用独立行政法人(GPIF)は2008年度の運用利回りはマイナス10.3%で、2兆円誓い累積損失に転落したと発表した。

 昨年は例のサブプライム問題に端を発する世界経済大不況があったとはいえ、大変な損失額である。

 仮に株式とか投資信託などはやっていないから自分はサブプライム問題とは無関係だと思っている人がいたら、能天気というものだ。

 公的年金の運用だから、恐らくプロがやったのだろうが、それでいてこの始末である。素人が自分の金を運用して大損失を出した人が続出したのも無理はない。

 それにしても、公的年金はグリンピアのような保養施設を日本中に造って失敗し、10万円などの安値で叩き売ったが、その責任もうやむやになっている。

 経済が順調であれば、おそらく年に5%とかの運用益を期待していたのであろう。厚生労働省の公的年金の将来にわたる運用利回りは4.1%の水準となっている。それが無理だということがはっきりとしたのだ。

 これまで順調に行っていたときの利益の積み立てはどのくらいあるのか知らないが、それを差し引くとどうなるのであろうか?

 それにしても経済の急激な落ち込みは何と恐ろしいことであろうか。

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2009年7月10日 (金)

GNH地球温暖化セミナー 枝広淳子さんの話 最終回

 地球温暖化の進行を止めるためにCO2を減らす努力を一人ひとりが実行することが大切である。ところが、中には「自分ひとりがやったってそんなもの何にもならない」という人がいる。

 しかし、その考えは間違っている。ミルフィーユ効果というのがある。ミルフィーユというのは薄い膜を重ねて作った洋菓子である。一枚一枚は食べてもどうといいうことはないが、重なって出来た菓子は大変においしいのだ。

 それと同じで、一人ひとりがやることはたいしたことではないかもしれないが、みんながやれば大きな効果を生むことになるのだ。

 少なくとも自分は「温暖化を進める側から離脱すること」が大切である。

そして「やる効果」より「気持ちよさ」を大切にしてほしい。

 経済成長が大事だと言われるが、「成長」について考える必要がある。GDPという指標により、どれだけ成長しているかと計られている。しかし、GDP信仰はやめよう。

 GDPには、例えば犯罪が増えたらそのコストも計算されているのだ。よい成長ばかりではないのである。マイナスの面も含まれるのだ。

 ブータンでは、GNH(Gross National Happiness 国民総幸福)と言うことが言われている。幸福度を物差しにしようということである。

 日本でも、塗料の会社で、会社の総幸福を目指し、「マイナス成長」を掲げて実行しているところがある。社長はマイナス成長は難しいと言っているという。社員が丁寧に対応するのでかって顧客が増えてしまうのだそうだ。

 結論を言うと、地球温暖化は史上最大のチャンスである。それは地球の危機に人々はこれまでの考えを改めて新しい社会や経済の仕組みを考えなければならないからだ。そうしなければ地球はすぐにでも破滅をしてしまうところに来ている。

 私(blogの筆者)は、かねてから、GDPばかりをウンヌンして経済成長重視のやりかたはおかしいと感じていた。枝廣さんがGDP信仰をやめようと言ったのを聞いて我が意を得たりと思うとともに、こういうことを識者がいうのを初めて聞いたように思う。

 毎年GDPが成長を続けなければ経済や生活が駄目になるような言い方は実は金儲けだけを追及する会社や政治家どもの都合だけを考えた言い草であったのだ。

 江戸時代の世界一のエコロジー生活を持つ日本は、今こそ足元を見つめなおして、「もったいない」精神で、本当の幸せは何かを考え直すときではないのかと思う。

日刊温暖化新聞http://daily-ondanka.com/

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2009年7月 9日 (木)

地球温暖化を考えるセミナー その2  枝広淳子氏の講話から

 地球温暖化に対処するために、CO2の増加は1950年を基準にして450ppm以下におさえなければならない。それは、温度上昇で言えば1.6度以下のおさえることである。

