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2009年1月29日 (木)

ナイルと太陽と世界遺産の国エジプト - 7

42)コムオンボ神殿

 

   845アスワンにあるコムオンボ神殿に行った。この神殿は小高いところに建っていた。サウサンは、この辺りには金山があり、支配者の兄弟が争った話をした。壁の像の左が兄で右が弟だそうだ。ここには古代カレンダーと医療器具を描いた壁画があり注目すべきものである。フランス人のグループが多いので、サウサンはその場所だけ教えて、フリータイムに見るように話した。

ナイルメーターと呼ばれる深い井戸があり、ナイル川につながっていて、水がどの辺りまで来るかによって年貢の高をきめたのだという。

 

   神殿から下りてきたところの曲がり角に男が座っていたのでトイレを聞いたらすぐそこだと言った。トイレを済ませてトイレ番の若者に50ピアストル紙幣を渡そうとすると「NO!」と言った。それで1ポンドを渡したら受け取った。NOと言われたのは初めてだった。

 

   神殿の前の道路には、昼なのにナトリウム灯が点いていた。もったいないと思った。

 

   ここで予備に持ってきたボールペンが書けなくなった。Cairoでポーターにボールペンをやったことが悔やまれた。

43)ホルス神殿

 1050 エドフでは砂岩でできた巨大なホルス神殿を見た。グレコローマン時代に建造されたそうだ。神殿の中庭に入ると、建物の入り口の両側に巨大な“隼の石像”が立っている。中に入ると巨大な列柱群だ。一番奥に神を祭った部屋があった。大きな高い城壁のようなところがあり、サウサンは、壁画の叙事詩を説明した。ラムセス四世が戦争をしたことを物語っているのだが敵が河馬で表されているので笑ってしまった。

 

   この神殿のエリアにたくさんのみやげ物店があったので、ボールペンを探した。でも見つからなかった。ある店の前でOTKさんが、男にボールペンをくれと言われていた。それで「私に売ってください。ボールペンが使えなくなって困っているんです。」と言うと、3色のボールペンをくれた。それで記録を続けることが出来るようになって非常に助かった。後でカタール空港でOTKさんと話したときに、百円ショップで3本百円で買ったのだと言っていた。

 

   飲み物を売っている所で、ストローが落ちていないか探していたら、店の人が、ストローをくれた。2本貰って、その場でストローの手品を見せた。一方のストローにもう一つのストローを巻きつけて、それを一瞬にはずすという手品である。エジプト人たちは驚いてしまった。教えてくれというので、教えたができなかった。次に、輪ゴムの手品を見せた。びっくりしていたが、輪ゴムをあげて教えたら出来るようになって喜んでいた。

 

   石像の値段を聞いたら、ここでは2個で10$と言った。2$なら買うといったら、5$まで下げたがまだ高いので買わなかった。

44)ルクソールへ

 この後、ルクソールまで百数十キロ上るのだ。沿道には、ときどき街があり、高さの低い、箱を積んだようなエジプトの家が見られた。貧しそうな家が多かった。ナイル川に沿って幅の狭い緑地や農地があり、すぐ背後には前にも書いたようにセンセラ山という肌色の岩山が続くのだ。僅かな土地に街がある。農地ではロバが活躍しているのが頻繁に見られた。ホテルやレストランでよく出たモンキーバナナやサトウキビを栽培しているところもたくさんあった。高い木はナツメヤシが多かった。

 

   検問所があって、白い監視所が点在していた。そこでしばらく停まった。

 途中、珍しく工場があったが、セメント工場だそうだ。

 1430から1510の遅い昼食はミックスグリルであった。ビールは5$。ここでもダヒーナというパンにつけるペーストが不評で私のところに皿が集まった。

45)ルクソール

「ルクソールは、ナイル川の中流域に発達した都市。紀元前2040年から始まる中王国から、新王国、更に末期王朝時代の一時期に首都として栄えた。その間に、建造された巨大建築は“世界最大の屋外博物館”と呼ばれる。ルクソールの特徴は、ナイル川の東西で遺跡の趣が全く異なることだ。それは古代エジプト人にとって、太陽が昇る東岸は“生の都”、陽が沈む西岸は“死者の都”を意味していたことによる。」(エジプト観光局)

この日は、まず、東岸の神殿を観光するのだ。神殿の手前に、イスラムの古い墓地があった。背が低い平らな墓石だった。

46)カルナック神殿

1515 カルナック神殿は、面積が広く壮大な神殿である。ナイル川のすぐ傍にあり、アモン大神を祀る。建設に2200年を要したが、未完成の部分もあるという。入り口に羊の顔をしたスフィンクスが両側にずらりと並んで出迎えてくれる。羊はアモン大神の聖なる動物なのだそうだ。それにしては羊の肉を食べるのはおかしいと思った。

