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2009年4月

2009年4月30日 (木)

こんなゴージャスな老人介護施設もあるのか

 Cimg0046 26日の日曜日に、私の属するコーラスグループとカルテットとがジョイントで有料老人ホームを慰問し演奏をした。

 昭和男爵コーラスは、故郷、鯉のぼり、灯、アヴィニョンの橋、の4曲。カルテットのエコーズが、いざたていくさびとよ、きみといつまでも、筑波山麓合唱団、キエンセラの4曲。合同で琵琶湖周航歌を歌った。

 食堂兼ホールになっている部屋は天井が低かったが非常に音がよく通る部屋であった。真剣に聞いてくださる皆さんの前で気持ちよく歌うことができた。

 驚いたのは、このホームの施設の素晴らしさであった。このホームは名古屋のお金持ちが住む1等地にあり、まだ新しい建物のようであった。外観はホームのようには見えなくてマンションのような感じである。

 中に入ると素晴らしくクリーンで静かであった。残念ながら個室がどうなっているのかはわからなかったが、共同使用のトイレは広くて清潔だったし、手を洗う場所も幾つかあった。

 入り口のところにスタッフ全員の写真が掲示してあったが、スタッフの人数は入所者の数より多いようであった。

 このホームの入所者の教養は高いということを事前に聞いていたし、我々が歌う服装も正装を要求されたくらいだ。

 残念であったのは、これほどの施設なのにピアノがなかったことだ。

 入居時に収める金や月々の費用はとても高くて、高所得者でなければ入れないようだ。

 このblogでは2回に亘ってホームレス対象のターミナルケアや劣悪な老人施設を取り上げてきたが、世の中にはその対極のホームもあることを目の当たりにした。

 同じ人間として、日本人として生まれてきて長い人生の終わりに天と地の違いがあることを残念に思う。

 せめて特別養護老人ホームが十分に作られて、介護スタッフの人数も増やして希望者は誰でも人間らしい介護をしてもらえるようにして欲しいと思ったが、38万人待機の状態と今の政府では何ともならないだろうと思う。情けない話だ。

Cimg0053 ※クリックすると拡大します。

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2009年4月29日 (水)

河村名古屋市長への期待が大きいが?

Image17058_3    名古屋市長選挙は河村たかし氏の圧勝に終わった。

 私は彼の勝因を次のように分析している。一口に言うと、

 彼は”ナゴヤのオバマ”であったことだ。

 彼は極めて具体的でわかりやすい公約を掲げた。

 ① 市長の年俸は800万円。

 ② 市長退職金は0円。

 ③ 市民税を10%減税。「ナゴヤを日本減税発祥に地にする。」

 ④ 市長公用車を売却し、軽乗用車にする。

 これだけでも世界的経済大不況の影響で喘いでいる市民の心をキャッチするに十分であった。市民にはオバマと同じ”チェンジ”と聞こえたのだ。

 それに選挙運動をお得意の自転車に幟で駆け抜けた。私も彼の自転車姿を偶然に目の前にしたことがあるが、名古屋弁を貫く土臭さと共にアッピールしたのだと思う。

 以前にも名古屋弁を話す市長がいたが、河村市長の名古屋弁は徹底しているから名古屋市を売り込むのによいかもしれない。

 問題は、これからである。市民が固唾を呑んで見守っている公約の実現ができるのかどうか。本当に市民の側に立った市政の改革がやれるのかどうか。

 前任の松原氏は全力を注いだと退任の弁で述べたが、それは市民の側に立ったものではなく、企業サイドのものであった。

 河村市長の真価がいよいよ問われるときが来たのだ。

 

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2009年4月28日 (火)

無届け老人施設を放置する行政

 NHKの「追跡 A to Z」”無届け老人施設”を見た。

 先だって群馬県で無届けの老人施設の火災で収容者が亡くなり、この手の施設の問題点がクローズアップされた。NHKはその実態に少しでも迫ろうとしたものである。その意欲を買いたい。

 無届け老人施設は全国に579もあるのだという。しかし、その実態はまだ明らかではない。殆どが放置されたままである。

 無届け老人施設は、貸し部屋として届けられ、食事は施設内で作られて提供されていても、書類上は外部委託であり、清掃も同じであるそうだ。

 その為実態は老人を収容して世話をしているのだが、有料老人ホームとはみなされない。それで行政は放置しているのである。

 特別養護老人ホームに入ることを希望している人は、現在38万人いるという。母が入った5年ほど前は30万人が待機中であると言われていたから、急増していることがわかる。

 介護保険法により、要介護度の高い人が優先され、収入の多い少ないは関係ないので、高額所得者の「特養」入所希望者が増えたこと、特養に入るにも毎月75000円の費用を払わなくてはならないので、生活保護の人たちははじき出されてしまったのだという。

 生活保護を受けるような貧困層の人は行くところがないので、その受け皿として「無届け老人施設」が増えているのだ。行政もそれを黙認し、行き場のない人々を送り込んでいるのである。

 では、何故こういう施設が成り立つのかというと、一つには月に10万円ほどの生活保護費が確実に労することなく入ることと、それ以上の旨みとして、最高35万円までの介護保険金が得られるからだ。

 収容された人々は一部屋に6人、7人と入れられ、トイレは据え置き式のものを置いてあるところもある。プライバシーも何もないのだ。

 食事費用は一日に200円とおさえられ月にたった6000円である。朝食は食パン一切れと牛乳(多分安い低脂肪乳)、昼食はうどん、夕食は魚一切れとご飯一膳と味噌汁である。

 こうした阿漕なやり口で経営者はぼろ儲けをしている。それが可能なのは、入所者に認知症とか行き場のない人とかばかりだからだそうだ。そうした人々は如何にひどい待遇を受けていてもそれを訴える力もないのだ。それをよいことにして食い物にしているのだ。

 こうした無届け老人施設を放置するばかりか利用することを推薦している行政は鬼としか言いようがない。厚生労働省の責任は重大だ。即刻に法律を改正してこのような施設をなくすこと、そして人間らしく暮らせる施設を全国に造ることだ。

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ドーハアジア大会の

シンボル

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2009年4月27日 (月)

東京山谷のホスピス――きぼうのいえは素晴らしい 

 NHKの教育テレビで再放送された「東京山谷・最期を生きる」を見た。

 東京の山谷地区にあるホスピス「きぼうのいえ」には21名の収容者がいる。その施設は銀行から1億2000万円の借金をして、山本雅基さんという人が自力で建てたものだ。2001年から建設を始め、開所して6年になると言う。

 奥さんは看護師で夫婦が中心になって13人ほどのスタッフと多数のボランティアで運営をしている。そのホスピスの一年間を追ったドキュメンタリーである。

 入所者はガンや腎臓などの病気を患っている人が殆どで、人生最期のときをこのホスピスで迎えるのだ。

 開所後の6年間で80人余りの方が亡くなったそうだ。中には遺骨の引き取り手のない方が30人もいる。(2008年10月まで)

 施設に来て僅か2ヶ月で亡くなった方の最期も取り上げられていた。

 このドキュメンタリで感動したのは、施設で世話をする方たちの温かい接し方である。たたたま今夜のNHKテレビで無認可施設の阿漕な経営について放送するそうだ。そちらはまだ見ていないので内容はわからないが想像はつく。

 「きぼうのいえ」はその対極にあるものだと思う。

 入所した当時頑迷であった人も職員の温かい世話を受けて次第に心を開き、平安に死を迎える様子が心をゆさぶった。

 介護が今や大きな問題となっていて、介護施設の慢性的職員不足やその為におざなりの介護しか受けられない問題がクローズアップされて久しい。

 介護保険法により職員の給料は非常に低く抑えられ、仕事がきついので、この大不況の中でもなかなか人が集まらないという。

 母が特別養護老人ホームにいたので、問題点はかなりわかっているが、入所者の立場からは強い要求を施設にすることはためらわれた。人手不足が分かっていたからである。

 山谷の「きぼうのいえ」では、どのように人手のやりくりをしたのかまではわからなかったが、入所者への接し方が家族の対するのと同じような親身なのだ。

 山谷に来た人は誰でも大変厳しい人生を背負って生きてきた人たちである。その人たちが人生最期の場所として人間らしく接してもらい心安らかに人生を終えることができるのだ。

 山本夫妻や職員の方々はあのマザーテレサにもおとらない素晴らしい活動に感動した。

Gaikanきぼうのいえ」のURL:

http://www.kibounoie.info/

※お経をあげている場面があったが、HPを見てカソリック系が主  体だとわかった。

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2009年4月26日 (日)

小学校からの英語教育―ボランティアを活用したら?

