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2009年2月

2009年2月28日 (土)

旭山動物園物語

 「おくりびと」を見に行ったら、アカデミー賞受賞で券が売り切れ、「マンマミーア」に行ったら、一番前の席しかないという。それでやむなく伏見まで行って「旭山動物園物語」を見ることにした。

 ミリオン座へ行くと、次の上映まで2時間ほど待たなければならないという。どうしようか迷ったが結局見ることにした。上映までの時間は持っていた「ワーキングプア」という本を読むことにした。

 北海道旭川市にある旭山動物園は展示方法を「形態展示」から「行動展示」に変えて廃園の危機を乗り越えた。今ではツアーにも組み込まれて年間300万人もの見物客が全国から来るまでになった。

 その旭山動物園は、繁殖では実績を持っていたが、入園者は減るばかりで、窮余の一策のジェットコースター設置も一時しのぎにしかならず、入園者は減少した。

 市当局は、廃園にしようとする。動物園側は園長以下いろいろと工夫をして何とか持ちこたえようと努力をする。

 サブタイトルに「これは本当にあった話です」と書いてあるように何度も危機を乗り越えて見事に入園者数を増やした実話なのだ。

 私は北海道に行ったが旭山動物園には行っていないので、どんな動物園か興味津々であった。

 驚いたのは、アフリカゾウやライオンやトラやキリンを初めゴリラやオランウータンなど熱帯の動物もいることだった。

 以前は冬の間は休園にしていたのだがそれにしても熱帯の動物がいるとは。

 それらの動物たち画面いっぱいに大写しされる。動物と演者が触れ合う場面はCGなのかどうか、メスゴリラが死ぬ場面も本物らしくできていた。

 西田敏行が園長を演じ、津川雅彦がマキノ雅彦という名で監督をし、兄の長門裕之が飼育係を演じている。

 園長や飼育係などの苦労はよく描かれていると思ったが、笑いをとるとか涙を誘う場面は殆どなかった。

 文部科学省推薦で、子どもたちには見せるといいと思う。

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2009年2月27日 (金)

日教組と闘うと宣言した麻生首相

 新聞によると、麻生首相は日教組とは闘うと言ったそうだ。大臣を辞めた中山氏といい、麻生首相といい、日教組を不倶戴天の敵だと認識している政治家が自民党には多いようだ。

 私もかつては日教組の組合員であった。日教組の組織率は現在どのくらいかは知らぬが、残念ながら減少していることは間違いない。組織に属して働く人の待遇の向上や働く権利を守ること、そして教師の場合よりよい教育実践のために研鑽するということは大事なことなのに。

 私が知る限り、日教組に属する教師はまじめに働いている人ばかりだ。

 先日、元教員の友人から来た手紙によると、現在の教員は大変過酷な状況に置かれているそうだ。彼の知人の中学校教員の話として次のようなことが書いてあった。

 わが子のことだけに目が行き、教師を責め立てるモンスターペアレントの増加に日々大変な心労を強いられている。

 コンピューターが普及したのはいいが、そのために生徒のデーターなどは校外に持ち出せないので、仕事は全て学校で処理しなければならない。そのため、夜の7時、8時まで仕事をするのは日常のことで、時には午前様になることもあるのだという。

 我が家の近くにも小学校があるが、いつも夜遅くまで職員室の電灯が灯っている。

 私が現職の頃は、家に持ち帰って仕事を処理できた。法律で裁判官と教員は自宅に持ち帰って仕事をしてもよいのだ。

 今のことは知らないが、私が勤めている頃は教員には残業手当てはなかったから、自宅に持ち帰って仕事をしても校内で残って仕事をしても手当てはなかったのだ。

 私は毎日帰宅後授業の準備や研究をしたり、テストの採点をしたりしていた。勿論校務も持ち帰ることがあった。

 テストの採点など学校でできなくはないが、生徒がいる間は生徒への対応が大事だし、それに追われていた。

 教員の仕事は多岐に亘るので雑用も非常に多いのだ。

 その他に若い教員は、授業後部活動を指導しなくてはならない。これにも手当ては出ないのだ。真っ暗になってやっと部活指導を終わり、それから事務や教務をやるのである。

 麻生首相は、そういう教員の大変な日常をどこまで知っているのであろうか?恐らく何もしらないのであろう。

 ハローワークに出かけて出会った職探しの若者に「自分のやりたい仕事をするのが大事。」と言った首相なのだ。必死でなんでもよいから仕事を求めて来た人に言う言葉ではない。

 要するに彼は下々のことは何も知らないのだ。知ろうともしないのだ。

 だから、日教組と闘った中身も「犬と一緒に写っている写真を家族と言うのはけしからんから、改めさせた。」という程度のものなのだ。

 厚生労働大臣も首相も閣僚たるものは何事も実情をきちんと把握して対処すべきである。

 

 

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2009年2月26日 (木)

葬式の費用

  日曜日の朝日新聞beに、葬式にかける費用の調査が出ていた。05年に経済産業省が行った全国調査によるものだそうだ。

 それによると、葬儀一式の費用は、200万円未満が全体の9割である。もう少し詳しく見てみると、

 50万円未満が22.9%、  50万円以上100万円未満が31%

 100万円以上200万円未満が35.8%  200万円以上300万円未満が7.8%、

 300万円以上400万円未満が1.7%  400万円以上500万円未満が0.6%

 500万円以上0.3%

 人生の最後の行事が葬式だからその費用でとやかくいうのははしたないかもしれないが、納得のいかない費用である。

 記事にもあるが価格交渉はタブー、相場も判然としない。とにかく葬儀屋とお寺の言いなりになるしかないのだ。

 一昨年母を見送ったが、そのときmixiに書いたことを引用する。

 「先ごろ、母の葬儀と法要を永平寺系の大きな寺に頼んでやtった。僧侶は4人。戒名は一番安い「信女」。35日の忌明けまで7日ごとに経に来てもらった。それでしめて90万円請求された。

 その他に初盆を寺でやり、たった5分程度のお経でなんと請求額は4万円以上であった。明細書、請求書はなく口頭でしかも領収書もくれなかった100万円も取っておいて明細書も請求書も領収書も出さないのだ。

 「丸儲け、脱税ありです。あまりひどいので、本山の永平寺に質問を送ったが、10日以上になるのにナシの礫。完全に無視された。(永平寺からの回答はかなりたってから来たが、個々の寺院のやることに関与しないということだった)

 永平寺の経には、『貪ってはいけない』『欲をはってはいけない』と書いてある。それなのに何と強欲な。 聞くところでは、永平寺曹洞宗は一番金がかかるのだそうだ。」

 母は、自分の葬式費用を年金の中からコツコツと貯めてこういう葬式をやって欲しいと言っていたのでその通りにした。

 母の父のときは、自宅で葬儀をした。近所の人が集まって、一切をやってくれた。葬式のときは、その家の人は何もやってはいけないという決まりなのだ。買い物帳というのがあって、買い物は全てそこに記帳してもらい、後で家人が清算に行くのだ。

 祖父の家は神道であったので、神主さんが来て祝詞をあげて葬儀をしたのだがそのお礼は大変僅かの金であった。2万円かそこらであったように思う。お寺と神社では大変な差があるのだ。

 そういう訳で祖父の葬儀の時には、費用は実費だけでたいしてかからなかった。当時は、田舎は大変合理的な仕組みをもっていたのだ。

 今は、そういうものはなくなり皆JA(農協)の葬儀屋に頼んでいる。それで親戚のひとなど、費用が大変だとこぼしていた。

 葬式は、神道で自宅で身内だけでやるのが一番安くあげる方法かも知れない。私の友人にキリスト教の葬儀をやった人がいるが、キリスト教も金がかかるらしい。

 私は、自分の葬式をやってもらうとすれば、身内だけで金をかけずにやって欲しいと願っている。この不況で生活も大変な時代、子どもたちに負担はかけたくないし、第一、得体の知れない金を払いたくはない。

