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« 大久保忠利先生と書きなれノート | トップページ | 拡大する安全保障の概念 »

2009年2月14日 (土)

潔い中谷巌氏

 文芸春秋に「竹中平蔵君、僕は間違えた」という中谷巌氏の論文が載った。副題には、”構造改革の旗手による「転向」と「懺悔」の記”とある。

 彼は、約10年前の1998年に、「構造改革論者」の急先鋒として小渕内閣の諮問機関「経済戦略会議」に議長代理として参加したのだ。その中には、竹中平蔵氏も委員として加わっていた。

 市場に関するあらゆる規制は撤廃すべきであり、自由な市場の下でこそ、グローバル経済に対応できるという考えに基づいた提言が先の「経済戦略会議」においての答申、「日本経済再生への戦略」(1999年2月)であった、と書いている。

 そのどの部分がよくてどの部分がいけなかったのかを自己分析して自己批判をしているのである。

 彼の論文の冒頭は次のようにして始まっている。そのまま引用する。

 ”未曾有の世界不況は日々深刻さを増している。雇用の不安、展望が開けない閉塞感は、社会全体に暗い影を落としている。医療崩壊、食品偽装、高い自殺率、異常犯罪の多発――、どうして日本はこんな国になってしまったのだろうか。

 この根源的な問いに対峙したとき、私はこの十年、日本社会の劣化を招いた最大の元凶は、経済グローバリズムの跋扈にあった、と考える。そして、それを是認し後押しした責任は、小泉改革に代表される一連の「改革」である。”

 以上のようにはっきりと小泉改革を断罪している。そして、自分もその先頭に立って旗を振ったことを認めた上でその誤りであったことを認めたのだ。

 今、深刻な問題となっている雇用不安の原点は、答申に基づいて行われた1999年の労働者派遣法の改正である。それにより企業は製造現場でも派遣労働者を雇用できるようになり、その数が急速に膨れ上がっていったのである。大企業を中心に大きな利益をあげる源となったのだ。

 しかし、一気に来た大不況で企業は派遣社員などの非正規社員を簡単に解雇した。そうできたのも先の法改正のお陰である。

 これに対して、セイフティネットが全く進まなかったと中谷氏は指摘している。企業に都合のよいことだけをやって、いざというときの労働者への対策はおざなりにされたのである。

 郵政改革についても、医療問題にしても、年金など社会保障問題も、地方の商店街が寂れた問題にしても、全ては小泉・竹中改革の失敗であることを検証している。

 ”社会の価値がマネーいっしょくに染められていくことがこれほど危険なこととは思わなかった。財政難を理由に、医師不足を放置したことによる医療崩壊、消費者の安全さえも犠牲にして利益を追求した食品偽装、人とのつながりの欠如を感じさせる犯罪も目に付くようになった。”(以上は原文のまま)

 それは「社会」への視点が欠けていたことに起因すると言う。あるべき社会とは何かという問いに答えることなく、ずべてを市場まかせにしてきた「改革」のツケが、招いた混乱の十年であったと指摘している。

 中谷氏が大胆に謙虚に反省の論文を書かれたことに大いなる敬意を表したい。

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コメント

 川島さんへ。
 最近、竹中氏はあちらこちらのTVに出ていますが、どこでも同じことを言っています。中谷氏のように過ちだったとは言いません。
 それに対してコメンテーターも言いなりになっているのが歯がゆいです。
 なお、年収200万以下の人は1050万人になったと思いますが。まだまだ増えるでしょう。

先日、私は、「週刊朝日」で「構造改革が日本を不幸にした」という、政府の規制緩和の旗振り役であった中谷巌氏の告白記事を読みました。文春の論文は読んでいませんが、同氏の新著「資本主義はなぜ自壊したのか」を買って読もうと思っています。

日本では、この十年間に、年収200万円以下の貧困層が200万人も増えて1000万人に及んでいるといわれています。このような年収の若者は、家賃もろくすっぽ払えず、希望をもって結婚も出来ないという情けない状態におかれています。この国の現状を直視したいと思います。

 過ちを認めるのは、なかなか難しいことです。中谷氏は竹中氏にも潔く間違っていたと認めるようにいったのだと思います。
 ベトナム戦争、イラク戦争でも、マスコミは同じように戦争を支持していました。後になってあの戦争は間違っていたと言っています。それと同じですね。

 12月に帰った時にどこかのテレビで、時の人タノガミ氏とともに竹中氏が出いてるのを見かけた。過去の人かと思っていたのに、堂々と「構造改革はまだ不十分」と発言しているのに驚いた。
 それに比べて中谷氏の態度は、いさぎよい。政府要人の責任回避の中で、ずばりと責任を認めたことは、時の話題としては評価できることだ。
 彼はことの重大性に気ずかずに実施してきたように言っているようだが、事の始まりからすでに警告されており、数で反対を押し切ってやって来たことである。
 構造改革路線を直接推し進めた中谷氏の自己批判は貴重なものであるが、10年も前からこの路線が日本を破綻に導くという警告が国会論戦の中でもしばしば出されていたのに、これを無視してきたマスコミにも、中谷氏以上の自己批判をしてほしてものだ。
 


 

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