 24日朝のNHKTVによると、来年から小学校での英語教育がスタートし、4年生以下は年に20時間、5,6年生は35時間が充てられるそうだ。

 今年からすでに先取りの試行が始まっていて、英語の苦手な先生たちは俄かに英語会話の学習を始めたという。

 小学校で英語をどのようにやるかについては、文部科学省が参考例をだしているようだが、裁量は教師に任されているらしい。

 小学校にもAET(英語補助教員)が来るようだが全部をカバーするわけではなく担任が英語を教えることが中心になるようだ。

 私は英語会話の勉強を40歳を過ぎてから自分で続けて来た。私が勤めていた頃はまだ英語を小学校で教えるという機会は全くなかった。だからあくまでも自分の趣味として英語の勉強をしたのだ。

 パソコンもそうだが、英語についても時代より前を行き過ぎる傾向がある。必要とされるときがきても役立てるチャンスがないのだ。今現職ならパソコンも英語も喜んで教えられる。もったいない話だ。

 小学校で英語を教えることに関してはよいか悪いかの判断は今のところは情報がないのでできない。

 ただ英語を教えることに困るのならリタイアーした人やかつて商社マンであった人や主婦などで英語が堪能な人が幾らでもいるので、そういう人をボランティアとして来て貰ってやってもらえばよいと思う。

 カナダなどでは学校はボランティアを積極的に活用していると帰国子女の親から聞いたことがある。日本の学校もボランティアを登録しておいて活用するとよいのだ。

 私は外国人に日本語を教えるボランティアをしているが、この分野でもボランティアの希望者はありすぎて困るぐらいいるのだ。まして地域の学校ともなればやりたい人はいるのではないかと思う。

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ドーハの悲劇のサッカー場

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2009年4月25日 (土)

社会主義というコトバの魔術にひかかるな

 アメリカでは医療保険に入っていない人が約5000万人もいると言われ、今や大きな社会問題、政治問題となっている。オバマ大統領は就任早々医療制度の改革を打ち出し、その実現に向けて動いている。

 医療制度改革は元々クリントン元大統領がやろうとしてできなかったものである。それを受け継いで大統領選挙で政策の第一に掲げたのがひらりー・クリントンであった。

 オバマ大統領はそれを取り入れざるを得なくなったものと思われる。それに対して医療保険業界を中心に共和党を巻き込んで、大反対の合唱が起きているという。業界の言い分は、医療保険は民間保険会社の自由な競争に任せるべきで、その方が医療費の節約や行き届いた医療を実現できると言っている。

 その反対のために使われている言葉に「社会主義」がある。クリントン元大統領が実現できなかったのも、このコトバの魔術によるところが大きい。あの当時は今と違ってまだ中間層も多くて医療保険を払えない人も今ほどではなく人々の関心も低かったこともある。

 ここに来て、反対派はまた「社会主義」を使い大きな政府に反対をしている。しかし、今度は経済の破綻による貧困層の増大で病気をしても病院に掛かれない人が増大しているし、月に10万円近くかかる医療保険を支払えない人が増えていることもあり、状況は変わってきている。

 日本でも、小泉・竹中による小さな政府を目指す改革をするときに、日本は社会主義化していると批判した。アメリカでも日本でも「社会主義」というコトバはかつてのアカと同じ使われ方をしていることがわかる。社会主義は悪の根源だというわけだ。

 現在、社会主義を標榜する最大の国は中国であるが、現実は医療制度は不備で医者に掛かれない人々も多いと言われる。よい医療を受けられるのは限られた金持ちだけである。その点ではアメリカに似ている。

 そして経済は資本主義化している。

 それなのに社会主義というコトバを用いてアカと同義語として相手を非難するやり方が行われていることに注意しなければならないと思う。

 問題は、医療制度をどうするとよいかとか、失業問題をどうして解決するかとか経済を活性化するにはどうしたら効果的かといった喫緊の課題に対する中身が重要であって、コトバのレッテル張りにごまかされないことが大事である。

 

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2009年4月24日 (金)

学級委員がない学校が50%も!これで本当の教育ができるのか?

 今朝のNHKニュースによると、鳥取県の湖南という小中一貫校では、モデルケースとして学級委員長に当たる「室長」というのをクラスに作ることにしたのだという。

 何しろ鳥取県では20年来学級委員長のようなものがなかったのだそうだ。40代の女性教員は5年生の担任だが、教員になって初めてのことで戸惑ったという。それで、どのようにして決めたらいいのか先生たちはいろいろと議論をしたらしい。

 結局その先生の場合は、立候補制にした。幸い立候補者が5人いたようだ。候補者はみんなの前で抱負を述べ、無記名の投票をした。

 開票は、担任が行い、子どもを傷つけるといけないという”配慮”から、得票数の発表は行わなかったのだ

 先ず、驚いたのは、学級委員のような制度がない学校が全国に50%もあるらしいことだ。

 戦前はクラスに級長がいてそれは担任の任命によるもので大変な名誉とされた。担任が任命するからそこには情実が働く場合もあった。有力者の子弟が級長になることがよく見られたが世間もそれに対して表立っては何も言わなかった。

 私の家は有力者ではなかったが何故か級長になったことがある。多分担任が公正な人であったのだろう。

 戦争が終わって教育が改革されて、級長というのは廃止され、代わって学級委員長のようなものができた。

 それはずっと続き、私が教員になって退職するまで学級委員は存在した。愛知県の場合、クラスに男女一人ずつの委員を選んでいた。

 選挙は立候補や推薦が普通で、開票は選挙管理委員を決めて行い、全員の面前で黒板に開票の経過を書いていった。正という字を書くのだが、開票を見るのは当人にとってもクラスの者にとっても非常にスリリングな時間でであった。

 時にはデットヒートになったり、同数で決選投票に持ち込まれることもあった。

 また、立候補ができるので、稀には得票数がゼロという場合もあった。ゼロというのは本人が自分の名を書かなかったからだ。自分に一票を投じることを禁じていたのではない。自分に投票することは基本のキの権利であるからだ。

 選挙によってどんな結果がでようともそれで誰かが傷つくようなことはなかった。

 民主主義とはひとり一人が同じ権利を持ちそれを行使できることである。同時に構成員としての義務も果たさなければならない。

 学級委員などの選挙を経験することによって子どもたちは民主主義のあり方を経験して学ぶのだ。

 鳥取県などの場合、子どもたちから民主主義を学ぶ機会、経験する機会を奪っていたことになる。それこそ文部科学省がお好きな道徳の勉強にもなるではないか。

 選挙の開票を担任が行い、その上開票結果の開示を行わないというのも由々しきことである。いったい担任が不正を行わない保証があるのか?開票結果を伝えることが子どもの心を傷つけることになるのか?

 選挙管理委員をつくって子どもたちが開票し、投票結果をクラスのみんなが確認するのが大事なプロセスなのだ。それを通して子どもたちは選挙とは何かと学ぶことができるのだ。 

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2009年4月23日 (木)

ハナミズキが真っ盛り

 塩付通の瑞穂区の瑞穂公園近辺から仲田を通り越して北の方まで8kmぐらいにわたって通りの両側にはハナミズキが街路樹として植えられている。それが今真っ盛りである。

 ハナミズキは英語名を何故かDogwoodという。その由来については諸説あって定かではないようだ。元々は日本にはなくてアメリカから桜のお返しに日本にプレゼントされた数本から広がったようである。

 私はハナミズキが大好きである。ソメイヨシノが散った後ハナミズキが開き始める。毎年それを楽しみにしている。

 ハナミズキには、白のほかにピンクや稀にクリーム色が見られる。このきれいなものを花びらだと思っている人が多いが、これは総苞と言って花びらではなく、蕾を包んでいたものである。中心の緑色の部分(下の写真)が花序で、 花自体は地味で小さくて5mm程度Photoのものである。

 秋になると赤い小さな実をつける。

 ハナミズキは清楚で華やかで春から初夏への季節にふさわしい。

 このシーズンになると、私はわざわざ塩付通りまで回って買い物や地下鉄駅に行く。

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2009年4月22日 (水)

名古屋市長の退職金はゼロにせよ

 20日の夕方、メーテレのUPで松原名古屋市長の退職金について報じていた。名古屋市長は、3期目だが、市長の退職金は毎期支払われるという。これまでは確かi一期3700万円ぐらいだったと思うのだが、退職金が期毎に増額されて、今期は4300万円ほどになるという。

