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2009年5月 8日 (金)

ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―⑤―

 

10)アウトプットの限界

アウトプットについては、前掲の書には次のように指摘している。

「注意すべきことは、多くの実験研究が行われているにもかかわらず、アウトプットそのものが言語能力の向上につながった、という結果が余りでていないことです。『話せるようになるには、話す練習をすればよい』という考え方は、一見理に適っているようですが、研究結果を見ると必ずしもそうではありません。」(p.149

「アウトプットそのものは、新しい言語材料、言語知識の習得には役に立たない、言い換えると、自分のすでに知っている知識を使って何かをする、ということにすぎない、という当たり前の事実が案外見落とされている場合が多いので、その点は注意して置くべきでしょう。」(p.149

アウトプットは、蓄えてある言語知識を引き出し、文に構成して外言化して行くことに意味があるのだ。それを繰り返すことにより自然に口をついて発話される状態に持っていくことができよう。

ただ、話したり書いたりする場合でも辞書で調べるとか人に尋ねるなどして新しいコトバや表現法や言語知識を得ることもあるのことは頭に置いておくべきである。

 

 次に、アウトプットの場合、母語によって話すことを選び、考え、文を構成し、外国語に置き換えて発話するという過程をとることが多い。特にレベルの低いうちほどそうなる。よく「英語(対象言語)で考えよ」と言われるが、実際は至難の業である。対象言語で考えられるようになるにはかなりのハイレベルにならないと無理である。

 

 日本人が英語を使う場合、冠詞とか前置詞などはいつまでたっても迷うし、間違えやすい。外国人が日本語を勉強するとき、助詞や敬語など躓くのも同じことである。

 

 更に母語の国の文化や習慣が外国語の発話に干渉して間違いを引き起こすこともある。日本語では、「ぼくはコーヒーだ。」というような言い方はごく普通だが英語ではI am coffeeではおかしな表現になる。

 

 日本語は主語があいまいな言語だが英語ではそうはいかない。(日本語には主語はないという学説もあるくらいだ)その逆もあって、アメリカ人が日本語を話すときに、やたら主語を入れると変な日本語になるであろう。

11)インプットもアウトプットも大切

 会話など別の人とコミュニケーションをする場合、「聴く」、「話す」の両方が行われる。会話はよくキャッチボールだと言われるが、相手の言うことをよく聴いてそれに対し適切な応答をしなければならない。だから聴いてわかる能力だけでなく、話す能力も大事である。インプット能力とアウトプット能力の両方の向上が必要なのだ。

 

 最近は、電子辞書が発達して、外国語に翻訳して発音までしてくれるものもあるらしい。確かに便利であろうが、自分で聴く耳を持ち、話すことができたらその方がいいに決まっている。

12)外国語のビギナーが注意すべきこと

 ただここで注意が要るのは、外国語の勉強を始めて間が無く、インプット量が少ない場合である。

 「学習者の外国語能力がまだ不十分なうちに無理に話させると、結局学習者は母語に頼って、その母語の文法に適当に第二言語の語彙をくっつけて、変な外国語をしゃべる、という危険性があります。それをどんどん続けて行くとそれが固まってしまうということがあります。」(P.16

 

 外国人に日本語を教える立場の人は心しておくべきことであろう。

13)外国語学習に要する時間の問題

 外国語の習得には学習時間が必要である。TOIECで760点を取るには何時間の勉強をせよとか、日本語一級に合格するには何時間の勉強が必要だなどと言われる。その時間をどのように確保するのかが問題で、二つのやり方が考えられる。

 

 一つは、短期集中型である。日本に来て大学に入る学生は、通常6ヶ月間日本語を勉強し、日本語で授業を受けられるレベルになることを要求される。

昔、私が留学生から直接聞いたのだが、彼らは朝起きてから夜寝るまでひたすら日本語だけを勉強したそうである。彼らの書いたものを読んだが、立派な日本語になっていた。

 

 毎日授業が6時間、自習が6時間として、一日12時間、30日×6ヶ月で何と2160時間にも達するのだ。

 

 私の場合は、長期継続型の道を選んだ。ラジオ講座を三つ聴いて50分、それに多少プラスしても一日70分、一年間で420時間である。ただ、のんべんだらりとやったので効果は少なかった。

 

 日本人の英語の学習時間は学校だけで考えると、中学校三年間で516時間程度、高校もその程度だから6年間の合計で1040時間ぐらいと推定される。

 

 その間にどれだけの単語やフレーズや文法がインプットされるのであろうか。知りたいものである。

 

 次に、私が1993年に書いたものから参考までに引用する。

 

 深井宏一氏は、「使える英語への最短コース」(198311月、アルク社)の中で、

「現在の自分のリスニングによる英語の理解度は殆どゼロだと思う人が、一応英語圏の中学生が理解する程度の英語が聴いてわかるようになるには、5000時間ぐらい、『注意力を集中して聴く』ことだと考える。」

と書いている。一日1時間では、13年間かかるそうである。

 

 TOEICでは、英語の学習にかけた時間とTOEICのスコアは比例するということを証明していると言われている。あやふやな記憶だが100点上げるのに700時間?必要とか。

 

 来日1年間で日本語検定1級をとった中国人と韓国人を知っている。二人とも、日本語学校に通うほかに、朝から寝るまで日本語漬けになったそうである。おそらく4000時間以上の勉強をしたものと思われる。(ただ、日本語1級をとっても話す能力はそれほど高くはならない。おそらく読解や単語や漢字の知識が中心なのだと思う。)

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