 そのために

先ず、CO2を排出を減らす事が大事である。

地球が吸収するCO2の量は、森林が7億トン、海洋が24トン、合計31億トンである。それに対して、現在排出している量は、72億トンにも達し、吸収できる量の2倍以上にもなっている。

このまま行くと2030年を境に急上昇する。

だからCO2増加の進行への「備え」が大事である。

①気をつけてCO2排出を減らす。

 CO2が出るところは、電気器具と照明が37%、給湯が30%、暖房が22%、厨房が9%、冷房は2%である。

 ②無意識的行動に気がついて変える。

 例えば、暖房便座を1日つけておくのとドライヤーを30分つけておくのとが同じである。

③省エネ製品に変える。

 白熱灯を新型の蛍光灯に変えても4年で元がとれCO2減少に役立つ。

 自動車はカーシェアリングを利用したり、レンタカーを借りた方がはるかに経済的である。

④買い物パワーを使う。

 買い物は投票と同じである。その製品に対する投票なのだ。だから、エコによい製品を買う。

 どこで作られたかを考える。→遠いところで作られたものは運送などでCO2が増える。

 どのように作られたかを考える。→通常、木綿は化学薬品、化学肥料、枯葉剤が大量に使われている。だから、ときどきは有機栽培木綿の製品を買う。また、フェアトレードのチョコレートとか花とかを買う。リサイクル製品を買う・・・。

幸せや満足度を減らす必要はない。幸せにつながっているCO2とそうでないCO2を分けて考えることが大事である。幸せ/CO2の値を最大化するように考える。   

    ―つづく―

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2009年7月 8日 (水)

地球温暖化問題を考えるセミナー

 7月6日に「本当の幸せと地球のためにすべきこと、できること」というセミナーに参加した。講師は、枝廣淳子さん(ゴア氏の「不都合な真実」の訳者)。

 一言で言うと大変分かりやすくて考えさせられるセミナーであった。

 結論から言うと、現在の地球環境は史上最大のピンチだが、考えようでは最大のチャンスでもあるということであった。

 まず、1950年から2100年までの地球の気温の変化のシュミレーションが示された。現在は+6度でこのまま何もしなければ、2100年には+12度以上になるという。

 ついで、日本にはどんなことが起きるかという話がされた。

 ◎コメや果樹の品質が低下。例えば、鹿児島ではコメの質が変わったし、リンゴの耕作域は北に限られる。

 ◎海では海草の食害が広がり、魚が産卵する場所がなくなってきている。

 ◎海流の変化により、例えばサンマの回遊が変わる。

 ◎降水量の増加のよる豪雨や洪水、逆に渇水。

 ◎高山植物がどんどん高い方へ追いやられ絶滅する。

 ◎海水の増加により、海岸線が後退し、砂浜がなくなる。

 ◎熱ストレスによる死亡のリスクが高まる。

 ◎デング熱などの新しい感染症が広がる。

 ◎ヒートアイランド現象がひどくなる。

    などなど。

 IPCCによると、過去百年の地球の平均温度は現在0.74度の上昇である。1850年以降の地球温度の上昇は12回あったがそのうち11回はこの12年間に起きているのだそうだ。

 危険温度のボーダーは2度だということを頭に入れておいて欲しいと言う。つまり2度地球の温度が上がると大変な状況になるのだそうだ。ヨーロッパでは政治家が地球温暖化問題を話すときには必ず「2度」が出てくるという。

  • IPCCとは、気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate
  • Change)

    ※地球環境研究センター  http://www-cger.nies.go.jp/qa/14/14-2/qa_14-2-j.html

          ―つづく―

      2008年1月

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    2009年7月 7日 (火)

