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2009年1月23日 (金)

ナイルと太陽と世界遺産の国エジプト ①

ナイルと太陽と世界遺産の国エジプト

20071118日(日)~25日(日)

(1)   出発まで

 かねてより一度エジプトに行ってみたいと思っていた。以前にエジプトツアーに申し込む寸前に母が入院し諦めたことがあった。その時には、妻は一緒に行くと言ったのだが、今回は遠いから嫌だと言ったので一人で参加することにした。

 阪急トラピックスのツアーに申し込んでから一週間ぐらいしたら、新聞にジャンボツアーズの一面広告が出た。比べてみると、一人料金が阪急より15、000円安く、オプショナルを入れてもトータルで35、000円安いようであった。それに加えて、カタールの首都ドーハで、トランジットのときに市内観光を出来るのも魅力であった。この会社の名は全く知らなかった。沖縄に本社があり、名古屋にも支店があると書いてあった。

インターネットで調べてみると、エジプトでジャンボツアーズを見かけたが安いツアーのようだという書き込みがあった。寝る所があればいいぐらいに考えて、トラピックスをキャンセルしてジャンボツアーズに申し込んだ。参加費は、サーチャージや保険も入れて231980円であった。

 

 ジャンボツアーズは、金を送金すると、すぐ電話をくれたし、添乗員の大山さんからも出発前日に電話があったのでよかった。ペットボトルが持ち込めるというので、お茶を3本と下痢のときのためにSUPER H2Oを一本買った。

(1)   関西空港へ

 出発は関西空港なので、名古屋駅から貸し切りバスで行くのだ。1830に名古屋駅の銀の鈴前に集合というので早い食事を済ませて、1730分頃に家を出た。銀の鈴に着くと誰もそれらしい人がいない。慌てて探していると男の人が、「エジプトに行かれますか?」と聞いてきた。(旗ぐらい持ったらどうだ。)と思った。

 バスは、大川観光といい、大型の観光バスで、わざわざ大阪から来たのだそうだ。僅か11名の名古屋からの参加者のために。

 参加者は、総勢20名で、名古屋近辺が11名、伊勢が6名、沖縄が2名、埼玉が1名であった。カタール航空とANAが提携運航している関係で、羽田からは飛行機が無料だそうだ。沖縄からは有料であったという。

 関西空港では、大山さんが出迎えてくれた。エジプトではUS$が使えるから何がしかを換金しておくといいと言ったので、両替所で換金した。レートは130円65銭であった。私は27$持っていたので、5000円分だけ換金した。親切にも1$紙幣を23枚と10$を2枚にしてくれた。

 大山さんが、「お腹が好いている人はラーメンでも食べるといいですよ。」と言ったが、夕食を食べてきたので何も食べなかった。

(2)   カタールへ

 関西空港を2355分に飛び立つQR-821便に搭乗をした。満席であった。座席は自分で取ったのでアイルの15Bであった。隣のAは後で分かったのだが、関東ただ一人参加のNUさんだった。

 定刻に離陸し、いよいよドーハまでの12時間30分の長い飛行が始まった。時計を6時間遅らせてドーハ時間にした。

カタール航空は五つ星ランク付けがされているそうだ。チャックが2箇所あり、首から下げる紐がついたお洒落な袋をくれた。中には、歯ブラシ、アイマスク、イヤプラグとイヤホーンが入っていた。客室乗務員は63カ国から採用されていて、この飛行機には日本人のフライトアテンダントが3人、韓国、インド、タイなど6カ国のアテンダントが乗っていた。

離陸後30分ほどして、機内食の提供があった。チキンとビーフの他に和食でうなぎの蒲焼が選択できたのでうなぎにした。茶そばもついていた。カタール航空は、イスラム国なのにアルコールは豊富に用意していた。インド人らしい男性の客室乗務員に白ワインをもらい、ビールも欲しいと言ったら、「飲みすぎるから駄目。後で。」と言った。「缶を空けないでくれないか。」と言うと、それも駄目だと言う。有料なのかと聞いたら、無料だと言った。結局、蓋を開けてキリンビールをくれた。NUさんが、「以前はそのままくれたのにね。」と言った。

(3)   客室乗務員と

 3時間余りうつらうつらした後、トイレにたつと、客室乗務員が簡単な日本語を若い日本女性に聞いていたが女性が席に戻ってしまった。それで私が、日本語での言い方を教えて上げた。乗務員は、二人いて、一人はインド人のBonnie Baptistaと言い、もう一人は韓国の朴克美と言った。朴さんの妹が日本語を習っていて自分も日本語を覚えたいと言った。ボニーも日本語に興味津々であった。ボニーの方はノートを取り出して私が教える単語などをメモしていた。私は、愛知県の国際プラザという所でボランティアで日本語を教えていると話した。Good morningとかGood afternoonなどの簡単な挨拶などを聞かれるままに教えた。

 その後、簡単な輪ゴムの手品やロープ手品を見せたらびっくりしていた。ゴムの手品を教えて輪ゴムをあげた。ボニーはヒンドゥ語で鈴木英彦とノートに書いてくれた。

5)ドーハ到着

 カタールのドーハ空港には19日朝の6時に到着した。気温は25度。タラップを降りて行くと、日の出がきれいなので写真を撮ろうとしたら、係官に「撮影禁止だ。」ときつく注意された。大変厳しい空港でこんなことは初めての経験であった。大山さんは、「この空港は軍用機も使っているからでしょう?」と言ったが、名古屋空港だって軍用機が使っているのに自由に写真を撮ることが出来る。

 カタール空港では、入国審査の建物まで10分余り電気自動車に乗っていかなければならない。これは帰りのときも同じで空港をぐるっと一周するような形である。なぜそんな不便なことをするのか理解に苦しむ。