 

 

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2009年2月25日 (水)

精神科治療は未開分野とは

  22日のNHKスペシャル「うつ病治療、常識が変わる」を見た。朝日新聞の試写室に次のように紹介されていた。

 ①「恐ろしい話だ。間違った治療で症状が悪化したり、長期化したりするのはうつ病に限らないが、『精神科』は大学で専門に学んでいなくても看板を掲げられるという。」

②「うつ病患者は100万人を超え、誰もが罹りうる『心の風邪』とも言われる。なのに医師の技量や診断に大きなばらつきがあることが次々と明らかにされる。」

 まず、①についてだが、昨日の報道によると、昨年度も1年間に32900人もの自殺者があったという。3万人以上という数は11年連続だという。その中には、うつ病など心の病が原因で自殺した人も多く含まれているだろう。

 同じ日に、落語家桂枝雀のことが出ていたが、彼も2度に亘るうつ病で最後には自殺してしまった。惜しいことであった。

 うつ病に罹る人、その他の心の病に罹る人は増え続けている。精神科の役割はますます重要である。それかあらぬか心療内科とか神経科とか紛らわしい名をつけたクリニックも増加している。

 番組によると、精神科は特に勉強していなくても、医師の免許があれば誰でも開くことができるので、増えているのだそうだ。しかも、クリニックを開くのに金がかからないのだそうだ。

 私は精神科も専門医師がなるものとばかり思っていたが、そうではないと知ってぞっとした

 ②について、上記のように誰でもなれる上に、一口にうつ病と言っても診断が大変難しいことが紹介されていた。

 専門の精神科医師でも難しいものを専門でもない人が診断すれば誤診断や誤診ではないにしても、投薬ミスが起きるのは当然のことである。

 精神科の医者にかかっても患者がよくならないと、医者はどんどんと抗うつ剤の種類や量を増やしていく。そのために更に酷くなることが多いのだ。

 また、患者はよくならないと他の医者に替わるが、同じ症状を訴えても薬の種類や量が全く異なることも取り上げられていた。

 精神科の場合、患者と時間をとって患者の訴えをよく聞く態度も医師には求められるが、残念なことに、多くの場合、3分診療がまかり通っているのだと言う。

 薬の説明もしないで、医者の言うことに文句があるかと言わんばかりの態度の医師も多いという。

 結局、日本では、精神科というのは、遅れた医療分野なのだということがよくわかった。それに輪をかけているのが、精神科の患者は医者に文句を言わない(正しくは言う気力もないと言うべきだと思うが・・)ので医師にとってはやり易いのだそうだ。そうしたことも遅れた分野になっている要因のひとつだと思う。

 それに対して、厚生労働省も適切な対応ができていないのも問題である。これだけ精神の病を患う人が増えているのに、大事な治療面で診断基準もなく、研究機関もなく野放し同様に放置されているらしいのだ。

 誰でもいつでも罹りうる病だけに適切なシステムの構築が一日も早いことを切望するものである。

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2009年2月24日 (火)

中川区第九歌う会の同窓会

 21日の土曜日に、中川区役所で「中川区第九を歌う会」の同窓会が開かれた。谷先生、白井先生、山田先生も参加された。

 中川区の区制70周年の記念事業として「第九を歌う会が結成されたのは2007年の7月頃であった。合唱団員は中川区居住者以外からも募集して340名ぐらいの規模であった。

 私は第九を歌うのは初めてであったが、思い切って参加をした。

 初めのうちは何が何だかさっぱりとわからなかった。指導には谷先生を始め男性2人、女性が5人ほどとピアニスト二人が当たった。

 練習回数は34回で、その点は初心者には有難かった。私はバスのパートだが、とても出ないような高い音があった。そのために最後まで大変苦労をしたが、難しいのはドイツ語の歌詞を暗記して暗譜で歌うことであった。

 2008年の3月22日のセンチュリーホールでのコンサートは、セントラル愛知交響楽団の演奏で、指揮は名古屋出身の松尾葉子さんであった。

 第2楽章から舞台に出て待つのも大変な緊張であった。しかし、いざ歌い始めると思ったより声が出た。舞台に出る前に先生たちが「笑顔でね」とリラックスするように言ってくださったのがよかったのだろう。

 今日は、DVDで合唱の部分が上映され、早春賦、花、蛍の光、そして第九のさわりの部分をみんなで歌った。

 久しぶりの第九だが、歌い始めると、覚えていた。脳は大したものだと思った。練習で叩き込まれたことをちゃんと覚えていたのだ。

 同窓会に集まったのは、150名ぐらいで思ったより多く来ていた。聞こえてくる話の中で亡くなった人もいることがわかった。高齢者もいたのだから無理もない。

 第九を歌ったことを記念して、先週、高畑交差点に2箇所4本、区役所に1本の枝垂れ梅が植樹された。それが丁度満開になっていた。これから長く、春になると道行く人々を楽しませることであろう。

 思えば、区制70周年の事業は各区で行われたはずだが、中川区の第九を歌う会は素晴らしい企画であったと思う。

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待ち遠しいバーチャル博物館

 日曜日の日本経済新聞に、バーチャル(仮想)博物館の記事が出ていた。さっと眺めただけなので、詳しいことは覚えていないが、バーチャルの博物館が近い将来にパソコンで見られるようになるらしい。

 眼のマスクのようなものを被って、その中にバーチャルの世界が広がるのだという。いろいろと見る角度が自由に変えられるし、拡大もできるそうだ。

 凄いと思ったのは、触った感じが再現されるそうで、特別な展示物以外は展示物に触れることは通常禁止されているが、触れるようになるというのは素晴らしい。ツタンカーメンのミイラにも触ることができるようになるだろうと書いてあった。

 そうなれば、中川元大臣のような触りたがりの人にも心置きなく触れるというものだ。叱られたり、物議を醸すこともなくなるだろう。

 現在は、国内の2箇所の博物館にそのような設備があって体験できるらしいが、数年のうちには一般のパソコンでできるようになるようだ。

 ITが進んでパソコンの画面上で世界中の街の様子を見ることができるようになったが、居ながらにして世界の美術館や博物館にアクセスできるようになればこんな嬉しいことはない。早く実現して欲しいものである。

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2009年2月23日 (月)

歓迎!!韓国で漢字復権

 19日の朝日新聞朝刊8面に「漢字復権韓国沸く」という記事が大きく載った。韓国の一部地域の小学校で漢字教育が復活し、家庭で子供に漢字を学ばせる親も増えてきたというのだ。それを巡ってハングル保守の論者との間に議論が百出しているそうである。

 ハングルのことは殆ど知らないが、印象としては、日本語を平仮名ばかりで文章を書くことに似ている様な気がする。

 以前、韓国を旅行したときに、それまで行ったどの国よりも外国に行った感じがした。それは漢字がなく、英語表記も殆どなかったからである。

 自然の風景はといえば、日本とそっくりなのに、ハングルのために”外国”という印象が強かったのだ。

 昔は、韓国でも漢字を使っていたのだし、一時はハングルと混ぜて使われたこともあると言う。

 同じことは、ベトナムにも当てはまる。ベトナムも中国に支配されていたときには漢字を使っていたのだ。それがフランスの植民地になって禁止されてしまった。

 私は、常々韓国もベトナムも漢字も併用すればよいと思ってきた。そうすれば中国、台湾、シンガポールも含めて一大漢字圏となり、少なくとも旅行者には大変役に立つ。また、彼我の文化を知る上でも多少の助けにはなると思うのだ。