未完成の門を入ると巨大な列柱群がる。一本の柱の前で、サウサンが「今からゲームを始めましょう。柱の周りで手をつないで。」と言った。13人の人が手をつないだ。それほどたいへん太い柱である。こんな太い柱がなんと134本も立っているのだ。何のためにこんなにも柱を建てたのだろうか。上の方に柵のようなものがあった。サウサンの説明で柱同士の間隔が狭いので、明り取りの柵を作ってあるのだとわかった。

NUさんが、「ピラミッドよりこちらの方が凄いね。」と言ったが、同感であった。こんな大きな柱をどのようにして作り、運び、建てたのだろう。YASさんも同じ疑問を話した。

  大きな壁の石組みがわかるところがあり、NUさんは、「ピラミッドも同じ方法でやったのよ。」と言った。

オベリスクが残っている所が2箇所あり、真っ青な空を背景に聳えていた。

神殿を後にする頃には、白い満月が神殿の上空に出ていた。

47)香水瓶店

 トイレ休憩を兼ねて香水瓶の店に行った。エジプト独特のひょうたんのような形をした、装飾を施した香水瓶がいろいろと売られていた。お茶のサービスを受けながら、香水の説明を聞いた。見本を幾つか腕や顔などにつけてくれて香りを確かめさせた。香水も瓶も高くて買う気にはならなかった。割引をすると言った一番安い小さな瓶でも15$もした。MIUさんが夜店で2$で買ったのが羨ましかった。それでも買った人もいたようだ。いろいろな香水をつけたので、ミックされて気持ち悪くなったという人たちがいた。その通りだった。

48)ルクソール神殿

 1750 既に辺りは夕闇で灯りが点っていた。ルクソール神殿に入った。ライトアップされた入り口にはオベリスクが一基立っていた。パリの広場にあるオベリスクはここから移築されたのだそうだ。入り口の両側に王の座像が建っている。中には例によって列柱群もあった。夜空には十五夜の月が輝いていた。私は、月と神殿をテーマに写真を撮ることにした。三脚がないので手振れしたものもあったが、面白い写真が撮れた。ライトアップされた柱や石像は幻想的であった。

 

   私は、YAMさんやYASさんなどに撮った月の写真を見せた。YASさんには写しかたを教えたが、バッテリーがなくなってきたといって写さなかった。

49)まずい夕食、ひょうきんなウエイター

   1900に神殿を出発して夕食のレストランに向かった。すぐ近くのナイル川に浮かぶ船上レストランであった。肉の煮込みがメインであった。これは魚の煮込みのときと同じ、抹茶茶碗のようなこげ茶色の深い椀に、主にインゲン豆とトマトと肉が煮込んであった。肉は固くて少なく主としてインゲン豆であったので、「これはインゲン煮込みだね。」とみんなが言った。例によってダヒーナ(ゴマペースト)が出た。ハーブの臭いがきつく、みんなは皿を私に集めた。私は、「王様のようだね。貢物が献上される。」と言ってみんなが笑った。

 

   ハイネッケンの350ml缶が6$もした。エジプト米のピラフは例の如く芯が固いし、このレストランは量が少なくて最低であった。NUさんやMATさんは「パンを食べるしかないわね。」と言った。ただ、ウエイターがひょうきんな人でペーストはどうかと聞いて嫌だと顔をしかめると真似をして笑わせた。他にも「まずい。」と言うと真似をしたりして笑わせた。「まずいからペーストの分の金を返して。」と言うと面白い仕草で「NO.」と言って笑わせた。

50)SHERATON HOTEL

 いよいよ最後の夜となった。SHERATONホテルは世界中どこか似たところがある。次の朝は、王家の谷の観光に行く関係で出発が早い。朝食が530で出発が630だと言う。それでもKAMさんは街に出るのだと言った。元気がいい。翌日聞いたところでは、KATさんと二人で馬車に乗り、街へ行き、みやげ物で買い物をしている間1時間待たせてホテルまで送ってもらって10$で済んだと言って喜んでいた。

部屋の枕灯のつけ方がわからなかった。翌日YAMさんが、「電球をひねるとつくんだよ。」と言った。それでは分かるはずがない。

私は、シャワーを浴びて1040頃にベッドに入った。

つづく

316 360 379 389 401

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