 彼は、教員時代の退職金も当然貰っており、教育長で終わったから4000万円ぐらいはあったのかも知れない。

 そうすると市長としての退職金が1億1700万円で、教員時代の退職金を合わせると1億5千700万円ほどになる。

 校長で終わっていれば、せいぜい3300万円ぐらいだと思うから、彼は物凄い幸運であったことがわかる。

 教員を定年までやって校長まで昇って、営々と稼いだ退職金よりも市長4年間の退職金の方が遥かに多いのだ。

 しかも、一般公務員の退職金が年々減額されてきているというのに、何故か名古屋市長の退職金は増額の上に増額になっていて、4300万円にもなるのだ。

 仕事がなくて生活に苦しむ市民も多くいるし、ホームレスでシェルターにも入れない人さえいるというのに、市長は恥ずかしげもなく当然のように高額の退職金を貰うのだ。

 退職後は、きっと国際センターなどの天下り先が用意されている筈だ。そこでは

 40万円ぐらいの月給が貰え、広い部屋が宛がわれる。そして勤務は週に数時間顔を出すだけでいいのだ。

 私は、かつて革新の風が吹いたときに市長になった本山市長とコーヒーを飲みながら話す機会があった。そのとき、本山市長は、「君、市長なんで誰にでも務まるよ。」と言っていた。このコトバは鮮烈な印象として耳に残っている。

 市長に限らず、政治家なんて誰にでもやれる仕事なのだ。だから、横山ノックのようなタレント知事ができたり、政治家二世、三世の議員が跋扈したりできるのだ。

 アメリカはどうなのかは知らないが、オバマ氏のような人が出られるだけまだましだ。

 今、名古屋市長選挙が行われているが、UPのインタビューに答えて、大田氏は「市長退職金はゼロ」と言い、河村氏も「市長退職金はゼロ」にすると言った。

 もう一人の自民党系の細川氏は、「市民の評価に委ねる」と答えた。

 市長の退職金をゼロにできる候補者が当選するのか、これまで通り高額の退職金も容認する候補者が当選するのか。名古屋市民の判断や如何に?

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2009年4月21日 (火)

安い物を買う心理と論理

 今朝のテレビ東京モーニングサテライトによると、ニューヨークでは、個人が不要になった食料品をに出品して売るフリーマーケットが人気になっているという。

 ほとんどは賞味期限切れの品物なのだが、安いので買いに行くのだそうだ。佐々木キャスターもジュースやマシュマロなど普通なら7000円分のものを半額程度で買えたと言って机上に一杯並べて見せていた。

 ニューヨーカーたちは期限切れなどについて気にしないそうである。金融・経済危機で人々の考え方も変わってきたのであろう。

 そういえば、ニューヨークではホームレスではないのに、スーパーやレストランが期限切れで捨てた食品を拾って来て食べる人たちが増えているということを以前に書いた。こちらは”食べられるものを捨てるのはもったいない”という考えの人たちの行動である。

 日本でも、中古品がよく売れるようになったり、修理に出して長く使うようにしたり、作り直しをして使うなどの傾向が出ていることは以前にも書いた。

 かつて高度成長期には、使い捨てが当たり前であったのに、バブルがはじけ、更に大恐慌に見舞われて、若い人々も含めて人々の意識が大きく変わったことを覗わせる。

 昨年9月のリーマンショック以前は、インフレが心配されていたが、ここにきてデフレが再び言われだした。

 安い商品を企画して何とか売り上げを伸ばそうといろいろと工夫をしているところが増えた。

 私は、昔から家族からは”安物買い”と言われてきた。「安物買い」には「安いけれど悪い」というニュアンスがある。高度成長期にはそのイメージが付きまとった。しかしバブルがはじけて人々の考え方が変わったように思う。

 私は、物を買うための努力は惜しまない。友人の中には、その時間がもったいないという人もいる。それは金があるか金を儲ける手段を持っている人の論理である。安い物を探す時間に儲けるというのも正論である。

 しかし、貧乏人には安い物を探すことも正論である。

 例えば、スーパーで100円の大根を別の八百屋で70円で買えるとしたら、例え多少遠くてもそちらに行って買う方が30%の節約になる。

 現在の金利は0.05%~0.17%ぐらいだから,それと比較してみるとどんなに高金利に相当するかがわかる。

 佐々木キャスターは50%安く買ったのだから、それだけで大変な金利を得たことになる。しかも、50%の残金は銀行に残っているとすれば、それにも僅かながら利子がつくわけだから、安い物を探すことはあながち時間の無駄とは言えないことになる。少なくとも貧乏人には唯一の高金利を得る手段となるのだ。

 安い店を探せば、魚でも野菜でも果物でも20%~30%ぐらいは安く買えることが多いし、衣料品でも大売出しとかディスカウントショップなどを利用すれば30%引き、50%引きさえある。

 安くて悪いものは買わないほうが利口だから、大事なことは品質を見分ける眼を養うことである。

 安くてよい物が値打ちな物である。低金利時代に生きる智恵として心がけたいと思っている。

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2009年4月20日 (月)

オバマ大統領を生んだアメリカの凄さ  ③

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  愛知TVの「ルビコンの決断」で、米国初の黒人大統領になったオバマ氏の”決断”がドラマ仕立てになって放送された。

 アメリカのケニア出身の父を持つオバマ氏は、黒人が大統領になるのは難しいアメリカで見事に大統領になった。

 彼はリンカーン大統領を崇拝し、大統領選挙の第一声もイリノイ州のリンカーン大統領ゆかりの場所で発した。

 彼が尊敬するもう一人の大統領にジョン・F・ケネディがいる。

 この二人に共通することは、リンカーンは奴隷解放をし、ケネディは人種差別の撤廃に力を尽くした点だが、もう一つ、二人とも”暗殺”されたということがある。

 アメリカではこれまでに10人の大統領が暗殺もしくは暗殺未遂に見舞われているのだという。また、これまでに黒人指導者のキング牧師やマルコム・Xなどが暗殺されている。

 オバマ氏が大統領を目指すには、暗殺の危険を絶えず意識していなければならないということがあった。アメリカには今でも極端な人種差別者がいっぱいいて銃を持って狙っているのだ。事実、メディアによると、500人ものオバマ暗殺を狙う者がマークされたり逮捕されたりしたという。

 だからオバマ氏が大統領選に立候補することを妻のミシェルに相談したときは当然反対された。暗殺の対象は本人だけでなく家族をも含むからだ。誰よりも家族を大切にするオバマ氏やミシェル夫人には苦渋の決断であった。オバマ氏はミシェルの判断に任せた。ミシェル夫人は最終的に夫が大統領に立候補することに賛成をした。

 大統領に名乗り出て3ヵ月後にはSPが彼や家族にも付けられた。これは異例のことであった。

 オバマ氏は、ライバルのヒラリー上院議員や共和党のマケイン候補を破って大統領になったのだが、イリノイ州の一議員に過ぎなかった彼が、民主党大会の基調演説者に選ばれ、歴史的な演説を行って国政への足がかりを作った。そして、たった一人の黒人上院議員に選ばれ、その任期の途中で大統領選に打って出たのだ。

 彼には、黒人というハンディの他に、名前にもハンディを持っていた。アフリカ名のオバマは9.21テロの首謀者とされるオサマ・ビン・ラビンのオサマに近い発音であること、そして、ミドルネームにイラク大統領と同じ”フセイン”を持っていることであった。

 しかし、それらのハンディを乗り越えて見事大統領に当選した。

 彼の暗殺をも恐れない決断と僅かな政治キャリアでの大統領選への出馬によってアメリカの歴史に素晴らしいチェンジをもたらした。

 私は、ベトナム戦争、イラク戦争など大義なき戦争を引き起こしたり、世界金融・経済恐慌で世界を混乱に陥れたアメリカには嫌悪感さえ抱くが、一方でオバマ氏を大統領に選んだアメリカに凄さを感じないわけにはいかない。

 翻って日本の政界を見るに、麻生首相は人気がちょっと回復したことではしゃいで、若い女性雑誌の表紙のモデルを3冊も記者会見で見せて、記者たちが誰も知らないことを馬鹿にしたという。なんとも情けない程度の低さだ。まるで10代の少女と同じ感覚ではないか。

 片方で対抗馬の民主党小沢代表は相変わらず居座って折角の国政にチェンジをもたらす機会を潰そうとしている。

 日本にはオバマはいないのか?死をも恐れず決断できるオバマのような政治家がいないことは日本の悲劇であると断言する。

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2009年4月19日 (日)

感動!光を失ってもミカンの木はみえるんだ

 17日の朝日新聞夕刊に「光を失ってもミカンの木は見えるんだ」という記事が載った。

 三重県南伊勢町のミカン栽培農家山川興一さん(68)という人の話である。ミカンの栽培にかかわって60年だが、19年前から眼が見えなくなったのだという。眼が見えにくくなって、それまで露地栽培をしていてミカンをハウス栽培に切り替えたという。ハウスなら道路に飛び出したり、斜面から落ちたりすることもないからだという。

 しかし、 眼が見えなくなれば、普通ミカン栽培などできなくなると誰でも考える。ところが山川さんは大変な努力をしてミカン栽培を続け、今では60本の木から、露地栽培並みの5万個のミカンを収穫するほどになったそうだ。収穫以外の作業はほとんど自分ひとりでこなすのだという。

 「眼で見えなくても、頭の中で木が1mm単位で見える。そうでなくては仕事にならん。」のだそうだ。

 それにしても信じられない。特に私などは目が見えても庭の植物さえ育てられない。生垣の剪定はするが、電気剪定鋏を使って大雑把に刈るだけである。

 いくら失明するまで30年間のミカン栽培の経験があるとは言っても考えられないことである。

 世の中にはいろいろな苦労を背負っている人が頑張っているが、山川さんもその中の最たる者の一人だと言えよう。

 NHKにプロフェショナルという番組があるが、山川さんもプロフェショナルの一人であると思う。朝日新聞がこういう人を取り上げたことに拍手をおくりたい。

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2009年4月18日 (土)

講演:インフォ・プロ:デジタル時代の情報専門家とは?