 私は、日本に来ている中国人や韓国人に日本語を教えることが多いが、中国人は漢字が日本語学習の大きな助けになっているのに、韓国人は漢字で非常に苦労をしているのを見ている。

 韓国で漢字が学習され始めたというのはいいことだと思う。

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2009年2月21日 (土)

米メリルリンチの食い逃げとホームレスの悲哀

 1週間ほど前の朝日新聞に、「米メリルリンチ最高幹部に総額100億円賞与」という囲み記事があった。

 アメリカの証券大手のメリルリンチ(Merrill Lynch)が救済合併される直前の08年12月に、通常より早く、総額約3240億円ものボーナスを約700人の幹部に支給したと言うのだ。最高幹部4人は計109億円で、他の幹部は、一人当たり約9000万円超だという。

 09年1月1日に、メルリリンチは、バンク・オブ・アメリカに吸収された。1月16日にバンク・オブ・アメリカはメリルリンチの損失が予想以上にふくらみ赤字に転落して、米政府などから追加支援を受けることになったという。

 オバマ大統領が就任以前に、「ウオール街の連中は、GREED(貪欲)だ」と評したが、GREEDも極まっている。サブプライムの仕組みを作って儲けるだけ儲けておいて、その上べら棒な金額のボーナスを手に食い逃げをしたのだ。

 人間、古今東西を問わず、悪いやつはトコトン悪いことをすることをを銘記しておくべきであろう。ウオール街のように合法的に悪を働くのは一番始末が悪い。

 一方、まじめな人の話である。

 私の友人の家の近所にホームレスがいる。友人は不憫に思っていつの頃からか時々援助をし、話をするようになったそうだ。

 そのホームレスは、立派な大学を出て、よい会社に勤めていたのだが、よんどころない事情で会社が破綻し、その後どうしようもなくホームレスになったのだという。

 その人の話では、金融恐慌後アルミ缶の値段がどんどんと下がり、今ではどうしようもない状況だと言う。

 「今、1kg20円です。これは、去年の9月の1/8です。今の8倍のアルミ缶を集めてきて、去年の9月と同じ稼ぎになるわけですが、とてもそんなに集めることはできません。金属回収所では、もうアルミ缶が山のように溜まっているんですわ。トヨタなんどでアルミを原料にしてたんが、自動車があかしませんでしょう。だで、アルミ缶がはけしませんのや。回収所の人も、わしらが持って行くアルミ缶をもう要らんからもって来るなと言いたいんでしょうが、わしらの姿を見ると可哀想になって言えんもんだから、1kg20円で買ってくれはるんですわ。キロ20円ということは、もうアルミ缶をここへ持ってくるなという値段ですわ。」

 以前に、一番弱いところから影響を受けると書いたが、まさにそうなっている。350mlのアルミ缶1個は10gだから100個で20円ということになる。アンビリーバボーである。

 まじめにせっせこ動いてアルミ缶を集めてもこれではどうにもならない。定額給付金が出てもおそらくこういうホームレスの人たちには届かないであろう。

 ウオール街の仕掛け人たちは、想像力に欠如しているから、こういう人たちが生じたことを想像できないであろう。いや、想像する気もないであろう。

 メリルリンチのCEOは食い逃げで85億円を手にしたと言われる。アルミ缶を4250億個集めなければならない金額である。

 アメリカの大統領は、よく、”God Bless You!"と言うが、Godはいったい誰をBlessしているのであろうか?

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2009年2月20日 (金)

大好きなシクラメン

 Cimg0033                   我が家の狭い部屋を飾るシクラメン。写したのは10日ほど前。今は赤いほうも写真よりよく咲いている。

 このシクラメンの鉢は、昨年11月ごろに買ったものである。

 一口にシクラメンと言っても、ピンからキリまである。行きつけの理髪店の新装開店には素晴らしいシクラメンの鉢が置いてあった。おそらく3000円ぐらいはするのだろう。

 我が家のシクラメンは、私が一番安いと思ったのを買ったものだ。一鉢、380円である。

 実は、昨シーズンも380円の貧弱なシクラメンを2鉢買って育てた。始めは花が5本か6本ほどしかついていなかったが、そのうちに一杯のきれいな花をつけ何と5月の半ば頃までもった。

 今シーズンもまた安いシクラメンを買ったのは、昨シーズンの再現を狙ったからである。

 しばらくは頼りない花のつき方であったが、一月ごろからたくさんの花をつけ出した。葉っぱが大きいのはいいのか悪いのか知らないが写真のように見事な葉っぱである。

 私が現職の頃、教室にはいつもシクラメンがあった。保護者が持ってきてくれることが多かったが、そうでないときは自分で買って飾っていた。

 窓際の間接光のところにおいて、液体肥料を1週間に一回やり、水を切らさないようにするだけでいつも4月の終わりまで持った。ものの本によると4月まで持てば上等なのだそうだ。

 教室に飾ったシクラメンは、立派なものが多かった。

 退職後、自分の家を飾るシクラメンも始めのうちは、値段もまあまあのものを買っていた。けれども先に述べたように、昨シーズンから安物にしたのだ。

 そして、わかったことは、安いものでも育て方で立派になるということだった。高いものが立派になるのは当たり前と言ってよいかも知れないが、安いものを立派にするのはやりがいがあるというものである。

 これは子供の教育でも同じことである。塾のように質のよい子を集めて英才教育するのはよくなって当たり前だが、公立学校ではさまざまな子供が混じっている。学習に問題を感じる子供も多くいる。

 そうした子供たちもできるだけ学習レベルをあげて行くことが大事でやりがいがあるのだ。

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2009年2月19日 (木)

世界に赤っ恥を晒した中川元金融・財務担当大臣

 2月16日の夕刊やTVニュースで、中川元金融・財務担当大臣のG7終了後の記者会見での醜態振りが報道された。以後、17日も18日も記者会見のシーンがTV画面で繰り返し見られた。

 世界の主要なマスコミも全て彼の醜態を報じたという。そして世界中からその無様な姿や態度を批判された。

 折りしもヒラリー・クリントン米国務長官が来日した。NHKのインタビューで最後に中川氏の醜態についてどういう印象を持ったかと聞かれたヒラリー長官は、「よその国の内閣の問題ですから。」とやんわりとコメントを回避した。

 もし、中川問題が起きていなければ、ヒラリー国務長官の来日は、トップニュースになる筈であった。ABCやCNNなどの世界的TVなどマスコミを帯同して乗り込んできたヒラリー国務長官はがっかりしたであろう。

 しかし、彼女は精力的に日程をこなして日本国民にアメリカの日本重視を売り込んだ。さすがに長期に亘って大統領選を戦い抜いただけあって、そつがない。

 そこへ行くと、中川元大臣や麻生首相は何とも情けない。一国を代表する主要大臣である。しかも、世界的金融恐慌で先行き真っ暗なときである。そんな時に昼間から酔っ払って会見場に現れ頓珍漢な受け答えをしたのだ。

 いくら盟友とはいえ、そんなだらしない大臣を任命し、かばった麻生首相の責任も重大である。

 24日には、世界で第一番にオバマ大統領にお目通りを許されたそうだが、日本国内でオタオタしているのにどの顔を下げてワシントンに行くというのであろうか。またまた恥を晒さねばとよけいな心配をしなければならない。

 

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2009年2月18日 (水)

