2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―③― | トップページ | ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―⑤― »

2009年5月 7日 (木)

ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―④―

 

7)外国語習得に関する要素

外国語の習得についての一般論としては、目的言語との関係で次のようなものが関わって来ると言われる。

◎適性・資質→進歩が速い人とあまり進歩が見られない人がいる。

◎興味・関心→言語だけではなくその背景の文化にも興味や関心を持つこと。

◎動機付け→外国語を学習する自分なりの強い動機を持つこと。

◎開始年齢→12歳臨界期説(12歳以後に始めると遅い)(P.38

◎母語の活用→母語の知識を生かす

◎母語の干渉の除外→ 外国語は頭の中で母語で考え翻訳して発話されることが多いので母語の影響を受け     る。

◎言語間の距離

日本人は英語が苦手であるが、それは英語と日本語が遠い関係にあるからだという。日本語と近い関係にあるのは韓国語である。スペイン語とイタリア語は非常に近い関係にある。

日本語は大抵の言語とは遠い関係なので日本語を勉強する外国人にとっても外国語を勉強する日本人にとっても困難を伴うのだ。

8)インプットはいつでもどこでもできる

外国語を習得するには、前にも書いたように、インプット(聴く、読む)とアウトプット(話す、書く)の両面がある。

まず、インプットとしての「聴く」ことは誰にでも何処にいてもやりやすい学習行為である。日本では、英語に関していえば、ラジオ、テレビ、映画、DVD,CD,テープなど「聴く」ための手段がいろいろ用意されている。日本に来て日本語を学習する外国人についても同じことが言える。

やさしいことから始めて行くのは当然のことである。「コトバのシャワーを浴びろ」と言った人がいたがその通りだと思う。私も英語会話の勉強を始めて、ラジオ講座をテープに取り、通勤の車の中やウオーキングのときなどに必ず聴く様にしていた。

「読む」ことも、テキストを読むことから始めて、レベルに応じてやさしい本を読んだり、新聞を読んだりするように心がけることだ。今はインターネットで幾らでも外国語を読むことができる。大事なことは国弘正雄氏が言っているように、只管朗読(シカンロウドク→ひたすらに声に出して読む)で、声に出して読むことが有効であろう。

また、読書によって新しい知識と共に言語が増強される。つまり、コトバの網が豊かになるのだ。

9)インプットの問題点

明治以来日本の外国語教育は長い間文法・訳読中心主義で行われてきた。そのために読めても話せないという偏った日本人ができてしまった。

先日友人と話をしていたら、友人が「僕が高等学校の頃“山崎の英文解釈”という本を必死になって勉強したことがある。おかげで前の年に赤座布団だった英語が表彰されるほどになった。」と言った。

“山崎の英文解釈”は当時有名な参考書であったが、内容が難しいことでも有名であった。私などは、買うことは買ったが数ページで投げ出してしまった位の本だ。それを最後まで勉強し切った友人は大したものだが、それで読解力はついたとしても、会話力が付くわけではない。残念ながら彼は英語会話はできないのだ。

つい10年ほど前までは、英語教師でも話せない人が殆どであったのだ。東大や早稲田といった優秀な大学の学生でも英語会話となると駄目だと言われていた。

私は、英語落ちこぼれであったが、英語会話の勉強をしたことにより、いつのまにか英字新聞が読めるようになった。また、当時は英作文というのがあった。私は英作文が大の苦手であった。それがいつの間にか英文も多少は書けるようになった。

そういう訳でインプットと言っても文法・訳読法では駄目だと考えている。

これを書いている間の425日の朝日新聞「私の視点」欄に、生活に密着した表現学ぼう」という投稿が載った。筆者は川崎美恵さん(語学コンサルタント)である。

イギリスでボランティアとして働きながら生きた英語を身につけようとしたのだが、面接で「貴女の英語力なら問題ない」と言われたのに現場では全く通じなかったのだそうだ。

その原因として彼女は2点を指摘している。 

 一つは、日常生活で使われている英語表現を殆ど知らなかったということであると言う。

 

 この点に関しては、私も英語会話の勉強を始めて以来痛切に感じてきたことで、未だに解決されていない。何故かというと、日本にいる限り日常言語に接することがないからだ。TV,ラジオの語学番組は標準的なパターンでテキストが作られているし、書物でもそうである。その意味では現地に行って現地の人の中で生活するよりよい方法はない。よい見本が相撲取りである。外国人力士は現地の生活にとっぷりと浸かって生活するので日常言語をすっかり身につけているのだ。

 もう一つは、英語には標準語がないということだという。日本人が英語が苦手なのはこの2点にあると言うのだ。

 

 英語に限らず外国語の習得という点では、現地の生活に入り込んでそこで使用されている言葉や表現法を学ぶのが本当は一番よいのであろう。

 

 このことに関係して、面白いエピソードがある。私が、かつてカナダをバックパックで旅行したときのことである。バンクーバーにある大学の寮に泊まったことがあるのだが、日本から英語留学に来ていた学生たちと話す機会があった。学生たちは、私が外国人の中に入っていって積極的に話すのを見て感心したと言ったのだ。 彼らは1年とか2年とか留学しているのだが、日本人学生同士で付き合うので英語で話す力が付かず英語を話すのが億劫だと言う。これは典型的な日本人のパターンではないかとそのときに思った。現地で生活をしていても現地人の中に入らなければ何ともならないのだ。

Cimg0024

◎庄内緑地公園のアヤメ

 見ごろはこれからです

« ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―③― | トップページ | ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―⑤― »

教育・生涯学習」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―④―:

« ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―③― | トップページ | ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―⑤― »