    「奇跡のリンゴ」木村秋則さんが知ったこと―①―

     木村秋則さんは、農薬を使わなくなって分かったことがあるという。その部分を「奇跡のリンゴ」(石川拓治著 幻冬舎 P.156、157)から引用する。

    「農薬を使わなくなってわかったことがあるのな。農薬を使っていると、リンゴの木が病気や虫と戦う力を衰えさせてしまうのさ。楽するから行けないんだと思う。

    車にばっかり乗っていると、足腰が弱くなるでしょう。同じことが起きるわけ。

    それでな、リンゴの木だけじゃなくて、農薬を使っている人間まで病気や虫に弱くなるんだよ。病気や虫のことがよく分からなくなてしまうの。農薬さえ撒けばいいから、病気や虫をちゃんと見る必要がなくなるわけだ。人のことを言っているのじゃなく、この私がそうだった。

     害虫の卵は保護色だと言ったでしょう。小さいし、枝でも葉でも、産みつける場所と同じ色をしているから、なかなか見つからないのよ。

     おまけに、卵からどの虫が孵るか分からないから、害虫のそばのテントウムシの卵をとってしまったりな。テントウムシの卵は、オレンジ色をしているからむしろ見分けがつきやすいんだ。

     害虫を目の敵にして無我夢中で虫取りをしているうちは、そんなことすら気がつかなかったわけだ。落ち着いて虫たちのことを眺めるようになって、ようやくいろんなことがわかるようになったのな。」

     木村さんは、リンゴの木につく虫のことを観察をし、調べて、どんな虫がどんな時期に卵を産んだり、成虫になったりするか、またリンゴの木のどの部分に卵を産むかなどを、まるで昆虫学者のように知るのだ。その結果、どの害虫をどの時期に駆除すればよいかがわかり効率よく仕事ができるようになるのである。

     そして、自然の不思議さ、摂理に感動し、謙虚に自然と向き合うようになる。

     

    奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録

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    2009年7月 6日 (月)

    南山教会大聖堂でのコンサート

     7月4日(土)に、名古屋市の南山教会大聖堂で、「パイプオルガンと合唱による宗教音楽のひととき」と題するコンサートが開かれた。

     南山教会は八事や杁中に行く途中でいつも通るのだが中に入るのは初めてであった。

     内部は想像に反して丸天井のコンクリートで出来た近代的な空間でヨーロッパ風のカシードラルを想像していたので期待はずれであった。

     祭壇の前に木製のベンチが並んでいた。後ろにバルコニーがあり、真ん中にパイプオルガンがあった。

     合唱隊はバルコニーに並んで歌うのであった。

     コンサートは、18時丁度に始まった。グレゴリオ聖歌 「来たれ聖霊よ」の合唱から始まった。

     ついでパイプオルガン演奏でヨハン・セバスチャン・バッハの「来たれ、聖霊よ」

     J.S.バッハ 「主よ、人の望みの喜びを」(合唱とオルガン)

     J.S.バッハ 「前奏曲とフーガ ハ長調」のオルガン演奏

     シャルル・グノー 「主をほめ讃えよ」Cimg0155_2

     テオドール・デュポワ 「キリストの聖体の祭日」

     モーツアルト 「アヴェ ヴェルム コルプス」 (合唱とオルガン)

     セザール・フランク 「天使の糧」(合唱とオルガン)

     最後はオルガン演奏でレオン・ポエルマン 「ゴシック組曲」

     パイプオルガンは吉田文さん、

     合唱は南山短期大学ヴォックス・アンジェリカ62名、

     指揮は、南山短期大学教授 吉田徳子さん、

     親子の共演であった。

     日本の教会でパイプオルガンを聴くのはこれが2回目で、最初は昨年の秋、中川区の五反城教会で、同じ吉田文さんの演奏を聴いた。

     自分たちもアヴェ ヴェルム コルプスを練習していることもあって、女声がどのように歌うのかと言う興味もあった。モーツアルトのこの曲はきれいなハーモニーで名曲だ。ボーイソプラノに似た歌い方で歌っていた。