映画「ふるさとをください」

 ふるさとをくださいという映画を観た。ジェームス三木の脚本で、主演は大路恵美とベンガル。大路が素敵である。

 ―ーアラスジ――

 統合失調症などの精神疾患の人々の施設と作業所が、住民の反対運動を押し切って、和歌山県の紀ノ川沿いの田舎町(映画では花房町)に作られたことで住民との対立が深まる。皮肉にも、反対運動のまとめ役の娘が故郷に帰ってきて、偶然その施設とかかわりを持つようになる。そして、施設のケースワーカーと恋におちる。結婚をしたいという申し出に父親は激怒して、娘は家を出るが、父親はうつになってしまう。一方障害者同士の結婚問題も進展する。折りしも精神障害者が事件を起こしたというTVニュースから、町民を守ろうという集会がもたれる。そして・・・・劇的な終末へ。

 紀ノ川の美しい自然がこの物語を彩る。「ふるさとをください」というのは、ふるさとを失った施設の人たちも住人として受け入れて、ふるさとを分けてやって欲しいという願いが込められているのだ。

 ジェームス三木の脚本は、統合失調症に関連して起きる問題をわかりやすくまとめている。欲を言えば、統合失調症そのものについても突っ込んであるとよかったとは思う。

 統合失調症は、以前は精神分裂症と呼ばれていた。如何にも人格を無視した病名であった。そのためにやたら恐怖感を人に与え、端から拒否反応を示す人が多かった。また、精神病院に閉じ込められ人権無視の扱いを受けていた。

 統合失調症についての研究と脳科学の研究の進歩は軌を一にしていて、1990年代以降に大きな進展を見せるようになった。

 今では、誰でも罹りうる病気であり、治療法も進んで来ている。しかし、映画の中でも言っているように、日本ではまだまだ世間一般の見る目は厳しく、理解されていない部分が多い。 まさにこの映画のような状況が見られるのだ。

 小泉・竹中構造改革の負の遺産として、精神疾患を患う人が急増してきた。有名人も含めて”うつ”を始めとする心の病が広がっている。それは、脳の伝達機能の異常が原因であり、特定の人が罹る病気ではなく、誰でも何時でも罹る病気なのだということを理解すべきである。

 大事なことは、社会が暖かい目で見て接し、病が進まないように、あるいは治すことを助けるように、仕事に復帰できるように見守ることである。

 この映画「ふるさとをください」は、市中の映画館で上映され多くの人に見てもらいたいと痛切に思った。

http://www7.ocn.ne.jp/~ichibaku/data_movie.htmlPhoto

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2009年2月17日 (火)

日本語ボランティア

  今日、愛知国際プラザで「私が日本語ボランティアをするわけ」という発表会があった。20代の若いボランティアが4人話をした。岐阜県可児市の職員、愛知県の中小企業の社員、三重県で小学生を支援している学生、ブラジル人でブラジル人を支援している学生であった。

 それぞれの経験を通して日本語ボランティアをする上でぶつかる問題や喜びなどを話した。

 日本語ボランティアがどのくらいいるのかは知らないが、名古屋や愛知県下に86箇所、岐阜県に22箇所、三重県に25箇所に日本語教室がある。

 名古屋の場合、県の愛知国際プラザや市の名古屋国際センターと女性会館などにはたくさんの教室がある。

 私が行っている愛知国際プラザでは毎年ボランティア養成の講座を開いているが、希望者はいつも300人前後もいると聞く。

 今日の会合で、ブラジル人のスピーカーが、「日本語のボランティアが教える教室がたくさんあるのは本当にありがたいことです。」と言っていた。その通りだと思う。ブラジルにはそのようなものはないと言っていたが、いったい他の国ではどうなっているのか知りたいものである。

 いずれにせよ、日本に来て定住もしくは職に就く外国人が増えているのは間違いない。朝日新聞によると、これまで一番多かった韓国系や朝鮮人民共和国系を中国人台湾人が抜いて一番多くなったそうである。ただ、ブラジル人も多かったが、経済不況による解雇で国に戻る人も出てきたから少し減ったのかも知れないが。

 そうした状況の中で、公的機関による対応はお粗末なようだ。児童や生徒に日本語を教える仕組みや企業が働く人に日本語を教える仕組みは殆どできていないと言う。

 それで頼りにされるのが、ボランティアによる日本語教室である。私は、これは日本人が誇るべきことだと思っている。

 日本人が外国語を習う場合、何十万円という高い金を払って習わなければならない。ボランティアで教えているところなど聞いたことがない。それで英語の場合英語圏から日本に英語を教えて稼ごうという連中が次々に来る。

 勿論、外国人に日本語を教える学校もあるにはあるが、高い授業料を払わなければならない。

 発展途上国から来た人にはボランティアによる日本語教室はどんなに有難いことだろうかと思う。

 ボランティアの日本人は、私が知る限り、大変親切で一生懸命に教えている。人柄のよい人ばかりだと言ってよいと思う。

 それでも、外国人の中には、いつの間にかやめたり、教え方に不平を持つ人もいるのは残念である。

 草の根の国際交流、国際親善として、ボランティア日本語教室は素晴らしいことだと思うのだが、外務省も文部科学省も一番学習者が多い中国政府も知らん顔である。

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2009年2月16日 (月)

シルバーコーラス交歓発表会と昭和男爵コーラス

  ◎シルバーコーラス交歓発表会

  日時 平成21年3月3日(火) 13時30分開演

   場所 中京大学文化市民会館プルニエホール(地下鉄金山駅)

   入場無料

   主催 財団法人名古屋市文化振興事業団

 上記のコンサートは、名前の通り、平均年齢が60歳以上のグループの発表会で16団体が出演することになっている。男声、女声、混声といろいろある。

 一団体は10分の割り当てで歌うことになっている。

 我が、昭和男爵コーラスも参加することになっている。

 

  昭和男爵コーラスは、平成19年8月に結成されたまだヒヨコの合唱クループであある。

 もともとは、昭和生涯学習センターの「50歳からの男声コーラス」講座が3ヶ月の学習を終了したときに、せっかくだから男声コーラスグループを続けようということで有志によって結成されたものである。 

 専門家は、講座の指導者であった指揮者とピアニストだけである。

 発足当時は、コーラスの経験がない人が殆どであったが、その後経験者も数名参加して現在に至っている。

 男爵コーラスというのは、指揮者がつけたものだ。同じ生涯学習センターを練習会場として「スイートポテト」という歴史が長い女声グループがあって、その連想から、「男爵いものイメージ」でつけられたものである。

 毎月二回の公式練習と一回の自主練習をしている。

              昭和男爵コーラスの曲目は       082

       ロシア民謡 「灯」、 

       シューベルト 「春を待つ」、

       フランスの「アヴィニョンの橋」

                  日本の「琵琶湖周航歌」 

              である。

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2009年2月15日 (日)

拡大する安全保障の概念

  2月12日に、愛知国際プラザで開催された「気候変動が世界の安全保障を脅かす」というセミナーを聞きに行った。

 講師は、アメリカのワシントンD,Cから来たSarah Ladislawさんという専門家であった。彼女は、CSIS(戦略・国際問題研究所)エネルギーと安全保障プログラム フェローである。

 講義は同時通訳つきで行われたが、私は、1時間の内50分までを英語のままで聴いてみた。下書きを殆ど見ないで話したので感心した。

 気候変動による直接の影響は、暴風雨、旱魃、降雪雹、気温上昇、海水温度の変化などがある。

 それによる間接的なものとしては、洪水、砂漠化、山火事、雪害、海流の変化、家屋などの破壊、農作物への影響、氷河の解凍、ヒマラヤなどの高山の変化、住居地の冠水、魚類や海草や珊瑚などの異変、マラリアやデング熱等さまざまなものがある。

