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2009年5月 6日 (水)

ごく普通のシニアが書いた「経験的外国語習得論」―③―

 

5)内言活動・外言活動とコトバの網

また、前掲の書にはどこにも触れられていないが、言語活動には、内言活動と外言活動がある。

内言とは脳内で行われる言語活動であり、外言とはそれが視覚や聴覚によって確認できる言語活動である。そして、外言活動は必ず内言活動を伴っているのだ。おそらく瞬間的に内言活動が行われ、それが外言として外に出されているのだ。

我々は、外言によって初めて自分の言語活動を知覚できるのである。

※学者によっては、内語、外語と使っている。

私が学んだ国語学者の大久保忠利先生は、脳の中にインプットされた言語を「コトバの網」という比喩で述べている。そして、コトバの網を強化することが大事であるというのだ。

その場合、コトバの網の強化とは単に言語知識の増強、増量を言うのではない。大事なことは、さまざまな豊富な体験をすることにより、コトバの網が強化されるということである。

これを母語の習得に当てはめてみれば、子供は成長過程で多様な経験をする中で感性や考え方や生き方や・・・を豊かにするだけではなく、自分自身の言語をも豊かにしているのだ。

6)言語習得の到達レベル

言語の習得という場合、対象言語の到達レベルをどこに置くかという問題がある。これは極めて難しい問題である。漢字の場合は常用漢字が2000字辺りに設定されていて数量化されているが、読書力、作文力、会話力などの表現能力については設定が不可能であろう。

そのせいか、母語にしろ外国語にしろ、言語の到達レベルをどこに置くかということについても、前掲の書では触れられていない。ただ、バイリンガルとかネイティヴとか言っているだけである。

一体、バイリンガルというのは母語の他に外国語がどの程度のレベルの人を指すのであろうか。また、ネイティヴという場合どの程度の言語能力を持った人を指すのであろうか。

        ネイティヴの場合

 まず、ネイティヴについて考えてみよう。

例えば、中国語がネイティヴの中国人なら話したり聴き取ったりすることは誰でもするであろう。だが、読んだり書いたりとなると、十分な教育を受けていないがために新聞を読めない人や手紙を書けない人がいる。一方で外国人でも中国語の新聞を読んだり、中国語で手紙を書いたりはできるのに中国語をうまく話せなかったり、聴き取りがきちんとできない人が幾らでもいる。

また、話すことにしろ聴き取ることにしろ、その人がコトバの網として持っている言語量(知識)によって差がある。

パソコンを知らない人はパソコン関係のコトバを殆ど知らないであろう。一般の人は専門家の知っているコトバを知らない。また、専門家は自分の専門分野のコトバには詳しいが関係ない分野のコトバは知らないであろう。

私はゴルフをやらないし、興味もないのでゴルフ用語は全く知らないと言っていい。

そのように、人は自分の専門外や興味や関心がないことについては知らないのでそれに関係したコトバも知らないのである。

日本語辞書には6万語とか8万語とか辞書によって膨大なコトバが収録されているが、国語学者でもその全部を知っているわけではない。

そういう訳だからどの程度のコトバを知っていて、どの程度使えればよいのかは明確ではない。

例えば英語の場合TOEIC900点ならネイティヴだと認められると言えるのであろうか。或いは、難しいといわれる通訳試験に合格すればよいのであろうか。そうでないことは常識である。

ネイティヴの言語能力についての基準など無いのである。新聞を読めなくても母語話者はネイティヴなのだ。

② バイリンガルについて

次に、バイリンガルについて考えてみたい。

外国語の習得を目指す場合、その到達目標をどこに置くかは個人個人によって違いがあるし、違っていて当然である。

一般的には、

    大学入試に受かるには・・・。

    アメリカの大学に留学するには・・・。

    外交官になるには・・・。

    商社の海外駐在員になるには・・・。

    通訳になるには・・・。

などなど、具体的な事例に基づいて目標値(到達レベル)を立てるしかないのではないか。

学習するカリキュラムを作るにしても、指導するに当たっても、それぞれの目標を設定しそれを効果的に達成するように作られなければならないのは言うまでもない。

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