 4月15日、愛知国際プラザで開かれた名古屋アメリカン・センターと愛知国際交流協会、専門図書館中部地区協議会主催の講演会を聞きに行った。

 演題は、「インフォ・プロ:デジタル時代の情報専門家とは?」で、講師は、SLA(米国専門図書館協会)代表のジャニス・R・ラチャンス氏であった。

 講師のラチャンスさんは、クリントン大統領により連邦人事局(OPM)の局長になった人で任期中にこの職が閣僚職に昇格したそうである。法務博士で自分で弁護士だと言った。

 大臣級の人だが、少し太ったおばさんといった感じの人で、気さくな人だという紹介の通りの親しみを感じる方であった。英語は明瞭な発音で丁寧に話された。

 「インフォ・プロとは、インフォメーション・プロフェショナルの略で、情報資源や情報サービスの開発、配置、マネージメントを通して、情報を戦略的に利用し、母体組織の任務を遂行する。目標を達成するため技術を活用する。インフォ・プロには、ライブラリアンだけでなく、ナレッジ・マネージャー、CIO,web開発者、情報ベンダー、コンサルタントなども含まれる。」

 アナログ時代にはライブラリアンだけであったが、デジタル時代になって幅広い情報分野が関係していることがわかる。

 昨年来の世界的金融・経済大不況で、各種図書館、企業の情報資料室などの多くが予算の見直し、人員削減などを余儀なくされている。これは世界的に大きな問題である。

 インターネットの普及、情報技術の進展は、扱う情報量や範囲がとてつもなく拡大し、インフォ・プロ(情報専門家)に求められる資質、能力も大きく変わってきている。

 そうした中、この分野での人材の育成も急務となってきている。 また、個人としても情報をきちんと選択し処理する能力が求められる。

 信頼できるネットワークの活用と信頼できる人から学ぶことも大事だと言っていた。

 面白かったのは、ある人が「ムーディーズやS&Pなどn格付け会社の信頼が地に落ちたとこをどう思うか。」と質問したことだ。私が昨日書いたことと同じことを思っていることが分かった。

 それに対して、ダブル・チェック或いはトリプル・チェックをして信頼性を確認することが大事だと言っていた。

 また、インターネットの活用によって、短時間の間に探していたものの情報が遠い国の人から届いた例を話していた。自分が求める情報を世界を相手に探せる時代なのだから大いに活用するとよいのだ。

 Googleがやろうとしている世界の図書館の情報を公開する仕組みについてもその利点と著作権などの問題点を指摘した。i-podによる音楽のダウンロードについても同じようなことがあると言った。

 図書館に印刷された書籍として並べられ、図書記号とカードによって知識の分類がされていた時代がついこの間のことである。

 今やインターネットやPCや携帯電話などの普及で情報についての概念が全く変わり、対処方法も全く変わってしまった。そういう面でもアメリカは世界の先端を行っていることを覗わせる講演で予想に反して興味深い講演であった。

 

 

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2009年4月17日 (金)

葬式仏教に何を求めることができるのか?

 前に「葬式の費用」で書いたように、今の日本の寺は葬式や法事をやり金を儲けるだけの存在に成り下がっている。

 ときたま駅の付近で托鉢をする僧を見かけることがあるが、通常はお経を唱えることで金をぼったくっているのだ。

 ひろさちやは、江戸幕府が檀家制度を作ったのが堕落の始まりだといい、

「―仏教なんてものは信じなくていいんだよ。ただただ菩提寺に付け届けをし、葬式と先祖供養を僧侶にやってもらって、寺院の維持に協力しさえすればいいんだよ―といった考えに基づいています。だから、

―仏の教えを信じない信者―

―仏の教えを布教しない僧侶―

になってしまいました。21世紀末の日本の状況はまさにその通りです。仏教は死んでしまったのです。(仏教の歴史 10まえがき)」

と断じている。

 先日、母の3回忌を永平寺系統の大きな寺でやった。

 一冊の「修証義」という経本が配られて一緒に唱和するようにと言われた。私はできるだけお経の意味を理解すべく意味を考えながら唱和した。しかし、文語体で書かれている上に用語が専門用語なので分からない部分が多い。

 漢字ばかりの経よりはいいというつもりなのか知らないが、大学を出ていても読める人(意味をとれる)は少ないであろう。

 せめて現代口語体で書いてああれば意味が分かったかもしれない。永平寺はなぜそうした努力をしないのであろうか?と思った。

 お経は一般衆生にはわからなくてもいい、分からない方がお経の有難さがわかるとでも思っているのであろう。”知らしむべからず、寄らしむべし”なのである。

 そんなことを考えているときに、4月12日の朝日新聞、「私の視点」に、「宗教者へ 職を失った人に寝食を施すべきだ」(児玉修、映像作家)という投稿が載った。

 私は、日本の仏教者は駄目だと思っているからこういう発想は沸かなかった。読んでみると、きちんと論が組み立てられていて説得力がある。

 ”宗教者へ”となっているが、先だってプロフェショナルで取り上げられた北九州在住のキリスト教の牧師は、ホームレスや職を失った人を立ち直らせるために日夜活動をしている。キリスト教には数は少ないがいるようだ。

 日本の中心的宗教である仏教や神道からはそうした人がいることを聞いたことがない。

 児玉氏は書いている。

 「私は約20年間、民放の宗教番組制作を担当し、多くの宗教者と出会ってきたが、彼らの殆どが宗派の問題以外には無関心なことに驚いた。」

 「自殺、子殺し、親殺し、殺人など社会全体が立ちすくむような問題にも宗教者がメッセージを発することはない。」

 そして、こう書いている。 派遣切りなどで困っている人に救いの手を差し延べ

 「共に暮らす中で自らの生き様を通して哲学を示すことが宗教者の役割であろう。職を失い、心に傷を負った人々の声を聞き、悩みを共有することこそ宗教者の務めではないか。」

 本当にその通りで、私は全く共感する。

 立派な伽藍を建てその壮大さが立派な宗教の証ではない。マザーテレサのように恵まれない人々と起居を共にし、粗衣粗食で献身することこそ立派な宗教者の証である。

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2009年4月16日 (木)

眼からウロコ  茂木健一郎さんの「後悔のすすめ」

 NHKの「プロフェショナル――人を育てる」を見た。茂木健一郎さんがキャスターを担当している「プロフェショナル」の整理として、脳科学の立場からまとめたもので、これが2回目になる。

 いくつか学ぶところがあったが、その中で、「後悔のすすめ」は眼からウロコであった。

 私は、よく、くよくよと後悔をする性質だと思ってこれまでの人生を過ごしてきた。何かにつけて「しまった!」と思い、してしまったことや自分が原因で起きてしまったことに後悔をするのだ。

 つい先日も自動車を運転してレストランの駐車場から出るときに車の左側のバンパーを庭石にぶつけて大きなへこみを作ってしまった。

 そのまま素直にバックして出ればよかったものを、ひょっと見ると前に動かして回れば出られそうだったので、その方がいいかと思い前に動かしたのだ。

 前方に花などの植え込みがあり、コンクリートで縁どられているのはわかっていた。それにぶつけないように回ったつもりであったが、いきなりゴツンと音がした。車を降りて確認すると、何と小さな飾りの庭石が縁より外に出ていたのであった。

 いくら悔やんでも悔やみきれないぐらいのショックであった。

 バックしておけばよかったとか電車でくればよかったとかもう少し辺りの状況をしっかり見ておけばよかったとか・・・・いろいろな思いが沸き起こった。

 帰りに近くのディーラーで見積もってもらったら、6.2万円かかるということでますます後悔が大きくなった。

 私は、若いときから原始仏教に興味があり釈迦の教えを知るために本を読んだ。それによると「諦める」ことは大事な教えの一つになっている。「諦め」とは事態をきちんと見ることで、そうすることにより、どうしようもないときには忘れることそこから離れることだというのである。

 車をぶつけて傷をつけてしまったことは今更どうにもならない現実である。だからそのことに何時までも拘っていては脳のためによくないし、健康のためにもよくないから、早く諦めることだと思ってそのようにしようとした。