 更にそれに伴って、食糧危機、水不足、病気の蔓延、環境難民の発生、エネルギー問題、経済、社会、政治問題、地域や民族や国家間の紛争等さまざまな問題が引き起こされてくる。

 安全保障というと、以前は国防などの狭義のものを指していたが、今や気候の変動がら発して、広範囲の問題での安全保障を考えなければならなくなったということである。

 こうした問題にどう対処して行ったらいいのかを考えることが大切であるが、これは急がなくてはならない問題でもあり、各国の協力が必要でもある。

 アメリカはブッシュの時には京都議定書にそっぽを向いてきたが、オバマ大統領になって環境・エネルギー問題に積極的に取り組もうという姿勢に変わった。経済政策と結んでやろうとしている。

 司会の小野川和延国際連合地域開発センター所長は、冷戦が終わったと時を同じくして環境問題と発展途上国問題が発生したと指摘した。

 私の記憶では、10年ぐらい前までは、気候変動と洪水や豪雨や氷河が溶ける問題などについては科学者の間でも関連性については議論が分かれていた。それが今やっと喫緊の問題として共通の認識となってきたようだ。

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2009年2月14日 (土)

潔い中谷巌氏

 文芸春秋に「竹中平蔵君、僕は間違えた」という中谷巌氏の論文が載った。副題には、”構造改革の旗手による「転向」と「懺悔」の記”とある。

 彼は、約10年前の1998年に、「構造改革論者」の急先鋒として小渕内閣の諮問機関「経済戦略会議」に議長代理として参加したのだ。その中には、竹中平蔵氏も委員として加わっていた。

 市場に関するあらゆる規制は撤廃すべきであり、自由な市場の下でこそ、グローバル経済に対応できるという考えに基づいた提言が先の「経済戦略会議」においての答申、「日本経済再生への戦略」(1999年2月)であった、と書いている。

 そのどの部分がよくてどの部分がいけなかったのかを自己分析して自己批判をしているのである。

 彼の論文の冒頭は次のようにして始まっている。そのまま引用する。

 ”未曾有の世界不況は日々深刻さを増している。雇用の不安、展望が開けない閉塞感は、社会全体に暗い影を落としている。医療崩壊、食品偽装、高い自殺率、異常犯罪の多発――、どうして日本はこんな国になってしまったのだろうか。

 この根源的な問いに対峙したとき、私はこの十年、日本社会の劣化を招いた最大の元凶は、経済グローバリズムの跋扈にあった、と考える。そして、それを是認し後押しした責任は、小泉改革に代表される一連の「改革」である。”

 以上のようにはっきりと小泉改革を断罪している。そして、自分もその先頭に立って旗を振ったことを認めた上でその誤りであったことを認めたのだ。

 今、深刻な問題となっている雇用不安の原点は、答申に基づいて行われた1999年の労働者派遣法の改正である。それにより企業は製造現場でも派遣労働者を雇用できるようになり、その数が急速に膨れ上がっていったのである。大企業を中心に大きな利益をあげる源となったのだ。

 しかし、一気に来た大不況で企業は派遣社員などの非正規社員を簡単に解雇した。そうできたのも先の法改正のお陰である。

 これに対して、セイフティネットが全く進まなかったと中谷氏は指摘している。企業に都合のよいことだけをやって、いざというときの労働者への対策はおざなりにされたのである。

 郵政改革についても、医療問題にしても、年金など社会保障問題も、地方の商店街が寂れた問題にしても、全ては小泉・竹中改革の失敗であることを検証している。

 ”社会の価値がマネーいっしょくに染められていくことがこれほど危険なこととは思わなかった。財政難を理由に、医師不足を放置したことによる医療崩壊、消費者の安全さえも犠牲にして利益を追求した食品偽装、人とのつながりの欠如を感じさせる犯罪も目に付くようになった。”(以上は原文のまま)

 それは「社会」への視点が欠けていたことに起因すると言う。あるべき社会とは何かという問いに答えることなく、ずべてを市場まかせにしてきた「改革」のツケが、招いた混乱の十年であったと指摘している。

 中谷氏が大胆に謙虚に反省の論文を書かれたことに大いなる敬意を表したい。

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2009年2月13日 (金)

大久保忠利先生と書きなれノート

  私は、児童言語研究会に属し、現職の間は国語指導の勉強を続けて来た。その会の指導者のひとりに、今は亡き国語学者の大久保忠利先生がおられた。

 大久保先生には、ご存命中いろいろと教えていただいたが、先生がよく勧めておられたことの一つに「書きなれノート」というのがある。

 「書きなれノート」というのは、いつも身近にノートを置いて、暇があったら、思いついたら、何でも書くという、謂わば書く実践のノートのことである。

 熱海の温泉旅館で研究会をしたときのことだが、先生と一緒に温泉に入ったことがある。そのとき、

 「○○君、僕はね、いつでもどこでも葉書を書くんだよ。」と言って、書きかけの葉書を見せてくれた。裸でも書くときは書くのだという。

 先生の葉書を貰ったことがあるが、大きな字で書きなぐってあった。それが大変な悪筆でなかなか判読できないのだ。葉書を貰った人はみなが判読に手こずっていた。

 私は、書きなれノートはしなかったが、子供や父母に毎日書いていたのでそれが書くことに慣れることになった。

 今度、blogを始めて、友人などから、「書くことは大変でしょう。」と言われるが、全く苦にはならない。小説は無理だが、エッセイはいくらでも書ける。ただし、内容や表現の巧拙は別のことであるが。

ここまで書いて気がついたが、blogは今様の「書きなれノート」である。不特定な相手を対象としたものではあるが。

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2009年2月12日 (木)

芥川賞ポトスライムの舟を読む

 2月10日の朝日新聞朝刊に、1頁と1/4頁の大きな文芸春秋の広告が出た。1ページの大半は「芥川賞発表」と大きな字で書いてあり、若い女性作家・津村記久子の写真があり、受賞作のタイトル・「ポトスライムの舟」が書いてあった。

 コピーは「派遣世代の新しい文学誕生!」で、選者の一人、山田詠美さんの「『蟹工船』よりこっちでしょう」という評が載っていた。

 芥川賞の発表でこれほどの広告はこれまでなかったように思う。広告の大きさと山田さんの評につられて文芸春秋を買おうと思った。

 書店に行って中をぺらぺらとめくった。他にも読みたくなるような記事があったので買って帰った。

 「ポトスライムの舟」は、まさに今の世相の一部を切り取ったものであった。「蟹工船よりこっち」かどうかは、読む人の好みだが、”今”の”旬”なテーマではある。

 それに筆致もテーマもこれまでの受賞作品のわかったようなわからないようなものではなく、淡々と日常の生活を描いているし、文章も平易である。

 主人公は、流行の言葉で言うと”アラサー”で、母親と一緒に住む独身女性である。ナガセといい28歳から30歳までの間に身辺に起きた出来事を描いている。

 大学卒のナガセという女性は、ラインを流れてくる乳液のキャップを締めてキズをチェックするという単純作業をして給料は13万8000円得ている。その他に同級生が経営するスナックでバイトをし、週末には、パソコン講師もしているという、どこにでもありそうな勤労女性である。

 他にはりつ子とひさ乃という二人の同級生と同僚の岡田という女性の離婚を含めた家庭問題が描かれる。

 ポトスはナガセが何となく育てている観葉植物で、それがエピソードを繋ぐ糸のようにあしらわれている。

 私には、作品や作家の力量を評する文学的素養はないから、ただ楽しんだだけであるが、派遣や非正規社員問題や離婚などの今起こっていることを、しかも、ごく普通の人の間で起きていることを題材としていることに拍手を送りたいと思う。