     この聖堂は、観客席の後方に演奏場所があるので、音が背後から聞こえるというのが難点だが、さすがに吉田さんのオルガンは聖堂に広がって心地よく響いた。

     我が昭和男爵コーラスからは、ピアニストの先生を入れて8名が聴きに行った。わずか55分程度のミニコンサートであったが、楽しいひとときであった。

     最後に聖霊ホスピタルのホスピスを後援する「ぶどうの会」の大谷会長から支援の要請があった。

     私の知人からその人の知人が最近このホスピスで療養後亡くなったという話を聞いた。とてもよいホスピスであると話していた。

    Cimg0156

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    2009年7月 5日 (日)

    リンゴ農家・木村秋則さんが見つけたこと―土の大切さ―

     リンゴ農家の木村さんは、無農薬自然農法でリンゴを栽培することを目指して8年にわたりリンゴの木につく害虫をとることや堆肥を作ることなどでいろいろな方法を試している。

     ところがどれもうまくいかず、800本のリンゴの木は葉を落とし、花を咲かせず、ついには枯れるものまで出てくる。

     自慢のトラクターや自動車やオートバイを売り払い、大事な田畑も一部を手放してしまう。生活が困窮を極める中であくまでも追及する姿勢はすごい。

     しかし、万策尽きて、遂に自殺を決意し山に登る。そしてまさに死のうとしてロープを樹にかけようと投げたとき、ロープは飛んでいってしまう。その方向に野生のドングリの木があったのだ。

     神がかりとしか言いようがない不思議なドラマティックな展開である。

     彼は、ドングリの木が元気に葉をつけているのを見て、「農薬を使わないのになぜ自然の植物が育つことを不思議に思わなかったのか」と思う。

     そして、その理由に気がつくのだ。

     それは、だった。

     ドングリの木の周りには、雑草が生え放題で土は足が沈むくらいふかふかだった。土は素手で掘ることができた。

     「それと同じ土を作ればいい。」と彼は直感した。

     ニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した。木村さんは、ドングリの木をみて土の大切さに気づいた。どちらも一つのことを追求してきてのひらめきである。

     彼はそれまで土の上のことばかりを考えてきたが、土については堆肥を肥料としてやることぐらいしか考えなかったことに気がついた。リンゴの木が根を張る土がどんなに大事であるかに気がついたのだ。

     ドングリの木の土はどこまで掘っても温度が一定だったという。リンゴ園の土は10cm掘るだけで極端に低くなっていた。さまざまな生物や微生物が存在してドングリの木の土をふかふかにし豊かにしていたのだ。まさに「土は生きている」のだ。山の土が温かいのは微生物がいて活動をしているからだと気づく。

     その大事な土を農薬で生物や微生物を殺してしまうことで生態系を駄目にしてしまっていたのだと知る。

     木村さんは、リンゴ園の土を山の土と同じような土にしようと考えて実行する。

     小学校6年生の国語の教科書に、「生きている土」という教材があって、原生林の土はさまざまな生物や微生物の生態系で成り立っており、大変豊かであること、従って土を豊かにする生物や微生物が大事であることを教えるものであった。

     木村さんは、リンゴの自然栽培を目指す中でそのことに気づいたのだ。私は、「生きている土」を木村さんの実践を加えて改定するといいと思う。

     ※つづく

    Photo

     

     

     

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    2009年7月 4日 (土)

    奇跡のりんご―絶対不可能を覆した農家木村秋則の記録を読んで

     2006年12月7日に放送されたNHKの「プロフェショナル 仕事の流儀」でりんご農家木村秋則さんが取り上げられた。それを見終わったとき、何と凄いい人がいるものかと感動した。

     「プロフェショナル」では、いろいろな分野の凄い人が取り上げられているが、中でも木村さんの印象は強く心に残った。

     その木村さんのことが「奇跡のりんご」という本になり、爆発的に売れていると聞いた。それで是非読みたいと思い図書館に予約をした。2月初め頃のことである。そのとき、50数人の予約待ちがあった。