 ところが茂木さんの話では、「後悔をしろ」というのだ。

 「後悔しているとき特に活発に働いているのは眼の奥にある「眼窩前頭皮質」だということが分かった。そこは環境の変化に適応する適応力を司る場所だったのだ。

 後悔することは環境に適応し自らを成長させることである。後悔をするということは次からは後悔しないように工夫することなのだ。

 後悔は”反省”(単なる振り返り)ではなく、後悔をすることにより、脳の中では”現実”(実際に起こったこと)と”想像”(もしこうやっていたらこうなっていたのに)の比較がされるのだと言う。あれやこれやと比べながらどうすればよかったのか、これからはどうするとよいのかなどを思い巡らせるのだ。

 そのときに”くやしい”とか”悲しい”とかのネガティヴな感情がが起こり失敗の経験が脳に強く刻まれる。そして、その失敗を繰り返さないための適応力が向上すると考えれれている。」

 後悔をそのようにポジティヴに捉えることは私にとって眼からウロコであった。これからは大いに後悔をして、それ以後の自分の成長の糧とするようにしようと思う。

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2009年4月15日 (水)

榊原英資慶応大教授は株を売って国債を買ったというが

 新聞のAERAの広告に「榊原英資氏は株を売り払って国債を買った」とセンセーショナルな見出しで出ていたので本屋に行ってbrowseした。

 いったい、株を安いときに売ってどのくらい損をしたのかしなかったのか気になるところだが、何も書いてない。

 国債を買ったらしいが、それも日本の国債なのか米国債なのか不明である。かつてミスター円と言われた人だから、米国債なのかもしれない。

 何故なら、彼は次のように述べているからだ。

 「アメリカのドルが安くなるというアナリストが多いが、私は、ドルは安くはならないと断言する。」と。

 その理由として、米ドルは腐っても鯛で、第一格付けをするムーディーズやS&Pプアーズなどの会社はアメリカの会社だから自国通貨の評価をAAAから下げる筈がない言うのだ。

 言われてみればそうかもしれないと思う。大体、この格付け会社は、他国の格付けを勝手にやって、それでアメリカの金融関係の会社が儲かるように仕組んでいるとしか思えない。

 日本の格付けをジンバブエと同じにしたり、あのサブプライムの格付けをAAAにして世界を騙す手伝いをしたのだ。

 これらの格付け会社は相変わらず格付けを行っていて、プロもそれを信じているのか性懲りもなく振りまわされている。情けないことだ。

 ミスター円もこれらの格付け会社の影響力を無視できないから、米ドルが100円から110円の辺りを動くと予想しているらしい。

 日本の国債はあの麻生首相の15兆円バラマキで更に大量に発行される筈だから、国債の評価が下がることは間違いないと思われる。とすると、榊原教授は日本国債を買う筈がない。おそらく米国債を買ったのであろう。

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2009年4月14日 (火)

東山動物園春祭り  Semi-On Live

 4月12日の日曜日に名古屋の東山動物園に行った。英語会話クラブ(SEC)の元のインストラクターがバイオリニストとして参加するSemi-Onカルテットのライブがあったからだ。

 この日は、快晴で気温も夏日になっていた。久しぶりの動物園であった。チケット売り場の場前には長い行列ができていた。入場するにはシニア料金が必要になっていた。Sky Towerにも行く予定だったので、両方に入れるチケットを160円で買った。

 コンサートは動物園の正門を入って橋を渡ったところでやるらしく拡声器やミキサーなどが設置されていた。

 コンサートが始まるのは、12時からなのでしばらく時間があったので近くの動物を見た。印度象を見ていたら、同じSECメンバーのミチコさんたちと会った。

 12時前に会場に行くとSemi-Onの人たちがいた。Coleenがいたので少し話をした。どのくらいやるのかと聞いたら約1時間だと言った。

 12時にMCのアナウンスがあり、Semi-Onの紹介があった。2年前の夏のセミの声がけたたましい名古屋の中心にある白川公園で出会ったのがカルテットを結成するきっかけだった。Semiというのは日本語でセミのことだそうだ。

 メンバーは、カナダ人男性がギター、女性がバイオリン、オーストラリア女性がベースギター、イギリス人女性がボーカル、日本人男性がドラムスである。

 このグループのレパートリーは幅広くていろんなジャンルの曲や歌を演奏するそうだ。リズミカルでメロディのきれいな曲が多かった。アンコールも入れて54分間ほぼ連続で演奏をした。

 ボーカリイストの背が高い女性は、妊娠10ヶ月で予定日がもうすぐだというのに元気に歌っていた。

 みんなは動物のぬいぐるみの帽子を被ったり、ときどきシャボン玉を吹いたりして楽しんでやっていた。

 ギターを弾きながら歌も歌う男性は低音が魅力的であった。

 カナダやアメリカへ行くとクラッシクからポピュラーまで、このような野外コンサートがよく開かれている。大変いいことだと思う。

 このグループは、毎月最後の日曜日に、名古屋、今池のPlastic FactoryでLiveをやっているそうだ。

 今月は、4月26日で、地下鉄2番出口を出て北にまっすぐ、桜通りの次の大きな交差点を右折(東方向)すると”どんたくラーメン”店の隣である。

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2009年4月13日 (月)

NHKスペシャル象徴天皇・素顔の記録を見て

 天皇・皇后が金婚式を迎えれれたということで、NHKもスペシャル番組を放送した。

 天皇のご成婚のときは、アルバイトで家庭教師をしていて、その家でその頃まだ珍しかったテレビを家族と一緒に見させてもらった。皇太子妃がになられた美智子さんがまぶしかった。

 皇太子ご夫妻は、ご結婚報告のため伊勢神宮に向かわれたが、そのとき名古屋駅でお出迎えがあった。各学校からも代表がお出迎えをした。

 そのときにどういうわけか私が自分の大学の学生の代表に選ばれたのであった。未だに何故自分が?と不思議に思っている。

 名古屋駅でのお出迎えは、特にこれといった規制はなかった。私は、お召し列車のご夫妻の窓のまん前に立つことができた。

 その頃は、写真機を持っていなかったので写真を撮ることはできなかった。ところが、私が結婚したとき、妻のアルバムにお召し列車の窓に立っておられるご夫妻の写真があったのだ。妻の友人が高等学校の代表として出迎えて撮った写真であった。そういう訳で私は写真を撮らなかったが写真は存在するのだ。

 以上はたまたま思い出したことであるが、NHKスペシャルを見て感じたことが本題である。

 一番印象に残ったことは、天皇の沖縄についてのなみなみならぬ関心である。天皇の書棚に並んでいるたくさんの沖縄関係の書物がTVカメラに収められていた。

 沖縄に天皇が訪れることには、沖縄県民の感情もありなかなか困難なことであったようだ。それを実現された。天皇は沖縄訪問中にどんなことが起きても真正面から受け止めて対応するとの覚悟を示されたと言う。

 きっと事前に沖縄の勉強をしてその準備ができていたのであろう。それを見て天皇を見直した。

 案の定、沖縄最初の訪問地の「ひめゆりの塔」で過激派に襲われた。しかし天皇は動じないで説明役のことを心配されたのだという。

 また、雲仙・霧島の噴火による被災地訪問では、避難所を見舞ったときに、床に膝をついて被災者と顔を突き合わせて話をされた。その姿勢が被災者を強く励ましたのだ。

 戦後昭和天皇が全国各地を巡幸されたことがあった。私の子どもの頃の話で、私がいた小さな田舎の市にも黒塗りの自動車で来られた。そのときに私は天皇のすぐ間近で市民にもみくちゃになるくらいの天皇を見た記憶がある。

 戦争中は「天皇陛下」と口にするだけで直立不動をしなければならなかった。そうしないと罰が当たるとまじめに信じていた。

 それが敗戦を境に180度変わって人間天皇となられたのであった。

 皇太子のご結婚当時もまだ多少は皇室を国民の身近におこうという空気が残っていたのかも知れない。

 それがいつの間にか国民から隔離された存在になっていったのだ。

 天皇は行動を全てあなた任せなのかと思っていたが、今回のTVを見て天皇が意思を表明しておられることを知った。

 皇后は「いろいろと制約がありまして・・・」と述べていたが、本当は国民にもっと近い存在として活動したいというお気持ちがあるのかもしれないと思った。

 民主主義の精神から言えば、天皇という特別な存在は論議されるべきであろう。ご結婚にあたって、正田家では天皇制の行く方を心配したと聞く。今はタブーとなっているがいつかは議論される日が来るであろう。それまでは、せめて天皇は国民に近いところにいて欲しいと思う。

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2009年4月12日 (日)

オバマ米国大統領とアメリカの凄さ ②

 オバマ大統領演説集に収められているCNNの"Who is Barack Obama"によると、オバマ大統領はハーバード大学法科大学院に行っているときに、シカゴのシドリー・オースティン法律事務所のサマーアソシエイト(夏季休暇の間、実務研修をする院生)になる。そのとき、Michele Robinsonが彼の教育係を担当するのだ。彼女は、ハーバード大出身の弁護士であった。

 彼はミシェルをデートに誘い、彼女も最後には受け入れたのである。その辺のことをミシェルは次のように説明している。

 "One of the reasons why I respect Barack is that he understands 'to whom much is given, much is expected,'and when you're blessed,you don't sit on your blessings,that you figure out how do you make use of them and give them to the greatest number of people." 

