憧れのイタリア旅行―⑧―
(15)ゴンドラに乗る ※画像をクリックで拡大
添乗員の後について海岸に沿って歩いていくのだが、観光客が一杯ではぐれないようについて行くのが大変だった。写真を撮りながら歩いた。天気はよくなり日が差していた。
途中右手に運河がありその上に左右を結ぶ建物があった。左側のド ゥカーレ宮殿から右側の監獄に渡る橋で「ため息橋」と言われる。
ゴンドラを降りてから落ち合ったガイドのアントニオの説明では、昔は「Bridge of Death」と呼ばれた。それはこの橋を渡った囚人は2度と戻ることがなかったからだ。ところがイギリスの詩人、バイロンがその言い方はよくないと「Bridge of Sighs」と呼んだのが始まりだという。
サン・マルコ広場への入り口まで行った。それからゴンドラ乗り場まで行き、ゴンドラに乗った。乗るとき写真屋が写していた。
ゴンドラには5~6人ずつ乗った。私たちは東浦から来たご夫婦ともう一人と一緒に乗った。前のゴンドラは新しかったが、私たちのゴンドラは少し古かった。
ゴンドラはサン・マルコの大きな運河をしばらく行き、右に曲がってビルの間の狭い運河に入った。
水はどぶのような濁った色をしている。両側の建物は下の方が海水で腐っていた。ドアを新しく取り替えたところもあった。水かさが増すときには浸水をするのだろう。大変だなあと思った。水路の深さは2m~3mぐらいだそうだ。
海の方は潟になっていて深さは15mぐらいだとか。ゴンドラは橋の下をくぐったり、ホテルの横を通ったりしながら20分余り進んだ。TVなどで見たときには一度乗ってみたいと思っていたが、実際に乗ってみるとさほどロマンティックでもなかった。
(16)サン・マルコ広場と周辺
ゴンドラを降りると、再びサン・マルコ広場の入り口まで行った。そこに2本の柱のようなものが立っていた。そこでガイドと落ち合うのだ。
少し時間があったので、添乗員の今村さんが広場を一回りしようと言った。広場にはいろいろな国から来た人が一杯いた。これからどんどん増えるという。
広場の右側には、椅子とテーブルがたくさん置いてあるカフェが2軒あった。右のカフェにはステージがあり、古い映画で馴染みの曲を演奏していた。
左側のカフェはフローリアンと言い、1720年創業の世界最古でヴェネツィア最高級の店で、コーヒーが10Eもするのだそうだ。アメリカ映画「旅情ummertime )」で観光に来たアメリカ女性とイタリア人男性が落ち合うのがここだ。蛇足ながらこの映画はお勧めだ。タイトルの「旅情」も名訳だと言われている。
10時13分にガイドのアントニオが来た。彼も日本語が非常にうまい。大阪弁と交えたとジョークをふんだんに入れてみなを笑わせた。サン・マルコ広場は長方形で建物に囲まれている。
一辺には5つの入り口とドームの屋根を持つサン・マルコ寺院があり、入り口の上にモザイク画がある。中には素晴らしいモザイク画の天井などがあるので是非見るように勧めた。
その隣がトゥカーレ宮殿で、9世紀にヴェネツィアの富の象徴として建てられたが、15世紀ごろゴシックに改装された。共和国時代に総督(アントニオは大統領と言ったが)の邸宅と政庁として使われた。現在は図書館になっている。
その向かいに高さ96.8mの大鐘楼のある建物がある。ここに登るとヴェネツィアが見渡せるそうで、登った人たちもいた。その他の建物は行政府のあったところだ。
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ヴェネチアでゆっくりとできたのですね。羨ましいです。私たちは数時間滞在しただけでした。サンタルチア駅も近くをバスで通ったとき眺めただけです。
投稿: らら | 2009年6月 5日 (金) 08時12分
随分前の事なのですが、サンマルコ広場や鐘楼宮殿の中など瞼に浮かんできました。
サンタルチア駅までは列車で来て、後は歩いた様な記憶があります。サンマルコへ最初に行って、見学してからホテルに入ってサンマルコからそう遠くない所で、水上バスの乗り場も近くだったので1人で彼方此方見てきました。 バスのりばはキャナルの両岸に交互に行くので、バス乗り場の位置を忘れても同じ側の乗り場で下りればホテルにかえれます。
リアルト橋だったか、渡ってムラーノの店でガラスの工房で作業を見て、記念にワイングラスのセットを買いました。まだ現役の頃ですので買えたので今だったら買えません。
投稿: maron | 2009年6月 5日 (金) 03時32分