     昨日、図書館に行くと「予約本が来ていますよ。」という。待望の「奇跡のりんご」であった。

     著者は、ルポライターの石川拓治さんで幻冬舎から出版されていた。

     家に帰ると一気に読んだ。大変読みやすく書いてあり、本の構成もよくできているし、記述も大変優れている。さすがはルポライターだと感心しながら読んだ。

     この本の題名は「奇跡のりんご」で、副題が「絶対不可能を覆した農家木村秋則の記録」である。

     なぜ、””奇跡のりんご”かというと、りんご栽培は大変難しくて農薬散布や施肥や袋掛けなど大変に手間のかかるものなのに、無謀にも、”絶対不可能と思われた無農薬自然栽培”を目指して、最終的には成功したからである。

     無農薬自然栽培によって出来たりんごは、素晴らしい味だという。是非食べてみたいと思うのだが、1年以上の予約待ちで手に入れるのは大変困難なようだ。

     この本を読んで、木村さんのターニングポイントは、3回あったことがわかった。

     一度目は、農家に養子に出たことである。彼は、幼少の頃から器械のメカニズムに興味を持ち玩具のロボットを解体したり、ラジオやアンプを作ったり、コンピューターやエンジンに興味を持っていた。一度興味を持つとトコトン追求するタイプでその技術をものにしてしまう。だから養子にいかなければ優秀なエンジニアになっていたかも知れない。

     二回目のターニングポイントは、たまたま書店で一冊の本を買う羽目になったことである。買うつもりがなく弁償のつもりで仕方なく買った本が、福岡正信という篤農家の書いた「自然農法」という本であった。その本を1年近くもほっておいてある日眼を通して釘付けになったのだ。

     それまではアメリカ式のトラクターによる機械式農業でトウモロコシの生産を目指していた。もし、その本に出会わなければ、大規模なトウモロコシ農家になっていたかもしれないのだ。

     彼は、「自然農法」を擦り切れるほど読み、自らも実践をする。そしてミカンでできるならりんごでもできるだろうと無謀にもりんごの栽培に取り入れようと考えたのだ。

     それからの彼の試行錯誤は悲惨なものであった。生活は困窮を極めた。そして7年目のある日、遂に彼は自殺を図ろうと山に登るのだ。

     まさに死のうとするそのとき彼は山に生えるりんごの幻想を見る。そして気がつくとそれは自然の中で実をつけているドングリの木であった。これが第3のターニングポイントである。

     偶然が人生を左右することがあるが、養子に入ったことと書物との出会いがそれである。

     そしてもう一つ、勝間和代風に言えば「フレームワーク」(関心をもって課題を追求すること)であり、茂木健一郎風に言えば「ひらめき」である。

     彼が「自然農法」に眼を向けたのは、彼の関心がそこにあったからキャッチできたのだ。また、ドングリの木を見て「これだ!」と悟ったのはひらめきがあったからである。まさにニュートンのリンゴである。

     私がもう一つ感心したのは、彼のひたむきな研究を家族みんなが支え続けたことである。彼は養子なのに、その家を貧窮のどん底に落としたにも関わらず、義父母も妻も3人の娘もひたすら彼を支持して我慢して助けたのだ。

     ―この本から学んだことはつづきとして書く― 

     

    http://www.cheziguchi.com/kimura.htm

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    2009年7月 3日 (金)