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2009年2月11日 (水)

公式の場で「俺」と言う麻生首相

 今問題になっている麻生首相の郵政民営化には反対だったという発言の中で、「濡れ衣を着せられるとオレも甚だ面白くない」と、一人称にオレを使った。

 国会という公式の場所である。本来なら「」と言うべきところである。それをオレと言ったのだ。一国の首相としてそれこそ、「如何なものであろうか

 麻生氏は、よくオレを使う。自分が庶民的であることをアッピールする狙いであろうか?それが私的な場であれば許されよう。しかし、公的な場面でもよく使うのをTVで見た。

 「オレ」は、麻生首相に限らず、テレビの世界では当たり前のように使われている。ビート・タケシやタモリを始め若手芸人までみんな「オレ」で通している。

 私は、こういう現象を、昔から、”公共テレビの私物化”であると思ってきた。視聴者には、さまざまな人がいる。それなのに同輩またはそれ以下の人に使う「オレ」を使うというのは視聴者を見くびっているし失礼極まりない。

 こういうタレントたちは、テレビ局の上司に対しても「オレ」と言っているのであろうか?

 コトバの乱れが言われて久しいが、テレビで公私の区別がなくなって以来のことだと思う。それが一国の首相まで汚染してしまったのだ。

 戦前はこういうことはなかった。戦前の小説を紐解いてみるとよくわかる。戦前のコトバづかいをすべてよしと肯定するわけではないが、多くの場合、場面に応じた美しい言葉の使い方がされていたと思う。

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2009年2月10日 (火)

我が家の花ゆずと金柑

 我が家の入り口の脇にいつの頃からか花ゆずの木がある。背丈1.5mぐらいの木だ。初夏の頃になると小さな白い花が咲いて青い実をつける。

 昨年は、その大事な青い実がポロポロとよく落ちて、目で見る限り数個になっていた。

 ところが、秋が来て黄色い色がついたら、何といっぱいの大きな実がついているのがわかった。

 今シーズンはミカン類が全般に不作で値段も高いので、花ゆずも出来が悪いのだと思っていたから意外であった。

 Cimg0004                    ゆずの仲間は、実をつけるまでが大変である。

   桃、栗3年 柿8年、

   梅は酸い酸い13年、

   ゆずの阿呆は18年。

 と、言うくらいである。本ゆずは20年以上もかかると聞く。

 この実を使ってゆずのマーマレードを作ったがとても香りがよくておいしい。韓国にはジャムのようなゆず茶というのがあって、頂いたことがある。それとよく似たものができた。

 我が家の小さな庭には、他に金柑の木が1本ある。

 数年前にカーマで鉢植えになってるのを買ってきたのを地面に移したものだ。今年は、実の数が増えた。12月ごろから黄色みがまして、1月の中ごろにはよい色になった。

 実がついているのを楽しみながら、毎朝、2個ずつもいで食べている。

 金柑の木を鉢や入り口などに植えて鑑賞している家をよく見るが、実は採らないようである。どこの家でもいっぱいの実をつけたままだ。

 今年は、金柑も高いようだ。

Cimg0007

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2009年2月 9日 (月)

私を音楽に関心を持たせてくれた3人- 2-

  私が高校一年生の頃、音楽を聴くことが好きな友人が二人いた。この二人の音楽嗜好は全く逆で、一人はクラッシク、もう一人は軽音楽(その頃はポピュラー音楽をそう呼んでいたのだ)であった。

 クラッシックが好きな友人の家には、その頃はまだ珍しかった大きな電気蓄音機があった。私は、彼の家に行くと、それで彼の好きなクラッシック音楽を聴き、彼の講釈を聞くのであった。

 私が一番気に入ったのは、サラサーテのツゴイネルワイゼンで、演奏は確かハイフェッツであったと記憶する。バイオリンのあの音色、速いテンポに変わって技巧的な演奏がされるこの曲をよくリクエストしてかけてもらったものだ。

 ベートーベンの運命などの交響曲やチャイコフスキーの曲などいろいろと聴かせてもらった。

 その頃高校では、放送部室だったと思うのだが、僅かだがクラッシックレコードがあり、放課後に時々聴レコードをかけて聴くことがあった。あるとき、チャイコフスキーの白鳥の湖の情景の場面を聴いていたら、社会の先生が入ってきて、「君、これはバレーの曲だよ。こんなのを聴くのか?」と言った。

 「えっ!バレー音楽は聴くものではないの?」と一瞬恥ずかしさを覚えた。しかし、白鳥の湖の情景の部分は大好きであった。大学に入って白鳥の湖のバレーを見たときには感動したものである。

 クラッシックの友人のお陰で、クラッシックがますます好きになり、大学に入ってからはコンサートにもよく行くようになった。

 一方、もう一人の友人からはポピュラーミュージックの影響を受けた。その頃は確かS盤アワーというのが盛んであったと思うのだが、ラジオから流れる洋物の音楽に目を開かせられた。

 夏になると、ハワイアンが盛んに演奏され、バッキー白方とアロハハワイアンズtとか灰田勝彦などが人気があった。

 また、松本英彦や中村八大、小野透(?)トリオなどの楽団も大人気であった。そうしたポップミュージックをもう一人の友人から教えられて聴いたのである。こちらの方はどちらかというとマイナーでこういう音楽を好む者は軟派と言われていた。

 それに対して、クラッシック系は硬派であった。私は、硬派であったが、軟派の友人がいたのでその影響も受けたのである。

 その後今に至るまでクラッシックもポピュラーミュージックも両方を聴いている。

 硬派の友人は、その後京都大学に入り、教員生活を送った。片方の軟派の友人はお坊ちゃん大学と言われた立教大学に進み、大製薬会社に入って海外を飛び回ったという。

 クラッシック派の友人は今もクラッシックのマニアックで名盤を求めているそうだ。

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2009年2月 8日 (日)

竹中平蔵氏の言いたい放題

 5チャンネルの「テレビッテヤツは」を見た。久米宏キャスターと竹中平蔵氏の対決を期待してのことであった。

 資料映像は、小泉・竹中時代のいわゆる構造改革が、今の日本の大変な事態を招いたのでは・・・というものであった。

 それにたいして竹中氏は、「構造改革が途中で終わったからいけないのだ。」と言った。同じことは、サンデープロジェクトでも言ったことである。

 また、派遣問題について、マスコミが煽っていると言った。「派遣社員は全体の僅か2.2%であり、そんな僅かな人たちのことをおおげさに扱うことに問題がある」と言った。

 「日本の労働者の賃金は、上げ続けてきて10%も上がった。それに世界では労働分配率は一番なのだ」とも言った。

 小泉改革により、企業の儲けは大きく伸びたし、それに応じて経営層の収入も大きく伸びた。ところが労働者の賃金はむしろ下降してきたのだ

 竹中氏の発言に対し、コメンテーターの荻原氏は的確な反論ができす、室井氏も何も言えず、久米氏にいたっては傍観者であった。

 竹中氏の言いたいことは予測できるのだから、きちんと資料を用意して臨めば的確に論破できたはずだ。

 そこへいくと、中谷巌氏は小泉改革の旗振りをしたのは間違っていたと本を書き、文芸春秋でも反省の文を寄せるというのだから救いがある。

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2009年2月 7日 (土)

NHKは中国語学習を軽視するな

 NHK教育テレビの中国語学習番組で中国語の学習を始めたのは15年ほど前だ。その頃は、中国語初級と中国語中級に分かれていて、それぞれ20分間の放送があった。初級が榎本英雄先生、中級が山下輝彦先生であった。