 ミシェルが指摘するオバマの優れている資質、「多くを与えられた者は多くを求められる。だから、恵まれている人は恵みの上に胡坐をかいてはいけない。どのようにしたらその恵みを最も多くの人々に分け与えられるかを理解している。」

 これこそは、上に立つ者、幸いにして恵まれた素質を持って生まれた者、金をも持つ者・・・に望まれるものである。

 そのことをよく理解しているとミシェルがいう通りであるならば、オバマはアメリカの大統領としてこれまでにない、優れた、人民から敬愛される大統領になる資質を持っていると言えるし、期待が高まるというものだ。

 その点で彼を受け入れ、よきパートナーとなったミシェルも素晴らしい人物であると思われる。

 クリントン元大統領の夫人であるヒラリーも同じく辣腕の弁護士で知られ、大統領候補にまでなったが、ミシェル夫人にはそんな野望はないと聞いている。恐らく大統領の仕事に口を出すことも控えるのだろう。

 子育てをしながら、機会をとらえて環境問題や貧困問題などに取り組んでくれたらどんなにいいかと思う。

  翻って、日本の政治家を見た場合、いったい何人がオバマ大統領のような優れた慈愛に満ちた考えを持っているであろうか?

 私は、かねがね、恵まれた人は、それは自分が優れているから、自分が努力したからそうなったと自惚れることなく、恵まれない人々、虐げられた人々のことを思いやってその人々を救い上げることに力を注ぐべきだと考えてきた。

 日本の政治家の中にも、財界の中にも、そういう人が現れてCHANGEしてくれることを切に願う。

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2009年4月11日 (土)

アクティヴライフと石川美千子さんの「昭和のこどもたち」

 4月9日にナゴヤドームで開催されている「アクティヴライフ」に行った。旅行会社やJRや航空会社や自動車や介護関係や健康用具関係やいろいろな店などのブースがあり、その他にエンターテイメントとして講演会やコンサートも行われる。

 入場料が前売りで800円、当日が1000円で、12日の日曜日まで開かれている。今年は骨董などの店も出ていたのが特徴である。

 しかし、行ってみて、入場料を払ってまで見るほどのものではないと思った。だいたい企業や店などの宣伝が主体なのだから無料にすべきである。

 その他に、入り口が地下鉄の駅から遠くにあり、出口は更に遠いところにある。歩くだけで疲れてしまう。

 その中で唯一よかったのが、石川美千子さんの「昭和のこどもたち」という展覧会であった。

 桐塑という桐粉をもとに作った人形で昭和の前半頃までに全国で見られた生活や習慣や遊びを描いている。悪がきとか子守とか村の結婚風景とか縁先での家族の様子とか様々な場面が実にリアルにまるでその時代のその場に戻ったような感じでつくられている。

 人の肌や指先の皺や眼の動きなど本物のようである。衣服も身の回りの家庭用品なども小さくても本物そっくりに作られている。

 私が見た限りでは、どの一つをとっても、子どもの頃に見たり経験したりしたことなのだ。

 今日まで私は石川美千子という人形作家のことを知らなかったが、こんな素晴らしい仕事をする人がいたことに驚いた。

 確か以前に名古屋の高島屋で、長野県の人形作家(高橋まゆみさん)で農村風景や生活を描いた人の展覧会を見て感銘を受けたことがあるが、その人のと似た所はあるが作風はもっとリアルだと感じた。

 Top_6_post_new_r11_c4 Top_6_post_new_r16_ http://homepage2.nifty.com/syowanokodomotati/index.html

参考 高橋まゆみさんのHP

  http://www.1-light.com/dollart.htm

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2009年4月10日 (金)

オバマ大統領を生んだアメリカの凄さ ①

 朝日出版社から出た「オバマ演説集」を読んだ。彼の演説の中から部分収録も入れて4つが収められている。

 オバマ大統領の父はケニアに住んでいた。彼を一躍有名にした2004年民主党大会基調演説 The AUdicity of Hope (大いなる希望)の中で次のように述べている。

"My father was a foreign student,bornand raised in a small village in Keny. He grew up herding goats,went to school in a tin rooof shark."

トタン屋根の掘っ立て小屋に住んでヤギを世話して勉強をしたのだ。お父さんは頭脳が優れていたものとみえ、後にアメリカに留学することができた。

"His father -- my grandfather--was a cook・・.But my grandfather had larger dreams for his son. Trough hard work and perseverance my father got a scholarship to study in a magical place, America,that shone as a beacon of freedom and oppotunity to so many who had come before."

 「自由と機会のある、魔法のようなアメリカ」と表現している。アメリカはまだアメリカンドリームが実現できる国だと言いたいのだと思う。

 オバマ大統領の父は留学中に彼を生んだ母に出会う。その母はといえば、

"She was born in a town on the other side of the world,in Kansas. Her father worked on oil rigs and farms throuh most of the Depression."

 母方の祖父は、あの世界大恐慌の時代を生きたのだ。今、オバマ大統領がそのとき以来の100年に一度と言われる世界金融・経済大不況を立て直すべく試練の役目を引き受けたのは運命というべきか。

 第二次大戦のときに軍隊に志願し、除隊後復員援護法のお陰で学校に通うことができた。彼も夢を娘に託すのだ。

"And they,too,had big dreams for their daughter."    

 父と母の奇跡的な出会い。

"A common dream,born of two continents,my parents shared not only an improbable love,they shared an abiding faith in the posibilities of this nation."

両親はアメリカの限りない可能性を信じていたと述べている。ここでも自信を失いかけているアメリカを鼓舞するためにもこのエピソードを語ったのであろう。

 Barack というのは、「祝福された」という意味だと述べ、アメリカではこのアフリカ系の名のよって成功の妨げになることはないと信じたと言っている。

"They imagined …they imagined me going to the best school in the land,even though they weren't rich,because in generous America you don't have to be rich to achieve your potential."

両親はrichではなかったが、オバマ氏の頭脳にかけたようだ。ここにもたとえ出自が黒人の血を引いていてもアメリカには可能性を托せるのだとオバマ氏は言いたいことが窺える。

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Oさんから頂いた椿

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2009年4月 9日 (木)

パソコンとワードプロセッサーに使った金

 最初にワードプロセッサーを買ったのはエプソンの機種で、幅が5cmくらいの液晶画面がついていて、表示される文字の色は青であった。そんな、今から思うと玩具みたいなワープロでも確か16万円以上だったと思う。

 2年ぐらいすると、液晶画面が少し広くなり、文字も黒いワープロが出てきた。東芝やシャープの機種が人気であった。シャープのワープロを買ったが、18万円ぐらいだったと思う。

 その後も、シャープのワープロを16万円で買い替え、更に13万円で買い替えた。ワードプロセッサーの進歩も目覚しくカルクというエクセルのようなものまでつくようになった。 ワードプロセッサーには締めて60万円ぐらい使ったと思う。しかし、仕事柄ワープロは大変役に立った。

 最後のワープロを使っている間にWINDOWS3.1が発売されたのでそれを機にパソコンを買うことにした。

 パソコンもエプソンの機種を買った。98マルチとかいうNECのと同じようなもので価格が安かった。それでも41万円もした。ソフトも入れると45万円にもなった。

 この頃のパソコンはまだMS-Dosを色濃く引きずっていてDosの勉強もしなければならなかった。

 それを2年ほど使って、東芝のパソコンを35万円で買った。印刷機はCanonの薄くて小型の印刷機が発売されたので、45000円で買った。

  次に買ったのが、gatewayのPCで、20万円だったように思う。この会社は矢場町に店があったのだが、Gatewayの日本撤退でなくなった。

 その次は、iiyamaが売り出したもので、12万円。これは友人が買ってよかったと言ったので買ったのだ。iiyamaも結局はPCから撤退した。

 次は、e-machineで12万円。

 次も、emachineで11万円。

 そして現行機種のGatewayで105000円。Gatewayはemachineを買収して日本に再上陸したのだ。

 PCはこれまでに7回も買って、合計で150万円近く支払った。

 どうしてこんなにも買ったのかというと、PCは日進月歩で性能が向上し、逆に価格が安くなったからだ。それでまだ使えてもつい新しいのが欲しくなったのだ。

 今、30万円も出すと、すごい大型液晶画面がついたスペックの素晴らしい機種が買えるが、とてもそんな高い金を払う気にはなれない。

 思えば最初にエプソンの98互換を買ったとき、よくも41万円も出して買ったものだと思うのだが、その頃はそれが安い方だったのだからどうしようもなかったのだ。

 性能から考えると、エプソンが子どもの三輪車で現行の機種はハーレイダヴィットソンに匹敵するだろう。

 次に買うときには、更に性能がよいものを更に安く買うことができるはずだ。来年には、Windows 7が売り出されるというから、またぞろ”買いたい虫”が動き出だすかもしれない。