 カタール空港の建物は真っ白であった。入国係官は全員女性で黒い衣装をまとっている。後で分かったことだが、カタール人は、男性は真っ白な衣装(トーフ)で頭にカプテーレをしていて、女性は真っ黒な衣装でベールをかぶっている。外国から来て働いている人と明確に区別をしているのかもしれないと思った。

空港の便所に入ったら大便所しかない。不思議に思っていると、日本人の男性が、「カタールでは男性用はないのだよ。もともと用を足すときは座ってする慣わしだったからだ。」と私をやや馬鹿にしたように話してきた。後で、休憩所でそのことをNさんに話していたら、何と左隣にその人が座っていた。彼はアラブが好きで、これからカタールとイエメンを観光するのだと言う。アラブ地方には何回も来ているようであった。彼の説明によると、カタールは石油よりも天然ガスの生産国なのだそうだ。面積は淡路島ほどだと言う。ところでカタールには男性便所がないのではなく、たまたまそこにはなかったのだという事が後で分かった。

6)カタールという国

 645分にバスは空港を出発した。カタールでの現地ガイドは、ラーズさんと言い、何とネパール人だという。カタールは、アラビア半島のペルシャ湾に向かっていぼのようにくっついている小さな半島である。海岸線が700kmもあるが海抜数mの平坦な土地である。人口は90万人で80%が首都に居住している。内訳はカタール人が30万人で、60万人の外国人が働きに来ているのだという。彼もその一人なのだ。1971年に独立した王国で、カタール人には税金はなく、教育も医療も無料という天国である。

 カタール市内は2階建てまでの低い建物が多く、白色が目立つ。道路は整備されているが、車が多いことに驚かされた。しかも、日本車が目立つのだ。KAMさんが、「トヨタのランクル(ランドクルーザー)が多いね。それで日本でもランクルの価格が上昇しているんだ。」と言った。「日本でランクルの盗難が多いからここ

に来ているのかも?」と言うと、「そんなことはないと思う。」と言った。

 交差点には、信号がめったになく、イギリスに見られるようなロータリー形式になっている。流入しなければならないのだが、次々に車が来ても、譲る車は全くないので、隙間を見つけるまでじっと待つしかない。カタールでは、ガソリンは海水から作る真水よりはるかに安いし、金持ちの国なのでみんな車で移動をするのだ。

7ドーハ市内観光

 まず、最初に、ドーハの悲劇で知られるサッカー競技場に行った。19931028日にイラクと対戦し、ロスタイムで点を入れられてWC出場を断念させられた所だ。

 次は、ラクダの市場へ行った。家畜の飼料や用具、馬や羊なども売買される。羊はスーダンやシリアから輸入されている。ラクダはかわいい目をして我々を迎えてくれた。みんなひとこぶラクダだがスーダンとサウジの2種類あるそうだ。1頭300$から600$ぐらいだそうだ。

 その後、青果市場を見に行った。さまざまな果物や野菜がきれいに積み上げられて客を待っていた。りんごやみかんやバナナの他に珍しい果物もあった。大山さんが、「買って食べてもいいですよ。だけど$で買ってもお釣りは現地の金だから気をつけて。」と言った。キャベツは日本にない直径45cmぐらいの巨大なものであった。カタールの土地は塩分を含み農作物に適していないので、これらのものは、全て輸入されているのだという。

 4番目には、馬術競技場を見に行った。室内の馬場と屋外の馬場の二箇所があり、厩舎も付属していた。室内馬場に入るとひんやりとした。馬術競技用のヘルメットが一つ忘れられていた。ラーズさんが「あそこがロイヤルボックスだよ。」と指差した。

 厩舎に入ると競走馬より少し小柄な馬が食事中であった。中には丸い目をした長い顔を柵から突き出してこちらを見ている馬もいた。真っ白い馬や栗毛など馬術用だけあってきれいな馬ばかりだ。えさの乾燥植物は全て輸入されているという。

 その後、新ドーハ市街を見に行った。この辺りは他とは全く異なり高層建築が殆どで、建設中のものもあった。キャラホールスーパーの一角にあるフランス系のカールクールというスーパーに入った。入り口にセキュリティゲートがありそれをくぐって入るのだ。かなり大きなスーパーで日本にも進出しているらしい。電化製品から食品まで売っている。もちろん日本のメーカーのPCTVなども並んでいた。品物は安いらしい。KOTさんたちは大きな袋に菓子などを買い込んでいた。$が使えるのだ。ただ、スーパーの中は撮影が禁止されているので残念であった。

 最後に海岸を見に行った。大きな湾に沿っていて対岸の新ドーハが見渡せた。快晴なので海の青色と共に美しい眺めであった。

 ガイドのラーズさんの日本語はかなり上手で、聞いてみると、ネパールにいるときに習ったのだそうだが、日本に来たことはないとのことで驚いた。他国に来て、

日本語で生活費を稼いでいるなんて立派である。

 ラーズさんは、「安倍元首相が明日ドーハに来てあの最高のホテルに宿泊します。」と言ってホテルを指差した。そして、スケジュール表を示しながら、彼も、手伝いに出る予定だと言った。「ラーズさんにガイドして貰う我々はVIP扱いだね。」と言って笑った。それにしても一体何をしにやってくるのかと誰もが思ったことである。

 市街の中心から空港までは、すぐであった。カタール市内見学は3時間半ぐらいであったが楽しかった。手荷物検査場ではスーツケースの中を見られている人がいた。我々のグループの中に、身体検査のゲートで引っかかり、別室に連れて行かれた女性がいたのだ。財布の中の何かが引っかかったらしく、すぐ解放された。

  つづく

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