 ところが、2年後には、初級と中級が一緒になって25分になってしまった。しかも、25週分を1年間に2回放送するというものであった。

 その頃は改革開放が進み始め、中国が大きく発展するだろうと予想された頃であった。世界で12億以上(現在は13億)の人が使う言語であり、隣国の言語であり、将来の発展が予測される国の言語である。それにも拘らず、NHKは中国語番組を縮小したのだ。

 私は、中国語学習番組の拡充を求めたが、全く無視された。そればかりか、その後は英語学習番組がどんどんと増えていった。

 私は、e-mailで何度も中国語学習番組の拡充を訴え、NHK名古屋のプロデューサーの一人にも訴えたが、なしの礫であった。

 NHKが英語偏重であることは、誰の目にも明らかである。英語番組は毎日あるし、日に5種類もある日さえある。

 一方、その後中国の発展は目覚しく、今や国際政治や経済の分野で中国は世界をリードする存在となった。にもかかわらず、NHKは中国語の学習番組を縮小したままなのだ。

 NHKは、昨年から通年でやるようにしたから問題ないと考えているらしいが、とんでもないことである。

 NHKは中国語学習の初級、中級、上級を作り、それぞれに30分を当てるべきである。

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2009年2月 6日 (金)

HILTON 和食の「源氏」でランチ

 机の引き出しからクーポン券が出てきた。見ると、1994年の日付のHILTONのクーポン券であった。娘から貰ってそのまま忘れていたのだ。どこにも有効期限を書いてないのでそれを持って妻とHILTON HOTELへ出かけた。

 コンサージュで使えるかどうかを確認したら使用できると言った。ロゴを見て「これは古いロゴです。1999年に新しいロゴに変わりました。」と珍しそうに言った。

 2階の世界料理のビュッフェに行くと、「本日は予約で満席でございます。一階の喫茶でも同じようなビュッフェをやっておりますが・・」」と言った。

 一階に行くと、そこも予約で満席なのだという。仕方がないので3階に行った。中華料理と和食があった。和食のほうがいいのでそちらにした。

 「源氏」というレストランで、天麩羅席は満席だがレディース席は空いているというのでそこに決めた。

 テーブル席で、客は私たちだけであった。

 メニューには2850円の松花堂弁当や単品や10000円以上もするコースもあった。私たちは「藤壺」という3500円のコース料理にした。

 まずお絞りと番茶のようなお茶が運ばれた。ついで先づけが出た。一番目の写真のようにガラスの変わった器にナマスなどがちょっぴり入っていた。赤いのはラズベリーだ。

Cimg0036_4 次に、下の写真のようなカトレアをあしらった盛り合わせが出た。一つ一つを味わいながら口に運んだ。

 次第に客が 増えてきて席が詰まった。外国人も来た。

 男のスタッフや和服を着た女性スタッフもいてお茶の継ぎ足しも頻繁にしてくれた。

                 三番目は、大きな丸い皿に盛ったサラダのようなも           

Cimg0035

    Cimg0037            の で、マグロ、タイの刺身に野菜のサラダを混ぜてあり、妻はこれが一番おいしかったと言っていた。

 このような造り方の刺身は初めてであった。味はよかった。

Cimg0038  次は、餅のようなものの中に餡として詰め物が入れてあり、口ざわりがよかった。妻は、これもいいと言っていた。

 Cimg0039               次が、きれいな大きな器に、オレンジを入れて、その上にサーモンを載せ、きのこ類をあしらってあった。私は、これが一番いいと思った。オレンジのこのような使い方は初めてであった。

Cimg0040 Cimg0041                 次は、天麩羅でフキノトウやカボチャなど野菜の天麩羅であった。

 Cimg0042              次が、ごはんと味噌汁と漬物で、味噌汁には豆腐とワカメが入っていた。漬物は菜と大根と沢庵。

最後にデザートが出た。お茶は緑色の煎茶で変わった。果物はメロンとパイナップルとイチゴで饅頭の仲間は見本の中から選択できる。そして器には汁粉

 Cimg0043_2                  食べ終わったら、黒い服を着た女性のスタッフが来て、「料理をお出しするのが遅くなって申し訳ありません。」と謝った。「お詫びにコーヒーでもお出しいたしましょうか?」ときいた。私たちは急ぐことはなく、ゆっくりと食べられたのでお構いなくと言ったが、コーヒーをサービスしてくれた。

 静かでなかなか行き届いたレストランだと感じた。

 クーポンで支払うときに、「15年間の利子はつかないのですか?」と冗談を言ったら、「それはつきませんけれど、ポイントをおまけして差し上げました。」と言った。

 今の金融・経済危機のときに、HILTONのレストランが満席になるほどの客がくるというのはどういうことなのかと思った。二極分解をしているのだということを実感した。今でも高級品が売れるというし、高いレストランに客があるというのは、金はあるところにはあるのだと思った。

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2009年2月 5日 (木)

ここまで来た歯周病治療

 昨日、歯の定期健診でかかりつけの歯科医院へ行った。3ヶ月に一度の検診だ。

 まず、歯に青い薬を塗って歯の磨き具合をチェックする。今回はよく磨けているということでデジタルカメラによる写真撮影はなかった。

 その後、歯科衛生士は歯垢をちょっぴり採取して、私を顕微鏡のところに連れて行った。そこにある幅13cmぐらいの液晶画面を見るように言われた。何やら動いているものが映っていた。歯の細菌だという。

 小さくて丸い菌やアカゴのような菌などが動き回っている。枯れ枝のような動かないものも菌だという。スライドグラスに針の先ほど載せた歯垢の中にうようよと菌がいるのだ。

 このような歯垢の菌を見るのはこの歳になって始めてであった。

 歯周病菌がどのくらいいるのか調べるといいのだが、保険がきかないので2500円かかると言った。一度やってみたほうがいいかと思いやってもらうことにした。

 再び歯垢を採取して衛生士が出て行った。

 その間に衛生士は、ジェットストリームとかいう、塩を使って歯をきれいに掃除するもので歯をきれいにした。これは大変気持ちがいいものである。

 それが済むと院長が来て、検査の結果を説明した。

「あなたのは、歯がよく磨かれているので、歯周菌の数は少ないのですが、率が高いので抗生物質で除去するのがいいと思います。」と言って、いろいろと説明をしてくれた。

 薬は3日間飲むだけということ、一度除去すると効果が数年続くこと、薬には保険がきくことなどであった。

 それから、歯のチェックを院長がやって、衛生士が器械を使ってこびりついた歯垢を除去してくれた。定期的にやっているので、簡単に済んだ。

 今回、口内にいる菌をこの目で見ることができ、更に歯周病菌を薬で除去できることを知った。

 若い頃から歯周病があると言われ、歯医者で治療を受けたことがあるが、針の先に茶色い薬をつけて歯茎に塗るだけで気休めであった。

 幸い私はQiパワーソルトという塩で歯を磨き、歯茎も丁寧に磨くようになってからは歯周病も改善され、ピンク色の引き締まった歯茎になった。

 シスロマックという抗生物質を3日間服用するだけで歯周菌が除去されるなら有難い。結果が楽しみである。

 余談→この歯科医院の東西南北2kmの間だけでも、150mから200mおきぐらいに歯科医院がいっぱいある。私の家からかかりつけ医院へ行く間にも13箇所ぐらいの歯科医院があるのだ。

 その位過密な地域である。それなのにこの医院はいつも患者で溢れている。ピンクのユニホームの衛生士や受付が可愛い女性ばかりだから?