    宗次ホール・名曲ランチタイム・コンサート

     名古屋の栄にある宗次ホールで、名曲ランチタイム・コンサートを聴いてきた。

    「ベーター・ヴェルヒター&加納佐於梨デュオコンサート」で、演目は、

    ハイドン 鍵盤トリオ(ヴァイオリンソナタ)第31番 ト長調

    シューベルト ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調

    ブラームス ヴァイオリンソナタ 第3番 ニ短調 作品108

     アンコールがクライスラーの小品であった。

     宗次ホールは。初めてであった。11時半から12時半の1時間という短いコンサートであったが、とても充実したひとときであった。

     250席ぐらいの小ホールだが、客席はほぼ埋まっていた。こじんまりとしたいいホールである。

     ベーター・ヴェルヒターは、ウインフィルのメンバーを定年退職した人で、ソリストとして活躍し、プロフェサー称号を授与されたという。

     一番前の席で聴いたので、ヴァイオリンの糸がすれる音やピアノの音がリアルに耳に響いた。

     ハイドンは親しみやすく、シューベルトも明るく、ブラームスはきれいな旋律や激しい部分もあり、それぞれに楽しく聴くことができた。

     今回は、2000円であったが、通常はランチタイムコンサートは1000である。ちょっと昼に楽しむには手ごろだと思った。

    http://www.munetsuguhall.com/link/index.php

    宗次ホール 私たちの歓び、それは演奏者と聴衆の一体感。

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    2009年7月 2日 (木)

    けなげに咲いているシクラメン

    我が家のシクラメンのことは以前に書いたことがある。

    例年だと大体5月に入るとシクラメンは咲き終わるのだが、今年のシクラメンは、5月に入っても葉が伸びたり蕾をつけたりしたのだ。

    それがたった一輪、7月に入った今も咲いている。写真で見るように花の形はよくないがもう1ヶ月近くも咲き続けている。

    このシクラメンの鉢はただの380円で買ったものだが、ずっと立派な花を咲かせてきた。全盛期には3000円の鉢に相当するくらい見事な花を咲かせた。

    そして今も一輪だけ名残惜しそうに咲いているのだ。

    Cimg0104

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    2009年7月 1日 (水)

    今年の桃やスイカは甘い?

     スイカは熊本産から出始めて、最近は愛知産が出回っている。熊本県産は1個1600円ぐらいしていたので買わなかったが、愛知県産になって100円ぐらいになったので、これまで3回買った。

     聞いた話では昨年頃からスイカ生産農家が減少し、従ってスイカの出荷量も減ってきているそうだが、今年はまあまあ出回っているようだ。今年目がつくのは小玉のスイカである。いろんな種類の小さいスイカが大きい玉の半分の値段で売られている。

     今年買ったスイカはいずれも甘くてこれまでのところ合格である。一昨日は初めて小玉スイカを買ったがまだ食べていない。一人のお客が「このスイカは甘いよ。」と言って買っていたので試しに買ったのだ。名前は「ひとりじめ」という如何にも甘そうな名前である。

     そういえば、今年デビューしたイチゴに福岡の「甘王」というのがあった。名前の通り甘かった。

     「ひとりじめ」も甘いといいのだが。

     梅雨が本格的になってきて、急に桃が出始めた。私が行く店には箱売りの桃が山と積まれている。「千代姫」などという聞いたことがない名前もある。

     初めて買ったのは、山梨産の「高砂」であった。果実はざらついてイマイチであったが、甘みはよかった。

     次に買ったのは、「日川白鳳」でこれも山梨産である。白鳳の仲間だけあって水分がたっぷりで甘みもある。水蜜というにふさわしい。

     だいたい、桃は当たりはずれが大きく外見はよさそうでも甘みが全然なかったり、水分がなくて硬いものもある。

     私は、愛知産は買わない。小牧とか豊田とかの桃が出回るがこれまでの経験では水分が少なく甘みもない。先日も別の店で豊田の桃を売っていたが結局買わなかった。

     山梨の桃は全部いいかというと、必ずしもそうではない。中には全く甘みのないものもある。特に昨年は酷かった。

     さて、これからの桃のシーズン、今年はどれも”水蜜”であることを願っている。

    Peach03 http://www.kudamononavi.com/zukan/peach.htm

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