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2009年4月 8日 (水)

新学期が始まったが

 一昨日の入学式に続いて、始業式も終わり新学期が始まった。心配された桜の開花も丁度満開と重なり、しかも、今週は暖かい日が続くらしいのでラッキーである。

 新一年生やその親はハッピーな入学式であったことだろう。

 新学期も暖かく、ちょっと華やいで始まり、大恐慌で沈んでいる世間の暗い気分を幾分は和らげてくれそうだ。

 桜の咲く春は、いつも風がきついのが難だが、今年は自然だけは暖かくて皮肉なものである。有難い天の恵みと言うべきかも知れない。

 その少し浮き浮き気分の新学期を経済恐慌の煽りを受けて暗く寂しく迎えている子どもたちが大勢いるに違いないことを憂える。

 政府は定額給付金を2万円支給するが、それだけでは追いつかない気の毒な子どもたちもいるのだ。

 友人から来た葉書に次のように書いてあった。

 「拙宅の郵便受けに、毎日チラシが入れられ、迷惑しているのですが、それを入れる人たちはたいていが貧しい人たちだと思っています。

 一軒一軒とばすことなく、チラシを入れて行きます。重いチラシを鞄に入れて早足で歩いています。そんなに金になるとは思えません。配布する人たちの様子を見ても、とても豊かな暮らしをしているようには見えません。

 その配達人が今日は、小学校三年生ぐらいの女の子がチラシを入れに来たのでした。見るからに貧しい身なりで、靴もあながあいていました。チラシは不動産会社のマンションの宣伝です。

 私は、『ご苦労様。あなたえらいね。遊びたいのにお仕事大変だね。頑張ってね。』と言葉をかけました。すると、女の子が、『ウン。』と言って、にっこり笑ってくれました。

 女の子の一家の生活苦を想いました。」

 父親か母親がチラシの配達をしていて、多分急病か何かで代わって配ることになったのだと想像さる。丁度春休みなので代われたのかも知れない。

 麻生首相や舛添厚生労働大臣には全国の貧しい子どもたちの実情をよく調べて対処してもらいたいものである。

 Cimg0011          写真をクリックすると拡大します。Cimg0031 Cimg0033 Cimg0034 Cimg0020

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2009年4月 7日 (火)

鶯が来て囀り幸せな気分いっぱい

 4月6日は、全国的に入学式があった。この地域は朝からよい天気で、暖かく晴れ渡った絶好の入学式日和であった。

 いつものウオーキングは、やや遅めに家を出た。山崎川の朝日に照らされた桜を見るためだ。

 山崎川に着く頃には東の方には真っ赤な太陽が上り始めていた。川沿いの桜並木は、石川橋方面が植え替えられた若木で、老木よりも満開が遅いのだが、この朝は満開になっていた。

Cimg0010  足取りは緩めずに、桜は見ながら歩いた。鼎小橋の辺りで朝日にを浴びた桜をカメラに収めた。歩きながらところどころで日に輝く桜をカメラで撮りながら歩いた。

 デジタルカメラを片手に写真を撮りながら歩いている人が結構いた。

 山崎川がはずれる石川橋の付近の家から鶯の鳴き声が聞こえてきた。

 午後一時15分ぐらいのことである、家でパソコンに向かっていたら、突然、家の庭の方向で鶯の鳴き声がした。

 まさか、我が家の庭?といぶかりながら庭の方へ行った。するとまたきれいなホーホケキョという鳴き声が聞こえた。どうやら我が家の小さな庭の木で鳴いているらしい。お向かいさんのご主人と奥さんが我が家の木を指差しながら鶯の鳴くのを聴いていた。

 これまでは、近所の木が多い家を根城にしていつも鶯が鳴いていて、我が家では鳴かないので羨ましく思っていた。稀に来たときも窓辺に人影が写っただけで飛んで行ってしまうのであった。

 それが今日は庭には妻が出て掃除をしていたのに鶯はユーカリの木の中で鳴いていた。妻は、「いいわね。きれいな声ね。」などとつぶやいていたが逃げなかった。

 鶯が鳴いている間、私はICレコーダーで鶯の声を録音をした。

 その内にトラックの音がしたので鶯は隣の家に逃げて行ってしまった。

 今日は外は暖かく陽気がいいし、自分の家の木で鳴いてくれたのですっかり幸せな気分に浸ることができた。

「09.4.6我が家の鶯声.WMA」をダウンロード

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2009年4月 6日 (月)

情けない貧困者・ホームレス対策

Cimg0105  3日の中日新聞朝刊16面に、大見出しで、「高くて劣悪 憤りー野宿者向け宿泊所 」という記事が載っていた。リードの部分をそのまま書く。

 「野宿者など住まいがない生活困窮者が福祉事務所に生活保護を申請すると、紹介されるのが『無料低額宿泊所』。その多くが特定非営利活動法人(NPO法人)によって運営されているが、無料でも低額でもない。むしろ、劣悪な居住環境を指摘する声が多い。」

 「5m四方の部屋で初対面の他人と四人暮らし。仕切りは無く、隣の布団が重なる。月額12万9000円余りの生活保護費のうち、宿泊所に利用料や食費を支払い、手元に残るのは毎月3万円。」

 これを読んで怒りが込み上げてきた。東京都の基準では、一人当たり居住面積は、3.3㎡だそうだ。基準を満たしているとは言え人間としての尊厳が無視されている。

 私は前に定額給付金を配るくらいならその金でプレハブでもいいから家がない人々(野宿者)に住む所として仮設住宅のようなものでも建てたらいいと書いた。

 江戸の4.5畳長屋のように、狭くてもいいから、とにかく壁で仕切られた個室が最低条件だと思うのだ。あの大江戸では、40万人からの庶民が狭い長屋で暮らしたのだ。他人からプライバシイを守るには個室が必要である。

 一つの部屋に4人も収容して、為政者には雨露さえ凌げればいいだろうぐらいな憐れみの心しかないから平気でいられるのだろう。東京都の保護課では、「あくまでも屋根」と言っているという。

 憲法25条にに、いくら「最低で文化的な、、、」と書いてあっても、いつも思うことは、いったい最低とは?文化的とは?何を基準に言うのかということである。

 屋根さえあればというが刑務所よりも悪いのではないか?金持ちに飼われているペットは一ヶ月20万円もするマンションに住むのさえいるというのに、雨がかからなければ文化的というのか。

 国に金がないのではない。定額給付金としてばら撒くほど金があるのだ。くどいようだがその金を使って文化的でなくていいからせめて江戸並みの住居を与えるべきである。

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2009年4月 5日 (日)

パソコンの楽しみ

 趣味の一つにパソコンがある。PC(パソコン)を始めたのはまだMS-DOSの終わりの頃である。職場にはワードプロセッサーを使う人はいたがPCをやる人はせいぜい1人か2人であった。

 MSーDOSはコマンドを覚えなくてはならないので大変で、結局モノにはならなかったのだが、すぐにWINDOWSが出たのでよかった。

 インターネットもWINDOWS が出てまもなく始まった。電話を利用するものであった。

 こうした話は別の機会に書くとして、今日は、パソコンの面白さについて書いてみたい。

 長年PCをやってきたことと、この年齢でPCをやる人が少ないこともあって、PCを教えたり、トラブルを直すことを頼まれたりすることがある。

 そういうときには、喜んで飛んでいく。人に教えたり、トラブルに取り組むことが好きだからだ。

 この一週間の間にも、二人の知人からPCの扱い方やトラブルの相談を受けた。

 PCのソフトの扱い方を教えたり、トラブルを修復するのは時間がかかる。あっという間に時間が過ぎて行き、気がついたら4時間、5時間たっていたなんていうのはいつものことである。

 一つは他人のPCには自分が使ったことがないソフトが組み込まれていて、その使い方についてあーでもない、こーでもないと、考えながら操作方法を探らなければならないことだ。

 もう一つは、トラブルの場合もその原因をあれこれと推察しながら探らなければならないのだ。

 三つ目は、PCを知らない人や余り知らない人に教える場合、順序を組み立てて分かりやすく教えなければならないし、初心者はマウスやキーの扱いに馴れてないことなどで手間がかかる。