 やはり大事なのは、医師の技術であり、信頼であろう。医院経営の考え方が優れているからこそ並みいる競争相手の中で繁盛しているのだと思う。

 かかりつけの歯科医院

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2009年2月 4日 (水)

GMの危機--NHKスペシャルから

 2月2日のNHKスペシャルとニュースで、アメリカのトップの自動車会社GMがなぜ危機に陥ったかを取り上げていた。

 結論から言うと、自動車版サブプライムローンを作ったことと本家の住宅サブプライムローンを扱ったことが原因だった。

 金儲けができればどんなやり方をしてもよいと金融工学という手法を使って証券化をしたのだ。

 一台300万円から800万円もするSUVという自動車を低所得層に売りまくったのだ。名前と住所と生年月日と社会保険番号もしくは納税番号と性別の5項目を記入するだけで簡単にローンを組ませたのだという。

 それを扱ったのはGMの子会社の金融会社である。そして証券化してトリプルAの評価を受けて世界中に売りまくったらしい。

 うまく行っている内は大儲けができたが、昨年9月の暴落で一気に破綻してしまった。

 昨年一年で190万台の自動車がローンを返済できない人から強制回収されたという。

 結局、自分で作って自爆をしたという訳だ。当然の報いといえばそれまでだが、それによって世界中がとんでもない影響を受けて金融・経済大混乱に陥ってしまったのだ。

 それでも責任を取ろうとはしない。

 ウオール街のCEOたちは、昨年でさえ80億円とか50億円とかとてつもない金額の報酬を受けたのでそれを聞いたオバマ大統領は激怒したという。

 アメリカの資産の半分をたった400人の大富豪が所有しているとサンデーモーニングで寺島氏が言っていた。アメリカンドリームというのは、とんでもない弱肉強食の上に成り立っているのだ。

 ”貧すれば貪する”ではなくて、「貪すれば更に貪する」のだ。

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2009年2月 3日 (火)

私を音楽に関心を持たせてくれた3人-1-

 私が音楽に関心を持つようになった上で大きな影響を受けた人が三人いる。一人は、小学校の高学年の時の担任で、後の二人は中学、高校時代の友人である。

 小学校4年の夏にあの忌まわしい戦争が終わった。我が町熊野の新宮市にもB29から焼夷弾が落とされ、市街地のかなりの部分が焼かれたし、終戦少し前の南海大地震でも市街の中心地が全焼するという被害を受けていた。

 そんな中で私の小学校は幸いにも被害を免れた。

 新宮市というのは、当時は「陸の孤島」といわれていた。何故かというと、大阪、和歌山から紀勢線で8時間ぐらい行った熊野川の河口平野にできた小さな街で、そこから1時間ほど行った木の本町(今の熊野市)で鉄道が行き止まりとなっていたからである。

 しかし、新宮市は熊野の一角にあり、神武天皇の東征にもでてくる、神話にも関係ある古い歴史の街である。

 私の小学校は、千穂小学校といって、神倉山という謂れのある山の麓にあった。サッカーの日本代表のロゴに八咫の烏が使われているが、我が小学校の校章も八咫の烏であった。神倉山が八咫の烏の伝説に関係していたからである。

 戦災と震災を免れた千穂小学校の講堂は、震災時に仮設住宅代わりに使われたこともあって黒くくすんでいたが、何百人も収容できる施設として貴重なものであった。

 講堂の椅子は木でできたベンチであった。ステージが付属していた。今から考えると大変お粗末なものであったが、その頃としてはいいものであったに違いない。

 その講堂に時々東京から一流の音楽家が来て演奏するようになった。時期は前後するが、記憶を辿ると、藤原義江、砂原美智子、福井というバイオリニスト、真夏の夜の夢を演じた歌劇団、など、ピアニストやバイオリニストや声楽家が陸の孤島まで来たのだ。

 なぜ、あの時代にあんな陸の孤島までクラッシックの音楽家が来たのかはわからないが、私の想像では、新宮には文化人がいたのだと思う。そういう人たちが呼んだのではないかと思う。

 私の担任は、正木健先生(後に日本体育大学教授)といって、新制高等学校を卒業したばかりの先生であった。

 この先生は、百円ショップで売っているような帽子を被って、放課後などにはよく歌を歌っていた。今でも覚えている歌は、「フニクラフニクラ」「オールドブラックジョー」である。

 講堂でコンサートが開かれると、昼間は私たちも見ることがあった。夜の講堂のコンサートを殆ど聴きに行ったが、そうした影響を受けたのが正木先生からである。クラッシク音楽に最初に目を開かせてくれた人と言っていい。

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2009年2月 2日 (月)

ブラジルに注目!

 2月1日のNHKスペシャル「沸騰都市 ”富豪は空を飛ぶ”」を見た。サンパウロの空には400機以上のヘリコプターが飛び交っているのだという。さぞうるさいだろうと思うのだが、その持ち主は、大富豪だというのだから驚いた。

 空を飛ぶ理由は、地上が余りにも渋滞が激しいからだそうだ。なるほど北京や上海やカイロ以上の自動車の混雑振りだ。

 10年ほど前に、ブラジル人から「ブラジルでは自動車がよく盗まれる」と聞いたことがあった。その後経済がよくなり、中間層が激増して自動車を持つ人が大きく増加したのと道路整備が追いついていないのが渋滞の原因のようだ。

 ブラジルら日本に出稼ぎに来ている人が確か50万人ぐらいいると記憶するが、大統領が今のルーラ大統領になってから、ブラジルの経済は発展したという。

 そのルーラ氏も大統領になったはなは外国からけちょんけちょんにけなされたという。ところが見事にBRICSの仲間に入るまでにしたのだ。

 G20を主催したルーラ大統領は自信に満ちていたし、2009年の年頭の会合での挨拶も自信に溢れたものであった。国民に内需を拡大することを勧め、政府はその後押しをする。何も恐れることはないと言った。

 ブラジルといえば地球の裏側の国で、地の果てというイメージであるが、この国は可能性に満ちた国であることを知ったのは、東京三菱銀行主催の経済セミナーであった。

① ブラジルの鉄鋼資源は現在世界中で使われている鉄鋼の量の500年分もあ  る。

② 耕地として未使用の土地がまだ原始林を入れずに40%も残っている。

③ サトウキビや大豆や果物などの農作物が豊富に作られている。

④ 自動車だけでなく、飛行機を作る力も持っており、現に日本航空もブラジルからジェット機を買った。

⑤ 海底石油の開発が進み、産油国の上位に踊りでた。

⑥ 1億8000万人の人口がある。労働力、消費力に期待できる。

 BRICSの中でもブラジルは注目すべき国だと思う。

 

     

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2009年2月 1日 (日)

簡保の宿の売価が1万円!?

 31日の朝日新聞夕刊によると、旧郵政公社が07年に売却した鳥取県岩美の「簡保の宿 鳥取岩美」がたったの1万円だったという。

 買った不動産会社はそれを6000万円で社会福祉法人に売却したそうだ。

 たった1万円?子供でも変える値段ではないか。いったいどういう評価をしたというのだろう?

 それにしても、たった1万円で売るほうも売るほうだ。

 そういえば、公的年金で造られた「グリンピア」も一箇所たった10万円で売られたのだった。

 官が関係しているところでこのような無茶が平気で行われているのだ。しかも、そういうところに高級官僚が天下りをしている。

 国民の年金や税金を使って、恥もなく無駄遣いをし、挙句の果てにただ同然で資産の売却をするという、何という暴挙だろう。

 こういうことがまかり通る日本であることが悔しい。!!

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