 昨夜、夜中にふっと眼が覚めていろいろと思い巡らせていたら、自分はどうしてPCを面白く感じるのかがわかった。その理由がひらめいたのだ。

 パソコンを扱う中で面白いのは「謎解き」的な部分があることだ。

 例えば、今回エプソンのPC-MA900という機種でCDラベルや写真の印刷の仕方を教えたが、私はキャノンなので扱い方は異なる。

 先ずどんなソフトがどこにあるのか探さなければならない。ショートカットは不要ソフトのフォルダの中に入れてあった。それを取り出して開いてみたが、そこから写真を取り込んだり、字を書いたり、調整をしたりするのがキャノンとは違うのだ。

 とにかく”できるはず”ということは分かっているので考えながらあれこれやってみるのだ。保存の仕方でもキャノンとは違っている。

 そうやっていざCDラベルの印刷しようとすると印刷ができない。あれこれやってもどうしても駄目なのでサポートを頼んだら、何と印刷機として以前使っていた方を認識していたのであった。

 後から考えれば、初歩的なミスと言えばいえる。印刷機にどの機種が選択されているかをチェックすればよかったのだ。しかし、そのときは印刷機は一台と思い込んでいたし、それで文書の印刷をしているというので問題ないと思い込んでしまったのだった。

 いろいろと考えたり、試したりしながら操作方法を調べたり、トラブルの原因を追究することは、頭の体操になる。うまくできたときやトラブルが解決した時には快感になるのだ。きっとそのときにはドーパミンがどっと放出されているに違いない。

 解決しなかったときは疲れが出るが、その時にはアドレナリンが出ているに違いない。

 楽しみは他にもあって、それは知らないことに挑むことは勉強になることだ。つまり知的好奇心をくすぐられたり満たしてくれるのだ。

 茂木健一郎さんではないが、こうしたことは脳のために大変よいのだ。

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2009年4月 4日 (土)

迷惑電話

  5,6年前からだと思うのだが、全く知らない会社から投資や金儲けの電話が掛かるようになった。

 電話が掛かってくると、ガチャンと切るのもどうかと思い応対をした。気が弱いので無碍に断れないのだ。相手は言葉巧みにあれこれと簡単に金が儲かるような話をする。 

 中にはとても紳士的な話し方をする人もいてつい信用してしまったこともある。凄い豪華なパンフレットが送られてきて、パンフには東京三菱銀行とか有名な証券会社の名が書かれているので、ますます信用してしまう。

 名古屋には支店があると言うので確認のために見に行ったら30人ぐらいの社員がいてますます信用してしまった。

 ところが、ところが、この会社は言葉巧みに人を勧誘して騙していたのだ。ある日の新聞報道で、警察が捜査に入ったことを知った。

 その会社の社長たちが起訴されて、会社は潰れてしまった。

 その手の会社からの電話は毎日1件から3件は掛かってくる。

 いったいどこから電話番号や住所を知るのか、電話が掛かってくる度に聞いたところでは、住所や電話や職業や投資関心などの情報が入ったデータが売買されていてそれを買ったのだと言う。

 あんまりうるさく掛かってくるので、消費生活センターに相談をしたが埒があかない。已む無く昨年から毎月850円払って迷惑電話拒否サービスや非通知拒否や番号表示サービスを受けることにした。年に1万円近くの出費になるが背に腹はかえられない。

 そこで分かったのだが、彼らは、非通知や0120のフリー電話を使うことが多いと言うことだ。他には、地域コードが03(東京)や06(大阪)などである。

 非通知は自動的に拒否されるからいいが、0120や03や06などで始まるものには電話には出ないようにしている。たまたま出てしまった時には、次からは受信拒否にする。

 これだけ金をかけて防衛しても、次々と新手の会社から毎日電話が掛かってくる。

 「こちら愛知県警」とか「こちら火葬場です」などと言ったときもあるが、相手が知人や普通の人のことがあり、平謝りをした。

 とにかく、この手の電話には最初からガチャンと切るか「結構です」と冷たく断るのが一番だ。

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2009年4月 3日 (金)

水問題への警告サイトの紹介

 私の友人M氏から送ってもらったHPである。世界の水問題について考えるヒントを与えてくれる優れたHPだ。

 我々日本人は、国土の大半が山地で、しかも、年間雨量が多く、急流と清冽な水を運ぶ川があって、四国や沖縄や九州の一部を除き水には恵まれている。

 けれども世界に眼をやれば、甕一杯の水を汲むのに何キロも歩いて僅かな水源に行き水を汲まなければならない所も多く、アフリカ、東ヨーロッパ、中国、アメリカなど砂漠化が進み水が手にはいらなくなって来た地域もある。

 NHKの番組でも水は21世紀の世界的大問題で、水ビジネスが金儲けをしようと躍起になっているという。

 人間の生存のみならず、動物、植物の生存にも水は欠かせない。その水についてユニークな観点から問題提起をしているのがこのHPである。

 時を、2070年に設定し、現在5歳の主人公が50歳になっているが、外見は85歳ぐらいに見えるというところから物語りは始まる。

 全て英語であるが、写真は美しい。是非見てもらいたいHPなので次にアドレスを載せておく。

「letter_written_in_20701.pps」をダウンロード

 なお、このHPが見られないときは、パワーポイントviewerというソフト(無料)を次のところからダウンロードすると見られる。

http://www.relief.jp/itnote/archives/002681.php

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2009年4月 2日 (木)

これでよいのか?スーパーの合理化

 今朝、8時過ぎにスーパー西友へ行った。いつもの入り口に行くとドアが閉じている。おかしいなと思い近づくと、「24時間営業、8時から21時までは別のい入り口を使ってください」と書いてある。仕方なくたった一つ開いている別の入り口に回ってから入った。

 店内は閑散としていた。こんな時間帯に客など来るのがおかしいのだ。牛乳と酢を持ってレジへ行くとどのレジにも「休止」の札が立ててある。探したら、たった一つだけ店員がいてレジをしていた。

 その後入浴剤を買おうと思って2階に行った。ところが、以前にあった場所には置いてない。仕方なく店内を隈なく歩いて探したが、何処にも見当たらなかった。

 店員に聞こうにも店員は一人もいないのだ。レジに行くとレジはどうやら自動式になったようだ。

 やむなく下に降りてたった一人のレジの店員に「意見を言うところはないのか?」と尋ねたら、入り口のところにあると言う。

 そこまで行って、ご意見承りの用紙に書いて投函をした。

 西友はアメリカ最大のウオルマートになり、商品の陳列方法、レジの少人数化などアメリカ式になった。

 人件費を節約するために極力店員を減らし、レジの自動化などを進めて、地域で一番安い店を目指しているようだが、客の立場から言うと品物が安いだけでは納得できないところがある。

 品物の置いたある場所を尋ねるとか、商品について尋ねるとかしたいときに店員がいないのでは尋ねようがない。

 ただ商品を売るだけが目的のスーパーになってしまったのは残念である。

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2009年4月 1日 (水)

自己責任はどこへ行ったのか?

 アメリカのオバマ大統領は、自動車産業の救済をしようと基本政策を発表した。その中で、クライスラーについては、自力での再生は不可能とみてイタリアのフィアットとの提携を条件にした。

 一方、ナンバーワンのGMについては、経営規模が大きく、米経済への打撃を考慮して経営再建を支える姿勢を鮮明にした。60日以内に最終的な再建計画を策定するために、必要な短期資金を供給し、その間に長期的な本格支援を検討する。(朝日新聞3.31)

 本来、新自由主義の資本主義は、自己責任を標榜してきた筈であった。経営がうまくいかなければ、それは自己責任で当然破産して然るべきなのだし、そのように主張してきた。

 日本のバブルがはじけた後も山一を始め多くの企業が倒産した。しかし、一部の銀行を除いて大銀行は公的資金で救済された。

 アメリカでは、リーマン・ブラザースを潰して世界恐慌の引き金を引くことになったが、他の銀行、証券会社は救済された。

 日本でもアメリカでも中小企業は誰にも助けてもらえない。ところが、GMやAIGのように巨大になると救済される。おそらくトヨタでも倒産の危機になれば救済されるのであろう。

 これは自己責任、公平の原則から言っておかしくないだろうか?

 都合のよいときだけ、自己責任を振りかざし、都合が悪くなると引っ込めるのだから。

 GMもリーマンと同じように、サブプライムのような自動車ローンを作り、低所得者に車を売りまくった。儲けるだけ儲けているうちはよかったが、一旦破綻すると一気に駄目になったのだ。儲けるときは自己責任、破綻したら、政府救済では論理的におかしい。

 つまり、アメリカ式グローバリズム資本主義の正体は”金の亡者”ということであったのだ。

 

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